※この作品はR-18です。

その男傲慢につき   作:アマチュアダックスフンド

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第十三話 虚像

 

 自分で言うのはどうかと思うが私には友達がいない。協調性が皆無で周囲の人に自ら話し掛けることも少ない。

 

 1人が1番気楽で良い。そう思っていました。

 

「今日も居ない…」

 

 授業が終わり夕暮れ時。部活動や趣味に勤しむ人が多くなる時間帯。私もその1人で、趣味である読書をするべく図書室に足を運ぶ。

 

 窓から差し込む光に照らされた机。日光浴にも適している空間でもある。昼寝をする生徒も少なくない。

 

 入って右の奥から2番目、そこは彼の特等席。あそこだけ椅子の大きさが違う。詳しく理由は聞いていませんが、どうせ無茶な要求をしたんだと思います。

 

 高度育成高等学校に入学し、私から話し掛けた初めての生徒。毎日の様に図書室に通い、退屈そうに本を眺めてから昼寝をする。それが彼の日課。

 

「本好きなんですね」

 

「あ?誰お前」

 

 話し掛ける人を間違えた。あの時は瞬時にそう判断しました。気怠げな声、見下す様な視線。本が好きな同士ではなく素行不良の男子生徒。それが彼の第一印象。

 

「椎名ひよりと言います。いつも図書室に通っているので本が好きなのかと…」

 

「別に…好きで読んでる訳じゃない。知識を付ける為だ」

 

「そうなんですね…」

 

「ああ…」

 

 今思えば会話と言うには余りにも内容が薄過ぎる気も..それでもあの日から彼と接触する機会が増えたのは事実。

 

 図書室に通い、彼に声を掛け、本を読む。その繰り返し。最初は素っ気ない返事でしたが、次第に会話が弾むようになりました。

 

 入学してから数週間が経ち、皆がこの暮らしに慣れてきた頃。彼の噂が私の耳に入ってきました。

 

 授業にも出席せずに好き勝手暴れる問題児がいる。そんな噂が。最初は耳を疑いました。私が知っている彼は口は悪いけど大人しく、そして優しい。

 

 公共のマナーはしっかり守り、静かに本を読んでいる。図書室の管理人とも仲睦まじく話しており、決して悪い人では無い。

 

 確かに第一印象はそこまで良くありませんでしたが、急に話し掛けたらあのような態度を取られてもおかしくはない。それに私のクラスメイトの様に明確に他者に迷惑を掛けている訳でもない。

 

 ただサボり癖のある普通の生徒。そんな印象。

 

「授業出てないんですか?」

 

「ああ…つまんねぇからな」

 

「噂になってますよ。Aクラスに問題児がいるって」

 

「めんどくせー奴等だよな。まだ迷惑を掛けてねぇのに」

 

「まだ?」

 

「あ、忘れてくれ」

 

「ふふ、ダメですよ。出席日数とか、後々面倒なことになりますよ」

 

「俺よりも自分のクラスの心配をしとけ」

 

 思い返すとあの時点でこの学校のシステムに気付いていたんだと思います。図書室の管理人だけでなく、食堂やケヤキモールのスタッフとも仲良く会話をしているところを見掛けたとの噂もあり、1年生の中では権力者の息子なのではと憶測が立てられていました。

 

 実際は入学して僅か数日でシステムに気付き、今後の生活を有意義にする為のコネクションを築き上げていたんだと思います。現に図書室は顔パス、余ったからと言って冷凍食品をくれたことも。

 

 1ヶ月が経ち皆がシステムの詳細を把握した頃には、彼は学年トップクラスの実力を持つ生徒と呼ばれていました。テストの成績や高い身体能力もさることながら、整った顔立ちとモデルの様な体格。彼目当てで図書室に来る人も少なくありません。

 

 その時期からでしょうか、彼が図書室に来る機会が減ったのは。

 

