モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
カタコンベ攻略、二日目の朝。
地上の陽光など永遠に届かない冷たい祭具室で、一行は携帯時計の針に合わせて身を起こした。
昨夜、ニーシャが放った怒りの爆炎によって、室内の壁はところどころ真っ黒に焼け焦げ、いまだ微かに炭とオゾンのような焦げ臭さが漂っている。
魔導灯の淡い光の下、寝具を畳む衣擦れの音や、装備を確かめる金属音が静かな空間に響いていた。
「おはようございます、ニーシャ様……!」
すでに身支度を整えていたラースが、申し訳なさそうに小走りで駆け寄ってくる。
両手で抱えているのは、昨日まで使っていた豪奢な銀盆ではなく、煤けた木のお盆。
その上には、湯気を立てる香草茶の木杯が一つだけポツンと載っていた。
「朝のお茶をお持ちしました! あ、あの……焼き菓子も冷たい果汁水も、ふかふかのクッションも、昨日の爆発で全部灰になっちゃって……。かろうじて無事だった茶葉を、浄化魔法をかけたお水で淹れました……」
「うん」
ニーシャはゴツゴツとした木箱から身を起こし、差し出された杯を受け取った。
一口含むと、わずかに端正な眉を寄せる。
「昨日より、少し香りが薄いね」
「はわっ! す、すみません!」
「責めているわけじゃない。地下の水は、地上とは水質が違うんだろう。次からは茶葉を少し増やせ」
「はい! 覚えておきます!」
ラースが懸命に頷く。
その主従のようなやり取りを横目に、カイルはゴリゴリと硬い携帯用パンを噛みちぎっていた。
「朝からずいぶん優雅だな、貴族サマ。自分で豪華な荷物を全部吹っ飛ばしたくせによ」
「身体と頭を目覚めさせるために、温かい飲み物を取っているだけだ」
「俺たちなんて、昨日の『騒ぎ』で体力すっからかんなのに、硬ぇパンと水だけだぞ。腰も痛てぇし……」
「その『騒ぎ』でお前たちが揃って気を失ったせいで、夜の見張りはほとんどネリオ一人に押しつけることになったんだけどね」
ニーシャがジロリと冷たい視線を向けると、カイルは気まずそうに顔を逸らした。
「そ、そこは悪かったけどさ。仲間なんだから助け合いだろ、助け合い」
「野良犬が都合のいいことを言っているが……お前はそれでいいのか、ネリオ?」
ニーシャに話を振られても、ネリオは特に気にした様子もなく肩をすくめた。
「私は別に構いませんよぉ。スカウトに夜番はつきものですからね。必要とあらば、一晩や二晩くらい寝ずに見張ることだってありますし」
「ほらな、プロだぜ!」
「それに――」
カイルが便乗した瞬間、ネリオの口元が、にやりと三日月型に吊り上がる。
「カイル少年には、それ以上に『素晴らしい記事のネタ』を提供していただきましたからねぇ」
「……嫌な予感しかしねぇ」
ネリオは嬉々として、手帳に緻密に描かれたスケッチを見せつける。
「『未踏ダンジョンの夜に何が!? 欲情したふとっちょ商人を巡り、美少年三人が繰り広げる愛の大乱痴気騒ぎ!』――いやぁ、これなら次号の売上三倍は堅いですねぇ! 特にこのカイル少年の艶っぽい喘ぎ顔、なかなかの力作ですよぉ!」
「絶対に記事にするなぁぁぁっ! てか絵が上手すぎて余計にタチ悪いんだよ!」
顔を真っ赤にして手帳を奪おうとするカイルを、ネリオはひらりひらりと闘牛士のようにかわしていく。
「カイルさん。よろしければ、私のお茶を半分お分けしますよ」
昨夜の凄惨な騒動など微塵も感じさせない、聖職者らしい清らかな笑顔でシルヴィオが自分の杯を差し出した。
「僕のもあげるよ! カイルくんの童貞卒業記念で!」
ルチオも無邪気な満面の笑みで杯を持ち上げる。
「ぐっ……お前ら……! いや、それは二人で飲め。俺はあいつから奪いたいんだ」
「なぜボクの茶にこだわる!」
ニーシャが心底嫌そうに顔をしかめた。
朝から始まった言い争いを聞きながら、モーブルは深々と大きな欠伸を噛み殺した。
目の下には昨日以上に濃い隈が浮かび、いつもの脂ぎった顔にも疲労が滲んでいる。
「起きて早々、元気ですなぁ……」
「旦那様、あまり眠れなかったんですか?」
ラースが心配そうに尋ねる。
「昨日は精神的にも肉体的にも過酷すぎたからな……。それにな」
モーブルは腰へ手を当てながら、足元を見下ろした。
