※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

37 / 65
第三十七話 ニーシャとカイルの「犬猿コンビ、再始動?」②

 モーブルが立案した「仲直り大作戦」には、情だの正義だのといった甘っちょろい要素は一ミリも含まれていない。

 あるのは算盤と、徹底した保身。

 

 店が燃えるという「破滅の未来」を回避し、あわよくばニーシャに恩を売ってポーションの割当を増やしてもらう――そんな、脂ぎった欲望と現実的な悪知恵だけだ。

 

 計画を詰めるため、彼はまず己の情報網(スパイ)たちから吸い上げた情報を整理した。

 ギルド職員、露店の商人、レストランの給仕、果ては路地裏の浮浪者から裏社会の情報屋に至るまで。

 このカヴェナの街において、『モーブル』の名といくらかの金銭を使えば、噂話はいくらでも精度の高い情報へと化けて戻ってくる。

 

 

(カイルは相変わらず初級ダンジョンをうろつき、その日の稼ぎで飯を食い、ギルドの受付嬢に突撃しては玉砕。……実に分かりやすい単細胞だ。問題は、ニーシャ坊ちゃんだ)

 

 

 天才少年の予定は、凡人の生活リズムと致命的に噛み合わない。

 帝国魔法大学での講義と研究、宮殿への定期的な出入り。

 さらに時折、何かを思い出したように高難易度ダンジョンへ単身でふらりと消える。

 神出鬼没にして予測不能。

 

 ――誰が、あの暴走機関車のような坊っちゃんを制御できる?

 誰もできん。

 彼を動かすためには、通常の交渉術ではなく、極上の餌がいる。

 

 モーブルは壁のカレンダーを見つめ、にやりと口の端を吊り上げた。

 ニーシャを動かすのは、金ではない。

 もっと厄介で、もっと扱いやすいもの――「名誉」「実績」、そして「女帝エリザ」の名だ。

 

 

(うむ。ニーシャ坊ちゃんの餌は『名誉』と『実績』と……『幼馴染の笑顔』。カイルの餌は『金』と『女』と……『その日のメシ』。はぁ、なんと単純な男ども。盤の上に置くには、軽い駒ほど動かしやすい。……そして幸いなことに、今のやつらを強制的に結びつけるのに、うってつけの“舞台”がある)

 

 

 モーブルはニヤリと笑い、古びた地図の一点を指で弾いた。

 

 数日後、モーブルは行動を開始した。

 

 まずは、カイルだ。

 いつも通り腹を空かせて、ゾンビのようにふらふら現れた少年に、モーブルは一枚の古びた羊皮紙を突きつける。

 

 

「おい、カイル。貴様にぴったりの仕事を見つけてきてやったぞ。地面に額を擦り付けて感謝しろ」

 

「うおっ、なんだよ旦那、藪から棒に……なになに」

 

 

 羊皮紙を覗き込んだ次の瞬間、カイルの目が金貨のように――いや、餓獣のようにぎらりと光る。

 

 

「『古代遺跡“陽炎の楼閣(かげろうのろうかく)”の調査および、最深部の魔獣が落とす宝箱の中身“星屑の欠片”の回収』……? 報酬、き、金貨1枚!? マジかよ旦那!」

 

 

 金貨1枚、すなわち1エクス金貨。

 それはカイルの借金の百分の一を削れる――ブロンズ級の冒険者にとっては、目玉が飛び出るほどの破格報酬だ。

 

 

「うむ。この金があれば、『愛の皿亭』名物、ロックリザードの極厚ステーキだって死ぬほど食える。そして……万年金欠な貴様でも、あの受付嬢のリシアちゃんを、胸を張ってデートに誘えるだろうよ」

 

「ステーキに……それにリシアさんと……デート……?」

 

 

 カイルの喉が、ごくりと大きく鳴る。

 脳裏に浮かぶのは、ジュージューと音を立てる肉汁滴るステーキと、それ以上にたわわで、ジューシーで魅力的な巨乳受付嬢の笑顔。

 

 

「マジかよ……俺が、リシアさんと……マジかよ……デートってことは手つないだりとか……あわよくば、その……柔らかそうなおっぱいに抱きついたりとか……キ、キスとかだって……へへ……」

 

「ただし、条件がある」

 

 

