※この作品はR-18です。

モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~   作:とけそうだら

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第七十四話 ニーシャの愛の誓いと未踏のダンジョン攻略⑫

 いくつかの通りを確かめたところで、ニーシャが足を止めた。

 額に浮いた汗を袖で拭い、杖を持ち替える。

 

「……一旦休む。このまま歩き回っても、無駄に消耗するだけだ」

 

「大賛成! 俺も腹減って死にそうなんだよ」

 

 カイルが待ってましたとばかりに即答する。

 

「お前の腹に意見を求めた覚えはないんだけど」

 

「あのなぁ。第五層であんだけ死線を潜り抜けたんだぞ。腹くらい減るだろ!」

 

「ボクはお前が死ぬそうになるたびに、何度も魔法を撃ち続けていたんだけど?」

 

「だから一緒に休もうって言ってんだよ! 休憩するだけで、何でいちいちお前に揚げ足取られなきゃなんねぇんだよ!」

 

「まあまあ。飯の前からそんだけ騒いだら、余計に腹が減るだよ」

 

 見かねたアックスが、小柄な体を揺らして二人の間に口を挟んだ。

 だが、その顔はいつになく重い。

 背負子の肩紐をぎゅっと握り直し、申し訳なさそうに二人を見比べる。

 

「その飯のことで、話しておかにゃならんことがあるだ」

 

「……何?」

 

「おらが背負ってた食料、第五層で駄目になっちまった。あの燃えた包みだ。パンも燻製肉も、調味料も……全部燃えちまっただよ」

 

 カイルの顔から、ぱっと血の気が引いた。

 

「はぁ!? 嘘だろ!? あれ、全部俺たちの飯だったのか!?」

 

「すぐ下ろして火は消したけんど……炭になっちまって、食えるようなもんは残らねぇだ」

 

「一番大事な荷物じゃねぇか……!」

 

 カイルが頭を抱える横で、ニーシャが険しい声で背後を振り返る。

 

「モーブル。どれだけ残っている?」

 

「わしの荷に分けておいた分があります。ですが……九人で食べるとなると、もってあと二日といったところですな」

 

「二日……」

 

 ニーシャは唇を引き結んだ。

 帰還石は使えず、戻る道も塞がれている。

 ここから先に何日かかるか、今は見当もつかない。

 

「別にいいじゃん。ここ、町だろ。食料なんてここで補給していけばいいじゃんか」

 

 空気を読まないカイルのあっけらかんとした発言に、ニーシャは氷のような視線を突き刺した。

 

「だからお前は駄犬なんだ。なんでこんな、どう考えても怪しい地下の町で食料を補給しようという考えになるんだ」

 

「うっ……でも、パン屋とかあったし……」

 

「正体不明の遺跡のパンを食って、お前がどうなろうと知ったことじゃないが、腹を壊して足手まといになることだけは許さないからな」

 

 カイルの楽観論を一刀両断し、ニーシャは小さく息を吐いた。

 

「……残りの食料を厳密に分けて、計画的に消費するしかないな」

 

「ええ。荷を分散しておいて正解でしたな。全部アックスに持たせておったら、今ごろ九人仲良く飢え死にのカウントダウンでしたぞ」

 

 モーブルの言葉に、ニーシャは杖を握り直した。

 食料が燃えた直接の原因は、自分の放った魔法だ。

 ニーシャは少しだけ顔を背け、誰にともなく言い訳するように口を開いた。

 

「ボクのせいじゃない……! あの数を止めるには、通路ごと炎で塞ぐしかなかったんだ。ほかの魔法じゃ間に合わなかった」

 

「分かってるって」

 

 カイルはあっさり頷いた。

 

「あそこで止めてくれなきゃ、俺たち飯どころじゃなかった。助かったよ、ニーシャ」

 

「……ふん。当然だ。お前たちまで倒れたら、残りを全部ボク一人で片づける羽目になるだろ」

 

 ニーシャはそっぽを向いたが、ほんの少しだけ声の棘が和らいでいた。

 

「へいへい。これからも働くから、まずは飯をくれ。旦那、何が残ってんだ?」

 

「固焼きパンに干し肉、それにひよこ豆だ」

 

「おっ! いつもの冒険者定食か! よーし、腹いっぱい食ってやるぞ!」

 

 今しがた『あと二日分しかない』と聞いたばかりだというのに、能天気に喜ぶカイルを見て、ニーシャは心底呆れたように鼻を鳴らした。

 

