※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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第五十二話 紫雷の貴公子のアルバイト研修と、小さな先輩の熱血指導③

 厨房から漂う香ばしい匂いと、すっかり空になった皿の山。

 騒がしくも温もりに満ちた夕食の時間は、あっという間に過ぎ去っていった。

 

 普段は最高級の豪勢な食事しか口にしていないはずのライオットが、庶民の素朴な肉入りシチューや硬めのパンを「美味しい」と真顔で頬張る姿を見て、モーブルは今日何度目か分からない気絶の危機をなんとか乗り越えていた。

 とはいえ、何はともあれ無事に『食事』という大きな難関をクリアしたのだ。

 目立ったトラブルもなく、本日のアルバイト研修は無事に幕を下ろそうとしている。

 

(よし……ッ! あとはこの超特大の危険物(若様)を、一秒でも早く、かつ波風立てずにお屋敷へ送り返すだけだ……!)

 

 モーブルは壁の時計をチラチラと気にしながら、額に浮かんだ脂汗をこっそりとハンカチで拭った。

 そして意を決し、胡散臭いほどに完璧な商人の作り笑いを顔面にセットする。

 

「さーて、すっかり夜も更けてまいりましたし、そろそろライくんも帰る時間では……」

 

「……ん。まだ大丈夫。……マナ・ライナーの最終便あるから」

 

「はっはっは! ライくんは涼しい顔をして、とんでもない冗談を飛ばしますなぁ! 高速魔導列車なんて、庶民はおろか下級貴族ですらお目にかかれない、一握りの『特別な上位貴族様』だけが許された超特権階級の乗り物じゃありませんか! さあさあ、夜道は危険です。大人しく庶民の足である乗り合い馬車に乗って、一秒でも早く……ゲフンゲフンッ、安全にご帰宅されては……!」

 

 揉み手交じりに、しかし有無を言わせぬ勢いで帰宅を促し始めた。

 あと一歩。

 あと数分で、この胃の痛くなるような綱渡りの一日が終わり、安全な日常が戻ってくる。

 モーブルがそう確信した、まさにその時だった。

 

 本日の労働を通じてすっかり頼もしい『先輩』の顔になったラースが、弾むような足取りで満面の笑みと共に会話に割り込んできたのである。

 その小さな手にはなぜか、使い込まれた木製の小桶とタオルがしっかりと握りしめられていた。

 

「あの……ライさん! ご飯のあとは、一緒にお風呂に入りましょう! いっぱい汗、かいちゃいましたからね!」

 

「……先輩と、お風呂?」

 

「はい! 僕が背中も流してあげます!」

 

 えっへん、とラースは誇らしげに薄い胸を張る。

 その様子を見つめながら、ライオットは瞬きをした。

 

 同年代の子供と、それも『先輩』と一緒に風呂へ入る。

 それは広大な伯爵家の屋敷で至れり尽くせりの世話を受けているライオットには、絶対に経験し得ない未知のイベントだった。

 

「お、おいラース。貴様なにを勝手なことを言って――」

 

「……入りたい」

 

「……え?」

 

モーブルの制止の言葉が終わるよりも早く、ライオットが食い気味に頷いた。

 

「本当ですか!?」

 

 ぱあっとラースの顔が輝く。

 

「えへへ、嬉しいなぁ……。僕、商人の後輩ができたら、一度でいいから先輩らしいことをしてみたかったんです! なんだか、また一つ夢が叶っちゃいました!」

 

 嬉しさのあまり、お尻の黒い尻尾がちぎれんばかりにぶんぶんと左右に振られている。

 まるで尻尾だけが独立して喜びのダンスを踊っているかのようだ。

 

 だが、その無邪気なやり取りにモーブルは頭を抱えて声に出ない叫び声を上げる。

 

(ば、馬鹿者ォォォォォォッ!!)

 

 ヴァルディス伯爵家の次期当主。

 未来の魔導国を背負って立つ至宝。

 その若様を庶民の風呂に入れるだと!?

 しかも背中を流すだと!?

 

(先輩!? なーにが先輩だこの間抜けが! お前は奴隷! 相手は伯爵家のご子息! 身分! 圧倒的格差ッ! それを裸の付き合いでチャラにしようなど、お前の脳内はお花畑のパラダイスか! いいか、若様の御玉体は国宝だ! ミリ単位の引っかき傷一つで、わしの首は綺麗な放物線を描いて天高くすっ飛ぶんだ! 頼むからその底抜けの無邪気さでわしの寿命をミリ単位ですり潰しにこないでくれ、あんぽんたんがぁっ!!

 

 モーブルは「ライオットが自ら身分を隠して働いている」という大前提などすっかり棚に上げ、心の中でラースに凄まじい罵倒を浴びせていた。

 実際のところ、この謎の新人アルバイト『ライ』の恐ろしい正体を知っているのは、この場にモーブルただ一人なのだが。

 

 そもそも、最上級貴族が庶民の粗末な風呂を使うなど、どう考えてもリスクが高すぎる。

 

 もし湯船でツルッと足を滑らせて怪我をされたら?

 もし安い石鹸がシルクのようなお肌に合わずに荒れてしまったら?

 もし湯加減が気に入らずにご機嫌を損ねられたら?

 

 最悪の結果ばかりが頭をよぎる。

 

「お待ちを! ライくん……ッ! 少々差し出がましいようですが、これ以上お帰りが遅くなれば、お父上がさぞかしご心配なさるかと存じます! ここはどうかお早くお屋敷へとお戻りいただき、ご自宅の、それはもうプールのように広大で素晴らしいお風呂にでも浸かられたほうがよろしいのでは――」

 

 そこまで言いかけたモーブルは、ふとライオットをまじまじと見つめ、思わず絶句した。

 

 ――汚い。

 

 ダボダボの平民服は煤と油でまだらに黒ずみ、汗を吸った布地が肌へ張り付いている。

 頬には黒い汚れが筋のように残り、髪にも細かな埃が絡んでいた。

 

 どう見てもヴァルディス伯爵家の御曹司ではない。

 朝から晩まで悪徳商人に酷使され、ろくに休みも与えられていない哀れな丁稚少年そのものである。

 

(……待て)

 

 モーブルの背筋を冷たいものが走った。

 

(待てよ……? もし、この泥まみれの姿のまま若様をお屋敷へお返ししたら……?)

 

モーブルの脳裏に浮かんだのは、怒りで目を血走らせ、魔王のような殺気を放つゼノン・ヴァルディス伯爵の姿だった。

 

『我が息子に何をしたァァァァァッ!! 貴様には死すら生ぬるい! いっそのこと私がこの手で塵一つ残さず(以下略)』

 

(…………いかん!!)

 

 汚いまま返しても破滅。

 庶民の風呂に入れても破滅。

 どちらを選んでも地獄である。

 

 しかし――。

 

(綺麗にして返した方が、まだ生存率が高い!)

 

 脳内で超高速の損益計算と生存ルートの検索を終えたモーブルは、滝のような冷や汗を拭い、コホンと一つ咳払いをした。

 

「こほん……よろしいでしょう。本日の研修の締めくくりとして、我が商会の風呂でさっぱりと汗を流していってください!」

 

「……いいの、モーちゃん?」

 

「ええ、ええ! もちろんでございますとも!」

 

 不思議そうに小首を傾げるライオットの前で、モーブルは引き攣った営業用の笑顔を顔面にがっちりと貼り付けたのだった。

 

「実はですね、我が商会の居住設備は全体的に質素ですが、風呂にだけはしっかりと金をかけて作ってあるのです!」

 

 モーブルは自慢げに胸を張り、自信たっぷりに語り始めた。

 

「なんせ、かの名門オブライエン伯爵家のご子息も利用されたことがある、由緒正しき風呂ですからな!」

 

「……オブライエン? ニーシャ・オブライエン……」

 

 ライオットが少しだけ目を丸くする。

 

「いかにも! あのお方は一日に五度も我が家の風呂を要求なされました。しかもただの湯ではなく、『魔力循環を促す』という名目で、エルヴァルト森国から取り寄せた最高級のバスソルトや薬草を惜しげもなく湯船に溶かして堪能されたのですぞ。湯気の向こうで『ああ……生き返るね。庶民の風呂にしては、まあまあな程度ではあるけど』と仰って、大変満足そうに目を細めておられましたからな!」

 

(そのせいでわしの金貨が文字通り溶け、わしの胃壁もストレスで溶けかけたのだがな!)

