モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
穏やかな午後の日差しが並木道を照らし、石畳に木漏れ日のモザイクを描いていく。
あの『慟哭の氷窟』での、骨の髄まで凍てつくような死闘が嘘のように、今日のカヴェナの街は穏やかな熱気に包まれ、平和そのものだった。
冒険者通りに店を構える『モーブル商会』。
その店内は今日、いつも以上に賑わいを見せ、華やいだ、どこか甘やかな熱気に包まれていた。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今日もモーブル商会は冒険者の味方だよ! ポーション一本から切れ味抜群の剣まで、なんでもお値段お手頃で高品質だよ! さあ、見てって!」
よく通る快活な声が、店先から響き渡る。
声の主は、太陽を映したような橙色の瞳を輝かせる少年、ルチオだ。
彼は呼び込みをしながら、通りがかる冒険者に愛想よく手を振り、次々と来店する客に商品を売りつけていく。
「いらっしゃい、お兄さんたち! 本日のおすすめは、あの『慟哭の氷窟』で店主モーブル様がA級魔獣フロスト・ベヒモスを手玉に取った伝説の逸品、『疾風のブーツ』だよ! なんと今だけ二割引き! 通常金貨五枚のところを、四枚の大・大・大特価! これを履けば、未踏のダンジョンも庭同然! 君も今日からゴールド級冒険者の仲間入りだ! ……ね、買わなきゃ損だよ?」
最後にコクリと小首を傾げる、計算高い上目遣い。
その屈託のない笑顔と天性の人懐っこさは、歴戦の強面冒険者のハートを撃ち抜き、財布の紐を緩ませる強力な
客たちは「そ、そうか、君がそこまで言うなら……」と、デレデレの顔で金貨を取り出してしまうのだ。
「もうルチオ。あまり大袈裟な売り文句は感心しないと、いつも言っているでしょ。お客様がその気になって、危険な場所へ行きでもしたら大変だよ」
そう優しく、しかしピシャリと窘めたのは、店内で客をさばいているレジ係の兄、シルヴィオだ。
涼やかな翠色の瞳を細め、丁寧に会計を済ませるその所作は、一幅の宗教画のように静謐で美しい。
現役の聖魔法士という経歴が伊達ではない清潔感と、隠しきれない育ちの良さが全身から滲み出ている。
レジの前には、彼にお釣りを手渡され、その聖なる微笑みで「浄化」されたいと願う女性客(と一部の男性客)の列ができていた。
「えー、堅いなぁシルヴィは! 嘘は言ってないし、モーブル様も『商売は勢いとハッタリ、あと少しの夢だ』って言ってたし! ねえ、ラースくん?」
「あはは……まあ、ほどほどにね、ルチオくん。……よいしょっと」
商品棚の前で、色とりどりのポーション瓶を並べていた魔族の少年、ラースが困ったように笑った。
背伸びをして高い棚に瓶を置くたび、お尻の黒い尻尾がパタパタとリズムよく揺れる。
片目が隠れたサラサラの銀髪。
その隙間から覗く、神秘的な紫色の瞳。
頭にはくるりと巻いた羊の角が生えており、そのシルエットは童話に出てくる迷える子羊そのものだ。
重い木箱から一本一本、丁寧に検品して棚に並べるその健気な背中は、店内にいる全人類の庇護欲をそそる破壊力を秘めていた。
棚の陰から、おっさん冒険者たちが「頑張れ……」「落とすなよ……」と、孫を見守るような温かい眼差しを送っていることに、本人は気づいていない。
太陽のように客を惹きつけるルチオ。
清廉な空気で場を浄化するシルヴィオ。
そして、その存在だけで空間を癒やすラース。
