モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
九日目。
期限の前日。
店は、奇妙な均衡の中にあった。
ラースと店員たちの空気は良い。
朝の掃除でエリックがラースに棚の上段を任せ、リアがラースの書いたカードの配置を直す。
言葉は少なくても、そこには確かに“チーム”の呼吸があった。
だが、クレオだけが違う。
彼はその輪に入らず、カウンターの中央で、まるで精密機械のように店全体を監視していた。
笑顔は完璧。
対応も洗練されている。
けれど、その背中には「お前たちの馴れ合いには加わらない」という拒絶が張り付いている。
モーブルは、それを黙って見ていた。
(頑固な奴だ。だが――その意地が折れる瞬間こそが、成長の時だ)
昼過ぎ。
事件は唐突に訪れた。
「――店長を出せ!」
怒鳴り声と共に、扉が開け放たれる。
入ってきたのは、見事な髭を蓄えた初老の男だった。
後ろに従者を引き連れ、手には豪奢な杖を持っている。
だが、その目は血走り、明らかに尋常ではない苛立ちを放っていた。
「いらっしゃいませ。私が店長のクレオ・マクシミリアンです」
クレオが即座に対応する。
完璧な角度の礼。
流れるような所作。
だが、男は杖で床を叩き、クレオの言葉を遮った。
「口先だけの挨拶はいらん! 私は“答え”を聞きに来たのだ!」
男は懐から、小瓶を取り出してカウンターに叩きつけた。
中には、深い碧色の香油が入っている。
「これは、貴様の店で先月買った『深淵の雫』だ。違うか?」
「……はい、間違いございません。当店の最高級品です」
「ならば答えろ! この香油の“真の原料”は何だ!?」
クレオの眉がわずかに動く。
「原料、ですか? それはもちろん、湖底に咲く希少な水蓮の花弁と、純度の高い魔力水、そして……」
「違う!」
男が叫ぶ。
「そんなカタログ通りの能書きは聞き飽きた! 私が聞いているのは“核”だ! この香油には、微かだが独特の揺らぎがある。魔力を増幅させるだけでなく、鎮める効果も混じっている。……なぜだ? 水蓮だけでこうはならん!」
クレオは言葉に詰まった。
彼は商売人として優秀だ。
商品のスペック、効能、相場、すべて頭に入っている。
だが、“製法”や“素材の裏側”までは踏み込んでいない。
それは職人の領分だと切り分けているからだ。
「……申し訳ございません。詳しい配合比率につきましては、製造元の秘匿事項となっておりまして……」
「秘匿だと? 貴様、自分が売るものの正体も知らずに、最高級などと謳っているのか!」
男の怒りが膨れ上がる。
ただのクレームではない。
これは“知識の問い”だ。
そしてこの男は、どうやら相当な魔導オタク――いや、研究家らしい。
中途半端な誤魔化しは、火に油を注ぐだけだ。
「失望した。所詮は見てくれだけの店か。……こんな店に金を落とした私が馬鹿だった」
男が踵を返そうとする。
クレオの手が、わずかに震えた。
プライドが高い彼にとって、客に見限られること以上の屈辱はない。
だが、知らないものは答えられない。
その時だ。
「……あの」
カウンターの端から、小さな手が挙がった。
ラースだった。
クレオが鋭い視線を向ける。
(余計なことをするな)
その目が語っていた。
だが、ラースは引かなかった。
震えながらも、男の背中に声をかける。
「その揺らぎは……“ケルピーの鬣(たてがみ)粉”です」
男の足が止まった。
ゆっくりと振り返る。
「……なんだと?」
ラースはカウンターから出て、おずおずと説明を始めた。
「湖底の水蓮は……ケルピーの通り道の近くに咲くことが多いんです。ケルピーは水草帯に潜みます。鬣や体毛に付いた“湖の魔力”が、花粉みたいに微細に落ちて……採取のとき、どうしても混じってしまう」
「不純物ではないのか?」
男の声から怒りが消え、興味の色が混じる。
「普通は取り除きます」
ラースは頷く。
