モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
「うおっ!?」
カイルは反射的に地面へ手をついた。
つい先ほどまで足元にあった硬い石の円盤は消え、指の間をさらさらと熱い砂がこぼれ落ちていく。
「……ここ、どこだ?」
顔を上げたカイルが辺りを見回した。
ニーシャ。
ネリオ。
シルヴィオとルチオ。
モーブル、ラース、アックス、ライ。
九人全員が揃っている。
どうやら誰一人、古代転移装置の途中で置き去りにはされなかったらしい。
「はぁ……はぁ……」
モーブルだけは砂の上へ四つん這いになり、青ざめた顔で自分の身体を確かめていた。
「腕が二本……脚も二本……頭も一つ……。よし! ちゃんと全部ついておる!」
「当たり前だろ」
ニーシャが呆れたように見下ろす。
「今ではその大半が失われたとはいえ、古代魔法文明の技術は現代より遥かに進んでいたんだ。この程度の転移装置で身体がバラバラになるものか」
「いえいえいえ! 坊っちゃんが一度も試していない千年前の遺物ですぞ!? 転移先へ着いてみたら上半身だけ、下半身は砂漠の反対側――なんてことになっていても、わしは驚きませんぞ!」
「それはもう転移失敗じゃなくて事故だろ」
「旦那様……! ……僕もちゃんと全部ありますよね?」
「ラース! 尻尾を確認しろ!」
「あります!」
「なら無事だ!」
「確認するとこ、そこなの?」
ルチオが首を傾げる。
「まったく、大げさな奴らだな……」
ニーシャは小さくため息をつきながら、改めて周囲へ視線を巡らせた。
もっとも。
その口元には、ほんのわずかに満足そうな笑みが浮かんでいる。
「まあ、結果としては成功だね」
「成功……?」
カイルも砂を払いながら立ち上がり――そこでようやく気づいた。
「おい! 岩山がめちゃくちゃ近くなってるぞ!」
先ほどまで地平線の向こうに霞んでいた黒い岩山。
それが今では、岩肌の凹凸まではっきり見えるほど近くにそびえている。
「すごーい!」
ルチオが歓声を上げ、そのまま砂丘の頂上まで駆け上がった。
「みんな! 本当に一気に進んだよ!」
「碑文どおりなら、砂漠の七割ほどを飛ばしたはずだ。第五層への入り口は、あの岩山の麓だ。ここからなら徒歩でも半刻程度だろう」
カイルの顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ、もうほとんど着いたようなもんじゃねぇか!」
ネリオも転移地点の周囲を見回しながら感心したように頷く。
「いやぁ、古代人様々ですねぇ! これなら砂漠を横断した英雄譚を書く必要もなく――」
「待て」
ニーシャの声が低くなった。
「……なんです?」
「ここから先は、気を抜くな」
先ほどまでとは違う声音。
カイルも笑みを消す。
「何かいるのか?」
「いる」
ニーシャは杖の先を砂丘の向こうへ向けた。
「この転移地点から岩山までの一帯は、
「……結局、戦う可能性はあるのかよ」
「遭遇しなければ戦わずに済む」
「その言い方、絶対遭遇するやつだろ」
「未来予知まではできない」
ニーシャはそう言いながら、足元の砂へ視線を落とした。
「ただし、
杖の先で、さらさらと砂を払う。
「B級危険種の下位。全長二メートル前後。外殻は鉄より硬く、砂中から奇襲して角で獲物を突き上げる」
「B級……」
ラースの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「そ、それって普通に危ない魔獣ですよね?」
「まあね。この砂漠に適応した肉食魔獣だ。寿命も長く、古い個体なら数百年単位で生きる」
「やっぱり普通に危ないやつじゃないですかぁ!」
ラースの悲鳴をよそに、カイルは周囲の砂丘へ警戒の目を走らせた。
自然とエクセリオンの柄へ手が伸びる。
「で、何匹くらいいる?」
「前回確認した限りでは、この一帯に十数体ほど」
「十数体!?」
「全部と戦う必要はない。縄張りを避けながら岩山へ向かえば――」
そこで。
ニーシャの言葉が止まった。
ザザ……。
一行の少し前。
何もなかった砂地が、わずかに盛り上がる。
「…………」
さらに右。
ザザッ。
左。
ザザザッ。
そして――背後。
ザザザザザ……。
いくつもの膨らみが、砂丘の下を高速で移動していた。
しかも、その進路は明らかに一行を取り囲むように狭まっている。
「……ニーシャ」
カイルが剣を抜いた。
「これ、もう避けるとかいう段階じゃなくねぇか?」
「……そのようだね」
ニーシャも静かに杖を構える。
「全員、戦闘準備」
鋭い声が乾いた砂漠へ響いた。
「
ザザザザザッ――!
