モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
明朝。
三人は夜明け前の深い闇に溶け込むようにして、ひっそりとカヴェナの街を後にした。
人目を忍び、険しい獣道を縫いながら北東へと進み続ける。
目的地たる“ファビュラスの森”へと足を踏み入れるにつれ、刺すような冷気が肌を刺し、湿り気を帯びた腐葉土の重苦しい匂いが鼻腔を支配していった。
イングラジア魔導国において、ここは間違いなく死と隣り合わせの危険地帯である。
C級からB級の凶暴な魔獣が跋扈する魔境。
ブロンズ級の最下層冒険者など、本来であれば魔獣の餌食になるのが関の山だ。
だが森は、予想を裏切るほどの静けさに包まれていた。
道中、魔獣の襲撃はおろか、その気配すら一切感じられない。
フェリクスが財力に任せて惜しげもなく焚き染めた『高価な魔除け香』の効果が、遺憾なく発揮されていたのだ。
しかし、その異常なまでの静寂こそが、逆に三人の神経をじわじわとすり減らしていく。
鳥の囀りすら絶え、風が枯れ枝を揺らすくぐもった音だけが耳に響く。
足元には乳白色の濃霧が這い蹲り、まるで彼らの足を絡め取る亡霊のように、視界を塞ぎ続けていた。
「フェ、フェリクス様ァ……す、すごいですね! こんなヤバい森なのに、魔物が一匹も出てこないなんて……! この魔除け香、マジで効果絶大じゃないですか!」
静寂の恐怖に耐えきれなくなったリックが、怯えを誤魔化すように、媚びるような声を張り上げた。
フェリクスは歩みを止めることなく、得意げに鼻を鳴らす。
「ふん、当然だ。帝都の特級錬金術師から金に糸目をつけずに買い上げた代物だからな。この俺様の財力の前では、C級やB級程度の雑魚魔獣など近寄ることすらできん」
自分の力であるかのように豪語する主人の背中を見ながら、ノエルは一人、身震いして周囲を見回した。
魔物は出ない。
だが、どうしても見えない“何か”の気配が肌にまとわりついて拭えないのだ。
「……でも、なんだか静かすぎます。まるで、森全体が息を潜めて、僕たちを『観察』しているみたいで……」
「気のせいだ。ビビってんじゃねえよ、ノエル!」
おどおどと呟いたノエルの言葉を、リックが強がって一蹴する。
フェリクスはそんな後方のやり取りなど気にも留めず、苛立たしげに手元のメモを睨みながら、古木に刻まれた微かな目印を探し続けていた。
「“双月が重なる角度の岩肌”だと……ッ、回りくどい書き方しやがって。これだから天才気取りの陰険野郎は腹が立つ」
毒づく主人の背中を見ながら、ノエルは地面の感触に神経を尖らせていた。
ぬかるんだ泥に残る、不可解な痕跡。
小さな爪痕や、不自然に折れた枝。それは獣のものか、あるいはもっと異質な何かのものか。
この森は、何かを隠すことに慣れすぎている。
やがて――視界が急に開け、岩肌が露出した斜面へと出た。
巨大な顎のように、いくつもの洞窟が黒々とした口を開けている。
一見すれば、ただの自然洞窟だ。だが、フェリクスは確信に満ちた笑みを浮かべ、メモを掲げた。
「見つけたぞ。三つの洞窟が並び、一番奥が“風の流れに逆らう”。……つまり、外が風上であっても、不自然に『中から風を吐き出している穴』が正解ってことだ」
三人は息を殺し、耳を澄ませた。
ゴオォォォ……。
確かに、一番奥の洞窟からだけ、地の底から這い上がってくるような冷たい風が絶え間なく吐き出されている。
「これ……まるで、洞窟が呼吸してるみたいだ」
ノエルが思わず呟く。
フェリクスは短く頷くと、躊躇うことなくその黒々とした闇へ足を踏み入れた。
洞窟の中は、ひどく暗い。
だが、どこか不気味なほどに人工的に“整いすぎて”いた。
自然の洞窟ならあるはずの崩れた瓦礫も、湿った苔も、獣の排泄物の臭いもない。
代わりに漂ってくるのは、冷たく乾いた金属と、微かな油の匂いだ。
「間違いない。ここで当たりだ……」
フェリクスの声が上ずった。