 

 心の中で血の涙を流しながらも、モーブルは営業スマイルを完璧に保っていた。

 

「名門貴族のお墨付きをいただいた極上の風呂です。ささ、ラース! ライくんをご案内して差し上げなさい!」

 

 ライオットを一人で入浴させるよりも、付き添いでラースを連れさせたほうがおそらく安全であろう。

 歴史的に奉仕や従者の役割を担うことも多かった魔族であるラースは、他者の世話を焼くこと自体には手慣れている。

 

「はいっ! 行きましょう、ライさん!」

 

 こうして、ライオットは嬉しそうに尻尾を振るラースに手を引かれ、未知なるアトラクション『庶民の風呂』へと足を踏み入れるのだった。

 

◆

 

 案内された浴室は、質素な居住区画からは想像もつかないほど立派な造りだった。

 床や壁には水はけが良く滑りにくい良質な石材が敷き詰められ、中央には大人数人が足を伸ばして入れるほどの大きな木製の浴槽が鎮座している。

 ふわりと漂う湯気には、すでにほのかに心地よい香りが混じっていた。

 

「さぁさぁ、服を脱いでください! 僕が洗ってあげますから!」

 

「うん……」

 

 ラースに急かされ、煤と汗にまみれたダボダボの平民服を脱ぐライオット。

 下着を脱ぐと、プルンと皮を被ったままの可愛らしいペニスが顔を覗かせた。

 

 そして、布を纏っていた重さと汚れから解放され、一気に身軽になる。

 ついでに伊達メガネを外すと、これまで曇っていた視界がクリアに晴れ渡った。

 

 普段は高貴な白磁のように滑らかな肌も、今日一日の労働ですっかり黒く汚れ、あちこちに小さな擦り傷もできている。

 しかし、その顔に疲労の色はあっても、悲壮感は欠片もなかった。

 

「……ここが、モーちゃんの家のお風呂。お屋敷と違って小さいけど、悪くない空間」

 

「わっ、ライさんの身体、白くてすべすべですね~。やっぱり特別な人はお肌も特別なんですねぇ! 僕みたいな奴隷がライさんみたいな方とお風呂をご一緒できて嬉しいです!」

 

 彼が口にした『特別』という言葉は、おそらく「少し裕福な家庭で育った平民」といった程度の意味なのだろう。

 自分が本当は、文字通りの『特別な存在(上級貴族)』であることを隠している、ほんの僅かな罪悪感。

 それと同時に、そんな身分の壁など知る由もなく、ただ純粋に一人の人間として慕ってくれることへのひどいくすぐったさ。

 二つの感情が胸の内で入り混じるが、この湯気の立ち込める温かな空間で、わざわざ野暮な種明かしをして水を差す気にはなれなかった。

 

 何より、小桶を鳴らしながら自分の背中を流す準備を整えているラースの様子があまりにも楽しげで、ここで身分差を突きつけて彼の「純粋な好意」を止めてしまうなんて真似は、到底できそうにない。

 

「よいしょ、よいしょ。まずはそのサラサラの黒髪からきれいにしましょーねー! お湯、かけますよー!」

 

 ざばぁっ! と勢いよくかけられたお湯に、ライオットは「んっ」と小さく肩を揺らした。

 肩まで伸びた黒髪が濡れて首筋にぺたりと張り付き、水滴が白い肌の上を伝い落ちていく。

 屋敷のメイドたちが湯加減をミリ単位で調整し、絹の布でそっと撫でるように行う沐浴とはまるで違う、容赦のない『庶民の洗礼』である。

 だが、不思議と嫌な気はしなかった。

 

 ラースは手慣れた様子で粗めのタオルにたっぷりと泡を立てると、まずはライオットの首筋にそっと手を伸ばした。

 

「まずは首の後ろから……こんなに細くて白いのに、よくあんな重い荷物を運べましたね」

 

「……ん、これくらい、平気」

 

 ラースの指が泡越しにライオットの首筋をなぞる。

 華奢なうなじから肩へ、そして細くしなやかな腕へと、タオルがゆっくりと滑り降りていく。

 ライオットの肌は陶磁器のようにきめ細かく、しっとりと湯気を吸ってほのかに桃色に染まっていた。

 ラースの手が二の腕を包み込むように擦ると、筋肉の薄い、しかし無駄のない滑らかな曲線が泡の下から浮かび上がる。

 

「腕もすごくしなやかで……ライさん、本当に綺麗な体してますね」

 

「……そう、かな」

 

 やがてタオルは胸元へと移っていく。

 泡まみれの布地がライオットの薄い胸板の上を滑り、ぷっくりと小さく色づいた乳首の上をかすめた。

 ライオットは一瞬息を詰めたが、すぐにいつもの無表情に戻る。

 

(……屋敷ではいつもメイドたちがこうやってる。何も恥ずかしがることじゃない)

 

 ラースは丁寧に、しかし確かな手つきで鎖骨の窪みから胸、そして平らな腹へとタオルを滑らせていく。

 泡が白く広がり、ライオットの肌の上でふわふわと揺れた。

 お湯を含んだタオルが臍のくぼみをくすぐり、細い腰のラインをなぞるように拭き上げる。

 

「よし、ここまできれいになりましたね! それじゃあ次は……下も、しっかり洗いますからね」

 

 ラースの手が、ライオットの脚を広げるようにして太腿に触れる。

 細くて白く、それでいてしなやかな筋肉がついた脚が、泡に覆われていく。

 ラースは膝の裏、ふくらはぎ、足首、そして指の一本一本までを丁寧に洗い上げていく。

 

「ライさん、足の指まで綺麗……ほんとに貴族のお坊ちゃんみたい」

 

「……屋敷で、よく手入れされてたから」

 

 それから、ラースの手は自然な流れでライオットの中心部へと進んでいった。

 泡のついたタオルが、太腿の内側をそっと撫で上げ――そして、ライオットの小さな陰茎を優しく包み込む。

 

「んっ……」

 

 ライオットは小さく息を詰め、灰色の瞳をわずかに見開いた。

 しかし、それだけだった。

 屋敷ではいつも女性の従者が沐浴を担当していた。

 彼にとって誰かに体を洗われることは、生まれた時から続く当然の日常であり、羞恥を感じる対象ではなかったのだ。

 

「あれ、恥ずかしくないんですか?」

 

「……いつも、こうだから。別に」

 

 ラースはその淡々とした返事に内心で驚きながらも、手は止めずに泡の乗ったタオルでライオットの陰茎をくるくると優しく洗う。

 普段は布に包まれて見えなかったそこは、驚くほど白く無垢で、うっすらと桃色に染まった先端が泡の間からちらりと覗いた。

 ラースは慎重に皮を少しだけ押し戻し、その先端にたまった小さな汚れを泡でそっと拭き取っていく。

 ライオットはそれでも、ただじっと正面を見つめたまま、されるがままになっていた。

 

(……すごい。本当に何も感じてないみたい)

 

 そう思いながら、ラースはライオットの陰茎の裏側、小さく縮こまった睾丸をそっと泡で洗い、さらに奥へと手を進める。

 

「では……お尻のほうも、きれいにしますね」

 

「……うん」

 

 ラースの指先が、ライオットの窄まった蕾へとそっと触れた。

 湯でぬるついた指が、秘められた小さな襞をなぞるように撫で、きめ細かな泡を乗せて優しく洗い上げていく。

 

「……っ、ぁ」

 

 その瞬間、それまで何をされても無反応だったライオットの頬が、ぽっと薄紅色に染まった。

 屋敷のメイドたちは、ここまでは触れなかった。

 なぜかはわからないが、あの静かで慎ましい従者たちは、この場所だけは決して丁寧に洗おうとはしなかったのだ。

 だからこそ、こうして他人の手に委ね、労わるように洗われるのは、ライオットにとって初めての経験だった。

 

 ――とはいえ、他人にここを触れられること自体が初めてというわけではない。

 

 つい先日、モーブルと一線を越えたばかりなのだ。

 ふいに、そのときのひどく熱を持った記憶が脳裏をよぎり、ライオットの胸の奥を甘く掻き乱す。

 あのときの生々しい記憶と、今まさにラースの手で丁寧に洗われているという現状がないまぜになり、どうしようもない羞恥となって全身を駆け巡った。

 

「……ここは、ちょっと恥ずかしい」

 

「え!? あ、ご、ごめんなさい! じゃあ、やめ――」

 

