※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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第七十話 ニーシャの愛の誓いと未踏のダンジョン攻略⑧

「うおっ!?」

 

 カイルは反射的に地面へ手をついた。

 つい先ほどまで足元にあった硬い石の円盤は消え、指の間をさらさらと熱い砂がこぼれ落ちていく。

 

「……ここ、どこだ?」

 

 顔を上げたカイルが辺りを見回した。

 

 ニーシャ。

 ネリオ。

 シルヴィオとルチオ。

 モーブル、ラース、アックス、ライ。

 九人全員が揃っている。

 どうやら誰一人、古代転移装置の途中で置き去りにはされなかったらしい。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 モーブルだけは砂の上へ四つん這いになり、青ざめた顔で自分の身体を確かめていた。

 

「腕が二本……脚も二本……頭も一つ……。よし! ちゃんと全部ついておる!」

 

「当たり前だろ」

 

 ニーシャが呆れたように見下ろす。

 

「今ではその大半が失われたとはいえ、古代魔法文明の技術は現代より遥かに進んでいたんだ。この程度の転移装置で身体がバラバラになるものか」

 

「いえいえいえ! 坊っちゃんが一度も試していない千年前の遺物ですぞ!? 転移先へ着いてみたら上半身だけ、下半身は砂漠の反対側――なんてことになっていても、わしは驚きませんぞ!」

 

「それはもう転移失敗じゃなくて事故だろ」

 

「旦那様……! ……僕もちゃんと全部ありますよね?」

 

「ラース! 尻尾を確認しろ!」

 

「あります!」

 

「なら無事だ!」

 

「確認するとこ、そこなの?」

 

 ルチオが首を傾げる。

 

「まったく、大げさな奴らだな……」

 

 ニーシャは小さくため息をつきながら、改めて周囲へ視線を巡らせた。

 もっとも。

 その口元には、ほんのわずかに満足そうな笑みが浮かんでいる。

 

「まあ、結果としては成功だね」

 

「成功……?」

 

 カイルも砂を払いながら立ち上がり――そこでようやく気づいた。

 

「おい! 岩山がめちゃくちゃ近くなってるぞ!」

 

 先ほどまで地平線の向こうに霞んでいた黒い岩山。

 それが今では、岩肌の凹凸まではっきり見えるほど近くにそびえている。

 

「すごーい!」

 

 ルチオが歓声を上げ、そのまま砂丘の頂上まで駆け上がった。

 

「みんな! 本当に一気に進んだよ!」

 

「碑文どおりなら、砂漠の七割ほどを飛ばしたはずだ。第五層への入り口は、あの岩山の麓だ。ここからなら徒歩でも半刻程度だろう」

 

 カイルの顔がぱっと明るくなる。

 

「じゃあ、もうほとんど着いたようなもんじゃねぇか!」

 

 ネリオも転移地点の周囲を見回しながら感心したように頷く。

 

「いやぁ、古代人様々ですねぇ! これなら砂漠を横断した英雄譚を書く必要もなく――」

 

「待て」

 

 ニーシャの声が低くなった。

 

「……なんです?」

 

「ここから先は、気を抜くな」

 

 先ほどまでとは違う声音。

 カイルも笑みを消す。

 

「何かいるのか?」

 

「いる」

 

 ニーシャは杖の先を砂丘の向こうへ向けた。

 

「この転移地点から岩山までの一帯は、砂鎧甲虫(スカラベ)の縄張りだ」

 

「……結局、戦う可能性はあるのかよ」

 

「遭遇しなければ戦わずに済む」

 

「その言い方、絶対遭遇するやつだろ」

 

「未来予知まではできない」

 

 ニーシャはそう言いながら、足元の砂へ視線を落とした。

 

「ただし、砂鎧甲虫(スカラベ)は砂中へ潜る。姿が見えないからといって、近くにいないとは限らない」

 

 杖の先で、さらさらと砂を払う。

 

「B級危険種の下位。全長二メートル前後。外殻は鉄より硬く、砂中から奇襲して角で獲物を突き上げる」

 

