モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
第二層から第三層へ向かう通路には、前回の攻略でニーシャが残した痕跡が、至るところに刻み込まれていた。
黒く焼け焦げた壁。
熱で溶かされ、飴細工のように歪んだ鉄格子。
爆風をまともに浴び、半ば崩落した墓室。
そして天井には、飛行魔法で進んだニーシャを追うように、一本の長い焦げ跡が暗闇の奥まで続いている。
「……おいおい」
カイルが引きつった顔で天井を見上げた。
「ずいぶん派手にやったな。本当に一人で、ここを全部燃やしながら進んだのか?」
「ボクを誰だと思っている」
「後先考えない爆炎魔法馬鹿」
「燃やすぞ!」
先頭を歩くニーシャと、そのすぐ後ろを進むカイルの声が墓道へ響き渡る。
「お二人とも」
シルヴィオが静かな声で割って入った。
「もう少し声を落としてください。ここは死者の眠る場所です。音に反応する魔獣がいるかもしれません」
「ん~一足遅かったようです……」
ネリオが前方へ目を細めた。
「あ?」
「ほら」
ネリオが指差す。
壁際に並ぶ石棺の一つが――。
カタ。
カタカタ。
小さく揺れていた。
「……」
「少年たちが大声を出したせいで、お目覚めのようですよぉ」
「ニーシャが悪いんだって。こいつがいちいち偉そうなこと言うから」
「ボクを巻き込むな。最初に騒いだのはお前だ」
「お二人ともです」
シルヴィオが即座に訂正した。
ニーシャとカイルがそろって不満そうな顔をする。
だが、その間にも――。
カタカタカタ……。
周囲の棺から、骨同士の擦れ合う乾いた音が次々と響き始める。
「……ここは私が何とかします」
シルヴィオが前へ出る。
胸元で杖を掲げ、静かに目を閉じた。
「彷徨える魂よ。怒りを鎮め、安らかなる眠りへ――
淡い白色の光が、杖の先から波紋のように広がった。
柔らかな光が回廊を満たし、並んだ棺を一つずつ包んでいく。
棺の隙間から伸びていた骨の指が、ぴたりと止まる。
やがて力を失ったように棺の中へ戻り、持ち上がりかけていた蓋も静かに閉じていった。
「ふぅ……」
シルヴィオが杖を下ろす。
「これ以上、騒がないでくださいね」
笑顔だった。
慈愛に満ちた、穏やかな笑顔。
だが――。
「……うん」
「……わかった」
ニーシャとカイルは素直に頷いた。
逆らいづらい何かがあった。
◆
一行はさらに第二層を進んだ。
天井から巨大な刃が振り下ろされる通路。
壁に並ぶ石像の口から毒霧が噴き出す玄室。
踏んだ者の足首を、床から伸びた石の手が掴む罠。
その位置も仕組みも、すべてニーシャの記憶どおりだった。
「次。右から三枚目の床石を踏むな」
「はいはい」
「カイル」
「あ?」
「今、踏もうとしただろ」
「踏んでねぇだろ!」
「爪先が乗っていた!」
「乗ってねぇ! 浮いてた!」
「屁理屈を言うな!」
「ちょっと、お二人とも動かないでください」
ネリオが二人を制止し、床へしゃがみ込む。
細い探査針を隙間へ差し込み、内部の機構を調べていく。
カチ。
カチカチ。
慎重に留め具を外し、内部の魔導線を一本ずつ切断する。
「……まだか?」
ニーシャが眉間に皺を寄せた。
「確実に解除しておりますので、急かされても速くなりませんよぉ」
「前回は一秒で通過した場所だ」
「飛び越えただけでしょう?」
「ああ」
「でしたら今回も一人で飛んでいけばよろしいのでは?」
「隊を率いる者が、勝手に先へ進めるか」