「お前は本当に、腹に入れば何でもいいんだね。野良犬は餌代が安く済んで羨ましいよ」

 

「その野良犬と同じ飯を食うんだぞ、お貴族サマも。ご自慢の高級菓子も果汁水も、昨日全部焼けちまったんだからな」

 

「おい、忌々しい記憶を思い出させるなよ」

 

「思い出すだけで済む坊っちゃんが羨ましいですな。わしは帰ってから、損失を一品ずつ帳簿に書くんですぞ」

 

 モーブルが太い腹をさすった。

 

「高級セットに続いて、今度は保存食。食費の帳簿が、そのまま火災の被害届になりますわい」

 

「……燃えた分までボクに請求するつもり?」

 

「仕入れ代は払っておりますので。品物が灰になっても、勘定までは消えませんぞ」

 

「昨日の騒ぎを起こしたのは、お前たちだろう。依頼主が風呂に入っている間に羽目を外して。ずいぶん気楽な仕事だったね」

 

「うぐっ……。そ、それにつきましては、すでに深く反省を――」

 

「なら、反省文を帳簿に貼っておけ。菓子も風呂も、代金は払わないからね」

 

「そんな殺生な! あの風呂がどれだけ重かったとお思いで!? わしは山道でも階段でも、坊っちゃんに快適にお過ごしいただこうと、歯を食いしばって運んできたんですぞ!」

 

「運んでいる間は真面目だったんだね」

 

「着いてからも真面目に働いておりましたとも! ほんの少々、気が緩んだだけで――」

 

「その『ほんの少々』の勘定を、ボクに回すなと言ってるんだ」

 

 モーブルは口を開いたまま、言葉に詰まった。

 ニーシャは顎を上げ、追い打ちをかける。

 

「赤字が嫌なら、得意の交渉で何とかしたら? カヴェナ一の商人なんだろう」

 

「その交渉を、今まさに坊っちゃんとしておるんですがね!?」

 

「そう。では交渉決裂だ」

 

「少しくらい歩み寄ってくだされぇ!」

 

 頭を抱えるモーブルを冷たくあしらい、ニーシャは再び通りを見渡した。

 

「……ともかく、休む場所の確保が先だ。内部と出入口の安全を確かめてから、見張りを置く。こんな吹き晒しの路上で荷を広げるのは御免だ」

 

「でしたら、あちらはいかがでしょうか。今のところ、不浄な気配も感じません」

 

 シルヴィオが杖の先で示したのは、通りに面した三階建ての立派な宿屋だった。

 軒先には銀色の鹿が描かれた木看板が下がり、『銀鹿亭』という文字が読み取れる。

 入口脇の磨かれた大きな窓からは、清潔な卓と椅子が並ぶ食堂が見えた。

 

「ネリオ。中を探ってこい。裏口の確認も忘れるなよ」

 

「はいはい。お部屋の下見ですねぇ。眺めのお好みはございますか?」

 

「安全な逃げ道が確保できる部屋だ」

 

「なるほど。宿の広告にはいささか載せにくい長所ですねぇ」

 

 ネリオは手帳をしまい、通りを渡った。

 扉を少し開けて声をかけ、返事を待つ間に戸口と床を確かめる。それから身を滑らせるように中へ入った。

 

 一行は宿屋から少し離れて待った。

 やがて二階の窓が開き、ネリオがひっこりと顔を出す。

 

「裏の通りへ抜けられますよぉ。一階の食堂も空いてます」

 

「人は?」

 

「見かけたのは、妙齢の美しい女主人一人だけですよぉ。中を確かめたいと申し上げたら、ご丁寧に案内してくださいました」

 

「……案内?」

 

「ええ。お部屋をお探しですか、と。おかげで階段も廊下も、遠慮なく確かめられましたよぉ」

 

 ネリオは窓枠に手を置いた。

 

「寝台も自慢だそうです。朝までぐっすり眠れますよ、と勧められました」

 

「起きたら荷物が消えておる、という寝心地ではなかろうな」

 

「山ゴリさんの場合、金貨の袋を抱いて寝るのでしょう? 盗む方も大仕事ですねぇ」

 

「ふん、寝首を掻きに来た盗人なんぞ、この百三十キロの欲張りボディで敷き布団にしてくれるわ! ……ったく、下らん冗談を言っとらんで、宿の安全を心配せんか!」

 

