※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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第六十四話 ニーシャの愛の誓いと未踏のダンジョン攻略②

 冒険者の街カヴェナの背後にそびえる竜骨山脈。

 その険しい峰々を越えた先には、ひび割れた荒野が果てしなく広がっていた。

 空は分厚い鉛色の雲に覆われ、昼間だというのに薄暗い。

 草木一本生えていない岩原の奥で、巨大な魔獣の顎を思わせる大穴が口を開けている。

 

 古代魔法文明の遺構――深淵の魔法遺跡カタコンベ。

 その全貌はいまだ明らかになっておらず、深層から生還した者はいないと噂されている。

 入り口から絶えず吹き出すのは、冷たい瘴気を帯びた湿った風。黴と腐敗の臭いが混じり、立っているだけで肌が粟立つほどの圧迫感を放っていた。

 

「……遅い」

 

 ニーシャ・オブライエンは、苛立たしげに腕を組んだ。

 飛行魔法で先に到着してから、すでにかなりの時間が経っている。

 

 身を包むのは、ミスリル糸の魔導ローブ。手には高純度の魔石を埋め込んだ特注の杖。手袋や補助具も含め、装備はすべてオブライエン伯爵家が用意した最高級品だった。

 

 準備に抜かりはない。

 それでも、希少な宝石にもたとえられる美貌は緊張に張り詰め、青い瞳には焦燥と闘志が渦巻いていた。

 今日から、自らの才能を証明する攻略が始まる。

 カタコンベを踏破し、誰も成し遂げられなかった成果を持ち帰る。

 そして、忌々しいライオット・ヴァルディスより先に、エリザへ想いを伝えるのだ。

 

 前衛には、ニーシャ自身がカイルを選んだ。

 魔剣による突破力と死地での判断力は、陽炎の楼閣ですでに確認している。

 残る治療役、斥候、物資と退路を管理する後方支援役は、モーブルに一任した。

 

(あれだけ大口を叩いたんだ。最低でも、シルバー級のベテランを揃えてくるだろう)

 

 高位の回復術を操る神官。

 敵を食い止める重装戦士。

 未踏領域の罠を見抜く熟練の斥候。

 モーブルなら、その程度の人材はカヴェナ中から集めてくるはずだ。

 もちろん、信頼するつもりはない。

 自分の魔法を邪魔せず、与えられた役割を果たせる駒であれば、それで十分だった。

 

 ニーシャが苛立たしげに指先で腕を叩きながら待つこと、数分。

 やがて荒野の向こうから、ガラゴロと車輪の音が近づいてきた。

 

「おーい! 坊っちゃーん!」

 

 一台の幌馬車が、岩だらけの街道を大きく揺れながら走ってくる。

 御者台では、モーブルが分厚い腹を揺らし、満面の笑みで手を振っていた。

 馬車がカタコンベの入り口前で止まる。

 

「遅い」

 

 開口一番、ニーシャが冷たく言い放つ。

 その不機嫌そうな顔を見た途端、モーブルの額に冷や汗が浮かんだ。

 

「いやはや、遅くなりまして申し訳ございません。これだけの人数と物資を安全に運ぶとなると、どうしても時間がかかりましてなぁ」

 

 言い訳を聞き流しながら、ニーシャは荷台を覆う分厚い幌へ目を向けた。

 その視線には、期待と警戒が入り混じっている。

 あの中に、モーブルが選び抜いた攻略要員が乗っているはずだ。

 

「これだけボクを待たせたんだ。当然、足を引っ張らない人材を揃えてきたんだろうな?」

 

「もちろんでございますとも! 役割、能力、相性。そのすべてを慎重に吟味して選んだ、とっておきの人材ですぞ!」

 

「ほう」

 

「まあ、どうしても置いてこられなかった者も、若干名おりますがな!」

 

「最後に不穏な言葉を足すな」

 

「細かいことは気になさらず!」

 

 モーブルはニーシャの追及を振り切るように馬車へ向き直ると、分厚い幌を勢いよくめくり上げた。

 

「さあ、皆の衆! ニーシャ坊っちゃんへご挨拶を!」

 

 モーブルの掛け声とともに、馬車の後部を覆っていた幌が大きく捲り上げられた。

 ニーシャは腕を組み、目を細める。

 

 最初に荷台から降りてきたのは、背中に大剣を負った十三歳の少年だった。

 アレクスティア剣王国出身の冒険者、カイル・バイロード。

 冒険者階級こそブロンズ級だが、魔剣を握った際の爆発的な戦闘力と、死地における異常なまでの反応速度は、ニーシャ自身もすでに認めている。

 

「よ、よぉ、ニーシャ。待たせたか?」

 

 カイルは荷台から飛び降りると、どこかぎこちなく片手を上げた。

 

