※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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※2026/06/21に一部改稿しました


第二十一話 カイルと魔剣の、鞘に収まらぬ“夜の事情”②

 その夜、モーブル商会の二階の一室。

 

 カイルはベッドに転がったまま、天井の染みを数えていた。

 一週間の「外出禁止」宣告は、言葉どおりの刑罰だった。

 

 窓は開けられるが、出れば首根っこを掴まれる未来が見える。

 階下からは店仕舞いの物音と、モーブルのぶつぶつとした独り言が時折聞こえる。

 

(あー……最悪だ。俺、なにやってんだろ……)

 

 脳裏に浮かぶのは、カウンター越しに微笑んだリシアの顔だった。

 あの、仕事用の完璧な微笑み。

 ――なのに、言葉だけは妙にまっすぐ胸に刺さって抜けない。

 

『カイルさんこそ、その剣、とても素敵ですね。まるで意思を持っているみたいに、きらきら輝いて見える時がありますわ。カイルさんのように真っ直ぐな方が持つと、剣も応えてくれるのかもしれませんね』

 

(……真っ直ぐ、か)

 

 そんな大層なもんじゃない。

 ただ、考える前に口が動く。

 損得より先に体が動く。

 後から尻拭いで泣く。

 いつもそれだ。

 

 それでもリシアは、呆れもせず笑って――まるで褒めるみたいに言った。

 剣のことを褒めたはずなのに、なぜか自分まで救われた気がして、カイルは一瞬だけ息の仕方を忘れた。

 

 

 そこへ被さるように、モーブルの怒鳴り声がよみがえる。

 

『――国家反逆罪で火あぶりにする気か!』

 

(だって、しょうがないだろ。あいつが勝手に……)

 

 言い訳を探している時点で負けだ。

 リシアの前では、せめて“真っ直ぐ”でいたかったのに。

 結果はこれだ。

 

 カイルは枕に顔を押しつけ、呻いた。

 胸の奥が、熱いのか苦いのか自分でも分からなかった。

 

 言い訳を探している時点で負けだ。

 カイルは枕に顔を押しつけ、呻いた。

 

 コン、コン。

 

 窓枠が小さく鳴った。

 風ではない。

 規則正しい、わざとらしい音だ。

 カイルが顔を上げるより早く、壁際の空気が歪み、青い宝玉がふわりと現れた。

 

《よぉ、小僧》

 

 エクセリオンだった。

 柄も刃も薄い靄みたいに揺れ、宝玉だけが生々しく光っている。

 人の部屋に勝手に入り、勝手に喋る。

 相変わらず礼儀の欠片もない。

 

「……戻れよ。旦那にバレたら、今度こそ溶鉱炉だぞ」

 

《溶鉱炉、溶鉱炉って。あのデブ商人、口が悪いくせに実行力が追いついてねぇ。それに、今夜はそんな話じゃない。面白いもん見せてやる》

 

「面白いもの? また変なパンでも見つけたのか?」

 

《違ぇよ。もっとこう、生活に潤いってやつだ。小僧、お前さ》

 

 宝玉が、じっとカイルを見つめるように光る。

 

《昼間からずっと“あの女”のこと考えてんだろ》

 

「……ッ!」

 

 カイルは飛び起きそうになり、慌てて布団を掴んだ。

 誰もいない部屋で何を隠すというのか。

 

《あの巨乳の受付嬢だよ。あのおっぱいのこと、ずーっと考えてたんだろ? 正直に言え》

 

「ち、違う! おっぱいのことなんて考えてない!」

 

《へぇ。じゃあ試験な。――“あの受付嬢”のバストサイズ、目算でいいから即答してみ》

 

「トップ98のF、いや、ギルドの制服の限界に挑むあの立体感からして、限りなくGに近いF……って、俺に何を言わせるんだこのアホ剣!」

 

《答えるの早すぎだろ! 俺様の刃の切れ味より、テメェの目線のキレの方が鋭いってどういうことだ!? はい、有罪! テメー、純情な新米のツラして、あの女を服の上から両断(スライス)して見ておるな!?》

 

「物騒な例えをするな! 俺はただ、あの人が綺麗で、薬草の納品時も優しくて……その……」

 

《ほら、言い訳の口数がまわってきたぞ。よく喋る刃(やいば)は鈍(なまくら)の証拠だ。年上のお姉さんに胸を借りるどころか、揉むことしか考えてないドスケベ根性、見事なもんだ。青春だねぇ、若造》

 

「揉むとか言うな! 借りるなら胸じゃなくて……もっとこう、男としての、魂の……ああもう、とにかく俺はいたって清らかな心で――」

 

《はいはい。健全、健全。じゃあ、その自慢の『透視(エロ)眼光』で、これからあの女が剥ぎ取る“真実の皮”でも拝むといいさ》

 

 エクセリオンが、愉快そうに光を揺らした。

 

「見てろって、なにを――」

 

 言い終える前に、エクセリオンが壁へ向かって滑るように移動した。

 そして、何の抵抗もなく、木材と石の境目をすり抜けて外に出ていった。

 

「おい! 戻れって! また勝手に出るな!」

 

 返事はない。

 壁に手を当てても、当然のように何もない。

 冷たい壁があるだけだ。

 

 カイルは歯噛みした。

 追いかけられるはずもない。

 外出禁止の札が、首にぶら下がっている気分だ。

 

(くそ……まただ。あいつ、俺を置いて勝手に――)

 

 その時。

 頭の奥、耳のさらに内側で、声が響いた。

 

《聞こえるか、小僧》

 

 カイルは息を呑む。

 声は外からではない。

 脳内に直接くる、あの嫌な感覚。

 

「エクセリオン!? どこにいるんだ!」

 

《しーっ。声出すな。今から“いいもん”見せる》

 

「いいもんって何だよ。俺、部屋から出られ――」

 

《出なくていい。俺様が見てる景色を、お前にも見せてやる》

 

「……は?」

 

《百聞は一見にしかず、ってな》

 

「だから何の――」

 

 言い終わる前だった。

 

 視界が、不意に揺れた。

 

 目を閉じたわけじゃない。

 なのに部屋の輪郭が遠ざかる。

 

 頭の中を誰かに掴まれて、横へ引っ張られるような感覚。

 

「うっ……!?」

 

 心臓がひときわ強く脈打つ。

 

 次の瞬間。

 

 世界が切り替わった。

 

 夜の街。

 

 石畳。

 

 ガス灯の明かり。

 

 風に揺れる看板。

 

 人影の消えた路地。

 

 ――見えている。

 

 まるで自分がそこに浮かんでいるみたいに。

 

(な、なんだこれ……!?)

 

 足元がない。

 

 身体もない。

 

 あるのは景色だけだ。

 

 いや、違う。

 

 景色を見ているのは自分なのに、自分ではない。

 

 浮遊する青い宝玉。

 

 エクセリオンの視界。

 

(嘘だろ……)

 

 思わず息を呑む。

 

(これ、本当に見えてる……)

 

 夢でも幻でもない。

 

 夜風に揺れる旗。

 

 水路を流れる水音。

 

 遠くで酔っ払いが怒鳴る声まで聞こえる。

 

 現実そのものだった。

 

《どうだ》

 

 頭の奥で、得意げな声が響く。

 

《俺様特製・遠隔視界共有サービスだ》

 

「サービスじゃねぇよ!」

 

 カイルは思わず叫んだ。

 

「気持ち悪いっ! なんだこれ! 頭の中を直接かき回されてるみたいなんだけど!」

 

《褒め言葉として受け取っとく》

 

「受け取るな!」

 

《そのうち慣れる。人間ってのは案外、気持ち悪いことにも順応する生き物だからな》

 

「絶対慣れたくねぇ!」

 

《ところが慣れるんだよなぁ》

 

 ケラケラと笑う声。

 

 その間にも映像は滑るように進んでいく。

 

 屋根の上。

 

 煙突の脇。

 

 夜風の通り道。

 

 昼間とは別の顔をしたカヴェナの街が眼下に広がる。

 