 中間試験の対策の為か図書室は一時期混雑していましたが、その際にも姿はありません。無人島時間や船上試験は勿論のこと夏休みの間も彼と会うことは出来ませんでした。

 

「…」

 

 いつしか私が図書室に通う理由は彼に会うことに変わってました。所謂恋というモノでは無いと思います。今の関係からもう一歩踏み出したいという好奇心。彼となら仲良くなれる、友達になれる。こんな考えを彼が知ったらどう思うのでしょう…

 

 


 

 

「以上が私の知ってるコト。椎名さんは今でも図書室に通ってるし君が気になってるんだと思う」

 

 放課後、一之瀬と坂柳を自室に呼び出し椎名の現状を把握した。

 

「軽く話しただけなんだけどな。思いの外簡単に堕とせそうだな」

 

「軽くって..図書室に居た時の2人凄かったよ。何か雰囲気が大人っぽくて..付き合ってるんじゃないかって噂もあったし」

 

 入学してからほぼ毎日図書室に通っていたら噂にもなるか。

 

「私も耳にしたことがあります。椎名さん本人に問いただしたこともありますが、満更でも無さそうでしたよ」

 

 坂柳は紅茶を飲みながら淡々と告げる。俺の情報を手に入れる為に椎名と何度か会話をしたことがあるとのこと。その際に聞いた情報は当てにならなかったらしいが。

 

「余計な真似はすんな」

 

 今回は正攻法で攻略したいんだ余計な茶々入れられたら困る。

 

「…椎名さんには優しいんですね。私の時と態度が違います」

 

「当たり前だろ。お前みたいに気取ってないからな、アイツを手に入れたらお前ら型落ちだからな」

 

「私も!?」

 

「化けの皮が剥がれた時が楽しみです。彼女は貴方のことを真摯な人だと勘違いしてますから。実際はただの獣なのに」

 

 神楽の態度が気に食わないのか皮肉混じりの言葉を漏らす。

 

「ならお前は獣以下の便器みたいなもんだな。都合良い時に呼び出してセックスしてるし」

 

 煽られたら煽り返すのがモットーの神楽と負けじと反撃する。

 

「あら?便器に興奮する異常性癖をお持ちで?私は否定しませんよ多様性の時代です」

 

 だが相手は坂柳、簡単に言い負かすことは出来ない。2人の間で火花が散る程の舌戦が繰り広げられる。

 

「異常かどうかは民意で決まる。輪姦させてデータでも取るか」

 

 とんでもないことを言い出した神楽。獣と呼ぶのは獣に失礼かもしれない。

 

「もう!喧嘩しないでよ!」

 

 見ていられなくなったのか一之瀬が止めに入る。最早小学生の口喧嘩で、醜く無様な争いだった。

 

「一之瀬さん、貴方も便器呼びは嫌でしょう?」

 

「そ、そりゃそうだよ..真央くん!だめだよ女の子にそんなこと言ったら!」

 

 一之瀬は指でバツ印を作り神楽の口の悪さを指摘する。いくら神楽にメロメロの一之瀬も便器呼ばわりは嫌らしい。

 

「安心しろ帆波お前だけは特別だ。愛してるよ」

 

 横に座る一之瀬を抱きしめてそっとキスをする。

 

「んっ…えへ…もうっ!」

 

「…」

 

 心底つまらなそうに坂柳は2人を見ていた。

 

 


 

 

 今日も今日とて図書室に通う椎名。手に持つのは『高慢と偏見』。まだ完読していないのか途中のページに栞が挟まっている。

 

「今日も…あ」

 

 視線の先には久しく会えなかった神楽の姿があった。胸の鼓動が早くなるのを感じ、平然を装う為に深呼吸してから話し掛ける。

 

「久しぶりですね。お元気でしたか?」

 

「ああ、そっちこそ」

 

 椎名は隣の席に座ろうとする。だが椅子を引いただけで一向に座ろうとしない。

 

