※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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第四十五話 少年冒険者グループ”金獅子団”の新たな冒険③

 洞窟の黒々とした闇が、三人を音もなく飲み込んでいく。

 足音が湿った岩壁に吸い込まれ、背後の世界が急速に閉じていくような錯覚。

 重苦しい沈黙の中、奥へ奥へと進んだところで――。

 

 不意に、仄白い光がノエルの網膜を刺した。

 松明の炎のような温かな揺らぎは一切ない。

 均一で冷徹な、魔導灯による人工の光だ。

 

 

「……よし、どうやら本丸に辿り着いたようだな」

 

 

 フェリクスが口元だけで笑う。

 だが、ノエルは笑えなかった。

 ここから先は、ただの危険地帯ではない。

 他者の――それも、常軌を逸した天才の“領域”だ。

 あのニーシャ・オブライエンがダンジョンから持ち帰った未知のアイテムを秘匿し、理外の魔道具を生み出している禁断の実験場。

 

 

(こんな場所に、本当に入っていいはずがない)

 

 

 答えはとうに分かっている。

 危険すぎるのだ。

 相手は国政すら左右する名門・上級貴族の跡取りであり、魔導国の至宝とまで呼ばれる規格外の魔法使い。

 許可なき侵入が露見すれば、単なる窃盗事件では済まされない。

 平民である自分たちなど、国家反逆にも等しい大罪として、いとも容易く極刑に処されるだろう。

 

 それでも、ノエルは足を止めることができなかった。

 ここで彼らを見捨てて背を向ければ、自分たちの時間は、あの這いずり回ったオークの巣の汚泥の底で、永遠に腐敗していくだけだと知っているからだ。

 

 やがて、通路の突き当たりに、異質なほど重厚な両開きの扉が鎮座していた。

 自然の無骨な岩肌を唐突に断ち切るように建てられた、冷たい金属と黒曜石のゲート。

 いかにも最先端の研究施設らしい、冷酷な威圧感を放っている。

 その表面には、見る者を激しく拒絶するように、複雑怪奇な魔導回路がびっしりと血脈のように刻まれていた。

 

 フェリクスは、微かに震える指先を隠すようにして、わざと尊大な鼻を鳴らしながら例のメモを開いた。

 

 

「ここから先は解除手順が複雑になるらしい。……ふん、無駄にセキュリティレベルが高いが、この天才的な俺様の魔力と頭脳にかかれば、こんなもの赤子の手をひねるような――」

 

 

 ――ジィィィィィィィィンッ!

 

 フェリクスが気持ちよく演説を言い終わるよりも早く、足元の石畳が突如として不気味な熱を持った。

 見えない蜘蛛の巣に引っかかったという最悪の予感。それが、瞬時に絶望的な確信へと変わる。

 

 

「待ってください! 何かおかしいです……ッ!」

 

 

 ノエルが声を張り上げるのと同時だった。

 扉にびっしりと刻まれた魔導回路が、どす黒い赤色に明滅し始めた。

 それはまるで、愚かな侵入者の接近を嘲笑って見下ろす無数の『眼球』が、一斉に目覚めたかのようだった。

 

 直後。

 

 ――ビィィィィィィィィッ!!

 

 鼓膜を直接殴りつけるような、暴力的な警報音が洞窟内に鳴り響いた。

 

 

「ひぃっ!? フェ、フェリクス様……ッ! これ、絶対ヤバい警報なんじゃ――!?」

 

 

 リックが顔面蒼白になり、腰を抜かしかけて無様に後ずさる。

 フェリクスの顔からも先程までの余裕のドヤ顔が完全に消え失せ、瞳孔が恐怖で針のように収縮していた。

 

「な、なっ!? メモの記述と違うぞ!? 待て、俺様はまだ何も詠唱してない! まだ『俺様のターン』だろうがッ――!」

 

 

 ――ブォォォォン……ッ!

 

 フェリクスのパニックをへし折るように、空気を震わせる低い駆動音が響き渡る。

 だが、ノエルが死を覚悟した次の瞬間――扉の魔導回路は、警告を示す凶悪な赤から、突如として『恭順』を示す清らかな白へと変色した。

 

 ガコンッ、と重々しい開錠音が洞窟の静寂を破る。

 

 そして、大人十人がかりでもびくともしなそうな重厚な黒曜石の扉が、何の抵抗もなく、滑るように音もなく左右へと開いていった。

 ――まるで。

 最初から、彼らという愚かな獲物がやってくるのを、ずっと口を開けて待っていたかのように。

 

 

「……ッ! お、おいお前ら! 何が起きてもいいように武器を構えろ! 万が一魔獣が飛び出して来ても、いつものフォーメーションで完璧に迎撃するぞ!」

 

 

 完全にパニックに陥りながらも、特注のロッドを構えて必死にリーダー風を吹かせるフェリクス。

 リックも慌てて腰のブロードソードを抜き、へっぴり腰のまま扉の奥を睨みつけた。

 

 だが――。

 一秒、五秒、十秒と待っても。

 

 

「な、何も――来ない?」

 

 

 ノエルは飾り気のない木杖を構えたまま、油断なく周囲を見回した。

 罠か? それとも、もっと質の悪い何かが潜んでこちらの様子を窺っているのか?

 

 

「……けっ、お、脅かしやがって! なんだ、やっぱりただの自動ドアかよ! 俺たちのフェリクス様の解除術式が完璧だったから、道が開いたんですよね! そうですよね、フェリクス様ァ!」

 

 

 何も起きないと分かった途端、リックが分かりやすく強気になり、主人の機嫌を取るように快活な声を張り上げる。

 フェリクスも一瞬だけ強張っていた肩の力を抜き、わざとらしく鷹揚に鼻を鳴らした。

 

 

「と、当然だ! この俺様を誰だと思っている! カヴェナの誇り高きシュタイナー子爵家の嫡男にして、いずれイングラジアの魔導帝となり、全てを支配する男だぞ! あのニーシャがいかに粋がろうと、俺様の天才的な魔法技術の前では、この程度のセキュリティなどただの自動ドアに過ぎん!」

 

「あ! フェリクス様! あれ、見てください!」

 

 

 リックの興奮した声に釣られ、三人はようやく開かれた扉の向こう側へと目を向けた。

 

 そこには、彼らのチープな予想を完全に裏切る光景が広がっていた。

 無骨な自然の岩肌は境界線で唐突に断ち切られ、そこから先は鏡面のように磨き上げられた純白の大理石の床に変わっている。天井には冷徹な青白い光を放つ魔導灯の列が、等間隔で奥深くへと続いていた。

 

 ――ニーシャ・オブライエンの秘密研究所。

 そこはあまりにも静謐で、塵ひとつ落ちていない病的な清潔さが逆に狂気を感じさせる、完璧な秩序に支配された空間だった。

 

 

「フェリクス様、待ってください……! この部屋、明らかにおかしいです。さっきの警報も、解除できたというより……まるで、最初から僕たちを中に招き入れるために扉が開いたみたいで――」

 

「黙れ、臆病者が。せっかくの栄光の瞬間に水を差すな」

 

 

 ノエルの必死の静止を鼻で嗤い、フェリクスは尊大に胸を張った。

 

 

「ほう……これが、あのニーシャの秘密の研究所か」

 

 

 カツカツと大げさな足音を響かせて、我が物顔で研究所へと足を踏み入れた。

 その背中に、欲望丸出しの顔で続くリック。

 ノエルだけが、背筋にまとわりつく見えない『視線の気配』に悪寒を感じながら、恐る恐る遅れて足を踏み入れた。

 

 

「……す、すげえ……」

 

 

 中に入り、周囲を見渡した途端、リックからまともな語彙力が消滅した。

 だらしなく口を開け、夢遊病者のように無数の実験台の間をふらふらと歩き始める。

 無理もない。そこは、文字通りの『宝の山』だったのだ。

 

 ひとりでにページをめくり、未知の複雑な術式を空中にホログラムのように投影し続ける分厚い魔導書。

 フラスコの中で、燃料もないのに永劫に燃え続ける紫色の炎。

 重力を完全に無視して、宙に静止したまま微動だにしない銀色の鉱石。

 壁際の棚には、あのニーシャがダンジョン深層から持ち帰ったであろうアイテムの数々が、まるで道端の石ころのように、無造作にゴロゴロと転がされている。

 

 

「うわぁ……これ、全部本物かよ……!」

 

 

 リックが欲望に濁った瞳で、近くの台に立て掛けられていた一本の剣へと手を伸ばす。

 柄には風属性の魔石がはめ込まれ、刀身は薄緑色に透き通ったミスリルで打たれている。

 

 

「ま、待ってリック! 触らないで! 罠かもしれない!」

 

 

 ノエルが鋭く制止するが、リックの耳にはもう届いていない。

 

 

「うわぁ、これ、風のエンチャントが掛かってる剣じゃん! これさえあれば、俺でも一気にゴールド級の冒険者になれるんじゃ……」

 

「ふん、捨て置け。それは確かに業物だが、所詮は帝都の高級武具店に行けば、金で買えるレベルの代物だ。俺様が探しているのは、そんな退屈な“市販品”じゃない」

 

「えっ……そ、そんな。じゃあ俺達、無駄足だったんですか……?」

 

 

 フェリクスの冷酷な言葉に、リックが露骨に肩を落とす。

 

 

「そう焦るな。目星はついている。俺様が狙うのは、もっと奥だ」

 

