※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

38 / 65
第三十八話 ニーシャとカイルの「犬猿コンビ、再始動?」③

 『陽炎の楼閣』の内部は、物理法則に対する冒涜そのものだった。

 

 螺旋階段は途中で臓腑のようにねじれ、三半規管を狂わせるあべこべな重力が働き、天井からは砂時計のように灼熱の流砂が降り注ぐ。

 そんなカオスが行く手を阻む中、二人は巨大な石扉の前で足を止めた。

 

 扉の左右に鎮座する、二つの台座。

 ――『対の理』。

 二点同時起動を強いる、悪趣味な門番だ。

 

 

「いいか、カイル。タイミングは一度きりだ。左右の魔力供給路(ライン)の許容誤差(ラグ)はわずか0.03秒……ボクがカウントする。お前はゼロの瞬間に、その無駄に鍛えただけの拳を叩き込め」

 

「チッ、いちいち細かいんだよ! 合わせりゃいいんだろ、合わせりゃ!」

 

 

 カイルが悪態をつきながら右の台座に拳を構え、ニーシャが左の台座に冷たく杖を突き立てる。

 視線は合わせない。呼吸すら合わせる気はない。

 

 

「……言っておくが」

 

 

 不意に、ニーシャが刃物のように冷たい声を落とした。

 

 

「もし失敗して罠が発動しても、ボクは一人で先に進むぞ。無能な荷物を抱えるのはうんざりだからな。……ボクの足を引っ張るなよ。あの時の『アメリア』みたいに」

 

「テメェッ……!」

 

 

 カイルの拳が、ギリリと骨の鳴る音を立てて握りしめられる。

 一年前の忌々しい記憶。

 

 決定的な亀裂(ケジメ)の瞬間がフラッシュバックし、喉元まで出かかった罵倒が、ギリギリの理性で飲み込まれる。

 

 

「なんだ、嫌になったか? だったら尻尾を巻いて立ち去れ。ボクは一向に構わない」

 

「……うっせえよ。さっき約束しただろ。今回だけは旦那の顔を立てるってな」

 

「ならいい。――3、2、1」

 

 

 ニーシャの冷徹なカウントがゼロになる、その刹那。

 

 

「らぁッ!」

「起動(コード・エンター)」

 

 

 カイルによる純粋な物理衝撃と、ニーシャによる緻密な術式介入。

 “情熱(エゴ)”と“論理(ロジック)”。

 かつて決別し、二度と交わるはずのなかった二つの質が――皮肉にもコンマ一秒のズレもなく台座へと吸い込まれた。

 

 ズズズズズ……!

 腹に響く地響きと共に、石扉が降参するようにゆっくりと開き始める。

 

 

「……ふん。ブロンズにしては、悪くない反応速度だ」

 

「へっ、テメーこそ。根性が腐りきってる割には鈍ってねえな」

 

 

 憎まれ口を叩き合いながら、二人は肩を並べて開かれた闇へと踏み込む。

 錆びついた二つの歯車は、火花を散らしながらも――確かに今、ガチリと音を立てて噛み合っていた。

 

 二人はさらに奥へ。

 歪んだ回廊を抜けた先には、巨大な地底湖が広がっていた。

 湖の畔には、朽ちかけた一隻の小舟が、まるで棺桶のように係留されている。

 鏡のように静まり返った水面。だが、その淀んだ水底には、生者の肉を喰らわんと蠢く無数の気配が潜んでいるのがわかった。

 

 

「……げっ。こんなカラカラの砂漠ダンジョンで水場かよ。……まさか、あれに乗れってんじゃねーよな……」

 

 

 カイルが露骨に顔をしかめ、自身の二の腕をさする。

 脳裏によぎるのは、かつての『水底の冥域』でのトラウマ。 

 水面を跳ねる殺人魚の鋭利な牙。

 そして――逃げ場のない孤島で迫りくる、巨大イカの慈悲なき触手の絶望感。

 

 そんな元・相棒の繊細な恐怖など意に介さず、ニーシャは冷淡に湖面を見据えた。

 

 

「安心しろ、カナヅチの野良犬に、そんなボロ船での進むのを強要したりはしない。……この程度の障害、ボクにかかれば造作もないことだ」

 

 

 ニーシャは湖の畔に立ち、杖を水面に向ける。

 その碧眼が、戦場ではなく“数式”を見るように、複雑な術式を構築していく。

 

 

「『凍結回廊(フロスト・ロード)』」

 

 

 パキパキパキ……!

