※この作品はR-18です。

異界の性奴隷   作:Henon

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第十六話 馬車の中にて ※食人描写あり

 

大きな扉が、低く軋む音を立てて開いた。

 

石造りの館の外から一気に差し込む光は、朝というよりも昼に近い鋭さを帯びていて、小田は反射的に手で目元を覆った。白い光が指の隙間から滲み、瞼の裏を焼く。

 

「……っ」

 

空気が違う。

室内にこもっていた湿った匂い、体温と吐息が絡みつくような重苦しさが、一歩外に出ただけで薄く引き剥がされていく。冷たくはないが、乾いた風が頬を撫で、肺の奥まで入り込んだ。

 

(外に……出られた…)

 

胸の奥に、小さな解放感が芽生える。

だが同時に、その芽はすぐに自分で踏み潰した。

 

(……だからって、今ここで逃げるのは――愚策だ)

 

視線を巡らせれば、護衛の女騎士たちが当たり前のように周囲を固めている。距離は近く、隙はない。逃げることは可能かもしれないが、その先にあるのは生存ではなく、ただの地獄だ。

 

「おい、ボサっとすんなよ。乗るぞ?」

 

背後から、慣れきった調子の声が飛んできた。

 

振り返ると、そこに停まっていたのは馬車だった。

以前、ここへ連れてこられた時のそれとは明らかに違う。装飾は控えめだが、細部に無駄がない。車体の木材は丁寧に磨かれ、金属部品にはくすみがない。荷車ではなく、移動のために誂えられた“道具”だと一目で分かる。

 

「……豪華だな」

 

思わず零れた独り言に、女は鼻で笑った。

 

「そりゃそうだろ。今回は“取引”だ。みすぼらしいもんに乗せるわけにいかねえ」

 

小田が躊躇する間もなく、腕を取られる。

組まれた腕は強引で、逃げ道を考える余地を与えない。

 

「……お前も一緒なのか」

 

「当たり前だろうが。ったく……交尾の時は、あんなに嬉しそうなくせによ」

 

冗談めかした言い方だが、力は緩まない。

半ば引きずられるようにして、小田は馬車へと押し込まれた。

 

座面は厚く、揺れも少ない。腰を下ろした瞬間、身体の奥に残っていた疲労がじわりと広がる。

 

(……乗り心地は、悪くない)

 

自称とはいえ、大商人を名乗るだけのことはある――そう判断せざるを得なかった。

 

馬車が動き出す前に、小田はふと思い出したように口を開く。

 

「……前に言ってた、その…俺の匂いはどうするんだ?」

 

女は、拍子抜けしたように眉を上げる。

 

「あん?別にお前はそのままでいいだろ」

 

「はあ?おまッ……外に漏れれば、てめえらだって――」

 

「ばぁーか」

 

言葉を遮るように、女は小田の額を軽く小突いた。

 

「お前には、な」

 

一瞬、意味が理解できず、小田は固まる。

 

「……俺には……?」

 

女は顎で馬車の内側を示した。

 

「見ろよ」

 

小田は、改めて馬車を見渡す。

外見はただの馬車だ。だが、視線を凝らすと、内壁や床板の木目に、微妙な歪みがあることに気づいた。装飾ではない。意図的に刻まれた、ほとんど目立たない線――。

 

「そうさ。まあ、なかなかグレーな行為だが……別に攻撃魔法じゃねえ。軽いもんだ、こんくらい」

 

「……一体、何を――」

 

「消臭魔法だよ」

 

あっさりと告げられた言葉に、小田は言葉を失った。

 

「……魔法?」

 

「そ。匂いを消すだけの、地味でマニアックなやつだがな」

 

軽く言うが、その意味は重い。

 

(魔法……)

 

言葉としては聞いていた。

だが、実在をここまで当然のものとして扱われると、背筋に冷たいものが走る。

 

「まあ、てめえは妙な服を着てるからな。匂いはある程度抑えられてるが……それでも上位種族並みの匂いを出しやがる。」

 

女は面倒くさそうに肩をすくめた。

 

「だから念には念を、ってやつだ」

 

小田は無意識に、自分の着ているスーツに視線を落とす。

フェロモン抑制スーツ――日本側が考え得る限界まで改良された装備。それでもなお、ここでは“足りない”。

 

(いや……)

 

小田はすぐに考えを改めた。

 

(この世界の連中の嗅覚が、異常なんだ)

 

人間の基準で測ること自体が間違いなのだ。

匂いは情報であり、力であり、価値そのもの。この世界では、それが当たり前に機能している。

 

だがそれよりも――

 

(魔法……)

 

その存在は、日本にとってあまりにも未知で、そして危険だ。

 

科学でも技術でもない、再現性のない力。

もしこれが体系化され、武器として運用されれば――。

 

馬車がゆっくりと動き出す。

車輪の音が石畳に響き、景色が流れていく。

 

小田は外を見つめながら、胸の奥に重たい塊を抱え込んでいた。

 

異世界の力。

異世界の常識。

そして、その中に放り込まれた日本という異物。

 

(……ほんと、やばいところに攫われちまった。)

 

小田は、誰にも聞こえないように、低く息を吐いた。

 

そんな中でも、車輪が石畳を踏み締めるたびに、低く心地よい振動を伝えていた。

わずかな金属の軋みと蹄の音だけが、ゆっくりとした時間の流れを告げている。

 

「そういえば……取引の相手って誰なんだ?」

 

