※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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第三十九話 ニーシャとカイルの「犬猿コンビ、再始動?」④

 その後、二人の攻略速度は劇的に加速した。

 

 

「カイル、右翼45度、サンドワーム接近だ! 扉の解錠(アンロック)まであと五秒、その剣で食い止めろ!」

 

「食い止める? そんな生ぬるいもんかよ! ミミズの蒲焼きにしてやらぁ!」

 

 ニーシャの警告が飛び込むよりも早く、カイルの身体はすでに反応している。

 地を這う巨大な影へ向かって、二刀を抜き放ち突貫する。

 その背後では、轟音と共に巨大な歯車が軋み、閉ざされていた石扉が重々しく開いた。

 

◆

 

「『炎の鎖(フレイム・バインド)』! ――狙うは胸の核(コア)だ、砕け!」

 

「うっせー! どうせ壊すんだから、頭からぶった切りゃ同じだろ!」

 

 

 砂煙を巻き上げ、地中から無数に湧き出る『砂塵の魔兵(サンド・トルーパー)』の群れ。

 物理攻撃を受け流す厄介な流動体のボディを、ニーシャの放つ超高熱の炎鎖が空間ごと捕らえる。

 ジュウウッ、と砂が焼ける音が響き、敵の身体が一瞬にして赤熱した硝子(ガラス)状へと変質し、硬直した。

 

 その刹那の隙間を、カイルの銀閃が雷光のごとく駆け抜ける。

 硬化して脆くなった体を一撃で粉砕し、核を断つ。

 その間、わずか三秒。

 

 背中合わせで死線を舞うその姿は、この過酷なダンジョンにおいて唯一無二――"完成された戦術式"そのものだった。

 

 水と油。

 冷徹な論理と、野性的な本能。

 

 本来ならば反発し合うはずの両極端が、戦場という極限状態を触媒とし、奇跡的な化学反応(マリアージュ)を引き起こしている。

 

 そこに、一年という空白など存在しなかった。

 理性では互いを「気に入らない」と罵り合いながらも、肉体だけは記憶しているのだ。

 互いの呼吸を、間合いを、最適解を。

 それは、あまりにも業の深い連携だった。

 

 

◆

 

 そして、ついに二人は最深部――『星見の間』へと到達した。

 

 重厚な扉を抜けると、視界が一気に開け、巨大なドーム状の空間が広がった。

 天井を見上げれば、太古の魔法が映し出す偽りの星空が、皮肉なほど美しく瞬いている。

 

 その空間の中央。

 降り注ぐ星明かりを受け止めるように、古びた石の台座が一つ、静かに佇んでいた。

 あれこそが、このダンジョンの心臓部なのだろう。

 

 だが――その聖域への道を塞ぐように、絶望的な熱量が鎮座していた。

 

 全身から灼熱を噴き上げる、巨大な蜥蜴(とかげ)。

 溶岩のごとき皮膚を持ち、吐息だけで鉄をも蒸発させる暴虐の覇者。

 

 その姿は、あまりにも異様だった。

 通常種が纏う紅蓮ではない。

 より高温を示唆する、禍々しいまでの蒼炎(そうえん)。

 ゆらりと揺らめくその青き炎が、台座を守る地獄の番犬のように、侵入者を見下ろしていた。

 

 

「……あいつが、ターゲットか」

 

 

 カイルが喉を鳴らす。

 肌を刺すプレッシャーだけで理解できる。今までの雑魚とは格が違う。

 

 

「『フレイムリザード』……しかも変異体の亜種か。なんて間の悪い」

 

 

 常にクールなニーシャの眉間に、深い皺が刻まれる。

 

 

「通常の個体ならボクの魔法で一撃だが……あれは最悪だ、カイル。あの蒼い炎の鎧、物理無効な上に、同属性のボクの爆炎魔法じゃダメージが通らない。下手すれば吸収されるのがオチだ」

 

 

 ニーシャが悔しげに唇を噛む。

 

 

「倒すには対極属性――高位の氷結魔法を叩き込むしかない。だが、火属性特化のボクが不慣れな属性を編むには、魔力変換のプロセスが要る。……時間がかかるぞ」

 

