※この作品はR-18です。

俺はこの露出願望女子を守りたい   作:尾籠ころち

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第4話 オレンジ色のその先

 それからしばらくは、連絡はなかった。

 

 叶夜の振る舞いは、本当に何も変わりなかった。

 普通に学校で女友達と話し、授業を受けて。でも、どこか時折、すごい不安そうに周囲を見渡して、ぎゅっと拳を握るしぐさをする。

 たまに痛そうに見えるくらいに。

 

 ぎこちない作り笑い。女友達の冗談にすこし遅れて、アイツは笑う。

 心がどこか遠くへ行って、反応が鈍くなる度にからかわれている。んで、焦ってとにかく目についたものを、ぼーっとしてた言い訳にする。ストラップとか、キャラクターのグッズとか。

 

 なんとなく、叶夜の癖ってものがわかるようになってきた。

 髪も短いし、わりと明るくてサッパリしてるから、もっと能天気そうに見えていた。一方的に、増えていく情報と関心。それが時間と共に積み重なる。

 

 でも、結局、俺達の間には何も起きていなかった。

 何の関わりもなく日々が過ぎていく。すれ違うことがあっても、特に言葉を交わすこともなく。目が合っても、お互いにそっと逸らしてしまう。

 

 あの夜の出来事は、俺たち二人だけの秘密であるかのようだった。

 土日にスマホを眺めて考える。あれが本当は夢だったかもしれないと思えるほどになにもなくて、でもちゃんとそこには叶夜の連絡先がある。

 

 すげー、妙な気分だった。

 

 ある日、アイツは俺を遠くから見ていた。

 お互いに友達の輪の中にいるのに、あっちはぜんぜん集中できていないみたいだった。

 ……だから、またバカにされんぞって心配になった。

 

(誰にも言ってないよね?)

 

 なぜか、叶夜の目がそう語りかけている気がした。

 だから、俺も近くにいたうるさいダチにデコピンかましつつ、「当たり前だろ」って口パクで返した。

 いや、全然違うつもりで見てたかもしれないけど。

 

 そしたら、叶夜はほんの少しだけ目を見開いて、すぐにいつものように友達との会話に戻っていった。

 ただ、その表情はさっきまでよりも、心なしか柔らかくなったような気がした。

 それも気のせいかもしれないけど。

 

 俺は何もなかったように、いつものように授業を受け、昼休みはいつものメンツと屋上で適当な話をして過ごす。

 

「イッセー。お前さ、最近はちゃんとガッコー来てるよな、えらいえらい」

「うっせ。……来月試験だからだろ、夏休みに補講とか受けてられっか」

「よしよしちゃんと来いよ~、お前がいねえとつまんねえだろ」

 

 叶夜の姿は、意識しなくても視界に入ってくる。楽しそうに笑っている時もあれば、ぼんやりと窓の外を眺めている時もあった。

 

 このまま、何もないならそれでもいいか。

 そう思い始めた放課後、突然スマホが震えた、そこにあった一文。

 

『たすけて、教室』

 

 考えるよりも先に、俺の足は動き出していた。一緒にいたダチを置いてけぼりに、廊下を走り出す。心臓がバクバクと嫌な音を立てる。

 ほとんど人影はなく、夕焼けのオレンジ色が窓から差していた。

 

 階段を駆け上がり、教室のガラス窓から覗く。

 そこにいたのは、叶夜ともう一人、クラスの男子、浦瀬だった。

 

 浦瀬はニヤニヤとした笑みを浮かべ、スマホを突き付けている。

 叶夜は顔を真っ青にして、後ずさりながら何かを必死に訴えていた。

 

「や、やめてよ! そんなの、わたしじゃない!」

 

 叶夜は必死に声を絞り出しているが、明らかに気圧されている。

 

「へえ、そうかなあ? このホクロの位置とか、髪の感じとか、そっくりじゃん。それに、こんなことするの、お前くらいしかいねえだろ」

 

 浦瀬の言葉には、嫌らしい含みがあった。

 

 俺はすぐに状況を理解した。叶夜がSNSになにか不味い写真を上げていて、それがバレかけている状況。

 

 思い切り、音を立てて教室の扉を開く。

 

「おい、お前、何やってんだ!」

 

 突然の音に、浦瀬はびくりと肩を震わせ、振り返った。ニヤニヤとした笑みは消え、代わりに驚愕の表情が浮かぶ。

 

「うわっ、桃地!? なんだよ、いきなり」

「なんだよじゃねえだろ。お前こそ、薄原になにしてんだ」

 

