俺はこの露出願望女子を守りたい 作:尾籠ころち
自宅に帰った俺は、燻りが治まらないままベッドに横たわった。
視界に、イーゼルに掛けられたままの描きかけの絵が、黙って俺を見ていた。
チッと舌打ちする。
なぜか、そこで叶夜のなまめかしくて、柔らかそうなカラダがフラッシュバックして思わず縮こまる。無防備な白い肌、隠された柔らかそうな膨らみ、しなやかな腰つき。
どくどくと、自分の血が熱を帯びて巡るのを感じる。思わず下腹部に手を当て、深く息を吐いた。
(……アイツのカラダは、何色だっただろうか)
想像する。
人気のない放課後の教室、無理やり叶夜をねじ伏せる。抵抗する彼女の細い手首を掴み、涙で濡れた瞳が見上げて来る。
どうせまともに抵抗なんて出来ない、そのまま押し付けると上がる悲鳴は小さい。「やぁっ、やめてぇ」と。でも俺は――。
「……っ、くそ!」
俺は勢いよく身を起こした。荒い息を整えようと、窓を開けて冷たい夜気を取り込む。
熱は簡単には収まりそうになかった。
罪悪感に煽られながらも、朝が来る。鏡に映る自分の顔は、疲れと寝不足で隈ができていた。
「はあ~……。いや、アレは……仕方ねえだろ、健全な反応だ」
誰に言うでもなく呟く。そうでも思わないと、やっていられなかった。
***
翌朝の教室は、今までと何も変わらないように見えた。
だが、俺と叶夜の関係は、確実に何かが変わってきてる。
いつもより少しだけ早く登校してきた叶夜は、俺の姿を見つけると、一瞬だけ足を止め、すぐに俯いて自分の席へと向かう。
でも、ぎこちないのは、たぶん俺もだ。そんな残り香みたいのがある。
午前中は体育で、クラス対抗のバスケだった。
女子の試合が先に始まって、俺は体育館の壁にもたれ、ダチのくだらない話に適当に相槌を打つ。
(別につまんないわけじゃないけど、マンガとかあんまり読まねえんだよな。動画とかもよくわかんねえし)
ふんふん、と聞いてばかりだが、コイツらはそれはそれでいいらしい。変なやつらだ。
赤茶のボールが跳ねる音と、シューズのキュッキュッという摩擦音は、不思議と耳に心地よかった。
そんななかで、一際軽快にコートを駆け回る影があった。――叶夜だ。
肩で息をしながらも、楽しそうに声を出し、積極的にボールを追っている。
「ほら、へい! パスッ!」
前髪が汗で額に張り付いているのも構わず、パスを受ければ鋭いドリブルで切り込み、シュートを放つ。
動きはしなやかで、見ていて飽きなかった。
「叶夜って、動きいいよな」
「昔っからだぜ、あいつ。
「へー、帰宅部なのに」
隣で見ていたダチたちが、感心したように会話していた。
確かに、女子の中では頭一つ抜けている。男子顔負けのフットワーク、正確なパス。ボーイッシュな髪型がよく似合う。
点が入れば、チームメイトとハイタッチを交わし、屈託なく笑った。
だが、男連中が見てるのは、激しい動きで波打つように揺れる胸だ。シャツ姿なせいで目立つ。
「み、見ごたえあるな」
「……そうだな」
おい、コラ! そんな目で見んじゃねえ。
そう怒りたいが、ぶっちゃけずっと目線がアイツに行くのでなんも言えん。
(くそ、なんでだぁあああっ! 俺、そんなやつじゃなかったろっ!!)
ああ、あの笑顔の裏側――俺だけが知っている。
教室の隅で不安そうに拳を握りしめていた叶夜や、夕暮れの教室で涙を流していた叶夜、そして、スマホの画面の中で大胆な姿を晒していた叶夜とは、まるで別人のようだった。
ふと、叶夜と目が合った。
一瞬、その真剣な顔つきから、わずかに揺らいだように見えた。すぐに視線は外されたが、その1~2秒が、やけに長く感じられた。
(俺のこと、見てた。よな?)