 鼻の下を伸ばしきったカイルに冷水をぶっかけるように、モーブルは計算高く、意地悪く笑った。

 

 

「これは貴様一人への“極秘依頼”だ。ギルドとも話はつけてある。決行日は今月、紅玉の月の12日。誰にも知られず、単独で遂行しろ」

 

「……へ? 単独? しかも日にち指定? なんでだよ」

 

「無知とは罪だな。紅玉の12日は、普段『陽炎の楼閣』周辺で吹き荒れている魔の砂嵐が、ピタリと収まる特異日だ。進入ルートが確保できるのはその日しかない。……まあ、いくら環境が味方しようと、貴様ごときが単独で挑めば、途中で野垂れ死ぬのがオチだろうがな」

 

「うっせえ!」

 

 

 カイルは羊皮紙を強く握りしめた。

 

 

「危険? 上等だ! ドケチな旦那が俺に高額の単独依頼なんて、よっぽどヤバいヤマなんだろ! だったら余計に燃えるじゃねえか!」

 

 

 カイルの脳内で、欲望のファンファーレが高らかに鳴り響く。

 稼いで、食って、飲んで、ついでにモテてやる!

 ――罠の匂い? 

 そんなもの、空腹とリビドーが全部吹き飛ばした。

 

 

(よし。金で動く。胃袋で走る。ついでに女で釣れば、勝手に地獄へ突っ込む。……チョロいもんだ)

 

 

 モーブルは内心で頷き、次なるターゲットへ向かった。

 帝都の大学へ赴き、山のような古文書に埋もれる天才少年の机に、一枚の推薦状を滑り込ませる。

 

 

「ニーシャ坊ちゃん。また一つ、面白い“玩具”を見つけましてな」

 

「……なんだ、モーブル。ボクは今、古代竜言語の文法解析で忙しいんだが」

 

 

 不機嫌そうに顔を上げたニーシャへ、モーブルはわざとらしく声を潜める。

 

 

「『陽炎の楼閣』」

 

「……」

 

「坊ちゃんもご存じの、古代遺跡です」

 

「陽炎の楼閣? ああ、お前の先祖――“レベル師”が関わったとかいうラピュタスの遺跡の一つか」

 

 

 ニーシャは鼻で笑い、興味なさげに書類を弾いた。

 

 

「とうの昔に主も討伐され、遺物(アーティファクト)も回収済み。歴史的価値も魔導的価値も、今や皆無だ。そんな搾りカスのようなガラクタに、ボクの貴重な一秒たりとも費やす気はないね」

 

「ご明察。……ですが」

 

 

 モーブルは人差し指を立てる。

 悪魔の契約書を差し出すように、囁いた。

 

 

「価値が“ゼロ”というのは早計でしてな。わたくしめの先祖が遺した私的な文献に、面白い記述がございまして。最深部に出るフレイムサーペントは稀に――『星屑の欠片』という希少な宝石を落とす、と」

 

 

 そこで、名前をもう一つだけ落とす。

 たった一言で、天才の思考回路をハッキングする魔法の言葉だ。

 

 

「……なんでも、夜空をそのまま宝石にしたような輝きだとか。もしそれを『女帝陛下』に献上なされば、どれほどお喜びになることか」

 

 

 ――女帝陛下。

 

 その単語が出た瞬間、ニーシャの羽ペンが、図ったようにぴたりと止まった。

 脳裏に浮かぶのは、自分と唯一対等に渡り合える幼馴染の、クールでつつましげな微笑み。

 

 モーブルは、その一瞬の揺らぎを見逃さない。

 

 

「ああ、そういえばまもなく女帝エリザ様の誕生日ですなぁ……他の誰ぞ――例えば、エリザ様に言い寄る有象無象の貴族どもに、抜け駆けされる前にいかがですかな? 貴方様の手で、至高の宝を贈り物にするのです」

 

「……ふん。薄汚い守銭奴にしては、なかなか気の利いた話を持ってくるじゃないか」

 

 

 ニーシャの口元が、わずかに緩む。

 

 

「はい、先日は坊っちゃんに多大なご無礼を働きましたからなぁ。これはその、ささやかなお詫びの印です」

 

「お詫び、ね。……まあいいだろう」

 

 

 ニーシャは尊大な態度を崩さず、しかし素早い手つきで推薦状を手元に引き寄せた。

 

