※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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第二十八話 モーブルと冒険者ギルドからの特別依頼①

 イングラジア魔導国冒険者ギルド、カヴェナ支部。

 

 紫煙と安酒、そして冒険者たちの熱気が渦巻く喧騒のホール。  

 その最奥にある重厚な扉を一枚隔てた先――そこは、暴力的なまでの甘い芳香が支配する別世界だった。

 

 支部長室。  

 壁には凶悪な魔獣の剥製がずらりと並び、部屋の主の武勇を誇示している。  

 だが、今のモーブルには、そんなものは目に入らない。

 

 部屋の奥、来客用として設えられた応接スペース。  

 そこで待ち構えていたのは、重厚な黒革のソファーに岩のような巨体を深く沈めた、ギルドマスターのグレゴール・サリヴァンだった。

 

 モーブルは促されるまま、彼と向かい合う形でソファーに腰を下ろす。  

 だが、二人の間にあるはずのローテーブルは、本来の木目が見えないほど「埋め尽くされて」いた。

 

 帝都の最高級店『銀の匙(さじ)』の焼き菓子セット。  

 宝石のような輝きを放つ季節のフルーツタルト。  

 そして、黄金色に輝く『愛の皿亭』自慢の揚げたてのハニー・ドーナッツの塔(タワー)。  

 モーブルの大好物による、絨毯爆撃だ。

 

 

「やっ! モーブルくん、よく来てくれた! 顔色が良さそうで何よりだ」

 

 

 グレゴールはソファーから身を乗り出し、両手を広げて満面の笑みで迎えた。

 さあ、存分に食らうがいいと言わんばかりだ。  

 だが、モーブルは一歩も動かない。  

 喉が鳴り、胃袋が歓喜の声を上げているが、それ以上に「商人の勘」が警鐘を乱打していたからだ。

 

 

「……おい、グレゴール」

「ん? どうした? キミのために取り寄せたんだぞ。遠慮はいらん、茶も淹れたてだ」

「ふん。わざわざ多忙な商人を呼びつけておいて、その『最後の晩餐』じみた歓迎は何だ。その胡散臭い笑顔と、この致死量の砂糖爆弾(シュガーボム)を見る限り……どうせ、とんでもなく碌でもない案件を持ってきたのだろう?」

 

 

 モーブルは、眼下のローテーブルで黄金色の蜜を纏い、「私を食べて」と言わんばかりに輝くドーナッツを、まるで猛毒の塗られた死肉を見るような目で見下ろした。

 

 商人には鉄の掟がある。  

 

『タダより高いものはない』。

 

 あの食えない古狸が、確実な見返り(リターン)もなしに、これほどの「接待費(コスト)」を投じるわけがない。   

 二人の間に築かれたこの甘い山は、モーブルを釣るための撒き餌以外の何物でもなかった。

 

 

「はっはっは、手厳しいな! だが、さすがはカヴェナ一の目利きだ。安い撒き餌じゃ釣れてくれないか」

 

 

 グレゴールは悪びれもせず笑い飛ばし、ニヤリと意味深に片眉を上げた。

 

 

「単刀直入に言おう。今回来てもらったのは他でもない。先日、少し匂わせた『例の件』だ」

「……ああ。あの、勿体ぶった言い方をしておったやつか。言っておくがな、わしはこう見えても忙しいんだ。ガキじゃあるまいし、菓子の一つや二つで釣れると思ったら大間違いだぞ。……つまらん長話なら、相場の倍の迷惑料をふんだくってやるからな」

 

 

 モーブルは、喉から手が出るほど欲しいドーナッツから無理やり視線を引き剥がし、正面のグレゴールを睨み返す。  

 長年の腐れ縁だ。

 この元ゴールド級冒険者の腹の中など、透けて見えるようだった。  

 親しげな態度と甘い餌の裏には、決まって激辛の厄介事が隠されている。

 

 

「はっはっは、相変わらず手厳しい。俺とキミの仲だろう? そう邪険にするなよ」

「むさ苦しいおっさんと馴れ合う趣味はない。ましてや、安い餌で商人を釣ろうなどと画策する古狸となら尚更だ。……茶番はいい、さっさと用件を言え」

「うむ、違いない。商人の時間は金貨より重いからな。――リシア、例のものを」

 