 やがてエクセリオンは、見覚えのある建物の上空で止まった。

 

 石造りの大きな建物。

 

 紋章。

 

 掲げられた看板。

 

「……冒険者ギルド?」

 

《正解》

 

 空中に浮かぶ青い宝玉が、意地悪く笑うように揺れた。

 

《カヴェナ支部だ》

 

「は?」

 

 嫌な予感がした。

 背筋を冷たい汗が這い上がるような、ものすごく嫌な予感が。

 

「おい」

 

《ん?》

 

「なんでだ?」

 

《なんでって何が?》

 

「なんでギルドなんだよ」

 

《面白そうだから》

 

「帰れ」

 

《即答かよ》

 

「帰れってば!!」

 

 カイルはベッドの上で頭を抱え込んだ。

 

「お前、自分が今どれだけ危ないことやってるか分かってんのか!?」

 

《いちいちうっせーな。俺様はちゃんと分かってるぞ》

 

「分かってねぇよ! 空を飛ぶ剣とかありえないだろ! もし見つかって捕まりでもしたら、俺じゃなくて旦那の首が飛ぶんだぞ!」

 

《大丈夫だって。夜だぞ? 見つかったって、せいぜい“ちょっと光るデカめの虫”扱いだ》

 

「どんな生態系してんだその虫は!」

 

 カイルの悲鳴にも似たツッコミを完全に無視し、エクセリオンは石造りの外壁へ向かって一直線に突っ込んだ。

 ぶつかる、と身構えたカイルの視界が、一瞬だけ泥のように濁り――何の抵抗もなく、分厚い壁をすり抜ける。

 

 内部へ。

 途端に、空気が変わった。

 暗く静まり返った廊下。一定の間隔で灯る壁の魔導ランプが、床に長く歪な影を落としている。

 遠くから響く、規則正しい見回りの足音。

 分厚い扉の向こうでくぐもる、深夜の会議の声。

 不夜城のごときギルドの夜は、決して眠っていない。

 静寂の中に潜む“人の気配”だけが、喉元に刃を突きつけられているかのように生々しかった。

 

「こいつ……本当にギルドの中を……」

 

《言っただろ。面白いもん見せる、ってな》

 

 エクセリオンは階段を上がった。

 見慣れない区画だ。

 執務室のフロアではない。

 もっと私的な、生活の匂いがする通路。

 

「まさか……職員の居住区?」

 

《お、察しがいいな。小僧》

 

「やめろって……! それ、のぞきじゃねえか!」

 

《のぞきじゃねぇ。調査だ。恋のための、な》

 

「余計悪いわ!」

 

 映像は扉の前で止まった。

 木製の扉。

 名札。

 灯りの漏れ。

 静かな気配。

 名札の文字が、カイルの視界に刺さる。

 

 ――Licia Florence(リシア・フローレン)。

 

 真鍮のプレートに刻まれた名前に、カイルの喉がゴクリと鳴った。

 さっきまでとは比べ物にならないほど、心臓が警鐘を鳴らして暴れ出す。

 

「……リ、リシアさんの、部屋……?」

 

《そうだ。お前が日夜恋焦がれてる――ギルドの花の私室だぜ》

 

「こら! 恋とか勝手に言うな!」

 

《ああん? じゃあ違うってのか、あのデカパイのねーちゃんは》

 

「違わなくはないけど! 違うっていうか……お前が言うと途端に下品になるから嫌なんだよ!」

 

《けっ、面倒くせぇ純情だな。童貞の鑑かよ》

 

 呆れたように吐き捨てると、エクセリオンはカイルの制止を待つことなく、分厚い木扉の中へあっさりとすり抜けていった。

 

 部屋は整っていた。

 派手さはない。

 だが必要なものが、必要な場所に収まっている。

 几帳面で、隙がない。

 仕事の顔がそのまま生活に続いているみたいだった。

 

 窓際には小さな鉢植えが並び、淡い香りが漂っている。

 机の上には書類をまとめた束。

 棚には本が、背表紙まできっちり揃えて並ぶ。

 

 そして、部屋の中央。

 

 リシア・フローレンがいた。

 

 髪はゆるくほどかれ、昼のきっちりした編み込みとは違う柔らかさがある。

 薄い寝間着。

 肩にかけたストール。

 椅子に腰掛け、片膝を立てて本を読んでいた。

 

 唇が、小さく動く。

 

「ん〜〜、んふふふ〜ん♪」

 

 ――鼻歌だ。

 

「……うそだろ。あのリシアさんが歌ってる……」

 

 昼間の『完璧な主任受付嬢』が、夜の自室で上機嫌に鼻歌を歌っている。

 そのギャップだけで、胸の奥がカッと熱くなった。

 知るはずのなかった裏側の顔。

 勝手に縮まっていく距離感に、頭がどうにかなりそうだった。

 

《な? いいもん見れただろ?》

 

「……よ、よくない! これ、絶対見ちゃいけないやつだろ!」

 

《何言ってんだ。見たいから恋してんだろ。恋ってのは罪だぜ、小僧》

 

「覗き見してるお前が一番の罪だ!」

 

 映像の中のリシアはページをめくり、ふっと笑った。

 仕事用の、あの寸分の隙もない営業スマイルじゃない。

 完全に気を抜いた、無防備で柔らかい笑い方。

 その顔が、カイルの心臓を鷲掴みにしてきつく締めつける。

 

(……あんな顔、ギルドじゃ絶対見せないじゃん……)

 

 ふと、リシアの指が本から離れた。

 机の隅に置かれた小さな包み。

 差し入れか何かだろう。

 リシアはそれを手に取り、ダイエット中の葛藤のようにほんの少しだけ迷ってから、えいっと包みを開いた。

 中から小さなクッキーが顔を出す。

 

 リシアはそれをひとつ摘み、ぱくりと口に運んだ。

 もぐもぐ、と控えめに咀嚼し、たちまち目を細める。

 

「……ふふっ、おいしい」

 

 ぽろりとこぼれた独り言が、やけに鼓膜の近くで響いた。

 甘い焼き菓子の匂いと、彼女の部屋の空気ごと、肺の奥まで吸い込んだような錯覚。

 

 カイルは無意識にベッドから身を乗り出していた。

 現実は自分の部屋だ。

 物理的な距離は1ミリも縮まっていない。

 なのに、心の距離だけがゼロ距離までワープしていく。

 

《どうよ、小僧! 最高だろ! これで分かっただろ、俺様がお前にとってなくてはならねぇ“至高の相棒”だってことが! さあ泣いて拝め!》

 

「……頼むから、今は黙っててくれ」

 

《おっ、真っ赤になって照れてんのか~? 青春だねぇ! エクセリオン様が“認定”してやるよ。恋する童貞!》

 

「だから最後の一言は余計だっつってんだろ!」

 

 カイルは両手で顔を覆った。

 熱い。

 沸騰しそうだ。

 心臓の音がうるさくて死にそうだった。

 

 脳内では、リシアがクッキーをもう一つ摘み、小動物みたいに頬張っている。

 悩みなんて一つもないような、とびきり幸せそうな顔。

 

(でも……あの人だって、色々と大変なんだよな……)

 

 当たり前の想像が、すとんと胸に落ちた。

 完璧超人なんかじゃない。毎日ちゃんと気を張って、完璧に見えるよう頑張っている人なのだ。

 だからこそ、この“気の抜けた顔”が、たまらなく大事なものに思えた。

 

《おうおう、小僧。どうだ? 楽しいだろ? ――このまま、デカパイ受付嬢の“いろんなアレコレ”、もっと覗きたくねぇか?》

 

 エクセリオンが、映像の中で小さく揺れた。

 煽るというより、獲物の顔色をうかがうみたいに。

 

「……もう十分だろ。お前も戻ってこいよ、これ以上は見ちゃいけない気がする」

 

《おいおい、正気かテメー? こっから先が面白くなるってのに、勿体ねぇヤツだな》

 