「はいはい。見た範囲では、罠や不審な仕掛けはありません。ただ、休むなら入口と裏口に見張りを置きましょう」

 

「分かった。降りてこい」

 

 ニーシャが言うと、一階の扉が開いた。

 

「よろしければ、中でご相談なさいませんか?」

 

 顔を出したのは、栗色の髪を後ろでまとめた、ハッとするほど艶やかな女主人だった。

 清潔な白いブラウスを身につけているが、その下にある暴力的なまでの豊かな双丘が、生地をはち切れんばかりに押し上げている。

 動くたびに豊満な胸元がたわわに揺れ、ボタンの隙間から深い谷間がちらりと覗いた。

 

「お疲れでしょう。お食事だけでも結構ですよ」

 

 ふわりと微笑む女主人の胸元が、ふくよかな質量をもって再びプルンと揺れた。

 

 その瞬間、カイルの背筋が鋼のようにピーンッと跳ね上がった。

 視線は胸元へ完全に吸着され、だらしなく伸びた鼻の下からは今にも涎が垂れそうだ。

 

《ぶほぉおおおッ!? なんだあのケシカラン爆乳はぁぁぁ! おい小僧、見ろ! 布地をぶち破りそうな魔峰が二つ並んで揺れてんぞ!》

 

 腰の鞘のなかで、魔剣エクセリオンが刀身をブルンブルンと震わせながら下品な歓声を上げた。

 カイルは内心で(黙ってろ!)と魔剣の柄を肘で小突きつつ、慌てて跳ねていた前髪を手で撫でつけ、どこから出しているのか分からないような無駄に低い声(イケボ)を作って襟元を直した。

 

「どうも。冒険者のカイル・バイロードです。ちょっと遠くから来たもんで」

 

「まあ、かわいらしい冒険者さんね。道中は魔獣が多くて大変だったでしょう?」

 

 女主人に小首を傾げられ、またしてもブラウスの胸元が暴力的に強調される。

 

《うひょーっ! 傾いた! 谷間がさらに深くなりやがったぜ! あそこに挟まれたら一瞬で昇天確実の絶景だぁ!》

 

「えへへへへぇ♡ いやぁ、場数を踏んでますから。俺にかかれば、これくらい朝飯前というか――」

 

「さっき腹が減って死ぬと喚いていたのはどこの駄犬だ」

 

「今その話いらねぇだろ!」

 

 カイルはニーシャへ振り向きかけ、慌てて女主人へ向き直った。

 

「その、少し休ませてもらえたらありがたいな、と。仲間も疲れてますし……俺が守ってやらなきゃいけないんで」

 

「もちろん。皆さんご一緒にどうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

 打算と欲望に満ちた返事だけは、町の誰よりも元気よく響き渡った。

 吸い寄せられるようにカイルが一歩踏み出した瞬間、そのつま先へ、ニーシャのブーツが容赦なく真上からめり込んだ。

 

「痛ぇっ!? なんだよニーシャ!」

 

「まだ入ると決めてない」

 

「話くらい聞いたって減るもんじゃねぇだろ!」

 

「話を聞く前に足を踏み出していただろうが。それに、視線の行き先が露骨すぎて見ていられない」

 

 女主人は二人を見て、くすりと笑った。

 その振動でまた胸がたわわに揺れる。

 

《揺れたぁぁぁ! おい小僧、あのプルプル感は国宝級だぞ! 拝んどけ、一生モンだ!》

 

「本日は鶏肉と豆の煮込みをご用意しています。パンも焼き上がったところですから」

 

「むほほー♡ 最高のおっぱ――いえ、それは素晴らしいメシですね!」

 

 あからさまな言い間違いに、二階の窓からネリオが耐えきれずに吹き出した。

 

「おやおやぁ! カイル少年、年上の美女を前に急に紳士ぶっちゃって! いやぁ、若者の本能ってのは実に見事なまでに正直ですねぇ!」

 

「うっせぇな! 降りてくるんじゃなかったのかよ!」

 

「はいはい。お熱い視線と下心のお邪魔をしては野暮ですからねぇ」

 

 ネリオがひらひらと手を振って窓の奥へ引っ込む。

 カイルはコホンとわざとらしく咳払いをし、女主人へ向けてこれ以上ないほどの愛想笑いを浮かべた。

 

「すみません、うちの連中が騒がしくて」

 

「お前が一番うるさくて不純だ」

 

