俺はこの露出願望女子を守りたい 作:尾籠ころち
それからしばらくは、連絡はなかった。
叶夜の振る舞いは、本当に何も変わりなかった。
普通に学校で女友達と話し、授業を受けて。でも、どこか時折、すごい不安そうに周囲を見渡して、ぎゅっと拳を握るしぐさをする。
たまに痛そうに見えるくらいに。
ぎこちない作り笑い。女友達の冗談にすこし遅れて、アイツは笑う。
心がどこか遠くへ行って、反応が鈍くなる度にからかわれている。んで、焦ってとにかく目についたものを、ぼーっとしてた言い訳にする。ストラップとか、キャラクターのグッズとか。
なんとなく、叶夜の癖ってものがわかるようになってきた。
髪も短いし、わりと明るくてサッパリしてるから、もっと能天気そうに見えていた。一方的に、増えていく情報と関心。それが時間と共に積み重なる。
でも、結局、俺達の間には何も起きていなかった。
何の関わりもなく日々が過ぎていく。すれ違うことがあっても、特に言葉を交わすこともなく。目が合っても、お互いにそっと逸らしてしまう。
あの夜の出来事は、俺たち二人だけの秘密であるかのようだった。
土日にスマホを眺めて考える。あれが本当は夢だったかもしれないと思えるほどになにもなくて、でもちゃんとそこには叶夜の連絡先がある。
すげー、妙な気分だった。
ある日、アイツは俺を遠くから見ていた。
お互いに友達の輪の中にいるのに、あっちはぜんぜん集中できていないみたいだった。
……だから、またバカにされんぞって心配になった。
(誰にも言ってないよね?)
なぜか、叶夜の目がそう語りかけている気がした。
だから、俺も近くにいたうるさいダチにデコピンかましつつ、「当たり前だろ」って口パクで返した。
いや、全然違うつもりで見てたかもしれないけど。
そしたら、叶夜はほんの少しだけ目を見開いて、すぐにいつものように友達との会話に戻っていった。
ただ、その表情はさっきまでよりも、心なしか柔らかくなったような気がした。
それも気のせいかもしれないけど。
俺は何もなかったように、いつものように授業を受け、昼休みはいつものメンツと屋上で適当な話をして過ごす。
「イッセー。お前さ、最近はちゃんとガッコー来てるよな、えらいえらい」
「うっせ。……来月試験だからだろ、夏休みに補講とか受けてられっか」
「よしよしちゃんと来いよ~、お前がいねえとつまんねえだろ」
叶夜の姿は、意識しなくても視界に入ってくる。楽しそうに笑っている時もあれば、ぼんやりと窓の外を眺めている時もあった。
このまま、何もないならそれでもいいか。
そう思い始めた放課後、突然スマホが震えた、そこにあった一文。
『たすけて、教室』
考えるよりも先に、俺の足は動き出していた。一緒にいたダチを置いてけぼりに、廊下を走り出す。心臓がバクバクと嫌な音を立てる。
ほとんど人影はなく、夕焼けのオレンジ色が窓から差していた。
階段を駆け上がり、教室のガラス窓から覗く。
そこにいたのは、叶夜ともう一人、クラスの男子、浦瀬だった。
浦瀬はニヤニヤとした笑みを浮かべ、スマホを突き付けている。
叶夜は顔を真っ青にして、後ずさりながら何かを必死に訴えていた。
「や、やめてよ! そんなの、わたしじゃない!」
叶夜は必死に声を絞り出しているが、明らかに気圧されている。
「へえ、そうかなあ? このホクロの位置とか、髪の感じとか、そっくりじゃん。それに、こんなことするの、お前くらいしかいねえだろ」
浦瀬の言葉には、嫌らしい含みがあった。
俺はすぐに状況を理解した。叶夜がSNSになにか不味い写真を上げていて、それがバレかけている状況。
思い切り、音を立てて教室の扉を開く。
「おい、お前、何やってんだ!」
突然の音に、浦瀬はびくりと肩を震わせ、振り返った。ニヤニヤとした笑みは消え、代わりに驚愕の表情が浮かぶ。
「うわっ、桃地!? なんだよ、いきなり」
「なんだよじゃねえだろ。お前こそ、薄原になにしてんだ」
