モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
岩陰に身を隠すと、ラースは震える手でポーチから回復ポーションを取り出し、カイルの脇腹の傷に振りかけた。
緑色の液体が傷口に染み込み、柔らかな光と共に、抉れた肉がみるみるうちに塞がっていく。
「……っ、サンキュ。助かったぜ、ラース」
まだ全身は鉛のように重いが、なんとか動けるまでには回復した。
しかし、安堵したのも束の間、ラースが悲鳴のような囁き声を上げる。
「う、うん……でも、カイルくん、大変だよ! “森妖精の粉”、もうすぐ効き目が切れちゃう……!」
「マジか。予備はないのか?」
「……あと一人分だけしか」
「はは……最悪の数字だな」
ゴウン……ゴウン……と、地を揺るがす足音。
水底の主が、獲物を探してゆっくりとこちらへ向かってくる。
陽炎のように揺らめいていた二人の身体は、もはや肩のあたりまで実体化していた。
見つかるのは時間の問題だった。
「どうしよう……このままじゃ、僕たち……」
絶望に染まったラースの声を、力強い手が遮った。
「そうなればまた……俺が奴の足止めをする」
カイルはラースの肩を掴み、決然とした眼差しで小島の一角を指し示した。
そこは、島の突端で、古びた一人乗りの小舟がひっそりと浮かんでいた。
「ラース。お前はモーブルの旦那を連れて、あれでここから逃げろ」
「ッ! そ、そんなことできるわけないよ! カイルくんを見捨ててなんて!」
ラースが涙声で叫ぶ。
だが、カイルは穏やかに、しかし有無を言わせぬ力強さで首を振った。
「へっ、心配すんなって。俺のしぶとさはギルドのお墨付きだぜ? スライムに呑まれようが、ゴブリンに丸焼きにされかけようが、三日後には酒場で笑い話にしてる。……だから行け。これは頼みだ、相棒」
その言葉が、自分自身に言い聞かせているだけの虚勢であることは、カイル自身が一番よく分かっていた。
だが、二人を逃がすための時間を稼ぐことなら――。
その悲壮な決意を胸に、ラースの背中を押そうとした、その時だった。
《――おい、待て。その舟、罠だぜ》
低く、凄みのある男の声が、直接、脳内に響いた。
「っ……!?」
カイルは弾かれたように周囲を見回す。
だが、聞こえたのは自分だけらしい。ラースは不安げにカイルの顔を見つめている。
(幻聴……? さっき吹っ飛ばされた時に、頭でも打ったのか……!?)
一刻の猶予もなかった。
カイルは思考を振り払い、ラースを無理やり小舟へと向かわせようとする。
《だから罠だって言ってんだろ、このド素人が! 聞こえねえのか、アァ!?》
今度は、はっきりと耳元で怒鳴られた。
「……ラース、今、何か……」
それと同時に、右手に握られた『儀礼用の剣』がカッと熱を持ち、その鍔に埋め込まれた青い宝玉が、まるで怒っているかのように激しく明滅した。
「ひっ……カ、カイルくん、その剣から……声が……!」
ラースの震える指が、光る剣を指し示す。
カイルは、恐る恐る、自分の手の中にある剣へと視線を落とした。
「……まさか……お前が、喋ってんのか……?」
すると、宝玉はカイルの問いかけに応えるかのように、眩い輝きを放った。
♦
《チッ、やっと気づきやがったか! さっきから俺様が話しかけてやってのに無視しやがってよぉ!》
カイルの右手に握られた儀礼用の剣から、ガラの悪そうな男の声が発された。
「……え? いま――剣が、喋った……? はぁああああっ!?」
混乱のあまり、カイルは反射で手を離してしまう。
カラン、と石畳に落ちた剣が、ドスの利いた声で怒鳴り返した。
《いってェだろうが、コラァ! テメー、“かっこいい俺様”を落とすたぁいい度胸してんじゃねぇか! 傷付いたらどう責任取る気だ、あァ!?》
「わ、悪い! ほんと悪い! びっくりして、手が勝手に……!」
カイルは慌てて剣を拾い上げる。
その宝玉は、まるでガンを飛ばすように、怒りの光を放っていた。
「だが……お前、一体何なんだ? 敵じゃ……ないのか?」
警戒と、そして、ほんの僅かな希望を込めて、カイルは掌の中の剣に問いかけた。
剣の宝玉が、やれやれと呆れたように、その輝きを一度だけ揺らめかせた。
《けっ! 敵だったらとっくにテメーらの居場所をあのタコ野郎にチクってらぁ。俺様の名は【エクセリオン】。見ての通り、ただの剣じゃねえワケよ。今はテメーみてえなヘッポコの手に渡っちまった、ついてねえ剣だがな》
乱暴な口調だが、敵意は感じられない。
カイルはゴクリと喉を鳴らした。
「エクセリオン……。じゃあ、さっきの『罠だ』ってのは、どういう意味だ?」
《あぁ? 見たまんまの意味だっつーの。あの小舟は、あのタコ野郎が仕掛けた罠だ。乗ったが最後、湖のど真ん中で動けなくされて、ジワジワ嬲り殺されるコースだってことだよ》
「なっ……!」
《まだ信じらんねえって顔だな。じゃあ、そこの石っころでも湖にぶん投げてみやがれ》
言われるがまま、カイルは足元の石を拾い、力任せに湖面へと投げ込んだ。
石が水面に着弾した、その瞬間。
バシャァァァンッ!