 

 フェリクスの視線は、実験室のさらに最奥――他の壁とは完全に隔離された場所に鎮座する、一枚の巨大な鉄扉に釘付けになっていた。

 その扉は、煌びやかな魔道具が並ぶこの実験室の中で、異常なまでに異質だった。

 

 魔導回路などの装飾は一切ない。

 ただ、鈍く光る黒い重金属の表面に、血のように黒ずんだ赤い塗料で、乱暴に文字が殴り書きされている。

 

 

『立入禁止――深淵汚染区域。絶対に入るな』

 

 

 血のような赤い塗料で殴り書きされた文字の下には、ドクロとも蛸ともつかない、見るだけで精神を掻き乱されるような奇妙な紋章が描かれている。

 禍々しい。

 ノエルの生存本能が、ここから先は“人の領域ではない”と、サイレンのようにけたたましく警告している。

 

 吸い寄せられるようにそちらへ向かおうとする二人を前に、ノエルは弾かれたように両手を広げて立ち塞がった。

 

 

「フェリクス様、引き返しましょう! この扉、絶対に開けちゃダメです! この文言は明らかに異常です!」

 

「異常だと? 何を言っているお前は。分かりやすい隠し部屋への案内板じゃないか」

 

「だっておかしいですよ! この研究所は、あのニーシャ様『一人』しか訪れない秘密の場所のはずですよね? だったら、どうしてわざわざこんな『誰かに向けた注意書き』なんて書く必要があるんですか! ここはただの宝物庫なんかじゃない、もっとヤバい何かが封印されている場所です……ッ!」

 

「『絶対に入るな』……か。ふん、笑わせる」

 

 

 ノエルの必死の論理的な制止を、フェリクスは鼻で嗤って一蹴した。

 

 

「いいかノエル。こういうのはな、宝を独り占めしたい臆病な輩がよく使う、典型的な子供騙しのブラフだ。天才と持て囃されているニーシャの野郎も、こんなみみっちい脅し文句で泥棒を追い返そうとするとはな。傑作だ! この奥にこそ、奴が隠した“本物の至宝”があるに決まっている」

 

 

 フェリクスは冷たく言い放つ。

 その目に宿っているのは警告への恐怖ではなく、ニーシャを出し抜こうとする歪んだ執着と優越感だけだ。

 

 

「ですが……ッ!」

 

「そうだぞノエル! ここまで来てビビってんじゃねーよ!」

 

 

 リックがフェリクスの後ろから顔を出し、勝ち誇ったように笑う。

 

 

「見ろよ、この扉。入り口みたいに厳重な魔法陣もねえし、鍵すらかかってねえみたいだぜ? 本気でヤバい場所なら、もっとガチガチに封印するはずだろ! つまり、これは俺たちみたいな“選ばれた勇者”が来るのを待ってるってことさ!」

 

 

 フェリクスはその浅薄な肯定の言葉に満足げに頷くと、両手を広げて立ち塞がるノエルを「邪魔だ」とばかりに乱暴に突き飛ばした。

 そして、何の躊躇いもなく、禍々しい重金属の扉に手をかける。

 

 ――ギギギギギィィ……ッ。

 

 鼓膜を削るような重い金属音。

 何年も開かれていなかった錆びついた蝶番が、断末魔のような悲鳴を上げ、黒い鉄扉がゆっくりと口を開く。

 

 そこは、完全なる闇だった。

 単に光がないのではない。

 外の実験室から漏れる眩い魔導灯の光さえも、境界線でぷつりと途絶えている。

 まるで空間そのものが光を貪り食い、“吸い込んで”しまうような、濃密で粘着質な黒。

 

 

「……チッ、暗いな」

 

 

 フェリクスが不快そうに眉をひそめ、懐から魔導灯を取り出す。

 カチリ、とスイッチを入れると、青白い光芒が走り――数メートル先で、目に見えない壁にでもぶつかったかのように不自然に霧散した。

 

 闇の奥は、想像を絶するほど広大な空間だった。

 天井も壁も見えない。

 ただ、足元にはぬらぬらと濡れた石畳が続き、その先には巨大な地底湖のような水面が広がっていた。

 いや、あれは水ではない。

 黒く、重い粘り気のある未知の液体が、チャプ……チャプ……と、生き物の胃袋の中のような不気味な音を立てて岸辺を打っている。

 

 

「なんだ、ここ……宝物庫じゃ……ないのか?」

 

 

 リックの震える声が、虚無の空洞に吸い込まれていく。

 返事はない。

 不快な水音の反響だけが、ねっとりと耳を撫でてくる。

 フェリクスは苛立ちを隠しもしない舌打ちを一つ落とし、魔導灯をさらに高く掲げた。

 

 青白い光が闇を裂き――やはり届くはずの距離でふっと溶ける。

 だが、光が死ぬ直前、“あちら側”の景色を僅かに掠めた。

 

 

「見ろ。あそこだ」

 

 

 フェリクスが指差す先――。

 深淵の向こう、底の見えない黒い液体の対岸に、不自然なほど煌びやかな光が揺れていた。

 黄金のきらめき。

 宝石の瞬き。

 そして、高位の魔道具だけが放つ、肌をチリチリと刺すような濃厚な魔力溜まり。

 

 それらを額縁のように取り囲むのは、ひと目で「豪奢」と分かる巨大な扉だった。

 だが、その装飾はあまりに過剰で、華やかというより下品だ。

 まるで、飢えた獣を誘い込むために吊るされた、極彩色の毒餌のように露骨である。

 さらにご丁寧なことに、怪しげな紫色の魔導灯が、その扉だけをスポットライトのように執拗に照らし出している。

 

 ――「ここが正解だ」と、闇そのものが甘く囁いているかのように。

 

 

「おおっ……! あそこにあるんですね! すげえ、遠目でも分かる……あれこそが真の宝物庫だ!」

 

 

 リックが、足の震えを歓声で無理やり塗り潰す。

 フェリクスはそれを当然の賛美として受け取り、傲慢に顎を上げた。

 

 

「奥だ。この黒池を渡った先が本命だ。ニーシャのメモにもあったろう――『深淵の守護者を越えし先に、至高の叡智あり』とな」

 

 

 その瞬間だった。

 湿った生暖かい風が、三人の顔をねっとりと撫で回した。

 強烈な、腐った磯の臭い。

 そこに、脳髄が痺れるほど甘ったるい花の香りが混ざっている。

 甘いのに、猛烈な吐き気がする。生物としての本能が、全力で“これ以上近づくな”と警鐘を鳴らすような異臭だ。

 

 

「うぷっ……!? く、くさっ! なんだこの臭い……っ! まるでゴブリンの死体が腐った山に、安物の香水をぶちまけたような……!」

 

 

 リックが鼻をつまんでえずく。

 ノエルも咄嗟に袖で口元を覆い、こみ上げる吐き気を必死に飲み込んだ。

 だが、フェリクスだけが平然としていた――いや、平然を装うために、顔を引き攣らせながら必死に呼吸を浅くしているのが、ノエルには分かった。

 

 

「ふん。『深淵汚染区域』だと? 典型的な子供騙しだ。『ここから先へは行くな』と侵入者の本能に訴えかけるだけの、チープな舞台装置に過ぎん。臭いは不快だが、毒の類ではない。……行くぞ」

 

 

 そう言い切るや、フェリクスは池の中央へ伸びる“道”に足を踏み出した。

 闇の液面へ渡された一本の桟橋。

 だが支柱がない。

 石造りの橋板だけが黒い水面の上に、ふわりと浮いている。

 踏みしめるたび、足元が遅れて揺れる。

 まるで橋そのものが、生き物の背中で呼吸しているみたいに。

 

 

「待ってください、フェリクス様! あんなに露骨に豪華な扉、罠に決まってます! それにこの橋も、池の黒い水だって異常です! 下から何か得体の知れないモノが来るかもしれません!」

 

 

 ノエルが必死に声を張る。

 しかし、フェリクスは鼻で嗤った。

 彼の瞳は、もはや深淵の奥にある『宝』の輝きに完全に魅入られてしまっている。

 

 

「黙れ、小うるさいノミめ。英雄が宝を前にして引き返すわけがなかろう。あの輝きは、俺様という真の主に選ばれるのを待っているんだ! おいリック。そこのビビりが逃げ出さないよう、後ろから見張っておけ。俺様が先頭に立って栄光への道を切り開いてやる!」

 

「そんなぁ……っ」

 

「了解です! ほら、さっさと歩けよノエル! フェリクス様の栄光の道行きを邪魔したら、その黒い水に蹴り落としてやるからな!」

 

 

 リックは卑しい笑みを浮かべ、ノエルの背中を小突くようにして最後尾についた。

 

 先頭にフェリクス、中間にノエル、最後尾にリック。

 三人は、ただ漆黒の粘液が満ちる地底湖に架かった、心許ない浮橋を進んでいく。

 

 ――チャプ、チャプ……。

 

 不気味な水音と、自分たちの足音だけが、虚ろな空間にやけに大きく反響する。

 橋は、絶望的なまでに長かった。

 進めば進むほど背後の入り口の気配が遠ざかり、代わりに濃密な闇が、ねっとりと皮膚にへばりついてくる。

 

 ノエルは、背筋を這い上がる強烈な寒気を堪えながら歩き続けた。

 何かがおかしい。

 不自然なほど、静かすぎる。

 さっきまで、すぐ後ろでリックが「すげえ」「やべえ」と浮かれた声で喋り続けていたはずなのに。

 