昨日の帰り道、「よろしくね、一誠くん!」と笑った、あの悪戯っぽい笑顔が浮かぶ。
途端に、腹の底からまた、あの鈍い熱がこみ上げてくる。どす黒い、名前のつけられない感情。
この活発で、太陽の下が似合うような女の子が、夜には俺だけに見せる別の顔を持っている。その事実が、俺の独占欲をいやらしく刺激した。
「おい、イッセー。お前、薄原さんのこと、じっと見すぎじゃね? もしかして……」
「あ? うっせえな、見てねえよっ!」
「お、思春期か? 照れんなって、桃ちゃ~ん」
「桃ちゃん、言うなっ!」
ダチの茶化すような声に、反射的に悪態をつく。だが、動揺は隠せない。顔が熱くなるのを感じた。そのせいでめっちゃいじられた。
女子の試合が終わり、汗だくの叶夜が俺たちの前を通り過ぎようとした。
ほんの数センチの距離ですれ違う。シャンプーとは違う、甘酸っぱい汗の匂いがふわりと鼻をかすめた。
「ナイスゲーム」
俺は、自分でも驚くほど自然に声をかけていた。
叶夜はびくりと驚いた顔でこっちを見る。頬が紅潮していた。試合の熱気の名残か。
「あ……うん。一誠、くん」
小声で俺の名前を呼んで、軽く手を振ってきた。汗で濡れた首筋や、ほんのり上気した肌。理性がぐらついた。
叶夜はすぐにクラスの女子たちの輪に戻っていき、タオルで汗を拭いながら何か楽しそうに話していた。
「じゃあ、男子。負けたチームで片付けとモップ掛けよろしくー!」
適当に試合を流すと、体育教師のそんな号令。
めんどくせえな、と思いつつ、ボールを抱えて器具庫へ向かう。そこには先に、女子が使ったビブスやらを片付けに来ていた叶夜がいた。
「あれ、薄原……じゃない。叶夜、まだいたのか」
俺の声に、叶夜は山積みのビブスを抱え直しながら振り返った。
さっきまでの試合の熱気が引いたのか、幾分落ち着いた表情だったが、まだ頬はほんのり赤い。
「んー。一誠くんも片付け? 手伝うよ、それ」
意外な申し出だった。普通、こういうのは男子の仕事みてえな空気がある。
「いや、いいって。女子はもう終わりだろ」
「いーのいーの。わたし、体力有り余ってるからさ!」
にぱっと微笑み、叶夜は俺が持っていたボールのいくつかを取り、ひょいと軽々と抱えた。
薄暗く、埃っぽい空間。整理整頓されているとは言い難い器具庫のカゴに、ボールを投げ込むように置いていく。
「一誠くん、さっきの試合、あんま動いてなかったねー。もっと本気出せばいいのに」
ビブスを畳みながら、叶夜が軽口を叩いてくる。
「うるせえ。俺は省エネなんだよ。お前みたいに体力バカじゃねえ」
「ひっどーい! でも、本当だから否定しないけど!」
けらけらと笑い声をあげた叶夜。こういう屈託のないところは、本当にただの明るい女子なんだよな。
感じるギャップが、また俺の心を妙にかき乱す。
最後に器具庫奥へとボールカゴを押し込もうとした叶夜の足元が、ぐらりと傾いた。
「わっ……!?」
「おっと、危なっ!」
俺はとっさに叶夜の腕を掴み、自分の身体で支えるように受け止めた。ドン、と軽い衝撃。
勢い余って、俺の胸に顔を埋めるような形でもたれかかってくる。柔らかい感触と、汗と甘い香りが混じった匂い。
「……っ!」
思わず息を呑んだ。密着した身体から伝わる、叶夜の体温。試合で火照った名残か熱い。汗で湿ったTシャツ越し、その柔らかな胸がぐにゃりと押し付けられる。
「あ……ご、ごめんね! ……え?」
叶夜は慌てて顔を上げ、俺から身体を離そうとする。だが、狭い器具庫でお互いに少しよろけ、今度は俺が壁に背中を打ち付けた。叶夜が俺の腕の中にすっぽり収まるような格好になる。
至近距離で見つめ合う形になる。
叶夜の大きな瞳が、驚きと戸惑いで揺れていた。汗で濡れた額や、乱れた髪。そして、間近で見るその唇は、ほんのりピンクで、艶めいているように見えた。