※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

65 / 65
第六十五話 ニーシャの愛の誓いと未踏のダンジョン攻略③

 カタコンベへ足を踏み入れてから、すでに半刻ほどが経過していた。

 

 一行は第一層の墓道を抜け、地下へ続く螺旋階段を下っている。

 地上から差し込んでいた光は、とうに背後の闇へ消えた。

 頼りになるのは、壁へ等間隔に埋め込まれた古い魔導灯と、ニーシャが杖の先へ灯した赤い光だけだ。

 

 階段の壁面には、長い年月をかけて染み出した地下水が黒い筋を作っている。

 足元では砕けた骨や小石が転がり、踏むたびに乾いた音が暗闇の奥へ響いた。

 

「次の踊り場では、壁際を歩け」

 

 先頭近くを進むニーシャが、振り返らずに告げた。

 

「中央の石板を踏むと、天井から鉄杭が落ちてくる」

 

「げ、また罠かよ! 入り口からここまで、もう三つ目だぞ」

 

 前を歩くカイルが、うんざりしたように肩を落とす。

 

「古代人が墓荒らしを歓迎すると思ったのか?」

 

「だったら、もっと分かりやすく『入るな』って看板でも立てとけよ」

 

「古代文字で警告が刻まれていた。学がないから読めないんだ」

 

「そんなもん、読めるやつの方が少ねぇんだよ!」

 

 文句を言いながら、カイルが踊り場へ差しかかる。

 床の中央には、周囲よりわずかに色の薄い四角い石板が埋め込まれていた。

 

「あ、そこ罠です」

 

 先行していたネリオがしゃがみ込み、石板へ探査針を近づける。

 壁に開いた細い溝と、天井に隠された無数の穴を確認すると、感心したように尖った耳を動かした。

 

「なるほど。ニーシャ様のおっしゃるとおり、落下式の罠ですねぇ。石板を踏んだ本人だけでなく、前後を歩く者までまとめて串刺しにする構造です」

 

「だから壁際を歩けと言った」

 

「いやぁ、ずいぶん詳しいですねぇ。このカタコンベには一度しか入っていないと聞きましたが、罠の位置まで覚えているとは」

 

「一度見たものを忘れるほど、ボクの頭は出来が悪くない」

 

「じゃあさ。前は、その罠を解除したのか?」

 

 カイルが尋ねる。

 

「そんな面倒なことボクがするわけないだろ」

 

「じゃあ、どうやって通ったんだよ」

 

「飛び越えた。飛行魔法でな」

 

 ニーシャは当然のように答えた。

 

「おい……まさか、第九層までずっと飛んで進んだのか?」

 

「そうだが。何か問題でも?」

 

 カイルが足を止め、ニーシャを振り返る。

 

「いや、待て。墓道にはアンデッドが山ほどいたんだろ?」

 

「ああ、そう言えばそんなのもいたかもね」

 

「そいつらはどうした?」

 

「燃やした」

 

「全部?」

 

「まあね」

 

 ニーシャは尊大に胸を張った。

 

「飛行魔法で床の罠を無視し、追いすがる魔獣には上空から爆炎魔法を浴びせた。いちいち足を止めるより、まとめて焼き払ったほうが早いからな」

 

 一行の足が止まった。

 カイルが呆れた顔でニーシャを見つめる。

 

「それ、攻略っていうより焼き討ちじゃねぇか」

 

「そっちが早いだろ。効率的な攻略だ」

 

「坊っちゃん」

 

 モーブルが容赦なく口を挟んだ。

 

「その効率的な攻略の結果、第九層の門番を前にして、魔力が足りなくなったのではありませんかな?」

 

「……少しだけ配分を間違えただけだ」

 

「九階層分の飛行魔法を維持しながら、出会う魔獣を片っ端から爆炎で焼き払うことを、少しの間違いとは言いませんぞ」

 

「初めて入る未踏領域だったんだ。多少の計算違いは仕方ないだろう」

 

「ああ、思い出しましたぞ」

 

 モーブルがぽんと手を打つ。

 

