俺はこの露出願望女子を守りたい 作:尾籠ころち
叶夜がくしゃくしゃの顔で、しゃくりあげながら涙を流していた。スマホを握りしめたまま立ち尽くす姿は、あまりにも無防備でひどく幼い。
画面の中にいた、挑発的な雰囲気の叶夜と、目の前で泣いている叶夜。そのギャップに、俺の頭は混乱する。
写真のせいで胸にわき起こったざわつきが、まだ収まらないまま……なのに、唐突に感情を露わにされて受け止めきれない。
なんでこんなに泣いてんだよ、お前が自分からやったことだろ。
そう思わないでもなかったけど、目の前でぐしゃぐしゃになる叶夜を見ていると、そんな風に突き放す気にはなれなかった。
「おい……いきなり、泣くなよ」
不器用な声しか出せなかった。
怒っているわけじゃない。ただ、困惑していた。それに、なんだか胸が締め付けられるような気がして。
それが可哀そうだと思ったからなのか、それとも別の感情なのか、自分でもよくわからなかった。
「あー、もう。……俺に見られんの、そんなに嫌だったのかよ」
叶夜は返事もせず、ただ肩を震わせるだけだった。
繰り返される嗚咽が、静まりかえった教室に響く。このまま放っておくこともできず、かといって、どう慰めればいいのかもわからない。
俺は、叶夜が手に持っていたスマホを掴む。何の抵抗もなく、そっとそれを近くの机の上に置いた。
しゃくり上げるたびに震える細い肩。普段はボーイッシュに見える短い茶髪も、今は濡れて頬に張り付き、か弱く見えた。
無意識のうちに、手が伸びていた。
ごわついた俺の指先で、赤く照らされた濡れた頬に触れる。夕日でほんのり温かくなった肌は、驚くほど柔らかかった。涙の跡が、指先に冷たく湿る。
「……ひぅっ」
「ひう、じゃねえよ。あんま泣いてっと、明日目ェ腫らすぞ。ほら、顔上げろって」
「や、やだ」
頬をなぞるとピクリ、と彼女の身体が反応する。
ひんやりとした涙の筋と、ほんのり熱を帯びた肌の感触が、指を通して伝わってきた。写真で見た、少し上気した肌を思い出す。
(柔らかくて……あったかい、な。こいつ)
あの写真の彼女はもっと、熱かったのだろうか。ぼんやりとよぎる欲望を飲み込んで、出来るだけ優しく涙を拭ってやる。
ぎこちないせいで、ちょっと乱暴になってしまったが、それでも叶夜は抵抗せず、されるがままだった。
ただ、呼吸だけが浅く速くなっている。
「俺が、嫌いか?」
「ち、ちが……う」
「じゃ、なんで泣いてんの?」
俺が声をかけると、叶夜から小さな嗚咽が漏れる。
「だって……っ、こわかったっ!」
震える声で、叶夜はそう言った。
怖かったってのは何がだよ。浦瀬のことか。それとも、俺に写真を見られるのが?
