モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
第五層の迷宮を抜け、一行は第六層へ続く石段を降りていた。
先を行くネリオの背を、杖の明かりが照らしている。ニーシャはその数段後ろを、壁に手を添えながら歩いていた。足を下ろすたびに膝が重い。隣のカイルも、今は先へ行こうとせず、歩調を合わせている。
乾いた靴音が、階段の奥へ響いた。
「……やはり、おかしい」
「何がだよ?」
ニーシャは壁に添えていた手を離した。指先には白っぽい埃がついている。
「前に来たときは、この辺りまで水音が聞こえていた。壁も濡れていて、足元に気をつけないと滑るほどだったんだ」
杖を低く差し出す。
明かりの届く先まで、石段は乾いていた。耳を澄ませても、水音はしない。仲間の足音と、荷物の留め具が擦れる音ばかりだった。
「第六層は地下水路と墓廊が入り組んでる。水に浸からずに通れる場所を探すのが面倒でね。階段までこうなっているなら……」
「また作り変えられてるってことか」
「そのつもりでいた方がいい。前の道順は当てにするなよ」
第五層では、確かめたはずの通路が背後で閉じた。古い地図どころか、つい先ほど通った道さえ役に立たなかったのだ。
先頭のネリオが足を止め、下を覗き込んだ。
「出口が見えましたよぉ。ただ……妙に明るいですねぇ」
階段の先が、白く照らされている。
松明の揺らめきはない。降りるにつれて石壁の継ぎ目まで見えるようになり、最後の数段では、ニーシャの杖が落とす光も分からなくなった。
出口をくぐった一行は、その場に立ち止まった。
「え、うそぉ……!?」
ルチオが目を丸くした。
カイルも口を開けたまま、目の前の光景を見ている。
「……は? 町ぃ?」
石畳の大通りが延びていた。
両側には二階建ての家々が軒を連ね、パン屋や酒場の看板が下がっている。雑貨屋の隣には薬屋があり、開いた窓から女が敷布を払っていた。通りの先では噴水が水を吹き上げ、その縁に腰かけた男が、靴についた泥を落としている。
店先を歩く人がいる。
荷車を押す人がいる。
路地から飛び出してきた子供が、後ろを振り返りながら笑っている。
カヴェナの町角にもありそうな、昼下がりの光景だった。
「だ、旦那さま。上を見てください……!」
モーブルの傍らで、ラースが顔を上げた。
「空があります!」
屋根の向こうには青空が広がっていた。
白い雲が流れ、その切れ間から日が差している。ラースは眩しそうに手をかざした。長く暗がりを歩いてきた目に、白壁の照り返しが痛いほどだった。
「人もいるし……地上に出たのかな? さっきの階段、出口だったんじゃない?」
ルチオの声が弾んだ。
「降りてきたんだぞ、ボクたちは」
「でも、途中でどこかにつながったとか……」
ニーシャはすぐには答えず、背後の階段を振り返った。
暗い石段が上へ続いている。そこから仲間が最後の荷物を運び下ろしてくるのを確かめ、再び空を見た。
「……まず、あれを調べる。誰も離れるなよ」
杖を持ち上げると、肩に鈍い痛みが走った。ニーシャは両手で柄を支え、先端を頭上へ向けた。
「《
青白い光が杖先に灯る。
薄い光の帯が扇状に広がり、屋根を越えて空へ伸びていった。
雲を追っていたニーシャの視線が止まった。次いで、太陽へと移る。
しばらくして、眉間の皺が深くなった。
「……ずいぶん贅沢な仕掛けだね」
「何か分かったのか?」
「空も雲も、あの太陽も幻影だ。頭上の空間に映し出している」
「じゃあ、この暖かいのも気のせい?」
ルチオが日向に出した腕をさすった。
「いや。そこまで手をかけてる」
ニーシャは杖を下ろし、空いた手を差し出した。
日に当たる手の甲が暖かい。通りを風が抜け、汗の残った首筋を冷やしていった。
「光と温度を調整して、風まで起こしているんだ。地下にいながら、地上と同じように過ごせるようにね」
「そ、そんなことができるんですか?」
ラースが尋ねた。
「狭い部屋で、短時間なら。けど、見てみろよ。向こうの屋根の先まで続いてる」
ニーシャが杖先で町の奥を示す。
家々の煙突も、遠くに見える塔も、同じ日差しを浴びていた。