 杖の先から放たれた冷気が、湖面を一瞬にして凍らせ、対岸へと続く一本の氷の橋を作り上げた。

 

 

「すげえ……! 『爆炎の貴公子』のくせに、氷も使えるのかよ。相変わらずインチキ臭い才能だな」

 

 

 カイルが呆れたように言うと、ニーシャはふん、と鼻を鳴らした。

 

 

「魔法とは理論(ロジック)だ。属性などただの変数値(パラメーター)に過ぎない。不確定な『感情』や『根性』なんぞを計算に入れるから、お前はいつまでも三流なんだよ」

 

「……あァ? いちいち一言多いんだよ、テメーは」

 

「事実だ。さっさと渡るぞ。魔力を浪費したくない」

 

 

 二人は氷の橋を駆け抜ける。

 だが、湖の魔獣たちは黙って見過ごしてはくれなかった。

 足元の氷を突き破り、巨大な触手が水柱と共に噴き上がる。

 

 

「うおっ!? イカの次はタコかよ! 海鮮フルコースってか!」

 

《『レイジ・オクトパス』だ。気をつけろ小僧、その巨体で暴れられたら氷ごと砕かれるぞ!》

 

「ハッ、上等だ! ぶった斬って今夜のおかずにしてやるよ!」

 

 

 脳内に響くエクセリオンの警告も、血気盛んなカイルの耳には届かない。

 直後、濡れた巨木のような触手が、大気を引き裂く音と共に振り下ろされた。

 

 ――ヒュンッ、ドォォォォン!!

 

 カイルは反射的にステップを踏む。

 だが、そこはニーシャが作り出した絶対零度の氷盤だ。

 摩擦係数ゼロの世界では、踏み込みの鋭さが仇となる。

 

 

「っ、とと!? クソッ、氷の上じゃ踏ん張りが効かねえ……ッ!」

 

 

 まるで生まれたての子鹿のように足を滑らせ、体勢を崩すカイル。

 そんな滑稽な元・相棒の姿を、ニーシャは氷のような冷ややかな目で見下ろし、深い、深いため息をついた。

 

 

「はぁ……相変わらず、学習能力のない猪武者だ。敵の強さを数値で判断しろ。相手は推定Bランクの危険種。ブロンズ級のお前が突っ込んでどうにかなる相手じゃない。下がってろ、ボクが――」

 

「うるせえ! やれるだけやってみらぁ!」

 

「……ふん、愚か者が」

 

 

 ニーシャは半ば見捨てるように肩をすくめた。

 だが、見殺しにするつもりもない。ここで「駒」を失うのは、攻略において損失だからだ。

 指をパチン、と鳴らす。

 

 

「氷の摩擦係数を操作した。これでお前がどんなに間抜けなダンスを踊っても滑らないはずだ。……精々、肉片にされる前に逃げろよ!」

 

「逃げる? 馬鹿野郎! 俺は倒すんだよ!」

 

 

 足場を得た瞬間、カイルの影がブレた。

 水を得た魚――否、氷原を統べる獣のように急加速する。

 四方八方から迫りくる触手の嵐を、最小限の、本当に紙一重のステップでかいくぐる。

 

 

「なにっ……!?」

 

 

 ニーシャの碧眼が見開かれた。

 体幹はブレブレ、走り方も不格好。

 ブロンズ級丸出しの素人挙動なのに――なぜか、攻撃だけは“未来を知っている”かのように避けている。

 

 

(……あのデタラメな動きで、弾幕(エリア)を抜けているだと……?)

 

「おせぇおせぇ! あの“水底の主”のスピードに比べたら、こんな触手、止まって見えるぜッ!」

 

 

 カイルの脳裏に、剣からの最適解が流し込まれる。

 ――敵は水属性。

 ならば、相克ではなく相乗を狙え。

 

 

「おりゃーーー!! 喰らいやがれ、『水斬り(アクア・スライサー)』ッ!!」

 

 

 カイルの剣が、青白い燐光を帯びて唸りを上げた。

 敵の体表を覆う粘液と同調し、切断抵抗を極限までゼロに近づけた神速の斬撃。

 それが、鋼鉄よりも硬いはずのクラーケンの巨体を、まるで熱したナイフでバターを撫でるように両断した。

 

 ――ズバァァァァァッ!!

 

 一瞬の遅れをおいて、断末魔の咆哮が轟く。

 巨体は自らの重さに耐えきれず真っ二つに裂け、盛大な水飛沫を上げて湖へと沈んでいった。

 

 

「……ふぅ。やるじゃねえか、俺」

 

「…………おい。説明してもらおうか」

 

「あ? な、なんだよその目は。……へっ、もしかして俺の実力に見惚れたか? 今さら褒め称えても遅いぜ」

 

 

 カイルは鼻の下をこすり、精一杯のドヤ顔を作る。

 だが、ニーシャの反応は冷ややかだった。

 彼は眉間に深い皺を寄せ、沈んでいく巨体と、平然と剣を振るう少年を交互に見比べる。

 

 Bランクの魔物を。

 万年ブロンズ級の雑魚が、たった一撃で?