 ふと、気がついた。

 声が途絶えている。いや、声だけじゃない。

 足音も。

 衣擦れも。

 息遣いすらも。

 

 まるで、世界から突然“最後尾”だけが、きれいに切り取られて抜け落ちたみたいに。

 

 

「……リック?」

 

 

 ノエルは、弾かれたように振り返った。

 

 ――いない。

 

 誰も、いない。

 ただ、濃密で絶対的な黒い闇が口を開けているだけだ。

 

 悲鳴はなかった。

 水に落ちた音すらない。

 何かと争ったような痕跡も、焦って足を滑らせたような跡すら、橋の上には何一つ残されていない。

 

 まるで最初から、リックという人間がこの場に存在していなかったかのように――ぽっかりとした不自然な『虚空』だけが、そこにあった。

 

 

「フェ、フェリクス様……! リックが……リックがいません!」

 

「あぁ? 急に立ち止まって何を言って――」

 

 

 フェリクスが苛立ち半分で振り返り、そして、完全に言葉を失った。

 

 橋の上には、二人分の足音。

 二人分の影。

 二人分の、荒い呼吸だけ。

 

 つい数分前まで確かに三人だったはずの影は、音もなく、いつの間にか二つになっていた。

 

 

「な、なんだこれは……? あいつ、どこへ行った!?」

 

 

 フェリクスが血相を変え、震える声で怒鳴る。

 先ほどまでの尊大な態度は剥がれ落ち、緑色の瞳が暗闇の中を必死に彷徨っていた。

 

 

「わ、分かりません! 声も、水に落ちた音すら何もしなかったのに……突然、後ろから気配が消えて……ッ」

 

「ふざけるな! この俺様の許可もなく、勝手に消えることなど許されるはずがない! おいリック! どこで油を売っている、さっさと出てこい!」

 

 

 虚勢を張るように怒鳴り声を上げるフェリクスだが、その声は薄暗い虚空に吸い込まれ、虚しく反響するだけだ。

 ノエルはガチガチと歯の根を鳴らしながら、必死に背後の闇へ目を凝らした。

 

 

「フェリクス様、ダメです、大声を出さないでください……。ここ、何かがおかしいです……ッ」

 

「黙れ! もういい、あんな腰抜けは放っておけ! いいか、宝はもう目の前なんだぞ! あいつはきっと暗闇にビビって、一人でさっさと逃げ帰ったんだ! ふん……せっかく俺様が栄光を掴む瞬間に立ち会わせてやろうと思ったのに、恩知らずな裏切り者め!」

 

 

 無理やり自分を納得させるように吐き捨て、フェリクスはリックの安否など気にも留めずに再び前を向こうとする。

 

 

「そんなわけありません! リックはフェリクス様に心酔してるんです! あなたを置いて、一人で逃げるはずが――」

 

 

 ノエルがさらに食い下がろうとした、その時だった。

 

 リックが立っていたはずの場所のすぐ横、黒い水面に、小さな波紋が広がっていた。

 ポコッ、と一つ。

 遅れてやってきた泡が弾ける。

 

 そして。

 

 ――ボコォッ!!

 

 黒い水面が、爆発したように大きく盛り上がった。

 泡が弾けるような可愛らしい音ではない。何かが、規格外の巨大な質量を持った何かが、泥のように重い池の底から急速浮上してくる音だった。

 

 

「ひっ……!?」

 

 

 ノエルの喉から、悲鳴にもならない短い音が漏れる。

 フェリクスの足も、恐怖で石像のように硬直していた。

 

 水面が激しく割れた。

 現れたのは、光沢のある黒紫色の皮膚。ぬらりと濡れたそれは、小山のように巨大でありながら、悍ましい生き物のようにドクドクと脈打っている。

 そして、その“肉の小山”から、無数の太い大蛇が――いや、悍ましい触手が、一斉に鎌首をもたげた。

 そのうちの一本が、何かをきつく絡め取っている。

 

 

「あひぃいいいいッ……!? フェ、フェリクスしゃまぁあああ……!!」

 

 

 頭上の暗闇から、情けない悲鳴が降ってきた。

 だが、ノエルたちの持っている小さな魔導灯の光では、高く持ち上げられたその姿の全容までは見えない。

 

 その時だった。

 

 ――バチ、バチッ……パァァァァァァァンッ!!

 

 何らかの防衛システムが起動したのか、あるいは『ショーの始まり』を告げる舞台装置なのか。

 それまで空間そのものを呑み込んでいた漆黒の闇が、突如として払われた。

 遥か頭上の見えない天井に設置されていた、無数の巨大な魔導照明が一斉に白日のような光を放ち、広大な地底湖の全容を残酷なまでに照らし出したのだ。

 

 

「あ……ぁ……」

 

 

 光に暴かれたその光景を見て、ノエルの膝から力が抜け落ちた。

 

 巨大な蛸、あるいはイカを醜悪に歪ませたような怪物の巨体。

 そして、その触手によって遥か高々と持ち上げられ、見せ物のように晒されている、リックの姿。

 

 

「リック……!? そんな……!?」

 

 

 ノエルが喉を引き攣らせて叫ぶ。

 リックはただ捕まっているだけではなかった。

 太い大蛇のような触手が、彼の胴体と四肢を蜘蛛の巣のように雁字搦めにしている。フェリクスから買い与えられた自慢の新品のチェインメイルはすでに飴細工のようにひしゃげ、革のズボンは無惨に引き裂かれていた。

 

 そして――白日の下に剥き出しにされたリックの臀部の奥深く、菊門の柔らかな粘膜へと、ぬらぬらと濡れた別の触手が情け容赦なくねじ込まれていた。

 

 

「あ、ア、ぁ、あがッ……! あがああああっ!! 入っ、なか、入ってぇぇ……ッ!」

 

 

 ――ズチュ……ジュポッ、グチュッ!

 

 およそ生物が発するべきではない、卑猥で暴力的な水音が、明るく照らされた空間に生々しく響き渡る。

 太すぎる肉の杭が、リックの狭い腸壁を容赦なく押し広げ、内臓を直接かき回すように苛烈なピストンを繰り返しているのだ。

 

 

「ひぃッ!? ひぐッ、おほォオオオオッ!!♡♡♡」

 

 

 リックは完全に白目を剥き、よだれと涙をだらしなく垂れ流しながら、空中でガクガクと激しく痙攣していた。

 成り上がりを夢見た剣士としてのプライドなどとうに消え失せ、ただの肉の玩具として内側から犯され、破壊されていく。

 触手の表面から分泌される未知の粘液が、圧倒的な苦痛を強制的に快楽へと変換する猛毒の媚薬となって、彼の脳髄をどろどろに溶かしていた。

 

 

「ひっ、あああ……あぁぁぁ……神様……っ」

 

 

 光によって細部まで見えてしまったことで、恐怖は限界を突破した。

 ノエルは飾り気のない木杖を取り落とし、頭を抱えてその場にへたり込む。

 かつてオークの巣で味わった、あの粘りつくような陵辱の記憶。それが吐き気と共にフラッシュバックし、濁流となって脳内を蹂躙する。

 

 

「な、なんだあの汚らわしい化け物は! この俺様の前で、なんて悪趣味な真似を……ッ!」

 

 

 フェリクスは特注のロッドを構えながら、ジリジリと後ずさっていた。

 言葉こそ尊大だが、その足は生まれたての子鹿のように震え、緑色の瞳は恐怖で限界まで見開かれている。

 

 ――ズズズズ……ッ!

 

 さらに黒い水が滝のようにこぼれ落ち、怪物の巨体が完全にせり上がる。

 フェリクスが掲げた魔導灯の青白い光が照らし出したのは、狂気が形を成したような、悪夢そのものだった。

 

 巨大な蛸、あるいはイカを醜悪に歪ませたような姿。

 だが、その頭部にあるのは水棲生物のような吸盤ではない。びっしりと無数に並んだ、人間の目玉のような血走った『複眼』だった。

 それらが一斉にぎョロリと不気味な音を立てて動き、空中で喘ぐリックを弄びながら、残された哀れな獲物を凝視している。

 

 その悍ましい姿を見た瞬間、ノエルの震える唇から、かつて書物で読んだ最悪の知識が無意識にこぼれ落ちた。

 

 

「……あ、思い出した……。あれは…………アビス・クラーケン……っ」

 

 

 ――深層触手獣(アビス・クラーケン)。

 B級危険種などという生温い枠には到底収まらない、A級レベルに匹敵する深淵の捕食者。

 

 

「う、嘘だろ……アビス・クラーケンだと……? なんで、なんでこんなところに……! 秘境のダンジョンの深層にしか棲まないはずの、A級の触手魔獣がいるのだ……!」

 

 

 ノエルの呟きを拾い、フェリクスの声が情けなく裏返る。

 A級危険種の魔獣。

 それは、シルバー級の熟練パーティが総出で挑み、甚大な犠牲を払ってようやく討伐できるかどうかの理外の存在だ。

 ブロンズ級の冒険者など、ただの“餌”でしかない。

 

 

「ひぃっ、来るな……来るなァッ!!」

 

 

 先ほどまでの「自分は特別な人間だ」「魔導帝になる」という自信に満ちたメッキが、一瞬にしてボロボロに剥がれ落ちる。

 フェリクスはロッドを振り回しながら、完全にパニックに陥っていた。

 

 そして――。

 二人の絶望をあざ笑うかのように、アビス・クラーケンが雄叫びを上げた。

 

 

『ブモォオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 

 アビス・クラーケンが、腹の底から低く唸った。

 それは声帯から出る音ではない。巨大な空洞そのものを震わせる、重低音の振動兵器だ。

 ビリビリと大気が軋み、ノエルの全身の肌が悍ましい悪寒に粟立つ。

 

 空中では、リックの腸を掻き回す太い肉の杭が未だに卑猥な水音を立てている。

 怪物はその凌辱の動きを止めることなく、まるでデザートを吟味するように、残された二つの獲物へ向けて、ぬめる触手を何本も持ち上げた。

 

 ――シュルッ!