 

「ちょうど今の研究も一段落したところだ。ボクが直々に調査してやる。その“星屑”とやらに、ボクの時間を費やす価値があるかどうか――この目で確かめてやるよ」

 

 

 モーブルは深々と頭を下げた。

 口では恭しく、心では舌を出し、高らかに快哉を叫びながら。

 

 

(よし。食いついた。実に分かりやすい、チョロい“天才”だ)

 

 

 こうして、強欲商人の完璧なシナリオ通り、水と油の二人は同じ場所へと導かれることになった。

 一人は欲望と空腹に背中を押され。

 もう一人は、プライドと恋心に手を取られて。

 

♦

 

 白砂が灼熱の吐息を吐き返す、広大な砂漠の只中――陽炎に揺らぐ景色の、そのさらに“奥”に、それは立っていた。

 

 古代遺跡『陽炎の楼閣』。

 

 天を衝く塔の輪郭は常にゆらゆらと滲み、まるで空間そのものが熱で溶けて、現実の形を保てなくなっているかのようだ。

 遠目には蜃気楼と区別がつかない。

 だが近づくほどに、あれは幻ではなく“入口”だと、本能が理解させられる。

 一歩踏み外せば、現世の理(ことわり)から外れた“向こう側”へ――二度と戻れなくなる類の、異界への入り口だと。

 

 

「……ここが、陽炎の楼閣か」

 

 

 モーブルから渡された羊皮紙の地図を握りしめ、カイルは塔の影へ足を踏み入れた。

 腰には、長年連れ添った愛剣『晩飯(ディナー)』。

 そして背には――本来、ここにあるはずがない“もう一振り”。

 

 禍々しい装飾。

 柄に埋め込まれた血のような宝玉。

 重さそのものが「面倒くささ」を主張してくるような、異様な存在感。

 

 

「うおっ……マジで暑さで建物が揺れてやがる。骨が折れそうだ。でも、こういうの嫌いじゃねえ。……燃えてきたぜ!」

 

 

 汗を拭い、カイルが強がった、その瞬間。

 

 カチリ――と、背中で鍔が鳴る。

 そして、脳内に直接土足で踏み込むように、下卑た声が響いた。

 

 

《ケッ。何が『燃えてきた』だ。テメェの貧相な脳みそが、熱で煮えて湧いてるだけだろ。はー、汗くせぇったらありゃしねーなぁ、貧乏人は汗まで安っぽい匂いがしやがる》

 

「はぁ!? 誰のせいで汗だくになってると思ってんだ! てめえみてぇなクソ重い鉄屑を背負ってっからだろ、エクセリオン!」

 

 

 カイルは背中の柄を乱暴に叩く。

 

 魔剣『エクセリオン』。

 かつてカイルが潜ったダンジョン『水底の冥域』――その最深部の宝箱に収められていた遺物(アーティファクト)にして、自意識を持つ伝説級のインテリジェントソード。

 ――そして性格は、伝説級に最悪。

 

 本来ならモーブル商会の地下倉庫で、厳重に封印されているはずの代物だ。

 カイル自身、出発前に何度も確認したはずだった。

 なのに、気づけば背負っていた。

 いや、正確には――勝手に結界をブチ破り、勝手に倉庫を抜け出して、勝手に背中にへばりついてきたのだ。

 

 

「まったく……また倉庫の結界をブチ破ったのかよ。帰ったら旦那の胃に穴が開くな」

 

《ハン。あのふとっちょオヤジの結界なんざ、屁みてぇなもんだ。……つーかよ、小僧。正気か? この『陽炎の楼閣』に、テメェみてぇなひよっこが一人で挑む気だったのか? 俺様という“最強の保険”がなきゃ、入口で野垂れ死んでミイラ確定だぞ》

 

「保険じゃなくて、押し売りの疫病神だっつの! 帰ったら速攻で旦那に返品するからな、この不良品!」

 

《ケッ、やってみろ。次にテメーがケツに火がついて『エクセリオン様、お願いです、お力をお貸しください〜!』って泣き叫んでも、俺様は鞘の中で高みの見物だからな》

 

「はっ、その前にテメェを質屋に叩き売って、ステーキ代にしてやるよ!」

 

 