「…」

 

「どうした?」

 

「い、いえ…失礼します」

 

 頬を赤く染め何処か余所余所しい。久しく会話していなかった為の緊張かそれとも…

 

 2人の間には沈黙が生まれていた。換気の為か空いている窓から心地の良い風が吹いている。他の生徒は存在しない、まるで2人だけの国の様だった。

 

「クラスはどうだ?」

 

 沈黙を破ったのは神楽だった。最近どう?と本来なら他愛もない会話ではあるが、この学校では勘ぐっているのではないかと疑われる。システムの全貌が明らかになった月なんて皆が半信半疑で過ごしていた。

 

「特に変化はありません。ただ龍園くんが良からぬ計画を」

 

「巻き込まれてないか?」

 

「はい、心配はいりません」

 

 再び沈黙が訪れ、本を捲る音だけが響く。

 

「あ、あの…そんなに見られると」

 

「ダメ?」

 

「恥ずかしいです…」

 

 静かに本を読む椎名を直視し続ける神楽。女性は視線に敏感だと良く言われているが、このレベルだと誰でも気付く。

 

「わり、久々だったからさ。ここに来るの」

 

 頭を掻き笑みを浮かべ好青年を演じる神楽。神楽の本性を知っている人が見たら泡を吹いて倒れるだろう。

 

「そうですか…忙しそうですもんね」

 

「別に忙しくは…」

 

「貴方の活躍は嫌でも耳にします。龍園くんが貴方を倒すと意気込んでいました」

 

「アイツじゃ無理だな。諦めろって伝えてくれ」

 

「それじゃ私が怒られちゃいます」

 

 椎名は幸せを噛み締めていた。自分が望んでいた状況、こんな時間が永遠に続けば良いのに。そう思っていた。

 

「…一之瀬さんや坂柳さんとはどういうご関係で?」

 

 椎名ひよりは洞察力に長けており、勘が良く頭が切れる。それが神楽が数ヶ月で抱いた彼女に対する印象。

 

「…答えを聞く覚悟はあるか?」

 

 その反面、坂柳や今の一之瀬とは違って純粋で綺麗な心を持っている。だからこそ、このラインを彼女から超えてくることは無いと思っていた。

 

 神楽真央は複数の女性と関係を持っている。

 

 薄々勘付いてはいたと思う。ただ確信が無い。現に神楽は全員に対して似たような態度を取り、分かりやすく贔屓している女性は居ない。それが周囲の生徒は不気味に思っていた。

 

 もしかしたら女性から神楽に言い寄っているのではないか。そう思う人も少なくはない。

 

「…」

 

 椎名は下を向き黙っている。彼と出会い、顔を見て会話をする。たったこれだけのことで胸が苦しくなる。彼が複数人と関係を持っている可能性がある、自身が抱いている彼の印象が一気に崩れる可能性がある。

 

 ここを超えたらあの時の自分には戻って来れない。

 

 それでも踏み出したい。彼女の中で彼に抱く思い、既にその答えは出ていた。

 

「はい」

 

 本は好きじゃない。そんなこと言いつつも、私の勧めた本は律儀に読んでくれた。初めて出来た心を許せる1人の異性。

 

 これが恋じゃないなら、恐らく私は永遠に独り身に終わる。

 

 どうか違って欲しい。口は悪いけど誠実で優しくて自信家な男の子であって欲しい。そう願っている。

 

「俺は複数人の女と肉体関係を持ってる。そして椎名が思う程優しくて誠実な人間じゃない。醜く欲に塗れた汚い人間だ」

 

 初恋は実らないなんて良く言ったものだ。幻想が打ち砕かれ言葉が出ない。

 

「幻滅したか?悪いがこれが俺だ。..明日の放課後、今日と同じ時間に俺はここに来る。じゃあな」

 

 神楽は一言だけ残して図書室から出て行った。

 

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