静かだった湖面が突如として爆ぜ、銀色の奔流が宙を舞った。
それは、剃刀のような牙を剥き出しにした、獰猛な殺人魚の群れだった。
奴らは空中で一度、存在しない獲物に向かって顎を鳴らすと、すぐに水飛沫と共に湖の闇へと消えていく。
「ひっ……! な、なにあれ……!」
ラースが短い悲鳴を上げる。
あんなものが、この湖には無数に潜んでいるというのか。
《へっ、これで分かったろ。あの湖はタコ野郎の縄張りで、アイツのペットの餌場だ。
エクセリオンの言葉に、カイルは冷や汗を流した。
もしこの剣の声に気付かず、ラースたちを小舟に乗せていたら……。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ! 逃げ道はねえし、まともにやりあったって勝てねえ!」
《へっ、ようやく自分のザコさを理解したか。いいか、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ。アイツの弱点は『雷』だ。あのデカい貝殻の中によ、本体の魔石が隠されてんだ。そこにデカい一発をブチ込んでやりゃあ、さすがのタコ野郎もタダじゃ済まねえってワケよ!》
「雷、だと……!? 電撃魔法より上位の魔法じゃんか……!」
その言葉は、希望であると同時に、さらなる絶望だった。
「そんな上位魔法、俺もラースも使えるわけねえだろ!」
「う、うん……僕、無理だよ……そんなすごい魔法……」
カイルが吼え、ラースが俯く。
またしても、道は塞がれた。
だが、エクセリオンは心底呆れ返ったように、わざとらしくため息をついた。
《だからテメーらは素人だってんだ。起死回生の切り札は、とっくの昔に目の前にあんだろーが》
「……は? 目の前……?」
エクセリオンの言葉に促され、カイルは視線を彷徨わせる。
そして、一つの場所に釘付けになった。
広間の中央に、不気味に鎮座する、あの大きな宝箱。
《そうだ。あの宝箱ん中には『雷神のパン』ってヤベェ食いモンが眠ってんだ。それを食えば、テメーみてえなヘッポコでも神鳴りの一撃を放てるぜ》
「パン!? マジかよ! ……ゴクリ。そ、それってどんな味がすんだ……?」
カイルの目が、ギラリと輝いた。
先ほどの絶望が嘘のように、その思考は食べ物一色に染まる。
そういえば、最後に飯を食ってから随分と経っていただろうか。
《この状況で味が気になるのかテメーは!? こちとら口も胃袋もねぇ剣なんだから知るか! いいか、ありゃダンジョンの創造主が、タコ野郎の弱点になる得物を未来の挑戦者のために封印した『宝物庫』だ! 生き残りてえなら、アレをぶん捕るしかねえんだよ!》
エクセリオンの一喝で、カイルはようやく現実に引き戻された。
彼は顔を見合わせる。まだこの喋る剣を完全に信用したわけではない。
だが、このままではジリ貧だ。
残された時間は、ほとんどない。
「……決めた」
カイルは、覚悟を決めた顔でラースに向き直った。
「ラース、作戦変更だ。俺があの化け物の注意を引きつける。三分間、何としてでも持ちこたえる。その隙に、お前は”森妖精の粉”を使って、姿を消してあの宝箱から『雷神のパン』を取ってくるんだ」
「む、無茶だよ、カイルくん! あの化け物相手に三分だなんて……絶対に死んじゃうよ!」
「ああ、死ぬかもな。だが、何もしなけりゃ二人とも確実に死ぬ。だったら、俺がお前を信じて三分間耐え抜く方に、賭けるしかねえだろうが!」
カイルの真剣な瞳に、ラースはゴクリと唾を呑んだ。
恐怖に足は震えている。