「以前、坊っちゃんがわしの店へ転がり込み、青ざめた顔で魔力回復薬を十本まとめて要求したことがありましたな。まさか、あれがカタコンベから逃げ帰った直後だったとは」

 

「あれは戦略的撤退後の補給だ!」

 

「半泣きで『早く薬を出せ、脂だるま!』と叫んでおられましたがなぁ」

 

「半泣きではない!」

 

 ニーシャの杖へ赤い光が集まり始める。

 

「これ以上余計なことを言ってみろ。今度こそ燃やすぞ」

 

「ひっ!? 魔力を温存するのではなかったのですかな!?」

 

「……ちっ」

 

 ニーシャは渋々、集めた魔力を霧散させた。

 その様子を、ネリオは楽しそうに手帳へ書き込んでいる。

 

「ん〜、実に興味深いですねぇ。天才魔法使いによる、火力に任せた豪快な単独攻略。初心者探索者への反面教師として、大変有益な記事になりそうです」

 

「お前、よくそれで第九層まで行けたな」

 

 カイルが呆れ半分、感心半分で言った。

 

「ボクの火力なら当然だ」

 

「その火力を使い切ったから撤退したんだろ?」

 

「いちいちうるさいなぁ。今回は同じ失敗をしないって」

 

 ニーシャは苛立たしげに杖の石突きで床を叩くと、改めて全員を見回した。

 

「いいか。第九層の門番までは、通路も罠も、出現する魔獣もおおよそ把握している。そこまでは、ボクの案内どおりに進め」

 

「それなら楽勝じゃねぇか」

 

「話を最後まで聞け、野良犬」

 

 ニーシャはカイルを睨む。

 

「前回と同じように、一気に突破するつもりはない。ボクは第九層へ到達するまで、可能な限り魔力を温存する」

 

「つまり、雑魚の相手は俺たちに任せるってことか」

 

「そのために、わざわざお前たちを連れてきたんだ」

 

 ニーシャはわずかに顔を背けた。

 

「不満がないわけではないが……せいぜい、連れてきたことを後悔させない程度には役に立て」

 

「すげぇ偉そうに言いやがる」

 

「指揮官が部下へ遠慮してどうする」

 

「いつから俺たちが、お前の部下になったんだよ」

 

「今からだ」

 

「勝手に決めるな!」

 

 カイルの抗議を無視し、ニーシャは役割を説明していく。

 

「カイルとルチオが前衛。ネリオは罠の確認と解除。死霊系の魔獣にはシルヴィオが浄化を使え。ボクは必要なときだけ魔法を撃つ」

 

「必要なときとは、どのような状況でしょう?」

 

 シルヴィオが穏やかに尋ねる。

 

「お前たちだけでは処理できない数が現れたときか、強力な個体が出たときだ。それ以外では、安易にボクを頼るな」

 

「おい。苦戦してたら助けろよ」

 

「死にそうなら助ける」

 

「基準が極端すぎるだろ!」

 

「多少の苦戦は、自分たちでどうにかしろ」

 

 ニーシャは杖を握り直した。

 

「門番へ再挑戦する時点で、少なくとも七割は残しておきたいんだ。道中の雑魚へ、無駄に魔力を使う余裕はない」

 

 その声には、いつもの尊大さだけではない、前回の経験に裏打ちされた慎重さがにじんでいた。

 一度目の挑戦では、自分の力だけで突破できると信じて疑わなかった。

 実際、第九層までは到達した。

 だが、そこへ至るまでに魔力を使いすぎ、肝心の門番を倒すための力が残っていなかった。

 同じ轍を踏めば、今度こそ笑い話では済まない。

 

「つまり、坊っちゃんも少しは成長なさったということですな。いやはや、感心、感心」

 

 モーブルが、まるで幼い子どもの成長を見守る父親のように、満足げに何度も頷いた。

 

「……何だ、その言い方は。妙に上から目線で気に入らないな」

 

「若いうちの失敗は、何物にも代えがたい財産ですぞ。かくいうわしも、若い頃には数え切れないほどの失敗を――」

 

「失敗ではないと言っているだろう」

 

 長くなりそうな昔話を、ニーシャが即座に遮る。

 

「前回の経験を踏まえて、より効率的な攻略方法へ変更しただけだ」

 