 

 風を切る鋭い音と共に、そのうちの一本が弾丸のような速度で迫ってきた。

 

 

「フェリクス様ッ!」

 

 

 ノエルが咄嗟に叫び、フェリクスの背中を思いきり突き飛ばす。

 

 バヂィンッ!!

 

 直後、フェリクスが立っていた場所の石畳が、爆弾でも落ちたかのように粉々に砕け散った。

 ほんの一瞬でも遅れていれば、高価なローブごと骨までミンチにされていただろう。

 

 

「ひ、ひぃぃぃ……っ! わ、わああああああ!!」

 

 

 無様に床を転がったフェリクスが、半狂乱で悲鳴を上げながら逃げ出そうとする。

 だが、彼が背後の鉄扉へ向かって駆け出した瞬間。怪物の別の触手が鞭のようにしなり、扉を外側から轟音と共に叩き閉めた。

 

 ――ガァンッ!!

 

 重厚な鉄扉が内側にひしゃげて歪み、完全にロックされる。

 

 退路が、絶たれた。

 逃げ場のない絶対的な闇の中で、理外の怪物と、最底辺のブロンズ級冒険者が三人だけ。

 それは完全なる「狩猟」の構図だった。

 

 

『ギ、ギュルルルルル……』

 

 

 怪物の無数の複眼が細められ、まるで網にかかった哀れな獲物を嘲笑うかのような、粘ついた不快な鳴き声が暗闇に響き渡る。

 

 

「くそっ、くそぉぉぉっ! 開け、開けろぉっ! 俺様は貴族だぞ! 未来の魔導帝、フェリクス・フォン・シュタイナーだぞぉ! こんな気色悪いタコ野郎に舐められてたまるかぁッ!」

 

 

 鉄扉から弾かれたように振り返り、フェリクスが泡を飛ばしながら特注のロッドを両手で構える。

 だが、恐怖でガチガチと痙攣する手では、まともな照準など定まるはずもない。杖の先端に宿りかけた『氷の矢(アイス・アロー)』の魔力も、パニック状態のせいで弱々しく明滅している。

 

 撃ち出せない理由はそれだけではない。

 無軌道に魔法を放てば、今まさに触手の上で空を舞い、狂ったように喘ぎ声を上げているリックを巻き込んでしまう。

 

 いや――そもそも、そんなのは言い訳に過ぎなかった。

 最大の問題は、ブロンズ級のへなちょこな魔法で、A級という規格外の質量を誇るこの怪物の、いったい“どこ”を撃ち抜けば致命傷になるのか、彼には全く見当すらつかないということだ。

 

 金で買った自慢の威力も、この圧倒的な暴力の前では、ただの冷たい石ころを投げつける程度の嫌がらせにしかならない。

 

 

「くそっ……! 俺様は、こんなところで終わる人間じゃ……!」

 

 

 魔法を撃つことも、逃げることもできず、ただロッドを構えたまま無様に震え続けるフェリクス。

 アビス・クラーケンはそんな彼をじっくりと観察するように無数の眼球をギョロつかせると、ゆっくりと、次なる太い触手を高々と振り上げた。

 

 そして――フェリクスが半狂乱で詠唱を始めようとした、その言葉の出鼻を挫くように。

 闇の中から死角を突いて、三本目の触手が大蛇のように滑り出た。

 

 

「なッ……!?」

 

 

 足首に絡みついた太い肉の鞭が、フェリクスの身体をいとも容易く宙へと吊り上げる。

 無様に逆さ吊りにされ、縋るように握りしめていた特注のロッドが、カランと情けない音を立てて石畳に転がった。

 

 

「はなせッ! 離せこの気色悪い化け物ッ! 俺様を誰だと――」 

 

 

 だが、理外の怪物が『餌』の傲慢な言葉になど耳を貸すはずがない。 

 アビス・クラーケンの触手は、ただ純粋な「捕食」と「陵辱」の本能に従い、獲物の衣服を乱暴に引き裂き始めた。 

 ビリビリと高級なシルクのローブがボロ布のように破られ、ろくに鍛えられていない白い柔肌が、冷たい空気に晒される。

 引き裂かれた布地の下から、フェリックスの小さなピンク色の乳首がぷくりと露わになり、さらには下半身の布も剥ぎ取られて、包皮に覆われた幼い陰茎が震えるように垂れ下がる。

 

 

「ひ……あ、やめろ……ッ、やめ……」 

 

 

 かつてオークの巣で味わった、あの底知れぬ絶望と屈辱。

 その生々しい記憶が強制的にフラッシュバックし、フェリクスの瞳から一瞬にして抗う光が消え失せた。 

 ぬるりと――信じられないほど熱く、おぞましい粘液にまみれた触手の先端が、フェリクスの震える尻の谷間へと這い上がってくる。

 それはまるで意思を持った寄生生物のように蠢き、固く閉じた蕾を強引にまさぐった。

 

 

「い、嫌だ……ッ! や、やめッ!! それだけは――」 

 

 

 ――ズチュゥゥンッ!! 

 

 およそ生物が発するべきではない、卑猥で重たい水音。

 大人の腕ほどもある太く、脈打つ肉の杭が、容赦なくフェリクスの薄桃色の幼アナルの奥深くへと突き入れられた。

 

 

 「ガァアアッ!? あ゛ァァァアアアアアアアッッ!!」 

 

 

 内臓を直接押し潰され、全身を引き裂かれるような激痛。

 かつてオークに弄ばれた時の、拷問にも等しい地獄の苦痛が、実感を伴って鮮明に蘇る。

 

 

「か、は……も、死ぬ……やめて……くれ……」 

 

 

 フェリクスは涙と涎で顔をぐちゃぐちゃにしながら、自身を貫く魔獣に向かって哀れに命乞いをした。

 アビス・クラーケンは、本体に張り付いた無数の巨大な複眼で、そんなフェリクスの無様な姿をじっと見下ろす。

 そして、腸の内部に突き刺した極太の触手を――ぐねり、と軽くうねらせた。

 

 

「うひぃいい……!?」 

 

 

 中でうねった刺激に、フェリクスの喉から甲高い悲鳴が漏れた。

 

 

『キュッ! ギュルルルルルルッ!!』 

 

 

 次の瞬間、暗闇に響き渡ったのは、耳を疑うような奇妙な音だった。

 怪物は巨体を震わせ、まるで腹を抱えておかしそうに「爆笑」したのだ。

 「愉快だ」「最高の見世物だ」と言わんばかりに、巨大な眼球をギョロギョロと蠢かせ、粘ついた哄笑を空間に響き渡らせる。

 そして、空いた細い触手の一本で、哀れな玩具(フェリクス)の汗ばんだ頬を、愛おしげに撫でさすった。

 まるで、初夜を迎えた花嫁をベッドの上で、夫が優しく慈しむように。

 

 

「ひぃっ……!」 

 

 

 頬にぬるっとした感触が這い上がり、フェリクスの喉から、恐怖で引き攣った声が漏れ出た。

 

 床にへたり込んでいたノエルもまた、そのあまりに不可解で人間くさい行動に、ゾッと肌を粟立てた。

 

 

「な……なに……? もしかして、笑ってるの……?」

 

 

 高位の魔獣に知性が宿ることは知識として知っている。

 だが、触手魔獣は基本的に「食欲」と「繁殖」の本能だけで動く、醜悪な下等生物だとギルドで教えられていた。

 それなのに、目の前の怪物は明らかに“嗜虐的な遊戯”として、この陵辱を楽しんでいる。

 

 一通りフェリクスの頬を撫で回すと、怪物は再び残酷な遊びを再開した。

 フェリクスの体内に突き刺さったままの極太の触手を、今度はゆっくりと、だが確実に扇動させる。

 

 

「ふぁっ! な、なにをするんだ……!」

 

 

 フェリクスが顔面を蒼白にして叫ぶと、怪物は無数の目を嬉しそうに三日月型へと細めた。

 そして――メリメリと、筋肉が裂けるような嫌な音を立てて強固な括約筋を押し広げながら、巨大な肉の杭を直腸のさらに奥深くへとねじ込んでいく。

 

 

「ひっぎッ……!? や、めっ……! あぐうぅううっ……!」

 

 

 内臓の構造を完全に無視した暴力的な侵入。

 肉の杭は直腸を通り越し、絶対に異物が入ってはいけない聖域――S状結腸の柔らかな粘膜まで、一切の容赦なく蹂躙し始めた。

 

 ――ズブリ、ズチャッ、ズグチュウウウ……ッ!

