モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
『陽炎の楼閣』の内部は、物理法則に対する冒涜そのものだった。
螺旋階段は途中で臓腑のようにねじれ、三半規管を狂わせるあべこべな重力が働き、天井からは砂時計のように灼熱の流砂が降り注ぐ。
そんなカオスが行く手を阻む中、二人は巨大な石扉の前で足を止めた。
扉の左右に鎮座する、二つの台座。
――『対の理』。
二点同時起動を強いる、悪趣味な門番だ。
「いいか、カイル。タイミングは一度きりだ。左右の魔力供給路(ライン)の許容誤差(ラグ)はわずか0.03秒……ボクがカウントする。お前はゼロの瞬間に、その無駄に鍛えただけの拳を叩き込め」
「チッ、いちいち細かいんだよ! 合わせりゃいいんだろ、合わせりゃ!」
カイルが悪態をつきながら右の台座に拳を構え、ニーシャが左の台座に冷たく杖を突き立てる。
視線は合わせない。呼吸すら合わせる気はない。
「……言っておくが」
不意に、ニーシャが刃物のように冷たい声を落とした。
「もし失敗して罠が発動しても、ボクは一人で先に進むぞ。無能な荷物を抱えるのはうんざりだからな。……ボクの足を引っ張るなよ。あの時の『アメリア』みたいに」
「テメェッ……!」
カイルの拳が、ギリリと骨の鳴る音を立てて握りしめられる。
一年前の忌々しい記憶。
決定的な
「なんだ、嫌になったか? だったら尻尾を巻いて立ち去れ。ボクは一向に構わない」
「……うっせえよ。さっき約束しただろ。今回だけは旦那の顔を立てるってな」
「ならいい。――3、2、1」
ニーシャの冷徹なカウントがゼロになる、その刹那。
「らぁッ!」
「
カイルによる純粋な物理衝撃と、ニーシャによる緻密な術式介入。
“
かつて決別し、二度と交わるはずのなかった二つの質が――皮肉にもコンマ一秒のズレもなく台座へと吸い込まれた。
ズズズズズ……!
腹に響く地響きと共に、石扉が降参するようにゆっくりと開き始める。
「……ふん。ブロンズにしては、悪くない反応速度だ」
「へっ、テメーこそ。根性が腐りきってる割には鈍ってねえな」
憎まれ口を叩き合いながら、二人は肩を並べて開かれた闇へと踏み込む。
錆びついた二つの歯車は、火花を散らしながらも――確かに今、ガチリと音を立てて噛み合っていた。
二人はさらに奥へ。
歪んだ回廊を抜けた先には、巨大な地底湖が広がっていた。
湖の畔には、朽ちかけた一隻の小舟が、まるで棺桶のように係留されている。
鏡のように静まり返った水面。だが、その淀んだ水底には、生者の肉を喰らわんと蠢く無数の気配が潜んでいるのがわかった。
「……げっ。こんなカラカラの砂漠ダンジョンで水場かよ。……まさか、あれに乗れってんじゃねーよな……」
カイルが露骨に顔をしかめ、自身の二の腕をさする。
脳裏によぎるのは、かつての『水底の冥域』でのトラウマ。
水面を跳ねる殺人魚の鋭利な牙。
そして――逃げ場のない孤島で迫りくる、巨大イカの慈悲なき触手の絶望感。
そんな元・相棒の繊細な恐怖など意に介さず、ニーシャは冷淡に湖面を見据えた。
「安心しろ、カナヅチの野良犬に、そんなボロ船での進むのを強要したりはしない。……この程度の障害、ボクにかかれば造作もないことだ」
ニーシャは湖の畔に立ち、杖を水面に向ける。
その碧眼が、戦場ではなく“数式”を見るように、複雑な術式を構築していく。
「『
パキパキパキ……!