「B級……」

 

 ラースの顔から、みるみる血の気が引いていく。

 

「そ、それって普通に危ない魔獣ですよね?」

 

「まあね。この砂漠に適応した肉食魔獣だ。寿命も長く、古い個体なら数百年単位で生きる」

 

「やっぱり普通に危ないやつじゃないですかぁ!」

 

 ラースの悲鳴をよそに、カイルは周囲の砂丘へ警戒の目を走らせた。

 自然とエクセリオンの柄へ手が伸びる。

 

「で、何匹くらいいる?」

 

「前回確認した限りでは、この一帯に十数体ほど」

 

「十数体!?」

 

「全部と戦う必要はない。縄張りを避けながら岩山へ向かえば――」

 

 そこで。

 ニーシャの言葉が止まった。

 

 ザザ……。

 一行の少し前。

 何もなかった砂地が、わずかに盛り上がる。

 

「…………」

 

 さらに右。

 ザザッ。

 

 左。

 ザザザッ。

 

 そして――背後。

 ザザザザザ……。

 

 いくつもの膨らみが、砂丘の下を高速で移動していた。

 しかも、その進路は明らかに一行を取り囲むように狭まっている。

 

「……ニーシャ」

 

 カイルが剣を抜いた。

 

「これ、もう避けるとかいう段階じゃなくねぇか?」

 

「……そのようだね」

 

 ニーシャも静かに杖を構える。

 

「全員、戦闘準備」

 

 鋭い声が乾いた砂漠へ響いた。

 

「砂鎧甲虫(スカラベ)が来るぞ」

 

 ザザザザザッ――!

 砂丘の表面を、巨大な膨らみが縦横に走る。

 ネリオが即座に数えた。

 

「右から三! 左から二! 正面に二! 全部で七体です!」

 

「七体かよ!」

 

 カイルがエクセリオンを正眼に構える。

 

「慌てるな」

 

 ニーシャは周囲を見渡しながら、杖の先を下げた。

 

「はっ!」

 

 カイルがエクセリオンを握り直した。

 

「今度こそ俺の本当の実力、見せてやる! 目ん玉ひん剥いて見てろよ!」

 

「威勢だけで終わるなよ」

 

 ニーシャは冷ややかに返す。

 

「カイルとルチオが前衛。シルヴィオは二人の補助。アックスは縄で転倒を狙え。ネリオは腹部が露出するまで撃つな」

 

「了解!」

 

「うん!」

 

「承知しました」

 

「任せるだ!」

 

 モーブルとラースは後方へ下がり、予備の縄や道具を準備する。

 ニーシャも杖こそ手にしているものの、一歩後ろへ退いた。

 

「いいか。勝手なことはするな。ボクの指示どおりに――」

 

 ドンッ!

 正面の砂が爆発した。

 

「来るぞ!」

 

 砂煙を突き破り、黒褐色の巨大甲虫が飛び出してくる。

 人間の胴ほどもある太い角。

 鈍い光を弾く重厚な外殻。

 六本の脚が砂を蹴り上げる。

 

 一体。

 二体。

 三体。

 左右からも次々と姿を現し、瞬く間に八体の砂鎧甲虫が一行を包囲した。

 

「カイル! 正面の一体を引きつけろ!」

 

「おう!」

 

 カイルが前へ出る。

 真正面から突っ込んでくる巨大な角。

 ぎりぎりまで引きつけ――横へ跳んだ。

 

「ルチオ、今だ!」

 

「うん!」

 

 ルチオが側面へ回り込み、小盾を甲虫の横腹へ叩きつける。

 正面から受け止めるのではない。

 突進の勢いを利用して、進路だけを逸らした。

 

「アックス!」

 

「おおっ!」

 

 太い縄が飛ぶ。

 輪が前脚へ絡みついた。

 

「引け!」

 

「どりゃあっ!」

 

 アックスが渾身の力で縄を引く。

 脚を取られた巨大甲虫が砂の上を滑り――。

 ドンッ!

