友人以上、セフレ未満 作:ナナナ
後悔、自責、そして自己嫌悪。
あの日からずっと、俺の胸の中には、そんな暗い感情がごった返していた。
嫉妬という言葉だけでは表現することのできない黒い衝動を樋口にぶつけ、あまつさえ、俺との子を孕ませようともした。
ほぼ毎日何かしらのやり取りを交わしていたメッセージも、『アフターピルは飲んだ』という業務連絡への返信以降動いていない。
「……」
何も手に付かなかった。
始業式も、授業も、長期休暇明けの実力テストも。
実力テストに至っては、驚く程に恐ろしい点数を叩き出していることだろう。
名前を書いたか、という部分から怪しいものである。
「……クソ」
激しい自分への苛立ちを拳に乗せ、手身近な電柱へ八つ当たる。
何度も、何度も。
骨に響いていた痛みはいつしか皮を裂き、汚らわしい鮮血が迸る。
血塗れになった電柱を、何度も、何度も、何度も。
「……何してるの」
ふと耳に入ったそんな声に、俺の手が止まる。
気付けば、俺の周囲には人々の噂話が充満していた。
あれ、甲斐谷さんのところの子よね?何してるのかしら……?ヤバい薬物とかやってないよね……?危ないわぁ……。
「あぁ、鬱陶しい」
俺の心の底から出た本音だった。
樋口も、噂する近所の人も、今だけは放っておいて欲しい。
こんな俺を、見ないで欲しい。
「……手、見せて」
噂話の濃霧をかき分けるように俺のそばまで寄ってきた樋口が、傷だらけの手を取る。
思えば……こうして喋るのも、あの日以来だ。
避けられていたのか、はたまた俺が避けていたのか。その答えは、永遠に出ることはないだろう。
「……何でこんなことしてるの」
「……何でもねぇよ」
「……はぁ」
ため息。様々な意味が込められていそうなその行為の後、樋口は呆れたような表情を浮かべながら俺の手を取った。
「家に来て。治療するから」
「いや……いいよ」
「いいから、そういうの」
ぐいっと引っ張られる。
もちろん抵抗できないはずはないが、俺は、自分の意思に反してされるがまま、樋口の家に入ってしまった。
血塗れの手を見て目を丸くするおばさんの横を通り樋口の部屋に連れ込まれ、椅子に座らさせられる。
まるで子供だな。そんな自虐をしてみたり。
「……骨は折れてなさそう」
「分かるのか?」
「まぁ大体。一応病院に行った方がいいと思うけど」
机の下から取り出した救急箱から軟膏を取り出し、傷に塗っていく。
学校の保健室のような薬剤の香りが、優しく鼻を撫でつける。
母親のような、慈悲の手つきで。
「……悪いな。色々と」
「悪いと思ってるなら二度としないで」
少しばかり怒ったような口ぶり。
そこから俺達の間に会話はなくなり、包帯を巻く微かな音だけが部屋に響く。
「……妊娠。してなかったから」
静寂を切り裂いたのは、樋口だった。
ふと、あの日の光景が瞼の裏にフラッシュバックする。
膣穴からどろりと垂れる精液と、汗だくでぐったりと倒れ込む身体。
「そう、か……良かった……」
考えるよりも先に口から出てきたのは、安心だった。
俺の一時の気の迷いと嫉妬で、樋口の人生を台無しにするところだった。
両肩に乗っていた砂袋が、どさりと音をたてて地面に落ちた気がした。
「……うん。良かった」
樋口も、自分に言い聞かせるように呟く。
弱弱しい、絞り出すような小さな呟きを。
「……じゃあ、帰るから」
すっかり治療は終わり、包帯は綺麗な蝶々結びで縛られていた。
あまり長い時間ここに居るのも気が引けるので椅子から立ち上がろうとするが、治療の終わった俺の手を、樋口はまだ掴んでいた。
赤子が母親の手を握るような、微かな力で。
「……その傷。やっぱり……私のせい?」
「……違う」
「……嘘」
俯いた樋口の表情は読めない。
同時に、俺が今どんな顔をしているか、自分にも分からない。
「嘘。嘘つき。最低」
「……お前のせいじゃねぇよ」
真っ赤な嘘。
「……終わり。この関係は」
「……あぁ」
樋口はそう言って、俺の手を離した。
「そもそも、無理があった。幼馴染同士で、身体だけの関係なんて」
「そう、かも、な……」
ゆっくりと目を閉じる。
そう。樋口の言う通りだ。幼馴染同士でこんな爛れた関係など、土台無理があったのだ。
セックスフレンドは、良くも悪くも、関係がそこまで近くない人間同士でこそ成立するのである。
俺達は、あまりにも近すぎた。
「だから……今日で終わり」
「……あぁ」
何も変わらない。
学校は違う、性別も趣味も違う、プライベートでそこまで喋る訳でもない。
ただの、幼馴染。顔を合わせれば喋る程度。
この関係が終わったからといって、これまでと、何も変わらない。
「あれ……?」
でも何故だろう。何故、涙が溢れてくるのだろう。
「……あぁ、そうか」
そうか。俺は、この関係が幸せだったんだ。
一方的な恋愛感情でも、樋口と繋がっていられる、この関係が幸せだったんだ。
「……ごめん」
「……謝らないでよ」
一方的な恋愛感情。
そのはずなのに、何で、樋口まで泣いているのだろう。
「……帰るの?」
「……いや」
浮かせた尻を、椅子へ落とす。
エゴだということは、分かっている。
ただ、この部屋から出た瞬間、この関係が終わってしまうという恐怖感が、俺の足に根を生やしていた。
恐怖感?否。この感情は何?