 

 グレゴールの重低音に応じ、部屋の影に控えていた人影が音もなく進み出た。  

 主任受付嬢、リシア・フローレン。  

 エルフの血を薄く引く淡い緑色の瞳は、職務に忠実な冷徹さを宿しているが、その奥底には決して消えない憂いが沈殿している。

 

 彼女は純白の手袋をした指先で、二枚の羊皮紙を滑るようにローテーブルへ提示した。  

 甘いお菓子の山の、ほんの僅かな隙間に置かれたそれは、あまりにも場違いなほど重々しい空気を放っていた。

 

 

「……ッ、ヴァルディス伯爵家からの依頼、だと?」

 

 

 羊皮紙に押された豪奢な封蝋。  

 その紋章を間近で見た瞬間、モーブルの眉間に深い谷が刻まれた。  

 イングラジアの裏社会すら牛耳る大貴族の名。  

 それは彼にとって、忌むべき過去の記憶と直結する呪いの言葉だった。

 

 

「そうだ。依頼主はゼノン・ヴァルディス伯爵。冒険者として活動するご子息のために、最高ランクの荷物持ち(ポーター)を派遣せよとのご指名だ」

 

 

 グレゴールの言葉を引き継ぎ、リシアが感情のない事務的な声で補足する。

 

 

「ご子息ライオット様ご自身はゴールド級の手練れですが……同行されるパーティーはスティール級で戦闘職ばかり。今回挑まれる『慟哭(どうこく)の氷窟(ひょうくつ)』は、純粋な戦闘能力だけでは攻略不可能です。極寒環境下での的確な物資管理、状況判断、そして何より――極寒地で長距離の行軍に耐えうる、驚異的な持久力を持つポーターが不可欠となります」

「そういうことだ、モーブルくん。この難儀なミッションを完遂できるのは、この魔導国広しといえど君しかおらん。君の神がかった物資管理能力と、その腹の肉からは想像もつかんタフネス。君さえいれば、伯爵の子息の生還率は飛躍的に跳ね上がる」

 

 

 持ち上げるような口調に、モーブルはソファーの背もたれに体を預け、鼻で笑った。  

 そして、吐き捨てるように即答する。

 

 

「……話にならん。断る」

「なっ!? おいおい、正気か!? この山を見ろ。お前の店の一月分の稼ぎが、たった一度の依頼で転がり込んでくるんだぞ? 商人が濡れ手で粟の商機を逃すのか!」

「濡れ手で粟どころか、火中の栗だろうが。わしは商人だ、割に合わん博打に命を張る趣味はない。……それに何より、あのヴァルディス家の道楽息子(クソせがれ)の尻拭いなど、死んでも御免だ!」

 

 

 モーブルの声の底に、どす黒く粘りつくような嫌悪が滲む。

 

 

「だいたいな、あの当主ゼノンが……初等魔法学校時代、魔法が使えないわしをどれだけ見下し、踏みにじったか……いや、思い出すだけで胃液が逆流するわ! 相手が伯爵だろうが騎士団長だろうが裏社会のボスだろうが知ったことか。わしの『在庫(いのち)』を安売りする気はない。あの一族のために張る命など、一秒たりとも持ち合わせておらん!」

「ふぅむ……筋金入りの守銭奴が、金貨の山を前にしても動かんとはな。よほどの遺恨か。……だが、こちらも今回は引けんのだよ」

 

 

 ギルドマスターの瞳から、ふと気安い「親方」の温かみが消え、冷徹な「支配者」の色が差した。

 

 

「ゼノン・ヴァルディスは今や魔導騎士団長――この国の『暴力装置』の頂点だ。対テロ・対魔法災害を名目に超法規的な権限を持つ彼に睨まれれば、このカヴェナ支部など明日にも地図から消えかねん。……悪いが、個人の感情で拒否権を行使できるフェーズは、とうに過ぎているんだ」

「ギルドの危機だと? 笑わせるな。消し炭になるのは、貴様のクビと退職金くらいだろうが」

 

