モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
冒険者ギルド、カヴェナ支部。
ホールは今日も熱い。
達成報告の怒号、掲示板前の押し合い、報酬を得た者の笑い声。
汗と土と鉄の匂いが混ざり合い、野心の熱で空気が重い。
――その喧騒を扉一枚で断ち切った執務室で、モーブルは椅子にふんぞり返っていた。
「グレゴール。最近の新人審査、厳しすぎやしないか? 志望者をふるい落としすぎだ」
机の向こうの男――ギルドマスター、グレゴール・サリヴァンは、手元の書類をまとめて机に置いた。
「またその話か、モーブルくん。そろそろ聞き飽きたぞ。どうせならギルドの懐が膨れる話をしてくれ。新商品でも、儲かるルートでも、ダンジョンの裏道でもいい。“景気のいい話”はないのか?」」
「いや、わしの話を聞けって。ここは新人を絞りすぎだ。やっと受かったひよっこも、ノルマ落としたら即クビ――死者が減るのは結構、だがな」
モーブルは指を立て、帳簿の勘定をするみたいに言葉を積む。
「我がモーブル商会は、ギルド御用達の看板を掲げさせてもらってる。冒険者が減れば素材が入らん。素材がなけりゃ、ポーションも武具も回らん。……あんたたちとは運命共同体なんだよ」
グレゴールは眉間を押さえ、溜息をひとつ。
「はぁー……方針は曲げん。俺たちは人買いじゃない。半端者を死地に投げて、消耗品として回す商売でもない。――生きて帰って、金を掴む。それだけが冒険者の価値だ」
「相変わらず口だけはご立派で」
モーブルは薄く笑ったまま、言葉を刃に研ぐ。
「だが噂で聞いたぞ。子爵の坊っちゃん――ブロンズを、アイアン案件に放り込んだそうじゃないか。結果、オークに半殺し。……理念はどこへ行った?」
グレゴールの眉が、ほんの一瞬だけ跳ねる。
次いで、苦いものを噛み潰したような顔で肩をすくめた。
「命は拾った……それにあれは“政治”だ。特別案件ってやつだ」
グレゴールは悪びれもせず、指を折って数えてみせる。
「火遊びを黙認し、火傷させてから救い出す。わがまま息子を引退させたい親父殿は大喜び、ギルドの金庫も潤う。……“損して得取れ”。利に聡い商人のキミなら、この商談の美しさがわかるだろ?」
「おいおい、理念の安売りセールか? 商売上手なこった」
「ギルドの運営には想像以上に金がかかるんだ。組織の上に立つ者ってのも楽じゃない。……わかってくれよ。な?」
最後の「な?」が、情けない言い訳の飾りに聞こえるから腹が立つ。
モーブルは鼻を鳴らし、呆れたように吐き捨てた。
「“利益”って言うなら、わしの利益も計算に入れろ。まったく」
そこでモーブルの頭に、例のひよっこの顔が浮かんだ。
「ところでカイルはどうした? 最近、わしの店に顔を出しておらんのだが、まさかオークの餌になってないだろうな」
グレゴールの口元が、獣みたいに歪んだ。
「ああ、キミの首輪付き債務者か。ピンピンしてるよ。ただし、ロック・リザードに喧嘩売って、泣きながら逃げ帰ったがね」
「……ロック・リザード、ねぇ。ひよっこには荷が重いわなぁ」
モーブルの思考が止まり、次の瞬間に跳ねた。
(ブロンズ級のカイルがD級危険種に負けるのは妥当。だが――“主”を斬ったって話の方が、妥当じゃない)
水底の冥域から生還して以来、喉に刺さった小骨のように取れない違和感。
深層に眠るS級の神性、ネプトゥーヌス。
自分が気絶している間に、底辺冒険者のカイルがそれを倒した――と聞いた。