「……ねぇ」
「ん?」
そんなことを考えていた俺の身体は、樋口によってベッドへと押し倒されていた。
明るい部屋の中、俺に馬乗りになって涙を拭う樋口。
「今日までだから……」
「……分かってる」
樋口は小さく頷き、俺の上から身体を退かす。
俺達は何も言わず服を脱ぎ、無造作に床へと投げ捨てる。
そういえば、こんな明るい状態でするのは、初めてかもしれない。
「……電気、消すか?」
「……消さないで」
先に脱ぎ終えた俺が訊くと、円香は一瞬の躊躇いを見せた後、こちらを向かずにそう答えた。
俺達は生まれたままの姿で抱き合うと、額を軽く触れ合わせたままベッドに身体を沈める。
「……声出さないで。下にお母さんいるから」
「分かってる」
円香の細く冷たい指が、熱い肉棒を握る。
俺も、怪我をした手とは反対の手で円香の陰部に触れ、指先で膣穴周りを優しく擦る。
「……」
声を出したくない円香は、もう片方の手の指を軽く噛んで声を我慢する。
耳まで紅潮させて恥じらう姿に、俺はどうしようもない劣情と独占欲を抱いてしまった。
俺以外の男に、円香のこんな姿を見せたくない。
しかし、今日が終われば、この関係は終わりだ。
「……どこが気持ち良い?」
膣穴ともクリトリスとも違う、触られても反応の薄い所を撫でながら訊いてみる。
「……最低」
「……ここ?」
陰部と肛門の間。
円香は、首を横に振る。
「じゃあ……ここ?」
割れ目をなぞるようにツツツと指を上に持っていき、クリトリスを爪の先で引っ掻く。
ぴくん、と円香の身体が震える。
「……お前の身体のことをよく知ってるのは、俺だけだから」
「……っ」
耳元でそう囁くと、円香の身体が再び震えた。
ああ、そうさ。醜い独占欲。
購買部で人気のパンを全て買い占めるような、独善的かつ自己中心的な。
俺だけの円香。
クリトリスを弄る指の動きをさらに激しくすると、肉棒を擦る円香の手が止まる。
そして、指を噛んでいるだけでは抑えきれなくなった熱っぽい吐息が、俺の顔にかかる。
イけ、イけ、イけ。俺の手でイけ。
「~~~っ!」
ビクンビクンと円香の身体が大きく二度震え、潮が噴き出す。
「はぁ……はぁ……」
円香は苦しそうに胸を上下させながら、力なくベッドに倒れ伏す。
俺は膝立ちで円香の脚の前に立つと、太ももに手をかける。
部屋が明るいから、円香の表情が、汗の一粒一粒が、良く見える。
円香の股を開くと、驚く程抵抗がなかった。
「……エッロ」
「……最低」
我ながら、最低な発言だったと思う。
だが、汗や愛液などの愛液でしっとりと濡れた円香の陰部は、年不相応な一匹の雌としてのフェロモンを放っていた。
「……あ」
挿れる直前になって、俺は自分がゴムを付けていないことに気が付いた。
ゴムの入った机に延ばしかけた俺の手を、円香が掴む。
「……いらない」
「え……」
「薬。飲んでるから」
「な……」
「だから……早く」
二つ頭の蛇のように円香の脚が俺の腰に絡みつく。
肉棒の先端を膣穴に押し付けると、一気に腰を突き出す。
「んっ……!」
「あッ……!」
重なる喘ぎ声。
前回は嫉妬に狂っていたせいで分からなかったが、円香の膣内は、それはもう熱かった。
ドロドロヌルヌルの肉壺は俺の肉棒を咥えて離さず、粘膜同士が擦れ合う度に俺達の混ざり合った汁が噴き出す。
油断したら、すぐにでも出てしまいそうだった。