「へっ、上等じゃねえか。要は、お前の準備ができるまで、俺が死ぬ気で時間を稼げばいいんだろ? 何秒だ?」

 

「簡単に言うな! 最低でも三十秒……いや、術式の安定まで四十秒は動けない! その間、ボクは完全に無防備になるし、援護も一切できないんだぞ」

 

 

 ニーシャの声が焦燥に震える。

 

 

「奴のブレスを浴びれば骨すら残らない。その猛攻を、たった一人で耐えきれる保証なんて――」

 

「やってみなきゃわからねえさ。……それに」

 

 

 カイルはニカっと笑い、不安げなニーシャを振り返った。

 

 

「俺の後ろには、天才サマがいるんだろ? 大船に乗ったつもりで、その四十秒、きっちり稼いでやるよ」

 

 

 その屈託のない笑顔に、ニーシャは一瞬、言葉を詰まらせた。

 一年前の決別の日。

 自分が切り捨てたはずの、眩しすぎる笑顔。

 それが今、また真っ直ぐに自分へ向けられている。

 

 

「……フン。どこまでも馬鹿な野良犬だ。だが、その無謀な度胸だけは評価してやる」

 

 

 ニーシャはふいっと顔を背け、あからさまに照れを隠すように帽子の鍔(つば)を深く引いた。

 

 

「……今回の“壁役”を見事務め上げたら、褒美に上等な肉でも奢ってやる」

 

「おっ、言ったな! 『愛の皿亭』の一番高いやつを頼むぜ!」

 

 

 カイルの表情がぱぁっと明るくなるが、ニーシャは即座に冷徹な魔法使いの顔へと切り替わっていた。

 杖の石突きでコツン、と地面を叩く。

 

 

「浮かれるな。一つ、絶望的な事実を言っておくぞカイル。こいつが目的のレアアイテムをドロップする確率は極めて低い。数百分の一……いや、統計では千分の一以下とも言われている」

 

「マジかよ!? んな博打やってられっか!」

 

「文句を言うな。出なければ、出るまでリポップを待って狩り続ける。それだけだ。ボクの計算では、今日中にあと五十回は周回可能だ」

 

「ご、五十回……!? 鬼かよ!」

 

「文句があるなら一発で出してみろ! 行くぞ、カイル! 陽動はお前に任せる!」

 

「了解! 一発で決めてやるよ! 行くぜえええッ!」

 

 

 カイルが吼え、蒼き炎の怪物へと弾丸のごとく突貫する。

 呼応するようにフレイムリザードの喉元が膨張し――世界を焼き尽くす咆哮と共に、灼熱のブレスが吐き出された。

 

 視界を埋め尽くす、蒼炎の奔流。

 掠っただけで即死、直撃すれば蒸発必至の超高熱。

 

 ――だが、カイルの思考が死の恐怖に染まるより早く、その“回路”は接続された。

 

 神域のスキル『見切り(アルゴリズム)』。

 

 それは、敵の殺意が高ければ高いほど、絶望的な実力差があればあるほど鋭さを増す、生存への自動演算装置。

 カイルの意思など介在しない。

 脳が「熱い」と認識するコンマ数秒前に、細胞の一つ一つが死のベクトルを解析し、最適解を弾き出す。

 

 思考するな。ただ、身体(ほんのう)に従え。

 熱風が頬を焼き、前髪を焦がす。

 それでもカイルの体は、針の穴を通すような精密さで、炎の激流の中にある「安全地帯」を無自覚に滑走していた。

 

 

《小僧! 尾薙(おな)ぎだ! 右から来るぞ! 伏せやがれ!》

 

 

 脳内に響く魔剣エクセリオンの冷徹な指示。

 それにカイルの『野生の勘(見切り)』が重なり、反応速度が限界を超える。

 豪風と共に頭上を通過する剛尾を、カイルは紙一重のダッキングでやり過ごした。

 

 

「おらおらぁ! カイル様の剣捌き、とくと見やがれぇ!」

 

 

 回避の勢いを殺さず、カイルは踏み込む。

 右手の魔剣『エクセリオン』と、左手の愛剣『晩餐』。

 二振りの刃が、暴風の如き連撃となって蒼き鱗に叩き込まれた。

 

 ガガガガッ!!