あまりにも弱き者が、あまりにも強き者を討つ。
出来すぎた
(レベル鑑定に変化なし。ステータスもゴミのまま。現実には、天地がひっくり返っても起こり得ない
だが、モーブルには一つだけ、その「ゼロ」を覆す心当たりがあった。
それは――
(原因は、あの剣だな)
魔剣エクセリオン。
存在自体が国家への反逆を意味する、処刑台行きの片道切符。
――だからこそ、何重もの封印を施して地下深くへ沈めたのだ。
ひとまずは、だが。
こちらの内心など知る由もなく、グレゴールは楽しげに続ける。
「あいつはランクこそひよっこだが、度胸と悪運だけは一級品だ。さすが、モーブルくんが見込んだだけはある。……化けるぞ、あれは」
「見込んだ? ふん、わしにとってはただの金払いの悪い、迷惑な債務者だ。とっとと借金を返してもらって縁を切りたいわ」
「ま、それにはまず、あいつの悪癖をどうにかせんとな。若気の至りとはいえ女を見れば見境なく発情するあのザマじゃ、誰にも組んでもらえん。孤独な冒険者の末路は、ダンジョンの肥やしだ。才能が花開く前に潰れるぞ」
「……笑えんわ」
グレゴールはひらりと手を振り、空気を変えた。
「――それよりモーブルくん。近々、頼みたい“案件”がある」
「断る。荷物持ちはもうやらん。店が人手不足だ」
「即答かよ! まだ中身も言っていないんだが!?」
「お前が改まって切り出すときは、大抵ろくでもない貧乏くじだろ」
「そう邪険にするな。キミも一応ギルド所属のアイアン級
「それは商談だろうが! 変な含みをつけるな、ぞわっとする! 断る! わしは商人であってポーターじゃない。儲けより先に死にそうな話は御免だ!」
「はぁー……キミにとっても、悪い話じゃないと思うんだがなぁ……」
グレゴールは意味ありげに視線を逸らし、餌をぶら下げるように言葉を濁す。
「まあ、少し先の話だ。機が熟したら、改めて声をかける」
「……含みのある言い方しやがって。まあいい、帰るぞ」
これ以上の問答は無駄だ。
モーブルが席を立つと、グレゴールは何も言わず、ただ重々しく頷いて見送った。
重厚な扉を抜け、メインホールへ戻る。
途端に、むわりとした熱気と喧騒が全身にまとわりついた。
(まったく、食えない男だ。これだからハゲ狸は……)
内心で悪態をつきながら、今日の営業利益の皮算用を始める。
――その時だった。
彼の目に、信じがたい……いや、信じたくない光景が飛び込んできたのは。
受付カウンター。
その一角で、カイルがあのギルドの至宝たる主任受付嬢、リシア・フローレンを前に、いっちょ前に男の顔をして口説き文句を並べている。
そこまではいい。
年頃の猿が、ギルドの花にうつつを抜かすのは自然の摂理だ。
問題は――その腰にこれ見よがしに提げられた、〝アレ〟の存在だった。
(……はぁ!? な、なぜエクセリオンがここにッ!!)
全身の血が、一瞬で足元の石畳に吸い取られたような
カイルの腰に鎮座しているのは、あの忌まわしき戦利品、神話級の魔剣エクセリオンではないか。
『水底の冥域』より持ち帰った、国家反逆罪への直行切符。
地下倉庫の闇に封じ、二度と白日の下に晒されぬよう葬ったはずの破滅の引き金が、なぜ。
モーブルは反射的に柱の陰へ、その巨体を滑り込ませた。
背中を、嫌な冷や汗が滝のように伝い落ちる。
(まずい、まずい、まずい! なぜあの剣をカイルが持っている! しかもよりによってギルドだと!? 目利きの連中が掃いて捨てるほどいるこの場所で、アレの異常性に気づく者がいないとでも思っているのか!?)