「でも、最高級品だけは――あえて、ほんの少し残すんです。鬣粉には“鎮静”の性質がある。水蓮の魔力は鋭すぎて、そのままだと使い手の血管を傷つけることがある……だから、わざと混ぜて、魔力を“丸く”する」
ラースはそこで言葉を切り、男の目を見た。
「その揺らぎは、不純物じゃありません。……職人さんの、優しさです」
静寂が落ちた。
男は目を丸くし、それから小瓶を手に取って、じっと光にかざした。
「……優しさ、か」
男はほう、と息を吐き、ラースを見た。
今度は、魔族を見る目ではない。
“同志”を見る目だった。
「君、名前は?」
「ラ、ラースです」
「そうか。ラース君。君の知識は本物だ。……疑ってすまなかった」
男はラースに頭を下げ、それからクレオに向き直った。
「店長。良い部下を持ったな。……この知識こそが、本当の“最高級”だ」
男は上機嫌で追加の香油を買い、帰っていった。
店内に、安堵の空気が広がる。
リアが、エリックが、ラースの肩を叩いて称える。
だが、クレオだけは動かなかった。
彼はカウンターの中で、じっと自分の手を見ていた。
(……私が、知らなかったことを。あの魔族が……)
それは、彼が築き上げてきた“完璧な秩序”に、致命的なヒビが入った瞬間だった。
モーブルは、あえて何も言わなかった。
ただ、メモ帳に一行だけ書き足した。
『プライドが邪魔をする時、商機は逃げる』
◆
そして、運命の十日目。
最終試験の日。
開店前。
モーブルは店の中央に立ち、一枚の書類をカウンターに置いた。
「試験課題だ」
クレオが手に取る。
そこに書かれていたのは、たった一行。
『倉庫の“不良在庫”を、値引きなしで完売させろ』
クレオの眉が跳ね上がる。
「不良在庫……あの、大量に売れ残っている『失敗作の魔石』のことですか?」
「そうだ。色が濁ってて、魔力容量も半端。仕入れのミスで山積みになってるアレだ」
「無理です」
クレオは即答した。
「あれは商品価値がありません。廃棄処分にする予定でした。それを定価で売るなど、詐欺同然です」
「詐欺じゃないぞ。価値を見つけろと言ってるんだ」
モーブルはニヤリと笑う。
「お前の“完璧なやり方”じゃ、あれはゴミだろ。だが、商売ってのはな、ゴミを宝に変える魔法なんだよ。……今日の閉店までに売り切れ。それができなきゃ、推薦状はなしだ」
無茶苦茶だ。
店員たちがざわめく。
「そんなの、無理ですよ……」
「あんな濁った石、誰も買いませんって」
クレオは唇を噛み、書類を握りしめた。
(試されている。私の“美学”と、この男の“泥臭さ”。どちらが勝つか)
「……承知しました。やってみせます」
クレオは受けて立った。
だが、その目には迷いがあった。
“価値のないもの”をどう売るか。
彼の辞書には、その答えがなかったからだ。
開店。
クレオは必死に動いた。
魔石を綺麗に磨き、照明を工夫して陳列した。
「練習用に最適」というポップもつけた。
だが、客は冷ややかだ。
「色が悪いわね」
「これなら、少し高くても綺麗な方を買うよ」
昼を過ぎても、一個も売れない。
焦りが募る。
クレオの額に汗が滲む。
完璧な笑顔が、少しずつ引きつっていく。
(だめだ。売れない。……私のやり方じゃ、届かない)
その時、ラースが近づいてきた。
おずおずと、しかし真っ直ぐに。
「あの……クレオ様」
「なんだ。今、忙しい」
「その石……少し、貸してもらえませんか」
「……? 何をする気だ」
「……この石、濁ってるんじゃなくて、“混ざってる”んです」
ラースは石を一つ手に取り、裏口の方へ走った。
数分後。
戻ってきた彼の手には、薄暗い箱に入った石があった。
「暗いところで見ると……ほら」
ラースが箱の中を見せる。
クレオは息を呑んだ。
濁っていたはずの石が、薄暗がりの中で、蛍のように淡く発光していたのだ。
二つの色が混ざり合い、幻想的なマーブル模様を描いている。
「これ……!」
「魔力が二種類混ざってるから、明るいところだと濁って見えるんです。でも、暗闇なら……互いに反発して光るんです」
