『被告人、玄栖雄吾を──無期懲役に処す!』
裁判官が木槌を叩く。
法廷内に心地いい音が鳴り響くと、この場にいた者たちは足早に去っていく。
「立て、移動だ」
手錠をかけられ、両隣を歩く警察官に連れられ廊下を歩く。
長い廊下だ。
歩けば歩くほど人の声は遠く、コツコツという足音しか聞こえてこない。
「入れ」
警察官が足を止めた。
取調室か。警察官に顎で部屋に入れと促されて従う。
「どうもどうも、初めまして。玄栖雄吾さん」
殺風景で狭苦しい取調室。
そんな場所に似付かわしくないほど明るく作られた笑顔を浮かべる男がイスに座っていた。
茶色のパーマをかけた男。
高級スーツを着て高級な腕時計を付けた、随分と稼いでいるであろう男は、俺が目の前のイスに座ってもまだ笑顔を止めない。
どうやら目を細めた胡散臭い表情がデフォルトのようだ。
「僕は
そう挨拶した男は名刺すら渡してこない。
弁護士であれば名刺をテーブルに置くはずだ。
じゃあ違うってことか? だが部外者がこんなところに来れるはずはない。
「ああ、そんな警戒しないでください。そうだ! 君たち、彼の手錠を外してあげて」
「「はっ」」
指示された警察官が俺の手錠を外す。
締め付けられていた手枷が無くなり、テーブルに手を置いても何も注意されない。
この男、警察官に命令できるほど上の身分ということか?
「何者だ、お前?」
「いやだなあ、さっき自己紹介したじゃないですか。僕は七鮫レイジです。あっ、もっと詳しい自己紹介は、あなたが僕のお願いを聞いてくれると約束してからがいいかな」
「お願い? この犯罪者にか?」
鼻で笑うと、レイジは「あはは」と軽薄そうな笑い声を発する。
そして俺の目をジッと見つめたまま、レイジは唐突に頭の中にあるのであろう俺のプロフィールを読み始めた。
「玄栖雄吾さん。年齢は23才で、身長は181。細身な体型だがしっかり鍛えており、体には幼い頃に刃物で切られた生傷がいくつも残っている。うわー、痛そう! 好きな食べ物は焼肉。とにかく肉が好きで、野菜は基本食べない」
「おい!」
「続いて経歴。暴力癖のあった父親は、普段から君や母親に暴力を振るっていた。君が七歳の時に母親が逃げるように家を出て、父親と二人暮らしになると暴力はより過激に。君は父親に殴られたくないという一心でボクシングを独学で学び、十歳の時に父親を半殺しにした。その後は父親も逃げるように君から離れ、施設で暮らすことに。中学を出ると高校に通うことなく建築関係の道へ。けれど仕事は長続きせず、気付くと君は違法な地下闘技場の選手として活躍するようになった」
「……」
「賭けの胴元や血に飢えた観客からは絶大な人気を得ていた。それはなぜか? それは絶対的な強さと共に、君の得意戦術は”相手の心も体もゆっくりと嬲り弱らせる”ことだったから。君の試合でKO勝ちはなく、いつも相手選手がリタイアしていたそうだ。中には涙を流しながら許しを請う者までいたとか。大男が泣きながら許しを請う姿は見ていて爽快でしたか?」
「随分と俺のことを隅々まで調べたんだな。地下闘技場のことを知っている者はそういないはずだが……。お前、何者だ?」
「そして、リングの上で無双するが、無双していたのはリングだけでじゃない。ベッドの上でも無敗だったそうですねえ」
睨み付けたが顔色一つ変えず、俺の質問を無視して話を続ける男。
どうやら最後までプロフィールを読んで、自分がお前のことを何でも知っているぞと俺にわからせたいようだ。
俺は黙ったまま、くだらない俺の自己紹介を聞き続けた。
「無垢な女子中高生から働くOLに受付嬢。普通は手の届かないようなモデルにアイドル、それに旦那のいる人妻まで……君に好意を持っていた相手だろうが、君に敵意を持った、軽蔑してきた相手だろうと言葉巧みに籠絡した。リング上と同じくゆっくりと嬲り弱らせていき──堕とす。君の手にかかって堕とせなかった女性はいなかったとか。いやー凄い凄い」
「ああ、そうだな。そして今までやってきた悪事が女性総理大臣様にバレて、こうして逮捕されたわけだ。ただ女と好き勝手にセックスしただけで無期懲役だ、笑えるだろ?」
「ええ、満点大笑いです」
クスクスと愛想笑いするレイジ。
この国で初の女性総理大臣──