俺は浦瀬を睨みつけながら、教室の中へと足を踏み入れた。
叶夜は涙を浮かべたまま、「桃地くん」と呟き肩の力を抜いた。
「べ、別に……ちょっと話してただけだよ。なんもしてねって」
浦瀬は目を逸らすと、スマホを慌ててポケットにしまおうとする。が、あえて見逃さない。
「話してただけだぁ? なんかスマホ見せて、脅してたじゃねえか」
「脅してなんかないって! ただ、ちょっと確認してただけって。ちょっと変な写真を見つけてさ」
「変な写真?」
わざとらしく聞き返した。もちろん、それが叶夜のことだと察しはついている。
「ああ、なんか。ほら、露出した女の子の写真がSNSに上がってて。それが、薄原に似てる……みたいな?」
浦瀬はそう言いながら、チラリと叶夜の方を見た。
彼女は顔を伏せ、唇を噛みしめていた。顔色が悪いままだ。
そんなわかりやすい顔すんなっての。
「それがどうしたってんだよ。似てるだけで本人だって決めつけるのか? お前、暇なのか? そうだよな、SNSでそういう写真ばっかり見てんだもんな」
俺は一歩踏み出し、詰め寄った。
「いや、だって……その特徴とかが、結構一致してて……」
「だからなんだよ。そんなもん、いくらでも似てる奴はいるだろ」
「……そんなん、逆にお前がよ。口出ししてくる権利あんのかよ」
「あるに決まってんだろ!」
俺はガバっと叶夜に腕を回して抱き寄せ、啖呵を切った。ふわりとシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。柔らかくて頼りない身体が、腕の中で震えた。
「――こいつは、俺の女なんだよ。そんなことするわけねえだろ」
時が止まった。浦瀬は言葉を忘れて、口をぽかんとあけたまま呆然とした。
叶夜はというと、身動き一つとれずに「ひぅ~」と小動物みたいな声を吐息と共に漏らす。
コラ、くすぐったいだろ。やめろそれ。
「お、お前の……女……?」
浦瀬は信じられないといった表情で、俺と叶夜を交互に見た。俺たちが付き合っているなんて想像もしていなかったのだろう。普段、接点など何もないのだから。
「んだよ、何か文句あんのか? ……こいつは俺のもんだって言ってんだよ」
「いや、別に……ただ、びっくりしただけだよ」
さらにすごんでやると、浦瀬はたじろいだ。体格差もあるし、普段から面倒事を避けるタイプなのは知っていた。
「ならいいんだよ。二度と叶夜に近づくな。ましてや、くだらないSNSの話で騒がすような真似したら許さねえかんな」
「わ、わかったって。……そういうのとは思ってなかったんだよ」
浦瀬は混乱したまま、そうぼやくと足早に教室から出て行った。バタン、音を立ててドアが閉まる。
教室には、俺と叶夜だけが残された。夕焼けのオレンジ色の光が、二人の影を長く伸ばしている。
俺は腕の力を緩め、叶夜から少しだけ体を離した。さっきまで蒼白だったはずの顔が、耳まで真っ赤に見える。夕日のせいかもしれないが。
「おい、大丈夫か?」
「うん……ありがとう、桃地くん。その、嘘ついてたけど」
返って来たのは、ささやき声かよ、とツッコミたくなるほど弱々しいお礼だった。
夕日が照らされた睫毛、まるい頬に影が落ちる。首筋のうぶ毛が、オレンジ色に微かに輝いて見えた。彼方から運動部の号令が反響するが、どこか非現実的だった。
「……なんか綺麗だな」
「え?」
口が滑った、舌打ちしたくなる。
「いやなんでもねえよ、それより。SNSの写真ってのは?」
「え、あー……うう」
言葉に困った叶夜は俯くと、指先を落ち着きなくもぞもぞと動かした。
「その、前々からちょっと……ちょっと過激な写真載せてたり、とか」
開襟シャツの隙間から覗く首筋、浮き出た鎖骨の白さが、やけに目を惹いた。
ふうん、いい加減腹が立ってきた。こいつ、どんだけやらかしてるわけ。
「どんな写真なんだよ」
もう、俺は踏み込むことにした。