「……でも、やめなくていい。ちゃんと、洗って」

 

 少しだけ伏し目がちに、けれど、はっきりとした声でライオットは言った。

 ほんのりと熱を帯びたその頬と、普段の彼からは想像もつかないような初々しい表情に、ラースの胸がどきりと高鳴る。

 

「わ、わかりました……じゃあ、失礼して……」

 

 ラースは慎重に、そしてひときわ優しく泡を広げ、くるくると小さな円を描くように洗い清めていく。

 指先が動くたび、ライオットの華奢な肩がかすかに震え、濡れた唇の隙間からは熱を帯びた小さな吐息が漏れた。

 普段は無表情で、何事にも動じない後輩が見せる、初めての動揺と羞恥。

 それがあまりにも愛おしくて、ラースはごくりと喉を鳴らした。

 

(……こうして間近でじっくり見ると……ライさんって、本当に綺麗な顔をしてるんだなぁ)

 

 泡を拭うためのタオルを手にしながら、ラースはふと息を呑んだ。

 さっきまで一緒に汗を流し、同じ釜の飯を食べ、笑い合っていたはずなのに。

 眼鏡を外しただけの彼は、まるで別世界の住人のように神々しかった。

 

 湯気を纏った黒髪が、透き通るように白いうなじに張り付いている。

 そこから滴り落ちる水滴が、鎖骨のくぼみをなぞるように滑り落ちていく。

 静謐な灰色の瞳、すっと通った鼻筋、きゅっと引き締まった小さな唇。

 そのすべてが、熟練の職人が手掛けた繊細な工芸品のようで、どうしても目が離せなくなる。

 

 本当に、ただの平民にはとても見えない。

 裕福な平民の坊ちゃんだとしても、ここまで上品で洗練された、花のような美しさを纏う者はそういないだろう。

 最下層の奴隷階級である自分とは生きる世界が違う、特別な存在に違いないのだ。

 それなのに、この子は見栄や驕り、損得勘定などまるで持たず、店のために泥臭く汗を流せるまっすぐな心を持っている。

 内に秘めた気丈な精神と、触れれば傷つけてしまいそうな白磁の肌。

 自分の手が今、そんな尊いものに触れている事実が急に恐れ多いことに思えてきて、ラースはそっと息を詰めた。

 

(……僕なんかが触れていいのかな。息をするのもためらうほど怖いのに……心が吸い込まれそうで、どうしても目が離せない)

 

 そんな名残惜しさと畏れを胸の奥にそっとしまい込み、ラースはライオットの全身を隅々まで洗い終えた。

 やがて、照れ隠しのように、いつも通りの無邪気な笑みを浮かべる。

 

「よしっ、ピカピカのツルツルになりました! それじゃあ、お湯に入りましょう!」

 

 ラースは満足げにうなずくと、浴室の棚から豪奢な装飾が施された小瓶を取り出した。

 そして蓋を開けるなり、中身をドサドサドサッ! と惜しげもなく湯船へブチ撒けた。

 

 その瞬間、ただのお湯が神秘的なエメラルドグリーンへと染まり、極上のハーブと高密度な魔力を帯びた芳醇な香りが、爆発するように浴室中を満たす。

 

「……綺麗」

 

「入浴剤なんて僕も初めて使わせてもらうんですけど、すっごくいい匂いですね! 旦那様が『ライくんを絶対に綺麗にして返すように! この粉は全部使い切るつもりで好きなだけ入れていいから!』って、泣きそうな顔でこっそり渡してくれたんですよ!」

 

 それが、かつてニーシャのために取り寄せられ、今や商会の『超・高級在庫』としてモーブル自身がVIPルームで厳重に管理している最高級入浴剤だということを、当然ながらラースは知らない。

 店頭に並ぶ通常の商品ではないため、無理もないことだった。

 無邪気な魔族の少年にとっては、ひとすくいで金貨が何枚も吹き飛ぶような代物であろうと、ただの「いい匂いのする入浴剤」でしかなかったのだ。

 

 ちゃぷん、と二人並んで肩まで湯船に浸かる。

 絶妙な湯加減と、魔力循環を優しく解きほぐす薬草の効能が、一日働き詰めで悲鳴を上げていたライオットの筋肉の隅々にまで、じわじわと染み渡っていく。

 

 ライオットは手のひらで緑色の湯をすくい、ふわりと漂う香りを静かに嗅いだ。

 

「……この透き通ったエメラルドグリーン。それに、甘さの中に微かな清涼感がある香り……主成分は『月明かりのロベリア』と『星屑のミント』。それに、筋肉の緊張を和らげる『深緑のカモミール』も調合されている」

 

「えっ? ライさん、お湯の色と匂いだけで、何のお花やハーブが使われてるかわかるんですか!?」

 

 目を丸くするラースに、ライオットは真剣な面持ちで静かに頷いた。

 

「……うん。どれも魔力回復や鎮痛作用に優れた、希少な高山植物ばかり。……ん。なるほど。だから、このお風呂は強い」

 

 ぽつりと漏れた評価は、どこか軍の作戦会議じみていた。

 

「……長時間労働で蓄積した疲労に対して、回復効果が高い。魔力循環の改善も確認できる。継戦能力の維持という観点では、かなり優秀な設備」

 

 ヴァルディス伯爵家の至宝にしてゴールドランク冒険者。

 その口から飛び出したのは、風呂の感想というより戦術分析だった。

 

「…………ぷっ! あはははは! ライさん、なんですかそれ!」

 

 ラースが腹を抱えて笑う。

 

「お風呂なのに、なんだか戦争のお話みたいです!」

 

「……? そう?」

 

 ライオット本人に自覚はない。

 

「むしろ重要。兵站と休養は勝敗を左右する……」

 

「へぇ~、ライさんはなんでも知ってるんですねぇ。お花のこととか、いまの難しいお話とか……今度、僕にもいろいろ教えてほしいなぁ」

 

 感心したように頷くラースだったが、その黒い尻尾はお湯の中でご機嫌そうにゆらゆらと揺れていた。

 

「……先輩」

 

「はい?」

 

「……尻尾が完全に油断してる」

 

「あっ、ほんとだ!」

 

 ラースが慌てて振り返る。

 エメラルドグリーンに染まった湯の中で、黒い尻尾は当人の動揺など気にも留めず、のんびりと揺れ続けていた。

 

「えへへ……お湯がすっごく気持ちいいからですかねぇ」

 

「……たぶん」

 

 ライオットの短い返答に、ラースはまた堪えきれないように笑い出した。

 

「あはは! 僕の尻尾なのに、すっかりお風呂に夢中みたいです!」

 

 浴室に柔らかな笑い声が響く。

 やがて笑いも落ち着き、二人は肩まで湯船に身を沈めた。

 魔力を帯びた薬湯の温もりが、働き続けた身体の疲労をゆっくりとほどいていく。

 

 ちゃぷん、と小さく湯面が揺れた。

 先ほどまで賑やかだった浴室を、今度は心地よい静寂が満たしていく。

 その穏やかな沈黙の中で、ラースがぽつりと本音を漏らした。

 

「……実は僕、最初はライさんのこと、ちょっとだけ怖かったんです」

 

「……?」

 

「なんだか近寄りがたいというか、住む世界が違うすごい人なんだろうなって。怒らせたらどうしようって、少しドキドキしてました。……でも、今日一日一緒に働いてみてわかりました」

 

 ラースはえへへっと照れくさそうに笑い、真っ直ぐにライオットを見つめる。

 

「ライさんって、すっごく真面目で、真剣にこのお店のことを良くしようとしてくれてるんだなって。一緒にお仕事ができて、本当に楽しかったです!」

 

 湯気越しに向けられた、曇りのない尊敬と親愛の眼差し。

 思いがけず真っ直ぐに浴びせられた称賛に、ライオットは戸惑い、照れ隠しのように自身の濡れた髪を不器用に撫でた。

 これまで「次期当主」としての義務的で建前ばかりの賛辞は腐るほど受けてきたが、一人の人間として、自分の行動や姿勢そのものを純粋に褒められるのは新鮮で……決して悪い気はしなかった。

 

「……大げさ。ただ、一生懸命やっただけ」

 

 照れ隠しのように少しだけ赤くなった顔をお湯に沈めると、ラースがどこか真剣な、先輩らしい表情で首を振った。

 

「でも、それが一番大事なんです」

 

「……?」

 