 

 生身を斬った音ではない。

 まるで鋼鉄の塊を殴打したような不快な反動が、カイルの手首を痺れさせる。

 

 

「――っ、硬ぇえ!!」

 

 

 火花を散らして刃は通る。

 だが、浅い。

 切り裂いた端から傷口が沸騰し、瞬時に塞がっていく。

 再生能力が桁違いだ。

 カイルが舌打ちし、追撃のために体勢を直そうとした、その刹那。

 

 絶望は、視界の外(・・・・)からやってきた。

 

 

《――ッ!? 小僧、左だ! 横穴からなにか飛び出してくるぞ!》

 

 

 エクセリオンの警告と同時、左の岩壁が内側から砕け散った。

 噴き出す粉塵を裂いて現れたのは、二体目のフレイムリザード。

 今度は変異体ではない、赤い体表のリザード。

 

 完全に虚を突かれた。

 攻撃の反動で体が流れている。

 回避行動が取れない。

 死に体となったカイルの首元へ、灼熱の顎(あぎと)が迫る。

 

 

「しまっ――」

 

 

 反応が遅れる。

 喰われる――そう確信し、世界がコマ送りのように緩慢になった、その瞬間。

 

 

「『風の鉄槌(エア・ハンマー)』ッ!」

 

 

 ドォォォォンッ!!

 

 着弾音。

 横合いから放たれた不可視の空気塊が、二体目の横っ面を強烈に殴り飛ばした。

 軌道を強制的に逸らされた牙が、カイルの鼻先数センチで虚空を噛み砕く。

 

 バギンッ!と硬質な音が鼓膜を震わせた。

 

 

「よそ見をするな駄犬! 死にたいのか!」

 

「ニ、ニーシャ!? お前、詠唱中じゃ……!?」

 

 

 カイルが驚愕に目を見開く。

 ニーシャは杖を掲げたまま、空いた右手の指だけで目にも止まらぬ複雑な印(サイン)を結び、脂汗を浮かべて叫んだ。

 

 

「メインの術式とは別領域で強引に撃ったんだ! だが今の並列処理で演算が遅れた……カイル、あと十秒耐えろ! 第五階梯の術式定義を完成させる!」

 

 

 ニーシャを中心として、部屋中の空気が悲鳴を上げ、急激に冷却され始める。

 大魔法の構築・維持・そして別系統魔法の即時行使。

 脳が焼き切れてもおかしくない神業じみた魔力制御(コントロール)こそが、彼が“天才”と畏怖される所以の一つだ。

 

 

「十秒だと!? この化け物二匹を相手にしてかよ!」

 

「できないのか? ――お前は、ボクの背中を預けるには値しない男だと?」

 

 

 冷ややかな、だが確信に満ちた挑発。

 それは、「お前にならできる」という、あのニーシャからの最上級の信頼の裏返しだった。

 

 

「……へっ。高飛車なご主人様(スポンサー)からそこまで言われちまったら、やるしかねえな!」

 

 

 カイルの口角が、凶悪なまでに吊り上がる。

 その瞳に宿るのは、絶望ではない。

 不敵にして不遜な、挑戦者の炎だ。

 

 思考を加速させろ。

 脳内クロックを極限まで引き上げ、一瞬を永遠に引き伸ばせ。

 カイルの集中力が限界を超えた瞬間、世界から色彩が消え失せた。

 

 灰色のスローモーション。

 カイルの鼓動だけが、やけに大きく耳元で鐘のように鳴り響く。

 

 右翼、赤のフレイムリザード――鋭利な爪を振り上げ、カイルの逃げ道を塞ぐように肉薄。

 左翼、青のフレイムリザード――喉元を過剰なまでに膨張させ、必殺のブレスを装填中。

 

 逃げ場はない。

 防御も間に合わない。

 物理的には完全に「詰み」の盤面。

 常人なら諦めて死を受け入れるコンマ一秒。

 

 だが――カイルは笑った。

 

 

「上等だ。全部まとめて“いなして”やるよ! オラァッ!!」

 

 

 カイルは踏み込む。

 回避ではなく、迎撃。

 左手の愛剣『晩餐』を、迫りくる赤の爪の側面に叩きつけた。

 

 ガギィッ!!