 ニーシャは服を掴んだまま、耳元で続けた。

 

「いいか。中へ入っても、ボクが料理の安全を確かめるまで絶対に口にするなよ」

 

「分かってるって。俺だってそこまで頭の中お花畑じゃねぇよ」

 

《そうだぜ小僧! メシなんぞ後回しにして、まずはあの熟れた果実のような肉体を隅々まで吟味――ぶへっ!?》

 

 カイルが咄嗟に柄を強く押し込んで魔剣の口を塞ぐ。

 

「ややこしくなるから、お前は黙ってろっての……!」

 

 小声で悪態をついた直後、女主人が胸元をたわわに揺らしながら、ふわりと柔らかく微笑みかけてくる。

 その破壊力に、カイルの顔面筋は瞬時に崩壊し、またしても鼻の下を限界まで伸ばしてヘラヘラと笑い返した。

 

「……おい。ボクの話、ちゃんと聞いていたのか?」

 

「聞いてる聞いてる。すっげぇ大きい……いや、香ばしいパンのいい匂いがしてきたなぁって」

 

「こっちを向いて、ボクの目を真っ直ぐ見て言ってみろ。この発情期の駄犬」

 

◆

 

 女主人は扉を開け、たわわな胸を豊かに揺らしながら一行を中へ招き入れた。

 

「皆様で九名ですね。お荷物も、どうぞそのままお持ちくださいませ」

 

 ふわりと微笑みかける女主人の前で、カイルは荒い鼻息を漏らし、だらしなく口を半開きにしていた。

 あろうことか両手で露骨に股間を押さえ、もじもじと落ち着きなく下半身をくねらせている。

 ニーシャがそのスネを容赦なく蹴り飛ばすと、「いってぇ!?」と情けない悲鳴を上げてようやく現実に戻ってきた。

 

 ニーシャは呆れ果ててため息をつき、入口で足を止めた。

 カウンターの後ろには部屋の鍵が並び、開いた宿帳の脇には羽根ペンが置かれている。

 隣の食堂には大きな卓が三つ。

 窓から差す偽物の太陽の光が、ピカピカに拭き上げられた天板を照らしていた。

 

 厨房からは、食欲をそそる煮物の匂いが漂ってくる。

 女主人は扉に手を添えたまま、たおやかな微笑みを浮かべてこちらが動くのを待っていた。

 

「……恐ろしいくらい、本当に普通の宿屋だな」

 

 カイルが引きつった顔と緩んだ鼻の下を混在させながら呟くと、女主人が軽く首を傾げた。

 その拍子に、ブラウスのボタンがはち切れんばかりに引っ張られる。

 

「看板が分かりにくかったでしょうか?」

 

「あっ、いや! すっげぇ立派で、その……すっげぇ大きくて柔らかそうだなぁ、って! 宿が!」

 

「ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくり」

 

 カイルがデレデレとだらしなく頷く横で、ニーシャが冷ややかな声で口を開いた。

 

「食堂で少し休みたい。泊まるかどうかは、その後で決めるよ」

 

「かしこまりました。食堂のご利用は、皆様で銀貨二枚になります。お食事は別ですが、よろしいですか?」

 

「マダム。後から泊まることにしたら、その二枚はどうなるのですかな?」

 

 モーブルがすかさず守銭奴の顔を覗かせて尋ねた。

 

「お部屋代から差し引かせていただきますよ」

 

「結構。では、まず休ませてもらいますかな」

 

 財布から銀貨を二枚取り出し、カウンターへ置く。

 女主人はそれを確かめると、宿帳の脇の小さな帳面へさらさらと書きつけた。

 前かがみになるたびに強調される深い谷間から、カイルは一秒たりとも視線を外さない。

 

「お泊まりの際はこちらで分かりますので、改めてお申し出くださいませ。お席は奥の卓をどうぞ」

 

 女主人が優雅な足取りで食堂へ案内する。

 アックスとモーブルが壁際へ背負子を下ろすと、床板が低く軋んだ。

 ラースが荷の傾きを直し、水筒を取り出す。

 

 ニーシャは奥の通路へ目を向けた。

 

「ネリオ、アックス。表と裏を見ていてくれ。食事になったら交代する」

 

「はいはい。では、あたしは窓際で通りを見ておりますよぉ」

 

「裏はおらが見とくだ」

 

