友人以上、セフレ未満 作:ナナナ
短編集は基本的にR18描写抜きの、サクッと読める作品を投稿していきたいと考えています。
それでもよろしい方は、是非見てくださると嬉しいです。
#1
〇物差しくらい
「瑞樹先輩って身長何センチですか~?」
始まりは、雛菜ちゃんの何気ない一言だった。
勉強を教えるという当初の目的が消え去った勉強会で完全に集中力を切らした雛菜ちゃんは俺のベッドを占領し、我が物顔で寝転がりながらスマホを弄っている。
「ん~……百八十あるかないかくらいだったかな」
春の身体測定の結果を思い出しながら答える。
去年よりも二センチ近く伸びたと、喜んだ記憶がある。
「てことは、四捨五入して百八十センチってこと?」
「まぁ、それでいいんじゃないか?」
「あは~!」
俺の回答に、雛菜ちゃんにパァと笑顔の花が咲く。
何がそんなに楽しいのか、と訊く前に、俺の前に雛菜ちゃんのスマホが差し出された。
「ん……?『理想のカップルの慎重差』?」
「そう!瑞樹先輩と雛菜は理想のカップルの身長差なんだって~!」
「へぇ……」
一言断りを入れてから雛菜ちゃんのスマホを借り、サイトを見てみる。
なるほど、理想の身長差は十五センチくらいだそうだ。
確かに俺と雛菜ちゃんの身長差はそのくらいだ。
「雛菜は女の子にしてはおっきいから、彼氏にするなら瑞樹先輩みたいな背の高い人がいいな~」
「あはは、そうかもね」
「瑞樹先輩は良い人いるの?」
「……勉強したら?」
雛菜ちゃんが近づいてきたところで、これまで一言も喋っていなかった円香が会話に割り込んでくる。
丸めたプリントの束で軽く雛菜ちゃんの頭を叩いた円香に、当の雛菜ちゃんは不満そうに唇を尖らせる。
「円香先輩には勉強教えてって頼んでないもん」
「瑞樹には頼んだんでしょ?あなたも、了承したなら真面目に教えたら?」
人一人くらいなら殺せそうな視線に、思わずたじろぐ。
まったく、その通りである。
「それに、雛菜も勉強なら小糸に教えてもらえばいいじゃない」
「小糸ちゃん今日お仕事だもーん。透先輩も補習だし」
「……浅倉に勉強を教えられるわけないでしょ」
あんまりな言い方だが、ぐうの音も出ない。
「だ~か~ら、瑞樹先輩に頼んだの。円香先輩は帰ってもいいですよ~。それとも、雛菜と瑞樹先輩が二人きりになったらダメなの?」
「ダメに決まってるでしょ」
「なんで?」
「……空腹の肉食獣の檻に入れられた兎が無事で出てこられると思うの?」
「人を空腹の肉食獣扱いするな」
「雛菜はうさぎじゃありませ~ん」
「そういう話じゃないだろ」
いちいち突っ込みを入れていると疲れるが、バチバチと火花を散らす二人を、どうにかして宥めなければ。
二人の顔を見比べてオロオロとしていると、雛菜ちゃんが小悪魔のような妖しい笑みを浮かべた。
「……えいっ!」
そんな掛け声とともに、雛菜ちゃんが俺の右腕にしがみついてくる。
可愛らしい声とは真逆の凶悪な胸が腕に押し付けられる。
円香のそれとは明らかに違う、暴力的なまでの柔らかさ。
「ッ……!」
ここ三週間程、俺と円香は互いに予定の合わない日が続いていた。
俺も実力テストの勉強と課題のレポートとアルバイトで忙しく、最後に円香とシた日以降、自家発電で処理する気力がなかった。
まぁ要するに溜まっているのだが、そんな状態でこんなモノを押し当てられたらどうなるか。
走ったら疲れる。時間が経てば腹が減る。そのくらい、当たり前の生理現象だった。
「あ・な・た・ねぇ……!」
「ぶっ!?」
憤怒の色で顔を染めた円香の拳が脳天に突き刺さる。
ゴン、という鈍い音と、脳漿が噴き出るような激痛。
「あ~!円香先輩ひど~い!」
