俺はこの露出願望女子を守りたい 作:尾籠ころち
叶夜が、俺の少し後ろを、ぴったりとくっついて歩いてくる。その気配をやけに強く感じて、背中が熱くなった。
たぶん、俺と叶夜が二人で歩くのは目立つけど、今更だった。
「なあ」
昇降口に向かう階段を降りながら、俺は叶夜に話しかけた。
「浦瀬の野郎、もしまたなんか言ってきたら、どうすっかな」
「……ご、めんなさい。わたしのせいで」
「それはもういいんだよ。それより、もし学校で噂になったら、どうする?」
これは一応、確認しておくべきことだった。後から揺らいだら困る。変な奴に利用されてほしくもない。
叶夜は立ち止まり、不安そうに俺を見上げた。影の中でも輝いて見えた。
「噂になったら、か……」
「ああ。もしかしたら、もう別の誰かが見てたかもしれねえし。浦瀬が他の奴に話す可能性もゼロじゃねえ。……あいつには、『俺の女』だって言っといたけど」
「しょ、しょれはっ!? だって、嘘じゃん! 本当は付き合ってないじゃん!」
「声でけーよ」
動揺しすぎてカミカミじゃん、ウケる。
「あれは、まあ、咄嗟だったんだけどさ。でも、もしそっちが噂になったら、乗っかった方が、かえって面倒くせえことにならねえかも」
「ええっ?! それってつまり……」
「そ。付き合ってる、ってことにしておくか?」
提案すると、叶夜は両眉をぐにゃっとひそめた。
「……もう、それわたしの意志とか関係ないじゃん」
「え、別に嫌ならいいけど」
「嫌って言うか……わたし、別に桃地くんのことタイプとかじゃないし。カレシ欲しいわけでもないし。あんまりノリ気じゃない」
「け、けっこうはっきり言うじゃん」
ストレートな物言いに、思わず声が裏返った。
タイプじゃない、ねえ。そりゃそうだろうけど、面と向かって言われると、地味に凹む。なんで、こいつ俺に対してこんな態度がでけえんだ。
ただ、クラスでの叶夜のイメージ通りではあった。どっちかっていうと、今までの奇行とか、浦瀬にタジタジになってる時の方がらしくなかった。
「あ、ご、ごめん! そういう意味じゃなくて、その……えっと。ほら、桃地くんもわたしのこと、別にタイプとかじゃないでしょ? ただ、危なっかしいから助けてくれてるだけ、みたいな」
俺の微妙な反応に気づいたのか、叶夜が慌ててフォローしようとするが、しどろもどろだ。こいつ、単に素直なんだか、わかっててやってるんだか。
「……まあ、否定はしねえけどよ。で? じゃ、付き合ってるフリしねえならそれでもいい。俺は別に、どっちでも……」
平静を装って俺は言った。ここで落ち込んだり、動揺を見せたらなんか負けな気がした。何にだよ、って自分でも思うけど。
「うーん」と腕を組んで唸り始める。そんなに悩むことかよ、くそ。
正面玄関を出て、上靴から履き替えても唸ったままだった。ふざけんなよ、おい。さすがに校門を出た辺りで、我慢の限界だった。
「なあ! 引っ張らねえでフツーに断れよ」
「引っ張るっていうか。お互いにその気持ちがないなら、無理に付き合ってるフリなんてしなくてもいいんじゃないかな~。わたし、桃地くんに余計な負担かけたくないし」
「負担って……俺がいいって言ってんだよ。お前がどうしたいか聞いてる」
つか、なんで俺がフラれてるみたくなってんだよ。
「わたしは……」と叶夜は一度言葉を切り、何かを考えるように視線を下に落とした。
そして、もう一度顔を上げた時、その表情はどこか吹っ切れたようにも見えた。
「でもさ、桃地くんが『駆けつけてくれる』って言ってくれたのは、ホントだったし。秘密も守ってくれて。で、助けてくれたのも嬉しかったんだ」
「お、おう」
「今も、わたしのこと守ってくれようとしてるんでしょ?」
「……あ、あー。まあな」
途端に後ろ暗い気持ちになった。本当は、それだけじゃねえんだ。あの写真を見て、完全に意識が変わっちまった。
でも、それをこいつには言えなかった。
「だからさ、わたしは桃地くんのこと、もっと知りたいって思ってるし。友達……として、かもしれないけど。だから、嘘の関係で誤魔化すのは、ちょっと違うかなって」
「は……?」
今度は俺が言葉を失う番だった。友達、だと? 俺と?
いや、それ自体は別にいい。だが、こいつの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。しかも、こんな状況で。
「だから、付き合ってるフリはしない。でも、もし困ったことがあったら、桃地くんにまた相談してもいい? 今日みたいに……助けて、って」
上目遣いでそう聞いてくる叶夜。つか、おいっ、その顔でその聞き方はずるいだろうがっ!
「……はああ、もう勝手にしろよ。ただし、俺がいつでも助けられると思うなよ」
わざと突き放すように言った。だが、心の中では、こいつのペースに完全に巻き込まれている自分に気づいていた。
タイプじゃない、ねえ。それがどうした。どうせ俺はもう、こいつから目が離せねえんだから。
「あー、とりあえず、問題の写真はさっさと消しとけよ。危機管理が甘すぎ」
「うっ。はい、すぐ対応します……」
ひゅん、と神妙になった。
穏やかな空気、夕焼けの残光がアスファルトを鈍く照らす帰り道。
隣を歩く叶夜の気配は、さっきまでの激情が嘘のように静かで。
時折、俺の顔を盗み見るような視線を感じるが、あえて気づかないふりをした。言葉少なに話しては、クスクス笑うのが聞こえる。
ただ並んで歩くだけの時間が、やけに重く、そして奇妙なほど濃密に感じられた。
「ねっ、でも名前で呼び合おうよ」
「なんだ、今度は」
「考えたらさー。強面のキミが牽制できればいいんだから、関係を匂わせたらそれでよくない?」
「うっわ、計算高っ。引くわー……」
「だから、わたしは……えっと、下の名前なんだっけ?」
「覚えとけよ! 俺の名前くらいっ!」
頭の中では、さっき教室で見た叶夜の涙と、スマホに映っていた大胆な姿が、繰り返し再生されている。
相反する二つのイメージが、俺の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、腹の底に鈍い熱を生み出していた。
「綺麗だった」――それは紛れもない本心だ。だが、その言葉の裏には、もっとどす黒い、名前をつけるのも躊躇われるような感情が渦巻いている。
でも、俺は。
「俺はちゃんと覚えてんだよ、薄原。……いや、叶夜」
初めて名前を呼んでやる。叶夜がぴょこんと跳ねて、嬉しそうに笑った。
「あはは、そっか。……よろしくね、一誠くん!」
決して裏切りたくないのに。傷つけたくないのに。
――このまま、どこか人目のない場所に連れて行ってしまいたい。
そんな危険な衝動が、胸の奥で疼いた。