「三分十二秒の遅刻だ」

 

「細けぇな!」

 

「時間を守れない人間は、ダンジョンでも合流地点へ遅れてくる。前衛としては致命的だ」

 

「着いて早々、説教かよ……」

 

 カイルは頭を掻きながら、背負った魔剣の位置を直した。

 

「まあ、その……今回は余計な仕掛けに触ったりしねえから、安心しろよ」

 

「ふん、当然だ。お前のせいで、ボクの貴重な時間と《星屑の欠片》が無駄になったんだからな」

 

「だから、それは悪かったって!」

 

 カイルは困ったように頭をかくと、すぐに気を取り直して身を乗り出した。

 

「それよりさ、あの遺跡で何があったのか、今度こそ教えてくれよ。俺、あのガスを吸ってからの記憶が、ほとんど残ってなくてさ」

 

 そう言って、カイルは不思議そうに首をひねる。

 

「なんか、妙に気持ちよかったことだけは、ぼんやり覚えてるんだけど――」

 

「いいから忘れろ!」

 

 ニーシャの鋭い声が、言葉を遮った。

 

「いや、でもさぁ……」

 

 カイルは納得できない様子で、まじまじとニーシャの顔を見つめる。

 

「なんかお前を見てると、こう……身体の奥が熱くなるっていうかさ」

 

 カイルは自分でもよく分からないという顔で、股間をさすった。

 

「それに、なぜか俺のさ。ちんちんがジンジンしてくるんだよな。これ、なんでだろ?」

 

「――っ!」

 

 ニーシャの顔が、瞬く間に耳まで真っ赤に染まった。

 

「ん? どうした? なんで急に顔が赤くなってんだ?」

 

「赤くなってない!」

 

 ニーシャは反射的に怒鳴り返すと、逃げるように顔を背ける。

 すると、傍らで話を聞いていたモーブルが、怪訝そうに眉をひそめた。

 

「待て。今、ちんちんがジンジンすると言ったか?」

 

「ああ。なんかずっと変な感じがして――」

 

「カイル、貴様……あの遺跡で坊っちゃんに何をした?」

 

「はあ?」

 

「な、何もしてない!」

 

 ニーシャが、カイルよりも先に叫んだ。

 そのあまりの剣幕に、モーブルの疑い深い視線がさらに鋭くなる。

 

「ボクを見るな! こいつが勝手に妙なことを言ってるだけだ!」

 

「でも、ニーシャを見てると特にジンジンするんだよな。もう、抱きしめたくてたまらないって感じでさ」

 

「それ以上しゃべるな!」

 

 ニーシャは真っ赤な顔のまま、カイルの胸倉をつかんだ。

 

「いいか。絶対に思い出すなよ。あれは忘れろ。今すぐ記憶の底に埋めろ!」

 

「そんな無茶な……」

 

「返事は!」

 

「お、おう。分かったよ」

 

 ニーシャはようやく手を離すと、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 それから動揺を誤魔化すようにカイルへ向き直ると、彼の装備を頭の先から足元まで、必要以上に念入りに確認し始めた。

 

「……ふん。最低限の準備はできているようだな」

 

「お、そうなのか。今度は合格か、天才サマ?」

 

「陽炎の楼閣での働きが偶然ではなかったと証明できたら、考えてやる」

 

「へっ。まかせろよ」

 

 カイルは不敵に笑い、背中の魔剣エクセリオンを軽く叩いた。

 

「今回も、お前が馬鹿でかい魔法を完成させるまで、俺がこいつと一緒に前で暴れてやるよ」

 

 顔を合わせるなり、二人は憎まれ口を叩き合う。

 だが、その声音に以前のような刺々しさはない。

 陽炎の楼閣で一度だけ噛み合った二人の呼吸は、不器用ながらも、確かな信頼へ変わり始めていた。

 

 

 カイルに続いて荷台から降りたのは、軽装の紫髪のエルフだった。

 腰には短剣、背には小型の弓、ベルトには探査針や投げ縄、魔力灯などの探索道具が並んでいる。

 広告出版社『フォックス広告』の社長にして、シルバー級探索者――ネリオ・フォックスライド。

 ニーシャはその姿を認めると、わずかに眉間のしわを緩めた。

 

「ネリオ・フォックスライドか。斥候としての腕なら問題ないね」

 

「いやぁ、これはこれは! お久しぶりですねぇ、ニーシャ様!」

 

 ネリオは胸へ手を当て、舞台俳優のように深々と頭を下げた。

 

「魔導国が誇る天才美少年による、前人未踏のダンジョン攻略! 歴史的瞬間へ立ち会えるとは、探索者としても記者としても光栄ですよぉ!」

 

「先に言っておく。お前は記者ではなく、斥候として働いてもらうからな」

 