 

 モーブルは鼻で笑い、冷たく吐き捨てる。

 

 

「断る。わしはリスク計算のできん商売になど手は出さん。それが『モーブル商会』の流儀だ」

「……やれやれ。困ったやつだ。それなら――金貨(カネ)で動かぬなら、『通貨の種類』を変えるしかないな。……リシア」

 

 

 グレゴールが短く名を呼ぶ。  

 ただそれだけで、リシアの身体がびくりと反応した。  

 彼女は一瞬、ためらうように長い睫毛を伏せたが――すぐに主への絶対服従を示すように、自らの制服のボタンに手をかけた。

 

 

「……失礼、致します」

 

 

 震える声と共に、一つ、また一つとボタンが外されていく。  

 清楚なギルドの制服がはらりと床に落ち、次いで薄い下着も重力に従った。  

 露わになったのは、陶器のように白く、そして暴力的なまでに美しい肢体。  

 豊かな胸の谷間、くびれた腰、白魚のような柔肌が、無機質な執務室の空気に晒される。

 

 

「……グレゴール。これは、どういう茶番だ」

「なに、金貨の輝きが届かぬなら、女の色香で動いてくれるかと思ってな。……どうだ? リシアは俺が仕上げた極上の『作品』だ。豊満な乳、柔らかな尻。男なら垂涎ものだろう? 好きにしていい。前も後ろも、すべてお前の慰みものにして構わん」

 

 

 リシアは恥辱に顔を染めながらも、主の命令に従い、身じろぎもせずに立ち尽くしている。

 その姿は、あまりにも哀れで――そして空虚な「人形」そのものだった。

 

 

「……くだらん」

 

 

 モーブルは吐き捨てるように言うと、乱暴にテーブルを叩いて立ち上がった。  

 晒された裸体には、一瞥もくれない。

 

 

「わしを、その辺の性欲を持て余した発情期の雄と同列に語るな。……不愉快だ。帰らせてもらう!」

 

 

 そう叫ぶやいなや、モーブルは目にも留まらぬ早業で、テーブルの上に置かれた『銀の匙』の高級焼き菓子と『愛の皿亭』のハニードーナッツを鷲掴みにした。  

 ガサガサッ! と乱暴な音を立てて、持参した鞄の中へ根こそぎ雪崩れ込ませる。

 

 

「こいつらは、わしの貴重な時間を浪費させた『迷惑料』として頂いていくぞ! 皿まで奪わんかっただけ感謝するんだな!」

 

 

 美女の裸は無視するが、菓子は逃さない。  

 パンパンに膨らんだ鞄を抱え、モーブルが扉のノブに手をかけた――その時だった。

 

 逆に扉が外側から勢いよく開かれ、一人の少年が転がり込むように入ってきた。

 

 

「あ、あの……マスター……! お取り込み中、失礼しま……っ!?」

 

 

 少年――ギルドの見習い受付、ティオ・レンバーグは、室内を見渡した瞬間に凍りついた。  

 肩で切りそろえられた柔らかな金髪。  

 小動物のように潤んだ大きな青い瞳。  

 その純真な瞳が、あり得ない光景を捉えて極限まで見開かれる。

 

 

「あ……あああ……リ、リシア……先輩? な、なんで……裸……?」

 

 

 そこには、敬愛する先輩受付嬢が一糸纏わぬ姿で立ち尽くし、その前には激昂したちょびひげの大男が立っている。

 少年の脳の処理能力を遥かに超えた、背徳的な地獄絵図。

 

 

「おおっ! ティオくんじゃないか!」

 

 

 瞬間――モーブルの声色が、劇的に裏返った。  

 先刻までの氷点下の殺気が嘘のように霧散し、その肉厚な顔がだらしなく、ドロドロに雪崩れる。

 

 

「今日もキュートなお顔で労働に勤しんでおるなぁ! 感心感心。で、どうだ。最近の調子は? いじわるなギルドマスターにいじめられとらんかね? 何かあったら、すぐにわしに言うんじゃぞ?」

「あ、あの……モ、モーブル様……? えっと、あの、リシア先輩が……」

 

