※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

5 / 65
第五話 モーブルと天才美少年教授の危険なポーション開発①

 大陸屈指の魔法先進国、イングラジア魔導帝国。

 その帝都アルセリウムこそ、大陸全土の知性が集う心臓部である。

 

 中でも帝都の中心に君臨し、天を穿つが如く林立する白亜の巨塔群――

 それこそが、帝国マーリン魔法大学。

 魔法の道を志す者であれば、誰もが夢に見る至高の学び舎だ。

 

 純度の高いマナ・クリスタルを織り込んだ壮麗なステンドグラスは、陽光を受けて神々しい七色の光彩を石畳に描き出す。

 周囲では自律駆動式の魔導ゴーレムが、侵入者を許さぬとばかりに威圧的な足音を響かせて巡回していた。

 

 その荘厳極まる正門を前にして、一人、明らかに場違いな男が立ち尽くしている。

 くたびれた中年の男だ。

 

「はぁ……何度来ても、ここの空気は胃に穴が開きそうだ……」

 

 男の名はジンジ・モーブル。

 冒険者の街カヴェナで、しがない冒険者向けの用品店を営む、どこにでもいそうな小太りの中年男。

 ――というのは、あくまで表の顔。

 その血には、世界で唯一人とされる伝説の『レベル師』の技が眠っている。

 

 だが、今の彼にその威光はない。

 今日のために新調した深紺色の商人服の胸元を、まるで絞首台へ引かれていく罪人のように固く握りしめながら、重い足取りで聖樹の門へと向かう。

 彼の身分を示す許可証に魔法陣が反応し、巨大な門が音もなく開いた。

 

 一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だ。

 優雅なローブを翻し、難解な術式を議論するエリート学生たち。

 威厳に満ちた教授たち。

 彼らに付き従う色とりどりの幻獣や精霊が、光の粒子を振りまきながら宙を舞っている。

 

 誰もが自信に満ち、輝かしい未来をその手中に収めていると確信している。

 そんな希望と特権意識が飽和した空気は、平民であるモーブルの肺には毒同然だった。

 

 そもそも、このイングラジア魔導帝国では『魔法の才=貴族の証』だ。

 魔力を持たぬ平民の彼が本来、この聖域の床を踏むことすら許されない。

 

 ではなぜ、彼がここにいるのか。

 胸に抱いた特別な入校許可証は、決して名誉の証ではない。

 

『爆炎の金髪貴公子(ブレイジング・プリンス)』――

 

 そんな大仰な二つ名を持つ若き天才、ニーシャ・オブライエン教授。

 ジンジはその人物に呼び出され、新たなポーションの共同開発者……という名の『使いっ走り』を押し付けられているに過ぎないのだ。

 

♦

 

「ったく、魔法の才能が爪の先ほども無かったこのわしが、何の因果か大陸一の魔法大学に足繁く通うことになるとはな……。人生とは皮肉なもんだ」

 

 自分に言い聞かせるように毒づきながら、モーブルは案内された高層の研究棟へと歩を進める。

 脳裏をよぎるのは、遠い昔、初等魔法学校で貴族のガキどもに「出来損ない」と嘲笑された屈辱の日々。

 ここは、そのトラウマを十倍の濃度で煮詰めたような悪夢の場所だ。

 

(……だが、ここで恩を売っておけば。あの高慢ちきな天才様のご機嫌を取り結んでおけば……! ふ、ふふ。次の商機どころか、一生安泰の金脈に繋がるかもしれん!)

 

 卑しい算段を思い浮かべた途端、さっきまでの憂鬱が嘘のように霧散する。

 これぞ商人魂。

 転んでもただでは起きず、砂金の一つでも掴んで起き上がる。

 その強欲さが、肥満の身体の芯まで染みついていた。

 

 到着した研究室の前は、他の部屋とは明らかに空気が違った。

 古書のインクと乾燥した薬草、そして鼻を刺す魔力放電によるオゾンの匂い。

 重厚な扉の隙間からは、時折、青白い閃光が走り、パチパチという不穏な音が漏れ聞こえる。

 床や壁に描かれた未完成の魔法陣が無数に明滅しており、素人が一歩でも踏み込めば即座に消し炭にされそうな気配だ。

 

「失礼しますぞ。ニーシャ坊ちゃん、モーブルです。ご指名により、ただいま馳せ参じました」

 

 モーブルは脂ぎった指の背で、扉を二度、三度と叩く。

 すると間髪入れず、室内からまだ声変わり前の、しかし剃刀の刃のように鋭い声が飛んできた。

 

「遅い。三秒遅刻だ、モーブル。お前のその鈍重な足音を聞いているだけで、ボクの貴重な集中力が削がれる」

 