 豪快に仰向けへ転がった。

 

「いただきです!」

 

 ヒュンッ!

 ネリオの矢が露出した腹部へ突き刺さる。

 一体目。

 

「よし。そのまま――」

 

 ニーシャが次の指示を出そうとした、そのときだった。

 

「カイルさん、右です!」

 

 シルヴィオの声が飛ぶ。

 

「っ!」

 

 カイルは考えるより先に右へ跳んだ。

 直後。

 ズドンッ!

 砂中から巨大な角が突き出す。

 

「うおっ!?」

 

 ほんの一瞬前まで、カイルが立っていた場所だった。

 

「ルチオ!」

 

 カイルが叫ぶ。

 

「うん!」

 

 いや。

 名前を呼ばれるより、わずかに早かった。

 すでにルチオは動いている。

 飛び出した甲虫の側面へ回り込み、盾を頭部へ叩きつけた。

 ガンッ!

 巨体が大きく傾く。

 

「兄さん!」

 

「分かっています!」

 

 シルヴィオもまた、声をかけられる前から杖を掲げていた。

 

「勇気ある者へ、揺るがぬ力を――聖力の加護(ホーリー・ブレス)!」

 

 白い光がカイルとルチオを同時に包む。

 

「おらぁっ!」

 

「えいっ!」

 

 左右から二人が同時に体当たりした。

 ドンッ!

 巨大甲虫が仰向けへ転がる。

 

「ネリオ!」

 

「見えています!」

 

 ヒュンッ!

 二体目。

 

「…………」

 

 ニーシャが眉をひそめた。

 今の一連の動き。

 自分は、ほとんど何も指示していない。

 

「カイル!」

 

「なんだよ!」

 

「勝手に位置を変えるな!」

 

「勝手じゃねぇよ! シルヴィオに言われたんだ!」

 

「ならシルヴィオもだ! 指揮系統を勝手に変えるな!」

 

 その瞬間。

 

「カイルくん!」

 

「分かってる!」

 

 ルチオが声を上げるより早く、カイルが踏み込む。

 迫っていた三体目の角を紙一重でかわし、エクセリオンの腹で横から叩く。

 ガギィンッ!

 頭部が大きく逸れた。

 

「左!」

 

 シルヴィオが叫ぶ。

 しかし。

 ルチオは、もうそこにいた。

 カイルの死角へ回り込み、横から迫っていた別の甲虫を盾で受け流す。

 

「えっ?」

 

 ルチオ自身が一瞬だけ目を丸くした。

 なぜ、自分がそこへ動いたのか。

 分からない。

 ただ――。

 そこへ行かなければならない気がした。

 

「ルチオ、下がれ!」

 

「うん!」

 

 カイルが叫ぶ。

 同時にルチオが身を沈める。

 その頭上をエクセリオンが通過し、甲虫の角を強く打ち払った。

 

「……なんだ?」

 

 今度はカイルが戸惑った。

 妙に動きやすい。

 ルチオがどこへ動くのか。

 シルヴィオがいつ補助をかけてくるのか。

 考えるより先に、身体が分かっているような――。

 

「カイルさん、そのまま前へ!」

 

「おう!」

 

「ルチオ、右へ!」

 

「うん!」

 

 三人の声が飛び交う。

 それなのに、不思議なほど動きがぶつからない。

 いや。

 それどころか。

 一人が動けば、もう一人が自然と空いた場所へ入る。

 カイルが敵の注意を引けば、ルチオが死角へ回る。

 ルチオが盾で進路を変えれば、その先にはカイルがいる。

 二人のどちらかへ攻撃が向けば、シルヴィオの補助魔法が一瞬早く飛ぶ。

 

「聖力の加護(ホーリー・ブレス)!」

 

「今だ!」

 

「おう!」

 

 ドンッ!

 三体目が転倒する。

 

「お命頂戴です!」

 

 ヒュンッ!

 三体目。

 

「…………」

 

 少し離れた場所で戦況を見ていたモーブルが、怪訝そうに目を細めた。

 

(あいつら……あんなに戦えたか?)