 

 触手はさらに深く、腹の皮を内側から突き破らんばかりの勢いで進行を続ける。

 フェリクスは痙攣する下腹部を庇うようにして必死に身をよじらせるが、四肢を別の触手に蜘蛛の巣のように拘束され、逃げることすら許されない。

 未来の魔導帝を自称していた傲慢な貴族は、ただ異形の怪物に内側から犯され、自身の平らな腹が不自然にぽっこりと膨らみ上がっていくのを、泣き叫びながら受け入れることしかできなかった。

 

 

「ああ……フェリクス様……」

 

 

 ノエルはあまりに凄惨な光景に足が完全に竦み上がり、声すらもまともに発せなかった。

 頭上ではリックが完全に快楽に落ちて白目を剥き、目の前では主人(フェリクス)が尊厳のすべてを怪物に蹂躙され、狂ったように泣き喚いている。

 地獄の再来。

 いや、あのオークの巣すら生温く思えるほどの、圧倒的で理不尽な暴力が、今まさに目の前で繰り広げられていた。

 恐怖の極みで、ノエルの下半身が勝手に緩み、温かな液体が太ももを伝って床に染み広がる――おもらしをしてしまったのだ。

 恥ずかしさと絶望が混じり、彼の頰を熱く染め上げる。

 

 

「ガァアアッ!? あ゛ァァァアアアアアアアッッ!! 抜、ぬけっ、やめろぉぉぉ……ッ!!」

 

 

 宙吊りにされたフェリクスの絶叫が、石造りの冷たい壁に虚しく反響する。

 だが、アビス・クラーケンの触手は無慈悲だった。

 ぬらぬらと濡れた極太の肉杭は、少年の狭く未熟な腸壁を情け容赦なく拡張しながら、奥へ、さらに奥へと貪欲に侵入していく。

 

 ズチュゥゥ……ッ、グボァッ……!

 

 腸内の柔らかな粘膜が無理やり押し広げられるたび、フェリクスの細い腰がびくんびくんと跳ねた。

 激痛で眼球がひっくり返りそうになるが、気絶することすら許されない。触手の表面から絶え間なく分泌される未知の体液――高濃度の媚薬を含んだ紫色の粘液が、直腸の粘膜から直接血管へと溶け込み、強制的に脳髄を覚醒させていた。

 

 

「ひ、ぎぃ……ッ!?♡ な、なんだこれ……あ、あつ、熱い……っ! 腹の、なかが、あぢぃいいい……ッ!!♡」

 

 

 ただの激痛だったはずの感覚が、急速に変質し始める。

 腸壁をこすり上げる巨大な異物感が、脳の奥底にある理性を直接焼き切るような、おぞましくも甘い“熱”へと変わっていくのだ。

 

 

『ギュルルルルル……』

 

 

 怪物は、獲物の肉体が媚薬に侵され、抗えない快楽へと変異し始めたのを敏感に察知した。

 体内深くに潜り込んだ巨大な触手は、根本の歪なコブをこれ見よがしに膨らませながら、フェリクスの狭い襞壁をみちみちと限界まで引き伸ばす。

 そして、複眼を細めて粘着質な愉悦の音を漏らすと――侵入させていた肉杭を一旦限界まで引き抜き、再び最奥の壁へ向けて、勢いよく叩き込んだ。

 

 ――ズッポォオオオンッ!!

 

 

「あ゛はァァアアアアアァァッッ!!??♡♡♡」

 

 

 一撃で前立腺を完全にすり潰され、フェリクスの身体が弓なりに大きく跳ね上がった。

 恐怖と激痛に支配されていたはずの肉体が、完全に裏切る。

 彼の意志とは無関係に、ろくに勃起もしていなかったはずのペニスが、痛いほどに怒張してだらしなく跳ねた。

 

 

「ひ、ぎっ……!♡ な、なんで俺様の体が……俺様のちんこがこんな大きくなってッ!♡」

 

 

 フェリクスは顔を朱に染め、自身の意に反して激しく怒張した下半身を見て激しく動揺した。

 だが、触手の陵辱はまだ序の口に過ぎない。

 怪物はじっくりと時間をかけるように肉杭を引き抜くと、一切の容赦なく再び最奥の壁へと叩き込んだ。

 

 ――ドチュンッ! グボォオッ!!

 

 

「あがぁぁあああっ!!♡♡♡」

 

 

 抗おうとする言葉は、もはや意味を成さない。

 

 ズボッ、ズチュッ、グチュチュチュゥッ!

 

 怪物は容赦なく、極太の触手によるピストンを加速させた。

 乱暴な摩擦によって生じる熱と、絶え間なく注ぎ込まれる媚薬の粘液が、フェリクスの神経回路をドロドロに溶かし、完全にショートさせていく。

 擦れるたびに、無理やり広げられた尻穴の縁が赤く充血し、そこから入りきらなくなった紫色の媚薬と腸液が混ざり合った卑猥な飛沫が、ピチャピチャと周囲に飛び散る。

 

 

「やめ、あ、あ、あああぁッ!♡ だめ、だめだぁっ……!♡ いずれ魔導帝になる、俺様がこんな……ひぐッ、んほォオオオオオッ!!♡♡♡」

 

 

 誇り高き貴族の口から、ついにただの獣のような卑猥な喘ぎ声が漏れた。

 強酸のような媚薬によって無理やり快楽神経を引き摺り出され、直接脳髄へ叩き込まれる原始的な快感。

 空間には、むせ返るような磯の生臭さと、媚薬特有の甘ったるい花の香りが充満し、それがさらに彼らの理性を奪っていく。

 

 

「あっひぃいいっ!♡♡ きもぢぃいッ♡ んほぉおおッ!!♡♡♡ お、おしりがぁあっ!♡♡ 壊れりゅぅぅううッ!!♡♡♡」

 

 

 もはや言葉の形すら保てない。

 フェリクスは白目を剥いてだらしなく舌を突き出し、汗と涙、そして涎で端正な顔をぐちゃぐちゃに汚しながら狂ったように泣き叫んだ。

 滑らかな白い肌は大量の汗でぬらぬらと光り、熱を帯びて赤く上気している。

 

 

「あ゛ぁぁああァアアッ!♡♡ あづいぃいいいっ!!♡♡♡ もうやべでぐれぇっ!!♡♡♡ 死ぬぅうううううっ!!♡♡♡」

 

『ギュルルル……ッ』

 

 

 かつての高慢な態度はどこへやら、ただ発情して鳴き喚く雌豚のように成り果てたフェリクスの痴態を嘲笑うかのように、アビス・クラーケンは無数の複眼を三日月型に歪ませた。

 

 そして――さらなる絶望を与えるように、彼の口の中に別の細い触手が蛇のように滑り込んでくる。

 

 

「んぶッ!? ごぼッ、ぉぐッ……!♡♡♡」

 

 

 ザラザラとした無数の吸盤が舌にねっとりと絡みつき、えずく隙も与えずに喉の奥深くへと侵入してくる。

 口内を無理やり押し広げる圧倒的な質量と、そこからとめどなく分泌される強烈に甘い媚薬の味が、フェリクスの残された思考を真っ白に染め上げた。

 

 上からは喉の奥を犯され、下からは腸の最奥を掻き回される。

 上下の穴を同時に塞がれ、息継ぎすらまともにできない。フェリクスはただ涙と涎を垂れ流しながら、濁流のような快楽の波に呑まれていくしかなかった。

 

 

「んんーッ!♡♡ んごォォオオオッ!!♡♡ ふ、ふぁああっ……!!♡♡♡」

 

 

 完全に媚薬が回りきったフェリクスの瞳から、もはや知性の光は完全に失われていた。

 彼は無意識のうちに自ら腰を振り、腸を犯す触手の苛烈なピストンに合わせるようにして、だらしなく身をよじらせて快楽を貪っている。

 

 その頭上では、リックがさらに凄惨で、狂気的な状態に陥っていた。

 

 

「あへぇ……っ♡ すげぇ……なんれすかこれ……っ♡ オークの比じゃねぇ……っ♡♡」

 

 

 リックはすでに、完全に“壊れて”いた。

 彼のアナルには、フェリクスを犯しているものよりもさらに太く、おぞましいイボの生えた触手が根元まで突き刺さっている。

 

 ズチュン、ズポォッ、ジュポォッ!