「もちろん、承知しておりますとも!」

 

 ネリオは胸を張り、爽やかな笑顔で請け合った。

 

「罠の発見、経路の記録、未確認魔物の調査――すべて完璧にこなしてみせましょう! そのついでに、ニーシャ様が得意の爆炎魔法で魔獣を蹴散らす勇姿も、一瞬たりとも見逃さず記録させていただきますよぉ!」

 

「ついでと言いながら、そちらが本命じゃないのか?」

 

「まさかまさか!」

 

 そう答えながらも、ネリオはさっそく懐から手帳と羽根ペンを取り出した。

 

「もちろん、罠へ華麗に引っかかる瞬間も大歓迎です! できれば読者が喜ぶような、ちょっぴり恥ずかしい仕掛けなんかがあると最高なんですけどねぇ!」

 

「……やはり油断できないな」

 

「真実を広く世間へ伝えることこそ、記者の使命ですからねぇ。それに、ニーシャ様の記事はただでさえ人気がありますから。天才魔法使いとしての華々しい活躍はもちろん、絶世の美少年の知られざる素顔となれば、読みたがる者は山ほどおりますよぉ!」

 

「お前の場合、真実に余計な飾りをつけて売りさばいているだけだろう」

 

「読者に興味を持っていただくための、ささやかな配慮ですよぉ」

 

「それを誇張と言うんだ」

 

「では仮に、探索開始から五分でニーシャ様が転んだ場合――」

 

 ネリオは羽根ペンを構え、いかにも記事を書くような調子で読み上げる。

 

「見出しはこうしましょう。『独占スクープ! 爆炎の貴公子にまさかの赤っ恥! 華麗な転倒からの一転、奇跡のラッキースケベ! そして暴かれた“純白の真実(ブリーフ)”!』……ムフフ、これで特別号はバカ売れ間違いなしです!」

 

「まだ何も起きていないうちから記事を書くな!」

 

 ニーシャは深いため息をついた。

 

「斥候として役目を果たすなら、取材でも記事でも好きにしろ。ただし、攻略の邪魔はするなよ」

 

「ん〜、了解っす!」

 

 ネリオは元気よく答え、そのまま手帳へ何かを書き込んだ。

 

「何を書いた?」

 

「『【朗報】天才貴公子、報道の自由を容認。あとは神頼みでHなハプニングを待つだけ』と」

 

「……好きにしろ」

 

 ツッコミを入れる気力すら削がれ、ニーシャがシッシッと犬を払うように片手を振る。

 ネリオはそれを「密着取材の完全許可」と受け取ったのか、上機嫌で手帳を懐へしまい込んだ。

 

 

 ネリオに続いて荷台を降りたのは、瓜二つの顔をした双子の少年だった。

 

 兄のシルヴィオは、純白と翠の神官服に身を包み、銀糸の刺繍が施された杖を携えている。

 弟のルチオは、軽量な白銀の聖騎士鎧をまとい、腰に剣、左腕に小盾を装備していた。

 いずれもモーブル商会秘蔵の特級品だが、それを身につける二人もまた、商会を代表する看板店員である。

 

 ヴァルクリア神聖国出身の双子にして、聖魔法士と聖騎士の兄弟パーティー――『ヴァルクリアの双聖』。

 ニーシャも店を訪れるたびに顔を合わせており、呆れるほど仲の良い兄弟関係はよく知っていた。

 

 シルヴィオは胸元へ手を添え、神官らしい端正な所作で一礼した。

 

「ニーシャ様、お久しぶりです。今回は治療と浄化を担当します。皆さんが無事に帰還できるよう、力を尽くしますね」

 

 対するルチオは、遠足にでも来たような笑顔で片手を上げた。

 

「やっほー、ニーシャ様! 前で敵をぶっ飛ばすのは僕に任せて! 近づく魔獣は、片っ端から細切れにしてあげるから!」

 

「ルチオ。頼もしいですが、もう少し穏やかな言い方をしなさい」

 

「言い方を変えても、やることは同じでしょ?」

 

「そういう問題ではありません」

 

 いつもどおりのやり取りを眺め、ニーシャは小さく頷いた。

 

「『ヴァルクリアの双聖』か。最近はギルドでも、随分と名を上げているらしいな」

 

「おっ、ニーシャ様も僕たちの活躍を知ってくれてたんだ!」

 

 ルチオの顔が、ぱっと明るくなる。

 

「ゴールド級のニーシャ様にまで知られてるなんて、僕たちもいよいよ一流冒険者の仲間入りかな?」

 

「登録上は、まだ下から二番目のジンク級だがな」

 

 ニーシャは浮かれたルチオへ釘を刺すように続ける。

 

