※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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第十八話 モーブルと依頼状は秤印③

 九日目。

 期限の前日。

 

 店は、奇妙な均衡の中にあった。

 

 ラースと店員たちの空気は良い。

 朝の掃除でエリックがラースに棚の上段を任せ、リアがラースの書いたカードの配置を直す。

 言葉は少なくても、そこには確かに“チーム”の呼吸があった。

 

 だが、クレオだけが違う。

 彼はその輪に入らず、カウンターの中央で、まるで精密機械のように店全体を監視していた。

 笑顔は完璧。

 対応も洗練されている。

 けれど、その背中には「お前たちの馴れ合いには加わらない」という拒絶が張り付いている。

 

 モーブルは、それを黙って見ていた。

 

(頑固な奴だ。だが――その意地が折れる瞬間こそが、成長の時だ)

 

 昼過ぎ。

 事件は唐突に訪れた。

 

「――店長を出せ!」

 

 怒鳴り声と共に、扉が開け放たれる。

 入ってきたのは、見事な髭を蓄えた初老の男だった。

 後ろに従者を引き連れ、手には豪奢な杖を持っている。

 だが、その目は血走り、明らかに尋常ではない苛立ちを放っていた。

 

「いらっしゃいませ。私が店長のクレオ・マクシミリアンです」

 

 クレオが即座に対応する。

 完璧な角度の礼。

 流れるような所作。

 だが、男は杖で床を叩き、クレオの言葉を遮った。

 

「口先だけの挨拶はいらん! 私は“答え”を聞きに来たのだ!」

 

 男は懐から、小瓶を取り出してカウンターに叩きつけた。

 中には、深い碧色の香油が入っている。

 

「これは、貴様の店で先月買った『深淵の雫』だ。違うか?」

 

「……はい、間違いございません。当店の最高級品です」

 

「ならば答えろ! この香油の“真の原料”は何だ!?」

 

 クレオの眉がわずかに動く。

 

「原料、ですか? それはもちろん、湖底に咲く希少な水蓮の花弁と、純度の高い魔力水、そして……」

 

「違う!」

 

 男が叫ぶ。

 

「そんなカタログ通りの能書きは聞き飽きた! 私が聞いているのは“核”だ! この香油には、微かだが独特の揺らぎがある。魔力を増幅させるだけでなく、鎮める効果も混じっている。……なぜだ? 水蓮だけでこうはならん!」

 

 クレオは言葉に詰まった。

 彼は商売人として優秀だ。

 商品のスペック、効能、相場、すべて頭に入っている。

 だが、“製法”や“素材の裏側”までは踏み込んでいない。

 それは職人の領分だと切り分けているからだ。

 

「……申し訳ございません。詳しい配合比率につきましては、製造元の秘匿事項となっておりまして……」

 

「秘匿だと? 貴様、自分が売るものの正体も知らずに、最高級などと謳っているのか!」

 

 男の怒りが膨れ上がる。

 ただのクレームではない。

 これは“知識の問い”だ。

 そしてこの男は、どうやら相当な魔導オタク――いや、研究家らしい。

 中途半端な誤魔化しは、火に油を注ぐだけだ。

 

「失望した。所詮は見てくれだけの店か。……こんな店に金を落とした私が馬鹿だった」

 

 男が踵を返そうとする。

 クレオの手が、わずかに震えた。

 プライドが高い彼にとって、客に見限られること以上の屈辱はない。

 だが、知らないものは答えられない。

 

 その時だ。

 

「……あの」

 

 カウンターの端から、小さな手が挙がった。

 ラースだった。

 

 クレオが鋭い視線を向ける。

 

(余計なことをするな)

 

 その目が語っていた。

 

 だが、ラースは引かなかった。

 震えながらも、男の背中に声をかける。

 

「その揺らぎは……“ケルピーの鬣(たてがみ)粉”です」

 

 男の足が止まった。

 ゆっくりと振り返る。

 

「……なんだと?」

 

 ラースはカウンターから出て、おずおずと説明を始めた。

 

「湖底の水蓮は……ケルピーの通り道の近くに咲くことが多いんです。ケルピーは水草帯に潜みます。鬣や体毛に付いた“湖の魔力”が、花粉みたいに微細に落ちて……採取のとき、どうしても混じってしまう」

 

「不純物ではないのか?」

 

 男の声から怒りが消え、興味の色が混じる。

 

「普通は取り除きます」

 

 ラースは頷く。

 

「でも、最高級品だけは――あえて、ほんの少し残すんです。鬣粉には“鎮静”の性質がある。水蓮の魔力は鋭すぎて、そのままだと使い手の血管を傷つけることがある……だから、わざと混ぜて、魔力を“丸く”する」

