※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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第七十三話 ニーシャの愛の誓いと未踏のダンジョン攻略⑪

 第五層の迷宮を抜け、一行は第六層へ続く石段を降りていた。

 

 先を行くネリオの背を、杖の明かりが照らしている。ニーシャはその数段後ろを、壁に手を添えながら歩いていた。足を下ろすたびに膝が重い。隣のカイルも、今は先へ行こうとせず、歩調を合わせている。

 

 乾いた靴音が、階段の奥へ響いた。

 

「……やはり、おかしい」

 

「何がだよ?」

 

 ニーシャは壁に添えていた手を離した。指先には白っぽい埃がついている。

 

「前に来たときは、この辺りまで水音が聞こえていた。壁も濡れていて、足元に気をつけないと滑るほどだったんだ」

 

 杖を低く差し出す。

 明かりの届く先まで、石段は乾いていた。耳を澄ませても、水音はしない。仲間の足音と、荷物の留め具が擦れる音ばかりだった。

 

「第六層は地下水路と墓廊が入り組んでる。水に浸からずに通れる場所を探すのが面倒でね。階段までこうなっているなら……」

 

「また作り変えられてるってことか」

 

「そのつもりでいた方がいい。前の道順は当てにするなよ」

 

 第五層では、確かめたはずの通路が背後で閉じた。古い地図どころか、つい先ほど通った道さえ役に立たなかったのだ。

 

 先頭のネリオが足を止め、下を覗き込んだ。

 

「出口が見えましたよぉ。ただ……妙に明るいですねぇ」

 

 階段の先が、白く照らされている。

 松明の揺らめきはない。降りるにつれて石壁の継ぎ目まで見えるようになり、最後の数段では、ニーシャの杖が落とす光も分からなくなった。

 

 出口をくぐった一行は、その場に立ち止まった。

 

「え、うそぉ……!?」

 

 ルチオが目を丸くした。

 カイルも口を開けたまま、目の前の光景を見ている。

 

「……は? 町ぃ?」

 

 石畳の大通りが延びていた。

 

 両側には二階建ての家々が軒を連ね、パン屋や酒場の看板が下がっている。雑貨屋の隣には薬屋があり、開いた窓から女が敷布を払っていた。通りの先では噴水が水を吹き上げ、その縁に腰かけた男が、靴についた泥を落としている。

 

 店先を歩く人がいる。

 荷車を押す人がいる。

 路地から飛び出してきた子供が、後ろを振り返りながら笑っている。

 

 カヴェナの町角にもありそうな、昼下がりの光景だった。

 

「だ、旦那さま。上を見てください……!」

 

 モーブルの傍らで、ラースが顔を上げた。

 

「空があります!」

 

 屋根の向こうには青空が広がっていた。

 白い雲が流れ、その切れ間から日が差している。ラースは眩しそうに手をかざした。長く暗がりを歩いてきた目に、白壁の照り返しが痛いほどだった。

 

「人もいるし……地上に出たのかな? さっきの階段、出口だったんじゃない?」

 

 ルチオの声が弾んだ。

 

「降りてきたんだぞ、ボクたちは」

 

「でも、途中でどこかにつながったとか……」

 

 ニーシャはすぐには答えず、背後の階段を振り返った。

 暗い石段が上へ続いている。そこから仲間が最後の荷物を運び下ろしてくるのを確かめ、再び空を見た。

 

「……まず、あれを調べる。誰も離れるなよ」

 

 杖を持ち上げると、肩に鈍い痛みが走った。ニーシャは両手で柄を支え、先端を頭上へ向けた。

 

「《魔力解析(マナ・アナライズ)》」

 

 青白い光が杖先に灯る。

 薄い光の帯が扇状に広がり、屋根を越えて空へ伸びていった。

 

 雲を追っていたニーシャの視線が止まった。次いで、太陽へと移る。

 しばらくして、眉間の皺が深くなった。

 

「……ずいぶん贅沢な仕掛けだね」

 

「何か分かったのか?」

 

「空も雲も、あの太陽も幻影だ。頭上の空間に映し出している」

 

「じゃあ、この暖かいのも気のせい?」

 

 ルチオが日向に出した腕をさすった。

 

「いや。そこまで手をかけてる」

 

 ニーシャは杖を下ろし、空いた手を差し出した。

 日に当たる手の甲が暖かい。通りを風が抜け、汗の残った首筋を冷やしていった。

 

「光と温度を調整して、風まで起こしているんだ。地下にいながら、地上と同じように過ごせるようにね」

 

「そ、そんなことができるんですか?」

 

 ラースが尋ねた。

 

「狭い部屋で、短時間なら。けど、見てみろよ。向こうの屋根の先まで続いてる」

 

 ニーシャが杖先で町の奥を示す。

 家々の煙突も、遠くに見える塔も、同じ日差しを浴びていた。

 

「町一つを覆って、これだけの術を同時に維持する。その魔力をどこから持ってきているんだ……?」

 