砂丘の表面を、巨大な膨らみが縦横に走る。
ネリオが即座に数えた。
「右から三! 左から二! 正面に二! 全部で七体です!」
「七体かよ!」
カイルがエクセリオンを正眼に構える。
「慌てるな」
ニーシャは周囲を見渡しながら、杖の先を下げた。
「はっ!」
カイルがエクセリオンを握り直した。
「今度こそ俺の本当の実力、見せてやる! 目ん玉ひん剥いて見てろよ!」
「威勢だけで終わるなよ」
ニーシャは冷ややかに返す。
「カイルとルチオが前衛。シルヴィオは二人の補助。アックスは縄で転倒を狙え。ネリオは腹部が露出するまで撃つな」
「了解!」
「うん!」
「承知しました」
「任せるだ!」
モーブルとラースは後方へ下がり、予備の縄や道具を準備する。
ニーシャも杖こそ手にしているものの、一歩後ろへ退いた。
「いいか。勝手なことはするな。ボクの指示どおりに――」
ドンッ!
正面の砂が爆発した。
「来るぞ!」
砂煙を突き破り、黒褐色の巨大甲虫が飛び出してくる。
人間の胴ほどもある太い角。
鈍い光を弾く重厚な外殻。
六本の脚が砂を蹴り上げる。
一体。
二体。
三体。
左右からも次々と姿を現し、瞬く間に八体の砂鎧甲虫が一行を包囲した。
「カイル! 正面の一体を引きつけろ!」
「おう!」
カイルが前へ出る。
真正面から突っ込んでくる巨大な角。
ぎりぎりまで引きつけ――横へ跳んだ。
「ルチオ、今だ!」
「うん!」
ルチオが側面へ回り込み、小盾を甲虫の横腹へ叩きつける。
正面から受け止めるのではない。
突進の勢いを利用して、進路だけを逸らした。
「アックス!」
「おおっ!」
太い縄が飛ぶ。
輪が前脚へ絡みついた。
「引け!」
「どりゃあっ!」
アックスが渾身の力で縄を引く。
脚を取られた巨大甲虫が砂の上を滑り――。
ドンッ!
豪快に仰向けへ転がった。
「いただきです!」
ヒュンッ!
ネリオの矢が露出した腹部へ突き刺さる。
一体目。
「よし。そのまま――」
ニーシャが次の指示を出そうとした、そのときだった。
「カイルさん、右です!」
シルヴィオの声が飛ぶ。
「っ!」
カイルは考えるより先に右へ跳んだ。
直後。
ズドンッ!
砂中から巨大な角が突き出す。
「うおっ!?」
ほんの一瞬前まで、カイルが立っていた場所だった。
「ルチオ!」
カイルが叫ぶ。
「うん!」
いや。
名前を呼ばれるより、わずかに早かった。
すでにルチオは動いている。
飛び出した甲虫の側面へ回り込み、盾を頭部へ叩きつけた。
ガンッ!
巨体が大きく傾く。
「兄さん!」
「分かっています!」
シルヴィオもまた、声をかけられる前から杖を掲げていた。
「勇気ある者へ、揺るがぬ力を――
白い光がカイルとルチオを同時に包む。
「おらぁっ!」
「えいっ!」
左右から二人が同時に体当たりした。
ドンッ!
巨大甲虫が仰向けへ転がる。
「ネリオ!」
「見えています!」
ヒュンッ!
二体目。
「…………」
ニーシャが眉をひそめた。
今の一連の動き。
自分は、ほとんど何も指示していない。
「カイル!」
「なんだよ!」
「勝手に位置を変えるな!」
「勝手じゃねぇよ! シルヴィオに言われたんだ!」
「ならシルヴィオもだ! 指揮系統を勝手に変えるな!」
その瞬間。
「カイルくん!」
「分かってる!」
ルチオが声を上げるより早く、カイルが踏み込む。
迫っていた三体目の角を紙一重でかわし、エクセリオンの腹で横から叩く。
ガギィンッ!