「町一つを覆って、これだけの術を同時に維持する。その魔力をどこから持ってきているんだ……?」
最後は、ほとんど独り言だった。
カイルはもう一度空を仰いだ。
雲の影が通りを横切り、足元が少し暗くなる。すぐに日が戻ってきた。
「そこまでして、地下に町を造りたかったのかよ」
答える者はいなかった。
通りの向こうから、客を呼ぶ声が聞こえてきた。
「建物も気になりますねぇ」
ネリオが手帳を開いた。
出口の脇から通りを見渡し、近くの家を描き留めている。
「窓枠に屋根の形、それに雨樋。どれも今の町で見かけるものですよぉ。看板の文字も読めますしねぇ」
パン屋の看板には、丸いパンの絵と店名が記されていた。古代文字ではない。カヴェナの店先に下がっていても、誰も気に留めないだろう。
「古代の町が、そのまま残っていたわけではなさそうです」
「……前に来たときには、建物なんて一軒もなかったよ」
ニーシャは杖を握り直した。
「少し進もう。ネリオ、先を見て。路地にはまだ入らないで」
「承知しましたよぉ」
ネリオが通りへ出る。
ニーシャたちも続いたが、ほどなくモーブルが雑貨屋の前で足を止めた。
「……こいつは、どういうことだ」
入口には『旅人の雑貨店』と書かれた木製看板が下がっている。
モーブルは戸口から店内を覗いていた。
「旦那も何か見つけたのか?」
「商品の並べ方だ」
「並べ方?」
「手前に石鹸や縄、奥に高い品。入口の棚を低くして、通りからでも奥まで見えるようにしてある」
カイルも横から覗き込んだ。
確かに、日用品の棚越しに、留め金のついた革鞄や小さな飾り箱が見えた。
「何か変なのか?」
「いや。最近、こうする店が増えておる。石鹸一つ買いに来た客にも、ほかの品を見てもらえるからな」
「旦那の店でもやればいいじゃん」
「今は商売の相談をしておるんじゃない」
いつもなら説明を続けるところを、モーブルは切り上げた。
隣の薬屋へ、さらに向こうの店へと目を移す。
「建物だけではない。客に物を売る工夫まで、今の店と同じなんだ。ここを造った者は、地上の暮らしをずいぶんよく知っておる」
「……地上と、行き来しているのでしょうか」
シルヴィオが声を落とした。
「そこまでは分からん。だが、昔の遺跡だからといって、昔のものしか出てこんとは思わん方がよさそうだ」
ニーシャは大通りの先を見た。
以前は、身を屈めなければ通れない墓廊があった。靴を濡らさないよう、水路の縁を歩いたことも覚えている。
今はその辺りを、買い物籠を提げた女が歩いていた。店先の知人に呼び止められ、足を止めている。
「ニーシャ様が最後に訪れてから、これだけの町を造ったということですか?」
「……そういうことになるね」
女たちの笑い声が届いた。
ニーシャはそちらを見たまま、杖を持つ手を緩めなかった。
一行の後ろで、ライオットが足を止めた。
石畳の隙間に、灰黒色の筋が覗いている。
第五層にもあった、血管に似た筋だった。石の下で枝分かれし、建物の基礎へ絡みついている。ライオットはその先を目で追った。筋は軒下を這い、日の届かない路地へ続いていた。
内部が、紫色に明滅した。
光は足元を通り抜け、雑貨屋の敷居の下へ消えた。
店の奥では、主人が棚の品を並べ直している。
ライオットは靴先を引いた。
噴水の水音と呼び込みの声に紛れて、石畳の下から微かな震えが伝わってきた。
◆
一行は、大通りを進んだ。
ニーシャは杖を手放さず、建物の窓や路地の入口へ目を配っていた。
カイルも隣で剣の柄に手を置き、曲がり角の向こうを確かめている。
その警戒が、パン屋の前で露骨に鈍った。
「いらっしゃい! 今、焼けたところだよ!」
店先の女が、籠いっぱいの丸パンを並べていた。
こんがり焼けた皮には白い粉が残り、一つを割ると、ふわりと湯気が立った。
香ばしい匂いに釣られ、カイルの顔がそちらへ向く。
肩が向き、ついには足まで向きかけたところで、ニーシャが袖を掴んだ。
「おい。どこへ行く」
「店の中を調べようと思ってよ。ほら、怪しいもんがあるかもしれねぇだろ」
「その怪しいものは、焼きたてか?」
「……よく分かったな」
「お前、罠に肉でも吊ってあったら真っ先に引っかかるだろ」