 悪態をつきながら、カイルは遺跡の暗がりへと踏み込んだ。

 手には、モーブルから渡された羊皮紙の地図。

 そこには、迷路の正解ルートから即死トラップの配置まで、こと細かに記されているはずだった。

 

 ――だが、そんな「攻略本」など、ここでは紙屑同然だった。

 

 このダンジョンは、生きている。

 地図にあるはずの通路は脈動して姿を変え、安全地帯と記された床が、瞬きの間に奈落の口へと変貌する。壁は嘲笑うかのように歪み、侵入者の思考を覗き込んでくる。

 幻影の魔物が放つ“実体のない殺気”が、物理的な衝撃となって心臓を殴りつけてくるのだ。

 

 カイルは持ち前の反射神経と悪運、そしてエクセリオンの憎まれ口混じりの助言で、どうにか致命傷だけは避けていた。

 だが、体より先に精神(こころ)がすり減っていく。

 目の奥が熱い。

 喉が焼きつくように乾く。

 恐怖で呼吸が浅くなる。

 

 

「はぁ、はぁ……っ! くそっ、どうなってやがる……! 地図通りに進んでるはずなのに……まるで、ダンジョンに遊ばれてるみてえだ……!」

 

《遊ばれてるんじゃねえ。“採点”されてんだよ》

 

「あぁ……? 採点だと?」

 

《右足の重心がブレてっぞ、ド素人。次の罠でミンチになりたくなきゃ、もっと腰を落とせ。地図の紙切れに頼るあまり、足元がお留守なんだよ。……あと息がうるせぇぞ。美女の喘ぎ声なら大歓迎だが、男の荒い喘ぎなんて公害レベルで耳障りだ》

 

「うっせえ! 中がクソ暑いんだよ! 黙ってろ!」

 

 

 濡れた石壁に手をつき、肩で息をした――その時だ。

 

 鋭利な氷柱(つらら)で背骨を撫でられたような、酷薄なまでに澄んだ声が、背後から鼓膜を突き刺した。

 

 

「――遊ばれている、か。的確な自己分析じゃないか」

 

 

 カイルの心臓が、早鐘を打つのを忘れて跳ね上がる。

 幻聴ではない。

 この灼熱の遺跡にはあまりに似つかわしくない、絶対零度の響き。

 

 

「地図(カンニングペーパー)を持ってなお、野良犬みたいに迷子になっているとはね。一年もあれば少しはマシになるかと思ったけど……相変わらずだな、カイル」

 

 弾かれたように振り返った、視界の先。

 熱気揺らぐ回廊の向こうに、ありえないほど場違いで、ありえないほど“綺麗な”人影が立っていた。

 

 闇夜を切り取ったような、漆黒のローブ。

 砂埃ひとつ寄せ付けない、純白の袖口。

 薄暗い遺跡の光を吸ってきらめく金髪。

 宝石のように美しいのに、温度をまるごと削ぎ落とした、冷徹な碧眼。

 

 一年前に袂を分かった、天才にして最悪の元相棒――ニーシャ・オブライエンが、そこにいた。

 

 

「ニーシャ……!? てめえ、なんでここにいやがる!」

 

 

 驚愕の叫びに、ニーシャは侮蔑すら隠さず、艶やかな唇を三日月のように歪めた。

 

 

「ボクはモーブル商会からの正規依頼で再調査に来ている。お前こそ、そのドブネズミのような汚いなりで何をしている? あまりに飢えすぎて、とうとう盗掘でも始めたのか?」

 

「んなわけねーだろ! 俺だって旦那からの正規依頼で来てんだよ! さっさとここから帰れ! 俺の邪魔をすんな!」

 

 

 カイルは一歩踏み出し、拳を強く握る。

 一年分の屈辱と、積もりに積もった負け惜しみが喉元までせり上がってくる。

 

 

「ボクがどこにいようと勝手だろう? ……それとも、野良犬が飼い主に『待て』とでも言うつもりかい? まったく……モーブルのやつ、こんな低レベルな雑魚と鉢合わせするような依頼だとは聞いていないぞ」

 

「だーかーら! それはこっちの台詞だっつの! ……って、あれ? あのタヌキ、『単独依頼』って――」

 

 

 その瞬間、脳裏に強烈な違和感がフラッシュバックした。

 

 脂ぎった笑み。

 あの“やけに親切な”口調。

 ドケチな旦那にしては破格すぎる報酬。

 そして不自然な『単独』の念押し。

 

 

(あのクソタヌキ……ッ! 最初から、俺たちをここで鉢合わせさせるつもりで……! くそっ、俺らが犬猿の仲だって知ってて、どういうつもりだよ……!)