「夜中に何度か、地面が揺れておった。気になって、あまり深く眠れんかったのだ」
「揺れた?」
ニーシャが杯を置く。
「見張りからは、何も報告を受けていないが」
「音を立てるほどではありませんでしたぞ。水杯の表面が、ほんのわずかに波打つ程度でな」
「地下のどこかで、小規模な崩落でも起きたんだろう」
ニーシャはさほど気に留める様子もなく、そう結論づけた。
その横で。
ライオットだけが、祭具室の床をじっと見つめていた。
「……まだ動いてる」
「何がだ?」
ニーシャが眉をひそめる。
「道」
ライオットは短く答え、床を指さした。
「もっと下。壁が動いてる」
「…………」
ニーシャの表情が変わる。
「地面の下が見えるとでも言うのか?」
「見えない」
「なら、なぜ分かる?」
「……音がする」
ライオットはわずかに首を傾けた。
聞こえているわけではない。
上級の雷撃魔法使い特有の感覚が、床のさらに奥――地下深くで動く何かを、ぼんやりと捉えているだけだ。
もちろん、それを口にするつもりはなかった。
「石が擦れる音がする。壁が閉じて、別のところが開いてる音」
何食わぬ顔で続けると、一行が静まり返った。
ニーシャも耳を澄ませる。
だが聞こえるのは、寝具を片づける音と、祭壇の傍を流れる地下水の微かな響きだけだった。
「……ボクには何も聞こえないぞ」
「遠いから」
「だから、その遠い音をどうしてお前だけ聞き取れるんだ?」
「…………」
ライオットは少し考えた。
「お店の掃除」
「は?」
「毎日掃除してると、床板とか壁の小さな音が気になるようになるから。ラース先輩に教わった」
「また掃除か!」
ニーシャが苛立たしげに声を上げる。
「何でも掃除で説明できると思うなよ!」
「でも、動いてる」
「根拠が掃除しかないだろう!」
「ライくーん!」
モーブルが慌てて割って入った。
その額には、先ほどまでとは別の意味の汗が浮かんでいる。
「根拠のない不安を口にして、皆を惑わせてはいけませんぞ!」
「……うん」
ライオットは素直に頷いた。
だが、その灰色の瞳はもう一度だけ床へ向けられる。
遥か地下。
見えない石壁の向こうで、何かが確かに動き続けていた。
ニーシャは疑わしそうにモーブルとライオットを見比べる。
だが、これ以上追及しても時間を浪費するだけだと判断したのか、やがて香草茶を飲み干した。
「……まあいい」
「ほっ……」
「第五層へ着けば、道が動いているという話が本当かどうかも分かる」
「そうですな! まずは予定どおり進みましょう!」
モーブルは全力で同意した。
「坊っちゃんの記憶どおりなら、何の問題もありませんぞ!」
「当然だ」
ニーシャはゴツゴツとした岩から立ち上がり、ローブの裾を整えた。
「全員、出発準備を済ませろ。第四層は長居するような場所ではない。昼過ぎまでに抜けるぞ」
◆
祭具室を出た一行は第三層の残りを抜け、第四層へ続く長い石段を下っていった。
下へ進むにつれ、周囲の空気が変わっていく。
「……暑くない?」
ルチオが額の汗を拭った。
「さっきまで寒いくらいだったのに」
「第四層が近いからだ」
先頭を歩くニーシャが答える。
「ここから先は、今までの墓道とはまったく環境が違う」
「環境が違う?」
カイルが聞き返した、その直後。
階段が終わった。
目の前にぽっかりと開いた巨大な石造りの門。
その向こうから、生温かく乾いた風が吹き込んでくる。
「……なんだこりゃ」
カイルが目を見開いた。
第四層。
そこに広がっていたのは――砂漠だった。
地平線まで続いているように錯覚するほど広大な地下空間。
見渡す限り、黄金色の砂丘が幾重にも連なっている。
遥か頭上には岩盤の天井があるはずだが、あまりにも高く、闇の中へ溶け込んでほとんど見えない。
天井や岩壁に点在する発光鉱石が淡い橙色の光を放ち、地下とは思えないほど砂漠全体を明るく照らしていた。
熱を帯びた風が砂を巻き上げ、さらさらと地表を流れていく。
ラースが呆然と呟く。
「地下に……砂漠? どうなってるんでしょうか、これは……」
「ボクにも詳しい仕組みまでは分からない」
ニーシャは砂をひとつまみ拾い、指の間から落としながら難しい顔をする。