「ただし、二人で組めばシルバー級にも劣らない働きをすると聞いている。今回の攻略で、それが噂だけではないと証明してみせろ。冒険者は肩書ではなく、持ち帰った成果で評価されるものだ」

 

「へへっ。言われなくても、そのつもりだよ!」

 

 ニーシャの口調は厳しかったが、二人を見る目に疑いはない。

 ルチオが前衛で敵を食い止め、シルヴィオが後方から治療と浄化を担う。

 兄弟ならではの連携は、すでに高く評価されていた。

 

 さらに、二人が身につけているのは、モーブル商会が誇る特級装備だ。

 ゴールド級冒険者が使っていてもおかしくない品ばかりで、一式を揃えれば金貨数百枚では到底収まらない。

 前衛の補助と治療役として、これ以上ない人選だった。

 

「悪くない。少なくとも、装備に不足はなさそうだな」

 

 ニーシャの評価に、シルヴィオはくすりと微笑み、改めて一礼した。

 

「ありがとうございます。今回の未踏ダンジョン攻略でも、誠心誠意、モーブル様のお役に立てるよう努めます」

 

「……待て」

 

 ニーシャの眉がぴくりと動く。

 

「今回の依頼主はボクだぞ」

 

「あっ……もちろん、ニーシャ様のお力にもなれるよう、精いっぱい頑張ります」

 

「今、明らかに付け足しただろう」

 

「そ、そんなことは……」

 

 シルヴィオは穏やかな笑みを崩さないまま、気まずそうに視線を逸らした。

 その隣では、ルチオが悪びれる様子もなく、モーブルの太い腕へ抱きついている。

 

「むふふ〜! 仕方ないよ! だってモーブル様は、僕たちにとって特別な人だからね!」

 

「こら、ルチオ。坊っちゃんの前で抱きつくでない」

 

「えへへ。そう言いながら、全然振り払わないくせにぃ」

 

 口では文句を言いつつも、モーブルはルチオを引き離そうとはしなかった。

 むしろ、満更でもなさそうに頬を緩めている。

 

「……相変わらずだな、お前たちは」

 

 ニーシャは、店で見慣れた光景へ呆れたような視線を向けた。

 

 

 そのとき、馬車の荷台が大きく傾いた。

 車軸がギシギシと悲鳴を上げ、幌の奥から巨大な背負子が姿を現す。

 

「よ、よいしょぉ……っ!」

 

 大量の荷物を背負った小柄な男が、短い足を慎重に動かしながら荷台を降りてきた。

 

「はぁ、はぁ……。モーブルの旦那様、荷台の荷物は全部積んできただよ」

 

「……誰だ、そのちっこい田舎者は」

 

 ニーシャは、見覚えのない小男へ怪訝な視線を向けた。

 

「ご紹介しましょう。アックス・オーベンジョー。最近雇い入れた、モーブル商会専属のポーターです」

 

「ア、アックスだべ。よろしくお願いしますだ、ニーシャ様」

 

 アックスは背負子を担いだまま、何度も頭を下げた。

 

「おら、魔法も戦いも大したことねぇだども、荷物を運ぶことなら誰にも負けねぇつもりだべ!」

 

 ニーシャは、本人よりも大きな背負子を見上げる。

 

「それを全部、一人で運ぶのか?」

 

「んだ。まだ少し余裕があるから、荷物が増えても大丈夫だべ」

 

 モーブルはアックスの背負子を軽く叩いた。

 

「ご心配なく。頑丈さとスタミナだけは折り紙付きです。今回は、わしとアックスの二人で物資を分散して運びますぞ」

 

「ふぅん。一人が脱落しても、もう一方に最低限の物資が残るようにするわけか」

 

「そのとおりです。隊が分断された場合にも備え、食料、治療薬、野営道具、予備装備を振り分けております」

 

 ニーシャは小さく頷いた。

 

「第二ポーターを用意した判断は悪くないね」

 

「でしょうとも! 途中でレアアイテムが見つかった場合も、遠慮なくこいつへ積んでくだされ」

 

「えっ!? だ、旦那様!?」

 

「容赦なくこき使って結構ですぞ」

 

「おら、少し余裕があるとは言っただども、容赦なくとは――」

 

 モーブルはふんと鼻を鳴らした。

 

「安心しろ。倒れるまでは働かせる」

 

「何ひとつ安心できねぇだ!」

 

「なんだ、倒れたあとも働きたいのか? なら、地面を這って背負子ごとついてこい」

 

「もっとひでぇだべぇ!」

 

 アックスの悲鳴が荒野へ響く。

 ニーシャはそのやり取りを一瞥したあと、改めてアックスへ告げた。

 

「戦闘要員としては数えない。隊列の中央を維持し、モーブルの指示に従って物資を管理しろ」

 

「はいだべ!」

 

「魔獣が現れても勝手に逃げるな。お前が荷物ごと消えれば、攻略隊全体が立ち行かなくなる」

 