 

 ラースはそこで言葉を切り、男の目を見た。

 

「その揺らぎは、不純物じゃありません。……職人さんの、優しさです」

 

 静寂が落ちた。

 男は目を丸くし、それから小瓶を手に取って、じっと光にかざした。

 

「……優しさ、か」

 

 男はほう、と息を吐き、ラースを見た。

 今度は、魔族を見る目ではない。

 “同志”を見る目だった。

 

「君、名前は?」

 

「ラ、ラースです」

 

「そうか。ラース君。君の知識は本物だ。……疑ってすまなかった」

 

 男はラースに頭を下げ、それからクレオに向き直った。

 

「店長。良い部下を持ったな。……この知識こそが、本当の“最高級”だ」

 

 男は上機嫌で追加の香油を買い、帰っていった。

 店内に、安堵の空気が広がる。

 リアが、エリックが、ラースの肩を叩いて称える。

 

 だが、クレオだけは動かなかった。

 彼はカウンターの中で、じっと自分の手を見ていた。

 

(……私が、知らなかったことを。あの魔族が……)

 

 それは、彼が築き上げてきた“完璧な秩序”に、致命的なヒビが入った瞬間だった。

 

 モーブルは、あえて何も言わなかった。

 ただ、メモ帳に一行だけ書き足した。

 

『プライドが邪魔をする時、商機は逃げる』

 

◆

 

 そして、運命の十日目。

 最終試験の日。

 

 開店前。

 モーブルは店の中央に立ち、一枚の書類をカウンターに置いた。

 

「試験課題だ」

 

 クレオが手に取る。

 そこに書かれていたのは、たった一行。

 

『倉庫の“不良在庫”を、値引きなしで完売させろ』

 

 クレオの眉が跳ね上がる。

 

「不良在庫……あの、大量に売れ残っている『失敗作の魔石』のことですか?」

 

「そうだ。色が濁ってて、魔力容量も半端。仕入れのミスで山積みになってるアレだ」

 

「無理です」

 

 クレオは即答した。

 

「あれは商品価値がありません。廃棄処分にする予定でした。それを定価で売るなど、詐欺同然です」

 

「詐欺じゃないぞ。価値を見つけろと言ってるんだ」

 

 モーブルはニヤリと笑う。

 

「お前の“完璧なやり方”じゃ、あれはゴミだろ。だが、商売ってのはな、ゴミを宝に変える魔法なんだよ。……今日の閉店までに売り切れ。それができなきゃ、推薦状はなしだ」

 

 無茶苦茶だ。

 店員たちがざわめく。

 

「そんなの、無理ですよ……」

「あんな濁った石、誰も買いませんって」

 

 クレオは唇を噛み、書類を握りしめた。

 

(試されている。私の“美学”と、この男の“泥臭さ”。どちらが勝つか)

 

「……承知しました。やってみせます」

 

 クレオは受けて立った。

 だが、その目には迷いがあった。

 “価値のないもの”をどう売るか。

 彼の辞書には、その答えがなかったからだ。

 

 

 開店。

 クレオは必死に動いた。

 魔石を綺麗に磨き、照明を工夫して陳列した。

 「練習用に最適」というポップもつけた。

 だが、客は冷ややかだ。

 

「色が悪いわね」

「これなら、少し高くても綺麗な方を買うよ」

 

 昼を過ぎても、一個も売れない。

 焦りが募る。

 クレオの額に汗が滲む。

 完璧な笑顔が、少しずつ引きつっていく。

 

(だめだ。売れない。……私のやり方じゃ、届かない)

 

 その時、ラースが近づいてきた。

 おずおずと、しかし真っ直ぐに。

 

「あの……クレオ様」

 

「なんだ。今、忙しい」

 

「その石……少し、貸してもらえませんか」

 

「……? 何をする気だ」

 

「……この石、濁ってるんじゃなくて、“混ざってる”んです」

 

 ラースは石を一つ手に取り、裏口の方へ走った。

 数分後。

 戻ってきた彼の手には、薄暗い箱に入った石があった。

 

「暗いところで見ると……ほら」

 

 ラースが箱の中を見せる。

 クレオは息を呑んだ。

 

 濁っていたはずの石が、薄暗がりの中で、蛍のように淡く発光していたのだ。

 二つの色が混ざり合い、幻想的なマーブル模様を描いている。

 

「これ……!」

 

「魔力が二種類混ざってるから、明るいところだと濁って見えるんです。でも、暗闇なら……互いに反発して光るんです」

 

 ラースは嬉しそうに笑った。

 