 二人が持ち場につくのを確かめ、ニーシャも椅子へ腰を下ろした。

 杖を膝のそばへ寄せ、ラースの差し出した水筒を受け取る。

 喉を潤してようやく、張り詰めていた肩から少しだけ力が抜けた。

 

「煮込みでしたら、すぐにお出しできますよ」

 

 女主人の艶やかな声に、カイルが弾かれたように顔を上げた。

 

「じゃあ、さっきの鶏肉のやつを――」

 

「先に一人分だ」

 

 ニーシャが冷酷に遮った。

 

「まずは見せてもらえるかな? 残りはそれから決めるよ」

 

「ええ、もちろん。量もご覧になって決めてくださいね」

 

 女主人はニコリと頷き、厨房へ戻っていった。

 

「……おいおい、九人で一人前を囲むのかよ」

 

「調べるためだ。お前は皿の数や女主人の胸のサイズより、安全を気にしろ」

 

「き、気にしてるだろ! ちゃんと待ってんだから!」

 

 カイルは両手を膝へ置き、無理やり胸を張った。

 直後、ぐぅぅぅぅっ、と盛大に腹が鳴った。

 

「腹の方は不服らしいね」

 

「こいつにまで言うこと聞かせられるかよ!」

 

 ほどなく、女主人が木盆を持って戻ってきた。

 皿が卓へ置かれるなり、カイルが勢いよく身を乗り出す。

 

「うおっ……これ、本当に一人前かよ!?」

 

「すごい! お肉の煮込みだけじゃなくて、色とりどりのサラダまでついてるよ!」

 

 ルチオも椅子をガタッと引いて目を丸くし、身を乗り出す。

 ラースは喉を激しく上下させ、口元へ溢れそうになった唾液を慌ててごくりと飲み込んだ。

 

「はわわ……! すっごく、おいしそうです……!」

 

 深皿には鶏肉と豆の煮込みがたっぷり盛られていた。

 煮汁の表面に香草が浮き、大きく切った肉の間からほかほかと湯気が上がっている。

 隣には野菜のスープと、木の実を散らした色鮮やかなサラダ。

 籠に入った二つの丸パンは皮がこんがりと焼け、割れ目からふかふかの白い生地が覗いていた。

 

「ごゆっくりどうぞ。お気に召しましたら、追加はいつでもお呼びくださいね」

 

 女主人がたおやかな微笑みと甘い香水の余韻を残して厨房へ戻っていく。

 その背中を見送るや否や、カイルはたまらず木製の匙(さじ)を引っ掴んだ。

 ルチオの小さな手も、吸い寄せられるようにパン籠(かご)へ伸びる。

 

「待て」

 

 絶対零度の声に、二人の手がピタリと止まった。

 

「先に調べると言ったはずだ。皿と谷間が目の前に置かれた途端、脳味噌まで溶けたのか?」

 

「わ、忘れてねぇよ! ちょっと匙の重さを確かめただけだって!」

 

「ルチオも。パンは逃げませんから、お行儀よく待ちましょうね」

 

 シルヴィオに優しく窘められ、ルチオは名残惜しそうに手を引っ込めた。

 

「でもさぁ、待ってたらご馳走が冷めちゃうよぉ」

 

「毒入りでも温かければ満足なのか、お前たちは」

 

「分かったって……頼むから早く調べてくれよ、ニーシャ」

 

 カイルは泣く泣く匙を置き直した。

 

「できれば、この湯気が消えないうちに頼むぞ」

 

「お前の下心と食欲に付き合っている間に冷めるんだよ」

 

 ニーシャは杖を取り、料理へかざした。

 

「《魔力解析(マナ・アナライズ)》」

 

 淡い青白い光が皿を包んだ。

 煮込みからスープ、サラダへ。

 杖先を順に動かし、パンも一つずつ入念に確かめていく。

 

 カイルは固唾を呑んで、その手元を凝視していた。

 やがて光が薄れ、ニーシャが杖を少し下げる。

 

「……毒物の反応はない。遅効性の麻痺や、幻覚を引き起こす術式も見当たらないね」

 

「パンに見えてるだけで、本当はそこらの石ころだったりしねぇか?」

 

「幻影の類いも使われていない。少なくとも、魔法で見かけをごまかしているわけじゃないよ」

 

「私にも確認させてください」

 

 シルヴィオが皿へ手をかざして神聖術の光を当てる。

 その隣で、モーブルがパンを取り上げた。

 表と裏を見て、鼻先へ寄せ、それから両手で二つに割った。

 