 最後は、ほとんど独り言だった。

 

 カイルはもう一度空を仰いだ。

 雲の影が通りを横切り、足元が少し暗くなる。すぐに日が戻ってきた。

 

「そこまでして、地下に町を造りたかったのかよ」

 

 答える者はいなかった。

 通りの向こうから、客を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「建物も気になりますねぇ」

 

 ネリオが手帳を開いた。

 出口の脇から通りを見渡し、近くの家を描き留めている。

 

「窓枠に屋根の形、それに雨樋。どれも今の町で見かけるものですよぉ。看板の文字も読めますしねぇ」

 

 パン屋の看板には、丸いパンの絵と店名が記されていた。古代文字ではない。カヴェナの店先に下がっていても、誰も気に留めないだろう。

 

「古代の町が、そのまま残っていたわけではなさそうです」

 

「……前に来たときには、建物なんて一軒もなかったよ」

 

 ニーシャは杖を握り直した。

 

「少し進もう。ネリオ、先を見て。路地にはまだ入らないで」

 

「承知しましたよぉ」

 

 ネリオが通りへ出る。

 ニーシャたちも続いたが、ほどなくモーブルが雑貨屋の前で足を止めた。

 

「……こいつは、どういうことだ」

 

 入口には『旅人の雑貨店』と書かれた木製看板が下がっている。

 モーブルは戸口から店内を覗いていた。

 

「旦那も何か見つけたのか?」

 

「商品の並べ方だ」

 

「並べ方?」

 

「手前に石鹸や縄、奥に高い品。入口の棚を低くして、通りからでも奥まで見えるようにしてある」

 

 カイルも横から覗き込んだ。

 確かに、日用品の棚越しに、留め金のついた革鞄や小さな飾り箱が見えた。

 

「何か変なのか?」

 

「いや。最近、こうする店が増えておる。石鹸一つ買いに来た客にも、ほかの品を見てもらえるからな」

 

「旦那の店でもやればいいじゃん」

 

「今は商売の相談をしておるんじゃない」

 

 いつもなら説明を続けるところを、モーブルは切り上げた。

 隣の薬屋へ、さらに向こうの店へと目を移す。

 

「建物だけではない。客に物を売る工夫まで、今の店と同じなんだ。ここを造った者は、地上の暮らしをずいぶんよく知っておる」

 

「……地上と、行き来しているのでしょうか」

 

 シルヴィオが声を落とした。

 

「そこまでは分からん。だが、昔の遺跡だからといって、昔のものしか出てこんとは思わん方がよさそうだ」

 

 ニーシャは大通りの先を見た。

 

 以前は、身を屈めなければ通れない墓廊があった。靴を濡らさないよう、水路の縁を歩いたことも覚えている。

 今はその辺りを、買い物籠を提げた女が歩いていた。店先の知人に呼び止められ、足を止めている。

 

「ニーシャ様が最後に訪れてから、これだけの町を造ったということですか?」

 

「……そういうことになるね」

 

 女たちの笑い声が届いた。

 ニーシャはそちらを見たまま、杖を持つ手を緩めなかった。

 

 一行の後ろで、ライオットが足を止めた。

 

 石畳の隙間に、灰黒色の筋が覗いている。

 

 第五層にもあった、血管に似た筋だった。石の下で枝分かれし、建物の基礎へ絡みついている。ライオットはその先を目で追った。筋は軒下を這い、日の届かない路地へ続いていた。

 

 内部が、紫色に明滅した。

 

 光は足元を通り抜け、雑貨屋の敷居の下へ消えた。

 店の奥では、主人が棚の品を並べ直している。

 

 ライオットは靴先を引いた。

 

 噴水の水音と呼び込みの声に紛れて、石畳の下から微かな震えが伝わってきた。

 

◆

 

 一行は、大通りを進んだ。

 

 ニーシャは杖を手放さず、建物の窓や路地の入口へ目を配っていた。

 カイルも隣で剣の柄に手を置き、曲がり角の向こうを確かめている。

 

 その警戒が、パン屋の前で露骨に鈍った。

 

「いらっしゃい! 今、焼けたところだよ!」

 

 店先の女が、籠いっぱいの丸パンを並べていた。

 こんがり焼けた皮には白い粉が残り、一つを割ると、ふわりと湯気が立った。

 香ばしい匂いに釣られ、カイルの顔がそちらへ向く。

 肩が向き、ついには足まで向きかけたところで、ニーシャが袖を掴んだ。

 

「おい。どこへ行く」

 

「店の中を調べようと思ってよ。ほら、怪しいもんがあるかもしれねぇだろ」

 

「その怪しいものは、焼きたてか?」

 

「……よく分かったな」

 

「お前、罠に肉でも吊ってあったら真っ先に引っかかるだろ」

 

「馬鹿にすんな。紐くらい確かめるわ!」

 