「プライベートのリシアさんが無防備で可愛いってことは、骨の髄までよーく分かった。……だから終わりだ。はい、終わり終わり!」

 

《終わらねえよ》

 

 たった一言。

 軽口の温度が、すっと消えた。

 

《――ここからが本番だ》

 

「……え?」

 

 声の質が違う。

 悪ふざけじゃない。

 確信と、愉悦が混ざった“断言”だった。

 

《見せてやるよ。あの女の――“別の顔”ってやつをな》

 

 ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。

 

 映像の中で、リシアは読んでいた本を閉じる。

 それから机の引き出しへ手を伸ばした。

 鍵はない。

 なのに動作だけが妙に慎重で――“見られたくない”って空気が、指先から漏れている。

 

 取り出したのは、一冊の本。

 

 表紙には、美貌の成年男性が二人。肩を寄せ、寄り添う構図。  

 題は、やけに物騒で、いやに含みがある。

 

 ——『禁じられた友情』。

 

 リシアはそれを胸の前で抱き、指先で表紙をそっとなぞる。  

 仕事場での完璧な微笑みではない。   

 誰にも見せない、体温を帯びたやわらかな顔だ。

 

「……は?」

 

 カイルの口から、間の抜けた声が漏れた。

 

「なんだこれ……? まさか、小説……?」

 

 イングラジア魔導国の書店では、いま婦女子の間で小説が人気だ――と聞いたことがある。

 だが、目の前のそれは“ただの流行り”とは空気が違った。

 

(禁じられた……友情?)

 

 友情って、禁じられるものなのか。  

 カイルは本気で首を傾げる。  

 いくら魔導国でも、友達を作るのに許可証はいらないだろ——と。

 

《……ぷっ!》

 

 頭の奥で、エクセリオンが堪えきれないように息を漏らした。

 

《ぎゃはははははは!! 小僧! お前、ほんとに何も知らねぇんだな!》

 

「うっせぇな! でもさ、小説って言ったら、冒険譚とか英雄の武勇伝とかそういうのだろ。別におかしくも――」

 

《違ぇよ》

 

 切り捨てる。

 もったいぶるように、少し間を取って――

 

《そいつはな……“男と男”の恋愛小説だ》

 

「…………は?」

 

 思考が、一瞬止まった。

 

 男と男。

 恋愛。

 小説。

 

 単語が頭の中で衝突して、意味にならない。

 

「う、うそだろ……リシアさんが……?」

 

 映像の中のリシアは、まるで宝物みたいに本を抱き直し、表紙をもう一度撫でた。

 頬がほんのり赤い。

 口元が、かすかに緩んでいる。

 

(……うわ。かわい……いや違う! 何考えてんだ俺!)

 

 リシアは椅子に腰を下ろし、本を開く。

 ページの端は、何度も指で撫でられた跡がある。

 読み返した回数が、透けて見えた。

 

「……好き、なんだ……」

 

《そういうことだ。しかも、かなりな》

 

 エクセリオンが、嫌に楽しそうな確信で言う。

 

《ほら、見ろよ。付箋だらけじゃねぇか》

 

 映像の端で、紙片がひらひら揺れる。  

 目立たない色の付箋が、何枚も、何枚も。  

 登場人物の名——レオとケインズ——まで書き込まれている。  

 “ここが好き”と主張するみたいに、あちこちからひょいと顔を出していた。

 

「……なんでだよ。リシアさんって、もっとこう……清楚で、真面目で……」

 

《真面目だからこそ、こういう“禁じられた”に弱いんじゃねぇの?》

 

「やめろ! 変なこと言うな!」

 

 カイルは布団をぎゅっと握りしめた。

 顔が熱い。

 沸騰しそうだ。

 見てはいけないものを覗いた罪悪感と、“自分だけが知ってしまった”という薄汚い優越感が、胃の奥でぐちゃぐちゃに混ざって落ち着かない。

 

 映像の中のリシアは、鼻歌混じりにページを繰り――ふいに手を止めた。

 無数の付箋の、その一枚。

 お気に入りの場面なのだろう。

 

 リシアはそこを黙読し、目を細めて……ほう、と長く息を吐いた。

 胸の奥の乾いた場所が、甘いもので満たされていくみたいに。

 

「……リシアさん、あんな顔もするんだな」

 

 思わずこぼれた呟きに、エクセリオンが喉の奥で笑う。

 

《な? “別の顔”だろ》

 

「別の顔って、そういう意味かよ……! もっとこう、裏の仕事とか、秘密の任務とか、そういう――!」

 

《だからテメーはいつまで経っても女心のわかんねーチェリーボーイなんだよ。恋する乙女のツラなんてなぁ、だいたいあんなもんだ。……まぁ、あの姉ちゃんの場合、レオだか何だか知らねえ金髪の英雄――“物語の住人”にマジで脳みそ焼かれてるっぽいがなァ?》

 

「うっせー!」

 

 反射で言い返して、カイルは余計に腹が立った。

 

「くそっ……小説の中の男とはいえ、リシアさんがあんな顔してるの、なんか……むしゃくしゃする!」

 

 映像の中で、リシアはページを繰るたびに、熱っぽい吐息をこぼし始める。

 それは普段の、丁寧で隙のない微笑みとはまるで違った。

 声にならない湿り気が、部屋の空気ごと甘く溶かしていく。

 

 カイルは無意識に身を乗り出し、息を殺して見入っていた。

 心臓の音がうるさい。

 耳の奥で、どくどくと暴れている。

 

《ほら、見ろ。小僧。あの女――ただ読んでるだけじゃねえぜ》

 

 脳髄に直接、粘つく笑いが触れる。

 否定しようとしたのに、喉が引きつって声が出なかった。

 

「……指が……震えてる……」

 

 リシアの指先が、ページの端をそっと撫でる。

 それは読書の所作ではない。

 確かめるみたいに、慈しむように――まるで恋人の肌へ触れる前の、ためらい混じりの撫で方だった。

 

 頬が、桜貝のように淡く染まっていく。

 柔らかな間接照明の下、潤んだ瞳が揺れるのが分かった。

 文字の羅列が、彼女の理性を甘やかにほどいていく。

 

 男と男の、禁じられた恋。

 決して交わらないはずの情熱。

 その“届かない距離”に酔うように、リシアは呼吸を浅く、速くしていった。

 

「……あ……」

 

 砂糖菓子みたいに甘い声が、ぽろりと落ちた。

 リシアは本を胸に押し当て、陶酔するように目を閉じる。

 肩からストールが滑り、薄手の寝間着の胸元がふわりと開いた。

 灯りの陰影に、胸の谷間が白く浮かび――指が、無意識に裾を握りしめて布に皺を刻む。

 

(リシアさんの……胸、見えてる……)

 

 カイルの喉が、ごくりと鳴った。

 ギルドのカウンターで、誰にでも分け隔てなく微笑む“聖女”みたいな人が。

 夜の自室という密室で、こんなにも――無防備に、艶めいている。

 

 リシアはもう一度ページを開き、特定の行に食い入るように視線を落とす。

 吐息が熱を増し、赤みが頬から耳へと広がっていく。

 そして太ももが、無意識に擦り合わせられ、衣擦れの音が脳内に直接響いた。

 

《ヒュ~ゥ♪ 始まったぜ、小僧。始まりの鐘が鳴ったみてーだ》

 

「か、鐘……? なんの話だよ」

 

《決まってんだろ。清楚なデカパイねーちゃんの、毎晩恒例――“聖女の自己発電(ソロ・コンサート)”の開幕だァ!!》

 

「はあ!? やめろ! リシアさんがそんなことするわけ――」

 

《あるんだよ。だって女だもん。つーかお前、まさか本気で“清楚な受付嬢は夜はおとなしく寝てます”とか思ってたのか?》

 

「……思ってた」

 

《お前な……それは“リシア”じゃなくて“お前の脳内で飼いならした理想のリシア”ってやつだぞ。現実の女はもっとこう……獣だ》

 

「獣って言うな! 失礼だろ!」

 