 

 真正面から受ければ腕ごと粉砕される暴力的な質量。

 だが、カイルは力で対抗しない。

 インパクトの瞬間、手首を柔軟に返し、剣の腹を使って衝撃のベクトルを僅かにズラす。

 流れる水のように、あるいは、舞う木の葉のように。

 

 死の爪撃はカイルの髪を数本削ぎ落とし、そのまま、勢い余って、横にいたもう一匹――ブレスを吐こうとしていた青の顔面へと吸い込まれた。

 

 ズドォォンッ!!

 

 

『ギャアアアッ!?』

 

 

 友軍の爪を顔面に受け、青が悲鳴を上げてのけ反る。

 同士討ち。

 予期せぬ事態に、二体の連携が一瞬だけ瓦解した。

 

 

「よし、これで三秒!」

 

 

 だが、相手は砂漠の猛獣だ。

 顔面を殴打された青は、苦痛に狂いながらも即座に反撃動作に入っていた。

 全身をバネのように捻り、その巨体に似合わぬ速度で、丸太のような尻尾を薙ぎ払ってくる。

 

 

《来るぞ! ガードだ、衝撃に備えろ!》

 

「ぐっ、おぉぉぉッ!」

 

 

 カイルは咄嗟に二本の剣をクロスさせ、防御態勢をとる。

 直後、オーガに殴られたような衝撃が全身を襲った。

 

 ミシミシと骨が軋む嫌な音。

 カイルの身体はボロ雑巾のように宙を舞い、焼けた石畳の上を無様に転がる。

 

 

「かはっ……!」

 

 

 口の中に鉄の味が広がる。

 肺が潰されたように空気を求めて痙攣する。

 全身が熱い。

 痛い。

 だが、思考は止めない。

 

 

「……五秒! まだだ、まだ半分だぞクソッタレ!」

 

 

 カイルは受け身を取り、獣のように四肢で地面を掻いて立ち上がる。

 視界の先では、怒り狂った二体のフレイムリザードが、今度こそ確実に獲物を殺そうと殺意を膨れ上がらせていた。

 

 空間が歪むほどの熱気。

 酸素が燃え尽くされ、呼吸するだけで喉が焼ける。

 

 青のリザードが立ち直り、再び喉元を赤熱させる。

 今度は邪魔が入らない位置取り。

 そして赤のリザードが、カイルの回避先を潰すように両翼へ展開する。

 

 完璧な狩りの陣形。

 万事休す。

 だが、その絶望的な光景を前にしても、カイルの戦意は衰えるどころか、より鋭く研ぎ澄まされていた。

 

 

「へっ、必死じゃねえかトカゲ野郎……!」

 

 

 カイルは魔剣『エクセリオン』を正眼に構え、誘うようにあえて隙を晒した。

 それに呼応し、青の個体の顎(あぎと)が限界まで開かれる。

 喉の奥底に見えるのは、全てを灰燼に帰す灼熱の輝き。

 

 ブレスが吐き出されるまで、あと一秒。

 距離は五メートル。

 避ければ背後の赤に狩られる。防げば蒸発する。

 詰みだ。

 

 

《おい小僧! 何ボケっと突っ立ってる! 死ぬぞ、早く逃げやがれ!》

 

「逃げる? 冗談言うな。こんな特大の獲物を前にして、そんなシケた真似できるかよ!」

 

 

 カイルは獰猛に嗤った。

 恐怖など微塵もない。

 瞳の奥で燃えているのは、死地であればあるほど滾る、純粋な闘争への狂気のみ。

 

 

「だったらよぉ……答えは“前”しかねえよなァ!」

 

 

 カイルは爆発的に地を蹴った。

 逃げるためではない。

 死の吐息(ブレス)の発生源へ向かって、自ら飛び込んだのだ。

 

 

「吐かせるかよぉぉぉッ!」

 

 

 熱波が前髪を焦がし、皮膚を焼く。

 だが構わない。

 カイルは右手の『エクセリオン』を逆手に持ち替え――ブレスを吐こうと開かれた、その巨大な口内へ、強引に腕ごと突っ込んだ!