『AV禁止、風俗店禁止、浮気と不倫禁止』
他にも多くの性的コンテンツは総理大臣の一言で日本中で廃止された。
多くの女性から支持を受けた法案によってAV業界は壊滅して、風俗店は何処を探しても見つからない。ホストクラブもキャバクラも、性犯罪を助長するという意味不明な理由から潰された。
浮気も不倫も厳しく法で裁かれ、行った者には男女ともに重い刑が下される。
本当に生き難い世の中だ。
「──さて、ここからが本題です。玄栖雄吾さん、僕たちの仲間になってくれませんか?」
「仲間?」
不思議そうにしていると、レイジはようやく名刺を取り出して俺に渡す。
「……”快楽園”?」
名刺には快楽園という文字と七鮫レイジの名前しか書かれていなかった。
まるで風俗のお店みたいな名前だ。
それに会社だと普通は住所や電話番号が書かれているはず。こんな紙、名刺とは言えない。
「これはそうですね、コミュニティの一つだと思ってくれればいいですよ」
「コミュニティか。どうせ表向きには活動できないようなコミュニティなんだろ?」
「ええ、ええ、察しが良くて助かります」
留置場の奥まで来れて、警察に手錠を外すよう命令できる。高価なスーツや時計や靴を身に付け、住所も電話番号もない名刺。
普通に考えて裏の人間だろう。
地下闘技場にいたとき、何度もそういう奴と顔を合わせたことがあるからわかる。
「僕たちのコミュニティは、簡単に表すとアダルトコンテンツを提供する感じです。AV業界のようでもあるし、風俗業界でもある。まあ、性的なものを扱ったコミュニティだと思ってください」
「性的か……。そんなコンテンツがあると現総理大臣が知ったら、関係者全員が死刑にされそうだな?」
「かもしれません。なので完全会員制で、選ばれた者しかこのコミュニティには参加できません。そして──玄栖さんには参加者を悦ばせる上質なコンテンツを提供してほしいんです」
「なに?」
レイジははっきりと口端を上げて笑った。
「コンテンツを提供? 俺にAV男優にでもなれとか言うつもりか?」
鼻で笑うと、レイジは小さく頷いた。
「はい、その通りです」
「……ただのAV男優か?」
なわけないとわかりながらも聞く。
「いいえ。本来のAVは男女ともに合意のもと多くのスタッフを入れて撮影を行います。ですがあなたには”多くの男性が堕としてほしい”と依頼された女性と接触して、自分の力で籠絡して性行為を撮影してほしいのです」
「……要するに、何も知らない女と一から関係を築き、堕として撮影しろということか?」
「その通りです」
「なんともぶっ飛んだ話だな」
「ええまあ。玄栖さんは、AVとか見られましたか?」
「ずっと前に何回かはな。だが今では何処を探しても存在しないだろ」
女性総理大臣が生まれたことによってAVという存在そのものが禁止された。
DVDは全て政府へと提供を命じられ、隠し持っていたことを知られた場合、逮捕されるというケースまで起きた。
ネットには一つも転がっておらず、海外から輸入なんてことも一切ない。
馬鹿みたいな話だが、これが今のこの国の現状だ。
「所持していただけで逮捕されるなんて馬鹿馬鹿しいですよね。ですが、どんなに厳しく取り締まっても痴漢や性犯罪が無くならないように、販売を行う者も隠して所持している者もいます。人間の三大欲求の一つである性欲は、そう簡単に押し殺せませんから」
「そうだな」
「数年前まで数百円ほどでレンタルできたようなAVですら、今では数十万で取引されているそうですよ」
「数十万? そんな大金を出してまで見たいものなのか?」
「それほど世の男性は窮屈な生活を送っているということでしょう。もちろん購入者は男だけとは限りませんが。それに駄目という行為を隠れてするのって、なんだか興奮しません?」
「否定はしない。で、お前たちはそういう異端者の客を集めて、普通とは違うAVで稼いでいるということか?」
「はい、その通りです」
ニコニコとした笑顔を浮かべながら何度も頷く男。
「我々が提供するのは……そうですね、一つのドキュメント式のAVといいますか。要するに初対面から始まり、完全に快楽に染まった瞬間までを一つのコンテンツとして提供するのです」
「そういうジャンルのAV、ずっと前に見たな」
