俺はこの露出願望女子を守りたい 作:尾籠ころち
どく、どく、と自分の心臓が大きく鳴っているのがわかる。叶夜の浅く速い呼吸も聞こえてくる。
(やべえ……)
この活発で、屈託のない笑顔を見せるこいつの、俺だけが知っている別の顔。その両方を、俺だけのものにしたい――。
衝動にかられ、ぎゅっと身体に回す腕に力を込めた。
「んぁっ!?」
華奢だ。だけど、ずっしりと確かな重みを感じる。
「えと。い、一誠くん……? あの、離して……」
か細い声で、不安げに叶夜が言った。
俺を見上げる顔は、耳まで染まで真っ赤。普段のボーイッシュな雰囲気はどこへやら、完全に『女の子』の顔だ。
「あ……あぁ、悪い。焦んな、ちょっと待て」
我に返り、ゆっくりと態勢を整える。名残惜しい、なんて思うのは、俺がどうかしているからだろう。ちゃんと気を付けながら手離した。
気まずい沈黙が、薄暗い器具庫の中に満ちる。お互いに視線をどこへ向ければいいのか分からない。
「あー、大丈夫か? 怪我とかねえ?」
なんとか絞り出した声は、掠れていた。こくこくと小さく頷く叶夜。その仕草が、やけに幼く見えて。
「う、うん。大丈夫。ごめんね、ドジっちゃって……一誠くんこそ、痛くなかった?」
「俺は平気。痛くなんかねえよ」
「……そっか、よかった」
いや、よくはない。他の連中もモップ掛けやら、なにやら外でしてんのに流石に危なかった。
叶夜の安堵の声が、やけに小さく聞こえる。さっきの密着のせいで、俺はまだ熱に浮かされている。
汗で湿った髪、上気した肌、柔らかそうな唇から目が離せなかった。
(やべえな、本当に……抑えが効かねえかも)
俺は無意識のうちに、叶夜の腕を掴んでいた。
「ひぃっ!?」
叶夜が息を呑む。俺を見上げるその瞳は、恐怖よりも、戸惑いに満ちていた。
「い、一誠くん……? あの、もう、大丈夫だから……」
「……なあ、叶夜」
自分の声が、自分のものではないように聞こえる。
「お前が我慢できなくなったら、教えてくれ。絶対怒らないから。……助けに行くから。守るから」
「……うう」
薄暗い器具庫のなかで、見つめ合う俺たち。
手のひらが熱い。俺の指が、叶夜のふにふにとした腕に食い込むように。
俺は自分が我慢できないという衝動を、『守る』という嘘で覆い隠した。
「い、や……一誠くん。あのっ、ここ、誰か来るかも!」
上げられた声に、拒絶されたように感じた。ダメだ、と理解が働いて。指から力が抜ける。「あっ」と可愛らしい声が漏れていた。
「そうだ、な。叶夜、お前の言うとおりだ。変に思われる前に出るか」
「……うんっ! そうだよ、手伝ってあげるからちゃんと片付けようね」
そこでいったん、何事もなかったかのように場をあとにする。
胸がじわじわ痛んで、激しく鼓動していた。
(俺は、こいつの何を守りたいんだろうな)
自問自答しても、答えは簡単には出なかった。着替えてから教室に戻り、ポケットのスマホを握りしめる。
「助け」を求めてくる時を、俺はどこかで待っている。自分を正当化できる名目で、叶夜に深く触れることができる唯一の機会だから。
「醜いな、男ってのは」
思わずそんな言葉を口にしてしまって、ダチにめっちゃからかわれた。
ちょっとその後は、叶夜が余所余所しくなって、嫌われたかもしれないな、なんて落ち込んでいた。
で、その夜。日付が変わる少し前。
ベッドで悶々と体育館での出来事を反芻し、叶夜の柔らかな感触を思い出しては自己嫌悪に陥る。あんなことしなければよかった、と、
そんなうんざりする無限ループを断ち切ったのは、スマホの短い震え。
ガバっと起きて、スマホを掴む。
画面に表示されたのは――薄原 叶夜。
『一誠くん、おきてる?』
たったそれだけの、ひらがな混じりのメッセージ。短い文面なのに、迷いもためらいも滲み出ているように感じた。
どくどく心臓が騒ぎ立てる。
『起きてる、どうした?』
素っ気ない返信。なるべくいつも通りに。
『あのね、ちょっと変なことを聞いてもいい?』
『ああ、なんだよ』
『怒らないって約束して』
焦らすな。早く本題を言え。なんでコイツはこんなにまどろっこしいんだ。
『絶対、怒らない。約束する』
返信までやけに時間がかかった、今まではすぐ返答が来たのに。
メッセージは既読。寝落ちたんじゃないか、と思い始めた頃、ピコンと通知音。
『我慢できなくなっちゃったら、どうしたらいいんだろう? お願いだから怒らないで』
メッセージに、俺は息を詰まらせた。体育倉庫での叶夜の困惑と、SNSの挑発的な姿が同時にフラッシュバックした。
本当に、好きでやってるわけじゃ、ねえのか?
『今、電話できるか?』
打ったが待ち切れず、俺は通話ボタンに指をかけていた。
もし、叶夜が怯えて出なくても、それはそれで仕方ない。だが、声を聞けば、もっとわかることがあるはずだ。
数画面が切り替わり、呼び出し音が鳴る。
数コール、出ないかもしれないな。切るか迷いが生じた。
そこでようやく「もしもし……」という、か細い震えるような声が聞こえて来た。
「叶夜か。大丈夫か? 何があった」
「……一誠、くん……? ごめん、なさい……こんな、夜中に……」
声が湿っぽい。泣いてんのか?
「いいから、どうした。我慢できないって、何がだ?」
「写真、撮りたくなっちゃったの。SNSに……あげたくなっちゃって……苦しくて、寂しくて、ぎゅって喉まで詰まってて」
「おう。でも、我慢してたんだな」
「また変な人に見つかると思ったらでも、怖くて。じゃあ、外に出たらいいんじゃないかって、ジッとしてられないの……今も、なんか、変な感じなの」
予想外に、あまりにもストレートな告白。羞恥と、恐怖と、そして切実な助けを求める響き。
なにが、コイツにそうさせる?
繰り返される、苦痛の訴え。スマホの向こう側に、何度も嗚咽が入り込んでくる。何をどう言ったらいいか、なにが正解かなんてわからなくて、ひたすら聞いた。
あまりに痛々しくて、この時ばかりは、自分の欲望がどこかに吹き飛んだ。
「なら、俺がついて行ってやる」
「……ふぇ?」
抱えてたモヤモヤなんて、役に立たない。
「叶夜が外に出たくなったら、俺が守ってやるから。呼べよ」
決断の理由は、泣き止ませたかったからだった。