「命に代えても、荷物は守るだべ!」

 

「命も守れ。帰路で運ぶ者がいなくなる」

 

「そ、そうだったべ!」

 

 アックスは目を丸くし、慌てて背筋を伸ばした。

 その様子がおかしかったのか、ルチオが声を上げて笑う。

 

「大丈夫だよ、アックスおじさん。魔獣が出たら、近づく前に僕が全部ぶった斬ってあげるから!」

 

「怪我をしても、私が治療します。ですから、無理はしないでくださいね」

 

 シルヴィオも穏やかに微笑む。

 

「て、天使様たち……!」

 

 アックスの目に、たちまち涙が浮かんだ。

 

「おら、この方たちのためなら、山ほどの荷物だって運んでみせるだ!」

 

「張り切るのは結構だが、途中で潰れるなよ」

 

 ニーシャはそう釘を刺すと、改めて集まった面々を見渡した。

 

 前衛にはカイル。

 斥候にはネリオ。

 治療と浄化を担うシルヴィオに、守備と近接戦闘を受け持つルチオ。

 さらに、物資輸送と補給管理を担当するモーブルとアックス。

 個性の強さには目をつぶるとしても、攻略に必要な役割はひと通り揃っている。

 

「……妙な顔ぶれだが、人員配置そのものに不足はないな」

 

 ニーシャは杖を手に取り、カタコンベの方角へ向き直った。

 

「全員揃ったなら、これ以上時間を無駄にする必要はないね。出発するぞ」

 

「こほん……お待ちを、坊っちゃん」

 

 モーブルが、なぜか気まずそうに片手を上げた。

 

「実は、まだあと二人おります」

 

「…………何?」

 

 ニーシャの足が止まる。

 振り返った顔には、早くも露骨な警戒が浮かんでいた。

 

「待て待て。今ので必要な役割はすべて揃ったはずだ。これ以上、誰を連れてきた?」

 

「まあまあ。ダンジョン攻略において、人手はいくらあっても困りませんからなぁ」

 

「役に立たない人間は、人手ではなく守るべき荷物だ」

 

「その点は、重々承知しておりますとも!」

 

 モーブルはニーシャの追及を勢いで押し流すように、馬車の幌へ向かって声を張り上げた。

 

「ほれ! 二人とも、いつまで隠れておる! 観念して、さっさと顔を見せなさい!」

 

「は、はい……!」

 

 幌の奥から、おずおずと一人の少年が顔を覗かせた。

 白みがかった銀髪の隙間から覗く、神秘的な紫色の瞳。

 頭には羊を思わせる巻き角が生え、腰から伸びた黒い尻尾が、不安を隠せないように小刻みに揺れている。

 モーブル商会の見習い商人――魔族の少年ラースだった。

 

「し、失礼します、ニーシャ様!」

 

 ラースは足元を確かめながら慎重に荷台を降りると、ヒノキの棒を抱えたまま深々と頭を下げた。

 

「ラ、ラースと申します! 旦那様のお仕事をお手伝いするため、同行させていただくことになりました! 皆さんの足を引っ張らないよう、い、一生懸命頑張ります!」

 

「…………」

 

 ニーシャは何も答えなかった。

 怯えた少年を角から尻尾の先まで無言で眺め、それから冷え切った視線をモーブルへ向ける。

 

「おい」

 

「まだですぞ」

 

「まだいるのか!?」

 

 モーブルが引き攣った作り笑いを浮かべるなか、幌の奥から最後の一人が姿を現した。

 

 無造作に伸びた黒髪。

 顔の半分を隠すほど分厚い黒縁眼鏡。

 華奢な体には明らかに大きすぎる、くたびれた平民服。

 武器らしい武器も、防具らしい防具も身につけていない。

 どこからどう見ても、危険なダンジョン攻略とは無縁の、冴えない商店の小僧だった。

 

 モーブル商会の新人アルバイト――『ライ』。

 だが、その平凡な仮面の下に隠されているのは、イングラジア魔導国でも屈指の魔法使い。

 『葬送の雷光(フューネラル・ボルト)』の異名を持つゴールド級冒険者にして、ヴァルディス伯爵家の後継者――ライオット・ヴァルディス、その人である。

 もっとも、因縁浅からぬ相手であるニーシャでさえ、目の前の冴えない少年とライオットを結びつけることはできなかった。

 

 ライオットは周囲の視線を気にする様子もなく、音も立てずに地面へ降り立った。

 そして、分厚い眼鏡の奥からニーシャを静かに見上げる。

 

「……よろしく」

 

「…………」

 