「世間では、それを『失敗から学んだ』と言うのです」

 

「うるさいな。おっさんの説教なんて聞いてないっての」

 

「お、おっさん……」

 

 地味に傷ついた様子で胸を押さえるモーブルを無視し、ニーシャは再び階段の下へ視線を向けた。

 

「ネリオ。罠を解除しろ」

 

「はいはい。お任せください!」

 

 ネリオは軽い調子で返事をすると、石板の隙間へ探査針を差し込んだ。

 

「解除が済んだら先行して、第二層の入り口を確認しろ。階段を下りた直後、左右の墓穴に骸骨犬が四体ずつ潜んでいる」

 

「ん〜、左右に四体ずつ。合計八体ですかぁ?」

 

「前回と配置が変わっていなければな」

 

「そこまで正確に覚えているのか?」

 

 カイルが尋ねる。

 

「階段を下りた直後、八体まとめて襲いかかってきたからね」

 

「それも燃やしたのか?」

 

「…………」

 

 ニーシャは一瞬だけ黙り込み、何事もなかったように外套を翻した。

 

「先へ進むぞ」

 

「図星じゃねぇか。本当に燃やすことしかしてねぇな、お前」

 

♦

 

 罠を解除し、螺旋階段を下りきった先には、横幅の広い石造りの回廊が伸びていた。

 

 両側の壁には、死者を安置するための細長い墓穴が幾重にも並んでいる。

 その奥に横たわるのは、黄ばんだ人骨と、原形を失った副葬品。

 

 床を這う青白い瘴気が、古びた魔導灯の光を受け、不気味に揺らめいていた。

 

「ここから第二層だ」

 

 ニーシャが声を落とす。

 

「左右の三番目と五番目の墓穴に、骸骨犬が潜んでいる。普段は死体のふりをしているが、中央の石柱を越えた者へ一斉に襲いかかってくる」

 

 ネリオが壁際を進み、墓穴を一つずつ確かめる。

 探査針で床をつつき、尖った耳をぴくぴくと動かした。

 

「いますねぇ。左右に四体ずつ。全部で八体です」

 

「なら、予定どおりだ」

 

 ニーシャは一行へ向き直った。

 

「カイルとルチオが中央へ出ろ。カイルが左の四体、ルチオが右の四体を受け持つ。ただし、一度に全部を相手にするな。まず二体ずつ引きつけて、その場で足止めしろ。残りはネリオが牽制する。シルヴィオは敵の動きが鈍ったところへ浄化術を撃て」

 

 カイルが鼻で笑う。

 

「骸骨犬だろ? 八体くらい、まとめて斬った方が早いんじゃねぇか?」

 

「勝手に奥へ突っ込むなと言っているんだ、野良犬」

 

「へいへい」

 

「僕は右側だね!」

 

 ルチオが小盾を構える。

 

「ああ。ただし、突進を正面から受けるな。盾を斜めに構えて横へ流せ」

 

「分かった!」

 

「なら、左は俺だ」

 

 カイルは右手に魔剣エクセリオン、左手に愛剣晩餐(ディナー)を抜いた。

 二人が回廊の中央へ並び、その後ろでシルヴィオとネリオが杖と弓を構える。

 

「アックスは荷物を下ろすな。後方へ抜けてきた敵がいたら、背負子を盾にして止めろ」

 

「分かっただ!」

 

「モーブルたちは後方で待機。ラースとライも勝手に動くな」

 

「は、はい!」

 

「分かった」

 

「二人とも、わしから離れんようにな」

 

 全員の配置を確認したニーシャが、カイルへ顎をしゃくる。

 

「行け」

 

「命令されんのは気に入らねぇけど――」

 

 カイルは二本の剣を構え、不敵に笑った。

 

「天才サマの魔力くらい、俺が温存してやるよ!」

 

 カイルとルチオが中央の石柱を越える。

 その瞬間だった。

 

 カタカタカタカタッ――!