脳天を抑えてのたうち回る俺を、雛菜は言葉とは裏腹な心底愉しそうな表情で眺める。
「……はぁ。雛菜、帰ったら?」
「雛菜も円香先輩に殴られたくないし、そうする~。またね~」
終いには手を叩いて笑っていた雛菜は、目尻にたまった涙を拭いながら教材の入った鞄を抱えて俺の部屋から出て行った。
「あー……その、二人になったな。結局」
無表情でベッドに腰掛ける円香の隣に座ると、彼女の胸に手を伸ばす。
しかしそんな不埒な手は、無慈悲にも円香の手によって叩き落とされてしまった。
「雛菜とでもしたら」
「え?」
「私の身体じゃ満足しないんでしょ。最低な人」
「え、あ、いや……」
「帰る。六センチ縮むまで二度とその顔見せないで」
不機嫌さを隠すこともなく乱暴に鞄を引っ掴んだ円香は、わざと大きな音をたててドアを閉め、部屋から出て行ってしまった。
円香の背中に延ばした手は虚空を掴み、がらんとした部屋に残ったのは、俺一人だけだった。
〇少女漫画のような恋
「こんにちは」
すっかり慣れた事務所への出勤。
廊下に漂う、淹れたてのコーヒーとレッスンなどで使うタオルを洗濯する柔軟剤の良い香りが私をふわりと包み込む。
靴箱を確認してみると、少し気取ったデザインのプロデューサーの革靴はなかった。
そういえば、今日は外回りでの営業と言っていたか。
「はぁ……最悪」
せっかく明後日までの提出物を出しに来たのに、これでは無駄足もいいところ。
はづきさんに預けて連絡を入れておけば文句を言われることはないだろう、と勝手に決めつけながらローファーを脱いでいると、ドアの向こう側からキャーッという黄色い声が聞こえてきた。
この声は園田さん……のはず。
「こんにちは」
リビングのドアを開くと、私の予想通り、園田さんが西城さんとソファに並んで座り何か漫画のようなものを読んでいた。
「あ!円香ちゃん!こんにちは!」
「おー、おつかれ」
「……はづきさんは?」
デスクを見ても、ソファの裏を見ても、はづきさんの姿が見当たらない。
はづきさんもいないとなるといよいよ私が来た意味がなくなるが……と思っていると、西城さんが小さく笑った。
「はづきさんなら、銀行に振り込み行ってるってさ。円香も提出物を出しに来たんだろ?」
「……えぇ、まぁ」
「アタシもなんだよ。そんなに遅くならないらしいし、ちょっと待ってけよ」
西城さんはそう言いながら、ソファの自分の隣をポンポンと叩く。
一瞬躊躇したものの、断る理由を見つけることができず、私は西城さんに従ってソファに座った。
「ねーねー、円香ちゃんも一緒に読もうよ!」
「読む?」
「そう!」
ソファに座るなり、園田さんが私に漫画の表紙を見せつけてくる。
それは、最近ネットで話題になった少女漫画だった。
「……漫画は一人で読んだ方が良いんじゃない?」
「アタシもそう言ったんだけどさ」
「だって、恥ずかしくって……」
呆れかえる西城さんと対照的に、園田さんは頬を朱く染めてくねくねと身体をくねらせる。
私は園田さんから漫画を受け取ると、机の上に広げてぱらぱらとページをめくってみる。
「わぁ……」
「お、おぉ……」
二人の恥ずかしそうな声。
少女漫画と聞いていたからてっきり可愛い絵柄の漫画を想像していたが、普通に大人の男女の恋愛模様を描いた漫画だった。
直接的な表現は避けつつも、かなり過激な描写が多い。
……まぁ、私はこのくらいで赤面するほど純な少女ではない。
「ま、円香。よくそんな普通に読めるな……」
そんな西城さんの言葉に、ふと手が止まる。
ベッドでのまぐわいのシーンが広がった漫画を、園田さんが慌てて閉じる。
「そんなシーンで止めないで!なんか、恥ずかしいじゃん!」