頭部が大きく逸れた。
「左!」
シルヴィオが叫ぶ。
しかし。
ルチオは、もうそこにいた。
カイルの死角へ回り込み、横から迫っていた別の甲虫を盾で受け流す。
「えっ?」
ルチオ自身が一瞬だけ目を丸くした。
なぜ、自分がそこへ動いたのか。
分からない。
ただ――。
そこへ行かなければならない気がした。
「ルチオ、下がれ!」
「うん!」
カイルが叫ぶ。
同時にルチオが身を沈める。
その頭上をエクセリオンが通過し、甲虫の角を強く打ち払った。
「……なんだ?」
今度はカイルが戸惑った。
妙に動きやすい。
ルチオがどこへ動くのか。
シルヴィオがいつ補助をかけてくるのか。
考えるより先に、身体が分かっているような――。
「カイルさん、そのまま前へ!」
「おう!」
「ルチオ、右へ!」
「うん!」
三人の声が飛び交う。
それなのに、不思議なほど動きがぶつからない。
いや。
それどころか。
一人が動けば、もう一人が自然と空いた場所へ入る。
カイルが敵の注意を引けば、ルチオが死角へ回る。
ルチオが盾で進路を変えれば、その先にはカイルがいる。
二人のどちらかへ攻撃が向けば、シルヴィオの補助魔法が一瞬早く飛ぶ。
「
「今だ!」
「おう!」
ドンッ!
三体目が転倒する。
「お命頂戴です!」
ヒュンッ!
三体目。
「…………」
少し離れた場所で戦況を見ていたモーブルが、怪訝そうに目を細めた。
(あいつら……あんなに戦えたか?)
カイル。
ルチオ。
シルヴィオ。
三人を順番に見る。
レベルが上がったわけではない。
能力値にも、昨日までと目立った変化はない。
にもかかわらず――。
(なんだ、この噛み合いっぷりは……?)
まるで何年も同じパーティーで戦ってきた者たちのようだった。
昨日までなら、カイルが飛び出し。
ルチオが慌てて追い。
シルヴィオが二人を叱りながら補助する。
そんな場面が何度もあった。
それが今は。
「カイルさん!」
「右だろ!」
「はい!」
「ルチオ!」
「もういるよ!」
言葉すら最後まで必要としていない。
「アックスのおっさん、次だ!」
「任せるだ!」
カイルが敵を誘導する。
ルチオが盾で向きを変える。
その進路へアックスが縄を投げる。
絡んだ瞬間。
「引け!」
「どりゃあっ!」
転倒。
「はい、一丁上がり」
ネリオの矢。
四体目。
「次!」
五体目。
六体目。
次々と倒れていく。
ニーシャは一度も魔法を使わない。
杖を握ったまま。
ただ、戦況を見ている。
何度か指示を出した。
「カイル、下がれ!」
だが。
「大丈夫だ! なんか知らねぇけど、今の俺、めちゃくちゃ調子いい!」
「待て! 二体を分けてから――」
「ルチオ!」
「うん!」
「おい!」
ニーシャの制止を聞かず、二人は走った。
残った二体の砂鎧甲虫が同時に突進してくる。
「カイルさん、三歩左です!」
シルヴィオが叫んだ。
カイルは迷わない。
一歩。
二歩。
三歩。
左へ。
ドドンッ!
一体目がすぐ横を通り抜ける。
その先には――。
「よいしょっ!」
ルチオ。
盾を斜めに当てる。
ガギィンッ!
突進の勢いを殺さず、その方向だけを変える。
巨体が大きく傾いた。
「今!」
「おう!」
カイルが横腹へ飛び蹴りを叩き込む。
「
まるでその瞬間を知っていたかのように、シルヴィオの補助魔法が重なる。
ドォンッ!
巨大甲虫がひっくり返った。
ネリオの矢が腹部を射抜く。
残り一体。
「ルチオ! 後ろだ!」
ニーシャが叫ぶ。
「大丈夫! カイルくんがいるから!」
ルチオは振り返らなかった。
その言葉どおり。
「おっらぁっ!」
カイルが横から飛び込み、エクセリオンの腹で甲虫の角を叩き逸らした。
「カイルさん、そのまま!」
「分かってる!」
「ルチオ、反対側へ!」
「うん!」
二人が左右から挟み込む。
グラッ。
巨大な身体が傾く。
しかし――。
「くっ!」
わずかに足りない。
巨体が踏ん張った。
「カイルさん!」
シルヴィオが杖を向ける。
その瞬間。
カイルとルチオが同時に踏み込んだ。
「おおおおっ!」
「ええいっ!」
ドンッ!!