 

 骨同士を激しく打ち鳴らす不快な音とともに、左右の墓穴から八つの影が飛び出した。

 

 左から四体。

 右から四体。

 

 青白い炎を眼窩に宿した、犬の骸骨。

 骸骨犬。

 低級に分類される死霊系魔獣である。

 一体一体なら、大した相手ではない。

 

「よっしゃー! かかって来やがれ!」

 

 カイルが左側から迫る四体の先頭へ向かって剣を構える。

 

 一体目が飛んだ。

 真正面。

 牙を剥き出しにした、何のひねりもない単純な飛びかかり。

 

「右へ避けて――首を斬る!」

 

 カイルが身体を沈めた。

 

 だが。

 

「――え?」

 

 避けたはずだった。

 

 ところが骸骨犬の前脚が石床を蹴った瞬間、その身体が僅かに傾いた。

 跳躍軌道が、ほんの半歩だけ右へずれる。

 

「ぐっ!?」

 

 ゴンッ!

 

 骸骨犬の頭蓋が胸板へまともに激突する。

 

「カイルさん!?」

 

 シルヴィオが叫んだ。

 

「がはっ!」

 

 カイルの身体が吹き飛び、石床を何度も転がる。

 

「な――」

 

 ニーシャの眉が跳ねた。

 

「何をしている! あの程度、普通は避けられるだろ!」

 

「う、うるせぇ……!」

 

 カイルは胸を押さえながら、どうにか立ち上がる。

 

「今の……なんか変だったんだよ!」

 

「どこがだ! ただ飛びかかってきただけじゃないか!」

 

「だから、それが――」

 

 カイル自身にも分からなかった。

 

 ――来ない。

 

 あの感覚が。

 

 水底の冥域。

 そして、陽炎の楼閣。

 

 強敵を前にした時、ときおり頭の奥へ雷が落ちるような瞬間があった。

 

 ――次は右。

 ――ここで避ける。

 ――今なら斬れる。

 

 理屈ではない。

 考えるより先に、敵の動きが身体へ刻み込まれる。

 

 一度見た動きなら、二度目には何となく分かる。

 それどころか初めて見る攻撃でさえ、不意に正解だけが頭へ浮かぶことがある。

 

 何度もカイルを窮地から救ってきた、あの奇妙な閃き。

 

 だが――。

 

(何も……来ねぇ)

 

 二体目の骸骨犬が飛びかかってくる。

 

「っ!」

 

 カイルは慌ててエクセリオンを横へ構えた。

 

 ガギィン!

 

 牙と刀身がぶつかる。

 

「重っ!?」

 

 受け止めた両腕が、一気に押し込まれた。

 

 そこへ――。

 

「やべっ!」

 

 三体目。

 

 避ける暇もなく、骸骨犬の頭突きが横腹へ突き刺さった。

 

「ぐあっ!」

 

 再び吹き飛ぶ。

 

「カイルさん!」

 

「ちくしょう!」

 

 転がりながら晩餐(ディナー)を振るった。

 刃が骸骨犬の前脚を捉える。

 

 カンッ!

 

 乾いた音。

 骨の表面が、ほんの僅かに欠けた。

 

 ――それだけだった。

 

「硬ぇ!?」

 

 カイルの顔が引きつる。

 

 そこにニーシャの怒声が飛ぶ。

 

「おいおい。お前、陽炎の楼閣で見せていた実力はまぐれか!?」

 

「俺だって聞きてぇよ!」

 

 残っていた四体目まで加わり、左側の骸骨犬すべてがカイルへ殺到する。

 

「ちょ、待て待て待て!」

 

 カイルは反射的に踵を返した。

 

 ――そして逃げた。

 

「おい!?」

 

 ニーシャの顔が引きつる。

 

「早く魔剣の力を使え! それとも逃げることしか能がなくなったのか!」

 

「うっせ! 使えねぇから逃げてんだよ!」

 

「骸骨犬だぞ!?」

 

「だからなんだよ!」

 

 カイルが回廊を全力疾走する。

 

 その背後を、左側にいた四体すべての骸骨犬が、骨を鳴らしながら猛烈な勢いで追いかけていく。

 

「カイル! 持ち場へ戻れ! 何のためにお前を連れてきたと思ってるんだ!」

 

「戻ったら噛まれるんだってば!」

 

「あらら! ちょっとカイル少年、射線に入ってますって!」

 

 今度はネリオが悲鳴を上げた。

 逃げ回るカイルが、そのままネリオの射線へ飛び込んできたのだ。

 

「どけぇ!」

 

「無理ですって!」

 

 ネリオが慌てて弓を上へ向ける。

 

 ヒュンッ!