《失礼? 失礼ってのはな、これから起こることを“見ない”選択をすることだぜ。――俺様はお前に“真実”を見せてやってるんだ。感謝しろ》

 

「そんな感謝、一生いらねぇ!」

 

《バーカ、もう手遅れだ。特等席のチケットは払い戻し不可。それによく見ろ、あの目のトロけ方。……理性のコンセントが抜けて、本能の電源が入った顔だ》

 

「うっ……!」

 

 カイルは慌てて目を閉じようとする。

 だが、映像は瞼の裏側に直接焼き付く。

 目を閉じれば閉じるほど、闇の中で鮮明に映し出される。

 

《無駄だ。観念しろ。これも通過儀礼だ》

 

 映像の中で、リシアが立ち上がる。

 本をベッドに置き、辺りをきょろきょろと見回す。

 そして――おもむろに寝間着の裾へ手をかけた。

 

「なっ……! ちょ、エクセリオン! 待て! 寄るな! ズームするな!」

 

《ああん? 遠慮すんなよ。俺様の“親切心”だ。憧れの嬢ちゃんのリアルな乳首の色、形、ハリ、振動——データとして網膜に焼き付けてやるから黙って受け取れ》

 

「そんな親切、誰も求めてねぇ!」

 

 制止虚しく、視界がぐぐっと迫る。

 滑り落ちる寝間着。

 露わになる純白の布地。

 

 そして――リシアがベッドに上がろうと、無防備に──を向けた瞬間。

 

「……あ、クマ?」

 

 純白の生地の真ん中。

 そこには、間抜けな顔をしたクマの刺繍が鎮座していた。

 

 一瞬の静寂。

 

《ぶふぉっ!!》

 

「…………」

 

《ぶははははははは!! なんだよそれ!! お子様パンツじゃねぇか!! あの巨乳清楚受付嬢が!! 夜はくまさんとおやすみしてんのかよ!!》

 

 エクセリオンがここぞとばかりに爆笑する。

 だがリシアはそんな視線など露知らず、クマさんパンツ姿のままベッドへ横たわり、再び本を開いた。

 

 白い指先が、ページを滑る。

 ときおり漏れる、熱い吐息。

 無意識に擦り合わせられる、白磁のようになめらかな太腿。

 

 カイルの視線は、磁石に吸い寄せられるみたいに、その脚の動きに釘付けになった。

 長くしなやかな肢体が絡むたび、シーツが甘く軋み、リシアの理性がバターのように溶けていくのが伝わってくる。

 

「こ、こんなの悪いことだ……見ちゃいけないんだ……」

 

 理性は叫んでいる。

 だが本能は、瞬きひとつ許さないとばかりに視界へ齧りついていた。

 

 やがてリシアの指が、ためらいがちに寝間着のボタンへとかかる。

 一つ、また一つ。

 柔らかな布地がはらりと滑り落ち、豊かな双丘がその全貌を現した。

 

「――ッ!! で、でけぇ……!! いや、知ってたけど……! 服の上からでも十分デカかったけど……!」

 

 部屋の柔らかな灯りに照らされ、淡い桃色の蕾が、熟れた果実のように艶めかしく輝いている。

 

(生で見ると……質感が違う……! なんだあの柔らかそうな重みは……! 重力に逆らいつつもたゆんと垂れる、あの完璧な放物線……! 神かよ……神の造形かよ……ッ!)

 

 彼女は片手で本を強く握りしめ、視線を物語のページに這わせたまま――もう片方の手で、自分の胸を確かめるように触れた。

 指先が、蕾に触れる。

 軽く摘み、愛おしげに転がす。

 びくり、とリシアの肩が跳ね、唇から熱い吐息がこぼれ落ちた。

 

「あ……ん……♡ レオ……そこ……♡」

 

 小さな喘ぎが、静寂な部屋に甘く溶けていく。

 リシアの瞳がとろんと蕩け、桜色の頰に熱い朱が広がった。

 

《へっ、見ろよ小僧。あの清楚ぶった受付嬢がよ……自分で乳首いじってよがってるぜ》

 

「自分で……揉んでる……自分の手で……あんなふうに形が変わるくらい……ッ!」

 

 カイルの目は、その指先の動きから一瞬たりとも離れない。

 指が肉に沈むたび、雪のような肌に赤い跡が残る。

 そのあまりのエロさに、脳髄が痺れた。

 

(あぁ、くそっ……俺の手なら……俺の手ならもっと、こう……下から包み込んで……余すところなく支えられるのに……ッ! いや違う、なに考えてんだ俺! でも……あの吸い付くような肌の弾力……一回でいいから……死んでもいいから味わいてぇ……!)

 

 頭では「やめろ」と叫んでいるのに、体は正直に反応し、視界を貪っている。

 股間の膨張が痛いほどにズボンを押し上げ、下腹部に痺れるような甘い電流が走り抜けた。

 

《おいおい、小僧。股間の[[rb:聖剣 > エクスカリバー]]が鞘から飛び出しそうだぞ? 随分と好戦的じゃねえか》

 

「う、うるせえ……! 黙れよ、このなまくら……!」

 

 心で抗議するが、無駄だ。

 エクセリオンは低く、楽しげに喉を鳴らすだけ。

 

《黙るかよ。最高のショーだぜ、これ。特等席でしっかり目に焼き付けとけ。童貞卒業の予行演習だ》

 

 本のページを貪るリシアの視線は、燃えるように熱い。

 指先の動きは、物語の鼓動に合わせるように、どんどん大胆に、貪欲になっていく。

 蕾を摘む指が力を増し、時には爪を立てて甘い痛みを刻む。

 

「んっ……♡ あぁ……レオの指……みたい……♡」

 

 彼女の声は、本の中の恋人――レオに向けられたものだ。

 物語の中の激しい愛撫を、自分の体に重ねて想像している。

 

(あの美人で、おしとやかで……誰に対しても優しいリシアさんが……物語の男を想像して、こんなこと……!)

 

 カイルの視界がぐらりと揺れ、息が喉で詰まる。

 絶対に覗いてはいけない聖域を犯している背徳感と、それでも目を逸らせない獣じみた本能。

 二つが激しくぶつかり合い、身体の芯が溶岩のように熱く疼いた。

 

 ズボンがきつい。

 手が無意識に下腹部へ伸びそうになり、慌てて布団を握りしめて耐える。

 

《お、なんだよ小僧。もしかして我慢してんのかぁ? ええ?》

 

 エクセリオンの嘲笑が、ねっとりと脳髄に絡みつく。

 

《我慢は体に毒だぜ? せっかく俺様が極上のオカズを用意してやってんのによぉ。出された飯を残すのは失礼ってもんだろ? 本能のままにシコっちまえって!》

 

「やめろ……見せんなよ……! リシアさんも、こんな姿……誰にも見られたくないはずだ……!」

 

 カイルは歯を食いしばる。

 だが、頭の中はリシアの官能的な姿で埋め尽くされ、思考は甘く霞んでいく。

 呼吸が荒くなり、額に汗が滲んだ。

 

《見せんなって、お前の目が”おかわり”を要求してんだよ。――ほら、もっと解像度上げてやるよ》

 

 視点が、ぐっと寄った。

 リシアは本を膝の上へ滑らせ、両手で自身の豊満な胸を包み込むように揉みしだき始める。

 柔肉が指の間で淫らに形を変え、あふれんばかりにこぼれ落ちる。

 刺激に晒された淡桃色の蕾は、熟れた木の実のように硬く尖り、ぷっくりと主張を始めた。

 リシアの指が乳輪をなぞり、乳首を抓むように摘み、時には両方の胸を寄せて深い谷間を作る。

 

「はぁ……♡ んんっ……レオぉ……♡ もっと、強く……乱暴に揉んで……♡ あっ……♡」

 

 リシアの唇から零れたのは、本の中の男の名。

 胸を揉む手つきは次第に荒々しくなり、爪が肌に赤い筋を残す。

 