だが、さっきカイルが自分を逃がそうとしてくれたように、今度は自分が、この無謀な作戦を成功させるしかないのだと。
「……わ、わかった。……僕、絶対にパンを取ってくるから!」
「よし、それでこそ俺の相棒だ」
カイルはニッと笑うと、ラースと共に、まだ意識のないモーブルを岩陰のより深い場所へと移動させた。
ラースは持っていた回復ポーションを全てカイルに手渡す。
そして――パリン、と。
世界を隔てていた不可視のヴェールが砕け散る。
「……頼んだぜ、ラース」
「カイルくんこそ……絶対に、死なないで……!」
ラースが再び妖精の粉をその身に振りかけ、その姿がすうっと闇に溶けていく。
それと同時に、カイルは大きく息を吸い込み、岩陰から飛び出した。
「おーい、クソ化け物! かくれんぼは終わりだ! こっち向けよ、てめぇの相手は、この俺だ!」
渾身の挑発。
獲物を見失い、苛立っていた深淵の主が、その巨大な頭部を、ゆっくりと、カイルの方へと向けた。
その溶岩の双眸には、もはや遊戯の色はなかった。
邪魔な虫を潰すかのような、冷たい、冷たい殺意だけが満ちていた。
♦
カイルの挑発に、深淵の主が返したのは――純度100%の殺意だった。
溶岩の如き双眸から戯れの色が消え、絶対零度の憎悪が空気を凍らせる。
もはや威力偵察めいた《水弾》ではない。
空気を裂く甲高い音とともに、着弾すれば人体など容易く両断する〝死〟が、二十本の《水槍》となって殺到した。
暴風雨。
――違う。死の奔流だ。
だが、カイルは剣を構えない。
防御という発想ごと頭から放り捨て、回避へ全神経を叩き込む。
(受けられるわけがねぇ。さっき身をもって分かった。あの重さ、あの圧……正面から噛み合った瞬間、俺は潰れる)
槍が迫る。
(――なのに。なんだよ、この感覚……)
この土壇場で、彼の内に眠っていたものが乱暴に目を覚ました。
先ほどの戦闘で無意識に掴んだ“何か”――水魔法の癖、殺意の流れ、その前触れ。
それが脳を焼き切る速度で回転を始める。
(さっき一度だけ“見えた”。飛ぶ前に空気が変わる。魔力が――きゅっと縮む。狙いを定める、ほんの一拍。そこが合図だ)
主の魔力が揺らぐ刹那。
視線が獲物を“定める”瞬間。
触腕が、ほんの僅かに蠢く予備動作――。
(来る。右――。次は下……違う、フェイントだ。上が本命!)
世界が、遅くなる。
無数の槍が織りなす死線の中に、針の穴ほどの隙間が“道”として浮かび上がった。
(勝てると思うな。でも――避けられる。避け続けられるなら、まだ“やれること”がある)
地面を転がり、跳び、捻る。
頬を掠めた槍が髪を散らし、肩を抉った水圧が皮膚を裂く。
(痛ぇ……! でも生きてる。まだ動く。まだ次が“見える”。……クソ。怖いのに、笑いそうだ)
未来予知じみた回避の連続。
死と戯れながら、カイルは確実に生存領域を削り出していく。
(さっきまで“敵わない”って思ってた。違う。敵わないのは、今も同じだ。だけど――この一瞬だけは、俺の方が先に分かる)
その常軌を逸した光景に、右手の魔剣――エクセリオンが驚愕を隠さない。
《ハッ、嘘だろ……! どうなってやがる、このド素人!? さっきまで槍一本避けるのがやっとだったじゃねえか!》
内心で悪態をつきながらも、魔剣は“正体”を見抜いていた。
(……へっ、なるほどな。こいつ、“見た”攻撃をその場で学習して、無意識に最適解を吐き出しやがる。経験則を踏み潰す戦闘直感……神域のスキル、『
肺が焼ける。四肢が重い。
“見える”のに、身体が追いつかない。筋肉が悲鳴を上げる。
それでも――見える。
(ああ、クソ……最高だ……!)