 

 裸の美女など視界に入っていないかのように、モーブルはティオに詰め寄る。

 

 

「なんだなんだ? わしと久しぶりに会えて嬉しいか? そうかそうか、相変わらずいい子だなぁ! ほれ、ちょうど今、美味そうな菓子を『合法的に』手に入れたところだ。あとでわしの店で、二人っきりでお茶でも……むほほほほ♡」

 

 

 モーブルは涎を垂らんばかりの笑顔で、無防備な少年に詰め寄る。  

 ティオは顔を沸騰させ、裸のリシアと、迫りくるモーブルの間で視線を泳がせ、パニックに陥っていた。

 

 

「あ、あのっ……ぼ、僕は今、お仕事中で……そのっ……!」

 

 

 その光景を、グレゴールは静かに見つめていた。  

 拒絶されたリシア。

 食いついたティオ。  

 その対比を見た瞬間、ギルドマスターの瞳に、新たな「策」の光が灯る。

 

 

「……なるほどな。そういえば、モーブルくんには『少年嗜好(そっち)』の噂もあったな」

 

 

 グレゴールは口の端に、古狸のような老獪な笑みを浮かべた。  

 商人の好みは熟知しているつもりだったが、どうやら供する皿を間違えていたらしい。

 グレゴールはティオを手招きすると、その耳元で悪魔のように囁いた。

 

 

「ティオ。ちょうどいい。隣の応接室で、モーブルくんに『接待』をしてやってくれんか」

「えっ? ぼ、僕が……ですか?」

 

 

 きょとんとするティオの肩に、グレゴールは重々しく手を置く。

 

 

「ああ。今、ギルドは窮地でな。どうしてもモーブルくんの力が必要なのだ。だが、あの頑固者を説得するには、お前の力が必要なんだ。……頼めるよな?」

「で、でも僕……口下手ですし……そんな大役、自信がありません……」

 

 

 ティオは怯えた子犬のように首を振った。

 

 

「頼む、ティオ。もはや、このギルドを救えるのはお前しかおらんのだ。……そうだ、もしモーブルくんを説得できたら、特別ボーナスをたんまりとくれてやろう」

「報酬……お金、ですか……。僕は、今のお給料だけで、十分足りてますし……」

「欲のないやつだ。だが、金があれば何でも手に入るぞ? うまい飯、良い服、それに……イイ女だって、思いのままだ」

 

 

 グレゴールが探るような視線を投げる。  

 ティオは「女」という言葉に反応し、反射的に――その場に佇むリシアへと視線を走らせてしまった。

 

 裸のまま、彫像のように立ち尽くす美しい先輩。  

 リシアは困ったような、それでいてどこか諦めたような悲しげな瞳で、ティオを見つめ返していた。

 

 

「……ははーん。なるほどな」

 

 

 老獪な男が、ニヤリと口角を吊り上げる。

 

 

「ティオ、お前……リシアがお気に入りかぁ?」

「っ!? ち、違います! そんなっ……!」

 

 

 ティオの顔が沸騰したように赤く染まる。

 

 

「ぼ、僕は……リシア先輩は、憧れの上司で……そんな、不純な感情なんて……」

「図星か。はは、照れるな。健全な男なら当然の反応だ。……だが、そうか。お前が動かんとなると、困ったことになるな」

 

 

 グレゴールはわざとらしく溜息をつき、残酷な現実(うそ)を突きつけた。

 

 

「いいか、ティオ。モーブルくんは強欲だ。言葉だけで動く相手ではない。もし、お前が彼を説得できなかったら――俺は、リシアを彼に差し出すしかない」

「え……っ!?」

「あいつはさっき、リシアを見て興奮していただろう? お前が説得できなかったら、俺はこの白く柔らかな肌を、あの脂ぎった巨体に捧げるしかないんだよ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、ティオの脳裏に、おぞましい光景が鮮烈に浮かび上がった。

 

 汗と脂にまみれたモーブルの巨体が、リシアの華奢な身体にのしかかる。  

 美しい肢体が、豚のような男の下で無惨にひしゃげ、汚されていく。  

 リシアは涙を流して嫌がっているのに、その悲鳴ごとしたたる脂肪の波に飲み込まれ、蹂躙されていく――。

 

 

(嫌だ……っ! そんなの、絶対嫌だ……っ!)

