※この作品はR-18です。

俺はこの露出願望女子を守りたい   作:尾籠ころち

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第6話 きっとそれは俺の方

 叶夜がくしゃくしゃの顔で、しゃくりあげながら涙を流していた。スマホを握りしめたまま立ち尽くす姿は、あまりにも無防備でひどく幼い。

 

 画面の中にいた、挑発的な雰囲気の叶夜と、目の前で泣いている叶夜。そのギャップに、俺の頭は混乱する。

 写真のせいで胸にわき起こったざわつきが、まだ収まらないまま……なのに、唐突に感情を露わにされて受け止めきれない。

 

 なんでこんなに泣いてんだよ、お前が自分からやったことだろ。

 そう思わないでもなかったけど、目の前でぐしゃぐしゃになる叶夜を見ていると、そんな風に突き放す気にはなれなかった。

 

「おい……いきなり、泣くなよ」

 

 不器用な声しか出せなかった。

 怒っているわけじゃない。ただ、困惑していた。それに、なんだか胸が締め付けられるような気がして。

 それが可哀そうだと思ったからなのか、それとも別の感情なのか、自分でもよくわからなかった。

 

「あー、もう。……俺に見られんの、そんなに嫌だったのかよ」

 

 叶夜は返事もせず、ただ肩を震わせるだけだった。

 繰り返される嗚咽が、静まりかえった教室に響く。このまま放っておくこともできず、かといって、どう慰めればいいのかもわからない。

 

 俺は、叶夜が手に持っていたスマホを掴む。何の抵抗もなく、そっとそれを近くの机の上に置いた。

 

 しゃくり上げるたびに震える細い肩。普段はボーイッシュに見える短い茶髪も、今は濡れて頬に張り付き、か弱く見えた。

 

 無意識のうちに、手が伸びていた。

 ごわついた俺の指先で、赤く照らされた濡れた頬に触れる。夕日でほんのり温かくなった肌は、驚くほど柔らかかった。涙の跡が、指先に冷たく湿る。

 

「……ひぅっ」

「ひう、じゃねえよ。あんま泣いてっと、明日目ェ腫らすぞ。ほら、顔上げろって」

「や、やだ」

 

 頬をなぞるとピクリ、と彼女の身体が反応する。

 ひんやりとした涙の筋と、ほんのり熱を帯びた肌の感触が、指を通して伝わってきた。写真で見た、少し上気した肌を思い出す。

 

(柔らかくて……あったかい、な。こいつ)

 

 あの写真の彼女はもっと、熱かったのだろうか。ぼんやりとよぎる欲望を飲み込んで、出来るだけ優しく涙を拭ってやる。

 ぎこちないせいで、ちょっと乱暴になってしまったが、それでも叶夜は抵抗せず、されるがままだった。

 ただ、呼吸だけが浅く速くなっている。

 

「俺が、嫌いか?」

「ち、ちが……う」

「じゃ、なんで泣いてんの?」

 

 俺が声をかけると、叶夜から小さな嗚咽が漏れる。

 

「だって……っ、こわかったっ!」

 

 震える声で、叶夜はそう言った。

 怖かったってのは何がだよ。浦瀬のことか。それとも、俺に写真を見られるのが?

 

「何が怖いんだよ。あ、俺が怖えってことか?」

 

 脅して、無理やり見せてもらったみたいになってるし。それを言えば、俺も浦瀬の同類かもしれない。

 

(要するに、俺が泣かせたってこと? なら、やっぱもう関わらないほうが……)

 

 一気に、今までの罪悪感が押し寄せて、指を引っ込めようとした時、焦ったように叶夜は声を上げた。

 

「ちがうの! そうじゃない、の。しゃ、写真を見られるのは怖かったけど、桃地くんが、とか、じゃ……」

「え……あー、じゃ、迷惑じゃねえんだな?」

「うう、そ、そうだよ」

「じゃ、顔上げろよ。俺を見ろ」

「……そ、それはやだ」

 

 優しく言ったつもりだったが、やっぱり声が低かったかもしれない。叶夜がさらに身を縮めてしまった。

 さすがに、それを見て俺は思い直す。これじゃだめだ。

 

「わかった。なら、そのままでいいから」

 

 あやすようなつもりで語りかけ、可愛らしい耳に口を寄せていく。

 

「――じゃ、なにが怖かった?」

「っ!?」

 