「ただ、おそらく古代魔法文明が造った環境再現区画だ。熱、乾燥、風……この砂漠そのものが、何らかの魔導設備で維持されている」
ネリオは早くも手帳を取り出している。
「いやぁ、これはすごいですねぇ! 地下深くに人工砂漠ですか。これだけでも一面記事になりそうですよぉ」
カイルが足元の砂を蹴った。
「で、ここも前は飛んだのか?」
「当然だろ。ボクは時間を無駄にするのが嫌いだ」
「聞いた俺が馬鹿だった」
ニーシャは砂漠の彼方を指した。
幾重にも連なる砂丘の向こう。
遥か遠くに、黒い岩山のようなものが霞んで見えている。
「あの岩山の麓に、第五層へ続く階段がある。飛べば十分ほどだ」
「歩くと?」
「普通に進めば、二、三日はかかるだろうね」
「二、三日!?」
カイルが顔を引きつらせる。
「こんなところ歩いてたら、水が先になくなるだろ!」
「その前に、お前の体力がなくなるんじゃないか?」
「は?」
「試しに歩いてみれば分かる」
ニーシャに促され、カイルは砂地へ足を踏み出した。
一歩。
二歩。
「……うおっ」
三歩目で、足がずぶりと砂へ沈む。
思った以上に深い。
足を抜こうとするたびに砂が崩れ、余計な力を取られる。
「なんだこれ……歩きづれぇ!」
どうにか足を引き抜いて進むが、今度は砂丘の斜面で足元が滑った。
「おっと!」
踏み込んでも砂が逃げる。
普段なら軽々と進める距離なのに、十数歩歩いただけで妙に脚へ負担が溜まっていく。
「こ、これは疲れますね……」
ラースも数歩進んだだけで息を弾ませた。
巨大な背負子を担いでいるアックスに至っては、一歩進むたびに足首近くまで砂へ沈んでいる。
「こりゃあ、普通の道の倍どころじゃなく疲れるだな」
「熱も厄介ですね」
シルヴィオが額の汗を拭う。
「足元からも熱が上がってきています。このまま何時間も歩けば、かなり体力を奪われるでしょう」
「だから準備してある」
ニーシャは当然のようにモーブルを振り返った。
「出せ」
待ってましたと言わんばかりに、モーブルが胸を張る。
「承知しておりますぞ! ラース、例の品だ!」
「はい、旦那様!」
ラースとアックスが荷物を下ろし、中から革製の小さな魔導具を取り出していく。
見た目は、靴の裏へ取りつける薄い板だった。
「なんだ、それ?」
「『
モーブルが得意げに一つ掲げる。
「坊っちゃんから、第四層は砂漠だと事前に聞いておったからな。人数分を用意した」
「そんなもんまで準備してたのか」
モーブルは鼻を鳴らす。
「依頼主が行き先を把握しておるのだ。環境に合わせた装備を用意するのも、優秀なポーターの仕事だ」
「旦那もたまには商人らしく役に立つんだな」
「たまにはとは何だ、たまにはとは!」
全員が魔導具を靴底へ装着する。
「これでいいのか?」
カイルが再び砂を踏んだ。
「……お?」
今度は沈まない。
靴底が砂へ触れた瞬間、その周囲だけがわずかに固まり、まるで締め固められた地面を歩いているような感触に変わる。
斜面へ足を置いても、先ほどのように砂が崩れない。
「おおっ! 普通に歩けるじゃねぇか!」
「足元の砂へ一時的に魔力を通し、踏み込んだ場所だけを固める魔導具だ。沈み込みと滑りをかなり抑えられる」
ネリオも軽く砂丘を駆け上がってみる。
「ん〜、ずいぶん便利ですねぇ。これなら移動速度もかなり違いますね」
「ただし、それでも二、三日歩くつもりはない」
ニーシャが言った。
「え?」
カイルが振り返る。
「さっき二、三日はかかるって言っただろ?」
「普通に歩けば、だ」
ニーシャは砂丘の左手へ杖を向けた。
「こっちへ来い」
一行がニーシャについて砂丘を一つ越える。
その先には、半ば砂に埋もれた石柱が数本、円を描くように立ち並んでいた。
中心には、巨大な円盤状の石床。
表面には、複雑な魔法文字と幾何学模様が幾重にも刻み込まれている。
「わあ……なんか、すごそうなのがあるね」
ルチオが目を輝かせ、円盤を覗き込んだ。
「なにこれ? 遺跡?」
「転移装置だ」
「転移!?」
ニーシャは円盤の縁へ杖を向ける。
「ここに古代文字でそう書いてある。正確には――『砂海横断用・第三転移基点』だ」
「読めるのか、それ?」
カイルが感心半分、疑い半分といった顔をする。
「ボクは天才だからな」
ニーシャは当然のように胸を張った。