 

 触手が出入りするたび、限界まで拡張された肛門から、入りきらなくなった紫色の媚薬粘液がぶくぶくと泡を立てて溢れ出している。

 

 

「ひぃッ!♡ あひぃいいいッ!♡ おく、おくが、ぐちゃぐちゃになっちゃうぅうううッ♡♡♡」

 

 

 リックの脳内には、もはや恐怖も絶望もない。

 あるのは、アビス・クラーケンが与える規格外の快楽だけだ。

 オークの時には感じていた屈辱すらも、強力な媚薬の効果によって完全に麻痺し、ただひたすらに“気持ちいい”という原始的な感情だけが支配している。

 

 

「もっと……もっと奥までぇッ……♡ 触手さぁん……♡♡ 俺のなか、全部ぶっ壊してくだしゃぁぁぁいいいッ!♡♡♡」

 

 

 狂ったように叫びながら、リックは宙吊りのまま自らの尻を大きく突き出し、自ら触手を迎えに行くような動きを見せた。

 

 

『ギロロロロ……』

 

 

 その卑しい反応に満足したのか、怪物は新たな触手をリックの下半身へと伸ばした。

 その触手の先端は、まるで食虫植物の口のように、不気味な花弁状に開いている。

 内側にはびっしりと柔らかな肉のヒダが並び、そこからも絶え間なく媚薬の粘液が分泌されていた。

 

 

「あ……? な、なんれす、か、それ……ひッ!?」

 

 

 口の形をした触手が、リックの限界まで怒張したペニスへと狙いを定める。

 そして、蛇が獲物を丸呑みするように――ぬるり、と根元まで一気に飲み込んだ。

 

 

「――――ッッ!!??♡♡♡♡」

 

 

 声にならない絶叫が、リックの喉を引き裂いた。

 触手の内部は、人間の口腔などとは比較にならないほどの高温と、恐ろしいほどの吸引力を持っていた。

 無数の肉のヒダがペニスを隙間なく包み込み、まるで搾乳機のように、ズルリ、ズルリと激しくしごき上げる。

 

 

「あ゛ァァァァアアアッ!?♡♡ むり、むりぃいッ♡♡ そんなの、ちんぽもげちゃうぅぅぅッ♡♡」

 

 

 ペニスから脳髄へと直接叩き込まれる、致死量の快感。

 後ろの穴を極太の触手で激しくピストンされながら、前の急所を未知の吸引器官で搾り取られる。

 逃げ場のない快楽の奔流に、リックの身体は痙攣の度合いをさらに強めた。

 

 

「イくッ……!♡ もう、イッちゃうぅうううッ!!♡♡ だ、だめぇッ♡ そんなに吸われたら、魂まで全部出ちゃうぅううううッ!!♡♡♡」

 

 

 ピュプ、ピュルルル!

 

 リックは白目をひん剥き、全身を弓なりに反らせてついに絶頂に達した。

 限界まで拡張された尿道から、とめどなく白濁液が放出される。

 だが、アビス・クラーケンの食虫植物のような触手口は、一度咥え込んだ獲物を決して逃がさなかった。

 

 ――ジュルルルルッ!! ズッポォォォォンッ!!

 

 

「はあ゛ァァァァァァッ!?♡♡♡」

 

 

 射精の瞬間を狙い澄ましたかのように、触手内部の恐るべき吸引力が跳ね上がった。

 無数の肉ヒダがペニスの根元から先端までをきつく締め上げ、ポンプのように激しく脈動する。

 リックの体内で生成されたばかりの精液を、文字通り“一滴残らず”搾り取ろうとする執拗な貪欲さだった。

 

 

「はひぃいいっ……!♡♡ 俺の、せーし全部吸われてるぅぅううッ!!♡♡♡」

 

 

 出終わったはずのペニスから、さらに無理やり中身を引きずり出されるような強烈な悪寒と快感。

 リックの口からは涎が滝のように流れ落ち、指先から足の爪先までがガクガクと痙攣を引き起こす。

 

 リックが極限の絶頂を見せると、アビス・クラーケンはさらなる追撃を仕掛けた。

 後ろの穴に挿入されていた触手の先端が、リックの直腸の最奥で――ぷっくりと、風船のように膨れ上がったのだ。

 

 

「あ、ひッ……!? な、なかで、ふくらん……ッ♡♡」

 

 

 腸を内側から圧迫する圧倒的な質量。

 そして、膨れ上がった触手の先端から、高圧で何かが噴出する気配。

 

 

『ブモォォォォォンッ……!!』

 

「あ゛ァァァァァァァッッッ!!♡♡♡♡」

 

 ――ドビュゥゥゥウウウウウウウッッ!!

 

 

 怪物の咆哮と共に、リックの腸内に莫大な量の熱い「精」が放たれた。

 それは人間のものとは違う、ドロドロとした紫色の高濃度スライムのような体液だった。

 内臓が破裂するかと思うほどの勢いで注ぎ込まれる熱い濁流に、リックの理性が完全に吹き飛ぶ。

 

 

「ア゛ア゛アァァッ!!♡♡ あひぃぃぃッ♡♡ なかに、なかにお熱いの、いっぱい入ってきりゅぅぅぅぅぅぅッ!!♡♡♡」

 

 

 それと同時に、前のペニスを咥え込んでいた触手口が限界まで吸引力を高めた。

 

 ズッポォォォォォォッ!!

 

 腹の中を怪物に満たされる快感と恐怖の中、リックのペニスから限界を超えた量の白濁液が、触手の口内へと搾り取られていく。

 

 

「ひ、ぐ……ッ、ガァアッ……!!♡♡♡」

 

 

 前と後ろ、両方から同時に極限の絶頂を迎え、リックの身体はピクピクと痙攣したまま、完全に意識を飛ばした。

 白目を剥き、口からは涎を垂れ流し、だらりと垂れ下がったその姿は、もはや剣士ではなく、怪物の体液を孕まされたただの「苗床」でしかなかった。

 

 

「むぐっ、ん……ごぉ……♡」

 

 

 その一部始終を、すぐ下で同じように犯されながら見ていたフェリクス。

 彼の心にも、もはや抗う力など微塵も残されていなかった。

 口の中にはザラザラとした吸盤のついた触手が根元までねじ込まれ、息継ぎすらまともにできない。

 言葉を発しようにも、喉の奥まで塞がれているため、卑猥な水音とくぐもった呻きしか漏れなかった。

 

 

「んんーッ!♡ んごォォ……ッ♡♡」

 

(や、やめろ……俺様は、次期当主……ッ。こんな、こんな化け物の精液を腹の中に……ッ)

 

 

 最後の残飯のようなプライドが、頭の片隅で警鐘を鳴らす。

 しかし、身体は完全に媚薬に支配されていた。

 這い寄ってきた触手口が、フェリクスのペニスをぬるりと飲み込んだ瞬間――。

 

 

「んぐゥゥゥゥッ!?♡♡♡」

 

 

 強烈な吸引力と、肉ヒダの摩擦。

 フェリクスの腰が、自らの意志とは無関係に大きく跳ね上がった。

 

 

「むごぉぉぉおッ!♡♡ んぶ、ちゅちゅっ、んんんッ!♡♡」

 

(あ、あ゛ァァアアアッ♡♡ きもち、いい……ッ♡ もっと、もっと吸ってぇ……ッ♡♡)

 

 

 実際の口からは無様な嗚咽しか出ないが、フェリクスの脳内は、ただ与えられる快楽を処理することだけで一杯になっていた。

 特注のローブはすでに破れ去り、白く滑らかな肌は怪物の紫色の粘液と自らの汗でべたべたに汚れきっている。

 その無惨な姿は、かつてノエルを見下していた高慢な貴族の面影など欠片もない、ただの欲情したメスだ。

 

 

「んんッ♡ んごォォォォ……ッ♡♡」

 

(イクッ、俺様、イッちゃうぅうううッ!!♡♡)

 

 

 フェリクスが心の中で絶叫した瞬間。

 彼のお尻の穴に突き刺さっていた極太の触手もまた、直腸の奥深くでドクン、と大きく脈打った。

 

 

「ひぐッ!?♡ んんんッ……!?♡♡」

 

(あ、なかで、動いて……ッ♡♡)

 

 

 フェリクスの腹が、触手の質量によって内側から不自然に押し上げられる。

 そして――。

 

 

『ブモォォォォォンッ!!』

 

「んんんんんんんんんんんんんんッッッ!!♡♡♡♡♡」

 

 

 ――ドッパァァァァァァァアアアアアアンッッ!!

 

 リックの時よりもさらに暴力的な勢いで、フェリクスの腸内と口内に熱く粘り気のある精液が大量に放たれた。

 子宮など存在しないはずの腹部が、信じられないほどの量の液体によって、まるで妊婦のようにぽっこりと膨れ上がっていく。

 

 

「んごぉぉぉぉっ♡♡ むぐっ、んぶぼぉぉぉぉぉっ!!♡♡♡♡」

 

(あ゛ァァァッ♡♡ あぢぃ……ッ♡ 腹が、腹がぁぁぁッ♡♡ パンパンになっちゃうぅぅぅぅッ!!♡♡♡)

 

 

 直腸の許容量を優に超え、大腸、そして胃袋の近くまで逆流してくる怪物の精液。

 内側から完全に犯され、満たされるという究極の陵辱。

 同時に、前のペニスからも容赦なく白濁液が搾り取られ、フェリクスは激しい痙攣と共に、二度、三度と絶頂を繰り返した。

 

 

「あ、へ……っ♡ ん……むぐ……っ♡」

 

(あ、あへ……っ♡ もう、だめ……っ♡ 俺様、こわれる……っ♡♡)

 

 

 フェリクスの瞳孔が完全に開き、口に挿入された触手の隙間から涙と涎がごちゃ混ぜになって美しい顔を汚していく。

 パンパンに膨れ上がった腹を抱えるようにして、フェリクスはガクンと首を垂れ、ついに意識の底へと沈んでいった。

 

 宙には、怪物の精液で腹を膨らませ、穴という穴から粘液を垂れ流しながら痙攣する、二人の元・冒険者の姿だけが残された。

 

 

「……嘘だ……。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ……ッ!!」

 

 

 ノエルは、杖も持たず、ただ震える手で自分の頭を抱え込んだ。

 狂気。

 絶望。

 そして、次にあの怪物に犯されるのは自分だという、絶対的な確信。

 

 

『ギロロロロ……』

 

 