「餌から離れるという選択肢はないのか!」

 

 店先の女が、腹を抱えて笑った。

 

「仲がいいねぇ、あんたたち!」

 

「どこがだよ!」

 

 二人の声が揃った。

 女はますます笑い、粉のついた手を振る。

 

「はいはい。帰りに寄っておくれ! まだまだ焼くからね!」

 

 ニーシャに袖を引かれ、カイルは通りへ戻った。

 

「……一個くらい、いくらか聞いてもよかっただろ」

 

「後ろ髪を引かれるな。パン相手に」

 

 広場では、買い物籠を提げた女たちが立ち話をしていた。

 噴水の縁に腰かけた老人が、走り回る子供に「水際でふざけるな」と声を張る。

 その横を、荷車を押す男がこちらへ向かってきた。

 

 カイルが口を閉じ、ニーシャも杖を持つ手に力を込めた。

 荷台には木箱が積まれ、中身は見えない。

 車輪が石畳の継ぎ目に乗り上げ、箱ががたんと鳴った。

 

「ちょいと、通してもらえるかね」

 

 一行は道の端へ寄った。

 

「すまんね、助かるよ」

 

 男は頭を下げ、そのまま荷車を押していった。

 箱が開くことも、男が振り返ることもない。車輪の音は遠ざかり、やがて角の向こうへ消えた。

 

「……何もしてこねぇな」

 

「してほしいのか?」

 

「んなわけねぇだろ。さっきの階じゃ、あの箱が目の前で爆ぜてもおかしくなかったじゃねえか」

 

「声が大きい。聞こえたらどうする」

 

「悪ぃ。でもよ……」

 

 カイルは荷車が消えた角を、もう一度見た。

 

「普通に礼まで言われると、こっちが悪いことしてる気になってくるな」

 

「謝りに戻るなよ」

 

「戻らねぇよ!」

 

 先に脇道を確かめたネリオが、角から手招きした。

 一行も続き、別の通りへ抜ける。

 モーブルは後ろへ目を配り、アックスの背負子が軒先の看板に引っかからないよう、手で押さえて通した。

 

 石畳は動かない。

 建物の陰を覗いても、積まれた薪や空の桶があるだけだ。

 ネリオが足を止めて調べた扉も、ただの物置だった。

 

 武装した九人連れを物珍しそうに見る住人はいる。

 だが、目が合えば会釈をするか、連れとの話に戻っていった。

 

 薬屋の前では、客が小さな包みをつまんでいた。

 

「前に買ったときより高くないかい?」

 

「前のは小さい方ですよ。ほら、こちら」

 

「中身は同じなんだろ?」

 

「量が違います」

 

「じゃあ、大きい方を小さい方の値段でおくれよ」

 

 モーブルが、嫌そうな顔をした。

 

「……どこにでもおるな、ああいう客は」

 

「親しみが湧きましたかぁ?」

 

 ネリオが横から覗き込む。

 

「店主の苦労にはな」

 

 酒場の前では、袖をまくった男が石畳へ水を撒いていた。

 一行に気づくと桶を傾ける手を止め、「足元、滑るからね」と声をかける。

 全員が通り過ぎてから、また水音が始まった。

 

 ライオットが振り返った。

 濡れた石畳を箒で擦る男の手元を、じっと見ている。

 

「……あの箒、使いやすそう」

 

「ライくん。今はお掃除の勉強は結構ですからな」

 

「……うん」

 

 返事はしたが、角を曲がるまで箒を見ていた。

 

「……ほんとに、普通に暮らしてるね」

 

 ルチオが声を落とした。

 

「アンデッドの気配もしないし。シルヴィは何か感じる?」

 

「……ううん。私にも、今のところは」

 

 シルヴィオは、桶を持って酒場へ戻る男を見送った。

 

「でも、気配がしないから安全だとは、まだ言えないよ」

 

「分かってる。剣はしまわないでおく」

 

「振り回すのもだめだからね。さっきから、人がすぐそばを通ってるんだから」

 

「しないってば。子供じゃないんだから」

 

 そう言ってから、ルチオは剣先を少し下げた。

 

 ニーシャは頭上を見た。

 魔力で作られた雲が屋根を越え、通りに薄い影を落としている。

 日差しが戻ると、窓辺の女が干していた布を裏返した。

 

 第五層では、立ち止まる暇さえなかった。

 ここでは立ち止まっても、誰も襲ってこない。

 背後の道も開いたままで、遠くからはパン屋の呼び込みが聞こえている。

 

 二階の窓から、住人がこちらを見下ろした。

 

 ニーシャが見返すと、その男は軽く顎を引いて会釈した。

 やがて室内から呼ばれたらしく、顔を引っ込める。窓は開いたままだった。

 

「ニーシャ?」

 

 カイルに呼ばれ、ようやく視線を戻した。

 

「……行くぞ」

 

 杖を握り続けていた手のひらが、汗で湿っていた。

 

 

 

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