「前回、上空を飛んでいる途中でこの遺構を見つけた。そのとき碑文を調べて、転移装置だと分かった」
「じゃあ、これを使えば……」
「ああ」
ニーシャは遥か彼方に見える黒い岩山へ視線を向ける。
「碑文によれば、対になる転移基点があの岩山の手前にある。正常に起動すれば、この砂漠の大半を一気に飛ばせるはずだ」
「そんな便利なもんがあるなら、最初から言えよ!」
「だから今、連れてきただろう」
「そういう意味じゃねぇ!」
カイルが叫ぶ横で、ネリオはすでに円盤の前へしゃがみ込んでいた。
手早く表面の砂を払い、埋もれていた術式を露出させていく。
「なるほど……」
探査針の先を刻まれた溝へ近づけ、魔力の流れを慎重に探る。
「確かに転移系の術式ですねぇ。それも、かなり古い型です。ただ――」
ネリオが眉を寄せた。
「これ、このままでは動きませんよぉ」
「起動できないよう封じられている」
ニーシャが答える。
「前回、少しだけ調べた。魔力回路そのものはまだ生きている。ただ、起動部に複数の封印術式が重ねられているんだ」
「つまり、故障ではないと?」
「ああ」
ニーシャは円盤を見下ろした。
「おそらく誤作動防止か、許可を持たない者に使わせないためのものだろうね」
「なるほど、なるほど」
ネリオの口元が、楽しそうに吊り上がる。
探査針を指先でくるりと回した。
「つまり――ここからは私の出番、というわけですねぇ?」
「そういうことだ」
ニーシャはわずかに顎を上げる。
「カヴェナでも一番と噂されるスカウトなんだろう? その腕、見せてもらおうじゃないか」
「おやおや」
ネリオは目を細め、にやりと笑った。
「ニーシャ様にそこまで期待されているとは。これは張り切らないわけにはいきませんねぇ」
「期待しているとは言ってない」
「またまたぁ。道中でも素直に――」
ネリオはわざとらしく胸へ手を当て、ニーシャの声真似を始める。
「『ネリオ。ボクはお前の実力を高く評価している。さあ、その華麗なる技術を存分に披露してくれ』――くらい言ってくだされば、あたしももっと気分よく働けるんですがねぇ」
「誰がそんなことを言うか!……御託はいいから、さっさと解除しろ」
「はいはい。素直じゃありませんねぇ」
楽しそうに笑いながら、ネリオは探査針を構え直した。
石板の溝へ慎重に針先を滑らせ、奥深くに残る魔力の流れを探っていく。
「一つ目……解除」
カチリ。
石柱の一本が淡く光る。
「二つ目……ここですねぇ」
また一つ。
さらに一つ。
順番に石柱へ光が灯っていく。
「最後は――ここですねぇ」
ネリオが探査針を円盤中央の窪みへ差し込む。
カチン。
乾いた音が響いた、その直後。
ブゥン――。
低い駆動音とともに、円盤を走る幾何学模様が次々と青白く輝き始めた。
やがて無数の光が一本につながり、巨大な転移魔法陣を描き出す。
「はい、解除完了です」
ネリオは満足げに探査針を懐へ収めた。
「全員、円盤の上へ乗れ」
ニーシャの指示に従い、九人が転移陣の中へ入る。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ラースが不安そうにモーブルの袖を掴んだ。
「これ、本当に大丈夫なんですよね!?」
「心配するな!」
モーブルはラースを安心させるように、どんと胸を張る。
「天才であるニーシャ坊っちゃんが大丈夫だと仰っておるのだ。大船に乗ったつもりで――」
「モーブル」
「はい?」
「ちなみに、ボクもこれを使うのは初めてだぞ」
「…………はい?」
モーブルの笑顔が固まった。
「前回は飛んだからね」
「坊っちゃぁぁぁん!? それを先に言ってくだされぇぇぇぇっ!!」
モーブルの絶叫が砂漠に響き渡った、その瞬間。
ブゥン――!
足元の魔法陣が、ひときわ強烈な光を放った。
「えっ!?」
「もう動くの!?」
「お、おい待て! まだ心の準備が――!」
カイルの声も最後まで続かなかった。
青白い光が一気に膨れ上がり、九人の姿を丸ごと呑み込んでいく。
視界が白く染まる。
上下の感覚が消えた。
身体がどこかへ引き抜かれるような、奇妙な浮遊感。
そして――。
誰もいなくなった砂丘に、乾いた風だけが吹き抜けた。
古代の転移装置は、何事もなかったかのように静かに光を失っていった。