杖の先から放たれた冷気が、湖面を一瞬にして凍らせ、対岸へと続く一本の氷の橋を作り上げた。
「すげえ……! 『爆炎の貴公子』のくせに、氷も使えるのかよ。相変わらずインチキ臭い才能だな」
カイルが呆れたように言うと、ニーシャはふん、と鼻を鳴らした。
「魔法とは
「……あァ? いちいち一言多いんだよ、テメーは」
「事実だ。さっさと渡るぞ。魔力を浪費したくない」
二人は氷の橋を駆け抜ける。
だが、湖の魔獣たちは黙って見過ごしてはくれなかった。
足元の氷を突き破り、巨大な触手が水柱と共に噴き上がる。
「うおっ!? イカの次はタコかよ! 海鮮フルコースってか!」
《『レイジ・オクトパス』だ。気をつけろ小僧、その巨体で暴れられたら氷ごと砕かれるぞ!》
「ハッ、上等だ! ぶった斬って今夜のおかずにしてやるよ!」
脳内に響くエクセリオンの警告も、血気盛んなカイルの耳には届かない。
直後、濡れた巨木のような触手が、大気を引き裂く音と共に振り下ろされた。
――ヒュンッ、ドォォォォン!!
カイルは反射的にステップを踏む。
だが、そこはニーシャが作り出した絶対零度の氷盤だ。
摩擦係数ゼロの世界では、踏み込みの鋭さが仇となる。
「っ、とと!? クソッ、氷の上じゃ踏ん張りが効かねえ……ッ!」
まるで生まれたての子鹿のように足を滑らせ、体勢を崩すカイル。
そんな滑稽な元・相棒の姿を、ニーシャは氷のような冷ややかな目で見下ろし、深い、深いため息をついた。
「はぁ……相変わらず、学習能力のない猪武者だ。敵の強さを数値で判断しろ。相手は推定Bランクの危険種。ブロンズ級のお前が突っ込んでどうにかなる相手じゃない。下がってろ、ボクが――」
「うるせえ! やれるだけやってみらぁ!」
「……ふん、愚か者が」
ニーシャは半ば見捨てるように肩をすくめた。
だが、見殺しにするつもりもない。ここで「駒」を失うのは、攻略において損失だからだ。
指をパチン、と鳴らす。
「氷の摩擦係数を操作した。これでお前がどんなに間抜けなダンスを踊っても滑らないはずだ。……精々、肉片にされる前に逃げろよ!」
「逃げる? 馬鹿野郎! 俺は倒すんだよ!」
足場を得た瞬間、カイルの影がブレた。
水を得た魚――否、氷原を統べる獣のように急加速する。
四方八方から迫りくる触手の嵐を、最小限の、本当に紙一重のステップでかいくぐる。
「なにっ……!?」
ニーシャの碧眼が見開かれた。
体幹はブレブレ、走り方も不格好。
ブロンズ級丸出しの素人挙動なのに――なぜか、攻撃だけは“未来を知っている”かのように避けている。
(……あのデタラメな動きで、
「おせぇおせぇ! あの“水底の主”のスピードに比べたら、こんな触手、止まって見えるぜッ!」
カイルの脳裏に、剣からの最適解が流し込まれる。
――敵は水属性。
ならば、相克ではなく相乗を狙え。
「おりゃーーー!! 喰らいやがれ、『
カイルの剣が、青白い燐光を帯びて唸りを上げた。
敵の体表を覆う粘液と同調し、切断抵抗を極限までゼロに近づけた神速の斬撃。
それが、鋼鉄よりも硬いはずのクラーケンの巨体を、まるで熱したナイフでバターを撫でるように両断した。
――ズバァァァァァッ!!
一瞬の遅れをおいて、断末魔の咆哮が轟く。
巨体は自らの重さに耐えきれず真っ二つに裂け、盛大な水飛沫を上げて湖へと沈んでいった。
「……ふぅ。やるじゃねえか、俺」
「…………おい。説明してもらおうか」
「あ? な、なんだよその目は。……へっ、もしかして俺の実力に見惚れたか? 今さら褒め称えても遅いぜ」
カイルは鼻の下をこすり、精一杯のドヤ顔を作る。
だが、ニーシャの反応は冷ややかだった。
彼は眉間に深い皺を寄せ、沈んでいく巨体と、平然と剣を振るう少年を交互に見比べる。
Bランクの魔物を。
万年ブロンズ級の雑魚が、たった一撃で?