「馬鹿にすんな。紐くらい確かめるわ!」
「餌から離れるという選択肢はないのか!」
店先の女が、腹を抱えて笑った。
「仲がいいねぇ、あんたたち!」
「どこがだよ!」
二人の声が揃った。
女はますます笑い、粉のついた手を振る。
「はいはい。帰りに寄っておくれ! まだまだ焼くからね!」
ニーシャに袖を引かれ、カイルは通りへ戻った。
「……一個くらい、いくらか聞いてもよかっただろ」
「後ろ髪を引かれるな。パン相手に」
広場では、買い物籠を提げた女たちが立ち話をしていた。
噴水の縁に腰かけた老人が、走り回る子供に「水際でふざけるな」と声を張る。
その横を、荷車を押す男がこちらへ向かってきた。
カイルが口を閉じ、ニーシャも杖を持つ手に力を込めた。
荷台には木箱が積まれ、中身は見えない。
車輪が石畳の継ぎ目に乗り上げ、箱ががたんと鳴った。
「ちょいと、通してもらえるかね」
一行は道の端へ寄った。
「すまんね、助かるよ」
男は頭を下げ、そのまま荷車を押していった。
箱が開くことも、男が振り返ることもない。車輪の音は遠ざかり、やがて角の向こうへ消えた。
「……何もしてこねぇな」
「してほしいのか?」
「んなわけねぇだろ。さっきの階じゃ、あの箱が目の前で爆ぜてもおかしくなかったじゃねえか」
「声が大きい。聞こえたらどうする」
「悪ぃ。でもよ……」
カイルは荷車が消えた角を、もう一度見た。
「普通に礼まで言われると、こっちが悪いことしてる気になってくるな」
「謝りに戻るなよ」
「戻らねぇよ!」
先に脇道を確かめたネリオが、角から手招きした。
一行も続き、別の通りへ抜ける。
モーブルは後ろへ目を配り、アックスの背負子が軒先の看板に引っかからないよう、手で押さえて通した。
石畳は動かない。
建物の陰を覗いても、積まれた薪や空の桶があるだけだ。
ネリオが足を止めて調べた扉も、ただの物置だった。
武装した九人連れを物珍しそうに見る住人はいる。
だが、目が合えば会釈をするか、連れとの話に戻っていった。
薬屋の前では、客が小さな包みをつまんでいた。
「前に買ったときより高くないかい?」
「前のは小さい方ですよ。ほら、こちら」
「中身は同じなんだろ?」
「量が違います」
「じゃあ、大きい方を小さい方の値段でおくれよ」
モーブルが、嫌そうな顔をした。
「……どこにでもおるな、ああいう客は」
「親しみが湧きましたかぁ?」
ネリオが横から覗き込む。
「店主の苦労にはな」
酒場の前では、袖をまくった男が石畳へ水を撒いていた。
一行に気づくと桶を傾ける手を止め、「足元、滑るからね」と声をかける。
全員が通り過ぎてから、また水音が始まった。
ライオットが振り返った。
濡れた石畳を箒で擦る男の手元を、じっと見ている。
「……あの箒、使いやすそう」
「ライくん。今はお掃除の勉強は結構ですからな」
「……うん」
返事はしたが、角を曲がるまで箒を見ていた。
「……ほんとに、普通に暮らしてるね」
ルチオが声を落とした。
「アンデッドの気配もしないし。シルヴィは何か感じる?」
「……ううん。私にも、今のところは」
シルヴィオは、桶を持って酒場へ戻る男を見送った。
「でも、気配がしないから安全だとは、まだ言えないよ」
「分かってる。剣はしまわないでおく」
「振り回すのもだめだからね。さっきから、人がすぐそばを通ってるんだから」
「しないってば。子供じゃないんだから」
そう言ってから、ルチオは剣先を少し下げた。
ニーシャは頭上を見た。
魔力で作られた雲が屋根を越え、通りに薄い影を落としている。
日差しが戻ると、窓辺の女が干していた布を裏返した。
第五層では、立ち止まる暇さえなかった。
ここでは立ち止まっても、誰も襲ってこない。
背後の道も開いたままで、遠くからはパン屋の呼び込みが聞こえている。
二階の窓から、住人がこちらを見下ろした。
ニーシャが見返すと、その男は軽く顎を引いて会釈した。
やがて室内から呼ばれたらしく、顔を引っ込める。窓は開いたままだった。
「ニーシャ?」
カイルに呼ばれ、ようやく視線を戻した。
「……行くぞ」
杖を握り続けていた手のひらが、汗で湿っていた。