 重い沈黙が落ちた。

 ニーシャは、ヒノキの棒を抱えて縮こまるラースを見る。

 次に、ぶかぶかの平民服をまとったライへ視線を移す。

 最後に、滝のような汗を流しながら、必死に商人の笑顔を取り繕うモーブルを睨みつけた。

 

「……脂だるま」

 

「は、はい。何でしょうかな、坊っちゃん?」

 

「説明しろ」

 

「何についてですかな?」

 

「この状況で、ほかに何がある!」

 

 ニーシャの怒声が荒野へ響き渡った。

 掲げた杖の先で魔石が赤く瞬き、周囲の空気が一気に熱を帯びる。

 

「なぜ未踏ダンジョンの攻略に、店の見習いと新人アルバイトを連れてきたのかと聞いている!」

 

「い、いえ、それには深い事情がありましてな……」

 

「治療役と斥候を揃えろとは言った! 補給要員を増やすことも認めた! だが、戦闘経験もなさそうな店員を、遠足気分で連れてこいとは一言も言っていないぞ!」

 

「遠足ではありませんぞ」

 

「では何だ!」

 

「強いて言うなら――実地を兼ねた職場研修ですかな!」

 

「燃やす」

 

「冗談です! ほんの軽い商人ジョークですぞ!」

 

 杖の先に炎が灯った瞬間、モーブルは悲鳴を上げて両手を振った。

 ニーシャは杖を構えたまま、ラースとライを順番に指し示す。

 

「片方は、さっきから怯えて尻尾を震わせている。もう片方に至っては、まともな武器も防具も身につけていないではないか!」

 

「はわわわ……す、すみません、ニーシャ様……! ご迷惑をかけるつもりはなくて……僕にも何かお手伝いできればと思って……」

 

 健気に弁明するものの、ラースの尻尾は正直だった。

 ニーシャの怒気にさらされ、ぶるぶると激しく震えている。

 

「私は平気」

 

 ライオットが静かに口を挟んだ。

 ニーシャはじろりと彼を睨む。

 

「今すぐ帰れ。どうせ店でポーションを並べたり、荷札を書いたりする程度しか経験のない一般人だろう」

 

「……掃除もできる」

 

「誰もお前の家事能力を聞いていない!」

 

 ニーシャは額へ手を当て、大きく息を吐いた。

 

「ここは未踏ダンジョンだぞ。床を磨きに行くわけじゃない。魔獣に襲われれば、戦えないこの二人が真っ先に死ぬ」

 

「その点につきましては、一応ご安心を」

 

 待っていましたとばかりに、モーブルが胸を張った。

 

「こう見えて二人とも、冒険者ギルドへ正式に登録された、歴とした冒険者ですぞ!」

 

「……こいつらが?」

 

 ニーシャの疑念に満ちた視線が、再び二人へ向けられる。

 

「は、はい! 僕も一応、冒険者です!」

 

 ラースは背筋を伸ばし、両手で握ったひのき棒を胸の前に掲げた。

 

「一番下のブロンズ級ですけど……」

 

「……私も登録してる」

 

 ライも淡々と続ける。

 

「ランクは?」

 

「ゴ――」

 

「あーっ! そこは今回の任務にはまったく関係のない、些末な情報ですな!」

 

 モーブルが悲鳴にも似た大声を上げ、ライの言葉を強引に遮った。

 ニーシャの目が細くなる。

 

「今、『ゴ』と聞こえたが」

 

「ゴ、ゴブリン程度なら相手にできる、と申したのでしょう!」

 

「言ってない」

 

「ライくんは少し黙っていなさい!」

 

「なぜ?」

 

「いいからです!」

 

 モーブルは額から噴き出した汗を袖で拭い、無理やり話を先へ進める。

 

「と、とにかく! 二人ともギルドが認めた冒険者であることに間違いはありません!」

 

「最底辺のブロンズ級だろうが」

 

「それに今回は、二人を戦闘へ参加させるつもりもありません。坊っちゃんが貴族らしく、少しでも快適にダンジョンを攻略できるよう、身の回りの世話を担当させます」

 

「……身の回りの世話?」

 

 ニーシャの眉間に、さらに深いしわが刻まれた。

 

「食事や休憩場所の準備はもちろん、荷物の整理、薬品や探索道具の受け渡し。それから、休憩中には菓子を用意し、冷たい果汁水をお注ぎします」

 

「待て」

 

「長時間の探索でお疲れになれば、肩や足を揉ませましょう。暑ければうちわで扇ぎ、汗をかけば清潔な布を差し出す。貴族たるもの、たとえ未踏ダンジョンの最深部であろうと、最低限の品格と快適さは保たねばなりませんからな!」

 

「ボクはダンジョンへ何をしに行くんだ」

 

「攻略ですぞ?」

 

「どう聞いても遠足か避暑地の話だろう!」

 