格上との限界ギリギリの攻防。
死の縁でこそ輝く己の才に、カイルは純粋な昂揚と、狂気にも似た喜びを覚えていた。
紙一重で躱し続ける“虫”に、ついに主の忍耐が切れる。
『ブゴオオオッ!』
憎悪の咆哮が洞窟を揺るがす。
主は権能のひとつを行使した。
――《眷属連結召喚》。
静まり返っていた水面が、不気味な同心円を描く。
玉座の周囲から陽炎のように影が立ち昇り、水底から這い出る無数の亡者の群れへ変わっていく。
溺死者の貌を写したような透明な仮面――
一体一体は弱い。
だが、数は理屈を殺す。
拳大に圧縮された《水弾》が
回避のリズムを崩すように、不可視の《水圧》が横合いから叩き込まれる。
予測不能な多角飽和攻撃――もはやカイル一人の“見切り”では捌けない。
だが、彼には新たな相棒がいた。
《ド素人、右だ! コンマ一秒遅ぇ!》
《次は足元! 跳べ――浅く! 低く! 追撃が脳天に来るぞ!》
エクセリオンの怒号が、カイルの神経を直に焼く。
カイルの直感と、剣の警告が噛み合うたび、奇跡的な回避が生まれた。
それは助言などではない。極限の集中を強いる、魂への
(逃げるな……! 相手を知れ。知識こそ最大の武器だ……!)
モーブルの教えが、喉の奥で熱を持つ。
カイルはこの死線の中で、攻撃パターン、生成速度、術後の僅かな硬直――あらゆる情報を血反吐の思いで脳へ刻みつけた。
無数の魔法でも仕留められないと悟った主は、最も原始的で最も暴力的な手段へ切り替える。
ウォータースピリットの波状攻撃に重ねて、玉座から伸びる巨大な触腕が、視界そのものを塗り潰すように薙ぎ払われた。
回避は――限界だ。
だが、カイルはこの瞬間を待っていた。
あえて、最後の挑発を叩きつける。
「どうした、タコ野郎! 豆鉄砲じゃラチが明かねえって、ようやく気づいたかよォ!」
怒りに我を忘れた主は、最大射程で触腕を伸長させ、今度こそカイルを肉塊に変えんと振りかぶる。
引きつける。
ギリギリまで。
最大まで伸び切り、遠心力と質量が頂点に達する一瞬の静止。
無数の攻撃パターンの中からカイルが見出した、唯一にして絶対の勝機。
《――今だ! その腕、叩っ斬れ!》
エクセリオンが咆える。
号令と共に、カイルは回避から反撃へと転じた。
全身のバネを解放し、弾丸と化す。
渾身の力を込めた二刀の一閃が、硬直した触腕の側面を深々と捉えた。
ザシュッ!と、生々しい肉を断つ音が響く。
今まで刃が通らなかった強靭な表皮が裂け、見事な二本の斬閃痕から青黒い体液が噴き出した。
『ギィイイイアアアアッ!』
主は初めて本気の苦悶に絶叫し、その巨体をよろめかせる。
「やった……! 俺の刃で、格上のコイツを……斬れた!」
カイルの瞳に、初めて勝利への光が宿った。
だが、勝利の女神は気まぐれに背を向けた。
時を同じくして、物陰で息を殺していたラースが、ついに目的の物を発見していた。
古びた宝箱の底で淡い光を放つ――起死回生の切り札、『雷神のパン』だ。
「やった……! これでカイルくんを助けられる!」
その、あまりにも小さな希望の声が、引き金だった。
触腕の激痛に悶えていた主の憎悪が、魔力の流れが変わった宝箱の方向へと収束する。
その視線が、一瞬だけ姿を見せたラースの姿を的確に捉えた。
『――殺せ』
冷たい命令。
一体のウォータースピリットが放った無慈悲な《水弾》が、ラースの小さな体に吸い込まれた。
短い悲鳴と共にラースは吹き飛ばされる。
その手の中にあった『雷神のパン』は衝撃で石畳に叩きつけられ――パァン、と。
甲高い音を立て、眩い雷光を虚しく迸らせながら、希望そのものが泡のように霧散した。
「ラースッ!?」
時間が、止まった。
音が消え、世界から色が失われていく。
カイルの視界に、スローモーションで倒れていくラースの姿と、儚く消え去る雷光の粒子だけが映っていた。
《――おい馬鹿! 油断すんじゃねー!》
その、致命的な心の隙間を、深淵の主が見逃すはずもなかった。
視界の端で、巨大な影が動く。
気付いた時には、もう遅い。
残った触腕の痛烈な一撃が、カイルの脇腹を正確に薙ぎ払っていた。
「が、はっ……ッ!」
内臓をシェイクされる凄まじい衝撃に、意識が白く染まる。
カイルの体は木の葉のように宙を舞い、モーブルがいる岩壁へと叩きつけられ、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
――万策、尽きた。
薄れゆく意識の中、光が消えたカイルの瞳に映ったのは、力なく転がるラースの姿と、キラキラと虚しく消えていく、砕け散った希望の残光だった。
④でHシーンです。
来週あたり上げれたらと思います。