モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
大陸屈指の魔法先進国、イングラジア魔導帝国。
その帝都アルセリウムこそ、大陸全土の知性が集う心臓部である。
中でも帝都の中心に君臨し、天を穿つが如く林立する白亜の巨塔群――
それこそが、帝国マーリン魔法大学。
魔法の道を志す者であれば、誰もが夢に見る至高の学び舎だ。
純度の高いマナ・クリスタルを織り込んだ壮麗なステンドグラスは、陽光を受けて神々しい七色の光彩を石畳に描き出す。
周囲では自律駆動式の魔導ゴーレムが、侵入者を許さぬとばかりに威圧的な足音を響かせて巡回していた。
その荘厳極まる正門を前にして、一人、明らかに場違いな男が立ち尽くしている。
くたびれた中年の男だ。
「はぁ……何度来ても、ここの空気は胃に穴が開きそうだ……」
男の名はジンジ・モーブル。
冒険者の街カヴェナで、しがない冒険者向けの用品店を営む、どこにでもいそうな小太りの中年男。
――というのは、あくまで表の顔。
その血には、世界で唯一人とされる伝説の『レベル師』の技が眠っている。
だが、今の彼にその威光はない。
今日のために新調した深紺色の商人服の胸元を、まるで絞首台へ引かれていく罪人のように固く握りしめながら、重い足取りで聖樹の門へと向かう。
彼の身分を示す許可証に魔法陣が反応し、巨大な門が音もなく開いた。
一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だ。
優雅なローブを翻し、難解な術式を議論するエリート学生たち。
威厳に満ちた教授たち。
彼らに付き従う色とりどりの幻獣や精霊が、光の粒子を振りまきながら宙を舞っている。
誰もが自信に満ち、輝かしい未来をその手中に収めていると確信している。
そんな希望と特権意識が飽和した空気は、平民であるモーブルの肺には毒同然だった。
そもそも、このイングラジア魔導帝国では『魔法の才=貴族の証』だ。
魔力を持たぬ平民の彼が本来、この聖域の床を踏むことすら許されない。
ではなぜ、彼がここにいるのか。
胸に抱いた特別な入校許可証は、決して名誉の証ではない。
『
そんな大仰な二つ名を持つ若き天才、ニーシャ・オブライエン教授。
ジンジはその人物に呼び出され、新たなポーションの共同開発者……という名の『使いっ走り』を押し付けられているに過ぎないのだ。
♦
「ったく、魔法の才能が爪の先ほども無かったこのわしが、何の因果か大陸一の魔法大学に足繁く通うことになるとはな……。人生とは皮肉なもんだ」
自分に言い聞かせるように毒づきながら、モーブルは案内された高層の研究棟へと歩を進める。
脳裏をよぎるのは、遠い昔、初等魔法学校で貴族のガキどもに「出来損ない」と嘲笑された屈辱の日々。
ここは、そのトラウマを十倍の濃度で煮詰めたような悪夢の場所だ。
(……だが、ここで恩を売っておけば。あの高慢ちきな天才様のご機嫌を取り結んでおけば……! ふ、ふふ。次の商機どころか、一生安泰の金脈に繋がるかもしれん!)