《どうよ、小僧。麗しき受付嬢ちゃんの乳がこんなにエロく揺れてるぜ。あーあ、触りてえだろ? 揉みてえだろ?》

 

「ば、馬鹿言うな……! 俺は……そんな軽い男じゃねぇ……! 俺はもっと……手順を踏んで、お茶に誘って、手繋ぎデートからの健全なお付き合いを……!」

 

《嘘つけ。今すぐデカパイに顔を埋めてぇツラしてんだろーが》

 

 図星だった。

 本当は、触れたい。

 リシアの柔らかな肌を、熱くなった体を、自分の手で確かめたい。

 カイルの息が荒くなり、股間が疼いてたまらない。

 

 指が胸を離れ、ゆっくりと下腹部へと滑り落ちていく。

 寝間着の裾をたくし上げ、下着の縁を指先でずらす。

 焦れるように、クマの描かれた下着へと滑り込む。

 何かを探るように、確かめるように。

 

 純白の生地に刺繍された間の抜けたクマが、リシアの指によってぐにゃりと歪む。

 その光景はあまりにシュールで、けれど最高に扇情的だった。

 

 秘裂はすでに熱く濡れそぼち、透明な蜜が太ももの内側を伝っていた。

 空気に触れた花弁がぴくぴくと震え、甘い匂いが部屋に広がる気配さえ感じ取れる。

 

「んぅ……♡ あ……私のここ……もう……こんなにびしょびしょだよ……♡」

 

 震える指が、ぷっくり膨らんだクリトリスに触れる。

 リシアの腰がびくんと跳ね、甘酸っぱい嬌声が漏れた。

 視線は本のページに釘付けだ。物語の中の男たちの情熱的な愛撫を、自身の敏感な芽に投影している。

 彼女はクリトリスを指の腹で優しく押し潰し、円を描くようにこね回し始めた。

 

「う、嘘だ……リシアさんのあそこが……丸見えになって……」

 

 カイルの声が震える。

 見てはいけない背徳感と、見逃したくない好奇心。

 二つの感情が脳内で正面衝突し、思考回路がショート寸前だ。

 

「すげぇ……綺麗なピンク色だ……おっぱいも、あそこも……俺の想像なんかより、ずっと……!」

 

《な? 現実は想像を超えるだろ? 感謝しろよ》

 

 カイルが感動と欲情で涙目になる中、リシアは一人、悦楽の坂を駆け上がっていく。

 

「んあっ……♡ レオの舌で……舐められてるみたい……♡ あっ、だめぇ……♡」

 

《おおっと、クリ弄りに入ったァ! 見てみろ小僧、あの愛液の量! 泉かよ! どんだけ興奮してんだこの聖女様は!》

 

「わ、わかってる! 実況すんな! っていうか、お前そんな目で見るなよ! 俺のリシアさんを汚すな……!」

 

《ハッ! 一番ガン見してんのはテメーだろうが! 瞬きも忘れて眼球カピカピじゃねーか!》

 

 カイルは心の中で反論しようとするが、身体は正直だ。

 股間は痛いほどに張りつめ、呼吸は荒い。

 下半身が熱く疼き、シーツに擦れる感触だけで発射しそうなほど感度が上がっている。

 手が勝手にズボンに伸びそうになるのを、シーツを掴んで必死に堪えるのが精一杯だ。

 

 リシアの指は執拗にクリトリスを弄り続けた。

 指先で摘み、弾き、時には軽く引っ掻くようにして刺激を与える。

 その度に彼女の体はビクンと震え、嬌声のボリュームが上がっていく。

 

《おいおい、あんな風に弄ってりゃ、頭おかしくなるのも時間の問題だなぁ。ねーちゃん、今頃脳内じゃイケメンに犯されまくって、チンポ欲しくてたまんねー顔してやがるぜ!》

 

 エクセリオンが嘲笑ったその瞬間、リシアの指が秘裂に沈み込み、熱く蠢く蜜壺へと滑り込んだ。

 ぐちゅっ、と湿った水音が、静寂な部屋に生々しく響き渡る。

 

「んあぁっ……!!♡ すごいぃいいい!!♡♡♡ レオのおちんぽぉ……熱くて大きくて……いっぱいぃいい……!!♡♡♡」

 

 二本の指が膣内を掻き回すように動くたび、愛液が溢れ出し、白磁の太腿を伝って滴り落ちていく。

 指の動きは激しくなり、膣壁を擦り上げるように出入りする。

 同時に親指がクリトリスを容赦なく押し潰し、快楽の波状攻撃が彼女を襲う。

 

《キタキタキタァ!! 中までイジリ始めやがった! 見ろよ小僧、これが本物の女のマンズリってやつだ! こうやって男のイチモツを想像して、自分で自分のマンコをかき回してんのよ! な、リアルすぎて涙出てくんだろォ!?》

 

「……」

 

 リシアが自身の指を、濡れそぼった秘裂の奥深くに沈み込めた瞬間。

 カイルの中で、張り詰めていた理性の糸が――ぷつん、と音を立てて千切れた。

 

 もう、限界だった。

 カイルは震える手で、ズボン越しに自身の硬く勃ち上がったモノを鷲掴みにした。

 そして、獲物を引き抜くような速度で一気に引きずり出した。

 露わになったのは、包皮にほとんどを包まれた、まだ未熟な陰茎。

 艶のあるピンク色の亀頭の先端だけがわずかに顔を出し、解放感に震えてびくびくと脈打っている。

 

 

《お、剣をついに抜いたか。聖剣ってほど立派じゃねぇがな》

 

「うるせぇ……ッ!」

 

(ごめん、リシアさん……! 俺、もう無理だ……! 一生かけて償うから、今だけは――ッ!!)

 

 心の中でジャンピング土下座を決めながら、右手で自身の欲望を握り締め、力任せに扱き上げた。

 左手はシーツを引きちぎらんばかりに掴み、瞳は脳裏に焼き付くリシアの痴態を貪る。

 

 

「レォぉ……はぁ……はっ……♡ あはっ……♡ 気持ちいいよ……♡ もっと、気持ちよくなってね……♡」

 

 リシアは――本の中の登場人物、レオの友達・ケインズになったつもりで、レオとのセックスを夢想している。

 秘裂をかき回す指の動き。

 腰が跳ねるたびに揺れる乳房。

 荒い呼吸と甘い喘ぎ声。

 

 全てがカイルの性欲という火薬庫に火を放ち、右手のピストン運動を加速させる。

 

「くっ……! リシアさん……! リシアさんッ……!!」

 

 カイルは泣きそうな声でその名を呼んだ。

 自分が今、何をしているのか。

 それがどれほど卑劣で、浅ましい行為なのか――

 そんな理性は、とうの昔に脳天の向こう側へ吹っ飛んでいた。

 今のカイルにあるのは、ただ一つ。

 

(――俺も、あそこで指を入れて、一緒に気持ちよくなりたい……!)

(あのエロい穴に、俺のザーメン全部注ぎ込んでやりたい……!)