「やばい、抜くぞ……!」
「抜かないで……!」
「ピル飲んでてもヤバいだろ!妊娠したらどうするんだ……!」
「妊娠、させて……!」
そう叫ぶ円香の茶色の瞳から、一筋の涙が流れる。
「妊娠したら、私は瑞樹のものになれるから……!」
「ッ……!」
初めてかもしれない。
円香の魂の叫びを聞いたのは。
「俺だって、円香を俺だけのものにしてぇよ……!」
パンパンという肉同士がぶつかる音。
ギシギシというベッドが軋む音。
そんな音に混じって、俺は円香に劣情をぶつける。
「お前が他の男のモノしゃぶるのも、抱かれるのも、全部嫌だよ!」
「っ……!」
円香の目が大きく見開かれたと思えば、シュルと首に腕が巻き付いた。
そしてあっという間に顔が引き寄せられ、唇同士が触れ合う。
舌同士もナメクジの交尾のように絡み合い、溶け合ってひとつになる。
「瑞樹、瑞樹、瑞樹……!」
唇を離したと思えば、円香は壊れた玩具のように、俺の名前をひたすらに呼び続ける。
そんな円香がたまらなく愛おしくて、俺は円香の癖毛を優しくさする。
「好き……!」
好き。
たった二文字。
俺も円香も、ずっと言えなかった二文字。
「俺だって好きだよ……!」
「っ……!好き……!」
汗で滑る俺の身体に、円香は必死にしがみつく。
俺はそんな円香の頭を力いっぱい抱え込み、腰を打ち付ける。
睾丸がギュッと固まり、精液が尿道を駆け上がる。
「いいんだな、出るぞ……!」
「いいから……!」
「ッ……!イく……!」
射精の瞬間、俺と円香は再び唇を重ねた。
暴れ狂う肉棒からは精液がとめどなく噴き出し、必ず妊娠させるために膣内を満たしていく。
頭がどうにかなってしまいそうな快感の中、重ね合わせた唇が離れた。
「はぁ……!はぁ……!」
「まだ……出てる……?」
「出る……!」
射精し始めてからゆうに一分は経っているはずだが、精液が収まる気配はなかった。
何秒か、はたまた何分か。ようやく射精が収まった俺は、膣穴から肉棒を引き抜いた。
膣穴からゴポォと逆流する精液をティッシュで拭き終えると、ようやく円香が上半身だけを起こした。
「大丈夫か?」
「……大丈夫」
壁に背中を預けた円香の隣に、俺も座る。
肩と肩が触れ合う。
「……なぁ、円香」
「……何?」
「いや……俺達、この関係今日で終わりなんだよな」
「……そうね」
二人して天井を眺めながら、言葉を交わす。
そして、無言が訪れる。
「「……はぁ」」
同時にため息を吐いた。
お互い相手の言いたいことは分かっているのに、自分から言い出す勇気がない。
こんなんだから、こんな拗れた関係になったのに。
「……この関係は終わり」
「そうだな……はぁ」
俺はもう一度ため息をつくと、円香の目を見る。
「……こんな関係じゃなくて、付き合わないか?」
「……十点。もう少し情熱的な告白はできないの?」
「はぁ?俺にそんなこと求めるなよ……」
「でも、まぁ……うん。よろしく」
俯きながら答える円香。
俺はそんな円香の両肩を掴むと、ベッドに押し倒した。
「はぁ……何?性欲に溺れた猿なの?」
普段通りの仏頂面でそう言う円香は、どこか、嬉しそうだった。
完
短い間でしたが、お付き合いくださりありがとうございました。
もし見たいという方がいらっしゃれば、ほんの少しだけ後日談を書かさせていただきます。