ニーシャが即答する。
その背後で、カイルが退屈そうに欠伸をした。
「さっきから遅い遅いって文句ばっかりじゃねぇか。そんなに苛つくなら、一人で行けばいいだろ」
「苛ついているのは、進行速度だけじゃない」
ニーシャが冷たい目を向けた。
「一番の原因はお前だ」
「なんで俺だけ!?」
「第二層へ入って最初の戦闘をもう忘れたのか?」
「……」
「骸骨犬八体だぞ」
「八体もいたんだぞ!」
「低級魔獣が八体だ!」
「数が多けりゃ強ぇだろ!」
「ほとんどボクが倒したじゃないか!」
「ぐっ……」
カイルが言葉に詰まった。
先ほどの戦闘。
陽炎の楼閣ではA級の変異種魔獣を相手に渡り合ったカイルが、C級の骸骨犬を相手にした途端、まるで攻撃を読めなくなった。
それどころか、一体もまともに仕留められていない。
ニーシャにとっては完全な誤算だった。
少なくとも第五層へ到達するまでは、自分の魔力を可能な限り温存するつもりだった。
そのために前衛を集めたのだ。
ところが第一層へ入って早々、自分が魔法を使う羽目になった。
機嫌が悪くなるのも当然だった。
「次の戦闘では勝手に前へ出るなよ」
「分かってるって」
「本当だろうな?」
「俺だって馬鹿じゃないからな。一度あることは二度としねーっての」
ニーシャが半眼になる。
「……二度あることが三度も四度もある脳筋には似合わない言葉だね」
「なんだと!」
その時。
カチン。
「はい、解除完了でっす!」
ネリオが立ち上がった。
「どうぞお先に、隊長殿。ただし次の罠まで十七歩ほどしかありませんから、また足止めになりますけどねぇ」
「……遅い」
「はぁ、左様で」
ネリオがにっこり笑う。
「では次は、ご自分でどうぞ」
「誰に向かって言っている」
「この隊で一番偉そうな方へです!」
「お前まで言うか!」
後方でモーブルが一人愚痴る。
「……まったく。まだ第三層にも着いておらんというのに、この調子で大丈夫か」
「だ、旦那様……」
ラースが不安そうに見上げる。
「皆さん、仲が悪いんでしょうか……」
「悪いというより――噛み合っておらんのだ」
モーブルは前方を見た。
先頭を急ごうとするニーシャ。
そのニーシャへいちいち噛みつくカイル。
二人を宥めるシルヴィオ。
罠を確実に処理しながらも、皮肉の一つは忘れないネリオ。
それぞれが役目を果たそうとはしている。
だが、その歩調はまだ揃っていない。
「歯車なんぞ、形が合わなければ回らん。無理に回せば、先に欠ける」
「……?」
「まあ、今は黙ってついてこい」
「はい!」
◆
一行はようやく第二層の最奥へ到達した。
巨大な石扉を開く。
その向こうには、さらに地下深くへ続く階段が伸びていた。
「この下が第三層ですかな」
モーブルが暗闇を覗き込む。
「ああ」
ニーシャは杖の先へ赤い光を灯し、階段の奥へ向けた。
「第二層までとは構造が違う。第三層は、無数の墓道が複雑に絡み合った巨大迷宮だ」
「今度は迷路かよ」
「正しい道は覚えている」
ニーシャがちらりとカイルを見る。
「野良犬が勝手に走り回って、余計な通路へ入り込まなければ問題ない」
「ふーん」
カイルは階段を覗き込みながら尋ねた。
「前回は迷わなかったのか?」
「賢いボクが、道を間違えると思うのか?」
「思う」
「お前にだけは言われたくない!」
◆
第三層へ下りた一行を迎えたのは、巨大な地下迷宮だった。
正面には天井の高い大回廊。