常識という名の論理が、軋みを上げて停止しかける。
だが、天才の脳髄は感情に流されない。すぐさま、ありえない現実を成立させるための『|未確定要素《イレギュラー』を特定した。
ニーシャが氷の橋を渡りきり、カイルの横に立つ。
その鋭い視線は、カイル自身ではなく――彼が左手に握りしめた、古びた装飾の片手剣を射抜いていた。
「……なるほど。手品のタネは、その薄汚い剣か」
「へ? な、なんのことだ?」
カイルはとぼけようと剣を背中に隠すが、ニーシャは逃げ道を塞ぐように一歩踏み込む。
「とぼけても無駄だ。さっきからブツブツと独り言を言っているのが聞こえていた」
「げっ……き、聞いてたのかよ」
「ふん、その剣だよ。魔力ノイズが駄々漏れだ。魔力隠蔽が雑すぎるんだよ、そいつは」
ニーシャは興味深そうに、エクセリオンの柄へ指を伸ばす。
だが、触れる寸前――バチッ!
静電気のような強烈な拒絶反応が走り、彼は反射的に手を引っ込めた。
「ッ……へぇ、『
「こ、骨董品じゃねえ! こいつは……えーと、俺の今の相棒だ!」
《ケッ、誰が相棒だ。さっきまで『質屋に叩き売って極上ステーキに変えてやる』とかほざいてたくせによぉ! 気安く俺様を相棒なんて呼ぶんじゃねえ、小僧》
カイルの左手から、低い男の声が響いた。
それは脳内に直接響く念話ではない。空気を振動させ、周囲に撒き散らされた物理的な音声だ。
「うわっ、馬鹿! 声を出して喋んなって!」
「はん、隠す必要がどこにある。この魔法使いのガキにはとっくにバレてんのによぉ。この際だ、俺様がいかに高貴で偉大な
ギャーギャーとレベルの低い言い争いを繰り広げる一人と一本。
その醜態を見て、ニーシャはふっと興味を失ったように肩をすくめた。
「やれやれ……。お喋り機能付きとはね。性能はいいようだが、持ち主に似て随分と品性が下劣でやかましい剣だ」
「なっ……!?」
《あァ!? テメェ今なんつった!」》
「まあいい。それがお前の異常な戦闘力のタネだというなら、今は深く追及しないでおいてやる。詮索する時間も惜しいからな」
「お、おう。助かるぜ……」
「勘違いするなよ、カイル」
安堵するカイルに、ニーシャは冷や水を浴びせるように釘を刺した。
「ボクたちが組むのは、ここを出るまでだ。利害が一致している間だけ利用してやるが、それ以上でも以下でもない。お前と馴れ合うつもりはないからな」
「……へっ、そりゃこっちの台詞だ。誰が好き好んで、お前みたいな血も涙もねぇ冷血漢と」
「ならいい。ボクの興味はあくまで最奥にある『星屑の欠片』だけだ。お前の武器がなんであれ、ボクを守る頑丈な肉壁として機能するなら、それでいい」
そう言って、ニーシャはスタスタと先へ進んでいく。
そこに信頼や友情のカケラなどない。
あるのは乾いた契約だけだ。
カイルはフンと鼻を鳴らし、左手の剣に小声で噛み付いた。
「おい! いきなり喋りだすんじゃねえよ。変に興味を持たれて、お前が解体でもされたらどうすんだ」
《ハンッ、そんときゃ俺様が直々に迎え撃って、あの高慢ちきなプライドをへし折ってやるだけよ! ……だが、あのガキ》
エクセリオンの声色が、僅かに真剣なものへと変わる。
《鞘越しに俺様の魔力を感知するとはな。生意気だが、『眼』だけはいいようだ。……気をつけな、小僧。あれは食えねぇぞ》
「……わかってるよ。でもな……あいつは……本当は……」
カイルはそこで言葉を詰まらせた。
喉元まで出かかった言葉は、相反するいくつもの感情が混ざり合って、結局、形になることはなかった。
自分でも整理がつかない思いを、カイルは乱暴に頭を振って振り払う。
「……いや、いい。行くぞ」
カイルは小さく呟くと、闇の奥へと消えていくニーシャの背中を追いかけた。
嫌いだ、合わない、二度と組みたくない。
そう思いながらも、その小さな背中が危うく揺らぐと、放っておけない――それが、カイルという男のどうしようもない性分だった。