「お昼に『お店の仕事は家事の延長』って言いましたよね。それってつまるところ、『相手への思いやり』なんだって、僕は思うんです」

 

 ちゃぷん、と湯面を揺らしてラースが身を乗り出し、ライオットの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「誰かに心地よく過ごしてほしいから、お部屋を綺麗にする。美味しいご飯を作って、大切な家族に笑ってもらう……。そういう温かい毎日の積み重ねが、家事ですよね。お店も同じなんです。床を一生懸命磨くのも、商品を綺麗に並べるのも、全部『ここに来るお客さんや、一緒に働くみんなに笑顔でいてほしい』っていう思いやりから始まってるんですよ。今日一日、ライさんのその一生懸命な背中からは……そんな思いやりが、いーっぱい伝わってきました!」

 

「……思いやり」

 

「はい! だからライさんは、すっごく立派な店員さんでしたよ。先輩の僕が保証します!」

 

 えへん、と得意げに胸を張るラースの言葉に、ライオットは小さく息を吐いて目を閉じた。

 すると、今日一日の光景が、あたたかな湯気の向こう側に鮮やかに蘇ってくる。

 

(……いい一日だった)

 

 慣れない箒での掃除も、重い荷物の品出しも、たどたどしかったお客様への案内も。

 どれも屋敷では経験したことのない、初めてのことばかりだった。

 

(……思いやり……。誰かのために、自分の手で何かを整えたり、きれいにしたり……)

 

 ふつふつと、静かに湧き上がる温かな感情。

 誰かの役に立つことがこれほど嬉しいと思えたのは、彼の人生において本当に初めての経験だった。

 

 ヴァルディス伯爵家では、掃除も洗濯も食事の支度も、すべて有能な使用人たちが完璧に整えてくれる。

 常に「与えられ、奉仕される側」であったライオットは、自らの手で他者の暮らしを支えようなどと考えたこともなかったのだ。

 

 けれど今日、身の丈に合わないダボダボの平民服で働き、汗を流してみて、確かな手応えを得た。

 

 床を一生懸命に磨けば、誰かが気持ちよく歩ける。

 乱れた棚を整えれば、お客さんが欲しがっている商品を見つけやすくなる。

 

 ひとつひとつは、本当に些細な作業だ。

 けれど、その小さな思いやりの積み重ねが確実に誰かの暮らしを支え、笑顔を生んでいる。その実感が、たまらなく心地よく、誇らしかったのだ。

 

(家事……帰ったら、お屋敷でも何かやってみよう)

 

 まずは自分の部屋の掃除からでいい。

 不格好でもいいから、洗濯や料理の手伝いにも挑戦してみたい。

 ただ与えられるのを待つのではなく、自分にできることから少しずつ始めてみよう。

 それがきっと、思いやりの心を育み、お店の仕事をより深く知るための大切な一歩になるはずだから。

 

 すべては、大好きなモーちゃんのために。

 彼が心から大切にしているこのお店で、少しでも頼りになる存在になりたい。

 そして、訪れるお客様にたくさんの喜びを届けたい――。

 

 最高級入浴剤の芳醇な香りに包まれたエメラルドグリーンの湯の中で、ライオットはそっと目を開けた。

 無邪気に笑うラースを見つめるその瞳の奥には、夜風に揺れる街灯の灯火のように、小さく、けれど決して消えない柔らかな決意が確かに灯っていた。

 

 

 心地よい静寂に包まれた浴室に、やがて楽しげな声が響き始めた。

 

「ふふふーん、ふふーん♪」

 

 すっかり入浴剤の癒し効果にご満悦なラースは、気持ちよさそうに両目を閉じ、とろけるような顔で鼻歌を歌いながら極上の湯に身を委ねていた。

 そんな彼の背後から、湯船の中をゆらゆらと漂ってきたものが、ふとライオットの目の前に浮かび上がる。

 

 ――お湯に濡れて少し細くなった、黒くて先がハート型になっている尻尾だ。

 

 エメラルドグリーンの水面すれすれを、まるで別の生き物のように気ままに揺蕩っている。

 ライオットは目の前で揺れるそれをじっと見つめながら、一拍だけ考えた。

 

(先輩の尻尾……触ったら、どんな感じなんだろう……?)

 

 ヴァルディス伯爵家では、奴隷である魔族を労働力として迎え入れる習慣はなかった。

 

 屋敷に仕える執事も、メイドも、庭師も、料理人も――その多くは下級貴族や平民であり、幼い頃からライオットの身の回りにいた者たちは、皆、人族ばかりだった。

 

 もちろん、街へ出れば魔族の姿を見かけることはある。

 人混みの中を荷運びする者。

 店で働く者。

 あるいは、他の貴族に付き従う者。

 

 けれど、それはあくまで遠くから眺めるだけの光景だった。

 

 鎖を繋がれ、主人の後ろを歩く魔族の姿を目にしたこともある。

 だがライオットにとって、それは街の風景の一部でしかなかった。

 

 自分から話しかけたこともなければ、触れたこともない。

 ましてや、こうして同じ湯船に浸かり、肩を並べて笑い合うなど――考えたことすらなかった。

 

 彼にとって魔族とは、書物の中に描かれた知識の存在。

 特徴や性質を覚える対象であって、こんなにも近くに感じる相手ではなかったのだ。

 

 だからこそ。

 

 目の前でゆらゆらと揺れる、黒くて柔らかな尻尾という存在は、ライオットにとってあまりにも新鮮だった。

 

 頭では知っている。

 魔族には種族ごとの特徴があり、尾を持つ者もいることくらい。

 けれど、実際に目の前で動いているそれを見るのは初めてだった。

 湯に揺られる尻尾は、まるで本人の感情をそのまま映しているようで――

 

 ライオットは、気づけばそこから目を離せなくなっていた。

 

 次期当主として厳しく躾けられた理性が「他者の身体へ無断で触れるべきではない」とわずかに警鐘を鳴らしたものの、それをあっさりと上回ってしまったのは、年相応の少年らしい純粋な好奇心だった。

 

 ライオットはお湯の中でそっと手を伸ばし――吸い寄せられるように、その黒い尻尾をきゅっと掴んだ。

 

「――ふああッ!?♡」

 

 途端に、ご機嫌な鼻歌を歌っていたラースの口から、全身の骨が抜けたような奇妙な声が漏れた。

 ビクンッと小さな肩が跳ね、そのまま力なくお湯の中へずるずると沈み込みそうになる。

 

「ラース先輩……!?」

 

「ひゃ、あ……っ、ライさんっ……し、しっぽ……だめぇっ……!♡」

 

 慌てて浴槽の縁にすがりつき、涙目で振り返ったラースの顔は、お湯の熱さとは無関係にゆでダコのように真っ赤に染まっていた。

 それもそのはずである。

 魔族にとって尻尾は、神経が過敏に集中している最大の『弱点』なのだ。

 そんな場所を無防備な状態で掴まれれば、屈強な戦士であっても腰から崩れ落ちてしまう。

 

「あ……。痛くしてごめんなさい……つい気になって……」

 

 ライオットが慌ててパッと手を離すと、ラースは「はうう……」と荒い息を吐きながら、自分の尻尾を抱きしめるようにして身体を丸めたのだった。

 

「ん……♡ うぅ……え? えーと……。大丈夫です……えっと……。ご、ごめんなさい、僕がもっと気をつければよかったんです……。だって最近、旦那様とはしばらくご無沙汰で……ちょっと身体が……敏感、になってて……っ」

 

「……? ご無沙汰……?」

 

「はわわわわわ! でもっ、ライさんはまだ子供ですし、そういうことなんて、まだ知らなくてもいいことですから……! え、ええと……うーん……わ、忘れてくださいね……! な、何でもないですからね……!」

 

 ラースは真っ赤な顔で手をぶんぶんと振り、明らかに挙動不審な様子で誤魔化すように何度も何度もお湯で顔を洗った。

 

 何が何だかよくわからなかったが、ライオットもあまり追及する気になれず「……? わかった……」とだけ答える。

 

 ラースはしばらくお湯に顔を沈めて体をもじもじさせていた。

 

「……先輩、どうしたの?」

 

「……あ、違うんですっ、これはその……!」

 

 ラースはしどろもどろになりながら、湯船の縁にしがみつくようにして俯いた。

 本当は今すぐにでも逃げ出したかったのに、身体が言うことをきかない。

 むしろ、ついさっきまでライオットに握られていた尻尾の感触が、まだ根元にチリチリと残っていて、その熱がお腹の奥までじわじわと広がっていく。

 