 

《ケッ、あのオッサンにまんまと嵌められたってわけか。こいつは傑作だな、おい。テメーは救いようのねえ単細胞だぜ、カイル》

 

 

 脳内でゲラゲラと下品にせせら笑うエクセリオンの声に、カイルのこめかみが引きつる。

 

 

「うっせえ! 黙ってろ!」

 

「……ボクに『黙れ』なんて、万年ブロンズ風情が随分な口を聞いてくれるね」

 

 

 ニーシャの声の温度が、スッ……と絶対零度まで下がった。

 

 

「ちげぇよ! お前には言ってねぇよ!」

 

「他に誰がいる? この灼熱の暑さで脳が溶けて、幻聴でも聞こえてるのかい?」

 

 

 カイルが怒鳴り、ニーシャが侮蔑と哀れみを込めて碧眼を細める。

 互いの視線がぶつかり、バチバチと火花が散る。

 ――だが、そんな痴話喧嘩じみた言い合いに浸る暇を、ダンジョンは与えてくれなかった。

 

 ズズズズズ……ゴゴゴゴゴォッ……!

 

 腹の底に響くような、重苦しい地響き。

 床が、巨大なパズルのピースのように崩れ始める。

 壁だったはずの場所が奈落へ変わり、あとには一本の、蜘蛛の糸のように心許ない細道だけが残された。

 

 

「うおっ!?」

 

「ふん……構造変化のフェーズか。面倒な」

 

 

 二人は咄嗟に、互いの気配を嫌がる間もなく、残された足場へ飛び移る。

 落ちれば終わり。意地もプライドも、奈落の底では何の役にも立たない。

 

 ニーシャが即座に状況を見切り、淡々と言い放つ。

 

 

「最初に言っておく。この遺跡は『対(つい)』の理で組まれている。床のスイッチ、壁の紋章――すべて二点同時起動が前提だ。単独攻略は不可能」

 

「……つまり、なんだよ。てめえと組めってのか」

 

「勘違いするな。“組む”んじゃない。ボクがお前を“使う”んだよ」

 

 

 ニーシャは冷たく笑う。

 

 

「使うだぁ? お前、俺を舐めてんだろ。いっつも俺を見下しやがって……!」

 

「事実を言ったまでだ。ボクの魔力ならゴリ押しで罠を突破することも可能だが、それじゃあ“美しくない”し時間がかかる。……だが、お前はどうだ?」

 

 

 ニーシャは値踏みするように、カイルをつま先から頭のてっぺんまで眺めた。

 

 

「今は運良く生きているだけの万年ブロンズが、この先も続く即死トラップをすべて回避できるとでも? いずれ肉塊になって終わりだ。……仮に、運良く尻尾を巻いて逃げ帰れたとして」

 

 

 ニーシャはそこで言葉を区切り、意地悪く口角を吊り上げる。

 

 

「手ぶらで帰ったお前を、あの“守銭奴”が許すと思うか? 違約金だの何だのと難癖をつけられて、骨の髄までむしり取られるのがオチだろうね」

 

「う……っ、ぐ……!」

 

 

 痛いところを的確に突かれ、カイルはギリリと奥歯を噛み締める。

 悔しいが、正論だ。

 あまりにも完璧な「詰み」の盤面。

 ここで意地を張って野垂れ死ぬか、借金奴隷になるか。

 

 

「……ちっ、わかったよ! 今回だけはモーブルの旦那の顔を立てて、俺が折れてやる!」

 

「「賢明な判断だ。――いいか、昔ボクの『荷物持ち』だったころを思い出せ。ボクの手足となって、指示通りに動くんだ。そうすれば、お前みたいな野良犬にもおこぼれを分けてやる」

 

 

 それは提案ではない。

 決定事項の通達であり、隷属の再確認だった。

 最悪の再会を果たした二人は、こうしてまた――互いの背中を、嫌でも預けることになる。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。