友人以上、セフレ未満 作:ナナナ
「あ、瑞樹君じゃない」
「あ……おばさん。お久しぶりです。どうかしたんですか?」
珍しくバイトが休みの今日。
やることもなく朝から適当にバイクを走らせていた帰り、俺の家の前には樋口のお袋さんが立っていた。
何か慌てているのか、髪は少し乱れ化粧もどことなく雑だ。
「お願いがあるんだけど……いい?」
「まぁ……ものにもよりますけど、いいですよ」
年甲斐もなく小首を傾げる仕草をするお袋さん。
親子だから当たり前ではあるのだが、この人が発する樋口とよく似た雰囲気に、俺は昔から弱かった。
おばさんはありがとう!と満面の笑みで、俺に包みを差し出してくる。
「円香にお弁当届けてあげられる?忘れていったことにさっき気付いたんだけど、私これから用事があって……」
「弁当?学校に?今夏休みですよ?」
「大学受験のための補習だって。夏休みだから学食も開いてないらしくって、このままだとあの子お昼抜きになっちゃうから……」
「はぁ……なるほど。ま、そのくらいならいいですよ」
二年生の夏休みから大変だなぁ、なんて考えながら弁当を受け取りシートバックに放り込むと、ヘルメットを被り直す。
バイクで五分とかからないはずだ。
「ありがとう!お願いね~!」
そんな呑気なお袋さんの声を背に受けながらバイクを走らせる。
そういえば、自分の通う高校以外に入ることなんて初めてだ。
☆
「甲斐谷瑞樹さん、ですね……はい、分かりました。校内ではこれを首から下げてください」
事務で社員証のようなものを受け取り、それを首から下げる。
夏休みということで校内はがらんとしており、私服姿の俺が奇異の目で見られることはなかった。
「綺麗な学校だな……」
自分の通う高校の校舎と比べ数段綺麗な学校に舌を巻きつつ、スマホを開く。
赤信号で止まっている時に樋口へ入れた『お前何組?』というメッセージには、まだ既読がついていない。
まぁ適当に歩いていたらいつかは見つかるだろ、とスマホをポケットに仕舞うと、廊下をぶらぶらと歩き始める。
自分の通う学校とさほど変わりはないはずなのに、教室のドアや窓から見えるグラウンドなど、見るもの全てが新鮮な気がした。
「二年一組……この辺りか」
遠くに見つけた二年一組のプレート。
速足で近づき窓からそっと教室の中の様子を覗くと、十人程の生徒が談笑をしながら教科書を鞄に詰め込んでいた。
その中に、樋口の姿もあった。
会話の内容までは聞こえなかったが、樋口は、無表情ながら楽しそうに隣の席の男子生徒とやり取りをしていた。
俺が見たことのない柔らかな表情に、何故か苛立ちが募っていく。
「……失礼しまーす」
わざと大きな音をたててガラガラとドアを開くと、教室中の視線が俺に集まる。
特に、樋口はぽかんと口を開いていた。
「樋口。これ、おばさんから。弁当だって」
静まりかえる教室を横断し樋口と男子生徒の間に割り込み、机に包みを置く。
「……は?何でいるの?」
「おばさんに弁当届けてくれって頼まれたんだよ」
相変わらずぽかんとしていた樋口だったが、段々と状況が飲み込めてきたようで、眉間に皺を寄せながらため息をつく。
「……昨日の夜、今日は半日授業って言ったのに」
「いらなかったのか?」
「えぇ……」
おばさんの勘違いかよ、と俺もため息をつく。
行き場を失った弁当を二人で眺めていると、ぽんと背中を叩かれた。
「あなた、樋口さんの彼氏?」
「ん?あー……」
鼻息荒くの顔を覗き込む女子生徒。
最近ほぼ毎日ヤってます、など言えるはずもなく困ったように樋口に目線で助けを求める。