(だめだめだめ……! こんなの、絶対におかしい……! ライさんは純粋に僕のこと、先輩って慕ってくれてるのに……っ)

 

 心の中でそう自分を叱りつければ叱りつけるほど、身体は逆に火照りを増していく。

 ここ数日、モーブルのお仕置きも夜の相手もなかったせいで、すっかり慣らされた身体が勝手に渇きを訴えている。

 おまけに、湯船に溶けた高級入浴剤の香りが優しく鼻腔をくすぐるものだから、思考を冷静に保つための最後の理性まで、ゆるゆると蕩けていきそうだった。

 

「……先輩?」

 

 こてん、とライオットが小首を傾げる。

 伊達メガネを外して素顔を晒した灰色の瞳は、いつもよりもずっと無防備で、心底ラースを心配しているのがありありと見て取れた。

 その無垢な眼差しに貫かれた瞬間、ラースの胸の奥で、ちりっ、と痛いような甘いような罪悪感が弾ける。

 

「だ、大丈夫ですから……っ。ライさんは、ゆっくりお湯に浸かっててください……。僕、ちょっと、のぼせそうなだけで……」

 

 そう言うのが精一杯で、ラースは湯の中で膝を抱えるようにして蹲った。

 胸の鼓動がうるさい。指先が震える。

 湯の中に溶けたエメラルドグリーンの色が、二人分の裸体をおおらかに隠してくれていることが、せめてもの救いだった。

 

(ちょっとだけ……ほんの少しだけなら……)

 

 ラースはライオットに気づかれぬよう、そっと右手を熱い湯の底へと潜らせた。

 太腿の内側を指が這い登り、たどり着いたのは、いつのまにか硬く張りつめていた己の幼い中心。

 布のない剥き出しのそれは、湯の温度を凌駕するほどの熱を帯びて脈打ち、ラースがそっと指の腹を滑らせただけで、ひくりと小さく跳ねた。

 

「……んっ……♡」

 

 声を殺しきれず、鼻にかかった吐息が漏れる。

 慌てて口を押さえ、ちらりとライオットの様子を窺った。

 けれど彼は何も気づかず、ただ心地よさそうに天井をぼんやりと見上げているだけだった。

 その横顔の、なんと清らかで無垢なことか。

 

(ああ……ライさん、なにも知らないんだ……僕が今、こんなことしてるなんて……)

 

 その事実が、ラースの背徳をいっそう強く刺激する。

 手のひら全体で昂ぶりをそっと包み込み、にちゅ……と静かに扱きはじめた。

 

 濁った湯のせいか、自身の耳には、ぬぷ……ちゅぷ……という粘りつくような水音がやけに大きく響き渡る。ラースは羞恥に目をぎゅっと瞑った。

 

「……ラース先輩、本当に大丈夫? なんか、息が荒い……」

 

「ひぁっ!? だ、大丈夫! ほんとに大丈夫ですからっ!!」

 

 名前を呼ばれただけで、ラースのそれはビクンと震え、鈴口からは透明な先走りがとろりと溢れ出した。

 それは水面で半透明の煙のように揺らめき、ゆっくりと溶けて消えていく。

 

(やめなきゃ……やめなきゃだめだ……こんなの……っ)

 

 頭ではわかっているのに、手は止まることを知らない。

 むしろ、暴かれることを恐れるほどの昂奮が、いつもよりずっと強くラースを駆り立てていく。

 親指の腹で亀頭のくびれをぐりっと押しつぶすと、腰が勝手に浮き上がり、ラースは必死に膝で身体を支えた。

 

「はぁ……っ♡ はぅ……っ♡」

 

 小さく肩を上下させながら、人差し指と中指で竿全体をきゅっと挟み込み、根元から先端へ、ぬるぬると何度も上下させる。

 そのたびに尿道からはじわじわと蜜が滲み出し、指の動きをさらに滑らかにしていく。

 

(あ……もうだめ……イっちゃいそう……っ♡)

 

 限界が近づいてきた、その時だった。

 

「……先輩、また尻尾が震えてる」

 

 ライオットのその言葉に、ラースはビクッと身体を跳ねさせた。

 そうだ。先ほど、彼に尻尾を握られたとき、全身に稲妻が走るような強烈な快感が走ったのだ。

 あの感覚が、どうしても脳裏から離れない。

 

(あれ、すごかったなぁ……。旦那様に触られてるのとは全然違って……ライさんの手は細くて、優しくて、それだけで頭が真っ白になって……)

 

 自慰のストロークを続けながら、ラースはその時の感覚を鮮明に反芻していた。

 湯船のなかでゆらゆらと揺れる自身の尾を見つめ、唇を噛む。

 だめだ。だめに決まっている。

 けれど――。

 

「……ライさん……っ♡」

 

「なに、ラース先輩?」

 

「その……お、お願いが、あるんですけど……っ♡」

 

 もはや、完全に快楽に押し流されかけている意識で、ラースは必死に言葉を紡いだ。

 右手はまだ、自身の中心を執拗に扱き続けている。

 

 ぬちゅ、にちゅ、にちゅ……ッ。

 

「さ、さっきみたいに……し、尻尾……握って、もらえませんか……っ♡」

 

「……? でも先輩、さっきは嫌がってた……」

 

「ち、違うんですっ! 嫌なんじゃなくて、その……っ! い、いきなり触られて、びっくりしちゃっただけで……」

 

 言い訳をしながら、ラースの手の動きはどんどん速度を上げていく。

 

 ぐちゅぐちゅぐちゅ……ッ!

 

 先走りが白く濁った湯のなかで糸を惹き、すぐに溶けて見えなくなる。

 

「せ、せっかくの入浴ですし……その、魔族の尻尾って、触ってもらうと、すごく……心が落ち着くんです……っ♡」

 

 もはや何を口にしているのか、自分でもわからなかった。

 ただ、あの感覚がもう一度ほしい。

 ライオットの細く白い指が、一番敏感な場所に触れるところを想像しただけで、腰が勝手に揺れてしまう。

 

「……心が落ち着く。それ、先輩の健康のために必要?」

 

「は、はいぃ……っ♡ 必要なんです……っ♡ とても、どうしても必要で……いますぐじゃないと、おかしくなっちゃいそうでぇ……っ♡」

 

 ラースは湯気に濡れた睫毛を震わせ、潤んだ赤い瞳で彼を見上げた。

 その視線はすでに焦点が合っておらず、恍惚とした膜がかかっている。

 湯のなかで指が中心を弄る動きだけは、もはや無意識のまま止められずにいた。

 

「だから、お願い……っ♡ 僕のしっぽ……握って……っ♡ 優しく、ぎゅって……っ♡ ライさんの指で、ぎゅうって……っ♡」

 

 懇願する声はすでに涙声で、語尾が甘く震えている。

 湯面から突き出した黒い尻尾は、まるで別の生き物のように艶めかしくうねり、ライオットの手を待ちわびるように揺れていた。

 

「……わかった」

 

 ライオットはこくりと頷き、そっと手を伸ばす。

 ラースの尾を包み込むように、ゆっくりと指を絡めて――きゅっ。

 

「ひゃうううううんっ!♡♡♡」

 

 その瞬間、ラースの喉から悲鳴とも嬌声ともつかない甘い声が迸った。

 背筋を奔るあまりに強い快感の電流に、細い肢体が弓なりに反り返る。

 濁った水面で、彼の幼い陰茎がビクンビクンと激しく脈打ち、鈴口からはとろりとした蜜がもうもうと湯に溶け出していく。

 

(ああっ……ライさんの指……すべすべで、細くて……さっきよりずっと熱い……っ♡ なにこれ、なにこれぇ……っ♡)

 

 ラースは半ば白目を剥きかけながら、盛りのついたメス犬のように「はぁはぁ♡」と舌をだらしなく突き出して喘いだ。

 もう頭のなかは真っ白な快楽で埋め尽くされ、何も考えられない。

 それでも右手だけは、しごくのをやめられなかった。

 

 ぬぷっ、じゅぷっ、にちゅっ……と、指の腹でカリ首を抉るたび、腰が跳ね、尻尾が彼の手のなかで淫らにうごめく。

 

(これだけじゃ足りない……ここも、あそこも……もっと……っ)

 