 

 カイル。

 ルチオ。

 シルヴィオ。

 

 三人を順番に見る。

 レベルが上がったわけではない。

 能力値にも、昨日までと目立った変化はない。

 にもかかわらず――。

 

(なんだ、この噛み合いっぷりは……?)

 

 まるで何年も同じパーティーで戦ってきた者たちのようだった。

 昨日までなら、カイルが飛び出し。

 ルチオが慌てて追い。

 シルヴィオが二人を叱りながら補助する。

 そんな場面が何度もあった。

 それが今は。

 

「カイルさん!」

 

「右だろ!」

 

「はい!」

 

「ルチオ!」

 

「もういるよ!」

 

 言葉すら最後まで必要としていない。

 

「アックスのおっさん、次だ!」

 

「任せるだ!」

 

 カイルが敵を誘導する。

 ルチオが盾で向きを変える。

 その進路へアックスが縄を投げる。

 絡んだ瞬間。

 

「引け!」

 

「どりゃあっ!」

 

 転倒。

 

「はい、一丁上がり」

 

 ネリオの矢。

 四体目。

 

「次!」

 

 五体目。

 六体目。

 次々と倒れていく。

 

 ニーシャは一度も魔法を使わない。

 杖を握ったまま。

 ただ、戦況を見ている。

 何度か指示を出した。

 

「カイル、下がれ!」

 

 だが。

 

「大丈夫だ! なんか知らねぇけど、今の俺、めちゃくちゃ調子いい!」

 

「待て! 二体を分けてから――」

 

「ルチオ!」

 

「うん!」

 

「おい!」

 

 ニーシャの制止を聞かず、二人は走った。

 残った二体の砂鎧甲虫が同時に突進してくる。

 

「カイルさん、三歩左です!」

 

 シルヴィオが叫んだ。

 カイルは迷わない。

 

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 左へ。

 

 ドドンッ!

 

 一体目がすぐ横を通り抜ける。

 その先には――。

 

「よいしょっ!」

 

 ルチオ。

 盾を斜めに当てる。

 

 ガギィンッ!

 突進の勢いを殺さず、その方向だけを変える。

 巨体が大きく傾いた。

 

「今!」

 

「おう!」

 

 カイルが横腹へ飛び蹴りを叩き込む。

 

「聖力の加護(ホーリー・ブレス)!」

 

 まるでその瞬間を知っていたかのように、シルヴィオの補助魔法が重なる。

 

 ドォンッ!

 巨大甲虫がひっくり返った。

 ネリオの矢が腹部を射抜く。

 

 残り一体。

 

「ルチオ! 後ろだ!」

 

 ニーシャが叫ぶ。

 

「大丈夫! カイルくんがいるから!」

 

 ルチオは振り返らなかった。

 その言葉どおり。

 

「おっらぁっ!」

 

 カイルが横から飛び込み、エクセリオンの腹で甲虫の角を叩き逸らした。

 

「カイルさん、そのまま!」

 

「分かってる!」

 

「ルチオ、反対側へ!」

 

「うん!」

 

 二人が左右から挟み込む。

 グラッ。

 巨大な身体が傾く。

 

 しかし――。

 

「くっ!」

 

 わずかに足りない。

 巨体が踏ん張った。

 

「カイルさん!」

 

 シルヴィオが杖を向ける。

 その瞬間。

 カイルとルチオが同時に踏み込んだ。

 

「おおおおっ!」

 

「ええいっ!」

 

 ドンッ!!

 最後の砂鎧甲虫が、仰向けに倒れた。

 

「今です!」

 

 ヒュンッ!

 ネリオの矢が柔らかな腹部へ突き刺さる。

 巨大甲虫が六本の脚を激しく震わせ――。

 やがて。

 動かなくなった。

 

「…………」

 

 乾いた風が、砂丘を撫でていく。

 

「……終わった?」

 

 ルチオが盾を下ろした。

 

「ん! 七体とも沈黙です!」

 

 ネリオが弓を下ろす。

 

「す、すごい……!」

 

 ラースが目を輝かせた。

 

「今回はニーシャ様が魔法を一度も使ってないのに、B級魔獣を七体も倒しちゃいました!」

 

「やったな!」

 

「やったね!」

 

 ぱんっ!