沈黙に耐えかねて小田が口を開くと、向かいに座る女――カザラが面倒くさそうに目を細めた。

彼女は窓越しに流れる景色を見ながら、片方の脚をもう片方の膝に投げ出し、軽く鼻を鳴らす。

 

「あー、言ってなかったな。今回の取引相手はガラン伯爵だよ」

 

「ガラン伯爵……誰だ。そいつ」

 

カザラはにやりと口角を吊り上げた。その表情には、愉快と嫌悪が入り混じっている。

 

「まあ、強いて言うなら……ど変態貴族だな」

 

「……お前もだろうがッ!」

 

言い返した途端、カザラの目が妖しく光る。

次の瞬間、革靴の先が小田の股間に伸び、睾丸をぐりりと押し潰すように揉み上げた。

 

「ぐぅッ……おまっ……!」

 

「てめぇの方が変態だろうが♡」

 

カザラは足先で執拗に小田の睾丸を踏み、指先のように器用に動かしてくる。

力は強くない。だが、絶妙に痛みと快感の境をなぞるような圧力だった。

 

「……伯爵はな、俺の比じゃねぇよ」

 

彼女はそう言いながら、靴の踵で軽く竿の根本をなぞる。

皮膚が引き攣り、冷や汗が小田の背筋を伝う。

 

「それは……前に言っていた……“妊娠した雄を集めてる”って話か」

 

「ああ、そうそう」

 

カザラは愉快そうに笑い、背もたれに体を預けた。

 

「妊娠した雄を愛でて、世話して、最終的に目の前で産ませる――どうしようもねぇど変態だよ」

 

「…そんな奴に…ネルヴィが……」

 

「ああ、あいつも後ろの馬車に乗ってるぜ?」

 

カザラは顎をしゃくって、窓の外を指した。

 

「伯爵、大喜びだろうな〜。妊娠してりゃ、あの変態、腰抜かすぞ」

 

「……ネルヴィが妊娠してるかなんて、わかんねえだろッ」

 

声が低くなる。

胸の奥が冷たく疼いた。

昨夜、自分が中に出してしまった事実――それが脳裏に重くこびりついている。

 

カザラはその気配を嗅ぎ取ったように、口の端を釣り上げた。

 

「安心しな。あの伯爵なら“味”でわかるからよ」

 

「……味、だと?」

 

「そうさ。やつは妊娠した雄の体液を舐めて、孕んでるかわかるらしい。狂ってるだろ?」

 

その言い草は半ば呆れながらも、どこか楽しげだった。

カザラは足を組み替え、もう片方の靴で今度は小田の内腿をなぞり始める。

 

「それにもし、してなけりゃ――またてめえが“種出し”するだけだろ?」

 

「この……クソ野郎がッ!」

 

怒鳴る声が狭い車内に響いた。

しかしカザラは怯むどころか、頬を紅潮させて笑い出す。

 

「ははッ、怒鳴るなよ。てめぇだって昨日は“大興奮”だったじゃねぇか♡」

 

足先がぐりぐりと動き、睾丸と太腿の境を押し潰すように揉み回す。

皮膚が擦れ、神経がじんじんと熱を帯びる。

 

「……やめッ……」

 

「ほら、またビクついた。素直で可愛いねぇ♡」

 

カザラは低く笑いながら、足を滑らせて股間の隆起を指先で押し上げる。

フェロモン抑制スーツの生地越しでも、熱がはっきりと伝わってきた。

 

「てめぇのこの反応見りゃ、伯爵もゾッコンじゃねえか?」

 

「……冗談じゃねえ」

 

小田は歯を食いしばり、カザラの視線を睨み返す。

しかしその鋭さも、カザラにはただの“戯れ”にしか見えない。

 

「ふふ……まぁ安心しな。伯爵の変態趣味は筋金入りだが、頭はいい。取引そのものは滞りなく終わるだろうよ」

 

「何の、取引だ?」

 

「あん?定番に決まってるじゃねえか。金と奴隷の交換だよ。あの変態、珍しい“雄”や“恵体の雄”を集めてるからな。こっちは武具と金を融通してもらうわけだ。」

 

「……人身販売じゃねえかよ…」

 

小田は低く呟いた。

この世界では、“交渉”と“取引”の境界が、あまりに曖昧すぎる。

どんな理屈を掲げても、結局そこにあるのは支配と欲望の交換に過ぎない。

 

馬車が小さく揺れ、遠くで鳥の鳴き声がした。

陽光が窓から差し込み、カザラの金色の瞳を照らす。

その瞳は、欲望と本能の光を宿しながら、どこか冷静だった。

 

「なぁ、小田」

 

「……なんだ」

 

「この世界で生き延びるには、汚ぇもんも、見たくねぇもんも、ぜんぶ呑み込む覚悟がいるんだぜ?」

 

「……わかってる」

 

小田は拳を握り締めた。

それでも、心の奥底には――抗う意志が確かに残っていた。

どんなに踏みつけられても、理性の火を絶やすわけにはいかない。

 

カザラはその様子を見て、ふっと笑う。

挑発でもなく、わずかな興味を滲ませる笑みだった。

 

「……奇妙な雄だな、ほんと」

 

そう呟くと、彼女は再び足を引き寄せ、窓の外へ視線を戻した。

遠くの地平線に、石造りの城壁と尖塔が見え始めていた。

 

異種族がひしめく街――グロースハルデン。

そしてその中心に、ガラン伯爵の屋敷が待ち構えている。

 

ーー

 