 気がつけばラースは、空いた左手もお湯のなかへと沈め、そっと後ろへと回していた。

 指先がたどり着いたのは、ひくひくと物欲しげに震える小さな窄まりだった。

 入り口をくにくにと撫で回すだけで、ラースの腰が小さく跳ねる。

 湯に濡れた中指が、ゆっくりとその中へと沈み込んでいくと、熱く蕩けた内壁がきゅうっと指に絡みついてきた。

 ぬぷり……と小さな水音が、ラースの耳の奥で淫らに反響する。

 

「んっ……♡ きぅうううん……っ♡」

 

 右手で中心を扱き上げながら、左手の中指で蕾の奥へと抜き差しする動きは、もはや止められそうになかった。

 

 ぬちゅ……ぐぷ……にゅぷにゅぷ……ッ。

 

 二本の指がそれぞれ前と後ろで異なる水音を奏で、そのたびにラースの細い腰が湯のなかで小さく浮き上がる。

 

(あぁっ……♡ でも……指じゃ足りない……旦那様の、太くて熱くて、奥までどすどすって入ってきて……前立腺の入り口をぐりぐりってされると、お腹の奥から電気が走るみたいにゾクゾクして……っ♡)

 

 自分の指では、モーブルの強烈な快楽には到底及ばない。

 中指を根元まで呑み込ませても、かろうじて内壁の浅いところを撫でるのが精一杯で、一番感じる奥の奥にはまったく届かない。

 もどかしさが逆に身体の疼きを強めてしまい、指を抜き差しするたびに、蕾の奥からはぐちゅり、じゅぷり……と物欲しげな音が漏れ、太腿の内側を伝っていく。

 

 それでも、右手のストロークは止まらない。

 親指と人差し指で輪っかを作って根元を圧迫し、ずぽっ♡ と音を立てて一気に亀頭まで扱き上げる。

 指全体で包み込み、てのひらで捏ね回すと、敏感な先端からは新たな蜜がとろとろと滲み出し、動きをどんどん滑らかにしていく。

 

「はあぁ……っ♡ あぅっ♡ ひゃうぅ……っ♡」

 

 前と後ろ、二つの場所を同時に弄りながらも、決定的な何かが足りない。

 窄まりは指をくわえ込んだまま痙攣し、もっと奥まで掻き回してほしいと泣いている。その渇きが、ラースの身体をさらに淫らに火照らせていった。

 

 けれど、ライオットの細くしなやかな指が、尻尾の根元をぎゅっと握り込むたび、ラースの口からは砂糖菓子より甘い嬌声がとめどなく零れ落ちる。

 自慰のもどかしい快感と、彼に与えられる鋭い刺激が混ざり合い、ラースの身体はもう限界まで高められていた。

 

「……先輩、すごく息が上がってる。私の触り方、良くない?」

 

 ライオットが無垢な灰色の瞳で、心底心配そうに覗き込んでくる。

 その純粋さに胸が締め付けられながらも、ラースは首を激しく横に振った。

 

「ちが、ちがうんです……っ♡ やめないで……っ♡ もっと……もっと握って……っ♡ いっぱい、ぎゅってしてください……っ♡ もっと強く……あんっ♡ 上下に、しごいて……っ♡ ごしごしって……っ♡♡」

 

 自分でも何を口走っているのか、もうわからなかった。

 ライオットの指が動くたびに全身を快感が貫く。

 あさましいとはわかっていても、もっともっととせがまずにはいられない。

 ラースは自ら腰をくねらせ、尻尾の先端を彼の指のあいだに擦りつける。

 右手は相変わらず中心をぐちゅぐちゅと扱き続け、左手の中指は蕾の奥の一番感じる場所をくりくりと掻き回している。

 

 にゅぷっ、ぐちゅっ、ぬちゅっ……と、前と後ろから同時に響く淫らな音が、湯のなかでくぐもったリズムを刻み続けた。

 

「……こう?」

 

 ライオットは首を傾げ、ラースのねだるままに指に力を込めた。

 

 きゅっ! きゅうっ! にゅぷっ……!

 

「ひぁああああっ!♡♡♡」

 

 ラースの背中が大きくしなる。首がのけぞり、鎖骨に溜まっていた汗が一筋、胸元へと流れ落ちていく。

 無意識に浮かせた腰が、自分から彼の手のなかへ尻尾を押し付けるような浅ましい恰好になり、羞恥で涙が滲む。

 後ろの秘部もぎゅうっと指をきつく締め付け、内壁が痙攣しながらもっと奥へと指を呑み込もうと蠢く。

 先端からはどろりと濃い先走りが溢れ出し、亀頭全体を濡らしながら、湯のなかで半透明の糸を引いた。

 自分自身の指では決して届かなかったはずの頂点が、ライオットの指によって今まさに目の前に迫っている。

 

「……ごめん、加減がわからない。いまの、嫌だった?」

 

「ちが、ちがうんです……っ♡ ごめんなさい、嫌じゃないんです……っ♡ 気持ちよくて、気持ちよすぎて、身体が勝手に……ふあああっ♡♡」

 

 へこへこと情けなく腰を揺らしながら、ラースは必死に謝罪した。

 不安が胸をよぎるのも束の間、ライオットの動きがさらに優しく、しかし的確に変化する。

 

 きゅっ、きゅっ。きゅっ、きゅうっ……!

 

「あひっ……!♡♡ あうっ♡ あっ♡ あっ♡ はああっ♡」

 

 握り込まれては緩められ、また強くしごかれる尻尾の動きに、ラースは涙と涎で顔をぐしょぐしょに濡らしながら身悶えた。

 自分自身で行う動きもどんどん速くなり、ぐちゅぐちゅ、ぬぷぬぷという音が湯面の下で絶え間なく響いている。

 右手は全体重をかけるようにして亀頭を捏ね潰し、左手の中指は第二関節までずっぽりと呑み込ませて、内壁を掻き回していく。

 

(あああっ♡ ライさんの指……旦那様のと全然違う……っ♡ こんなに優しくて、繊細で……なのに、すごく的確で……っ♡ 自分で行っているのと、ライさんの指が一緒になって……前も、後ろも、尻尾も、ぜんぶ同時で……っ♡♡♡)

 

 ラースの視線はもう天井を向いたまま、だらしなく口が開いている。

 よだれが糸を引いて顎から湯面へと垂れ落ち、小さな波紋を作った。

 

 ライオットの指は、ラースが一番感じる強さと速さを無覚のまま与え続けていた。

 おかげで、絶頂が、いまにも手の届くところまで迫っている。

 

「先輩……痛くない? ……もっと弱くする?」

 

 その言葉は、心の底から彼を気遣ってのものだった。

 湯気に潤んだ灰色の瞳が、無垢な光をたたえてラースを見つめている。

 

「ひゃうう……っ♡ だめ、やめないで……っ♡ やめないでぇ……っ♡」

 

 ラースは首を激しく横に振った。

 いま、この手を離されたら、きっと気が狂ってしまう。

 そんな切迫感が、彼の声をさらに切羽詰まったものに変えていく。

 

「気にしなくてもいいですからぁ……そこを、もっと……舐めてくださぁいぃぃ……っ♡」

 

「……舐める?」

 

 ライオットが小首を傾げる。

 濡れた黒髪が白い頬に張り付き、湯気に潤んだ瞳が、ただ純粋な疑問だけで彼を見つめていた。

 その無垢な仕草のひとつひとつが、いまのラースにはひどく淫らに映る。

 

 奴隷である自分の言葉に、この、育ちが良さそうな美しい後輩が素直に従おうとしている。

 その事実が、ラースの胸の奥で燻る背徳の火を、さらに激しく燃え上がらせていった。

 

「は、はひぃいいいい……っ♡」

 

 自分でも情けなくなるほど裏返った声が、浴室の湿った空気に吸い込まれた。

 涙と涎で顔を歪め、ラースは湯の中で膝をガクガクと震わせ、必死に言葉を紡ぐ。

 

「ぼ、僕のを……僕の尻尾をぉおお……ライさんの、その舌で……ぺろぺろって、してくださぁいぃぃ……っ♡」

 

 懇願の語尾が震えて消える。

 羞恥も理性も、すべてをかなぐり捨てて縋りつかなければならないほどの熱が、すぐそこまで迫っていた。

 

「……ん、わかった。先輩の健康のためならやる」

 

 ライオットはこくりと頷くと、お湯のなかでラースの黒い尻尾をそっと持ち上げた。

 そして、その先端に顔を近づけ、おずおずと舌を伸ばす。

 熱くて柔らかな舌先が、敏感な表面にちろりと触れた瞬間――。

 