 カイルとルチオが手を打ち合わせる。

 シルヴィオも安堵したように微笑んだ。

 

「お二人とも、お怪我は?」

 

「俺は平気!」

 

「僕も!」

 

「…………」

 

 その三人を。

 ニーシャだけが険しい顔で見つめていた。

 

「……随分と楽しそうだね」

 

「ん?」

 

 カイルが振り返る。

 

「なんだよ。勝ったんだからいいだろ?」

 

「勝ったから?」

 

 ニーシャの眉がぴくりと動く。

 

「ボクは途中で何度命令した?」

 

「は?」

 

「『下がれ』『待て』『位置を変えるな』。何度も言ったはずだ」

 

「でも、結果的には上手くいっただろ」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 鋭い声が飛んだ。

 先ほどまで笑っていたルチオも口を閉じる。

 

「確かに、お前たちは七体を倒した。ボクは一度も魔法を使っていない。戦力として見れば、十分以上の結果だよ」

 

「じゃあ何が不満なんだよ」

 

「指揮下の部隊としては失格だと言っている!」

 

「……は?」

 

「ボクは全体を見て指示を出している。それを前衛が勝手に無視して、その場の感覚だけで作戦を変える。今回は偶然うまくいったからいい。だが次も同じ保証がどこにある?」

 

「偶然じゃねぇよ」

 

 カイルの声が低くなった。

 

「……何?」

 

「俺たちはちゃんと互いを見て動いてた」

 

「だから、それを偶然だと言っているんだ」

 

「違ぇよ!」

 

 カイルが言い返す。

 

「なんつーか……俺にもよく分かんねぇけどさ。今日はルチオがどこに動くか、なんとなく分かったんだ。シルヴィオがいつ魔法をかけてくれるかも」

 

「僕も」

 

 ルチオが不思議そうに頷いた。

 

「カイルくんが次にどっちへ動くのか、なんとなく分かった」

 

「私もです」

 

 シルヴィオも自分の杖を見つめる。

 

「お二人が危険になる瞬間が、普段より少し早く分かったような……」

 

「…………」

 

 ニーシャが三人を見る。

 

「そんな曖昧な感覚を、戦術と呼ぶな」

 

「でも勝っただろ!」

 

「結果だけで判断するな!」

 

 ニーシャが言い切った。

 

「重要なのは再現性だ! 今回たまたま噛み合ったからといって、次も同じようにいく保証はない!」

 

「…………」

 

「これから先は第四層より危険になる。A級の魔獣だって出てくる。そんな場所で『なんとなく分かった』なんて理由で命令を無視されたら、本当に死人が出るぞ」

 

 カイルの表情から笑みが消える。

 

「……分かったよ」

 

 エクセリオンを鞘へ戻す。

 

「次から気をつけりゃいいんだろ」

 

「何度も言わせるな」

 

 ニーシャは冷たく言い放った。

 

「次に命令を破ったら、今度こそ置いていく。役に立たない者を連れたまま深層へ進むつもりはない」

 

「…………」

 

 カイルの眉がわずかに動く。

 

「あのさ、天才サマよぉ――」

 

 カイルが低い声でそう言って、ニーシャをまっすぐ見据えた。

 

「あんまり自分が全部正しいって思い込んでると、そのうち足元すくわれるぞ」

 

「何?」

 

 二人の視線がぶつかる。

 

「カイルさん」

 

 その間へ、シルヴィオの静かな声が割って入った。

 

「今はやめておきましょう」

 

「……ちっ」

 

 カイルは舌打ちし、顔を逸らす。

 ニーシャもそれ以上は追及しなかった。

 だが――。

 先ほどまで確かにあった勝利の余韻の中へ、ほんの小さな棘が一本。

 抜けることなく、深く残った。

 

 

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