 

 ジュウウゥッ!!

 

 

《ぐわっ!? 熱っ! あつゥゥい! エレガントな魔剣である俺様になんてことを! 口の中は反則だろ小僧、ふざけんなぁぁッ!》

 

「我慢しろ相棒! これなら物理的に吐けねえだろッ!」

 

 

 口の奥深くまで突き刺さった魔剣が『栓』となった。

 行き場を失ったブレスが体内で逆流し、青の個体が白煙を噴いてのけ反る。

 

 その瞬間、背後から赤の爪が迫る。

 カイルは突き刺した剣の柄を、まるで鉄棒のように強く握りしめた。

 

 

「ふんぬぁッ!」

 

 

 強引な懸垂。

 のけ反る青の個体の動きを利用し、カイルは地面から両足を高く引き上げた。

 直後、赤の剛爪が、コンマ一秒前までカイルの足があった空間を虚しく薙ぎ払う。

 

 ガガガッ!!

 

 避けきれなかった衝撃が、盾代わりの青の腹甲を削り、火花を散らした。

 

 敵の口内を安全地帯とし、その巨体をぶら下がるための盾として利用する。

 狂気の軽業(アクロバット)。

 だが、これで死の時間は稼ぎきった。

 

 

「八、九……――十ッ!!」

 

 

 脳内のカウントダウンがゼロを告げる。

 同時、背後の空気が、パキリと凍てついた。

 

 

「今だ、ニーシャッ!! 思いっきりぶっ放してやれ!!」

 

 

 カイルが叫び、リザードの顎を蹴って横へ飛び退く。

 二体の動きが完全に止まった、その一点。

 ニーシャの第五階梯魔術・術式定義が、完了する。

 

 カイルが視界の端で捉えたのは、杖を突き出し、勝利を確信して微笑む相棒の姿。

 

 

「塵(ちり)一つ残さず凍てつけ――『暴風雪(レイジング・ブリザード)』ッ!!」

 

 

 ニーシャの杖から解き放たれたのは、数多の氷礫(つぶて)が狂い咲く、白銀の嵐。

 それは唸りをあげる吹雪の波となって二体の巨体を飲み込み、燃え盛る炎ごと一瞬にして凍結させた。

 

 パキィィィィン……!

 

 世界が静止する。

 もはや生物ではない。そこにあるのは、苦悶の表情を浮かべたまま芸術的なまでに凍りついた、二つの巨大な氷像のみ。

 

 やがて、ピキリと亀裂が走り――

 

 ドガァァァンッ!!

 

 二体の怪物は自重に耐えきれず、粉々に砕け散った。

 舞い散る無数の氷片が、ダイヤモンドダストのように戦場をキラキラと彩る。

 先刻までの灼熱地獄が、嘘のような幻想的な銀世界へと塗り替えられていた。

 

 

「……やった、か?」

 

「ああ。……ボクたちの完勝だ」

 

 

 ニーシャが杖を下ろし、ふぅ、と長く白い息を吐く。

 振り返ったその横顔には、隠しきれない疲労と、それ以上に眩しい誇らしげな色が浮かんでいた。

 

 二人は視線を交わす。

 そして、どちらからともなく、小さく吹き出した。

 

 

「へっ……性格はねじ曲がってるくせに、放つ魔法だけは真っ直ぐで嫌になるぜ。……悔しいが、さすがは天才サマだ」

 

「フン。脳みその足りない野良犬にしては、計算以上の働きだったぞ。……少しは見直してやる。ほんの、一ミリだけだがな」

 

 

 まだ、わだかまりは残っている。

 一年という断絶は、言葉一つで埋まるほど浅くはない。完全に互いを許したわけでもない。

 

 だが――二人の間に、ハイタッチなど不要だった。

 並んで立つその背中には、言葉よりも雄弁な、あの頃のような確かな絆が。

 少なくともこの瞬間だけは、背中を預け合う“戦友”としての敬意が、鮮やかに蘇っていた。

 

 

《おい、感動的な空気を出しているところ悪いがな……俺様の刀身(からだ)を見てみろ。トカゲのよだれでベトベトだぞ! 最悪だ! 早く拭け! 今すぐ拭け!》

 