 ぱり、と小気味よい音を立てて皮が裂けた。

 ふわりと湯気が漏れ、焼けた小麦の甘い香りが広がる。

 

 カイルが恨めしそうに眉を寄せた。

 

「……なぁ旦那。それ、わざわざ俺の鼻の頭に湯気をぶつけるように割る必要あったか?」

 

「わしが検分しておる手元へ、貴様が前のめりに顔を突っ込んできたのだろうが」

 

「だって、そんないい音させられたら見ちまうだろ……!」

 

「モーブル様、僕の方にも見せて! 中身、ふわふわ?」

 

「ええい、貴様ら二人とも検査の邪魔だ! 少し顔を引かんか!」

 

 モーブルは二人を追い払い、断面を確かめた。

 指で軽く押すと、潰れた生地がゆっくり戻る。

 

「中までしっかり焼けておる。匂いも普通だ。……シルヴィオ、そっちはどうだ?」

 

「はい。私が調べた限りでも、不浄な気配や悪しき呪詛の類いは一切感じられません」

 

「ふむ……となると、本当にただの美味い料理のようですな」

 

 モーブルがパンをそっと皿の縁へ戻す。

 カイルのギラついた視線がそれに吸い付くように落ち、次いでニーシャへすがるように向けられた。

 

 ニーシャはまだ、腕を組んだまま料理を値踏みするように見つめていた。

 奥の厨房からは、女主人が鼻歌交じりに鍋を洗う水音と、陶器の触れ合う日常的な生活音が、のどかに響いてくる。

 

「……ニーシャ?」

 

「分かってる」

 

 ニーシャは軽く息を吐き出し、ようやく杖の石突きを床へ置いた。

 

「まずは一口だけだ。飲み込んだら、すぐ次を詰め込まずに身体の反応を待て。ほんのわずかでも違和感があったら、すぐに吐き出して知らせろ」

 

「っしゃあ! いただきます!」

 

 許可が下りるや否や、カイルとルチオの手が猛烈な速度でパンを奪い取った。

 大口を開け、焼きたての皮ごと豪快にかぶりつく。

 

 サクッ、と小気味よい咀嚼音が響く。

 口いっぱいに頬張り、熱さにハフハフと息を漏らしながら咀嚼を繰り返すうち、二人の顔がみるみるうちに蕩けていった。

 

「……んっ、んぐっ……!? んんんーっ!」

 

「カ、カイルくん、ルチオくん! どんな味がするのかな!?」

 

 ラースが身を乗り出し、喉を鳴らしながら尋ねる。

 

「う、うめぇええっ! 外側がサクサクで、中は吸い付くくらいもっちもちだ! 噛めば噛むほど麦の甘みが出てきやがる……! これ、絶対この煮込みの汁に浸したらヤバいやつだぞ!」

 

「……で、体に痺れや異常はあるか?」

 

 ニーシャが眉根を寄せて鋭く問い詰める。

 

「そうだねぇ……強いて言うなら、もっともっと胃袋に詰め込みたくなる感じ!」

 

 満面の笑みで答えるルチオに、ニーシャのこめかみが青筋を立てた。

 

「だから味の感想を聞いているんじゃないんだよ!」

 

「変な感じなんて欠片もねぇっての! 舌も痺れねぇし、胃袋がぽかぽか温まって力みなぎってくるだけだ!」

 

 カイルは興奮気味に言いながら、残った半分のパンをひとまず皿の上へ戻し、潔白を証明するように両手を広げてみせた。

 その横で、辛抱たまらなくなったモーブルも、ちぎったパンの端切れを口の奥へ素早く放り込んでいた。

 

「ふむ……」

 

「モーブル、お前まで何をしている」

 

「食べた具合も確かめませんとな。見た目と匂いが普通でも、舌触りや後味にわずかな違和感があるかもしれませんので」

 

「それで?」

 

 モーブルはもう一度だけ咀嚼し、残りを皿へ戻した。

 

「……普通にうまいですな」

 

「結局、お前も味の感想か」

 

「嘘を申し上げても仕方ありません。これが地下の迷宮で出されたものでなければ、今すぐ仕入れの独占交渉を始めておるところですぞ」

 

 モーブルは指先についた白い粉を払い、顎に手を当てた。

 

「このパンをモーブル商会の店先に並べれば、朝から客が列をなしますぞ。……しかし、小麦や薪はいったいどこから仕入れておるんでしょうな」

 