「いえいえ。戦闘要員が本来の役割へ集中するためにも、そうした細やかな世話を引き受ける者は必要です」

 

 モーブルの声音から、わずかにふざけた調子が消えた。

 

「魔獣が現れれば即座に後方へ下げます。前衛の後ろから出さず、安全を確認した場所でのみ働かせるつもりですぞ」

 

「……まあ、快適に過ごせるなら、ボクだって気分よく戦えるけどさ」

 

 ニーシャは腕を組み、なおも納得のいかない顔で二人を見た。

 

「だが、普通に考えればこいつらは死ぬよな?」

 

 ラースはヒノキの棒を強く握り締め、怯えを押し殺すように懸命に背筋を伸ばしている。

 一方のライは、張り詰めた空気などどこ吹く風といった様子で、ぼんやりと立っていた。

 

「……本当に、お前たち自身が同行を望んだのか?」

 

「は、はい」

 

 ラースは一瞬だけ身をすくませた。

 それでも逃げるように目を逸らさず、ニーシャをまっすぐ見返す。

 

「旦那様が危険な場所へ行くのに、僕だけ店で待っているなんてできません。戦うのは得意じゃないですけど、薬を渡したり、荷物を整理したりすることならできますから……」

 

 声こそ震えていたが、その返事に迷いはなかった。

 

「私も、自分で決めた」

 

 ライも短く続ける。

 

「モーちゃんを、一人で行かせたくない」

 

「だからといって、自分まで死地へついてくるな」

 

 ニーシャは呆れたように眉を寄せた。

 

「危険だと理解しているなら、なおさら店で待つべきだろう」

 

「理解してる」

 

「分かっている人間が、そんな軽装で未踏ダンジョンへ来るものか」

 

「動きやすい」

 

「そういう問題ではない!」

 

 噛み合わない会話を横で聞きながら、モーブルは滝のような冷や汗を流していた。

 ラースがモーブルを心配し、自ら同行を申し出たのは事実である。

 だが、ライの事情はまるで違った。

 モーブルは何度も説得した。

 ニーシャや他の同行者に正体が露見すれば、ただでは済まない。

 平民の商人が、上級貴族の後継者を店員として働かせ、あまつさえ雑用まで命じていると知られれば、モーブルの破滅は免れない。

 だから、どうか店で留守番をしてほしい。

 ときには地面へ額を擦りつけんばかりに懇願までした。

 それでも、ライオットの答えは変わらなかった。

 

『モーちゃん一人だと、たぶん死ぬ。だから、私も行く』

 

 最後には、連れていかないなら自分一人でカタコンベを攻略するとまで言い出した。

 先に攻略を済ませてしまえば、モーブルが潜る必要もなくなる、と。

 そう言われては、モーブルとしても泣く泣く自分の管理下へ置くほかなかったのである。

 

(そんな経緯を、坊っちゃんに説明できるはずがありませんぞ……! お願いですから、これ以上余計なことを口にしないでください、若様……!)

 

 何食わぬ顔で立つライオットを横目に、モーブルは動揺を隠すように大きく咳払いした。

 

「まあ、本人たちに冒険者として経験を積ませる、よい機会でもありましてな。将来、モーブル商会を背負う有能な店員へ育てるための先行投資とお考えください」

 

「ボクの攻略を、お前の店員教育に利用するな」

 

「人材育成と未踏領域の攻略を同時に進められるのですぞ。極めて効率的ではありませんかな?」

 

「……やっぱり駄目だ。今すぐ二人を馬車へ戻せ」

 

 ニーシャは冷たく言い放った。

 

「戦力にならない者を連れていけば、守る対象が増えるだけだ」

 

「しかし坊っちゃん。今回の人選は、わしに一任するという条件だったはずですぞ」

 

 モーブルはわざとらしく首を傾げる。

 

「まさか、オブライエン伯爵家の後継者たる坊っちゃんが、ご自分で交わした約束を違えるとでも?」

 

「……っ」

 

 ニーシャの眉が跳ね上がった。

 カタコンベ攻略へモーブルを同行させる際、装備、補給、行程、そして同行者の選定は、すべてモーブルへ任せると約束している。

 ここで二人だけを追い返せば、自ら提示した条件を破ることになる。

 傍若無人で気まぐれに見えても、ニーシャはオブライエン伯爵家の人間だ。

 貴族としての面子と、自らの言葉を何より重んじる彼の矜持が、それを許さない。

 

「お前……最初から、それを盾にするつもりだったな?」

 

「人聞きの悪いことをおっしゃいますな。わしは契約内容を確認しただけですぞ」

 

「その勝ち誇った顔をやめろ。燃やしたくなる」

 

「理不尽ですな!」

 

 ニーシャが杖を握る手へ力を込めた、そのときだった。

 ライが静かに一歩前へ出る。

 