「あれは最初から台本を用意した演技のAVです。我々のは本物なので。うちの提供するAV……玄栖さんは一人当たりいくら支払うと思いますか?」
「想像もできない」
「数百万から数千万です」
「……マジか」
「マジです」
AVというのはたった一人の為ではなく、大勢の者で共有する形で視聴できるものだ。
だから一作品でその額だけというわけでなく、見たがる者が増えれば増えるほど稼げるということになる。
なのでこいつらが上手くやれば、たった一作品で数十億と稼げるかもしれない。
「どれだけの人数がそれを求めているんだ?」
「ざっと数千から数万人といったところでしょうか」
「凄いな。だがそんなに大勢の人数が関われば、いつかはバレるんじゃないのか?」
この国の規模でいったら数千から数万人は少ないかもしれない。だがどんなに狭いコンテンツだろうと、たった一人のミスでバレる危険性がある。
「いいえ、それはありえません。なにせお得意様には、ほら……」
レイジは俺の両隣の警察官に目を向ける。
「……警察の上層部にお得意様がいると」
「はい。名前は伏せますが総理大臣の側近にも。先程もお話ししたようにこの国の男性は窮屈な生活を強いられているのです」
「なるほど」
「なのでご安心を。ただ一つ問題がありまして。このコンテンツを提供できる才能を持った男性がいないのです」
「才能?」
「今のご時世、女性側も浮気や不倫にはかなり警戒していますから。甘い考えで一夜限りの関係を──なんてことが面倒な連中にバレたら来栖さんのように逮捕されてしまいます」
「だったら、そこら辺にいる未婚の軽い女を捕まえてきたらいいんじゃないのか?」
「そういうわけにはいきません。このコンテンツでは上質な女性でなければ」
レイジは誰もいないというのに小さな声で言う。
「……援助してくださる出資者様の方々に見切られたら、我々も無事じゃ済まないので」
「つまり、普通の相手じゃ駄目というわけか」
「堕とす難易度が高ければ高いほど、非現実的であればあるほど、視聴者側は興奮します。うちでも様々なコンテンツを提供してきましたが、最も視聴者の多かったのが──他人の女を堕とすことでした」
「寝取りか」
昔からそうだが、寝取りというプレイは多くの男を興奮させてきた。
彼氏がいるからと、旦那がいるから。そう拒んでいた女が快楽に目覚め、知らず知らずのうちに堕ちていくのはしている方も見ている方も興奮する。
何より浮気と不倫が法律で禁止された今の時代だと、女性側の本気度は段違いだ。
前に、既婚者の女が旦那ではない男と仕事帰りにバーで飲んでいただけで浮気として通報された……なんてニュースもあるぐらいだ。
──人生が破滅してもいい。
そんな覚悟を持って女性側も不貞に走る。
その表情や仕草、息遣いまでこれまでの不貞とは雲泥の差がある。
「こんな状況ですからね。普通の男性では女性をデートに誘うことすらできません。その為、コンテンツを成立させるには異常な男優が必要なんです」
「人生終わっている男優か」
「それと、女性の堕とし方がお上手な方」
他にいませんよね、ここまでの適任者。
レイジは満面の笑みで言う。
「なので玄栖さんには、我々が決めた相手を堕としてほしいのです」
要するに、絶対に堕とせないような女を言葉巧みに責めて股を開かせセックスしろと。
ただし行為のみを撮影するのではなく最初から最後──要するに出会いから快楽堕ちまでを一つのコンテンツとして提供するということか。
「断る選択肢はあるか?」
「構いませんよ? ですが、断ったらこのまま死ぬまで刑務所暮らしになります。それと、快楽園のことを知った以上、あなたの罪が無期懲役から死刑に変わっちゃうかもですね!」
「不貞だけで死刑にされたらたまったもんじゃねえな」
「あはは、いい笑い者ですね」
「……逆に、手を貸せばここから出られるのか?」
「はい、我々が手を回しましょう。今すぐに玄栖さんをここから出してあげます」
ニコニコとした笑顔を浮かべながら言われた。
本気で言っているのかわからないが、まあ、ここで嘘を付く必要はないだろう。
「わかった」
「おお、それは良かった。ではまず、これが今回のターゲットの”女性たち”になります」
「たち?」
テーブルに並べられた三枚の写真を見て、ため息が出た。