 

 行き場を失った矢がカイルの頭上を抜け、そのまま天井へ突き刺さった。

 

「少年! あたしのところへ敵を連れてこないでください!」

 

「そんなこと言われても!」

 

「左側を抑えるのが役目でしょう!」

 

「抑えられねぇんだからしょうがねぇだろ!」

 

「開き直らないでください!」

 

 一方、右側。

 

「えいっ!」

 

 ルチオが先頭の骸骨犬の突進を盾で受け止めた。

 

「うわっ!?」

 

 靴底が石床を滑る。

 

「横へ流せと言っただろう!」

 

「ご、ごめん! なんか慌てちゃってさ!」

 

 ニーシャの指示を思い出し、ルチオが慌てて盾を斜めにする。

 

 だが、遅い。

 

 一体目を正面から受けたことで体勢を崩し、その横を二体目が駆け抜けた。

 

 さらに三体目と四体目も左右へ散り、ルチオを挟み込もうとする。

 

「うわ、ちょっと待って!」

 

 ルチオは一体目を盾で押し返しながら、左右へ視線を走らせる。

 

「シルヴィ!」

 

 その隙に、先ほどルチオの横を抜けた二体目が、後衛のシルヴィオへ向かった。

 

「っ!」

 

 シルヴィオが杖を構える。

 

「穢れを退け――」

 

 だが。

 

「うおおおおおっ!」

 

 その眼前を、カイルが横切った。

 

「カイルさん!?」

 

「悪ぃ!」

 

 さらにその直後。

 

 カタカタカタッ!

 

 カイルを追う四体の骸骨犬まで続けて駆け抜ける。

 

「わっ!?」

 

 シルヴィオは慌てて詠唱を中断した。

 

「術が撃てません!」

 

「なら先に俺を助けろ!」

 

「どこへ撃てばいいんですか!?」

 

「俺以外!」

 

「範囲が広すぎます!」

 

 その間にも、右側ではルチオが残る三体を相手に必死で盾を振り回していた。

 

 一体を押し返せば、別の一体が横へ回る。

 そちらへ盾を向ければ、もう一体が足元へ噛みつこうとする。

 

「ちょ、ちょっと! 三体同時は聞いてないよ!」

 

「最初から四体いると言っただろう!」

 

「そうだけど!」

 

 戦線は、開始から十数秒で完全に崩壊していた。

 

「……なんだ、これは」

 

 後方から眺めていたモーブルが、頬を引きつらせる。

 

 作戦も何もない。

 

 カイルは左側の四体すべてに追い回され。

 ルチオは右側の三体を前に、必死で盾を振り回し。

 残る右側の一体はシルヴィオへ迫り。

 ネリオは射線を潰され。

 シルヴィオは味方を巻き込むため、まともに浄化術を撃てない。

 

「た、隊列がぐちゃぐちゃですぅ!」

 

 ラースが青ざめる。

 

「私、手伝う?」

 

 ライオットが静かに尋ねた。

 

「若――いや、ライくんは絶対に動いてはなりませんぞ!」

 

 モーブルが即座に制止する。

 

「アックス!」

 

「お、おら!?」

 

「抜けた一体を止めろ!」

 

「む、無茶だべぇぇぇ!」

 

 シルヴィオへ迫っていた右側の一体が、そのままさらに後方へ突破する。

 

 アックスは悲鳴を上げながら、巨大な背負子ごと進路へ割って入った。

 

 ガブッ!