三人のタイプの異なる美少年が甲斐甲斐しく働くこの光景は、店主であるジンジ・モーブルにとって、金貨の山よりも価値のある絶景だった。
「……うむ。悪くない」
店の奥、
クッション性など皆無の、実用性と耐久性のみを追求した無骨な木製椅子にどっかりと腰を下ろし、モーブルは満足げに頷いた。
片手には商売道具のルーペ、もう片手には売上帳。
だが、そのレンズの奥で濁った瞳が追っているのは、利益の計算ではない。
店内を忙しく飛び回る少年たちの瑞々しい肢体……もとい、その献身的な働きぶりを、ねっとりとした視線で舐め回していた。
(活発な小悪魔ルチオ、清楚な聖母シルヴィオ、そして健気な忠犬ラース……。
先日のダンジョン探索で死にかけた記憶など、もはや前世の出来事のようだ。
どさくさに紛れて回収していた(ライオットが倒した)高ランク魔獣たちの素材の売却益。
これから冒険者ギルドから支払われるであろう、目の飛び出るような高額報酬の皮算用。
そして何より、目の前で繰り広げられる極上の眼福。
モーブルの機嫌は、ここ数年で間違いなく最高潮に達していた。
「よしよし、実にいい流れだ。死地から戻って以来、わしの運気は
モーブルはニヤニヤとだらしない笑みを浮かべ、顎を撫でる。
「……となれば、従業員への還元も必要だろう? 今夜はルチオとシルヴィオ、いや、ラースも加えて三人を寝室に呼んで……たっぷりと『特別ボーナス』(意味深)の授与式でもしてやろうか……ぐふふ」
下卑た妄想に耽りかけた、その時だった。
カラン、カラン♪
ドアベルが軽やかな音を立て、入口の扉が大きく開かれた。
「いらっしゃいませー! モーブル商会へようこ……そ……?」
元気よく挨拶しようとしたルチオの言葉が、途中で止まる。
続いてシルヴィオが、そしてラースが、目を丸くして入口を凝視した。
そこに入ってきたのは――「花」だった。
いや、正確には「花園」そのものが、物理的質量を持って移動してきたかのような光景だった。
先陣を切ったのは、無表情な執事とメイドの一団。
彼らの腕には、抱えきれないほどの巨大な花かごが鎮座している。
真紅の薔薇、純白の百合、太陽のようなガーベラ、さらに見たこともない南国の蘭まで。
それは終わりのないパレードだった。
次から次へと従者たちが雪崩れ込み、狭い店内を極彩色の迷宮へと変えていく。
濃厚すぎる花の香りが爆発し、店に染み付いたポーションと革の匂いを一瞬で駆逐した。
「な、なんだ……!? 移動花屋の襲撃か!? それともどこぞの貴族の葬列か!?」
異常事態に、モーブルが椅子を軋ませて身を乗り出す。
従者たちは一言も発さず、機械的な手際で花かごを床や商品棚の前へ積み上げていく。
そして、色とりどりの花の壁が出来上がったところで、彼らは恭しく左右に分かれ、道を開けた。
その奥から。
ひょこっ。
花の隙間から、申し訳なさそうに少年が顔を覗かせた。
「……お邪魔、します」
艶やかな黒髪に、透き通る灰色の瞳。
最高級の生地で仕立てられた服は気品に満ちているが、表情は迷子のように不安げだ。
これだけの規模で店を占拠しておきながら、主犯である本人は借りてきた猫のように縮こまっている。
「――ら、ライオット若様!?」
モーブルが素っ頓狂な声を上げ、あまりの衝撃に椅子からズルリと滑り落ちかけた。
そこに佇んでいたのは、数日前、死地を共にしたヴァルディス家の嫡男、ライオット・ヴァルディスその人だったからだ。
「へっ? あの子が、ライオット・ヴァルディス……!? あの『
「嘘……あんなに可憐なのに……?」