「材料ってことか?」

 

 ニーシャが手元のパンを見下ろす。

 

「そうだ。あれだけ店が並んでおれば、毎日相応の物資が動く。鶏も野菜も、棚へ並べておけば勝手に湧き出すわけではないからな」

 

「だったら、手っ取り早く聞けばいいじゃねぇか。女将さーん!」

 

 ニーシャが止める間もなく、カイルが厨房へ向かって朗らかに声を張り上げた。

 

「はい、ただいま」

 

 鍋の蓋を置く音がして、女主人が顔を出した。

 前掛けで手を拭きながら、卓へ近づいてくる。

 

「お気に召しましたか? お代わりでしょうか?」

 

「いや、このパンがうまくてさ。旦那が、どこから仕入れてるのか気になるって」

 

「まあ、ありがとうございます。パンは毎朝、うちの窯で焼いているんですよ」

 

「ほう、自家製でしたか。道理でこれほど香ばしい焼きたてが出てくるわけですな」

 

 モーブルはすぐに笑顔を作り、話を引き取った。

 

「小麦もよほど上質なものをお使いとお見受けしました。近くに腕のいい粉屋でも?」

 

「ええ。広場の向こうの粉挽き屋さんから届けてもらっています。先代の頃から、ずっと贔屓にしているお店なんですよ」

 

「先代から。となると、この宿もずいぶん歴史がおありのようで」

 

「夫の両親から引き継ぎましてね。建物は少し古いんですけれど、手入れだけは欠かしておりませんから」

 

 モーブルは食堂を見渡した。

 擦り減った椅子の脚には補修の跡がある。

 窓枠は塗り直され、卓の角も長年使い込まれたように丸くなっていた。

 

「なるほど。大切に受け継いでこられたのがよく分かります」

 

 そう言って頷き、何気ない調子で続ける。

 

「ところで……恥ずかしながら、肝心なことを伺っておりませんでした。この町は、何という名ですかな?」

 

 女主人は意外そうに、ぱちくりと目を丸くした。

 

「あら。町のお名前をご存じなかったのですか?」

 

「ええ、少々深い山中で道に迷いましてな。連れもひどく疲れておりましたので、とにかく休める場所をと飛び込んだ次第でして」

 

「そうでしたか。大変でしたね。ここは西方の町、ホスティアールですよ」

 

 カタ、と窓際でネリオのペンを走らせる音が止まった。

 椅子の背に身を預けていたニーシャが、弾かれたように顔を上げる。

 

 モーブルは張りつけた笑みをわずかも崩さず、静かに女主人を見つめた。

 

「……ホスティアール。イングラジア魔導国の?」

 

「ええ、そうですよ。近くに豊かな採取地がありますし、珍しい魔獣を狩りにいらっしゃる冒険者さんも大勢立ち寄られるんです。皆様も、そのための遠征で?」

 

「いや、今回は少し違う用向きでしてな」

 

 ニーシャが青ざめた唇を開き、何かを問い詰めようとした瞬間、モーブルが太い手でそれを遮り、先んじて深々と頭を下げた。

 

「教えていただき、助かりましたぞ」

 

「ふふ、どういたしまして。道のことでしたら、いつでも聞いてくださいね。お食事の追加も、ご遠慮なくお申し付けください」

 

 女主人は空いた器を持ち、厨房へ戻っていった。

 ニーシャは、その姿が戸口の奥へ消えるのを待った。

 

「……おい、モーブル。ホスティアールといえば、三年前に――」

 

「ええ。坊っちゃんの仰るとおりです」

 

 モーブルの顔から商人の笑みが消え失せていた。

 窓際のネリオも、いつになく真剣な面持ちで閉じた手帳を膝に置いている。

 

「……何だよ、二人とも急に深刻な顔して。有名な町なのか?」

 

 呑み込めないカイルが、三人を見比べた。

 

「三年前、このイングラジア魔導国で大規模なスタンピードが起きたのだ」

 

 モーブルは周囲を警戒するように声を落とした。

 

「未踏ダンジョンから溢れ出した高位魔獣の群れが、近隣の町や村を次々と呑み込んだ。ホスティアールもまた、その被害に遭った町の一つだ」

 

「……魔獣の襲撃により、町ごと壊滅したと公式に記録されている」

 

 ニーシャが重々しく続けた。

 カイルは思わず厨房の方を振り返りかけた。

 