そこから左右へ、人間二人が並んで歩くのがやっとの細い墓道が、蜘蛛の巣のように幾重にも枝分かれしている。
壁一面には古代文字。
その下には朽ちた棺が隙間なく積み上げられ、棺の間から漏れる青白い瘴気が、足元を薄い霧のように流れていた。
「全員、そこで止まれ」
階段を下りきる直前。
ニーシャが杖を横へ伸ばした。
「正面の大回廊は使わない」
「なんでだよ」
「第四層へ続く最短経路ではあるが、奥に墓守として封じられた吸血鬼が五体いる」
「五体?」
カイルが二本の剣へ手をかける。
「だったら――」
ニーシャが無言でカイルを見る。
「…………」
「なんだ」
「……いや」
カイルの手が、ゆっくり剣から離れた。
「別の道があるんだよな?」
「あれれ?」
ルチオがにやにやしながら顔を覗き込む。
「カイルくん、今日はずいぶん慎重だね」
「うるせぇ」
「さっきなら『五体くらいまとめて倒してやる!』って言ってたのに」
「学習したんだよ!」
「C級の骸骨犬で?」
「それ以上言うな!」
カイルが顔を真っ赤にする。
先ほどまで三体の骸骨犬に追い回されていた男の台詞としては、確かに説得力があった。
ニーシャが鼻で笑う。
「賢明だな。吸血鬼は一度噛みつけば、相手の血を吸い尽くすまで離れない」
「……」
「それに、特に若くて血気盛んな子供の血を好むらしいぞ」
「…………」
カイルの顔から、すっと血の気が引いた。
「右だったな?」
「ああ」
「よし。さっさと行こうぜ」
踵を返すのが妙に早い。
「あららぁ。これはこれは分かりやすいことで」
ネリオがにやりと笑い、すかさず手帳を取り出した。
「なになに――『骸骨犬との激闘を経て成長したカイル少年、吸血鬼五体を前に勇気ある撤退を即断』……と」
「待て! なんか記事っぽく書くな!」
「では、『吸血鬼に恐れをなし、尻尾を巻いて逃亡』の方が?」
「悪化してんじゃねぇか!」
一行は右側の細い墓道へ入った。
通路は狭い。
場所によっては天井も低く、アックスの巨大な背負子が何度も壁へ擦れた。
やがて――。
ガコン。
「……あ」
アックスが立ち止まった。
「どうした?」
「背負子が……引っかかっただ」
左右へ積み重なった棺の間に、巨大な荷物が完全に挟まっていた。
「動けねぇだ……」
「押せば抜けるだろ」
カイルが後ろから背負子へ手をかける。
「待て」
モーブルが止める。
「ここで無理に押したら、壁の棺が崩れる」
「ちょっとくらい――」
「ちょっとで済む保証がどこにある」
モーブルが背負子を確認する。
「ここだけ通路が狭くなっておるな。一度、荷物を小分けにするぞ」
「旦那、ここを往復すんのか?」
「荷物を捨てるよりはマシだ」
モーブルが即答した。
「アックス。一番上の箱を外せ」
「分かっただ」
ロープを解き、木箱を一つずつ床へ下ろしていく。
「ラース。これはポーションだ。貴様でも持てる」
「は、はい!」
「落としたら給料から引くぞ」
「命より大事に持ちますぅ!」
ラースが両腕で小さな木箱を抱える。
「私も持てる」
その隣で、ライは最も大きな木箱へ手を伸ばした。
「あ……お待ちを、ライくん。そっちは魔導具が入った箱ですぞ。見た目より重く――」
モーブルが止めるより早く、ライは箱の取っ手へ片手をかけた。
次の瞬間。
床へ沈み込むように置かれていた木箱が、音もなく持ち上がった。
「軽い」
「…………は?」
モーブルの目が点になる。
アックスでさえ両腕を使って運ぶ箱を、非力なはずのライが片手で提げていた。