 扉を開けると、そこにいたのは、神が気まぐれに創り上げた最高傑作とでも言うべき美少年だった。

 陽光を溶かして紡いだかのような、まばゆい金髪。

 血の通っているのか疑わしいほどの、透き通った白磁の肌。

 そして、世界の真理すら見透かすかのような、冷徹で底知れない碧眼。

 

 齢十二にして、この大陸最高峰の魔法大学で教授位に就く化け物じみた天才、ニーシャ・オブライエン。

 彼は、山と積まれた古文書の塔の隙間から、不機嫌を隠そうともせずにモーブルを睨めつけていた。

 

 モーブルは蛇に睨まれた蛙よろしく、反射的に背を丸め、揉み手をして深々と頭を下げる。

 

「いやはや、これは大変失礼を……! して、例のポーションの開発状況は、いかがですかな? わたくしめも、ささやかながら出資者の一端を担う身として、夜も眠れぬほど気になりましてねぇ」

 

「いちいち騒がしい男だな。……案ずるな、とうに完成の目途は立っている。まあ、そろそろ『試作品』を拝ませてやってもいい頃合いか」

 

 ニーシャは心底うんざりした様子で羽根ペンを放り出すと、身の丈に合わない大きな椅子からひらりと身軽に飛び降りた。

 その言葉に含まれた『試作品』という単語に、モーブルの商人の勘がピクリと反応する。

 

「おおっ! さすがは我らが天才、ニーシャ坊ちゃん! いやはや、このジンジ・モーブル、感服のあまり言葉もございません! して、その画期的なポーションとは、一体どのような……?」

 

 ごますりで両手をこすり合わせながらも、その目は爛々と輝いていた。

 金の匂いを嗅ぎつけたハイエナの目だ。

 ニーシャはその卑しい視線をあえて無視し、研究室の奥へと向かう。

 

「……これだ」

 

 彼が厳重な結界が張られた薬品棚から取り出してきたのは、狂える錬金術師が悪夢の中で調合したとしか思えない代物だった。

 

 分厚いガラスのフラスコの中で、粘性の高そうな毒々しい緑色の液体が、どろりと渦を巻いている。

 時折、まるで沼底から湧き上がる腐敗ガスのように、不気味な気泡が「ボゴンッ」と音を立てて弾けていた。

 

「な、なんですかな、これは……? 少々、その……見た目が個性的というか、前衛的というか……」

 

 モーブルは額に脂汗を滲ませ、必死に当たり障りのない表現を探す。

 だが、フラスコの栓が開けられた瞬間、全てが吹き飛んだ。

 鼻をつくのは、煮詰めた硫黄と、何か甘ったるく腐敗した果実が混じったような、吐き気を催す強烈な悪臭だったのだ。

 

「まだ仮称だが、『神血霊薬(ゴッドブラッド・エリクサー)』だ」

 

「……は? ご、神の血……!? ま、まさかこれを飲めば、人間が神にでもなれると!?」

 

「似て非なるものだ。正確には、服用者の生命力そのものを燃料とし、肉体に疑似的な魔力回路を強制生成する薬だ。……理論上はな」

 

 ニーシャは淡々と告げると、そのおぞましいフラスコを無造作にモーブルへと押し付けた。

 ずしり、とした生命の冒涜とも言うべき重みが、モーブルの両腕にのしかかる。

 

「……とにかく、飲め」

 

「えっ!? えっ、ちょ、わ、わしがですか!? ご存知でしょう、わしには魔力など欠片もありませんが!?」

 

「だからいいんじゃないか。お前のような【魔法不適合者(ドロップ・アウト)】の個体からデータが取れれば、これほど有用なことはない。理論上、完全な無能力者でも後天的に魔法の才能を得られる可能性があるんだ」

 

 そこでニーシャは、初めて愉悦に口元を歪めた。

 それは無邪気な子供が、蟻の巣に水を注ぐ瞬間の笑顔によく似ていた。

 

「光栄に思え、モーブル。お前は人類の新たな地平を切り拓く、記念すべき“最初の被験者”になるんだぞ」

 

(……飲めるか、こんなもん! 飲んだら死ぬ! 絶対に死ぬ!)

 

 モーブルの全身の細胞が、生存本能のサイレンをけたたましく鳴らしていた。

 だが、その絶叫と並行して、商人の業とも言うべき打算が鎌首をもたげる。

 

(……待てよ。このクソガキの無茶をここで呑んでおけば、とてつもなく“大きな貸し”になる。もし万が一、この薬が完成すれば……販売権の独占……いや、一生安泰の不労所得も夢じゃない! リスクは致死量! だがリターンは天文学的だぞ……!)