ドクン、ドクンと心臓が破裂しそうに跳ねる。
もはや警鐘ではない。破滅へのカウントダウンだ。
だというのに、当の
頬を熟れた林檎のように染め上げ、生涯最高の口説き文句を捻り出そうと必死だった。
「そ、それで、リシアさん! もし今度のお休みとか、ご予定とかなかったら……その、一緒に『愛の皿亭』の新作デザートでもどうですか……!」
「ふふ、素敵なお誘いですね。でも、あいにく、その日はギルドの監査が入っていて……」
リシアはいつもの穏やかな微笑みで、やんわりと誘いをいなす。
だが、本当の恐怖はその直後に訪れた。
カイルが、ふと奇妙な間を置いたのだ。
こくりと小さく頷き、まるで天啓でも受けたかのように口元を動かす。
(……なんだ、今の間は? 誰かのアドバイスを聞いている? いや、まさか。あの単細胞が。そんな、あまりにも命知らずで、愚かな真似を――)
そして、意を決したように再び口を開いた。
「あ、いや、その……! リシアさんの瞳って、エルヴァルトの森の湖みたいに澄んでいて……吸い込まれそうだなって……! ……初めて見た時から、ずっとそう思ってました……!」
「あら、嬉しい。ありがとうございます」
リシアは微笑み、小首をかしげた。
「カイルさんこそ、その剣、とても素敵ですね。まるで意思を持っているみたいに、きらきら輝いて見える時がありますわ。カイルさんのように真っ直ぐな方が持つと、剣も応えてくれるのかもしれませんね」
リシアの何気ない、しかし致命的な一言が、モーブルの心臓に氷の杭を打ち込んだ。
次の瞬間、カイルがまたしても剣に向かってこくりと頷き、何かをブツブツと呟いている。
その光景は、誰がどう見ても「独り言」ではなかった。
パズルの最後のピースが、最悪の形で嵌まった。
カイルの不自然な間、リシアの指摘、そしてカイルの腰で勝ち誇るように輝く青い宝玉。
(あのクソガキ……
モーブルの思考が、恐怖と怒りで真っ白に染まった。
あの剣が意思を持つことなど、世界の誰もが知ってはならない、墓場まで持っていくべきモーブル商会の最高機密。
それを、この街で最も情報と人間が集まる場所で、白昼堂々、いとも容易く……!
もはや、一刻の猶予もなかった。
損得勘定など、とうに思考の彼方だ。
モーブルは柱の陰から、肥満体の商人とは思えぬほどの速度で飛び出した。
「――!? リシアさん、それでですね、俺の故郷では……ぐえっ!?」
話の途中で、カイルの首根っこを、熊の腕のような剛腕が背後から鷲掴みにした。
カイルは蛙が潰れたような悲鳴を上げ、抵抗する間もなく宙吊りにされる。
「きゃっ!? も、モーブル様……?」
突然の蛮行に目を丸くするリシアに、モーブルは振り返り、満面の営業スマイルを向けた。
「いやはや、リシアちゃん! いつもお世話になっております! うちの債務者が、どうやらまたつまらんご迷惑をおかけしたようで! 少しばかり、緊急の『教育的指導』が必要になりましてな! では、ごめん!」
モーブルはそれだけ言うと、カイルの抵抗など意にも介さず、そのままギルドの裏口へと続く薄暗い通路へと彼を引きずり込んでいった。
♦
「い、痛たたた! 旦那、何すんだよ、いきなり!」
裏路地の汚れた壁に放り投げられ、カイルが転がる。
次の瞬間、胸ぐらを掴まれ、顔が近づいた。
「何すんだ、だと? それはこっちのセリフだ、この歩く破滅装置がッ!!」
「はぁ!? なんで俺が破滅装置なんだよ!」
「とぼけるな! その腰の鉄屑だ! なぜ地下倉庫から持ち出した! ……そして何より」
モーブルの目が据わる。
「なぜ“アレ”と会話してたッ!!」
カイルは一瞬きょとんとし、気まずそうに目を逸らした。
「あー……それか」
「それか、じゃねえ! 隠せと言っただろ! 意思を持つ剣なんて墓場まで持って行く最高機密だ! このスカスカの脳に叩き込んだはずだ!」
「わ、わかってる! 俺だってそうしたかったんだよ! でも――」
そこへ、腰の剣が鼻で笑うように割って入った。
《けっ。うるせえオッサンだな。俺様が恋の指南してやっただけだろ。こいつが女の口説き方、ド素人すぎて見てられねえんだよ》
モーブルのこめかみが、ぴくりと跳ねる。
「黙れ、この曰く付きの鉄屑が! 次、口を開いたら溶鉱炉に叩き込むぞ! カイル、吐け。なぜ言いつけを破った!」
カイルは両手を上げて観念した。
「俺はなにもしてないよ! こいつは旦那の地下倉庫に、
《ケッ、当たり前だ。この俺様を、埃とカビ臭い倉庫で腐らせるなど、宝の持ち腐れも甚だしいからな》
「お前、……飛べるのか。いや、それより」
モーブルの顔が引きつる。
「結界は幾重にも張ったぞ!」
《ん? ああ、あのちんけなアレか。現代式の結界なんて、寝てても素通りだぜ? 俺様は魔剣エクセリオン! そこらのナマクラと一緒にすんなっつーの!》
(――結界が、効かない?)