 

 常識という名の論理が、軋みを上げて停止しかける。

 だが、天才の脳髄は感情に流されない。すぐさま、ありえない現実を成立させるための『|未確定要素《イレギュラー』を特定した。

 

 ニーシャが氷の橋を渡りきり、カイルの横に立つ。

 その鋭い視線は、カイル自身ではなく――彼が左手に握りしめた、古びた装飾の片手剣を射抜いていた。

 

 

「……なるほど。手品のタネは、その薄汚い剣か」

 

「へ? な、なんのことだ?」

 

 

 カイルはとぼけようと剣を背中に隠すが、ニーシャは逃げ道を塞ぐように一歩踏み込む。

 

 

「とぼけても無駄だ。さっきからブツブツと独り言を言っているのが聞こえていた」

 

「げっ……き、聞いてたのかよ」

 

「ふん、その剣だよ。魔力ノイズが駄々漏れだ。魔力隠蔽が雑すぎるんだよ、そいつは」

 

 

 ニーシャは興味深そうに、エクセリオンの柄へ指を伸ばす。

 だが、触れる寸前――バチッ!

 静電気のような強烈な拒絶反応が走り、彼は反射的に手を引っ込めた。

 

 

「ッ……へぇ、『意思を持つ剣(インテリジェント・ソード)』か。まさか、そんな伝説級の骨董品を、お前のような野良犬が持ち歩いているとはね」

 

「こ、骨董品じゃねえ! こいつは……えーと、俺の今の相棒だ!」

 

《ケッ、誰が相棒だ。さっきまで『質屋に叩き売って極上ステーキに変えてやる』とかほざいてたくせによぉ! 気安く俺様を相棒なんて呼ぶんじゃねえ、小僧》

 

 

 カイルの左手から、低い男の声が響いた。

 それは脳内に直接響く念話ではない。空気を振動させ、周囲に撒き散らされた物理的な音声だ。

 

 

「うわっ、馬鹿! 声を出して喋んなって!」

 

「はん、隠す必要がどこにある。この魔法使いのガキにはとっくにバレてんのによぉ。この際だ、俺様がいかに高貴で偉大な伝説の剣(レジェンド)なのか、その性格のネジ曲がった目ん玉の奥に焼き付けてやるぜ、こらぁ!」

 

 

 ギャーギャーとレベルの低い言い争いを繰り広げる一人と一本。

 その醜態を見て、ニーシャはふっと興味を失ったように肩をすくめた。

 

 

「やれやれ……。お喋り機能付きとはね。性能はいいようだが、持ち主に似て随分と品性が下劣でやかましい剣だ」

 

「なっ……!?」

 

《あァ!? テメェ今なんつった!」》

 

「まあいい。それがお前の異常な戦闘力のタネだというなら、今は深く追及しないでおいてやる。詮索する時間も惜しいからな」

 

「お、おう。助かるぜ……」

 

「勘違いするなよ、カイル」

 

 

 安堵するカイルに、ニーシャは冷や水を浴びせるように釘を刺した。

 

 

「ボクたちが組むのは、ここを出るまでだ。利害が一致している間だけ利用してやるが、それ以上でも以下でもない。お前と馴れ合うつもりはないからな」

 

「……へっ、そりゃこっちの台詞だ。誰が好き好んで、お前みたいな血も涙もねぇ冷血漢と」

 

「ならいい。ボクの興味はあくまで最奥にある『星屑の欠片』だけだ。お前の武器がなんであれ、ボクを守る頑丈な肉壁として機能するなら、それでいい」

 

 

 そう言って、ニーシャはスタスタと先へ進んでいく。

 そこに信頼や友情のカケラなどない。

 あるのは乾いた契約だけだ。

 

 カイルはフンと鼻を鳴らし、左手の剣に小声で噛み付いた。

 

 

「おい! いきなり喋りだすんじゃねえよ。変に興味を持たれて、お前が解体でもされたらどうすんだ」

 

《ハンッ、そんときゃ俺様が直々に迎え撃って、あの高慢ちきなプライドをへし折ってやるだけよ! ……だが、あのガキ》

 

 

 エクセリオンの声色が、僅かに真剣なものへと変わる。

 

 

《鞘越しに俺様の魔力を感知するとはな。生意気だが、『眼』だけはいいようだ。……気をつけな、小僧。あれは食えねぇぞ》

 

「……わかってるよ。でもな……あいつは……本当は……」

 

 

 カイルはそこで言葉を詰まらせた。

 喉元まで出かかった言葉は、相反するいくつもの感情が混ざり合って、結局、形になることはなかった。

 自分でも整理がつかない思いを、カイルは乱暴に頭を振って振り払う。

 

 

「……いや、いい。行くぞ」

 

 

 カイルは小さく呟くと、闇の奥へと消えていくニーシャの背中を追いかけた。

 嫌いだ、合わない、二度と組みたくない。

 そう思いながらも、その小さな背中が危うく揺らぐと、放っておけない――それが、カイルという男のどうしようもない性分だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。