馬車の中は、昼の陽が差し込みながらも、どこか籠もった熱を帯びていた。

車輪が石畳を叩く規則的な音が、二人の間の沈黙を埋める。揺れが一定のリズムを刻み、身体の奥にまでじわじわと伝わってくる。

 

「それよりも、よ……」

 

不意にカザラが声を低くした。

その声音には、先ほどまでの軽口とは違う湿り気が混じっている。小田が訝しげに顔を向けると、彼女は頬をわずかに染め、ゆっくりと身体を寄せてきた。

 

「おい……なにしてんだ……」

 

視線を逸らしながら小田はつぶやく。

だが、カザラはまるで聞こえなかったかのように、迷いなくその隣に腰を滑り込ませた。馬車の座席は決して広くはなく、彼女の太腿と小田の太腿が触れ合うたび、布地越しに生々しい熱が伝わってくる。

 

「……近いだろうが」

 

「別にいいじゃねぇか。道中、暇なんだよ」

 

そう言いながら、カザラは片腕を小田の腕に絡めてくる。

大きい腕が絡みつく感覚。

押しのけようとする小田の動きを、あえて受け流すように身体を傾け、彼女の胸が小田の上腕に押し当たった。

 

「……やめろって」

 

「まぁまぁ、そんなつれねぇこと言うなよ」

 

カザラの声が低く、どこか笑いを含む。

その吐息が耳の近くでふわりと広がり、獣じみた甘い匂いが鼻腔を刺激した。

目をそらした小田の視界の端で、カザラの赤みを帯びた頬と、艶を帯びた唇がわずかに動くのが見える。

 

「……おい、まさか……」

 

「まぁまぁ……道中ちょっと時間かかるしよ……一発、やらねぇか?」

 

「はぁ?!てめぇ、マジで頭ピンクかよッ!」

 

小田の声が裏返る。

だが、カザラはまるで叱られた子供のように肩をすくめ、次の瞬間には、にやりと下卑た笑みを浮かべていた。

 

「ははっ、照れてんのかぁ?」

 

言葉と同時に、彼女の指先が滑るように小田の下腹へと伸びる。

フェロモン抑制スーツの布地越しに、指先がしなやかに蠢き、ゆっくりと股間へ触れた。

 

一瞬、空気が張り詰める。

 

「っ……おい……!」

 

もぎゅぅ……。

 

睾丸がスーツ越しに捏ねられた。

柔らかく、それでいて容赦のない圧力。

指の腹が布越しに輪郭を探り、掴んでは揉みほぐすように押し上げる。

鈍い痛みと、ぞくりとした熱が背骨を這い上がった。

 

「うッ…ぅぉ…っ」

 

「ふぅ〜♡気のせいかぁ〜?硬くなってるような気がするぜぇ?」

 

挑発するような囁き。

声の温度は艶やかで、まるで生きた指先が言葉の代わりに肉を語っているようだった。

 

「……っ」

 

否定しようとする言葉が喉の奥で詰まる。

スーツの内側、布と皮膚の間で熱がこもり、男根は勝手に硬度を取り戻していた。

朝、女騎士たちとの余韻が、まだ肉体に残っている。わずかな刺激で、血が一気に集まる。

 

カザラは喉を鳴らして笑いながら、今度は指先でスーツの上から竿をなぞる。

 

布が擦れ、硬く張った肉棒の形がくっきりと浮かび上がる。

彼女はそれを愉しむように見下ろし、唇を吊り上げた。

 

「おお……やっぱり、てめえもど変態だな♡」

 

指がゆっくりと上下に動き、硬さの輪郭を確かめるように撫でる。

擦過音が小さく鳴り、布の摩擦が感覚を倍増させる。

熱が籠もり、息が荒くなる。

 

「……ッ……ふざけんな……」

 

「ふざけてねぇよ。てめぇの身体こそ、ふざけてるだろうが♡」

 

カザラはそのまま上体を寄せ、耳元で囁いた。

唇がかすかに触れる距離。

低く湿った声が、皮膚を震わせる。

 

「……ま、まだ目的地まで時間はあるしな」

 

カザラの声は、完全に愉悦に染まっていた。

その笑みには支配と誘惑の入り混じる獣の色が浮かび、馬車の揺れがまるで淫らなリズムのように二人の呼吸を刻んでいく。

 

狭い車内の空気はじっとりと湿り、昼の光すら、どこか熱に溶けて見えた。

 

そして、カザラの指先がスーツの前を乱暴に引き下ろした瞬間――

 

ボロンッ

 

布に押し込められていた肉棒が、空気を吸った途端に跳ね上がった。

血が一気に上り、根元から脈打つように硬くそそり返る。

 

「……はぁ?全く、休む気がねぇ野郎だな♡朝にあんだけ出して、またこれかよ……」

 

カザラは呆れたように笑いながら、しかし目は完全に獲物を捉えた獣のそれになっていた。

 

「――まあいいぜ。仕方ねぇから……ぬいてやらぁ♡」

 

唇を濡らし、顔をゆっくりと股間へ近づける。

胸が小田の太腿に触れ、柔らかい熱が伝わった次の瞬間――

 

くぽぉ〜……ッ

 

生々しい吸い込み音と共に、

カザラの口が根元近くまで呑み込んでいく。

 

「う、ぉおッ……!」

 

喉奥へ押し流される感覚があまりに鮮烈で、小田の背中が跳ね上がる。

馬車の木壁に肩がぶつかり、車体全体が震えるほどだった。

 

じゅ……じゅぅ……♡

 

吸うたびにカザラの頬がへこみ、唇が肉棒の形をくっきりと浮かび上がらせる。

 