「何が怖いんだよ。あ、俺が怖えってことか?」
脅して、無理やり見せてもらったみたいになってるし。それを言えば、俺も浦瀬の同類かもしれない。
(要するに、俺が泣かせたってこと? なら、やっぱもう関わらないほうが……)
一気に、今までの罪悪感が押し寄せて、指を引っ込めようとした時、焦ったように叶夜は声を上げた。
「ちがうの! そうじゃない、の。しゃ、写真を見られるのは怖かったけど、桃地くんが、とか、じゃ……」
「え……あー、じゃ、迷惑じゃねえんだな?」
「うう、そ、そうだよ」
「じゃ、顔上げろよ。俺を見ろ」
「……そ、それはやだ」
優しく言ったつもりだったが、やっぱり声が低かったかもしれない。叶夜がさらに身を縮めてしまった。
さすがに、それを見て俺は思い直す。これじゃだめだ。
「わかった。なら、そのままでいいから」
あやすようなつもりで語りかけ、可愛らしい耳に口を寄せていく。
「――じゃ、なにが怖かった?」
「っ!?」
動揺する叶夜。指先が、叶夜の唇の端に掠めた。柔らかい、初めての感触に、俺の心臓がドクリと大きく鳴った。
彼女から息を飲む気配がした。顔はまだ下を向いているが、プルプルとなにかを堪えている。
「ほら、ゆっくりでいいから教えてくんない?」
「……あぅ」
なおさら呼吸が浅くなっている気がする。失敗したか、と思ったら、遅れて言葉を紡ぎ始めた。
「だ、だって……きっと、桃地くん、わたしのこと、汚いって思ったでしょ?」
「思ってねえよ。何回言わせんだ」
反射的に即答。またその話かよ。さっきも言っただろうが。思わず語気を強めてしまった。叶夜がまたビクリとする。
「ああ、悪い。怒ってるとかじゃなくて。……本当に、汚いとか思ってねえよ」
「だって……あんな、写真とか……っ」
泣きながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
どうやら、俺にあの写真を見せることは、ものすごく勇気のいることだったらしい。そして、それに対して否定的な反応をされることを、心底恐れている。
SNSに公開してたくせに、よくわからない、が。
俺は、叶夜の小さな手に触れた。ギュッとシャツを握りしめるこぶしをすっぽりと覆う。
「汚いなんて、思うわけねえだろ。逆に、すげえ綺麗だと思った」
「へ……? きれい?」
まるで理解できない言葉を聞いたかのように、きょとんとした顔で俺を見上げた。なんか、こいつ、いつも目がキラキラしてんな、と場違いに感じた。
「ああ、綺麗だよ。っつーか、マジで、その……」
俺は叶夜の手を握ったまま、掛けるべき言葉を探す。でも、洒落たことなんて言えないから、そのまま言った。
「あの写真……正直、すげえと思った。なんつーか、ドキッとした、っていうか」
自分でも何を言っているのかよくわからなかったが、胸の内にある率直な感情を伝えたかった。
画面の中の叶夜は、確かに俺の心をざわつかせたのだ。挑発的なポーズで惜しみなく晒された身体。それに目の前のこいつ。
「え、あ、あの……でも、あれ……」
褒められると思っていなかったのだろう。叶夜は信じられない、といった表情だ。
「嘘じゃねえよ。本当にすげえと思ったし、アンタは綺麗だった」
さらに、率直な感想も付け加えていく。
「でも、あんな格好で、外歩き回ろうとするのも、自分で変な写真撮ってるのも、意味わかんねえし。正直、危なっかしくて見てらんねえって思うけどさ」
俺は、叶夜の行動そのものを肯定する気はない。それは危険だし、彼女自身を傷つける可能性があるからだ。
でも、綺麗ごとじゃなくて。俺の心が動いてしまったのは事実だった。危なくて、ゾクゾクするほどに。
「でも、アンタ自身のことが、汚いなんて、一度も思ったことねえよ」
反応はない。互いに目が合うだけの時間。
一度、小声で「ウソ」と呟かれたから、即座に「嘘じゃねえ、マジだ」とだけ返す。教室の時計がチクチクと鳴る。
気まずい時間。でも、叶夜を泣き止ませるのに成功したのは確かだった。
「はあ、もう遅せえから帰るぞ」
強引に打ち切って歩き出す。少し遅れて、後をついてくる気配。廊下に二つだけ響く足音。
背中の気配について考えるたび、さっきの写真が脳裏にちらつく。部屋着越しのお腹のライン、淡い水色の下着。胸のざわつきがまたぶり返してきた。
思わず振り返り、ちら、と目をやる。
「え、なに?」
無邪気に首を傾げる姿からは、妙な信頼を感じた。
胸のざわつきが、別の熱に変わっていくような気がした。
守ってやりたいという庇護欲と、秘密を知っているという優越感、そして――写真で見た身体への、隠しきれない欲望。
裏切りたくないという気持ちと、めちゃくちゃにしてやりたくなる破壊的な衝動が揺らめく。
「……なんでもねえよ。今日も送ってやる」
混ざり合う感情は、どこにどうぶつければいいのかわからない。汚いのは、きっと俺の方だった。