「い、いやいや。そんなはずは……ライくんが、その箱を……?」
ライは不思議そうな顔で、モーブルへ身を寄せる。
「平気。飛行魔法をかけたから」
本人は声を潜めたつもりらしい。
だが、その言葉を聞いた瞬間、モーブルの背筋が凍りついた。
「おい」
ニーシャが目を細める。
「その箱は、どれくらいの重さだ?」
「さ、さあ! それほど重くはありませんぞ! 持ち運びしやすいよう、中身を厳選してありますからな!」
モーブルが慌ててフォローした。
「それに、ライくんは見かけによらず、荷運びが得意なのですぞ!」
「……本当にただの平民か」
ニーシャは疑わしそうにライオットを見た。
しかし、当の本人は分厚い眼鏡の奥から、不思議そうに見つめているだけだ。
「まあいい。今は先へ進むことが優先だ」
「そのとおりですぞ!」
モーブルは安堵し、大きく息を吐いた。
荷物を分けたことで、一行はどうにか細道を通り抜けることができた。
ニーシャを除く全員で何度か往復し、木箱や袋を向こう側へ運んでいく。
すべてを運び終えると、再びモーブルとアックスの背負子へ固定し、一行は墓道の奥へ進んだ。
◆
崩れかけた石橋を渡った先。
一行の前へ、ひときわ広い空間が現れた。
古びた礼拝堂だった。
天井の半分は崩れ、床には割れた長椅子が散乱している。
最奥には、首から上を失った女神像。
そして――。
その祭壇の前に、三つの影が立っていた。
ぼろぼろの黒い法衣。
骨だけの腕。
青白い魔力を宿した杖。
胸骨の中央には、紫色の魔石が埋め込まれている。
三体が同時に顔を上げた。
「……また骨かよ」
カイルの声から、先ほどまでの威勢が少しだけ消えた。
「
ニーシャが低く告げる。
「胸の魔石が核だ。頭や手足を壊しても止まらない」
「だったら、核を壊せばいいんだな」
「待て」
カイルが剣へ手をかけた瞬間、ニーシャが制止した。
「今回はお前を先頭へ出さない」
「は?」
「魔剣は使えるようになったのか?」
「今度は大丈夫だ!」
「何を根拠に?」
「……気合い?」
「最後尾へ行け」
「なんでだよ!」
「前衛はルチオ。カイルは中央でシルヴィオを守れ」
「俺は剣士だぞ!」
「知っている。だから護衛をしろ」
「敵を斬らせろよ!」
「自分から追いかけるなと言っているんだ!」
ニーシャは杖を床へ突いた。
「ルチオが敵を受ける。シルヴィオが浄化で動きを鈍らせる。ネリオが核を狙う。カイルは抜けてきた敵だけを止めろ」
「……」
「返事は?」
「へいへい」
明らかに不満そうだった。
だが、今度は従った。
「ルチオ」
「任せて!」
小盾を構えたルチオが前へ出る。
「シルヴィオ」
「いつでも」
「ネリオ」
「射線さえ空けていただければねぇ」
「よし」
ニーシャが三体を見据える。
「行け!」
ルチオが駆け出した。
墓守魔術師たちも、一斉に杖を掲げる。
「来るよ!」
紫色の魔弾が三方向から放たれた。
ルチオは盾を斜めに構える。
「今度こそ――!」
一発目を受け流す。
二発目を身体を捻ってかわす。
「できた!」
「止まるな!」
ニーシャが叫ぶ。
三発目が足元へ着弾する。
ボンッ!
「うわっ!」
爆発ではない。
床から黒い腕が何本も伸び、ルチオの足首へ絡みついた。
「なにこれ!?」
「拘束術だ!」
ニーシャが舌打ちする。
「シルヴィオ!」
「はい!」
白い光がルチオを包む。
黒い腕が煙を上げて弱まった。
「ネリオ!」
「見えてます!」
矢が飛ぶ。
ヒュンッ!
