※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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第十五話 とある少年冒険者グループ”金獅子団”の短すぎる英雄譚③

 ノエルの意識は、いちど完全に底まで沈んでいた。

 

 どれだけ時間が過ぎたのか、見当もつかない。

 痛みも、羞恥も、屈辱も――すべてが溶け合って濁流となり、やがて感覚そのものが剥がれ落ちていった。

 残ったのは、ただ重い闇だけだった。

 冷たく、静かで、何も考えたくないと思える、安逸にも似た闇。

 

 だが――その闇が、唐突に引き裂かれた。

 

 ガアアアアアッ!!

 

 獣の咆哮が、洞窟の空気を震わせる。

 それに重なる、何かが肉ごと裂ける甲高い音。

 骨の折れる、嫌な乾いた響き。

 そして血が床を叩く、生々しい雨音。

 

(……また、始まるのか)

 

 朧げな意識の底で、ノエルはそう思った。

 もう抵抗する気力は欠片も残っていない。

 祈る言葉すら、浮かんでこない。

 ただ、次の痛みが訪れるのを待つだけの、無防備な肉体だけがそこにあった。

 

 けれど――。

 

「起きてください。まだ、終わっていませんよ」

 

 静かな声が、耳元で囁いた。

 冷たさの奥に、ほんのわずかな温度が宿った声だった。

 まるで、冬の朝に差し込む一片の陽だまりのように。

 

 ノエルは、重い瞼をなんとか持ち上げた。

 ぼやけた視界の先で、赤い焔が揺れていた。

 

 ――違う。

 焚き火じゃない。

 もっと白く、鋭く、刃のように研ぎ澄まされた光だ。

 

 その光の前に立つ「何か」の輪郭が、ゆっくりと焦点を結ぶ。

 

 蝶の意匠が刻まれた白い仮面。

 仮面の下からこぼれるのは、夜の闇を払うような淡いセピア色の髪。

 黒ずんだ血しぶきを浴びても、微塵も乱れない黒の外套。

 その佇まいは、まるで戦場に咲いた一輪の花のように――美しく、そして異質だった。

 

「……誰? 神様の使い……?」

 

 自分の声とは思えないほど掠れた音が、喉の奥から転がり落ちた。

 それは冗談でも比喩でもなく、本気でそう思えたからだ。

 

 仮面の女が、ちらりとノエルを見る。

 仮面越しでも分かる、濁りのない、澄んだ眼差し。

 そこには哀れみも、同情も、侮蔑もなかった。

 ただ、淡々とした――任務を遂行する者の、冷静な光だけがあった。

 

「はじめまして、ノエル君」

 

 ――なぜ、自分の名前を。

 

 そう問い返す余裕すらなく、ノエルはただ口を開け閉めするだけだった。

 疑問が、感謝が、困惑が、喉の奥で絡まって言葉にならない。

 

 女は短く告げる。

 その声は、騒音の残響の中でも、不思議と耳に馴染んだ。

 

「私は“影の救難士”。ミラ・パピヨン。あなたたちの――今回だけの保護者です」

 

 その足元で、ひときわ大きなオークが崩れ落ちた。

 太い首筋から噴き上がった血潮が、白い仮面と黒い外套を染める。

 赤い飛沫が、まるで彼女を飾る花びらのように舞い散った。

 

 ミラは一切動じない。

 細身の剣を軽くひと振りし、刃から血を払った。

 その動作には、無駄がひとつもなかった。

 

 ノエルは、その光景を――

 絶望の果てに現れた、一筋の光明を。

 ただ、呆然と見つめることしかできなかった。

 

◆

 

「――こちらミラ・パピヨン。対象三名、生命反応あり。搬送を開始します」

 

 洞窟の外、嘆きの森の縁に設けられた簡易拠点で、魔導通信の水鏡が静かに波紋を広げた。蒼白い光の中で、鏡面に浮かぶギルド長・グレゴールの顔は、深い疲労とわずかな安堵の入り混じった表情を浮かべている。

 

 ミラは短く状況を伝え、グレゴールの問いを受けた。

 

『状態はどうだ』

 

「一名、軽度から中度の外傷。精神への影響は不明。一名、外傷多数。おそらく内出血。最後の一名は――」

 

 ミラは、言葉を選ぶように一瞬だけ間を置いた。その沈黙はわずか数秒だったが、水鏡の向こうのグレゴールには永遠にも等しく感じられた。

 