普段の粗暴な態度からは想像できないほどゆっくりで――

 

丁寧で――

 

味わうようなスローフェラ。

 

「…はぁっ、はぁっ」

 

あまりのギャップに、小田の腹筋が勝手に震えてしまう。

カザラはその震えに気づき、唇を一度だけ離してにやりと笑った。

 

「ちゅぅ……ッ……んッ♡このスケベが……」

 

挑発するように尻を横に向ける。

 

思わず小田の手が伸び、むっちりと張り詰めたカザラの尻肉を掴んだ瞬間――

指が沈み、掌に熱が溜まり、理性が一瞬で吹き飛ぶ。

 

もにゅ……っ、むにゅぅ……っ

 

揉みしだくたびに、カザラの喉奥が小さく震え、口の動きがいやらしく変化する。

 

「んっ……♡いいぜ……もっと揉めよ……」

 

次の瞬間、肉棒の裏筋へ舌が入り込み――ぬるりと吸い上げた。

 

ずるるッ……!!

 

「っ――あぁぁッ!!」

 

裏筋を吸い上げる刺激が脳まで直撃し、腰が勝手に突き上がる。

 

カザラはその動きを逃さず、睾丸を掌で包み込み、指でゆっくりと転がし、捏ね回し始めた。

 

「ほらほら……♡弱ぇとこ全部わかってんだ…我慢すんな♡」

 

親指が睾丸を押し上げるたび、喉奥で肉棒を締め付けながら吸い上げ、舌で裏筋を擦りあげる。

 

「くっ……くぁ……ッ!」

 

身体が完全に跳ね、馬車の床を乱暴に蹴ってしまうほどだった。

 

カザラは快感で震える肉棒を根元まで深く咥え込み――

 

舌で押し上げた瞬間。

 

びゅるるるッ……!!

 

精が弾け飛び、喉奥へ溢れ返るほど流れ込む。

 

それでもカザラは口を離さない。

むしろ吸い上げ、さらに搾り取るように喉を鳴らす。

 

「ん……じゅっ……♡じゅるぅ…ちゅっぅ…♡」

 

カザラは唇を離し、涎と精液が混ざった唇を艶めかしく舐め上げる。そして、もう一度亀頭に唇を寄せ、ねっとりとリップキスを繰り返す。瞳の奥には獣の本能と、雌としての優越、そして“この瞬間を心底楽しむ”幸福が濃密に浮かんでいた。

 

小田は、そんなカザラの姿に抗いきれず、頭の芯が真っ白になりながら絶頂へ導かれた。

 

達成感と幸福感――

 

それは、異種族の美しい女が嬉しそうに己の肉棒を頬張る姿を前に、もはや言葉にはできないほどだった。

 

ーー

 

馬車の外――

 

馬車の前座には、二人の女騎士――ベニーラとライザが並んで座っていた。

鎧の金具が陽光を受けて鈍く光り、手綱を握る指には力がこもっている。

二人とも表情は引き締まっていたが、その眼差しにはそれぞれ違う色があった。

 

ベニーラは褐色の肌を陽に照らしながら、手綱を軽く握り、視線を前方に固定している。鎧の隙間から覗く肩や腕には、薄く汗が滲んで光っていた。

 

一方、隣のライザは、荒い息を吐きながら、ちらちらと馬車の方へ視線を向けていた。眉間には皺が寄り、唇の端には苛立ちと羨望の入り混じった歪な笑みが浮かんでいる。

 

「……ちっ。いくら馬車の中だからって……楽しみすぎだろうがッ」

 

吐き捨てるような声。

それでも耳は、馬車の中からかすかに漏れ聞こえる甘い吐息や、肌の擦れる湿った音を逃さない。

その音が風に乗って届くたび、ライザの喉がひくつき、無意識に太ももを擦り合わせた。

 

「……クソがっ」

 

革鎧の下で熱を帯びた身体が、かすかに震える。

涎と汗、それに興奮の証が混じった体液が、内腿を伝って一筋、じっとりと垂れた。

彼女は舌打ちし、拳で太ももを叩いた。

 

「おい、ライザ」

 

前を見たまま、ベニーラが低く声をかける。

しかし、その声音には呆れよりも苦笑が混じっていた。

 

「よせよ。気が散る」

 

「……アンタも、抜け駆けしてたじゃん。ベニーラ」

 

ライザは鼻を鳴らし、唇を尖らせる。

その声音には嫉妬の色がありありと滲んでいた。

 

「はは、まあ否定はしねぇけどな」

 

ベニーラは軽く肩をすくめ、鞍の上で姿勢を直した。

 

「だけど今は任務中だ。切り替えろよ」

 

「ふんっ、どうだか。アンタだって、あの馬車ん中の匂い嗅いでたら、我慢できねえくせに……」

 

ライザが皮肉っぽく吐き捨てる。

だが、次の瞬間――彼女は眉を寄せ、鼻先をひくひくと動かした。

 

「……あれ?」

 

「どうした?」

 

「……全然、匂わない…」

 

「あん?」

 

「雄の匂いも、小田の匂いもしねぇんだよ。普通なら、こんだけ距離が近けりゃ匂いでわかる。特に今の……あの音立ててる状態ならな」

 

ベニーラは軽く目を細め、風を切るように鼻を動かした。

確かに、いつもなら周囲に漂うはずの、独特の雄の匂いがまるでない。

 

彼女は口笛を鳴らし、にやりと笑った。

 

「へぇ〜……そりゃすげぇな。カザラ様、ほんとに魔法使いやがったか」

 

