『いやー、今回は最高でしたね!』
柏原佐夜子というコンテンツが一段落すると、あいつから電話が来た。
七鮫は普段よりも声のトーンが上がっている。
「それは良かったな」
『ええ、ええ。今回の柏原佐代子のコンテンツを視聴してくださったみなさんも、すっかりあなたの大ファンになってくださって、あの犯しっぷりが爽快だったらしく、それはもう大盛り上がりでした』
「俺は自分の欲望に忠実に生きただけだ」
──結論から話せば、佐代子とのあの動画を大勢の出資者が大金を払って視聴したらしい。
視聴した者のほとんどが大満足だったそうで、中にはたった数時間のあの動画を見ただけで俺のファンとなり、もっと見せてくれとチップを振り込まれた。
その金額も、地下闘技場のファイトマネーを優に超える数えるほどの額だ。
ただ人妻と楽しんだだけでこんな大金……感覚が狂いそうになる。
それだけ、世の変態たちは飢えているのだろう。
そしてそのファンの中には、柏原源蔵の名も加えられる。
自分の妻を寝取られ、大勢の者たちのおかずとされたのに、あの老人はマンションで俺と会うなり「ありがとう」と言った。
擦れた、辛そうな声でまさか感謝されるとは。
妻の牝の顔を見れた喜びだろうか。
そんな可哀想な爺さんに、俺は耳元で「ちゃんと俺の子を育てろよ?」と言ってやった。
源蔵はその言葉を聞いた瞬間、ぶるっと全身を震わせて小さく頷いた。
『なるほどなるほど。……それで、みなさん期待しているんです』
また、声のトーンが変わる。少し低く。
『次のターゲットはまだか、と』
「……」
『
不倫旅行から帰ってくるなり、麗子は俺の部屋にやってきた。
内容は遠回しな”忠告”だ。
決して佐代子に関わるなとは言ってこないが、これ以上、怪しい行動をすると浮気の疑いで誰かに通報されるというもの。
その通報者が麗子本人になるかどうについては、はっきり言わないが、俺に対して釘をさすには十分だろう。
そんな一連のアクションも、コンテンツとして視聴者に提供された。
それが変態紳士たちに火を付け、こうして麗子を堕とすのを早くしろと迫ってきたというわけだ。
「わかった。明日から取り掛かる」
『そうですか、それは良かったです』
あっさりと七鮫は電話を切った。
早く追われて嬉しいが、少し気になった。
「まあいい、とりあえずあの女の資料を確認するか」
俺は佐代子の情報が記された資料と同じ形式の麗子のものを確認する。
♦
※二人目のターゲット
中学高校と生徒会長を務め、学生時代から変わらずの黒髪ロングで、見た目通りの真面目で堅物な性格。
職業は大手女性ファッション誌の出版社に勤める副編集長。
数か月前までは編集長だったが、不祥事を起こして編集長から副編集長になった。
その不祥事というのが、別の部署で編集者として勤務していた夫が、職場の女性と不倫して逮捕されたというもの。
今も逮捕されている夫の愚痴も吐かず真面目に職務に励む彼女だが、毎日のように同僚や部下から陰口を叩かれ、時に笑い者にされてかなりストレスを溜めている。
そのため、浮気・不倫を毛嫌いしており、接触した場合は通報する恐れがある。
恋愛経験は乏しく、交際人数は三人だけ。
その内、性行為をしたことのある相手は職場で出会って結婚した旦那のみ。
けれど性欲は強く、結婚生活で旦那よりも彼女の方から誘う回数は多かった。
お堅い見た目だがベッドの上では大胆で、一度発情すると自分を抑えられなくなる。
日常的に溜まったストレスを愛用のおもちゃを使って解消させているが、溜まる一方で、愚痴を吐ける気の置ける友人はいない。
♦
「……ふう」
麗子が浮気や不倫に敏感なのは、夫が浮気したからというわけだ。
嫌いなのだろう、浮気や不倫が。
しかも浮気した張本人は逮捕され、残された彼女は職場で陰口を言われる。
正直なところここだけ聞くと胸糞が悪い。
悪いのは旦那であって、彼女は何も悪いことはしていない。
しかもいまだに離婚していない。
今でも旦那のことを愛していて、旦那が帰ってくるのを健気に待っているのだろう。
「まあ、そういう一途な女を堕とす瞬間が一番気持ちいいんだがな……」
佐代子のように軽く押せば堕ちる女も別に悪くはないが、浮気に否定的で最初は絶対に俺に嫌悪感を抱くであろう女を堕とすのは最高に気持ちいい。
それに俺の予想だと、こういう女は初動が早い。
おそらく明日か明後日には、最初のステップを進んでいる。
そこから完全に堕とすのは長くなるだろうが、まあ、じわじわと身も心も堕としてやるか。
そう決め、俺は深い眠りについた。
♦
※麗子視点
「おはようございます、副編集長!」
「あっ、副編集長、おはようございます!」
「おはよう」
──時刻は11過ぎ。
会議が行われる15時までに出社すればいい出版社で、珍しく多くの社員が既に出社していた。
以前まではなんとも思わなかった挨拶も、少し気まずさがある。
窓際にある自分の席に座る。
隣の席の編集長はまだ出社していない。
それから仕事をこなす。
たった一人でパソコンに向かってキーボードを叩く。
他の社員が楽しそうに喋っているのにも見向きもせず、仕事に集中する。
あの人が逮捕されたのに副編集長という役職を与えてくれた会社に感謝して、ただひたすらに、黙々と……。
「……はあ」
私は大きなため息をついて席を立つ。
飲み物を買いに、廊下を歩いて自動販売機に向かう。
「……よく副編集長って会社に来れるよな」
「……ああ、気まずいとかないのかね」
廊下の曲がり角から男性の声が聞こえてきた。
同じ部署の編集者で、私の部下の二人だ。
慌てて物陰に隠れた。私の陰口を叩いている二人と顔を会わせたくないから。
「旦那に浮気されて編集長から副に下ろされて、かわいそうな女だよな」
「しかも旦那が逮捕された次の日から『私、別にかわいそうな女じゃないですから』みたいな澄まし顔してんの」
「ああ、それそれ、強がっちゃってさ。どうせ家で一人寂しがってるくせにさ。泣きながら寂しいとか言ってくれたら慰めてやってもいいのによ」
「へえ、どんな風に慰めてやんの?」
「それはお前、女を慰めてやるつったら一つしかないだろ……?」
下卑た笑いを浮かべる部下の顔が想像できた。