卑しい算段を思い浮かべた途端、さっきまでの憂鬱が嘘のように霧散する。
これぞ商人魂。
転んでもただでは起きず、砂金の一つでも掴んで起き上がる。
その強欲さが、肥満の身体の芯まで染みついていた。
到着した研究室の前は、他の部屋とは明らかに空気が違った。
古書のインクと乾燥した薬草、そして鼻を刺す魔力放電によるオゾンの匂い。
重厚な扉の隙間からは、時折、青白い閃光が走り、パチパチという不穏な音が漏れ聞こえる。
床や壁に描かれた未完成の魔法陣が無数に明滅しており、素人が一歩でも踏み込めば即座に消し炭にされそうな気配だ。
「失礼しますぞ。ニーシャ坊ちゃん、モーブルです。ご指名により、ただいま馳せ参じました」
モーブルは脂ぎった指の背で、扉を二度、三度と叩く。
すると間髪入れず、室内からまだ声変わり前の、しかし剃刀の刃のように鋭い声が飛んできた。
「遅い。三秒遅刻だ、モーブル。お前のその鈍重な足音を聞いているだけで、ボクの貴重な集中力が削がれる」
扉を開けると、そこにいたのは、神が気まぐれに創り上げた最高傑作とでも言うべき美少年だった。
陽光を溶かして紡いだかのような、まばゆい金髪。
血の通っているのか疑わしいほどの、透き通った白磁の肌。
そして、世界の真理すら見透かすかのような、冷徹で底知れない碧眼。
齢十二にして、この大陸最高峰の魔法大学で教授位に就く化け物じみた天才、ニーシャ・オブライエン。
彼は、山と積まれた古文書の塔の隙間から、不機嫌を隠そうともせずにモーブルを睨めつけていた。
モーブルは蛇に睨まれた蛙よろしく、反射的に背を丸め、揉み手をして深々と頭を下げる。
「いやはや、これは大変失礼を……! して、例のポーションの開発状況は、いかがですかな? わたくしめも、ささやかながら出資者の一端を担う身として、夜も眠れぬほど気になりましてねぇ」
「いちいち騒がしい男だな。……案ずるな、とうに完成の目途は立っている。まあ、そろそろ『試作品』を拝ませてやってもいい頃合いか」
ニーシャは心底うんざりした様子で羽根ペンを放り出すと、身の丈に合わない大きな椅子からひらりと身軽に飛び降りた。
その言葉に含まれた『試作品』という単語に、モーブルの商人の勘がピクリと反応する。
「おおっ! さすがは我らが天才、ニーシャ坊ちゃん! いやはや、このジンジ・モーブル、感服のあまり言葉もございません! して、その画期的なポーションとは、一体どのような……?」
ごますりで両手をこすり合わせながらも、その目は爛々と輝いていた。
金の匂いを嗅ぎつけたハイエナの目だ。
ニーシャはその卑しい視線をあえて無視し、研究室の奥へと向かう。
「……これだ」
彼が厳重な結界が張られた薬品棚から取り出してきたのは、狂える錬金術師が悪夢の中で調合したとしか思えない代物だった。
分厚いガラスのフラスコの中で、粘性の高そうな毒々しい緑色の液体が、どろりと渦を巻いている。
時折、まるで沼底から湧き上がる腐敗ガスのように、不気味な気泡が「ボゴンッ」と音を立てて弾けていた。
「な、なんですかな、これは……? 少々、その……見た目が個性的というか、前衛的というか……」
モーブルは額に脂汗を滲ませ、必死に当たり障りのない表現を探す。
だが、フラスコの栓が開けられた瞬間、全てが吹き飛んだ。
鼻をつくのは、煮詰めた硫黄と、何か甘ったるく腐敗した果実が混じったような、吐き気を催す強烈な悪臭だったのだ。
「まだ仮称だが、『
「……は? ご、神の血……!? ま、まさかこれを飲めば、人間が神にでもなれると!?」
「似て非なるものだ。正確には、服用者の生命力そのものを燃料とし、肉体に疑似的な魔力回路を強制生成する薬だ。……理論上はな」
ニーシャは淡々と告げると、そのおぞましいフラスコを無造作にモーブルへと押し付けた。
ずしり、とした生命の冒涜とも言うべき重みが、モーブルの両腕にのしかかる。
「……とにかく、飲め」
「えっ!? えっ、ちょ、わ、わしがですか!? ご存知でしょう、わしには魔力など欠片もありませんが!?」
「だからいいんじゃないか。お前のような【
そこでニーシャは、初めて愉悦に口元を歪めた。
それは無邪気な子供が、蟻の巣に水を注ぐ瞬間の笑顔によく似ていた。
「光栄に思え、モーブル。お前は人類の新たな地平を切り拓く、記念すべき“最初の被験者”になるんだぞ」
(……飲めるか、こんなもん! 飲んだら死ぬ! 絶対に死ぬ!)
モーブルの全身の細胞が、生存本能のサイレンをけたたましく鳴らしていた。
だが、その絶叫と並行して、商人の業とも言うべき打算が鎌首をもたげる。
(……待てよ。このクソガキの無茶をここで呑んでおけば、とてつもなく“大きな貸し”になる。もし万が一、この薬が完成すれば……販売権の独占……いや、一生安泰の不労所得も夢じゃない! リスクは致死量! だがリターンは天文学的だぞ……!)