 フェリクスとリックを完全に屈服させたアビス・クラーケンは、ゆっくりと、残された最後の獲物――ノエルへと、その無数の複眼を向けた。

 血走った眼球が、値踏みするようにノエルの華奢な体を舐め回す。

 

 

「いや……こないで……っ。神様、助けて……ヴァルクリア様……ッ!」

 

 

 ノエルは後ずさりしようとするが、足は完全に竦んで動かない。

 背中が、冷たい壁にぶつかった。

 逃げ場はない。

 

 ゆっくりと、ぬらぬらと粘液を滴らせた、最も太く、最も禍々しい触手が、ノエルに向かって鎌首をもたげた――。

 

◆

 

 ――ピチャ……、ポタッ……。

 

 粘度の高い液体が、冷たい大理石の床に滴り落ちる微かな水音だけが、広い空間に反響していた。

 先程までの、狂気に満ちた絶叫や卑猥な水音はもう聞こえない。

 後に残されたのは、圧倒的な暴力と快楽によって完全に精神を破壊され、ただの肉の抜け殻と化した三人の冒険者の無惨な姿だけだった。

 

 

「あ……ああ……♡」

 

 

 フェリクス、リック、そしてノエル。

 三人は宙に浮かぶ巨大な触手に手足を絡め取られたまま、まるで糸の切れた操り人形のように、だらりと首を垂れて空中で力なく揺れている。

 彼らの衣服は見る影もなく引き裂かれ、白く柔らかな肌は、アビス・クラーケンが分泌した紫色の媚薬粘液と、彼ら自身の汗や涙でぐちゃぐちゃに汚れていた。

 

 さらに異様なのは、三人の腹部である。

 男であるにも関わらずフェリクスとリックも含め、彼らの下腹部はまるで臨月の妊婦のように、不自然にぽっこりと膨れ上がっていた。

 怪物が直腸の最奥にまで容赦なく注ぎ込んだ、莫大な量のドロドロとした精液――高濃度の魔力を含んだスライム状の白い濁流が、彼らの体内を限界まで満たしているのだ。

 入りきらなくなった白濁液が、だらしなく開ききったままの菊門から、紫色の媚薬と混ざり合いながらごぽごぽと泡を立てて溢れ出し、彼らの太ももを伝って床へと降り注いでいる。

 

 ピクッ、ビクンッ……。

 

 三人は完全に意識を失っているにも関わらず、過剰に与えられた快楽の余韻と、体内で熱を放ち続ける怪物の精液の刺激によって、時折思い出したように腰を跳ねさせ、口から「あへぇ……っ♡」「んん……っ♡」と、獣のようなだらしない吐息を漏らしていた。

 

 その、あまりにも凄惨で冒涜的な光景を――静寂な暗闇の中から、ひっそりと見つめている一つの影があった。

 

 コツ……コツ……

 

 硬質な靴音が、静まり返った研究所の奥から響いてくる。

 姿を現したのは、この狂気と体液に塗れた実験室には到底不釣り合いな、塵ひとつない純白の白衣を身に纏った細身の少年だった。

 

 陽光を溶かして紡いだかのような、まばゆい金髪。

 血が通っているのかすら疑わしい、透き通った白磁の肌。

 そして、冷徹な知性を宿した鮮やかな青い瞳が、世界の真理すら見透かすかのような氷の光を放っている。

 

 イングラジア魔導国が誇る最高の頭脳にして、この研究所の絶対的な主。

 『爆炎の金髪貴公子』の異名を持つ十二歳の天才教授、ニーシャ・オブライエンであった。

 

 ニーシャは、精液まみれになって宙吊りにされている三人には一瞥もくれず、懐から銀色の装飾が施された特殊なクリスタル製の試験管をいくつも取り出した。

 そして、空中で微かに蠢いているアビス・クラーケンの巨大な触手の先端――三人の体内から引き抜かれたばかりの、ぬらぬらと光る肉の杭の表面へと、迷いなくその試験管を近づける。

 

 

「――『抽出(エクストラクト)』」

 

 

 ニーシャの薄い桜色の唇から紡がれた短い詠唱と共に、試験管の口に緻密な魔法陣が展開される。

 直後、触手の表面や、三人の体内から零れ落ちていた紫色の粘液と白い精液が、まるで意思を持っているかのように宙を舞い、次々とクリスタルの筒の中へと吸い込まれていった。

 

 

「うん、素晴らしいね。アビス・クラーケンが『生きた人間を苗床として認識した時』にのみ分泌される特濃の交尾粘液。この純度の高さ、ポーションの素材として申し分ない代物だ」

 

 

 試験管の中で妖しく発光する紫濁液を明かりに透かし見ながら、ニーシャは満足げに、そして酷薄に口元を歪めた。

 

 

『ブモォォォォ……ッ』

 

 

 その時。

 三人を拘束していた巨大なアビス・クラーケンが、地鳴りのような低い呻き声を上げた。

 そして、獲物を弄んでいた無数の触手をぞんざいに振り解き、三人の冒険者を石畳の床の上へとボサッ、と無造作に投げ捨てる。

 意識のない三人は、凄惨な体液の海の中に倒れ伏し、ただピクピクと痙攣を続けるだけだ。

 

 直後、怪物の巨体に突如として異変が起きた。

 小山のように巨大だったアビス・クラーケンの肉体が、まるで熱湯をかけられた蝋細工のように、ドロドロと音を立てて崩れ始めたのだ。

 

 ジュゥゥゥゥッ……!

 

 不気味な蒸発音と共に、強烈な魔力を孕んだ紫煙が立ち上る。

 無数の複眼が溶け落ち、太い触手が急速に萎縮していく。

 

 やがて煙が晴れた後、そこに残っていたのは巨大な深層魔獣などではなく――全身を大量の汗と未知の粘液で濡らし、四つん這いになって肩で激しく息をする、でっぷりと太った中年男だった。

 

 

「はぁっ……はぁっ……っ! き、きっつ……! なんとか、理性を保てましたぞ……ニーシャ坊ちゃん……ッ」

 

 

 床に四つん這いになりながら、男――ニーシャの実験台兼使いっ走りであるジンジ・モーブルが、掠れた声で報告する。

 そう、この場にA級危険種である本物のアビス・クラーケンなど、最初から存在していなかったのだ。

 あれは、対象を一時的に指定した魔獣そのものへと擬似変態させる魔導食『変態肉(メタモルミート)』を食したモーブルの、成れの果ての姿であった。

 

 

「ご苦労だったね、モーブル。これで三度目の変身だけど、本能に呑まれず理性を保つのも、もう手慣れたものじゃないか」

 

「て、手慣れたって……! わし、魔獣に変身するたびに骨が溶けるような激痛と、理性を焼き切る発情の衝動で、毎回死ぬ思いをしてるんですぞ……!」

 

「まあ、お前が苦しもうがボクには関係ないことだけどね。……ふふっ、それにしても、これほどの上物が大量に手に入るとは、予想よりも上々の結果だよ」

 

 

 モーブルは、白衣の悪魔の言葉に顔をしかめながらも、自身の足元に転がっているフェリクスたち三人の惨状を見て複雑な表情を浮かべた。

 

 腹をパンパンに膨らませ、穴から自身の放った怪物の精液を垂れ流しながら白目を剥いている少年たち。

 いくら相手が勝手に侵入してきた泥棒とはいえ、自分自身の行った常軌を逸した凌辱行為の爪痕に、モーブルは少しばかりの罪悪感を覚えていた。

 

 

「……坊ちゃんは、本当に恐ろしいお方だ。急にわしをファビュラスの森に呼び出したかと思えば、強引にメタモルミートを食わせて、よりにもよってこの子たちを襲わせるなんて……」

 

 

 モーブルは震える手で自身の商人服を掻き寄せながら、倒れ伏す栗色の癖毛の少年を見下ろした。

 

 

「この顔、見覚えがありますぞ。カヴェナの金満貴族、シュタイナー子爵様のご子息でしょう? いくら素材が欲しかったとはいえ、カヴェナの有力貴族の跡取りをアビス・クラーケンの交尾粘液を採取するための『苗床』にするなんて……冗談がすぎませんか?」

 

 

 モーブルの怯えた言葉に、ニーシャは試験管を丁寧にケースへしまいながら、氷のように冷たい声で鼻で嗤った。

 

 

「同情するような相手じゃないよ、所詮は下級貴族さ。なにせ、こいつはボクの研究室から何度も魔導具を盗んでいた下劣なコソ泥だからね。いいかい? 下級貴族が上位貴族の財産に手を出したとなれば、まともに法で裁けば一発で『お家取り潰し』だ。一族全員が路頭に迷うか、処刑されてもおかしくない大罪だよ。だからボクは温情で、シュタイナー家には手を出さず、こいつらに『素材の回収』を手伝ってもらうだけで清算させてあげたんだ。恨まれるどころか、家族を救ってあげたボクに感謝してほしいくらいだね」

 

「で、ですが……! 一歩間違えれば、彼らはショック死するところでしたぞ!? それに、もし万が一、わしがこれに加担したことが子爵家に知れでもしたら、一体どんな報復を受けるか……!」

 

 

 モーブルが声を震わせて保身を訴えると、ニーシャは心底見下したような侮蔑の目を向けた。

 

 

「ははっ、笑わせるね。散々この少年たちをオモチャにしておいて、今さら何を言っているんだ。お前に理性が残っていたなら、ただ捕まえておくこともできたはずだ。にもかかわらず、わざわざ彼らを凌辱する選択をした。それは『命令』ではなく、お前自身がただ気持ちよくなりたかっただけだろう?」