「魔法?」

 

「そうだ。匂いを抑える“消臭魔法”ってやつだよ。簡単に言えば、匂いを一時的に周囲と中和するって代物だ。この都市の中で大っぴらに魔法使うと、保安局にバレるが……これくらいの軽い魔法なら、痕跡も残らねえな。」

 

「……なるほどねぇ。便利なもんだ」

 

ライザはそう言いながら、馬車を見据えた。

今もわずかに聞こえてくる軋みと、途切れ途切れの吐息。

想像しただけで、股の奥が疼く。

 

「でもさぁ……あれ、いつまで続けるつもり?」

 

「さあな」

 

ベニーラは淡々と答える。

 

ライザは鼻を鳴らし、しかし視線を外せない。

風が彼女の髪を煽り、頬に貼り付く。

熱っぽい吐息を押し殺しても、鼓動の速さは止まらなかった。

 

「てか、今日の取引ってなんなの?」

 

痺れを切らしたライザが不機嫌そうに問う。

退屈と苛立ちを紛らわせるように、槍の柄を肩に担いでいる。

 

ベニーラは半眼で彼女を見て、呆れたように笑う。

 

「お前……また書類に目ぇ通してねぇのかよ」

 

「めんどくさいからベニーラが読むと思ってさ」

 

「やれやれ……」

 

ベニーラは首を振り、短く息を吐く。

 

「ガラン伯爵への雄の売買取引だよ。今回は“特注品”だ」

 

「げッ……やっぱり、あの変人かぁ」

 

ライザの顔に露骨な嫌悪が浮かぶ。

 

「妊娠した雄を愛でる変態貴族だろ?最後は目の前で産ませて食うって噂まであるじゃん」

 

「ああ、そうらしいな」

 

ベニーラの声は、あくまで冷静だった。

 

「だが金払いはいいし、武器の仕入れも支援してくれてる。この国で、伯爵ほど武器市場に通じてる奴もそういねぇ。だからカザラも逆らえねぇのさ。――お得様ってやつだ」

 

ベニーラの声は冷めているが、その中に現実的な響きがあった。

彼女は生きるための秩序をよく知っている女だ。

理不尽でも、金を生むならそれでいい――そう割り切れる強さを持っている。

 

だがライザは違う。

納得よりも、感情の方が先に立つ。

彼女は顔をしかめ、拳を強く握った。

 

「ったく……貴族ってのは雄を好き放題できていいなッ」

 

その声には、露骨な嫉妬と、抑えきれない欲情が入り混じっていた。

馬車の内部で響く軋み、短く漏れる喘ぎ、揺れる影。

そのすべてが、彼女の理性を削り取っていく。

 

「……そんなに羨ましいなら、貴族か商人になればいいじゃねえか」

 

ベニーラが軽口を叩く。

だがライザは、息を荒げたまま睨み返した。

瞳は濡れ、唇の端にはわずかな唾が光っている。

 

「なれたら苦労しねえよ……ッ」

 

その声は低く、獣じみていた。

まるで想像の中で、すでに快楽の匂いを嗅いでいるかのようだ。

 

そんな軽口を言う間にも馬車は石畳を軋ませ続ける。

 

その振動が、まるでこの都市の脈動そのもののように足元から伝わり、護衛を務めるベニーラとライザの鎧の金具を微かに鳴らした。

 

石畳を踏みしめる蹄の音、商人の怒鳴り声、香辛料と汗と血の入り混じった匂い――馬車が進めば、進むほどそれらの音は大きくなっていく。

 

そんな騒音に耐えかねたのか、ベニーラは舌打ちを一つ鳴らし、眉間に皺を寄せた。

 

「しかし、相変わらず『ここ』はうるせえな……」

 

そこは通りの喧騒に混じって、どこかで女の嬌声と獣の吠え声が重なっている。

遠くの石造りの塔の上では、鳥型の獣人が鳴きながら飛び交い、地上では数十種の異形がぶつかり合うように行き交っていた。

 

ライザはその光景にうんざりしたように肩を竦め、薄く笑う。

 

「本国が薄汚いアリや馬まで交易都市とか抜かして入れてるからでしょ。」

 

ライザは鼻で笑ったが、その表情は険しいままだった。

彼女の眼差しには、この街そのものへの嫌悪が浮かんでいる。

この都市が「交易の中心」と呼ばれるようになったのは、あらゆる種族を“売買できる”場所だからだ。

 

言い換えれば、秩序の皮を被った獣の檻。

 

やがて馬車が通りの大通りを抜け、やがて巨大な石造りの建物――売館――の前を通り過ぎると、空気が一段と変わった。

 

鼻を突く甘い香と、血と精液の生臭さが混じったような匂い。

館の前には、奴隷商人や娼館の客引き、異種族の護衛が群がっている。

 

通りを進むほど、光景は一層の猥雑さを増していく。

色とりどりの布と装飾が乱れ飛び、笑い声と悲鳴が同居する。

その中にいたのは、ドラゴニュートとは異なる――異形の『支配者』たちだった。

 

ーー

 

淫臭漂う馬車の中、匂いは魔法で外には漏れないものの、以前としていやらしい水音が断続的に響いていた。

 

「はぁ…ぅ」

 

小田は先ほどの射精の快楽に全身の力を抜き、惚けた表情でしばし動けずにいた。

 

カザラはその余韻すらも逃さず、分厚い舌で小田の肉棒の根元から先端まで何度もゆっくりと舐め上げていく。

 