 

 そんな、ドロドロに煮詰まった独占欲と支配欲の塊。

 背徳感がスパイスとなり、手のひらの摩擦係数を上げる。

 握り潰すほどの勢いで擦り上げるたび、粘ついた先走り汁が先端から溢れ出す。

 

《ヒュウ! 小僧、血走った目しやがって! さっきまでの理性はどうした! 「俺は健全なお付き合いを」とか抜かしてた口はどこ行ったァ!》

 

 

「うるさい! 邪魔するな……ッ! 今、リシアさんに集中してんだよ……!!」

 

 彼女の名を口にするだけで、背徳的な痺れが背骨を駆け上がった。

 溢れ出した先走り汁が右手を濡らし、滑りを良くする。

 じゅぷ、と濡れた音を立てて扱くたび、脳髄が溶けるような快感が全身を貫いた。

 

《ぎゃはははは! そんなにあのデカパイが恋しいかよ! ええ!? 良いねェ! その獣みてえなギラつき! 童貞のくせに一人前のオスのツラしやがって!》

 

「う、うるせえ! 緊急クエストだ! これは不可抗力の緊急クエストなんだよぉッ!」

 

《ギャハハ! 違げぇねえ! ターゲットは『暴走する俺の聖剣』ってか! いいぜ、もっと激しく擦れよ。俺様が特等席で実況してやる!》

 

 エクセリオンの野卑な声すら、今は心地よいBGMだ。

 カイルの意識はリシアの指先、その動きにのみ集中し、自分の右手を彼女の指と完全にリンクさせていた。

 指が膣内の粘膜を味わうようにゆっくりと出し入れされるたび、カイルの視界が快楽でチカチカと明滅する。

 

「あぁ……すっげぇ……! リシアさんの……中は、こんなに熱くて……! ああ、もっと、もっとしたい……!」

 

 掌の中の肉棒が、血液を集めてどくんと脈打つ。

 カイルは無我夢中で手を動かし続けた。

 頭の中ではリシアの痴態と自分の妄想が混ざり合い、熱の逃げ場を求めて暴走を始める。

 

 一方、部屋の中。

 リシアの指はさらに深く膣内に潜り込み、膣壁を押し広げる。

 指を曲げ、腹側の一点を擦るたび、彼女の背筋が弓なりに反り返る。

 

「んあぁッ! ソコぉ……♡ ダメぇ……♡ あっ、気持ち良すぎるぅ……♡」

 

 溢れる蜜が指を伝い、手の甲を流れ落ちる。

 彼女は二本目の指を挿入し、バラバラに動かして更なる刺激を求めた。

 愛液はシーツに染みを作り、淫靡な水溜りが広がっていく。

 

「レォ……♡ レオ、の指……私の中を……乱暴に掻き回してぇ……♡ あぁんっ! イイのぉ……!!♡」

 

 リシアの足先がピンと伸び、快楽に溺れた腰が妖しく揺れる。

 枕元の本はページが開かれたまま放置され、彼女の意識は完全に物語の世界と自身の肉体との狭間を彷徨っていた。

 

 カイルは指の動きを模倣するように、ペニスを扱き上げる。

 睾丸が持ち上がり、陰茎が燃えるように熱くなる。

 今すぐにでも絶頂を迎えてしまいそうな予感があったが、まだ射精の波には飲み込まれまいと、必死に射精を抑制する。

 

《おっ、我慢してやがる。持久戦か? それとも最後の一撃に全力を注ぐタイプか? どちらにせよ、リシア様も負けてねえぜ!》

 

「見てろよ……俺の動きの方が……リシアさんに似合うはずだ……!」

 

カイルは負けじとリシアの指の動きを完璧にトレースする。

手首を小刻みに動かし、亀頭の先端から根元までを万遍なく擦り上げる。

同時に指先で裏筋を強烈に押し込み、甘美な痺れが背筋を駆け上がった。

 

「くっ……! 俺の方が……絶対に気持ちよくできる……! あの男なんかより……俺の方が……ッ!」

 

 リシアが本を投げ出し、両手で乳房を激しく揉みしだき始める。

 柔肉が波打ち、乳首は痛そうなほどに勃起し、ピンと硬く尖っている。

 彼女は左右交互に胸を持ち上げ、重力と張力に従ってゆさゆさと上下させる。

 豊満な双丘が形を変える様は、まるで果実が熟して落下寸前といった趣だ。

 

「はあぁ……♡ レオ、おっぱい飲んで……♡ 好きに揉んでいいから……あっ……♡」

 

 快楽に蕩けた表情で、リシアは大きく口を開けて舌を伸ばした。

 濡れた唇が涎を垂らしながら誘惑するように揺れ動く。

 まるで目の前に架空の恋人が立っているかのような錯覚に陥ったのか、彼女は虚空に向かって口付けをねだる仕草を見せた。

 

「あぁ……レオ……♡ 私の口も……レオの舌でいっぱいにして……♡ 唾液を飲み合いたいの……♡」

 

《おーおー! すげぇキス顔だ! な? 小僧。あの清楚な受付嬢が、まさかこんなに淫らな顔でオナってるとか思ってたか? いいか、あれが本物の女ってやつだぜ。清楚な顔してても、頭ん中じゃ24時間365日、エロい妄想垂れ流してやがんだよ!》

 

「うっ……! リシアさんのキス顔……! あぁっ……!」

 

 カイルはその卑猥な姿に背筋がぞくぞくと震えた。

 脳内では、自分が架空の恋人となり、彼女の唇を奪うシーンが鮮明に再生される。

 熱い吐息と共に絡み合う舌。

 甘い唾液が糸を引く濃厚な接吻。

 そんな光景を想像するだけで、ペニスは限界を訴えるように震え上がった。

 

《おっ、小僧の息子が限界みてえだぞ! デカパイ受付嬢がイク前にイッちまうなんざ、漢が廃るってもんだぜ!》

 

「だ、黙れよ……! そんなに早漏じゃねえし……!」

 

 そうは言うものの、右手のスピードは自然と上がる。

 腰が勝手に浮き上がり、前後に動く。

 シーツが擦れる音すらも、カイルにとっては快感のスパイスだった。

 

《ほうら、腰が動いてるぜ。自分の手だけでイくくせに、まるで女の上で腰振ってるつもりか? 哀れだねぇ、童貞の妄想ってやつはよ!》

 

「うるせえええ! 俺は……俺はこんなもんじゃねえんだ……! 本番だったら……もっと上手く……!」

 

《本番? はっ、まずはその小指みてえな細さと長さをどうにかしろよな! こんなの挿入ったところで、女が感じるわけ――》

 

「うるせえッ!! こんなの大人になったらおっきくなんだよ!!」

 

《お? なかなか熱いソウルじゃねーか! その意気だ! このまま嬢ちゃんと一緒にドピュッと撒き散らして、賢者タイムの絶望までセットで楽しませてくれよ!》

 

「誰が絶望するかよ! 俺はむしろ清々しい気持ちで――」

 

《はいはい。そのセリフ、三秒後に聞かせてもらうわ。ほら、嬢ちゃんの方が先に加速し始めたぞ。置いてかれんじゃねぇぞ童貞くん》

 

 映像の中、リシアの指の動きが加速する。

 中指がぬるりと秘部に沈み、蜜を掻き混ぜるように出し入れを繰り返す。

 じゅぷ……じゅぷ……と、卑猥な水音が静寂な部屋に響き渡る。

 一本目が物足りなくなったのか、人差し指と薬指も加わり、三本の指が内壁を擦り上げる。

 

「ぐちゅ、ぐちゅっ! あんっ……♡♡ もっと……深くぅ……♡ レオの……たくましいよぉ……♡」

 

 ぐちゅ、ぐちゅっ! と粘膜を掻き乱す音が大きくなり、リシアの息遣いが乱れ狂う。

 汗ばんだ髪が頰に張り付き、半開きの唇から涎が一筋垂れる。

 指がGスポットを重点的に攻め立て、内壁をぐりぐりと抉るたびに、カイルの腰の動きも呼応するように激しくなる。

 

「はぁっ……♡ はぁんっ……♡ あっ、そこぉ……いいっ……♡♡ ……おちんぽ……もっと奥に欲しい……♡」

 

「うぅっ……リシアさん、俺のが欲しいの? いいよ……いっぱいあげる……全部あげるから……!」

 

 カイルは手をペニスから離すと、枕を重ねてその下にペニスを押し付けた。

 そして、リシアのヴァギナに見立てた枕相手に、必死に腰を前後に動かし始める。

 

 妄想の中で、自分は本の中の男――「レオ」になり代わっていた。

 

――瞬間、カイルの脳内で世界が書き換わる。

 

 そこは薄暗い寝室。ベッドに横たわるリシアの上に、自分が覆いかぶさっている。

 彼女の豊かな双丘を、両手で鷲掴みにする。

 指が沈む。柔らかく、弾力のある、温かい質量。

 

(柔らかい……! なんて柔らかさだ……! 指がどこまでも沈んでいく……!)