最後の砂鎧甲虫が、仰向けに倒れた。
「今です!」
ヒュンッ!
ネリオの矢が柔らかな腹部へ突き刺さる。
巨大甲虫が六本の脚を激しく震わせ――。
やがて。
動かなくなった。
「…………」
乾いた風が、砂丘を撫でていく。
「……終わった?」
ルチオが盾を下ろした。
「ん! 七体とも沈黙です!」
ネリオが弓を下ろす。
「す、すごい……!」
ラースが目を輝かせた。
「今回はニーシャ様が魔法を一度も使ってないのに、B級魔獣を七体も倒しちゃいました!」
「やったな!」
「やったね!」
ぱんっ!
カイルとルチオが手を打ち合わせる。
シルヴィオも安堵したように微笑んだ。
「お二人とも、お怪我は?」
「俺は平気!」
「僕も!」
「…………」
その三人を。
ニーシャだけが険しい顔で見つめていた。
「……随分と楽しそうだね」
「ん?」
カイルが振り返る。
「なんだよ。勝ったんだからいいだろ?」
「勝ったから?」
ニーシャの眉がぴくりと動く。
「ボクは途中で何度命令した?」
「は?」
「『下がれ』『待て』『位置を変えるな』。何度も言ったはずだ」
「でも、結果的には上手くいっただろ」
「そういう問題じゃない!」
鋭い声が飛んだ。
先ほどまで笑っていたルチオも口を閉じる。
「確かに、お前たちは七体を倒した。ボクは一度も魔法を使っていない。戦力として見れば、十分以上の結果だよ」
「じゃあ何が不満なんだよ」
「指揮下の部隊としては失格だと言っている!」
「……は?」
「ボクは全体を見て指示を出している。それを前衛が勝手に無視して、その場の感覚だけで作戦を変える。今回は偶然うまくいったからいい。だが次も同じ保証がどこにある?」
「偶然じゃねぇよ」
カイルの声が低くなった。
「……何?」
「俺たちはちゃんと互いを見て動いてた」
「だから、それを偶然だと言っているんだ」
「違ぇよ!」
カイルが言い返す。
「なんつーか……俺にもよく分かんねぇけどさ。今日はルチオがどこに動くか、なんとなく分かったんだ。シルヴィオがいつ魔法をかけてくれるかも」
「僕も」
ルチオが不思議そうに頷いた。
「カイルくんが次にどっちへ動くのか、なんとなく分かった」
「私もです」
シルヴィオも自分の杖を見つめる。
「お二人が危険になる瞬間が、普段より少し早く分かったような……」
「…………」
ニーシャが三人を見る。
「そんな曖昧な感覚を、戦術と呼ぶな」
「でも勝っただろ!」
「結果だけで判断するな!」
ニーシャが言い切った。
「重要なのは再現性だ! 今回たまたま噛み合ったからといって、次も同じようにいく保証はない!」
「…………」
「これから先は第四層より危険になる。A級の魔獣だって出てくる。そんな場所で『なんとなく分かった』なんて理由で命令を無視されたら、本当に死人が出るぞ」
カイルの表情から笑みが消える。
「……分かったよ」
エクセリオンを鞘へ戻す。
「次から気をつけりゃいいんだろ」
「何度も言わせるな」
ニーシャは冷たく言い放った。
「次に命令を破ったら、今度こそ置いていく。役に立たない者を連れたまま深層へ進むつもりはない」
「…………」
カイルの眉がわずかに動く。
「あのさ、天才サマよぉ――」
カイルが低い声でそう言って、ニーシャをまっすぐ見据えた。
「あんまり自分が全部正しいって思い込んでると、そのうち足元すくわれるぞ」
「何?」
二人の視線がぶつかる。
「カイルさん」
その間へ、シルヴィオの静かな声が割って入った。
「今はやめておきましょう」
「……ちっ」
カイルは舌打ちし、顔を逸らす。
ニーシャもそれ以上は追及しなかった。
だが――。
先ほどまで確かにあった勝利の余韻の中へ、ほんの小さな棘が一本。
抜けることなく、深く残った。