 

「うぐっ……! そ、それは……まあ、ええ。極上の蜜の味だったことは、否定しませんとも……。それに、彼らも中々の美少年でしたし……坊っちゃんに協力するにあたっての、役得……ええ、そう、正当なボーナスとでもいいましょうか……ジュルリ」

 

 

 モーブルは両手を揉み合わせながら、だらしなく緩んだ口元を隠すように卑屈な笑いを浮かべた。

 

 その直後だった。

 

 ――トクンッ……。

 

 不意に、研究所の淀んだ空気が大きく揺れた。

 

 

「え……?」

 

 

 モーブルが間抜けな声を漏らした、次の瞬間。

 フェリクス、リック、ノエルの三人の全身から、カッと眩い青白い光が激しく明滅し始めた。

 それは波打つ鼓動に合わせるように彼らの体の内側から湧き出し、精液と粘液の臭いが充満する空間を、不似合いなほど神々しく照らしていく――。

 

 

「こ、こいつらの体が光って……! まさかこれは……!」

 

「ふーん……『レベルブレイク』かぁ。まさか、こんなイレギュラーな形でこの現象を目の当たりにするとはね」

 

 

 『レベルブレイク』――。

 それは、この世界に敷かれた絶対の理である『レベル上限』を強制的に引き上げる奇跡の御業。

 伝説の職業『レベル師』の血を引くモーブルのみが扱うことを許された、対象と深い契約――『性的結合』という儀式を経て発動する神域の秘術である。

 

 肉体の内側から溢れ出す、あの神聖な光。

 それは間違いなく、限界値が限界突破を果たした絶対の証であり……このおぞましい秘密研究所で、思いがけない形で儀式が完了してしまったことを示す光だった。

 

 やがて発光が収まると、狂騒の後のような不気味な静けさが場を支配した。

 沈黙の中、モーブルの顔からすべての血の気が引いていく。

 

 

「し、しまったぁぁ……ッ! や、やらかしたぞわしぃ……!」

 

 

 モーブルはその場にへたり込み、ぶるぶると震える両手で頭を抱えながら半狂乱で絶叫した。

 

 

「まさか、魔獣に変身した状態でもレベルブレイクが発動してしまうなんて考えもしなかった……! 姿が魔獣だろうと何だろうと、わしがこいつらの穴を犯して、体内に精液(タネ)をぶち込めば、システム上は『儀式としての性的結合』として成立っちまうのか……ッ!? く、くそっ、これは不味い……とんでもなく不味いことになったぞ!」

 

「ふうん。で、それがなにが問題なの?」

 

「『で?』じゃありませんぞ、坊ちゃんッ! どこの馬の骨とも知れぬ盗人どもを、よりによってレベルブレイクさせてしまったんですよ!? こんなことが表沙汰になれば、わしが伝説のレベル師だという秘密は一瞬で筒抜けです! 国中の権力者から、わしは死ぬまで『モルモット』として飼われる羽目になりますぞ……!」

 

 

 想像しただけで顔面を蒼白にさせたモーブルは、何かを閃いたようにハッと顔を上げた。

 

 

「……そうだ! 死人に口なし! 今のうちにこいつらの首を刎ねてしまえば証拠隠滅――!」

 

 

 モーブルが血走った目で、傍らに落ちていた剣を拾い上げようとした、その時。

 

 

「騒ぐな、モーブル。見苦しいぞ」

 

 

 這いつくばるモーブルを、ニーシャは虫けらでも見るような冷ややかな目で見下ろした。

 

 

「慌てて殺す必要なんてない。見てわからないのか? こいつらは完全に気を失っている。レベルブレイクの現象を“見た”者はいないし、起きたところで自分に何が起きたか理解できるはずもない」

 

「で、でも……もし記憶が……後で、何か思い出しでもしたら……!」

 

「だから心配ないと言っているだろ。残るのが不都合なら——残らないように“整える”。それだけの話さ」

 

 

 そう言うと、ニーシャは白衣のポケットから、先ほどの試験管とは別の小瓶を取り出した。

 指先で傾けるたび、液体は七色の光を含んで、いやらしいほど静かにきらめく。

 

 

「そ、それは……?」

 

「『記憶混同薬』だ。人の脳は強烈な恐怖や痛みを受けると、自分を守るために“辻褄”を作る。これは、その働きを魔力で無理やり引きずり出すポーションだ」

 

 

 ニーシャは膝をつき、痙攣するフェリクスの口元へ身を寄せる。

 開いた唇の隙間から、七色の雫を数滴を慎重に垂らした。

 同じ手つきでリックとノエルにも含ませていく。

 

 

「冒険になんて出ていないし、ボクの神聖な研究室に忍び込んでもいない。今日という一日は、平和に、退屈に過ぎていき、彼らは自分のベッドで深い眠りに落ちた……そういう“ことにする”。現実は、脳が勝手に帳尻を合わせるさ」

 

「へ、へえ……さすが坊っちゃん。錬金術師のわしでも、そんな発想は……。いやはや、ポーション研究の最先端とは恐れ入りますなぁ」

 

 

 モーブルが揉み手をしながらおべっかを使うと、ニーシャはふんと鼻で笑い、試験管の薬液を冷たい瞳で見下ろした。

 

 

「とはいえ、この薬はまだ試作品でね。記憶の改竄には成功しても、脳に刻まれた『強烈な恐怖と快楽の残滓』までは完全に消去しきれない。どうしても副作用が残ってしまうんだ」

 

「ふ、副作用……と、言いますと?」

 

「明日の朝、自分のベッドで目覚めたこいつらの頭に残るのは――『凶悪な触手の怪物に犯される、あまりにもリアルな悪夢を見た』という、やたらと生々しい感覚だけさ。現実と夢の境界は溶けて、最後には自分の脳が見せたただの幻だと思い込む。そして彼らは夜ごと、思い出したくない感触に追い立てられて、永遠に淫靡な夢にうなされ続けることになる」

 

 

 ニーシャは事も無げに、恐ろしい“結末”を口にした。

 未完成の薬を泥棒に試した挙げ句、その副作用で一生トラウマを抱えることになっても、天才少年の心には同情の欠片すら浮かんでいない。むしろ、良いデータが取れたとばかりに口角を歪めている。

 

 

「ひぇ……冒険の記憶すら丸ごと消し去って、一生治らない悪夢だけを“飼う”わけですな……。いやぁ、坊っちゃんは本当に、えげつないお方だ……」

 

 

 モーブルが呆れとも感嘆ともつかない声を漏らした瞬間、ニーシャはさっさと立ち上がり、白衣の膝についた埃を払った。

 

 

「泥棒にかける情けなんてないってことだ。ほら、ぼさっとするな、モーブル。さっさとこいつらを運べ」

 

「えっ……わ、わしがですか!? いや、運ぶってまさか……」

 

「決まってるだろ。こいつらが目を覚ます前に、このファビュラスの森の実験室から、カヴェナの街の――“元の寝床”まで戻す。痕跡はゼロ。これがスマートな貴族の後始末だ」

 

「カ、カヴェナまで三人まとめて!? ひぃぃ、街まで半日はかかるってのに! それにさっきハッスルしすぎたせいで、腰が……腰が限界でしてぇ……!」

 

 

 モーブルが大げさに腰をさすりながら泣きつくと、ニーシャは白衣のポケットから先ほどの紫色の肉塊メタモルミートの切れ端を、指先でつまみ上げて見せた。

 

 

「四の五の言う口には、もう一度これを突っ込んでやろうか。……魔獣の体になれば、重いだの腰がだの、可愛い愚痴は出なくなるだろ」

 

「ひっ……!? わ、わかりましたとも! よ、喜んでお運びいたしますとも! 荷運びこそ商売の基本、体が資本でございますからなぁ! あはは……あははは……!」

 

 

 引き攣った愛想笑いを顔に貼り付け、モーブルは渋々、白目を剥いて痙攣するフェリクスの脇に腕を差し入れた。

 

 ――ずしり。

 

 少年の下腹部が、先ほどより明らかに“膨れて”いる。

 中身だけが増えたような不自然な重みが、中年の腰に容赦なく食い込んだ。

 

 

「よしよし、がんばれモーブル。負けるなモーブル。ほら、あと二人いるよ」

 

 

 脂汗を流して肉体労働に励むモーブルを横目に、ニーシャは静かに笑みを作り、気を失った三人の『腹部』を興味深げに見下ろした。

 

 

(人間の器に、アビス・クラーケンの“卵嚢”を埋め込み、除去処置もせず放置した場合――拒絶反応はどの段階で起きる? 適応したなら、どんな形で“孵化”する? ……実に良いサンプルだ)

 

 

 これから少年たちの身に降りかかる地獄など欠片も気にかけていない。

 そこにあるのは、純粋な知的好奇心を満たすための、悪魔のような微笑みだけだった。

 

 

「ほら、休むなよモーブル。夜明けまでに全員のベッドに送り届けるんだからな」

 

「ひぃぃ……っ、鬼! 悪魔! ……あ、いえ、なんでもございません!」

 

 

 誰にも真意を悟らせない残酷な笑みを浮かべる天才少年に急かされながら、モーブルは悲鳴を上げる己の腰と戦いながら、カヴェナの街へと続く長い長い道を歩き始めた。

 

 

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