脳内の天秤の上で、欲望という重石が恐怖を弾き飛ばすのに、一秒もかからなかった。
「……“人類の新たな可能性の扉”……! いやはや、なんと甘美な響き! 身震いが止まりませんな! これで魔法が使えるようになれば、ドブネズミのようなこのわしも、ついに輝かしき貴族様のお仲間入り! わかりましたとも! 坊ちゃんの崇高なる実験、この卑しき身を
モーブルは震える手でフラスコの栓を抜き、意を決して緑色の液体を一気に喉奥へと流し込んだ。
ドロリとした感触、鼻を抜ける腐臭。
――直後、腹の底で鉛の太陽が炸裂した。
「おがっ……! ぐ、おえぇええええええええっ!!」
それは嘔吐などという生易しいものではない。
体内を灼熱のガラス片で削り取られるような激痛。
細胞の一つひとつが断末魔の悲鳴を上げ、存在そのものが内側から破壊されていく感覚。
これは魔力増強などではない。
純粋な『毒』だ。
「うっぷ……ぐ、ぉえほっ……!」
床に四つん這いになり、胃液と緑のヘドロを撒き散らす。
手足は痙攣し、視界が明滅を繰り返す。
その無様な苦悶を、ニーシャは腕を組み、ただ冷ややかに観察していた。
「ぷっ……あははははは! 見ろ、盛大に吐いた! 全く効果なしか! やはりお前は、期待を裏切らない本物の出来損ないだな!」
「ぼ、坊ちゃ……あんまりですぞ……。好きで、魔力なしに生まれたわけじゃ……うぐっ……」
「はー、面白かった。で、後遺症は? 四肢の麻痺、平衡感覚の失調、幻覚症状……なし、か。なんだ、ただの嘔吐か。つまらない、データとしても三流だな。失敗作だ、破棄」
「ただ……具合が悪くなっただけ、なんて……。わしは、あなたの玩具になっただけなのですか……」
床に崩れたまま、モーブルが恨めしげに睨み上げる。
だが、天才少年は興味を失ったように羽根ペンを弄ぶだけだった。
「なんだその野犬のような目は。言っただろう、これは『人類の可能性』を広げる試みだと。凡俗の器に魔力回路が宿る可能性を探る、必要なプロセスだ。……まあ、お前の器がひび割れていただけかもしれんがな」
その声色には、同情も罪悪感も微塵も感じられない。
そこにあるのは、純粋で、悪魔的なまでの知的好奇心だけだ。
(この、クソガキが……ッ! 人がこれだけ苦しんでるってのに……こいつ、他人の痛みを娯楽にしてやがる……!)
込み上げる殺意にも似た怒りを、モーブルは腹の底に押し殺す。
ここで噛みついても百害あって一利なし。
彼は商人。
損得勘定こそが彼の全てだ。
「……坊ちゃん。この“体験料”は、きっちり請求させてもらいますぞ。こちらも商売でこの身を張っているんです。割に合わない苦労は真っ平ご免でしてね」
「ふん、強欲だな。だが、それでいい。説明を続ける。この試薬は既存の術者には短期的な能力向上を示したが、実用化には程遠い。抜本的に調合を組み替える必要がある――そこで本題だ。今日お前を呼んだのは、足りない材料の確保のためだ」
「へ? 調達ですか? ですが、何も伺っておりませんから納品の準備など――」
「違う。調達じゃない。お前に“材料になってもらう”んだ」
ニーシャはそう言うと、研究机から何かを取り出した。
「まずは、これを食え」
ぱしん――。冷たい感触がモーブルの頬に貼り付く。
投げつけられたのは、見るからに毒々しい紫紺の色をした生肉の塊だった。
「……なんですかな、これは。お世辞にも食欲をそそる色ではありませんが……」
「どうでもいい。指示通り、口に入れろ。しっかり胃に流し込め。今度は吐き出すなよ」
「はぁ……またモルモットのお仕事ですかい。ええ、もう慣れっこですよ」
皮肉混じりの負け惜しみを吐きつつ、モーブルは意を決して肉片を口に放り込んだ。
租借した瞬間、彼の目から滝のように涙が溢れ、顔中を歪めて呻きが漏れる。
「おげぇええっ! なんだこの味は! まずっ……おえっ、ぺっ、ぺっ!」
舌に絡みつくのは、ねっとりとした重い脂。
鼻腔を突き刺す強烈な獣臭と鉄錆の匂いは、もはや味覚への暴力そのものだ。
食べ物と呼ぶことすら冒涜的な代物だった。
「うわ、汚いな。床の
ニーシャは一切の情けも見せず、背を向けて研究室のさらに奥へと歩き出す。
モーブルは涙と涎を袖で乱暴に拭いながら、新たな呪詛を胸中で呟き、その小さな背中を追いかけた。