 

 

 想像しただけで、吐き気がするほどの嫌悪感がこみ上げた。  

 憧れの人が、あんな男に汚されるなんて耐えられない。

 

 

「どうだ、ティオ。お前はそれでもいいのか? お前が逃げれば、リシアは今夜、モーブルの玩具になる」

「い、嫌です……! そんなの、ひどすぎます!」

「そうだろう、そうだろう! 俺だって、大切な部下をあんな肉ダルマに渡したくはない! だからこそ――お前に頼んでいるんだ」

 

 

 グレゴールはティオの肩を掴み、悪魔の取引を持ちかけた。

 

 

「ティオ。お前がリシアを救うんだ。……そして、もしモーブルくんを説得できたなら、報酬として――『リシアとの一夜』を、お前にやろう」

「え……っ!?」

「皆の憧れであるリシアを、あの豚ではなく、お前だけが自由にできるんだ。抱くもよし、甘えるもよし。……お前、まだ童貞だろう? この機会を逃せば、リシアはモーブルのものだ。お前が彼女を守り、そしてその手で彼女を愛してやるんだ」

「で、でも……先輩は……僕となんて……嫌じゃ……」

「なんだ、リシアの気持ちが気になるのか? おい、リシア」

 

 

 グレゴールが低い声で呼ぶ。

 

 

「今夜、お前の相手はティオか、モーブルか。……どちらがいい?」

「……ティオくんに、抱かれたいです」

 

 

 リシアは、感情の抜け落ちた声で即答した。  

 その瞳が、すがるようにティオを射抜く。  

 それは演技か、それともモーブルへの嫌悪からくる本心か。

 

 

「な? 聞いたか? リシアもお前のことを弟みたいに可愛がってるからな。可愛い弟みたいな存在になら、喜んで抱かれるさ」

 

 

 その言葉は、甘い毒のようにティオの耳朶を打ち、純白だった心をどろりと蝕んでいく。  

 憧れの女性を、あの醜悪な男から守るため。  

 そして――胸の奥で燻っていた淡い恋心を、自らの手で叶えるため。

 

 少年は今、戻れない橋のたもとに立たされていた。

 

 ティオは目を固く閉じ、唇を噛み締める。  

 このまま逃げ出し、彼女が汚されるのを指をくわえて見ているか。  

 それとも――得体の知れない欲望の塊(モーブル)を説得し、自らが彼女の英雄(おとこ)になるか。

 

 未熟な頭の中で、理性と本能、そして歪んだ正義感が激しく揺れ動く。

 

 やがて、彼は顔を上げた。  

 耳まで沸騰したように赤く染まっていたが、その潤んだ瞳には、追い詰められた獣のような決意の光が宿っていた。

 

 

「……わ、わかり、ました……」

「そうか! く言った! それでこそギルドの一員だ!」

 

 

 グレゴールは満足げに頷くと、そっとティオの耳元に唇を寄せ――とどめの一言を、呪いのように囁いた。

 

 

「心して掛かれ。あの男を頷かせるためなら、お前はすべてを投げ打つ覚悟で挑むんだ。……奴は、お前のようないたいけな少年には目がなくてな」

「は、はい……?」

 

 

 グレゴールは三日月のように目を細め、言葉の一つ一つをティオの脳髄に刻み込むように告げた。

 

 

「もし、彼がその身を『味見』したがったら――決して拒むんじゃないぞ。その愛らしい唇も、服の下の乳首も、股間のイチモツも、後ろの窄まりも……すべて捧げて、たっぷりと可愛がってもらうんだ」

「えっ……!?」

 

 

 ティオは息を呑み、グレゴールの顔を見上げた。  

 先程までの「親切な上司」の仮面は、もうそこにはなかった。  

 あるのは、かつて死線を潜り抜けてきた冒険者の、獲物を罠に嵌める冷徹な眼差し。  

 その圧倒的な捕食者の気配に喉が引きつり、ティオは声を出すことすら許されなかった。

 