「帰らない」

 

「……何?」

 

「私、行くよ」

 

 冴えない平民の少年とは思えないほど、静かで揺るぎのない声だった。

 

「私が、モーちゃんを守る」

 

「……は?」

 

 ニーシャは思わず目を瞬かせた。

 

「お前が……こいつを守るだと?」

 

 予想もしなかった言葉に、さすがのニーシャも面食らったようにライとモーブルを見比べる。

 その隣で、モーブルの作り笑いがぴたりと凍りついていた。

 

「ぶっ……わははははっ!」

 

 真っ先に噴き出したのはカイルだった。

 腹を抱え、堪えきれないとばかりに笑い声を上げる。

 

「聞いたかよ、旦那! あんた、ダンジョンで新人アルバイトに守ってもらうつもりなのか!」

 

「う、うるさい、ひよっこめ! 純粋な店員の心遣いを笑うでない!」

 

「いやぁ、実に頼もしい護衛ですねぇ、山ゴリさん」

 

 すかさずネリオも手帳を開き、楽しそうに羽根ペンを走らせる。

 

「これは記事の題材として申し分ありませんねぇ。危険を顧みず、雇い主を守るために未踏遺跡へ同行する新人アルバイト――その健気な忠誠心を軸にしつつ、彼に守られる山ゴリさんの情けない姿を随所へ織り交ぜれば……感動と笑いを同時に味わえる、実に読み応えのある記事になりますよぉ!」

 

「勝手にわしを情けない雇い主に仕立てるな! というか、貴様は今すぐその手帳を閉じろ!」

 

 ライが淡々と口を挟む。

 

「私、強いよ」

 

 ネリオの尖った耳が、ぴくりと動いた。

 

「おや? 武器も防具も持たない新人アルバイトが、そこまで自信満々に言い切るとは……ライ少年の強さの秘密、ぜひ詳しく聞かせていただきたいですねぇ」

 

「ライくんも話をややこしくしないでください!」

 

 騒ぎ始めた一同を前に、ニーシャはこめかみを押さえた。

 同行者の選定権はモーブルにある。

 

 ラースとライ。

 二人とも冒険者として正式に登録されており、本人たちにも帰る意思はない。

 納得はできない。

 到底できないが、これ以上議論を続けても時間を浪費するだけだった。

 

「……もういい」

 

 ニーシャは深く息を吐くと、杖の石突きで地面を叩いた。

 乾いた音が響き、全員の視線が集まる。

 

「同行を認める。ただし、二人は常にモーブルの管理下へ置け。勝手に隊列を離れることも、戦闘へ加わることも禁止する」

 

「は、はい!」

 

「分かった」

 

「進むか退くかを決めるのはボクだ。怖くなったからと勝手に引き返すことも、功を焦って前へ出ることも認めない」」

 

 ニーシャはラースとライを順番に見据えた。

 

「ボクの命令に従えないなら、今すぐ馬車へ戻れ。ここから先に、勝手な行動をする者はいらない」

 

 ラースはヒノキの棒を握り締め、懸命に背筋を伸ばした。

 

「か、必ず従います!」

 

 ライも分厚い眼鏡の奥からニーシャを見返し、短く答える。

 

「従う」

 

「……ならばいい」

 

 そう告げながらも、ニーシャの表情から疑念が消えることはなかった。

 やがて、その冷たい視線がモーブルへ向けられる。

 

「それから、脂だるま」

 

「は、はい。何でしょうかな、坊っちゃん?」

 

「こいつらが足を引っ張ったら、お前を燃やす」

 

「なっ!? そんな殺生な!」

 

「連れてきた責任は、お前にあるからな」

 

「せめて本人たちの働きを見てから判断していただきたいですな!」

 

「だから、足を引っ張ったらと言っている」

 

「その場合でも、燃やされるのはわしなのですか!?」

 

「決定だ。異論は認めない」

 

 ニーシャは抗議を切り捨てると、カタコンベの入り口へ向き直った。

 

「話は終わりだ。全員、持ち場につけ」

 

 杖を片手に、冷たい瘴気が流れ出す暗闇を真っ直ぐ見据える。

 

「隊列を崩すな。ボクの指示に従って進め」

 

 攻略隊の面々が表情を引き締め、それぞれの装備を確かめながら所定の位置へ移動していく。

 全員が配置についたことを確認し、ニーシャは杖の石突きで地面をひとつ叩いた。

 

「出発するぞ」

 

 その号令とともに、攻略隊は未踏のカタコンベへ向かって歩き始めた。

 ただ一人、最後尾に残されたモーブルだけが太鼓腹を抱え、胃の奥から込み上げる痛みに顔を歪めていた。

 

(わしの生還率が、店員二人の働きに左右されておるとは……あまりにも理不尽だぞ……!)

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