「うっせーな、後でちゃんと手入れしてやるよ」

 

 

 騒ぐ剣をあしらっていると、ふと、凍りついた空間に場違いなほど硬質な音が響いた。

 

 カイルとニーシャが同時に視線を向ける。

 砕け散ったフレイムリザードの残骸――その中心に、キラリと光る粒子が集束していく。

 

 光は実体を結び、やがて重厚な装飾が施された一つの宝箱として具現化した。

 

 

「おい、まさか……」

 

 

 ニーシャが目を見開き、眼鏡の奥の瞳を揺らす。

 計算外だ。

 数千分の一という天文学的な低確率を、たった一回の試行回数で引き当てたというのか。

 

 

「こいつが……噂のレア宝箱か!?」

 

「……信じられん。確率論のバグとしか思えないが、現実は現実か。とにかく、中には目的の『星屑の欠片』が入っているはずだ。開けるぞ」

 

 

 目の前の奇跡に息を呑みながら、ニーシャが慎重に宝箱の蓋を持ち上げる。

 ギィ、と蝶番が鳴り、中身が露わになった瞬間――カイルは言葉を失った。

 

 そこには、夜空の輝きをそのまま凝縮したような、深遠なる蒼(あお)の宝石が鎮座していた。

 

 

「おおっ……! すげえ!」

 

「……ふむ。この魔力光の波長。モーブルに聞いていた宝石の特徴と合致する。間違いなく本物だ」

 

 

 ニーシャは宝石を持って満足げに頷くと、肩の力を抜いた。

 

 

「喜べカイル。どうやら神のいたずらで、地獄の五十周回は免除されたらしい」

 

「へへっ、晩飯までには帰れそうか。飯の約束忘れんなよ……っと、俺にもよく見せてくれよ?」

 

「おい、勝手に触るなと言って――」

 

 

 ニーシャの制止など聞こえていないかのように、カイルは好奇心のまま『星屑の欠片』をひょいと摘み上げた。

 そして吸い寄せられるように、部屋の中央――先ほどまで怪物が守っていた石の台座へと歩み寄る。

 

 

「なぁニーシャ! さっき必死こいて走ってる時に、チラッと見えたんだがよ」

 

 

 カイルは宝石を掲げ、台座に空いた空洞と見比べるようにニカっと笑った。

 

 

「ここの窪み……コイツが丁度、パズルみたいにハマりそうだと思わねえ?」

 

「は……? 待て、よせ馬鹿! 迂闊にダンジョンの深部(コア)をいじるのは――」

 

 

 ――カチリ。

 

 軽快な、あまりにも小気味よい音が静寂を破った。

 カイルが宝石を台座の窪みにはめ込んだ、その直後。

 

 ズズズズズンッ……!

 

 台座の底から、腹に響くような重低音が鳴り響く。

 同時に、部屋の入り口に分厚い石板が高速で落下し、轟音と共に退路を断った。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 ニーシャが驚愕に振り返り、目を見開く。

 だが、異変は退路の遮断だけでは終わらない。

 台座の四方に隠されていた通気口が開き、プシューッという甲高い排気音と共に、視界を塗りつぶすほどの猛烈な噴煙が上がり始めたのだ。

 

 その色は、禍々しくも毒々しい、鮮烈なまでの桃色(ピンク)。

 

 

「げほっ、げほっ! ……なんだよ、この腐った果実みてーな甘ったるい匂いは……?」

 

 

 思考が泥のように鈍る、媚薬めいた甘い香りがカイルの鼻腔を容赦なく犯していく。

 

 

「カイル、お前……ッ! なんと勝手なことをしてくれたんだ……!」

 

 

 ニーシャが口元を袖で覆いながら、恨めしげに相棒を睨みつける。

 だが――視線の先のカイルは、いつもと様子が違っていた。

 

 

「……ああ、わりぃ。でもなんか……俺の身体、変だ……」

 

 

 荒い息を吐くカイルの瞳は、どこか心なしか潤み、トロンと熱っぽく蕩け始めていた。

 

 戦いの高揚感は、また別の種類の――理性を溶かす、抗いがたい“熱”へと塗り替えられようとしていた。

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