唾液がとろりと糸を引き、鈴口から零れた精液を執拗に舐め取っては、ご満悦そうに上目遣いで見上げてくる。

 

小田の手は自然とカザラの豪奢な服の裾に伸び、隙間から滑り込ませて生尻の柔らかな感触を貪るように味わっていた。

指先が艶やかな尻肉を揉みしだき、肉厚な膚の下に筋肉の弾力を確かめる。そのまま尻尾の根元に触れると、カザラはくすぐったそうに腰をくねらせる。

 

「連れて行ってくれって言い出すんもんだからよ……んぅ……ちゃんとした理由かとおもったのによぉ♡」

 

カザラは舌先で精液の残り香を舐めとりながら、ねっとりと小田の耳元に囁いた。

 

「スケベしたくてついてきたのか?♡」

 

「……うるせえ」

 

小田は言い返しつつも、指先が尻の割れ目をなぞり、尻尾を愛撫する手つきはどこか夢中になっている。

 

堕落と快楽、二つの毒に酔わされ、いまやそれらが、馬車の中だけは許されている――そんな歪な安心感に包まれていた。

 

それでも、ふと現実に引き戻される瞬間がある。

小田はぼんやりとした意識のまま、窓の外へと視線を移した。さきほどまでの喧騒と欲望が渦巻く大通りとは違い、窓の向こうに広がるのは色も音も濁った、どこか陰鬱な路地だった。

 

スラム街――

 

そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

建物の壁は煤け、路地には得体の知れないゴミと汚水が流れ、裸足の獣人の影がちらついている。

小田は、ここが“表通り”と“裏社会”の境目であり、さらに猥雑で生臭い現実がひしめくエリアであることを直感した。

 

「もう少しなのか……」

 

小田が思わず呟くと、カザラが乱れた髪と口についた陰毛をそのままに、無邪気な笑みを浮かべて顔を覗き込んだ。

その姿は、先ほどまでの淫蕩な女から一転し、どこか勝ち誇った女王のようでもあった。

 

「んあ?どれどれ――お〜もうか。ここら辺が売春区だな」

 

カザラが窓の外を見ながら説明を加える。

狭い路地には即席の屋台が並び、その奥では犬人や猫人の雄や雌が身体を売り物のように晒し、手招きや淫らな仕草で通行人に媚を売っている。

 

建物の隙間には、痛々しいほど痩せ細った奴隷たちが、縄で繋がれたまま物憂げに地面を見つめている。

 

カザラはそんな光景を当たり前のように眺めながら、ぽつりと呟く。

 

「相変わらず外で誘致してんのか。」

 

小田は無言でカザラを見つめ返し、自身の拳を握りしめた。

濃厚な快楽の名残と、現実の生々しい屈辱とが、体の芯で溶け合っていく。

 

その窓越しに流れていく光景は、異世界の“現実”そのものだった。

 

通り沿いの台座や簡素な舞台には、犬人や鼠人、人間に近い体型の小柄な種族たち――だがその多くが「雄」と呼ばれる者たち――が、薄く透ける布切れ一枚だけを身にまとい、卑猥なほど女性的な身体を艶やかにくねらせて踊っている。

 

腰をゆっくり回し、大きな尻やふくよかな乳房を露骨に揺らし、観客へ媚びるような視線を向ける。

首筋や胸元には噛み跡や赤い痣が残り、頬を紅潮させて潤んだ目で笑みを浮かべていた。

 

衣装はあってないようなもので、乳房や股間は半ば露出し、踊るたびに淫靡な肉体があらわになる。

 

馬車の窓越しに広がる風景は、現実味のない混沌とした有様だった。石畳の道に沿って、大小さまざまな体格と色彩の異形たちが群れをなし、街角を占拠している。カザラが肩を寄せながら、どこか得意げに語りかけてくる。

 

「そういや、小田は……俺らドラゴニュートとか、犬人くらいしかちゃんと見てなかったか?」

 

カザラの声は、どこか世間話のようでいて、その奥に重みを含んでいた。

小田は一瞬考え、静かに頷く。

 

「……ああ」

 

「今、あそこにたむろしてる野蛮人共いんだろ?――まあ、そいつらがウチらと肩を並べる『支配種族』だって言われてんだとよ」

 

「支配……種族……」

 

その言葉を反芻しながら、小田は馬車の窓の外へと視線を移した。

 

(ここに連れてこられた時も……確かに、何度かは見た)

 

だが、こうして落ち着いて眺めると、その“違い”は、否応なく突きつけられてくる。

 

――大きい。

 

圧倒的に。

 

犬人や鼠人、そして自分たち人間とは比べものにならない。

体格だけではない。

存在そのものが、周囲を押し潰すような重さを持っている。

 

最初に目を引いたのは、馬の下半身に人型の胴体が繋がった異形の存在だった。

 

神話から抜け出してきたようなその姿――

 

それは疑いようもなく、ケンタウロスの姿だった。

 

筋肉質な馬体は石畳を踏みしめるたびに鈍い音を立て、その上に乗る人間の上半身は、異様なほど均整が取れている。

 

巨大な乳房は重力を誇示するかのように堂々と揺れ、尖った耳が、周囲の気配を嘲笑うように揺れていた。

 

顔立ちは美しい。

 

だが、その瞳は――すべてを見下ろす者の目だった。

 

命の価値を量り、必要なら踏み潰すことに何の躊躇も持たない、支配者の視線。

 

次に目に入ったのは、緑色の肌を持つ女。

 

(……オーク……か?)