「ひああああっ!?♡♡♡」

 

 ラースの全身に稲妻が走り抜けた。

 他人のぬくもりが、ダイレクトに神経を貫いていく。

 しかもそれが、自分が心から慕っている無垢な少年の舌だという事実が、快感を何倍にも増幅させていた。

 

「……先輩、ここが気持ちいい? それとも、もっと根元のほう?」

 

 ライオットは無表情のまま、しかし真剣な眼差しで問いかける。

 彼にとってこれは、先輩の健康を回復させるための任務なのだ。

 その無垢な使命感が、ラースには残酷なほど心地よく突き刺さる。

 

「どっちもぉ……っ♡ どっちも気持ちいいですぅ……っ♡」

 

「……じゃあ、両方」

 

 そう言うと、ライオットは尻尾の先端をそっと唇に含み、ちゅう……と優しく吸い上げた。

 艶のある唇の間から、細くて形の良い尻尾の先がまるで飴玉のように咥え込まれ、舌がその裏側を這い回る。

 同時に、白い指が根元をきゅっと握りしめ、ゆっくりと上下に扱きはじめた。

 口と指、二つの異なる熱が同時にラースを責め立て、快感の波が一気に押し寄せてくる。

 

「ひぐうううっ!?♡♡♡ あっ、あっ、ふぁああんっ……!♡♡♡」

 

 ラースの口からはもう、意味のある言葉は出てこなかった。

 涎が糸を引いて湯面に落ち、赤い瞳は快楽に溶けて焦点が合わない。

 それでも、自分自身で行う指の動きは無意識に止まらなかった。

 

 右手が中心を抉るたびに、尿道からは新たな蜜がどろりと溢れ出す。

 左手の中指が窄まりを掻き回し、内壁のひだをかき混ぜれば、そこからも粘り気のある汁がとろとろと滲み出し、太腿の内側を伝っていく。

 二本の指と、ライオットの舌、合わせて四つの刺激がラースを休む間もなく責め続ける。

 

 なのに、それでもなお、絶頂の一歩手前でライオットの動きがふと緩む。

 絶妙な力加減が、ラースを寸止めのままさらに高みへと引き上げていく。

 

 ライオットは小首を傾げ、じゅる……っとわざと音を立てて先端を吸い上げては、ちろちろと舌先でくすぐるように舐める。

 その無邪気な舌使いが、ラースの神経を一本一本焦がしていくようだった。

 

「あぁ……っ♡ はひゃああっ……♡♡ きもひいぃぃ……っ♡♡♡」

 

 ラースは切なげに眉を寄せた。

 後ろと前、両方の快楽に身体が震え、涙がボロボロと溢れ出しては湯のなかへ溶けていく。

 四つの刺激が、交互に、あるいは同時に押し寄せ、引き、もう何がなんだかわからない。

 

「……先輩すごい声。まるで獣みたい」

 

 ライオットが心配そうに覗き込む。

 その無垢な瞳が、自分がいま口にしているものの官能的な意味など微塵も理解していない。

 その視線すらも、もはや快感を増幅させる要素となっていた。

 

「……っ♡ だめぇ……っ♡」

 

 もう、限界だった。ラースは震える唇を開いた。そして――。

 

「お願いぃ……っ!♡♡ お願いしますぅうう……!♡♡♡ もっと強く……っ♡ もっと強く、僕の尻尾……じゅぽじゅぽして、レロレロ舐めてくださぁああいいいぃいいっ……!♡♡♡」

 

「……ん、あむ」

 

 まるでキャンディを口にくわえる子供のように、ライオットは無邪気に尻尾を唇に含み直した。

 そのまま優しく、しかし確実に上下に扱きながら、舌全体で表面を舐め上げる。

 温かく湿った口腔が包み込み、舌のざらつきが敏感な鱗の一枚一枚を刺激する。

 同時に、指は根元を休むことなく動かし続けている。

 口と指、二つの刺激が完全に連動してラースを追い詰め、彼はビクンと背中をしならせて歓喜の悲鳴を上げた。

 

「ひぎっ!?♡♡♡ あーっ♡ あーーっっ!♡♡♡」

 

 ビクンビクンと腰が震え、窄まりが指をきつく締め付ける。

 内壁が意思を持った生き物のようにうねり、中指にぎゅうぎゅうと絡みついて離さない。

 身体の奥底から熱いものが込み上げてくる感覚に、ラースの頭が真っ白になる。

 尿道の先端からはどろりと濃い蜜が溢れ出し、半透明の煙のように揺らめいた。

 

「……先輩、ここがぬるぬるしてきた。なんか出そう。これ、大丈夫?」

 

「あ♡ あ♡ や、やめ……っ♡ それ、だめぇ……っ!♡♡♡ でる……ほんとにでちゃいますぅうう……!♡♡♡」

 

 ラースは必死に首を横に振ったが、ライオットの動きは止まらない。

 むしろ、何かが溢れ出そうになっているのを察知して、より入念に、より執拗にそこを責めはじめる。

 そのまま根元から先端に向かって、舌が、そして指が、逃げ場のない快楽を押し付けてきた。

 

「……ん、よくわからないけど……出して、先輩」

 

 ライオットが小さく呟き、尻尾の先端をじゅううううと深く吸い込む。

 まるでストローで最後の一滴を吸い上げるように。

 その吸引力が、尻尾の神経に集中しているすべての快楽を一気に爆発させた。

 

「あひっ……!?♡ やめっ♡ そこっ♡ そこ思いっきり吸ったらぁ……っ♡」

 

 瞬間、ラースの身体がビクビクビクッと無秩序に痙攣した。

 視界が真っ白に染まり、思考が止まる。

 蕾がきゅううっと中指を締め付け、内壁が波打ちながら指に絡みつく。

 蠢く粘膜が、もっと太くて熱いものをとねだるかのように収縮し、陰茎もまたいまにも爆ぜそうに真っ赤に充り、先端からは最後の蜜が溢れ出した。

 もう、限界だった。

 

「イっ……イくっ♡♡ イっちゃうっ♡♡♡ あっ、あっ、ひゃあああああーーーーーっ!!♡♡♡♡」

 

 ラースの絶叫が浴室に響き渡る。その瞬間、全身が大きく跳ねた。

 

 びゅるるるるるるるるるっっ!!!!!

 

 ラースの陰茎から勢いよく放たれた白濁の飛沫が、エメラルドグリーンの湯のなかで幾筋もの淫らな弧を描く。

 ラースは痙攣しながら何度も何度も精を吐き出し、濁った浴槽のなかへその熱を溶かしていった。

 

 どぷっ……どぷどぷっ……!

 

 尿道に絡みついた残滓が、まるで最後の一滴まで搾り取られるかのように、ずるずると引き出されていく。

 ラースのそれはなおもひくつき、精嚢の奥から新たな白濁がせり上がっては、先端からとろりと溢れ出した。

 

 やがてそれも途切れ、尿道口に真珠のように溜まった最後の一滴が、ぷるりと震えてから静かに落ちていく。

 それでもまだ、ラースの身体は名残惜しげに疼き続けていた。

 

(はあ……はあ……出しちゃった……♡ ライさんの前で……しかも、尻尾虐めてもらいながら……っ♡)

 

 絶頂の余韻に肩を震わせながらも、ラースの胸の奥ではじわじわと自己嫌悪が広がっていく。

 信頼してくれている無垢な後輩に、なんてお願いをしてしまったのか。

 それなのに、身体の芯はまだじんじんと甘く痺れていて、そのギャップがラースをさらに深く羞恥の淵へと追いやっていった。

 

 そうしてすべてを出し尽くし、全身から力が抜けきってしまうと、ラースはぐったりと湯船の縁に前のめりにうなだれた。

 肩で息をしながら、熱に浮かされた頭がようやく少しずつ冷えていく。

 

「……ライさん、ごめんなさい……僕、後輩の君に、なんてお願いを……」

 

 その声は今にも消え入りそうで、耳の根元まで真っ赤に染まっていたのが、ラースの深い後悔を物語っていた。

 うつ伏せに近い姿勢になったせいで、湯面からわずかに浮き出たラースの小さなお尻が、浴室の淡い灯りにさらされている。

 

「……先輩、それより」

 

「え……?」

 

「……お尻、丸見えになってる」

 

「ふぁっ!?」

 