「……肉体の損傷は致命的ではありません。ですが、“中身”はこれから決まります」

 

 それは、医師の報告ではなかった。

 幾多の傷跡を見届けてきた者の、静かな予告だった。

 

『そうか』

 

 グレゴールは重く目を閉じた。そのまぶたの裏に、彼が長年見てきた数多の若者たちの末路が、走馬灯のように過ぎ去っていく。

 

『よくやった。ひとまず全員連れ帰れ』

 

「了解しました」

 

 通信が途切れる。水鏡の光がゆらりと揺れて、やがて虚空へと溶けた。

 

 ミラ・パピヨンは、三人の少年をそれぞれ魔法陣の中心に横たえた。全身を打ち身と傷痕に覆われた彼らは、意識の浅いところで時折かすかに呻き、ある者は無意識に涙を流していた。

 転移石――緊急搬送用の術式が刻まれたその石を起動すれば、拠点からギルド直下の医務室まで一気に跳べる。

 

 淡い金色の光が、三人の身体を優しく包み始めた。

 

 その光の中、ノエルがかすかに目を開けた。

 焦点の合わない瞳が、ぼんやりとミラを捉える。

 

「……あなたは……誰、なんですか」

 

 さっきも口にした同じ問いが、掠れた声で繰り返される。意識が途切れかけて、自分が同じ言葉を発していることにも気づいていない様子だった。

 

 ミラは答えかけて、ほんの一瞬だけ言葉を飲み込んだ。彼女の視界に映るのは、血と泥に塗れ、涙の跡が乾いたままの少年の顔――それでもなお、目の奥にわずかな光を宿している顔だった。

 

「……“影の救難士”、ミラ・パピヨン。あなたたちの、今回だけの保護者です」

 

 それは、二度目の名乗りだった。

 けれども、初めて聞くようにノエルの耳に届いた。

 

「ミラ……さん……」

 

 その名前を口にした瞬間。

 ノエルの瞳から、涙がぼろぼろと溢れ出した。

 

 悔しさ、情けなさ、安堵。助かった喜びよりも先に、自分の無力さへの絶望が込み上げる。それらすべてがいっしょくたになって、涙となって止めどなくこぼれ落ちた。

 

「ごめんなさい……。僕のせいで……。僕が、もっと強かったら……!」

 

 少年の言葉が、洞窟の静けさの中で痛みを帯びて響く。

 

「違います」

 

 ミラの声が、鋭く、しかし優しくその言葉を遮った。その声音の刃は、決してノエルに向けられたものではなかった。

 

「あなたのせいではない。決断し、選び、止めなかった大人たちの責任です。あなたはただ――」

 

 一瞬の間。

 

「――まだ幼かった。それだけのことです」

 

 ――その大人の一人は、私でもある。

 その言葉は、白い仮面の内側へと静かに飲み込まれた。

 

 魔法陣の光が、さらに強くなる。ノエルの視界が、少しずつ白で塗りつぶされていく。

 

「あなたは、生き延びた。それがすべてです」

 

 淡々とした口調の裏に、ほのかな温もりが混じっていたことに、ノエルは気づいただろうか。

「生きていてくれて、ありがとうございます」

 

 それは、ミラの言葉だったのか。

 それとも、もう二度と会うことのない誰かの、遠い記憶の残響だったのか。

 

 もう、分からなかった。

 

 それでも、その一言が、ノエルの胸の奥——冷えきって、今にも消えかけていた小さな灯火に、そっと息を吹き込んだ。

 

 凍えそうな闇の中で、ほのかに揺れる。

 かすかな、かすかな温もりが、彼の奥底で静かに広がっていく。

 

 次に目を覚ましたとき、自分はどうなっているのだろう。

 フェリクスは。

 リックは。

 それぞれが何を失い、何を知り、どう変わってしまうのか。

 それは、まだ誰にも分からない。

 

 ただ一つだけ、確かなことがあるとすれば——

 

 ノエルの人生は、そしてフェリクスとリックの人生も。

 彼らの物語は、この暗闇の洞窟で終わるわけではない。

 どんなに傷つこうと、どんなに汚されようと。

 彼らはまだ、ここから先へと——生きて、進んでいく。

 

 それが、運命なのか業なのかは分からない。

 それでも、確かに。

 物語は、まだ終わっていないのだ。

 

 

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