ルチオとシルヴィオが、信じられないものを見る目でざわめく。
二人が知る噂の中の彼は、冷徹な仮面を被り、氷のような無表情で敵を屠る「死の魔法使い」だ。
だが、今、目の前にいるのはどうだ。
自分の背丈ほどもある巨大な花束に埋もれ、顔を赤らめて所在なげにモジモジしている、ただのあどけない美少年ではないか。
花と香りに包まれたその姿は、「葬送の雷光」というよりも「花園の妖精」と呼ぶほうがふさわしかった。
「若様、どうされたのですか!? いや、そもそもその大量の花は一体……!?」
モーブルが慌ててカウンターから飛び出し、駆け寄る。
ライオットは、モーブルの顔を見ると、花束の隙間から、はにかむように小さく微笑んだ。
「……これ、君に」
「は? わし、に?」
モーブルは自分の胸を指差し、呆けた顔をした。
開店祝いでもなければ、葬式でもない。
四十過ぎの脂ぎった中年男に、これほど豪華絢爛な花束を贈る物好きなど、この世に存在するはずがない。
「うん。……助けてくれたお礼。これじゃ足りないと思うけど……受け取ってほしい」
ライオットはそう言うと、ずしりと重い花束をモーブルに押し付けた。
受け取った瞬間、花の重みと共に、強烈な香りがモーブルを包み込む。
「いや、お礼と言われましても……花、ですか? 金貨とか、宝石とかではなく?」
つい商人の
だが、ライオットは真剣そのものの眼差しで頷いた。
「うん。……私、花が好きなんだ」
「は、はぁ。若様が、花を」
裏社会を牛耳るマフィアの跡取り息子にしては、あまりに意外な趣味だ。
指先一つで魔獣を雷の消し炭に変える『葬送の雷光』の姿からは、天地がひっくり返っても想像がつかない。
「見ていると、心が落ち着くから。……それに」
ライオットは、抱えた花束越しにモーブルの顔をじっと見つめた。
その宝石のような灰色の瞳が、少し照れくさそうに揺れ、白い頬が微かに朱に染まる。
「……『モーちゃん』には、花が似合うと思ったんだ」
「…………はい?」
店内が、水を打ったように静まり返った。
時が止まるとは、まさにこのことだ。
ルチオの呼び込みの声も、シルヴィオの手も、ラースの尻尾さえも、ピタリと動きを止めた。
商品を品定めしていた屈強な冒険者たちも、そのあまりの破壊力に石像のように固まっている。
永遠にも思える数秒の沈黙の後――。
「ぷっ……!」
まず、ラースが限界を迎えたように口元を両手で押さえ、顔を林檎のように真っ赤にして震えだした。
続いてシルヴィオが、あまりの衝撃に思考回路がショートしたのか、酸素不足の金魚のようにパクパクと口を開閉させる。
そして、堰を切ったように、店内のあちこちから噴出音が響いた。
「ぶっっ!! あーっはっはっは!! き、聞いた今の!? も、モーちゃん!! あのちょびヒゲおじさんのモーブル様が『モーちゃん』だってさ!!」
ルチオが腹を抱えてその場に崩れ落ちたのを皮切りに、客である冒険者たちも堪えきれずに吹き出した。
「がはははは!! おい聞いたかよ、『モーちゃん』だとよ!」
「あの『銭ゲバ魔人』と恐れられる守銭奴のモーブルが、お花と『モーちゃん』か!!」
「違げぇねぇ! 似合う似合う! 傑作だぜ!!」
爆笑の嵐。
店員だけでなく、客まで巻き込んだ大合唱だ。
花が、似合う。
金貨と美少年の尻を追いかけることしか能のない、この脂ぎった腹黒タヌキに?
おまけに――『モーちゃん』だと?
「……あ、あの、若様……」
(あんた、目は大丈夫か? それともダンジョンの冷気で脳味噌までシャーベットになっちまったのか?)