 

童話や伝承で語られる“醜悪な怪物”の面影は、そこにはない。

むしろ逆だった。

 

野生の獣を思わせる鋭さと、女としての艶やかさが、危うい均衡で同居している。

 

太くしなやかな四肢。

肉付きのいい腰と乳房。

グラマラスな体躯は、暴力と繁殖、その両方を象徴しているかのようだ。

 

その口元に浮かぶのは笑み。

だがそれは、楽しげなものではない。

獲物を前にした捕食者の、それだった。

 

さらに――

蟻を思わせる異形の者たち。

 

四つの眼。

四本の腕。

 

人間から見れば、到底“理解できる形”ではない。

それでも、その身体の造形は驚くほど女性的だった。

 

張りのある腰。

豊かな胸部。

歩くたびに揺れる乳房は、隠そうともせず誇示されている。

 

それが文化なのか、

それとも“見せつけること”自体が支配の一形態なのか――

小田には判断がつかなかった。

 

だが、ひとつだけ確かなことがある。

 

どの種族も、美しい。

 

人間の尺度で見ても、異種族という壁を越えても、否定しようのない造形美がそこにあった。

 

――にもかかわらず。

 

その美貌を、完全に台無しにしているものがあった。

 

表情だ。

 

彼女たちの顔に浮かぶのは、喜びでも、平穏でもない。

 

傲慢。

倦怠。

愉悦。

そして、退屈。

 

目の前にある命を“物”としてしか見ていない者の顔。

 

支配することが当たり前になり、奪うことにすら感情を動かさなくなった存在。

 

(……これが……支配種族……)

 

小田の胸の奥に、説明のつかない寒気が広がった。

 

力を持つ者が、美しさを持つ者が、そのすべてを“踏みにじるため”に使っている世界。

 

馬車の中の甘い快楽とは、あまりにも対照的な現実が、窓の外には広がっていたからだ。

 

ーー

 

馬車が売館――奴隷や娼婦の取引が行われる巨大な館――の前を通り過ぎると、通りの光景は一層猥雑さを増す。

 

犬人や猫人の雄の踊り子たちが、裸同然の姿で通りの檻の中やステージで淫らに腰を振り、しなやかな尻尾をくねらせる。乳房や尻肉を誇示しながら踊る彼らの周囲には、ケンタウロスやアリ人の支配種族の雌たちが獲物を狙う獣のような目で群がり、涎を垂らしながら舌なめずりしていた。

 

通り沿いの広場では、酔ったアリ人の女が銭袋を投げつけて踊り子の乳肉を引っ張り、他方ではケンタウロスの女が自らの巨大な手で犬人の雄の性器や睾丸を鷲掴みにして引き摺り出していた。

 

その喧騒を割るように、ひときわ太い怒号が響く。オークの売館管理人だ。

 

「おいッ!虫ケラァッ!金も払ってねえくせに手出してんじゃねえよっ!殺すぞッ!」

 

目の前でアリ人が踊り子に乱暴を働いていたのを見咎め、通りへ乗り出して怒鳴る。

 

だがアリ人は逆に鼻で笑い、冷たく返す。

 

「蛮人が私に話しかけるな。そもそもこいつらを使うのに金が必要なのか?この程度、家畜と変わらんだろう」

 

一触即発の空気――アリ人たちは短剣や自らの尻尾の針を構え、オークも斧を肩にかけ、通り全体に緊張が走る。

 

馬車の窓越しにその光景を眺めていたカザラは、吐き捨てるように呟いた。

 

「あーあ。外でそんな誘致してっから問題起きんだよ。やっぱりオークは頭がたらねえなぁ。」

 

カザラの軽口も聞き入らないほど、小田は流れる光景にただ息を呑んでいた。交易都市の猥雑で残酷な現実――それは、地獄絵図と呼ぶしかない有様だった。

 

踊り子の獣人たちは雌たちの大きな指に乳房を強く捏ね上げられ、悲鳴と喘ぎを混ぜた声を上げている。観客の支配種族たちが下卑た歓声を飛ばし、銭や酒瓶を投げつけて興奮を煽っている。

 

その最中、ひときわ異様な光景が小田の目に焼き付く。

犬人の踊り子が尻を強引に掴まれ、仰向けに引き倒されると、すぐさま背後からアリ人の太く黒い尻尾が尻穴にぐいと押し込まれた。

 

犬人はよだれを垂らし、目を見開いて暴れるが、すぐにアリ人の大きな手で尻をベチベチと叩かれ、苦悶とも恍惚ともつかぬ声を漏らす。

 

やがて犬人の下腹が、不自然にぐっと膨らみ始めた。

 

(……卵だ……あいつら、蟻みたいな連中は、“卵”を産みつけてやがる――)

 

小田は無意識に手が震えた。

自衛官としてどんな凄惨な現場も見てきたはずだが、ここには現代日本では到底考えられない“繁殖”と“消費”がむき出しで、当たり前のように非常識が横たわっていた。

 

そしてその通りの奥で、ひときわ大きな影が動いた。

 

オークだ。

 

巨体の女が、路地の片隅で何かに屈み込み、無造作に掴み上げる。

 

次の瞬間――

 

ぐしゃりと、何か柔らかいものを噛み潰す音が、距離を越えて伝わってきた。

 

小田は、その光景を認識した瞬間、完全に言葉を失った。

 

――人だ。

 

腕があり、脚があり、かつては確かに「誰か」だった形を保ったままの、何か。

 

それを、オークは躊躇なく口に運び、顎を大きく動かしながら噛み砕いている。

 