 俺は浦瀬を睨みつけながら、教室の中へと足を踏み入れた。

 叶夜は涙を浮かべたまま、「桃地くん」と呟き肩の力を抜いた。

 

「べ、別に……ちょっと話してただけだよ。なんもしてねって」

 

 浦瀬は目を逸らすと、スマホを慌ててポケットにしまおうとする。が、あえて見逃さない。

 

「話してただけだぁ? なんかスマホ見せて、脅してたじゃねえか」

「脅してなんかないって! ただ、ちょっと確認してただけって。ちょっと変な写真を見つけてさ」

「変な写真?」

 

 わざとらしく聞き返した。もちろん、それが叶夜のことだと察しはついている。

 

「ああ、なんか。ほら、露出した女の子の写真がSNSに上がってて。それが、薄原に似てる……みたいな?」

 

 浦瀬はそう言いながら、チラリと叶夜の方を見た。

 彼女は顔を伏せ、唇を噛みしめていた。顔色が悪いままだ。

 そんなわかりやすい顔すんなっての。

 

「それがどうしたってんだよ。似てるだけで本人だって決めつけるのか? お前、暇なのか? そうだよな、SNSでそういう写真ばっかり見てんだもんな」

 

 俺は一歩踏み出し、詰め寄った。

 

「いや、だって……その特徴とかが、結構一致してて……」

「だからなんだよ。そんなもん、いくらでも似てる奴はいるだろ」

「……そんなん、逆にお前がよ。口出ししてくる権利あんのかよ」

「あるに決まってんだろ!」

 

 俺はガバっと叶夜に腕を回して抱き寄せ、啖呵を切った。ふわりとシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。柔らかくて頼りない身体が、腕の中で震えた。

 

「――こいつは、俺の女なんだよ。そんなことするわけねえだろ」

 

 時が止まった。浦瀬は言葉を忘れて、口をぽかんとあけたまま呆然とした。

 叶夜はというと、身動き一つとれずに「ひぅ~」と小動物みたいな声を吐息と共に漏らす。

 コラ、くすぐったいだろ。やめろそれ。

 

「お、お前の……女……?」

 

 浦瀬は信じられないといった表情で、俺と叶夜を交互に見た。俺たちが付き合っているなんて想像もしていなかったのだろう。普段、接点など何もないのだから。

 

「んだよ、何か文句あんのか? ……こいつは俺のもんだって言ってんだよ」

「いや、別に……ただ、びっくりしただけだよ」

 

 さらにすごんでやると、浦瀬はたじろいだ。体格差もあるし、普段から面倒事を避けるタイプなのは知っていた。

 

「ならいいんだよ。二度と叶夜に近づくな。ましてや、くだらないSNSの話で騒がすような真似したら許さねえかんな」

「わ、わかったって。……そういうのとは思ってなかったんだよ」

 

 浦瀬は混乱したまま、そうぼやくと足早に教室から出て行った。バタン、音を立ててドアが閉まる。

 

 教室には、俺と叶夜だけが残された。夕焼けのオレンジ色の光が、二人の影を長く伸ばしている。

 

 俺は腕の力を緩め、叶夜から少しだけ体を離した。さっきまで蒼白だったはずの顔が、耳まで真っ赤に見える。夕日のせいかもしれないが。

 

「おい、大丈夫か?」

「うん……ありがとう、桃地くん。その、嘘ついてたけど」

 

 返って来たのは、ささやき声かよ、とツッコミたくなるほど弱々しいお礼だった。

 夕日が照らされた睫毛、まるい頬に影が落ちる。首筋のうぶ毛が、オレンジ色に微かに輝いて見えた。彼方から運動部の号令が反響するが、どこか非現実的だった。

 

「……なんか綺麗だな」

「え?」

 

 口が滑った、舌打ちしたくなる。

 

「いやなんでもねえよ、それより。SNSの写真ってのは?」

「え、あー……うう」

 

 言葉に困った叶夜は俯くと、指先を落ち着きなくもぞもぞと動かした。

 

「その、前々からちょっと……ちょっと過激な写真載せてたり、とか」

 

 開襟シャツの隙間から覗く首筋、浮き出た鎖骨の白さが、やけに目を惹いた。

 ふうん、いい加減腹が立ってきた。こいつ、どんだけやらかしてるわけ。

 

「どんな写真なんだよ」

 

 もう、俺は踏み込むことにした。

 

 

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