「あ、そ、そう……」
二人の顔は、熟した林檎のように真っ赤だった。
何をそんなに恥ずかしがる必要があるのか、と考えたが、私達はまだ十七歳だ。
彼女達に経験がなかったとしても、何もおかしな話ではない。
……と言うよりも、マイノリティは私の方なのだろう。
「樹里ちゃんも言ってたけど、よくそんな普通の顔で読めるよね~……」
園田さんはそこまで言ったところで、きらりと目を光らせた。
「……もしかして、円香ちゃん彼氏いるの!?」
「え……」
思わず浮かんだ瑞樹の顔。
慌てて消したものの時すでに遅し。園田さんの顔が、ずいっと近づいてくる。
「今の反応はいるんだよね!?どんな人!?」
「え、あ、いや……」
助けを求めるように西城さんに目線を向けるも、西城さんも何も言ってこないだけで、そわそわとしていた。
私を助ける気はないらしい。
「こんにちは~」
気の抜けるような声と共に現れたはづきさんに、私は救われたのだった。
☆
「まぁまぁ、その辺にしとけよチョコ」
はづきさんに提出物を出した帰り道。
質問攻めに遭う私を見兼ねた西城さんが、助け舟を出してくれた。
「むー……樹里ちゃんは興味ないの?」
「な、ないことはねぇけど……円香が困ってるだろ」
「うーん……じゃあ、また今度。円香ちゃんが話したくなったら聞こうかな」
そんな日は未来永劫来ない。二度とボロも出さない。
あっけらかんと笑う園田さんの横顔に、私は強く誓った。
「そういえば樹里ちゃん、今日は寮じゃないんだね」
「おー。たまには家に顔出さねぇとな」
「円香ちゃんは実家から通いなんだよね?」
「はい」
「そっかー。どの辺りなの?」
「えっと……」
家くらいなら教えてもいいだろう。
大体の場所を教えようとした私だったが、遠くから、聞き慣れた特徴的なバイクのエンジン音が近づいてくる。
どうして、ここに。
あっという間に接近してきたエンジン音は、私の隣まで来ると、ピタリと止まった。
「よう」
フルフェイスヘルメットのシールドを上げて出てきた瑞樹の目元。
そんな目は西城さんと園田さんを交互に見ると、申し訳なさそうに目尻が下がった。
「……悪い。友達と一緒だったか」
「あなたねぇ……!」
「円香ちゃんの友達さんですか?」
「え?あぁ……まぁ、そうです。甲斐谷です。よろしく」
ヘルメットを外し、少汗ばんだ髪を振りながら自己紹介する瑞樹。
「あ、園田智代子です」
「西城樹里。よろしく」
「あなたねぇ。何でこんなところにいるわけ?」
問い詰めるような言い方に、瑞樹は心外そうに眉根を寄せた。
「いや、ただのバイト帰りだけど……」
「バイト?何してるんだ?」
「今はコンビニやってます。ほら、ここから歩いて五分くらいの……」
「あー!最近できた。私たまに使うよ」
「そうなんですか。ならどこかで会うことがあるかもしれませんね」
最近バイトを変えたとは聞いたが、まさかこんな近くだったとは。
一人ならば、蹲って頭を抱えていたところだ。
「……あぁ、忘れ物だ。じゃあ、俺はこれで」
わざとらしくポケットをまさぐった瑞樹は、ヘルメットを被り直して回れ右をした。
私が友達といることに気を遣うくらいなら、最初から話しかけてくるな。
遠ざかっていくエンジン音に、私は心の中で中指をたてる。
「へー……格好良い人だったね」
ぼやくようにそう言った園田さんだったが、何かに気付いたようにハッとすると、ニマァと悪い笑みを浮かべる。
「……円香ちゃん。今からちょーっと、お茶しない?」
「悪ぃ。アタシもちょっと気になる」
あぁ、逃げられないらしい。
瑞樹の間の悪さを恨みながら、私の身体は近くのカフェへと引きずられていったのだった。