 

 カイルの指が、手元の水嚢を揉みしだく。

 革越しに伝わるひんやりとした感触と、中の水の揺れが、なぜかリシアの乳房のイメージと重なる。

 

「はぁ……はぁ……リシアさんの……おっぱい……!」

 

 彼は水嚢を両手で包み込み、揉む。

 押し返すような弾力が、手のひらに気持ちよく伝わる。

 親指で頂点をなぞるように擦ると、水嚢の表面がわずかに凹み、水が移動する感覚――それが、彼女の乳首が硬くなるイメージと重なった。

 

「あっ……感じてる……リシアさん、感じてくれてるんだ……!」

 

 カイルの呼吸がさらに荒くなる。

 彼は水嚢を抱え込むと、その表面に顔をうずめた。

 

 妄想の中の自分は、リシアの豊満な谷間へ顔を埋めている。

 鼻腔を満たすのは、彼女の甘い体臭と、少し汗ばんだ肌の匂い。

 頬に吸い付くような肌の弾力。

 右へ左へ、顔を擦り付けるたびに、彼女の吐息が耳元で聞こえる気がした。

 

「すごい……すごいよリシアさん……柔らかくて、温かくて……いい匂いがする……」

 

 カイルは水嚢に顔を埋めたまま、何度も何度も擦り付ける。

 その間も腰は止まらず、枕との摩擦でペニスが熱くなっていく。

 

「もっと……もっと揉ませて……!」

 

 彼の指が、水嚢の表面を掴み、揉み、押し広げる。

 水が内部で揺れる音が、部屋に微かに響く。

 

 それは、リシアの乳房を揉みしだく音の幻聴へと変わっていった。

 

「あぁん……♡ そんなに盛って……♡ 私のこと、本当に好きなんだね……♡」

 

「好きだよ……! 好きでたまんないんだよ……! 初めて会った時から好きだったんだ……!」

 

 彼女の声はますます甘く、蕩けた蜜のように滴り落ちる。

 カイルは妄想の中でリシアの乳首を舌で転がしながら、現実では枕にペニスを擦りつけるように腰を動かし続けた。

 

「ん……んん……♡ いいよ……♡ レオ……上手……♡」

 

「ほんと……? 俺、上手い……? 俺、初めてだけど上手にできてる……?」

 

 褒められた。リシアさんに。

 あの高嶺の花の胸に顔を埋め、その全てを独占している。

 錯覚だと分かっていても、脳が快楽物質を垂れ流すのを止められない。

 カイルは嬉しくなって、さらに腰の動きを速めた。

 

「あぁん……♡ レオ……あなたのおちんぽ……すごく……いい……♡ もっと……掻き回して……♡」

 

「うっ……! もっと……! もっと気持ちよくしてあげるからね……!」

 

 カイルの呼吸がさらに乱れる。

 枕に擦りつけるたびに、布越しに伝わる自分の熱と、濡れた感触が妄想を加速させる。

 自分が本当にリシアの中に入っているような、そんな錯覚さえあった。

 

 リシアはベッドの上に仰向けに倒れ込み、白い両脚を大きく開いた。

 秘部は愛液でぐっしょりと濡れそぼり、部屋の灯りを反射して淫靡な輝きを放っている。

 彼女は両手を使って秘裂を広げ、ピンク色の肉襞を見せつけるように固定すると、自らの指を深々と挿入し、激しいピストン運動を開始した。

 

 ぐちょっ! ぐちょっ! ぬちゃあぁ……っ!

 

 卑猥な水音が部屋中に響き渡る。

 リシアは恥じらいをかなぐり捨て、ただ快楽に身を委ねていた。

 腰がくねり、太腿が痙攣する。

 快感に悶える姿はあまりにも扇情的で、カイルの視界を白く染め上げる。

 

「あんっ……♡ んぁっ……♡ レオ……もっと……激しくしてぇ……♡」

 

「うん……! 俺の……もっと激しく……動かしてあげる……!」

 

 カイルは夢中で腰を動かし続けた。

 妄想の中で、自分がリシアの上で腰を打ち付けるたび、彼女の巨乳がプルンプルンと波打ち、自分の顔を叩く。

 その光景と、リシアの指が激しく動く現実がリンクし、自分の楔が彼女の最奥を突いているような錯覚に陥っていく。

 

「あぁん……♡ レオのおちんぽ……すごいぃ……♡ 奥に……ズンズン当たってるよぉ……♡」

 

 リシアは秘裂を広げ、指を抜き差ししながら愉悦の声を上げる。

 その表情は完全に蕩けきっていた。快楽の虜となり、もはや理性など欠片も残っていない。

 

「あぁん……♡ レオの……硬くて……すっごく大きいぃ……♡」

 

 彼女の指が、自らの敏感な突起を執拗に攻め立てる。

 動きは次第に速くなり、ぐちゅぐちゅという粘ついた水音が部屋の湿度を上げていく。

 腰が小刻みに震え始め、絶頂の予感に白磁の肌が粟立った。

 

「あんっ……♡ あっ、あっ……♡ レオ……中、かき回して……♡ もっとぐちゃぐちゃにしてぇ……♡」

 

「はぁっ……はぁっ……リシアさん……! 俺も、もう我慢できない……! 一緒にイこう……!」

 

 カイルは腰の動きを限界まで加速させた。

 脳内ではリシアの柔らかい胸に顔を埋め、彼女の甘い体温に包まれている。

 腰の奥底から、灼熱の塊がうねりながらせり上がってくる。

 臨界点は――もう、目前だった。

 

「あっ……すごい……♡♡ ああっ、だめっ……! 壊れちゃう……イっちゃう……イクっ! ああっ……!」

 

「俺もイクよっ! リシアさんの……一番奥に……!」

 

 二人の動きは、それぞれの頂点を目指して激しく加速する。

 カイルのペニスは限界まで膨張し、リシアの内壁は指を絞め殺さんばかりに痙攣を始めた。

 ぐちゅぐちゅっ! と粘膜を掻き乱す音が、互いの脳髄を焼き切る。

 

「んあぁっ! イクっ! イグゥウッ!! 中に出してぇええッ!!♡♡」

 

「―――ふぁッッ!! 出るッッ!!」

 

 そして――二人は、示し合わせたかのように同時に絶頂を迎えた。

 

「――ああっ! イクッ!! んあぁぁぁんっ♡♡」

 

「―――くっ……ぅぅぅッ!!」

 

 カイルは最後の一突きを枕に打ち込み、熱い白濁液が勢いよくほとばしった。

 どぷっ……どぷっ……と、何度も何度も脈打ちながら、精液が枕の布地に吸い込まれていく。

 同時に、リシアの秘裂からも愛液が潮のように溢れ出し、指を伝って太腿を濡らした。

 

 二人の身体は弓なりに仰け反り、痙攣するように震えて――やがて、時を止めた。

 

「はぁ……はぁ……♡♡ えへへ……レオの、いっぱい入ってきた……♡ お腹、熱いよぉ……♡」

 

 リシアは荒い息を繰り返しながら、本をぎゅっと胸に抱きしめ、蕩けるような余韻に浸る。

 頬は上気したまま、瞳はまだ夢現の彼方にある。

 指を秘部からゆっくりと引き抜き、白濁した蜜に濡れたそれを口元へ運び、愛おしそうに舐め取った。

 

 ――一方、カイルもまた。

 

「はぁ……はぁ………」

 

 酸素を求める魚のように口を開閉させながら、虚ろな目で天井の染みを見つめていた。

 身体の芯に残るのは、放出しつくした後の、甘く重い脱力感。

 ペニスの先端が、枕に押し付けられたまま、時折、余韻でびくびくと震えている。

 

《おいおい、小僧。なかなかやるじゃねえか。致死量レベルで出したなぁ》

 

 エクセリオンが揶揄する声が響く。

 だが、今のカイルにはその言葉の意味すら遠い。

 全身を支配しているのは、魂が抜け落ちたような虚脱感――そして賢者タイム特有の、鉛のように冷たく澄み渡る静寂だけだった。

 

「はぁ……はぁ……リシア、さん……」

 

 天井に向かって、かすれた声で聖女の名を呼ぶ。

 胸の奥には、底なしの満足感と、それと同じだけの罪の重さが、泥のように沈殿していた。

 

 盗み見て、自慰に耽った罪悪感?