モーブルは能面のような笑顔を崩さぬまま、腹の底で毒づいた。
極彩色の花々に囲まれた己の姿を、冷静な目で直視してみろと言いたい。
今の自分は、花園の貴公子などではない。
祭壇に供えられ、今まさに口へ林檎をねじ込まれようとしている「丸焼き用の特上豚」以外の何に見えるというのか。
だが、今のモーブルにとって、豚に見えることよりも深刻な問題があった。
視界の端で、腹を抱えて笑う冒険者たちだ。
(……まずい。非常にまずいぞ。冒険者って生き物は、剣の腕よりも口の軽さの方が達者な連中だ……!)
モーブルのこめかみに、青筋がピキリと浮かぶ。
今日のこの一件は、夕方には酒場の肴になり、明日には冒険者ギルド中の笑い種になり、明後日には街中の噂になっているだろう。
――おい見ろよ、あそこを歩くのは『モーちゃん』じゃないか?
――よお、モーちゃん! 今日も花が似合うねぇ!
――モーちゃん商会へようこそ!
そんなふざけた幻聴が聞こえてきそうで、モーブルは奥歯をギリリと噛み締めた。
長年かけて緻密に計算し、築き上げてきた『油断ならない切れ者の豪商』というブランドイメージが、雪崩のように崩れ去っていく。
これでは商談の席で凄んでも、相手に「でもこいつ、モーちゃんだしな……」と舐められてしまうではないか。
(ぐぬぬぬ……ッ! わしの威厳が! ハードボイルドな店主としての沽券が、メルヘンチックな花と共に粉砕されていく……ッ!)
だが――元凶であるライオットの宝石のような瞳に、一点の曇りもない。
彼は本気だ。
本気で、この薄汚い商人に親愛の情を抱き、純粋な善意と好意を持って、この美しい花々を捧げているのだ。
悪意がないだけに、タチが悪い。
(くっ……! 怒るに怒れん……! なんだ、この背中の毛穴が開くようなムズ痒さは……!)
純粋すぎる
腹の探り合いや、金品の駆け引きならいくらでもあしらえる。
だが、この手の「天然」には免疫がない。
四方八方から降り注ぐ嘲笑と、真正面から剛速球で投げつけられた好意の板挟みに、モーブルの胃袋はキリキリと悲鳴を上げていた。
「……あー、コホン。それはどうも、痛み入ります。若様の高尚すぎる美的センスには、わしのような凡夫はついていけませんが、ありがたく頂戴いたしますぞ」
モーブルは花束を抱え直し、痙攣しそうな頬筋を無理やり持ち上げて、にこりと営業スマイルを作った。
花に埋もれる中年の姿は、端から見ればシュールの極みだろうが、ライオットは満足そうに頷いている。
「よかった。……あと、話があるんだ。少し、いいかな?」
ライオットの声から、ふっと甘さが消え、硬質な真剣味が混じる。
その温度変化を敏感に感じ取ったモーブルは、瞬時にデレついた表情を捨て、「商人の顔」へと切り替えた。
油断なく周囲へ視線を走らせる。
ラースや双子たち、ましてはニヤニヤとこちらを見ている客の前で、ダンジョンの深層やヤバい
「承知いたしました。では地下の『貴賓室』へご案内しましょう」
モーブルはラースに目配せを送る。
「ラース、心して扱え。ヴァルディス伯爵家のご令息からの、過分な頂き物だ。店が花園に変わるくらい、ド派手に飾り立てろ。シルヴィオ、ルチオ、お前たちは店番だ。わしは若様と少々『込み入った商談』がある。……いいか、何があっても、決して中を覗くんじゃないぞ?」
「は、はい旦那様! モーブル商会を、世界一美しい花屋にしてみせます!」
「はーい! どうぞごゆ~っくり、濃密な商談を楽しんできてくださーい!」
ラースが感動に打ち震えながら花束を受け取る。
対照的に、ルチオはすべてを察したような顔で、意味深なウインクを投げて寄越した。
その視線に背中を焼かれながら、モーブルはライオットを促し、カウンターの奥へ。
「関係者以外立ち入り禁止」の厳重な扉を、隠れ家への入口のごとく素早く押し開けた。