 

「ぎゃあああ! 箱がぁ!」

 

 骸骨犬の牙が木箱へ食い込む。

 

「離すだ! これは旦那様の高級調理器具が入ってるだぞ!」

 

「食料もだ! 死んでも守れ!」

 

「おらの命より鍋の方が大事なんだべか!?」

 

 もはや戦闘ではない。

 完全なる大混戦だった。

 

「…………」

 

 ニーシャのこめかみが、ぴくぴくと震えている。

 杖を握る指へ力がこもる。

 

「何なんだ……何なんだお前たちは……っ!?」

 

 ニーシャが奥歯を噛み締める。

 

 魔力は温存する。

 

 第九層へ到達した時点で、最低でも七割。

 それが今回の攻略方針だった。

 

 前回の失敗を繰り返さないために。

 そのために仲間を集めた。

 

 道中の低級魔獣程度なら、彼らだけで処理できる。

 

 ――そのはずだった。

 

 だが、このままでは誰かが負傷する。

 

「もういい……!」

 

 ニーシャが杖を掲げた。

 

「全員、伏せろ!」

 

「え?」

 

 カイルが振り返る。

 

「いいから伏せろ、馬鹿犬!」

 

 杖の先へ紅蓮の魔力が収束した。

 

「炎輪四重奏(フレイム・カルテット)!」

 

 四つの小さな火球が撃ち出される。

 

 狙うのは――カイルを追い回している四体。

 

 炎は味方同士の僅かな隙間を縫い、それぞれ異なる軌道を描きながら骸骨犬へ食らいついた。

 

 ボッ!

 ボッ!

 ボッ!

 ボッ!

 

 ほぼ同時。

 

 カイルを追っていた四体すべての頭蓋が爆ぜた。

 支えを失った骨が、次々と石床へ崩れ落ちる。

 

「うおっ!?」

 

 背後から響いた爆発音に、カイルが慌てて振り返った。

 

「四体……全部……」

 

「ぼさっとするな!」

 

 ニーシャが叫ぶ。

 

「残りは右側の四体だ! シルヴィオ!」

 

「はい!」

 

 追跡していた四体が消えたことで、ようやく回廊中央の射線が開いた。

 

 シルヴィオが杖を掲げる。

 

「迷える死者よ、大いなる光のもとへ――《聖浄の光》!」

 

 白い光が回廊を駆け抜けた。

 

 残った四体の骸骨犬すべての身体から、黒い瘴気が煙のように噴き出す。

 動きが目に見えて鈍る。

 

「ルチオ!」

 

「任せて!」

 

 ルチオが目の前の一体へ突進した。

 盾を斜めから押し当て、今度こそ壁際へ受け流す。

 

 ガンッ!

 

 骸骨犬の身体が石壁へ叩きつけられる。

 

「はぁっ!」

 

 白銀の剣が頭蓋を叩き割った。

 

 残り三体。

 

「ネリオ!」

 

「ようやく仕事ができますよっと!」

 

 ヒュンッ!

 

 矢が一体の眼窩を貫き、そのまま頭蓋を壁へ縫い止める。

 

 残り二体。

 

「アックス、そのまま押さえろ!」

 

「もう限界だべぇぇ!」

 

 背負子へ食らいついている一体へ、ニーシャが小さな炎弾を放った。

 

 ボンッ!

 

 頭蓋が砕け散る。

 

 残り一体。

 

「これで最後!」

 

 ルチオが最後の骸骨犬へ駆け込んだ。

 

 先ほどまでの慌てぶりとは違う。

 突進してくる相手に対し、盾を真正面ではなく僅かに傾ける。

 

 ガッ!

 

 骸骨犬の身体が横へ流れた。

 

「今!」

 

 剣が振り下ろされる。

 

 ガシャァン!

 

 最後の骸骨犬も骨の山となって崩れ落ちた。

 

 そして――。

 

 ようやく回廊へ静寂が戻った。

 

「…………」

 

 誰も、すぐには口を開かなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 カイルはその場へ座り込んだ。

 肩で息をし、服には骨の爪で裂かれた跡が何本も残っている。

 

 幸い、深い傷はない。

 だが、どう見ても勝者の姿ではなかった。

 

「なぁ……骸骨犬、強すぎねぇ?」

 

「弱い」

 

 ニーシャが即答した。

 

「は?」

 

「C級の魔獣だ」

 

「……マジで?」

 

「大真面目だ!」

 

 ニーシャが怒鳴った。

 