 

 脳内の天秤の上で、欲望という重石が恐怖を弾き飛ばすのに、一秒もかからなかった。

 

「……“人類の新たな可能性の扉”……! いやはや、なんと甘美な響き! 身震いが止まりませんな! これで魔法が使えるようになれば、ドブネズミのようなこのわしも、ついに輝かしき貴族様のお仲間入り! わかりましたとも! 坊ちゃんの崇高なる実験、この卑しき身を礎(いしずえ)として、立派に証明してご覧にいれましょう!」

 

 モーブルは震える手でフラスコの栓を抜き、意を決して緑色の液体を一気に喉奥へと流し込んだ。

 ドロリとした感触、鼻を抜ける腐臭。

 

 ――直後、腹の底で鉛の太陽が炸裂した。

 

「おがっ……! ぐ、おえぇええええええええっ!!」

 

 それは嘔吐などという生易しいものではない。

 体内を灼熱のガラス片で削り取られるような激痛。

 細胞の一つひとつが断末魔の悲鳴を上げ、存在そのものが内側から破壊されていく感覚。

 これは魔力増強などではない。

 純粋な『毒』だ。

 

「うっぷ……ぐ、ぉえほっ……!」

 

 床に四つん這いになり、胃液と緑のヘドロを撒き散らす。

 手足は痙攣し、視界が明滅を繰り返す。

 その無様な苦悶を、ニーシャは腕を組み、ただ冷ややかに観察していた。

 

「ぷっ……あははははは! 見ろ、盛大に吐いた! 全く効果なしか! やはりお前は、期待を裏切らない本物の出来損ないだな!」

 

「ぼ、坊ちゃ……あんまりですぞ……。好きで、魔力なしに生まれたわけじゃ……うぐっ……」

 

「はー、面白かった。で、後遺症は? 四肢の麻痺、平衡感覚の失調、幻覚症状……なし、か。なんだ、ただの嘔吐か。つまらない、データとしても三流だな。失敗作だ、破棄」

 

「ただ……具合が悪くなっただけ、なんて……。わしは、あなたの玩具になっただけなのですか……」

 

 床に崩れたまま、モーブルが恨めしげに睨み上げる。

 だが、天才少年は興味を失ったように羽根ペンを弄ぶだけだった。

 

「なんだその野犬のような目は。言っただろう、これは『人類の可能性』を広げる試みだと。凡俗の器に魔力回路が宿る可能性を探る、必要なプロセスだ。……まあ、お前の器がひび割れていただけかもしれんがな」

 

 その声色には、同情も罪悪感も微塵も感じられない。

 そこにあるのは、純粋で、悪魔的なまでの知的好奇心だけだ。

 

(この、クソガキが……ッ! 人がこれだけ苦しんでるってのに……こいつ、他人の痛みを娯楽にしてやがる……!)

 

 込み上げる殺意にも似た怒りを、モーブルは腹の底に押し殺す。

 ここで噛みついても百害あって一利なし。

 彼は商人。

 損得勘定こそが彼の全てだ。

 

「……坊ちゃん。この“体験料”は、きっちり請求させてもらいますぞ。こちらも商売でこの身を張っているんです。割に合わない苦労は真っ平ご免でしてね」

 

「ふん、強欲だな。だが、それでいい。説明を続ける。この試薬は既存の術者には短期的な能力向上を示したが、実用化には程遠い。抜本的に調合を組み替える必要がある――そこで本題だ。今日お前を呼んだのは、足りない材料の確保のためだ」

 

「へ? 調達ですか? ですが、何も伺っておりませんから納品の準備など――」

 

「違う。調達じゃない。お前に“材料になってもらう”んだ」

 

 ニーシャはそう言うと、研究机から何かを取り出した。

 

「まずは、これを食え」

 

 ぱしん――。冷たい感触がモーブルの頬に貼り付く。

 投げつけられたのは、見るからに毒々しい紫紺の色をした生肉の塊だった。

 

「……なんですかな、これは。お世辞にも食欲をそそる色ではありませんが……」

 

「どうでもいい。指示通り、口に入れろ。しっかり胃に流し込め。今度は吐き出すなよ」

 

「はぁ……またモルモットのお仕事ですかい。ええ、もう慣れっこですよ」

 

 皮肉混じりの負け惜しみを吐きつつ、モーブルは意を決して肉片を口に放り込んだ。

 租借した瞬間、彼の目から滝のように涙が溢れ、顔中を歪めて呻きが漏れる。

 

「おげぇええっ! なんだこの味は! まずっ……おえっ、ぺっ、ぺっ!」

 

 舌に絡みつくのは、ねっとりとした重い脂。

 鼻腔を突き刺す強烈な獣臭と鉄錆の匂いは、もはや味覚への暴力そのものだ。

 食べ物と呼ぶことすら冒涜的な代物だった。

 

「うわ、汚いな。床の吐瀉物(としゃぶつ)は後でまとめて片付けろよ。――奥へ行くぞ、ついてこい」

 

 ニーシャは一切の情けも見せず、背を向けて研究室のさらに奥へと歩き出す。

 モーブルは涙と涎を袖で乱暴に拭いながら、新たな呪詛を胸中で呟き、その小さな背中を追いかけた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。