「……はぁ。そんな反応されると本当に付き合ってるみたいじゃない。ただの……友達」
「だ、そうです」
「えぇ~、つまんないの」
女子生徒はつまらなさそうに肩を落とすと、教科書を入れた鞄を引っ掴んで教室から去っていく。
それに続くように他の生徒もぞろぞろと教室を後にして、俺と樋口だけが残された。
「……どうする?帰るのか?」
「せっかく作ってもらったのだから、食べてから帰る」
「律儀だな」
包みのジッパーを開く樋口を横目に、俺は向かいの椅子に座って机に頬杖をつく。
樋口が包みから取り出した弁当箱は、女らしく小さなものだった。
「……早く帰れば?」
「バイクで来たし、帰り送ってやるよ。前にお前を乗せた時のヘルメット、シート下に入れっぱなしだから」
「……そう」
樋口はそう言いながら弁当箱を開く。
色鮮やかな弁当。
早くに母親を失った俺にとって、このような弁当は無縁の存在だった。
「……いただきます」
行儀良く手を合わせる樋口。
文字を紡ぐたび動く、形の良い小さな唇。
弁当箱の唐揚げをつまみ口元へと持っていく様を眺めていると、ふと、昨晩のことが瞼の裏に蘇ってきた。
枕で見えなかったが、昨晩樋口は、あの唇で俺の肉棒を咥えていた。
気付けば俺は、箸を持つ樋口の手を握っていた。
「……何?」
唐揚げが弁当箱に落ちる。
露骨に嫌がるそぶりを見せる樋口。
「……悪い。一発抜いてくれ」
「はぁ?ここ、学校なんだけど?」
「誰も来ねぇよ」
「そういう問題じゃ……!」
抵抗する樋口の手首を掴んで無理矢理立たせる。
そして手を引いて壁際まで連れていくと、壁を顎でしゃくる。
「手。つけよ」
「……最低」
軽蔑したような目で俺を睨む樋口。
しかし言葉とは反対に、壁に手をついてこちらに尻を突き出してくる。
俺はそんな円香の背後に回ると、制服のスカートをめくる。
色気のないグレーのスポーティーなパンツをずらすと、財布からゴムを出し、素早く装着する。
「……さっき、楽しそうだったな」
「はぁ?補習授業が楽しいわけないでしょ」
「……そうじゃねぇよ」
見当違いなことをぬかす樋口。
俺は、理由の分からない苛立ちを腰に乗せて円香の尻に叩き込む。
「ッ……!」
口を手で押さえ声が出ないようにする円香だったが、俺は、そんな手を掴む。
「最低、最低、最低……!」
罵倒。
「本当に最低な人……!」
絞り出すような罵倒。
そんな罵倒も、ウェーブのかかった茶髪も、細い腰も、今だけは全て俺の物。
いつか、俺にも笑いかけて欲しい。
「ッ……!」
そう。狂った嫉妬だ。
円香がアイドルになるかもしれないと知った時は理解できなかったが、俺は今、猛烈に嫉妬している。
これだけ身体を重ねていても、円香からしたら、俺はただの友人に過ぎない。
いや、友人どころか、都合の良いディルドなのかもしれない。
ずっと認めたくなかった……いや、認めたらこの関係が壊れてしまうと思っていたが、俺は円香のことが好きだ。
最近色々あり過ぎて、この感情から目を逸らすことができなくなってしまった。
「射精る……!」
不平不満、嫉妬、愛情。
様々な感情を鍋に入れて煮詰めた液体を、俺はゴムに吐き出す。
本当なら、円香の中に出してやりたい。
ただ、それをしたら、俺は一生自分を許せなくなる。
このゴムも、突き詰めれば俺のエゴでしかないのかもしれない。
「……終わった?」
「……あぁ」
「……最低」
『最低』。
射精し幾分冷静になった俺の胸に残ったのは、文字通りの罪悪感だけだった。
「悪かったよ……」
「……そう思うなら、こんなこと二度としないで」
そんな呆れたような樋口の言葉が、俺の耳にはずっと焼き付いている。