モーブルの思考が一瞬停止した。
ありえない。
商売柄、防犯には金をかけている。
最高級の魔導鍵だぞ?
いや、それ以前にこいつ、どうやって物理的な壁を抜けた?
手足もない剣の分際で、ドアを開けたとでも言うのか?
「……こいつ、壁も結界も幽霊みたいにすり抜けるんだよ。で、人前でベラベラ喋りだすから、俺もどうしていいかわからなくて……もう仕方ないからこいつの言うとおりにするしかなくて」
カイルは本気で頭を抱え、事の顛末を語った。
要するに、暇を持て余した剣が倉庫を抜け出し、宙に浮いてカイルをストーキングする。
人に見られるわけにはいかないから、カイルは仕方なく手に持つ。
すると今度は、カイルの些細な行動の一つひとつに茶々を入れてくるのだそうだ。
《俺様だって気ぃ使ってんだぞ。ド素人のお前が一丁前の剣士になれるよう、手ぇ貸してやってる。声もな――“外に漏れねえように”絞ってある。ありがたく思えよ》
エクセリオン曰く、その声はカイルにだけ届く「配慮仕様」らしい。
――だが、その配慮が最悪だった。
傍目には、カイルが剣に向かって独り言をぶつぶつ言っているだけ。
おかげで、ただでさえ底辺だった女運は、奈落へ一直線である。
「貴様……それで本当にバレないとでも思ってるのか……」
モーブルは呆れ返ったが、当のエクセリオンは《ええんやで》みたいな空気で、悪びれもしないのがタチが悪い。
「だからさ、二人で考えたんだ! バレないための“いい策”を!」
モーブルの眉間が深く刻まれる。
「……策、だと? 金勘定もろくにできず、いつもどんぶりで生きてるお前が、“策”?」
「ああ、聞いてくれよ旦那! これ、けっこう完璧なんだ!」
カイルは胸を張った。
「こいつが喋りたくなったら、まず柄を一回だけ震わせる。――それが合図だ。合図が来たら、俺が小声で『なあ、エクセリオン』って聞く。で、返ってきた内容を俺が自分の言葉に直して、会話の中に混ぜる。……完璧だろ?」
「…………」
モーブルの目が遠くなる。
怒りの向こう側、虚無の国へ到達していた。
「完璧だな。破滅への一本道としては」
「えー? でも今んとこバレてないぜ? さっきのリシアさんとの会話だって、俺がちょっと独り言言う変な奴だと思われたくらいで……」
《そうそう。放っとけば「目が綺麗」とかいうクソ面白くもねえ世辞で終わってたからよ、俺様が「深淵なる森の湖のようだ」と格上げしてやったんだ。……どうだ? 毎晩シコってるだけの
「やかましいッ! いいか、ポンコツコンビ! その“破滅の
「で、でもよ旦那、それじゃあこいつがまた勝手に喋りだしたら……!」
「それはわしが考える! 今は店に戻るぞ。お前は一週間外出禁止! その鉄屑は――二度と抜け出せんよう、封印を上書きだ!」
モーブルはカイルの首根っこを掴み直し、罪人護送みたいに引きずっていく。
丸い背中が、人生最大の厄介事を背負っていた。
《おい小僧。あのオッサン、本気でキレてんな》
「……当たり前だろ。お前のせいで」
《けっ、面白え。宝箱で千年腐るよりマシだ》
悪びれない声に、カイルは深いため息をつくしかなかった。