それは、隠された宝の山を確信した興奮と、未知の領域に対する本能的な恐怖が、ぐちゃぐちゃに混ざり合った響きだった。
宝への欲望に背中を押されるように、フェリクスが歩調を速めた、その時だった。
「フェリクス様、待ってください! その先の床、石の継ぎ目が不自然に浮いて――」
ノエルが足元の違和感に気づき、慌てて制止の声を上げる。
だが、今のフェリクスの耳にそんな忠告は届かない。
「ええい、小うるさいぞノエル! いちいち怯えて足を止めるな!」
フェリクスはノエルの言葉を鬱陶しそうに一蹴し、そのまま乱暴に前へと足を踏み出した。
――カチリ。
フェリクスの靴底で、石畳が微かな音を立てて沈み込んだ。
「ひっ!? な、なんか今、すげぇヤバい音しませんでした!?」
背後にいたリックが、ビクンと肩を跳ねさせて後ずさる。
「あッ! やっぱり……それ、罠ですよフェリクス様!」
ノエルが鋭く叫んだ。
直後、彼らの足元を中心にして、床一面に複雑な幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり、警告色の赤い光が凶悪に脈打ち始めた。
ただの警報システムではない。
肌を刺すような高密度の魔力が充満していく。
侵入者を文字通り消し炭にするための、直接的で暴力的な迎撃術式だ。
「う、うわああああああッ! お、終わった! 俺たちここで丸焦げにされるぅぅぅ!!」
リックが完全にパニックに陥り、無様に腰を抜かしてへたり込む。
だが、致死の罠のど真ん中に立つフェリクスは微塵も慌てていなかった。
「……ふん。騒々しい奴らめ。俺様がいながら、そう簡単に死ぬとでも思ったか?」
勝ち誇ったような嗜虐的な笑みを浮かべ、手元のメモをこれ見よがしにひらひらと掲げてみせる。
「俺様の華麗なる魔法技術と、この『確かな情報』の合わせ技を、とくと拝むがいい! ――『逆位相、
フッ、と。
洞窟を満たしかけていた凶悪な赤い光が、まるで蝋燭の火を吹き消すように瞬時に霧散し、再び静寂な闇へと沈んだ。
「はぁぁぁ……っ、す、すげえ……! ほんとに解除できた! やっぱ俺たちのフェリクス様は最高だぜ! マジで一瞬、丸焦げになって死ぬかと思いましたよ!」
リックが顔中の冷や汗を乱暴に拭いながら、ズルズルと壁へ寄りかかって安堵の息を吐き出す。
一方のフェリクスは、他人の書いたメモを読み上げただけだというのに、さも自身の天才的な魔法の腕でピンチを救ったのだと言わんばかりに、鷹揚に胸を張ってみせた。
「当然だ。あの『天才』と持て囃されているニーシャが、自分自身を殺すような間抜けな欠陥品を残すわけがない。……だが、その天才様も案外抜けていてな。なぜか研究室の机の上に、こんな最重要機密を無防備に置きっぱなしにしていたんだ。まるでこの俺様に『どうぞ使ってください』と言わんばかりにな!」
フェリクスは手元の紙片をひらひらと見せびらかし、嗜虐的に口の端を吊り上げた。
「だから俺様が有効活用してやるために、直々に拝借してきてやったというわけだ。どうだ、俺様のこの完璧な手腕は!」
「さっすがフェリクス様! あの天才ニーシャを完全に出し抜くなんて、マジで凄すぎます! その圧倒的な智謀、俺はもう心の底から感服しましたよ!」
薄暗い洞窟の中で、これ見よがしにふんぞり返る主人と、それに全力で胡散臭いごますりをする従者。
だがノエルだけは、手を取り合って歓喜するその輪に入れなかった。
フェリクスの誇らしげな言葉を聞いた瞬間、喉の奥に氷のような冷たい引っかかりを覚えていたからだ。
“机の上に無防備に置きっぱなしにしていた”。
つまり、あの用心深いニーシャが、自身の最重要機密への鍵を、誰の目にも触れる場所にぽつんと放置していたということになる。
イングラジア最高の頭脳と謳われる彼が、果たしてそんな初歩的な凡ミスを犯すだろうか。
――見つけさせた。
あるいは、意図的に『持ち出すように仕向けた』。
そう考えた方が、遥かに自然だ。
背筋をどろりとした冷たいものが這い上がる感覚を覚えながら、ノエルは底知れぬ暗い闇の奥を見つめた。