「お前、一体もまともに倒していないじゃないか!」

 

「うっ……」

 

 実際、左側の四体はすべてニーシャが焼き払った。

 カイルが仕留めた骸骨犬は、一体もいない。

 

「陽炎の楼閣で変異種を相手にしていた人間と同一人物とは、とても思えないぞ!」

 

「だから俺にも分かんねぇんだって……」

 

 カイルは頭を掻く。

 

「なんかさ。強ぇ奴と戦ってる時は、もっとこう……来るんだよ」

 

「何が」

 

「分かんねぇ」

 

「…………」

 

 ニーシャは数秒、無言でカイルを見つめた。

 

「……つまり」

 

「あ?」

 

「お前自身にも、自分がなぜ陽炎の楼閣であれほど動けたのか分かっていないのか?」

 

「……まあ」

 

「…………」

 

「なんだよ」

 

「使いづらすぎるだろ、お前」

 

「俺に言うなよ!」

 

 ニーシャが額を押さえた。

 

「モーブル!」

 

「へ?」

 

「お前、この男を前衛として連れてきただろ!」

 

「いやいや、坊っちゃんご自身がカイルを前衛に指名されたのでは?」

 

「うるさい! ボクは人選をお前に任せた! 責任はお前にあるぞ!」

 

「そんな、理不尽な!」

 

 モーブルが必死に汗を拭う。

 

 その傍らで、シルヴィオが小さく息を吐いた。

 

「……ですが、問題はカイルさんだけではありませんね」

 

「何?」

 

 ニーシャが振り返る。

 

「私たちは、互いのことを知らなさすぎます」

 

 シルヴィオは穏やかに続けた。

 

「カイルさんが、どんな相手を得意として、どんな相手を苦手としているのか。ルチオが、どの程度まで敵を受け止められるのか。ネリオさんが、どこへ矢を通したいのか。そして私が、どの範囲までなら安全に浄化術を使えるのか」

 

 床に散らばる八体分の骨へ視線を落とす。

 

「誰も、分かっていませんでした」

 

「……」

 

「それは私たちだけではありません」

 

 シルヴィオがニーシャを見る。

 

「ニーシャ様も、私たちが何をできて、何ができないのか――まだ、完全にはご存じないのだと思います」

 

 ニーシャの眉が僅かに寄った。

 

「ボクの作戦が悪かったと言いたいのか?」

 

「いいえ」

 

 シルヴィオは首を振る。

 

「作戦そのものは間違っていなかったと思います。ただ――人は、置いた場所で想定どおりに動く駒ではありません」

 

「……」

 

「初めて一緒に戦うのですから、予想と違うことが起こるのは当然です」

 

 ニーシャは何も答えなかった。

 

 カイルが腰をさすりながら立ち上がる。

 

「俺もさぁ……まさかここまでボコボコにされるとは思わなかったけどな……」

 

「大丈夫だよ! 次はもう少しうまくできるって!」

 

 ルチオが明るく笑った。

 

「僕も盾の使い方、間違えちゃったし。お互い様!」

 

「私も、味方の位置をもっとよく確認してから術を使う必要がありますね」

 

 シルヴィオが続く。

 

「こちらとしても、味方が突然射線へ飛び込んでくる可能性を前提にしておく必要がありそうですねぇ」

 

 ネリオが肩をすくめると、カイルが不満そうにつぶやく。

 

「それ、俺のこと言ってる?」

 

「ん~? 他に誰がいます?」

 

「……俺の扱いが酷すぎるだろ」

 

 アックスは噛み跡のついた木箱を見下ろし、悲しそうに撫でている。

 

「おらは、とりあえず荷物を守れるように頑張るだ……。でも、この箱はあとで板を張り直さねぇとなぁ……」

 

「ぼ、僕も……何かお役に立つことがあれば言ってください」

 

 ラースが小さく拳を握った。

 

「貴様はまず、魔獣に尻を噛まれないことを覚えろ」

 

「ひゃいっ!」

 

 モーブルに言われ、ラースは慌てて両手で尻を隠し、尻尾までぴんと伸ばした。

 

 ニーシャは一同を見回した。

 