 動揺する叶夜。指先が、叶夜の唇の端に掠めた。柔らかい、初めての感触に、俺の心臓がドクリと大きく鳴った。

 彼女から息を飲む気配がした。顔はまだ下を向いているが、プルプルとなにかを堪えている。

 

「ほら、ゆっくりでいいから教えてくんない?」

「……あぅ」

 

 なおさら呼吸が浅くなっている気がする。失敗したか、と思ったら、遅れて言葉を紡ぎ始めた。

 

「だ、だって……きっと、桃地くん、わたしのこと、汚いって思ったでしょ?」

「思ってねえよ。何回言わせんだ」

 

 反射的に即答。またその話かよ。さっきも言っただろうが。思わず語気を強めてしまった。叶夜がまたビクリとする。

 

「ああ、悪い。怒ってるとかじゃなくて。……本当に、汚いとか思ってねえよ」

「だって……あんな、写真とか……っ」

 

 泣きながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 どうやら、俺にあの写真を見せることは、ものすごく勇気のいることだったらしい。そして、それに対して否定的な反応をされることを、心底恐れている。

 SNSに公開してたくせに、よくわからない、が。

 

 俺は、叶夜の小さな手に触れた。ギュッとシャツを握りしめるこぶしをすっぽりと覆う。

 

「汚いなんて、思うわけねえだろ。逆に、すげえ綺麗だと思った」

「へ……? きれい?」

 

 まるで理解できない言葉を聞いたかのように、きょとんとした顔で俺を見上げた。なんか、こいつ、いつも目がキラキラしてんな、と場違いに感じた。

 

「ああ、綺麗だよ。っつーか、マジで、その……」

 

 俺は叶夜の手を握ったまま、掛けるべき言葉を探す。でも、洒落たことなんて言えないから、そのまま言った。

 

「あの写真……正直、すげえと思った。なんつーか、ドキッとした、っていうか」

 

 自分でも何を言っているのかよくわからなかったが、胸の内にある率直な感情を伝えたかった。

 画面の中の叶夜は、確かに俺の心をざわつかせたのだ。挑発的なポーズで惜しみなく晒された身体。それに目の前のこいつ。

 

「え、あ、あの……でも、あれ……」

 

 褒められると思っていなかったのだろう。叶夜は信じられない、といった表情だ。

 

「嘘じゃねえよ。本当にすげえと思ったし、アンタは綺麗だった」

 

 さらに、率直な感想も付け加えていく。

 

「でも、あんな格好で、外歩き回ろうとするのも、自分で変な写真撮ってるのも、意味わかんねえし。正直、危なっかしくて見てらんねえって思うけどさ」

 

 俺は、叶夜の行動そのものを肯定する気はない。それは危険だし、彼女自身を傷つける可能性があるからだ。

 でも、綺麗ごとじゃなくて。俺の心が動いてしまったのは事実だった。危なくて、ゾクゾクするほどに。

 

「でも、アンタ自身のことが、汚いなんて、一度も思ったことねえよ」

 

 反応はない。互いに目が合うだけの時間。

 一度、小声で「ウソ」と呟かれたから、即座に「嘘じゃねえ、マジだ」とだけ返す。教室の時計がチクチクと鳴る。

 気まずい時間。でも、叶夜を泣き止ませるのに成功したのは確かだった。

 

「はあ、もう遅せえから帰るぞ」

 

 強引に打ち切って歩き出す。少し遅れて、後をついてくる気配。廊下に二つだけ響く足音。

 

 背中の気配について考えるたび、さっきの写真が脳裏にちらつく。部屋着越しのお腹のライン、淡い水色の下着。胸のざわつきがまたぶり返してきた。

 

 思わず振り返り、ちら、と目をやる。

 

「え、なに?」

 

 無邪気に首を傾げる姿からは、妙な信頼を感じた。

 

 胸のざわつきが、別の熱に変わっていくような気がした。

 守ってやりたいという庇護欲と、秘密を知っているという優越感、そして――写真で見た身体への、隠しきれない欲望。

 

 裏切りたくないという気持ちと、めちゃくちゃにしてやりたくなる破壊的な衝動が揺らめく。

 

「……なんでもねえよ。今日も送ってやる」

 

 混ざり合う感情は、どこにどうぶつければいいのかわからない。汚いのは、きっと俺の方だった。

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