「あ……」

 

声にならない音だけが、喉の奥から零れた。

 

脳が、理解を拒んでいた。

視覚情報としては、確かに“見えている”。

だが、それを意味として結びつけることを、本能が必死に拒絶している。

 

(……ありえない……)

 

話では聞いていた。

シズから、淡々と、まるで遠い国の風習を語るように。

 

――支配種族の一部は、弱小種族を食う。

 

知識としては、理解していたはずだった。

 

だが――見るのと、聞くのとでは、まるで違う。

 

たとえ、それが既に命を失った身体だったとしても。

たとえ、ただ“肉”として扱われているだけだとしても。

 

それを“口にしている”という事実だけで、強烈な嫌悪感が、胃の底からせり上がってくる。

 

オークの口元は赤黒く染まり、咀嚼のたびに、満足げな吐息が漏れる。

 

その表情は――快楽ですらあった。

 

(……ああ……ダメだ……)

 

小田は反射的に視線を逸らそうとした。

だが、恐怖というものは、往々にして目を離すことを許さない。

 

(見れねえ……ッ)

 

身体が硬直し、指先が冷たくなる。

心臓の鼓動が、やけに大きく、耳の内側で響く。

 

これは単なる嫌悪ではない。

倫理や価値観が壊される恐怖でもない。

 

――もっと根源的なものだ。

 

捕食される側の恐怖。

文明や理性以前の、『自分も、ああなるかもしれない』という、生物としての恐怖。

 

人間が、人間である前に、ただの“肉”へと引きずり戻される感覚。

 

(こんな…こんな地獄みてえな世界に…連れ込まれたのか…俺は…)

 

そう思った瞬間、小田の身体は、無意識に内側へと縮こまっていた。

 

視線を逸らしても、まぶたを閉じても、あの光景は脳裏から消えない。

 

馬車の中のぬるい空気。

先ほどまでの快楽の残滓。

それらすら、急速に現実感を失っていく。

 

残るのは――この世界が持つ、どうしようもない“異質さ”。

 

そして、自分がこの場所では、徹底的に脆い存在であるという事実。

 

恐怖は、静かに、しかし確実に、小田の内側へと根を張っていった。

 

ーー

 

馬車の振動が絶え間なく伝わる狭い車内。外では売館の喧騒と、醜悪な欲望が剥き出しになった異種族の乱痴気騒ぎが渦巻いている。その光景を見やりながら、カザラが低く吐き捨てた。

 

「な?やべえだろ?こんなとこネルヴィを売れねえよ」

 

男勝りの語調に一縷の救いを感じたのか、小田は思わずカザラの脇に腕を回した。

無意識の動作は力強く、彼女の胸板から張り出した乳房を、己の手で歪ませるほどだった。

 

指先に伝わる肉の弾力と、熱を帯びた体温。そのすべてが、さっきまでの艶やかな情事の続きか、それとも恐怖からの逃避なのか――小田自身にもわからなかった。

 

カザラは最初、その唐突な接触に一瞬だけ驚いたように肩を揺らす。しかしすぐに目尻を柔らかく下げ、小田の頭に大きな掌を添えて、包み込むように撫でた。

 

「ん♡……安心しな。お前は何があっても守ってやるからよ」

 

その言葉は冗談めいた軽さを含みつつも、どこか母性的な包容と力強さを感じさせた。

分厚い乳房に頬を押し付けると、その柔らかさに埋もれるような感覚が広がる。

 

小田は、自分が子供のように女の身体に甘え、女の腕の中に逃げ込む自分を自覚する。その瞬間、安心と安堵が胸の奥に広がっていくのを止められなかった。

 

だが、そんな自分自身の弱さに、小田は不意に苛立ちを覚えた。

自衛官として異世界に放り込まれる前から、屈辱も恐怖も幾度となく味わってきた。

なのに今は、異種族の女の温もりに縋り、母のような安堵を求めている。

 

――そんな己の情けなさに、激しい自己嫌悪が込み上げる。

 

小田はカザラのたわわな乳房にさらに強く身を寄せていく。指先に沈む柔肉の弾力――その感触を、ただ無心に、子供のように握りしめていた。

 

外の世界の喧騒や、街を満たす濁った空気さえ、この馬車の内部には届かない。ただ、カザラの肌と体温と、胸の鼓動だけが、静かに小田の世界を満たしていた。

 

「ふぅー♡怖いかぁ?俺がママになってやろうかぁ?」

 

カザラは、どこか悪戯めいた声で囁きながら、小田の頭を優しく撫でる。その大きな掌が、男の髪をゆっくりとなぞり、包み込むように頭を抱き寄せる。

 

そして、太い指が耳朶を撫でると同時に、唇がそっと小田の耳元に触れる。

 

ちゅぅ…

 

リップキス――その生温かな感触が、じわりと全身に伝わり、背筋に甘い電流が走った。

 

小田は、もはや反射的に目を閉じる。鼻腔を満たすのはカザラ特有の匂いと、昨夜から続く淡い情欲の余韻。

女の腕に抱かれ、胸に顔を埋めるこの瞬間だけは、ただ守られているという実感に浸ることができた。

 

それは自分の弱さの証明かもしれない。

それでも、今だけは――この異世界の中で、ほんの僅かな“愛”の温もりにすがることが、小田にとっては何よりも安らぎだった。

 

カザラの低い息遣いと、肌の熱、頭を包み込む掌。

そのすべてが、異世界で揺らぎ続ける小田の心と肉体に、確かな救いを与えていた。

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