 

「場所は、奥の『特別応接室』を使え。上級貴族やゴールド級冒険者しか通さん、完全防音のVIPルームだ。……そこなら、どんなに泣いても叫んでも誰にも聞こえん。たっぷりと濃厚な『接待』ができるだろう?」

「ひっ……!」

「さぁ、行け。……失敗は、許さんからな」

 

 

 バンッ、と背中を強く叩かれる。  

 張り付いたような営業スマイルに戻ったグレゴールに背中を押され、ティオは生まれたばかりの仔鹿のように足を震わせながら、猛獣(モーブル)の待つ檻へと歩み寄った。

 

 

「あ、あのっ……! ぼ、僕……受付見習いの、ティオ、です……っ」

「知っておるとも! その桃のようなプリティなお尻は、わしのハートを鷲掴みにして離さんからのう♡ 今日は一段と可愛いぞ?」

 

 

 モーブルのいやらしい視線が、ティオの頭のてっぺんから爪先までをねっとりと査定する。

 

 

「そ、そのっ……マスターが、奥の『特別応接室』を使っていいと……。そ、其処で、モーブル様に、お話が、あります……。き、来て、いただけますか……?」

 

 

 潤んだ瞳で上目遣いをする少年。  

 それは、断頭台へ自ら案内する囚人のように悲壮で、かつ背徳的なまでに愛らしかった。  

 そんな極上の「ハニートラップ」に、好色な商人が掛からないわけがない。

 

 

「ほう? あの『黄金の間』を解放するとはな。グレゴールの古狸め、随分と粋な計らいをする」

 

 

 モーブルはニヤリと欲望に満ちた笑みを浮かべ、舌なめずりをした。

 

 

「くっくっく、よかろう! 完全防音のVIPルームに、極上の美少年からの『お話』だ。……断る理由がどこにある?」

「ひっ……あぅ……」

 

 

 ガシッ! とモーブルの太い腕が、ティオの細い肩をがっちりと抱き寄せる。  

 逃げ場はない。  

 二人の姿は、重厚な扉の向こう側――甘美で危険な密室へと消えていった。

 

 バタン。  

 無情にも扉が閉ざされる。  

 

 その乾いた音は、まるで退路を断つ錠前が下ろされたかのように、冷たく室内に響き渡った。

 

 

「さて……これでうまくいけばいいがな」

「……マスター。これで、本当によかったのでしょうか……?」

 

 

 衣擦れの音と共に、リシアが悲痛な声を震わせる。  

 乱れたブラウスのボタンを留める指先は白く強張り、その美しい顔は死人のように蒼白だった。

 

 

「なんだ、今更罪悪感か? 我々はあのお方の崇高なる『大義』のために動いているのだ。羊の一匹や二匹、必要な生贄に過ぎんよ」

 

 

 グレゴールは興味なさげに書類へ視線を戻し、羽根ペンを走らせる。

 

 

「しかし、美少年を餌にすれば、あの強情なモーブルもイチコロとはな。……学習したぞ。次の交渉にも、彼(ティオ)を使うとしよう」

「……ッ」

 

 

 事務的に、けれど決定的な地獄を告げる言葉。  

 さらにグレゴールは、思い出したように顔を上げ、残酷な命令を付け加えた。

 

 

「そうだ、リシア。事後処理(ケア)は頼んだぞ。あの子は、“初めて”だろうからな。心が壊れんよう、先輩として優しく慰めてやってくれ」

「はい……」

 

 

 リシアは小さく頷き、唇から血が滲むほどに噛みしめた。  

 弟のように可愛がっていた少年を狼の餌食にし、その尻拭いをさせられるという二重の凌辱。  

 

 彼女の瞳から一筋の涙が静かに流れ落ち、床に黒い染みを作ったが――書類仕事に没頭する支配者が、それに気づくことはなかった。

 




最後までお読みいただきありがとうございました。

今回からセリフと地の文の行間を調整してみました。
以前より読みやすくなっていればいいのですがどうでしょうか?

「読みやすくなった!」と思っていただけていれば嬉しいです。
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