「これ、“夜光石”として売れば……すごく綺麗だと思います」

 

 クレオは呆然とした。

 彼は“欠点”を見ていた。

 ラースは“特性”を見ていた。

 

「……夜光石」

 

 クレオの脳内で、パズルが組み上がった。

 完璧な計算式が、ラースのピースを得て完成する。

 

「……リア! エリック! 照明を落とせ! この棚の周りだけ、夜の演出にする! ラース! ポップを書き直せ! 『寝室を彩る、星屑の魔石』だ!」

 

 クレオの指示が飛ぶ。

 今までの“管理”する声ではない。

 “熱”を帯びた、リーダーの声だ。

 

 店員たちが走る。

 棚が暗幕で覆われ、その中で魔石たちが一斉に輝き出した。

 

 客が集まってくる。

 

「まあ、綺麗……!」

「これ、さっきの石? こんなに光るの?」

 

 飛ぶように売れた。

 値引きなし。定価で。

 むしろ、「もっとないの?」と聞かれるほどに。

 

 

 夕暮れ時。

 最後の一個が売れた瞬間、店内に歓声が上がった。

 リアがラースに抱きつき、エリックがガッツポーズをする。

 

 クレオは、その中心で肩で息をしていた。

 髪は乱れ、制服の袖も少し汚れている。

 だが、その顔は――今までで一番、晴れやかだった。

 

 モーブルが近づいてくる。

 

「完売だな」

 

 クレオは顔を上げ、モーブルを見た。

 そして、深々と頭を下げた。

 

「……私の負けです」

 

「ほう?」

 

「私のやり方では、あれはゴミでした。……ラースがいなければ、完売は不可能でした」

 

 クレオはラースの方を向いた。

 ラースは驚いて、身を縮める。

 

「ラース」

 

「は、はい……!」

 

 クレオは一歩近づき、そして――手を差し出した。

 

「ありがとう。君のおかげだ」

 

 ラースの目が大きく見開かれる。

 涙が溢れ出し、止まらなくなった。

 

「う、うぅ……クレオ様ぁ……!」

 

 ラースは差し出された手を、泥だらけの両手で握り返した。

 クレオは嫌な顔ひとつせず、その手を握り締めた。

 

「……ふん。ようやく“店”になったな」

 

 モーブルは満足げに笑い、懐から封筒を取り出した。

 推薦状だ。

 

「合格だ。クレオ。お前は上級に行け。……ただし、条件がある」

 

「条件?」

 

「魔族を正式に雇え。奴隷としてじゃなく、スタッフとしてだ。給金も払え。……それが、お前の“商売”を支える土台になる」

 

 クレオはラースを見た。

 そして、今度は迷いなく答えた。

 

「――もちろんです。彼を手放すなんて、商売人としてあり得ませんから」

 

「あ? 勘違いするな」

 

 モーブルは意地悪くニヤリと笑った。

 

「“新しく”魔族を雇えと言ってるんだ。ラースはやらんぞ。こいつがおらんと、わしの夜が寂しくなるからな。……こう見えてこいつの体は抱き心地抜群で、締め付けも最高、めっぽう気持ちいいんだぞ」

 

「だ、旦那さまっ! こんなとこで変なこと言わないでくださいぃ!」

 

 ラースが顔を真っ赤にして、バタバタ手を振って抗議する。

 尻尾が慌てて巻きつき、羊角が震えるその姿が、余計に店員たちの視線を集めた。

 

 だが、反応は――予想外だった。

 

 ――夜?

 ――抱き心地?

 ――締め付け?

 

 数秒の空白。

 言葉の意味が脳髄に染み込んだ瞬間、店内の空気が凍りついた。

 リアが「ひっ」と小さく悲鳴を上げて後ずさり、エリックが「うわぁ……マジかよ」と顔を覆い、他の店員たちも青ざめて互いの顔を見合わせる。

 感動の余韻は一瞬で吹き飛び、「ドン引きの深淵」だけが広がった。

 

 クレオは一瞬、口を半開きに呆然とする。

 完璧な仮面にヒビが入ったような顔。

 だが、周囲のあまりに生々しく正直な拒絶反応を見て――ふっと、肩から力が抜けた。

 

「……っ、ぷっ! あはは!」

 

 静寂を切り裂くように、クレオだけが吹き出した。

 

「あははは! そういうことですか! 相変わらず……っ、先輩は先輩ですねぇ!」

 

 店員たちが固く引いているど真ん中で、彼は腹を抱えて笑い転げた。

 計算、高慢、完璧主義――すべてかなぐり捨てて。

 ただの、年相応の青年の、嘘のない大笑いだった。

 

 

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