 そして最後に、自分の杖へ視線を落とす。

 

 僅かとはいえ――魔力を使った。

 

 第九層まで温存すると決めた、自分の魔力を。

 

 低級魔物八体。

 

 本来なら、自分が手を出す必要などないはずだった。

 

「……ちっ」

 

 小さく舌打ちする。

 

「次からは、今のような無様な戦いは許さない。――カイル」

 

「なんだよ」

 

「次に戦う時は真面目にやれ。お前自身が大したことないのは、もうよく分かった」

 

「なんだよその言い方は! まるで俺が足手まといみたいじゃねぇか!」

 

「そうさ。魔剣をまともに使えないなら、お前は雑魚だろ」

 

「ぐっ……!」

 

 ニーシャはカイルを指差した。

 

「だから次は、魔剣の力を使えるように準備しておけ。どういう条件で力を発揮できるのか、自分で少しは考えろ。使い方の分からない戦力を前衛に置く方が危険だ!」

 

「俺を道具みたいに言うな!」

 

「今の戦いを見たあとで、戦力扱いしてやっているだけありがたく思え!」

 

「ひでぇ!」

 

 ニーシャは外套を翻し、回廊の奥へ歩き出した。

 

「こんなことで無駄に時間を浪費している余裕はない。先へ進むぞ」

 

「待てよ!」

 

 カイルが慌ててその後を追う。

 

「勝手に一人で行くな、指揮官!」

 

「お前たちが遅いんだ!」

 

「隊列を守れって言ったのは誰だよ!」

 

「それはお前に言う台詞だ!」

 

 二人は言い争いながら進んでいく。

 

 ルチオとシルヴィオがその後を追い、ネリオはやれやれと肩をすくめながら手帳を取り出した。

 

 最初の戦闘。

 

 八体の骸骨犬をすべて倒した。

 

 だが、勝利――と呼ぶには、あまりにも危なっかしい結果だった。

 

 ニーシャが魔法を使わなければ、誰かが傷を負っていた可能性は高い。

 

 カイルは期待された力を発揮できず、一体も倒せなかった。

 ルチオは指示された盾の使い方を失敗し。

 ネリオは射線を潰され。

 シルヴィオは仲間の動きを読み切れなかった。

 

 そしてニーシャ自身もまた――。

 

 仲間へ命令を与えれば、そのとおり動くものだと思っていた。

 

 個々の強さだけでは足りない。

 正しい作戦だけでも足りない。

 

 何ができるのか。

 何ができないのか。

 どこで迷い、どう動くのか。

 

 彼らはまだ、互いのことをほとんど知らない。

 

 同じ目的地へ向かって歩き始めたばかりの九人。

 

 その歩調は――まだ、驚くほどばらばらだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

【R18】緑谷のち〇こでっけぇぇえ!!!(作者:ドスケベ世界平和ヴィラン)(原作:僕のヒーローアカデミア)

 最終決戦を乗り越え、平和な日常が戻りつつあったある日。英雄となった緑谷出久にヒーロー公安から連絡が届く。「未来の平和のため、多数の女性と性交渉をしてください」そんな事をいきなり言われ断った出久だったが、それで済むような話では無かったのだ。大義名分という後ろ盾を持った女性達は、出久と子作りする為あらゆる手を使い彼を襲い始める。そんな出久は彼女らを受け止め切る…


総合評価:3443/評価:8.78/連載:32話/更新日時:2026年07月29日(水) 15:02 小説情報

【R18】とても都合のいいオナホ先輩(作者:九龍城砦)(オリジナル:現代/恋愛)

ウチの研究室の先輩はドスケベだ。 ▼部屋の中では常に裸白衣という変態スタイルだし、起きている間は四六時中オナニーに励んでいる。▼すると当然、同棲している後輩の僕は我慢なんて出来るはずもなくて。 合法ロリのぷにオナホ先輩を、いつも気絶するまで犯し倒してしまうのだ。▼6巻発売しました。▼オナホ先輩6巻好評発売中です。▼https://www.dlsite.com…


総合評価:11744/評価:8.62/連載:139話/更新日時:2026年08月28日(金) 07:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>