一体の墓守魔術師が身体を傾ける。
矢は胸の魔石を僅かに外れ、肋骨を一本砕いた。
「惜しいですねぇ」
「次で仕留めろ!」
その間に二体目が杖を横へ振った。
黒い霧が床を這い、シルヴィオへ向かう。
「シルヴィ!」
ルチオはまだ拘束されている。
そして――。
「俺の出番だ!」
カイルが飛び出した。
「待て!」
ニーシャの制止は間に合わなかった。
「今度こそ挽回してやる!」
「護衛位置を離れるな!」
黒い霧へ向かって、カイルがエクセリオンを振り下ろす。
「うおおおっ!」
刃が霧を切り裂いた。
――ように見えた。
だが。
「え?」
黒い霧は刃の左右へ分かれ、そのままカイルの身体へまとわりついた。
「カイルさん!」
「なんだこれ!?」
黒い紋様が右腕へ駆け上がる。
「ぐっ……!」
腕の感覚が消えた。
握っていた剣が、石床へ落ちる。
カラン。
「腕が……動かねぇ!」
「呪いです!」
シルヴィオが叫ぶ。
「だから勝手に出るなと言っただろう!」
「斬れると思ったんだよ!」
「霧を剣で斬ろうとするな!」
その時。
三体目が狙いを変えた。
杖先が――ネリオへ向く。
「あら」
至近距離。
回避するには遅い。
「ネリオさん!」
シルヴィオはカイルの呪いを解くために杖を向けている。
ルチオは拘束されたまま。
カイルは右腕を失い、護衛位置を離れている。
陣形が――また崩れた。
「……っ!」
ニーシャの顔が歪んだ。
紫色の光弾が放たれる。
「
ゴォッ!
ネリオの眼前へ炎の壁が立ち上がった。
光弾が炎へ飲み込まれ、消滅する。
「おや。これはどうも」
「礼は後だ!」
ニーシャの杖へさらに炎が集まる。
「全員、その場を動くな!」
「え?」
「特にカイル! 絶対に動くな!」
「なんで俺だけ名指しなんだよ!」
「お前が一番信用できないからだ!」
三体の墓守魔術師が再び杖を上げる。
「
シュンッ!
三本の細い炎が礼拝堂を走った。
一撃目。
胸の紫石を正確に貫く。
二撃目。
魔石だけを焼き砕く。
三撃目。
杖を掲げた瞬間の僅かな隙間へ入り込み、核を撃ち抜く。
パキン。
パキン。
パキィン!
三つの魔石が、ほぼ同時に砕け散った。
墓守魔術師たちの青白い瞳から光が消える。
ガラガラガラ……。
三体は糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちた。
礼拝堂へ静寂が戻った。
「…………」
また。
誰も、すぐには口を開かなかった。
「……終わった?」
ルチオが床から伸びる黒い腕を剣で払いながら尋ねる。
「ああ、終わったよ!」
ニーシャが苛立たしげに答えた。
そして――。
ギロリ。
カイルを見る。
「……な、なんだよ」
「カイル」
「はい」
思わず敬語になった。
「ボクは何と言った?」
「中央でシルヴィオを守れ」
「お前は何をした?」
「……前へ出た」
「その結果?」
「呪われた」
「その結果?」
「……陣形が崩れた」
「その結果!」
「お前が魔法を使った!」
「分かっているじゃないか!」
ニーシャの怒声が礼拝堂を震わせた。
「なんで同じことを繰り返すんだ!」
「今回はいけると思ったんだよ!」
「さっきもそう思って失敗しただろう!」
「今度こそ挽回したかったんだ!」
カイルも負けじと言い返す。
「骸骨犬にボコボコにされて、このまま役立たず扱いされたままじゃ格好つかねぇだろ!」
「格好の問題で作戦を壊すな!」
「うっ……」
カイルが黙る。
シルヴィオが彼の右腕へ杖を向けた。
「少しじっとしていてください」
白い光が黒い紋様を包んでいく。
「解除には少し時間がかかります」
「悪い……」
「私に謝るより、次からニーシャ様の指示を聞いてください」
「……はい」
「珍しく素直だな」
ニーシャが吐き捨てる。
「うるせぇ」
今度は声が小さかった。
「ルチオも」
「はい!」
シルヴィオは弟を見る。