 ――もちろん、山ほどある。

 

 だがそれ以上に。

 “彼女と同時にイってしまった”という、背徳の共有が。

 脳髄を甘く、じんわりと痺れさせていた。

 

 カイルは、力なくシーツの上に沈み込む。

 興奮の熱が引くにつれ、ゆっくりと、重い足取りで“現実”が戻ってくる。

 じわり、じわりと。

 遅効性の毒が回るように。

 

《けけっ……どうだ? 憧れの受付嬢の“素顔”ってやつは。サイコーに可愛くてHだったろ》

 

「……知らねぇよ。もう……何も聞きたくねぇ……」

 

 掠れた声で呟き、カイルは枕に顔を埋めた。

 まだ温かい、自分の精液の匂いが、鼻の奥をかすかに刺激する。

 その匂いすらも、なぜか――惜しかった。

 

 しばらく、沈黙が続いた。

 カイルは微動だにせず、枕に顔を押しつけたまま、荒い息を整えようとしていた。

 心臓の鼓動が、少しずつ落ち着いていく。

 熱に浮かされていた頭が、冷えていく。

 

《……どうした。突然黙り込んで。満足したか?》

 

「……うるせぇ」

 

《ほーう。まだ元気じゃねぇか。じゃあ聞くがな、テメェ——》

 

「…………」

 

《今の“余韻”に浸ってる自分と、これから訪れる“現実”の狭間で、どっちに足を取られるか、考えてるんだろ》

 

 カイルの肩が、ぴくりと震えた。

 

《賢者タイムってのはな、ただの虚無じゃねぇ。お前の脳みそが、強制的に“現実”を見せつけてくる時間なんだよ。さっきまでの高揚が嘘みてぇにな。じわじわと、ゆっくりと、確実に——な》

 

「…………だから、何が言いてぇんだよ」

 

《簡単だ。テメーは今、この瞬間を——“最後の平和な時間”として噛み締めてるんだよ》

 

「…………」

 

《次にお前がギルドに行くとき、あの女の顔を見たとき——お前の中の“何か”は、もう戻らねぇ。それを覚悟しとけって言ってるんだ》

 

 カイルの指先が、シーツをぎゅっと握った。

 

《覚悟しとけよ? カウンターに立つあの女がお前に「おはようございます」って微笑んだ瞬間、テメェの脳裏にはさっきまで妄想してたアレコレがフラッシュバックする。穢れを知らぬ聖女面の顔の裏で、お前はもう二度と“無垢な依頼人”には戻れねぇんだ》

 

「……ッ」

 

《ま、そういうもんだ。青春ってのは、どっちみち後戻りできねぇもんさ》

 

 カイルが顔を上げた瞬間、部屋の空気が変わった。

 ——ぷつん、と。

 映像の残滓が途切れ、元の薄暗い室内が戻ってくる。

 

 その闇の中で、悪魔の囁きだけが異様に鮮明に響いた。

 

《ついでに言うと、テメーは明日も明後日も——リシアって女の顔を思い出すたびに、さっきの“痴態”を反芻するだろうな。特に人前で。ギルドのカウンターで依頼書をもらいながら。あの女がお前に書類を渡すとき、指先が触れようものなら——》

 

「もういい!! わかった!! わかったから!!」

 

《おっと、まだ終わってねぇぞ。もし万が一、あの女が「どうかしました?」って首を傾げてくるようなことがあったら? その仕草が、お前の妄想の中の“喘ぐリシア”と重なったら? お前の顔が真っ赤になって、視線が泳いで、言葉が詰まって——》

 

「知らねーよ! ああもう、俺、とんでもねーことしちまった! もうリシアさんに合わせる顔がねぇ……!」

 

 カイルは頭を抱え、ベッドの上で芋虫のようにのたうち回る。

 

「うああああ! どうすんだよこれ! 俺、どんな顔して『依頼ありますか?』って聞けばいいんだよ! うっかり『この前の、リシアさん。最高に色っぽくて、すごくイイ声でしたね』なんて口が滑ってみろ! ギルドの連中から即吊るし首だぞ!」

 

《ギャハハハ! そりゃ傑作だ! ぜひ言ってやれよ!『想像していたとおりのデカくてイイ形のバストでしたよー! あとパンツの趣味も最高っすね!』なんてな! あの聖女面の受付嬢がどんな顔で凍りつくか、金取って見世物にできるぜ!》

 

「笑い事じゃねえええ!!」

 

 カイルは枕に顔を埋め、足をバタバタさせた。

 ふと、自分の右手を見る。

 まだ微かに熱い。

 この薄汚れた手で、あの清らかなリシアさんを想像して——いや、清らかじゃなかったけども。クマさんパンツだったけども。

 それでも、“カイルの中のリシア”は、本来なら汚しちゃいけない聖域だったのに。

 

 吐きそうな自己嫌悪と、消えない背徳の興奮。

 正反対の感情が同時に襲ってきて、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられていく。

 

《まあ、安心しろよ小僧。これは俺様とテメーだけの秘密だ。言わば“共犯者”ってやつだな。テメーも俺様も、表向きは何もなかった顔して生きていけば万々歳ってわけだ。……そうだろ、相棒?》

 

「おまっ! 俺を脅す気か! てか共犯者って余計に悪質だろ!」

 

《人聞きの悪いこと言うなよ。俺様はテメーの灰色の人生に、ちょっとしたスパイスを振りかけてやっただけだ。言うなれば——純真な弟分の性の目覚めを優しく導く、良心的な兄貴分の愛ってやつだ。……精々もがけよ。恋も性欲も、若者に許された特権だ。その足掻きこそが、テメーを大人にしていくんだぜ》

 

「った……ったりめーだ! 悩むわ! つーかもう、朝までずっと頭ぐるぐるしてて全然寝れてねぇんだわ!」

 

 カイルは枕を抱え、そのまま布団に突っ伏した。

 しばらく、もごもごと何かを呟いた後——ぱたり、と動きが止まった。

 

《……おい。どうした、とうに白目剥いて寝る準備か?》

 

「…………考えるの、やめた」

 

《ほーう。開き直りか?》

 

「そうだよ。俺は元々、考えたところでロクな答えが出せない脳みそしか持ってないんだ。んなもん割り切って、なるようになれで生きていく方が俺には合ってる。もしギルドで変なこと口走ってリシアさんにドン引きされても——その時はその時だ。どうせ死にはしねぇ」

 

《その割には声が震えてるぜ?》

 

「うるせぇ! 寝る!」

 

 カイルは勢いよく布団をかぶり、丸くなった。

 

《はっ。ま、せいぜい良い夢を見ろ。なあに心配すんなって。人生の先輩である俺様が、テメーのリシアさんとの恋を成就させてやるし、ついでに童貞も卒業させてやるよ。可愛い弟分の人生設計——ばっちり立ててあるから安心しとけ》

 

「…………うるせぇ。頼んでねぇし」

 

 布団の中から、小さく呟くような声が返ってきた。

 

 エクセリオンは一方的に告げると、ふつり、と唐突に念話を切断した。

 後に残されたのは、むせ返るような雄の匂いが充満した密室と、賢者タイムのどん底で藻掻く一人の少年だけだった。

 

「…………最悪だ。胸糞悪いったらありゃしない」

 

 カイルは天井の染みを睨みつける。

 明日が来なければいいのに。

 本気でそう願った——が、無情にも窓の外では、東の空が確かに白み始めていた。

 

 カイルと魔剣エクセリオンの、鞘に収まらぬ厄介事。

 その幕開けは、あまりにも最低で、最高に破滅的な朝焼けと共に訪れたのだった。

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