※この作品はR-18です。

俺はこの露出願望女子を守りたい   作:尾籠ころち

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第7話 初めて名前を呼んだ時の感情

 叶夜が、俺の少し後ろを、ぴったりとくっついて歩いてくる。その気配をやけに強く感じて、背中が熱くなった。

 たぶん、俺と叶夜が二人で歩くのは目立つけど、今更だった。

 

「なあ」

 

 昇降口に向かう階段を降りながら、俺は叶夜に話しかけた。

 

「浦瀬の野郎、もしまたなんか言ってきたら、どうすっかな」

「……ご、めんなさい。わたしのせいで」

「それはもういいんだよ。それより、もし学校で噂になったら、どうする?」

 

 これは一応、確認しておくべきことだった。後から揺らいだら困る。変な奴に利用されてほしくもない。

 叶夜は立ち止まり、不安そうに俺を見上げた。影の中でも輝いて見えた。

 

「噂になったら、か……」

「ああ。もしかしたら、もう別の誰かが見てたかもしれねえし。浦瀬が他の奴に話す可能性もゼロじゃねえ。……あいつには、『俺の女』だって言っといたけど」

「しょ、しょれはっ!? だって、嘘じゃん! 本当は付き合ってないじゃん!」

「声でけーよ」

 

 動揺しすぎてカミカミじゃん、ウケる。

 

「あれは、まあ、咄嗟だったんだけどさ。でも、もしそっちが噂になったら、乗っかった方が、かえって面倒くせえことにならねえかも」

「ええっ?! それってつまり……」

「そ。付き合ってる、ってことにしておくか?」

 

 提案すると、叶夜は両眉をぐにゃっとひそめた。

 

「……もう、それわたしの意志とか関係ないじゃん」

「え、別に嫌ならいいけど」

「嫌って言うか……わたし、別に桃地くんのことタイプとかじゃないし。カレシ欲しいわけでもないし。あんまりノリ気じゃない」

「け、けっこうはっきり言うじゃん」

 

 ストレートな物言いに、思わず声が裏返った。

 タイプじゃない、ねえ。そりゃそうだろうけど、面と向かって言われると、地味に凹む。なんで、こいつ俺に対してこんな態度がでけえんだ。

 ただ、クラスでの叶夜のイメージ通りではあった。どっちかっていうと、今までの奇行とか、浦瀬にタジタジになってる時の方がらしくなかった。

 

「あ、ご、ごめん! そういう意味じゃなくて、その……えっと。ほら、桃地くんもわたしのこと、別にタイプとかじゃないでしょ? ただ、危なっかしいから助けてくれてるだけ、みたいな」

 

 俺の微妙な反応に気づいたのか、叶夜が慌ててフォローしようとするが、しどろもどろだ。こいつ、単に素直なんだか、わかっててやってるんだか。

 

「……まあ、否定はしねえけどよ。で? じゃ、付き合ってるフリしねえならそれでもいい。俺は別に、どっちでも……」

 

 平静を装って俺は言った。ここで落ち込んだり、動揺を見せたらなんか負けな気がした。何にだよ、って自分でも思うけど。

 「うーん」と腕を組んで唸り始める。そんなに悩むことかよ、くそ。

 正面玄関を出て、上靴から履き替えても唸ったままだった。ふざけんなよ、おい。さすがに校門を出た辺りで、我慢の限界だった。

 

「なあ! 引っ張らねえでフツーに断れよ」

「引っ張るっていうか。お互いにその気持ちがないなら、無理に付き合ってるフリなんてしなくてもいいんじゃないかな~。わたし、桃地くんに余計な負担かけたくないし」

「負担って……俺がいいって言ってんだよ。お前がどうしたいか聞いてる」

 

 つか、なんで俺がフラれてるみたくなってんだよ。

 「わたしは……」と叶夜は一度言葉を切り、何かを考えるように視線を下に落とした。

 そして、もう一度顔を上げた時、その表情はどこか吹っ切れたようにも見えた。

 

「でもさ、桃地くんが『駆けつけてくれる』って言ってくれたのは、ホントだったし。秘密も守ってくれて。で、助けてくれたのも嬉しかったんだ」

「お、おう」

「今も、わたしのこと守ってくれようとしてるんでしょ?」

「……あ、あー。まあな」

 

 途端に後ろ暗い気持ちになった。本当は、それだけじゃねえんだ。あの写真を見て、完全に意識が変わっちまった。

 でも、それをこいつには言えなかった。

 

「だからさ、わたしは桃地くんのこと、もっと知りたいって思ってるし。友達……として、かもしれないけど。だから、嘘の関係で誤魔化すのは、ちょっと違うかなって」

「は……?」

 

 今度は俺が言葉を失う番だった。友達、だと? 俺と?

 いや、それ自体は別にいい。だが、こいつの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。しかも、こんな状況で。

 

「だから、付き合ってるフリはしない。でも、もし困ったことがあったら、桃地くんにまた相談してもいい? 今日みたいに……助けて、って」

 

 上目遣いでそう聞いてくる叶夜。つか、おいっ、その顔でその聞き方はずるいだろうがっ!

 

「……はああ、もう勝手にしろよ。ただし、俺がいつでも助けられると思うなよ」

 

 わざと突き放すように言った。だが、心の中では、こいつのペースに完全に巻き込まれている自分に気づいていた。

 タイプじゃない、ねえ。それがどうした。どうせ俺はもう、こいつから目が離せねえんだから。

 

「あー、とりあえず、問題の写真はさっさと消しとけよ。危機管理が甘すぎ」

「うっ。はい、すぐ対応します……」

 

 ひゅん、と神妙になった。

 穏やかな空気、夕焼けの残光がアスファルトを鈍く照らす帰り道。

 隣を歩く叶夜の気配は、さっきまでの激情が嘘のように静かで。

 時折、俺の顔を盗み見るような視線を感じるが、あえて気づかないふりをした。言葉少なに話しては、クスクス笑うのが聞こえる。

 ただ並んで歩くだけの時間が、やけに重く、そして奇妙なほど濃密に感じられた。

 

「ねっ、でも名前で呼び合おうよ」

「なんだ、今度は」

「考えたらさー。強面のキミが牽制できればいいんだから、関係を匂わせたらそれでよくない?」

「うっわ、計算高っ。引くわー……」

「だから、わたしは……えっと、下の名前なんだっけ?」

「覚えとけよ! 俺の名前くらいっ!」

 

 頭の中では、さっき教室で見た叶夜の涙と、スマホに映っていた大胆な姿が、繰り返し再生されている。

 相反する二つのイメージが、俺の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、腹の底に鈍い熱を生み出していた。

 「綺麗だった」――それは紛れもない本心だ。だが、その言葉の裏には、もっとどす黒い、名前をつけるのも躊躇われるような感情が渦巻いている。

 でも、俺は。

 

「俺はちゃんと覚えてんだよ、薄原。……いや、叶夜」

 

 初めて名前を呼んでやる。叶夜がぴょこんと跳ねて、嬉しそうに笑った。

 

「あはは、そっか。……よろしくね、一誠くん!」

 

 決して裏切りたくないのに。傷つけたくないのに。

 ――このまま、どこか人目のない場所に連れて行ってしまいたい。

 そんな危険な衝動が、胸の奥で疼いた。

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