友人以上、セフレ未満 作:ナナナ
#1
「はあっ……はあっ……」
汗にまみれて揺れる円い胸、気がおかしくなるような甘い香り、切なそうな喘ぎ声。
視覚、嗅覚、聴覚といった人間の五感に訴えかける強い誘惑に身を任せ、俺は一心不乱に腰を振り続けた。
自分のそれとは明らかに違う女性特有の細い腰を掴む手に力を込めると、彼女の喘ぎ声の中に、苦しそうな呻き声が混じる。
普段であればすぐに力を抜くが、今の俺にとって、そんな呻き声はスパイスでしかなかった。
「いたい……やめて……」
俺は知っている。
この『やめて』は、『止めて』ではない。
ほら、そうだ。彼女の目元を覆い隠す腕を取り上げようとすると、本気で抵抗をしてくる。
本当に止めて欲しいことは、何も言わずに嫌がる女なのだ。
「はぁ……はぁ……やばい、そろそろ……」
「……勝手にしたらいいじゃない」
下腹部が爆発するような、ジュクジュクとした熱い感触。
俺は腰を小刻みに動かし、亀頭で彼女の子宮口をノックする。
途切れ途切れの言葉、荒い息遣い。
孕ませてやりたい、俺だけのものにしたい。
「射精る……!」
「ッ……!」
歪んだ欲望を、俺は熱い精液と共にゴムの中へ吐き出した。
彼女の腰がビクンと跳ね、腰が反る。
「はあッ……!はあッ……!」
俺は糸の切れたマリオネットのように、彼女の身体に覆い被さる。
そのまま彼女の柔らかそうな唇にキスをしようとすると、俺の口は、彼女の手で塞がれた。
「……キスはしないって、約束」
「……別に。キスしようって思ったわけじゃねぇよ」
思わず、噓をついた。
本当は、キスだってしたい。ファーストキスも処女も、彼女の全てを俺のものにしたい。
誤魔化すように彼女から顔を逸らし、肉棒を引き抜く。
そしてゴムを外すと、口を丁寧に縛ってからゴミ箱へと投げ捨てた。
「……シャワー。先借りるから」
彼女はそう言うと、俺の答えも待たずに部屋から出て行った。
行為後の余韻も何も、あったものじゃない。
「……はぁ」
俺は汗だくの身体を拭うこともせず、ベッドに寝転がり天井を眺める。
友人以上、セフレ未満。
それが、俺と円香の関係だった。
☆
「……おはよう」
「ん……珍しく早いな」
「たまたま」
昨日のことなんてすっかり忘れたような、いや、そもそもなかったような、普段通りの仏頂面。
本日最初に見たのは、そんな樋口の顔だった。
「……何?何でついてくるの?」
「お前の高校までの道に俺が使ってるバス停があるんだよ。知ってて訊くなよ」
「あぁ……そうだっけ」
「忘れてたのかよ……まぁ、普段会うことないからな」
徒歩での通学の樋口とは違い、俺はバス通学だ。
そのため、基本的に登下校中に顔を合わせることはない。
朝早く登校している樋口がイレギュラーなのだ。
「で?さっきは偶然って言ってたけど、本当の所どうなんだよ?」
「……たまたま。間違えて目覚ましを三十分早くセットしてただけ」
「そうかい」
そう言って、くあっと欠伸をする。
「……透は?最近どうよ?」
それは、無言を嫌い発した、少し意地悪な一言だった。
俺の予想通り樋口は心底嫌そうに眉を顰めると、わざとらしくため息をついてみせた。
「……何であなたに浅倉のことを言わなくちゃならないの」
「特に理由はねぇよ」
「なら私に訊かないで。直接浅倉に会えばいいじゃない」
「はいはい……そうするわ」
樋口は、昔からそうだった。
俺が透の話題を出すと、露骨に嫌がる。
樋口と透の関係は、幼馴染の俺にもよく分からない。
いつの間にか名前呼びから苗字呼びに変わっていたことも、小糸ちゃんに言われて初めて気づいたくらいだ。
「ま、どうでもいいけど」
「……?」
「こっちの話」
どうでもいい。そう、どうでもいいのだ。
透のことが好きだった時もあるが、今となっては、「ああ、そんなこともあったなぁ」という類の良い思い出。
俺は樋口に干渉しない。そして、逆も然り。
それが、初めて身体を重ねた日からの、俺達の暗黙の了解だった。
☆
「お。おーい」
ジャングルジムの頂上に、透はさも当たり前のように座りこちらに手を振っていた。
小学生のような行動と、不釣り合いな大人びた雰囲気。
俺もこれにやられたんだよなぁ、と顔に出さない程度に苦笑いをしながら、ジャングルジムに登る。
「久しぶり」
「おう」
隣に座ると、透はにこっと笑った。
指を折って何を数えているのかと思えば、ビッと三本の指を立てた。
「三週間ぶり」
「家が近い割に会わねぇよな」
「そうだね。特に、高校生になってからは」
「ま、進学先別だしな」
時刻は夕方五時。
夏場のこの時間帯は、まだまだ明るい。
「あぁ……そうだ。最近どうよ」
朝、樋口に投げた質問を透にしてみる。
「最近?んー……今日初めて学食のカツカレーを食べたんだけど、中々美味しかった」
「はは、何じゃそりゃ」
透は顎に指を当て、真剣そのものの面持ちで呟いた。
もっと違うことを聞きたかったんだけどな、と思いつつも、これもまた透らしさと自然と笑顔になる。
「あー……あと、アイドルになった」
「……は?」
きっと、今の俺を客観的に見たら凄く面白い顔をしているだろう。
今日の昼のメニューを言った時と変わらぬテンションで、透はそう言った。
「……アイドル?透が?」
「うん。変?」
「いや、変ではないけど……」
変ではない。むしろ、アイドルという顔が重要な職業において、透は贔屓目抜きにしても頭ひとつ抜けているはずだ。
それにしても、アイドル。
「AKBみたいな?」
「そう。スカウトされて」
「へぇ……透がアイドル、ねぇ……」
言われた状況も相まって、未だに本当のこととは思えない。
だが、透がこのような嘘をつく性格ではないことは、俺自身が良く知っている。
「……まぁ、応援してるよ。CD出す時は連絡くれよ」
「うん。ミリオンヒット確定」
「すげぇ自信だな……」
「樋口にも言ってあげなよ」
「はぁ?」
「樋口も、オーディション通ったはずだからさ」
俺の視界は、真っ暗になった。
空はまだ、明るいはずなのに。