ラースは嬉しそうに笑った。
「これ、“夜光石”として売れば……すごく綺麗だと思います」
クレオは呆然とした。
彼は“欠点”を見ていた。
ラースは“特性”を見ていた。
「……夜光石」
クレオの脳内で、パズルが組み上がった。
完璧な計算式が、ラースのピースを得て完成する。
「……リア! エリック! 照明を落とせ! この棚の周りだけ、夜の演出にする! ラース! ポップを書き直せ! 『寝室を彩る、星屑の魔石』だ!」
クレオの指示が飛ぶ。
今までの“管理”する声ではない。
“熱”を帯びた、リーダーの声だ。
店員たちが走る。
棚が暗幕で覆われ、その中で魔石たちが一斉に輝き出した。
客が集まってくる。
「まあ、綺麗……!」
「これ、さっきの石? こんなに光るの?」
飛ぶように売れた。
値引きなし。定価で。
むしろ、「もっとないの?」と聞かれるほどに。
夕暮れ時。
最後の一個が売れた瞬間、店内に歓声が上がった。
リアがラースに抱きつき、エリックがガッツポーズをする。
クレオは、その中心で肩で息をしていた。
髪は乱れ、制服の袖も少し汚れている。
だが、その顔は――今までで一番、晴れやかだった。
モーブルが近づいてくる。
「完売だな」
クレオは顔を上げ、モーブルを見た。
そして、深々と頭を下げた。
「……私の負けです」
「ほう?」
「私のやり方では、あれはゴミでした。……ラースがいなければ、完売は不可能でした」
クレオはラースの方を向いた。
ラースは驚いて、身を縮める。
「ラース」
「は、はい……!」
クレオは一歩近づき、そして――手を差し出した。
「ありがとう。君のおかげだ」
ラースの目が大きく見開かれる。
涙が溢れ出し、止まらなくなった。
「う、うぅ……クレオ様ぁ……!」
ラースは差し出された手を、泥だらけの両手で握り返した。
クレオは嫌な顔ひとつせず、その手を握り締めた。
「……ふん。ようやく“店”になったな」
モーブルは満足げに笑い、懐から封筒を取り出した。
推薦状だ。
「合格だ。クレオ。お前は上級に行け。……ただし、条件がある」
「条件?」
「魔族を正式に雇え。奴隷としてじゃなく、スタッフとしてだ。給金も払え。……それが、お前の“商売”を支える土台になる」
クレオはラースを見た。
そして、今度は迷いなく答えた。
「――もちろんです。彼を手放すなんて、商売人としてあり得ませんから」
「あ? 勘違いするな」
モーブルは意地悪くニヤリと笑った。
「“新しく”魔族を雇えと言ってるんだ。ラースはやらんぞ。こいつがおらんと、わしの夜が寂しくなるからな。……こう見えてこいつの体は抱き心地抜群で、締め付けも最高、めっぽう気持ちいいんだぞ」
「だ、旦那さまっ! こんなとこで変なこと言わないでくださいぃ!」
ラースが顔を真っ赤にして、バタバタ手を振って抗議する。
尻尾が慌てて巻きつき、羊角が震えるその姿が、余計に店員たちの視線を集めた。
だが、反応は――予想外だった。
――夜?
――抱き心地?
――締め付け?
数秒の空白。
言葉の意味が脳髄に染み込んだ瞬間、店内の空気が凍りついた。
リアが「ひっ」と小さく悲鳴を上げて後ずさり、エリックが「うわぁ……マジかよ」と顔を覆い、他の店員たちも青ざめて互いの顔を見合わせる。
感動の余韻は一瞬で吹き飛び、「ドン引きの深淵」だけが広がった。
クレオは一瞬、口を半開きに呆然とする。
完璧な仮面にヒビが入ったような顔。
だが、周囲のあまりに生々しく正直な拒絶反応を見て――ふっと、肩から力が抜けた。
「……っ、ぷっ! あはは!」
静寂を切り裂くように、クレオだけが吹き出した。
「あははは! そういうことですか! 相変わらず……っ、先輩は先輩ですねぇ!」
店員たちが固く引いているど真ん中で、彼は腹を抱えて笑い転げた。
計算、高慢、完璧主義――すべてかなぐり捨てて。
ただの、年相応の青年の、嘘のない大笑いだった。