「助けに行きたい気持ちは分かります。でも、自分の役割を忘れてはいけません」
「ごめんなさい」
「ネリオさんも、先ほどの射撃は少し焦りましたね」
「おや、あたしまでですか?」
「核を狙うことに集中しすぎて、相手が術式を組み替えたことへの反応が遅れていました」
「これは手厳しい」
ネリオは苦笑する。
そしてニーシャも杖を見下ろした。
「……」
また使った。
魔力を。
第二層の骸骨犬。
そして、今の墓守魔術師。
本来なら、どちらもニーシャが手を出す必要などない敵だった。
魔力を温存するための攻略隊。
そのはずが――。
ニーシャが小さく呟く。
「これじゃ……ボクが一人で来た時と、何も変わらないじゃないね」
その一言に、空気が止まった。
カイルが顔を上げる。
「……だったらよぉ」
「あ?」
「だったら一人で行けばいいだろ」
礼拝堂が静まり返った。
「お前が全部できるって言うなら、一人で行けばいいっての」
「カイルさん」
シルヴィオが止めようとする。
だがカイルは続けた。
「俺たちが邪魔なら、置いてけばいいじゃねぇか」
「……」
ニーシャの表情から感情が消える。
「言われなくても……このまま役に立たないなら、そうする」
「……っ」
「ボクは遊びでここへ来たんじゃない」
ニーシャは全員を見回した。
「未踏のカタコンベを踏破する。そのために必要だから、お前たちを連れてきた」
「……」
「必要でなくなれば――置いていく」
空気が冷えた。
ルチオの表情から笑顔が消える。
シルヴィオも黙り込んだ。
ネリオだけはいつもの笑みを残していたが、細い目の奥から軽さが消えている。
「……坊っちゃん」
モーブルが口を開く。
「なんだ」
「少々、言い方というものが――」
「事実を言っただけだ」
ニーシャは背を向けた。
「それとも、役に立たない者まで最深部へ連れて行けと言うのか?」
「……」
モーブルも言葉を失う。
間違ってはいない。
未踏のダンジョン。
一つの判断ミスが全滅へ繋がる場所だ。
だが――。
正しいからこそ、刺さる言葉もある。
ニーシャはその違いを、まだ理解していなかった。
「……今日はここまでだ」
ニーシャが礼拝堂の奥へ杖の光を向ける。
崩れた祭壇の裏に、小さな石扉が残されていた。
「この先に祭具室がある。前回確認した限り、魔物も罠もない」
「もう進まねぇのか?」
カイルがぶっきらぼうに尋ねる。
「疲労した状態で第四層へ入るほど、ボクは馬鹿じゃない」
ニーシャは振り返らない。
「それに――」
一瞬だけ言葉を止める。
「今のお前たちを連れて戦えば、ボクの魔力がいくらあっても足りない」
「……」
今度は、カイルも言い返さなかった。
◆
祭壇裏の扉を抜ける。
その向こうにあったのは、かつて神官たちが祭具を保管していたと思われる小部屋だった。
壁際には空になった棚。
中央には古い石台。
床には薄く埃が積もっているものの、他の墓室と違って瘴気はほとんどない。
「ここなら野営できますね」
シルヴィオが周囲を確認する。
ニーシャが命令する。
「アックス。入口を塞げるよう、荷物を配置しろ」
「分かっただ」
「ネリオは罠の再確認。ルチオとカイルは周囲の見張り」
「了解!」
「……分かったよ」
先ほどまでなら必ず一言文句を返していたカイルが、珍しく素直に従った。
ニーシャもそれ以上は何も言わない。
モーブルはその様子を横目で見ながら、静かに息を吐いた。
第二層での戦闘。
第三層での戦闘。
二度とも勝った。
死者はいない。
重傷者もいない。
数字だけを見れば、順調と言ってもいい。
だが――。
「……こりゃ、先が思いやられるな」
誰にも聞こえないほどの声で、モーブルは呟いた。
祭具室の重い扉が閉じる。
その向こうで、墓道を満たす青白い瘴気が、ゆっくりと揺れていた。
攻略は、まだ三層。
未踏の深層までは――あまりにも遠い。