 ラースは慌てて両手でお尻を隠そうとした。

 けれど濡れた手のひらはツルリと滑ってしまい、かえって小さな蕾の真上を指がかすめてしまう。

 その感触にラースの肩がビクンと跳ねた。

 

「……お尻の穴も、くぱくぱしてた」

 

「み、見ないでくださいよぉ……っ!」

 

 顔を真っ赤にして必死に足を閉じようとするが、長い間無理な体勢で快楽に身をよじっていたせいで、膝ががくがくと震えて言うことをきかない。

 それでもなんとか湯の中に座り直し、小さく縮こまるようにして自分の身体を抱きしめる。

 

 そんなラースの様子を、ライオットは不思議そうに、けれど真剣な眼差しでじっと見つめていた。

 浴室の湯気が、二人の素顔を優しくぼかしていく。

 やがて長い沈黙のあと、ライオットがぽつりと口を開いた。

 

「でも……先輩の体、すごく綺麗だった」

 

「……え?」

 

 ラースがきょとんと瞬きを返すと、ライオットは自分でもなぜそんな言葉が出たのかわからないというふうに、灰色の瞳を戸惑ったように揺らした。

 何かを伝えたそうに小さく唇を開きかけて、けれど適切な言葉が見つからなかったのだろう。

 そのまま何も言わずに、静かに口を閉じる。

 

 浴室には、かすかに湯の滴る音だけが響いていた。

 湯気越しに見つめ合う二人の間で、熱に浮かされた時間の名残が、ゆっくりと夜の空気に溶けていく。

 

「……先輩、のぼせちゃう。そろそろ上がろう」

 

「は、はい……そうですね……」

 

 ラースはまだ火照りの残る顔でこくりと頷いた。

 さっきまでの自分が何を口走り、どんな姿を晒したのか、湯から上がるにつれてじわじわと現実に引き戻され、耳の先まで熱くなっていく。

 けれど、こみ上げる羞恬の奥で、胸のどこかがくすぐったく温かいことも、ラースはぼんやりと感じていた。

 

(ライさん……怒ってない。それどころか、すごく優しかった……)

 

 湯船から上がり、バスタオルで身体を拭きながら、ラースはちらりとライオットを盗み見る。

 ライオットは無表情のまま、濡れた黒髪を面倒くさそうにタオルでごしごしと拭いていた。

 その仕草が妙に子供っぽくて、普段のどこか大人びた雰囲気との落差に、ラースは思わずくすりと笑みをこぼす。

 

「ライさん、そんなふうに拭いたら髪が傷んじゃいますよ。貸してください、僕がやってあげます」

 

「……うん」

 

 素直に頭を差し出すライオットの髪を、ラースは優しくタオルで挟み込み、丁寧に水分を吸い取っていく。

 浴室にはまだハーブのいい香りが漂っていて、二人の間に流れる沈黙はひどく穏やかだった。

 

「……先輩」

 

「はい?」

 

「……先輩が体を洗ってくれて、先輩が髪を拭いてくれてる」

 

「はい」

 

「……一緒にお風呂に入れて嬉しかった……ありがとう」

 

 ぽつりと零された言葉に、ラースの手が一瞬止まる。

 そして、今度は心からふわりと笑った。

 

「僕もです。ライさんと一緒にお風呂に入れて、すごく嬉しかったです」

 

 二人は顔を見合わせ、どちらからともなく小さく笑い合った。

 

◆

 

 すっかり着替えを済ませ、店の裏口でモーブルに見送られる頃には、夜はもうすっかり更けていた。

 モーブルは『粗相があってはならない』と終始ハラハラした様子でライオットの顔色を窺っていたが、風呂上がりの彼の表情が思いのほか穏やかなのを見てとり、こっそりと深い安堵の息を吐き出した。

 

 そして、ここぞとばかりに揉み手をしながら歩み寄る。

 なんとしてでも、このモーブルの生殺与奪の権を握る時限爆弾のような少年に「裏方の仕事などつまらない」と思わせ、穏便にお引き取り願わなければならない。

 それがモーブルの切実なる悲願だった。

 

「うへへへ……。ライくーん、本日は大変お疲れになったことでしょう! いやはや、どうです、うちのようなしがない裏方の仕事は。埃まみれで、来る日も来る日も地味な作業ばかり。血沸き肉躍る冒険とは無縁の、さぞかし退屈で苦痛な時間だったのではないですかな?」

 

「……」

 

「もちろんもちろん! もしもですよ! もし『こんな退屈な仕事はもうウンザリだ!』ということであれば、無理はなさらず……いえ、なんなら明日は来なくても、というか明日から永遠に来ていただかなくても一向に構いませんので! 若者の貴重な時間をこれ以上奪うのはわしとしても大変心苦しい! どうかご遠慮なく、今すぐ自由の翼を羽ばたかせてください!」

 

 慈悲深い雇用主を装いつつ、期待に満ちた懇願のまなざしを向けるモーブル。

 しかし、ライオットから返ってきたのは、彼の目論見を粉々に打ち砕く言葉だった。

 

「……そんなことない」

 

「……は?」

 

「すごく……楽しかった。またやりたい」

 

「…………そうですか。それは、大変ようございました」

 

 ポッ、と。

 モーブルの口から真っ白な魂がするりと抜け出していった。

 絶望に染まった店主が直立不動のまま真っ白な灰へと変わり果てていることなど露知らず、隣に並んだラースがにこやかに顔を覗かせる。

 

「ライさん、今日は一日いーっぱい助かりました! ゆっくり休んで、また明日も一緒にお店をピカピカにしましょうね!」

 

 元気いっぱいにぶんぶんと手を振るラース。

 その無邪気な笑顔と「また明日も」という言葉に、ライオットは小さく口角を緩めた。

 

「ん……。モーちゃんも、ラース先輩も、おやすみなさい」

 

 ライオットは短く応え、静かに夜の街へと歩き出した。

 ひんやりとした夜風が、火照った頬を心地よく撫でていく。石畳を踏む足取りは、朝よりもほんの少しだけ軽い気がした。

 それはきっと、腹が満たされているからでも、風呂でさっぱりしたからでもなく、胸の奥に灯った小さな灯火のせいだった。

 

 今日一日で、あまりにも多くのことを学んだ。

 箒と雑巾の正しい使い方。商品の並べ方。お客様への言葉の選び方。

 床を磨けば誰かが気持ちよく歩けること。

 乱れた棚を整えれば、誰かが探しているものを見つけられること。

 

 ――誰かのために働くということ。

 ――誰かと食卓を囲み、笑い合い、同じ湯に浸かるということ。

 

 そんな、屋敷にいた頃は一度も知らなかった「あたたかさ」が、今は確かにここにある。

 ラース先輩がくれた『一緒にお仕事できて、本当に楽しかったです』という言葉が、胸の真ん中でくり返しくり返し再生され、そのたびにじんわりと熱を帯びる。

 

(……あしたも、ちゃんと来よう)

 

 冷たい夜風に吹かれながら、ライオットは大きな丸眼鏡ごしに夜空を見上げた。

 そして、誰に聞かせるでもなく、こっそりと心の中で誓いを立てる。

 モーちゃんとラース先輩が守っている、あの小さな店へ。

 しがらみに縛られた貴族でも跡取りでもない、ただの「ライ」として、明日もあそこへ行こうと。

 

 もっと仕事を覚えたい。

 もっと誰かの役に立ちたい。

 もっと、この手で。

 もっと、あの場所で。

 

 自分の中から、そんな前向きな熱が生まれることが不思議で、なによりも嬉しかった。

 すべてが完璧に整えられ、ただ与えられるだけの屋敷にいたままでは、決して手に入れることのできなかった熱。

 それは間違いなく、彼の人生に新しく灯った、かけがえのない宝物だった。

 

 

 ――こうして、ライオット・ヴァルディスの二度目のアルバイト研修は終わりを告げた。

 

 彼の胸には、小さな、だが確かな何かが芽生えている。

 

 働くことの誇り。

 誰かと交わす言葉の温もり。

 汗を流したあとの清々しさ。

 そして――「また明日」と言い合える誰かがいることの、奇跡のような幸せ。

 

 まだたった二日目。

 けれど、この二日間でライオットの世界は、確実に変わり始めていた。

 

 夜風がそっと彼の黒髪を揺らし、カヴェナの街灯がその背中を静かに見送る。

 明日もまた、ここで。

 その約束だけを温かな道連れに、紫雷の貴公子はゆっくりと家路をたどっていった。

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