「壊滅したって……じゃあ、あの女主人は一体――」

 

「そっちを見るな」

 

 ニーシャの鋭い囁きに制され、カイルは慌てて首を戻した。

 ルチオも緊張した面持ちで、食べかけのパンをそっと皿へ戻す。

 

「そんな大きな事件、僕たち一度も聞いたことないよ」

 

「私もです……神殿でも、そのような話は耳にしませんでした」

 

 シルヴィオも小さく首を横に振る。

 

「カイル、それにルチオやシルヴィオがこの国へ流れてきたのは一年ほど前だろう。知らなくて無理もない」

 

 モーブルがそう告げ、ニーシャがさらに詳細を説明しようと息を吸った。

 だが、厨房の奥からジャッと水が流れる音が響き、全員が反射的に口を閉ざした。

 

 女主人が鼻歌交じりに器を洗っている。

 やがて水音が止み、ことん、と棚へ清潔な陶器を重ねる乾いた生活音が続いた。

 

「……ただ名前が同じだけの、別の町なんじゃねぇのか?」

 

 カイルが唾を呑み込み、テーブル越しに声を潜めた。

 

「ほら、同じ名前をあやかって別の場所に建て直したとかさ」

 

「わざわざ、この未踏ダンジョンの深層にか?」

 

 ニーシャの冷徹な問いに、カイルは言葉を詰まらせた。

 

「そ、そりゃ、そこまでは俺にも分かんねぇけどよ……」

 

「それにな、ホスティアールという町は、ただ魔獣に破壊されたと片づけるには、あまりにも異様な結末を迎えておるのだ」

 

 モーブルが太い腕を組み、声音を一段と低く沈めた。

 

「……旦那、見たのか?」

 

「ああ。壊滅の一報を聞き、わしもすぐさま現地へ馬車を走らせたのだ。以前から付き合いのある仕入れ先が幾つもあった町だからな」

 

「それで、どうだったんだ?」

 

「結論から言えば――そこには、町のかけらすら残っておらんかった」

 

「だから、魔獣に踏み荒らされて一面の瓦礫の山になってたんだろ?」

 

「違う。瓦礫すら、一握りの木片すら残っておらんかったのだ」

 

 モーブルの濁った瞳が、カイルの目を真っ直ぐに見据えた。

 

「町があったはずの大地から、建物の土台も、敷き詰められておった石畳も、何から何まで跡形もなく抉り取られ、消え失せておった」

 

 カイルは息を呑み、言葉を失った。

 

「見慣れた宿も、通い慣れた大通りも、だ。道を間違えたのかと何度も地図と周囲の山並みを見比べた。……だが、方角も座標も寸分の狂いもなく合っておった」

 

「では……町が壊滅したというのは……」

 

 シルヴィオの震える問いに、モーブルは重々しく頷いた。

 

「国は『魔獣の群れにより壊滅』と発表した。だが、わしがこの目で確かめたのは、町そのものが大地ごと綺麗に削り取られて消えた跡だ。そこで何が起きたのか、なぜ消えたのかまでは分からん」

 

 ニーシャが視線を窓の外へ向けた。

 通りでは、買い物籠を提げた女が知人と立ち話に花を咲かせている。

 偽りの陽光が降り注ぐ広場の噴水からは、無邪気にはしゃぐ子供たちの澄んだ笑い声が風に乗って届いていた。

 

「……じゃあ、あの時消えた町が、丸ごとこのダンジョンの底にあるってのか……?」

 

 カイルが喉を鳴らしながら呟く。

 ニーシャは冷淡な表情を崩さないまま、低く首を振った。

 

「まだそうと決まったわけじゃない。名前の一致や噂だけで断定するのは早計だ」

 

「でもよ――」

 

「確かめるんだ。仕掛けか、幻影か、それとも別の理屈か。……そのためにも、今は余計な詮索を口にするな。少しでもボロを出せば、何が起こるか分からないぞ」

 

 ニーシャは冷え切った碧眼を、モーブルへ向け直した。

 

「以前に来たことがあるなら、この町並みに見覚えはあるのか?」

 

「今のところ、ここだと言い切れる場所はありませんな。昔の商いでも、宿の周りと仕入れ先を往復した程度でして、町の隅々まで歩き回ったわけではありませんので」

 

「なら、頃合いを見てほかの住人にも探りを入れる。町の名前、いつからここで暮らしているのか……そして、三年前の事件についてな」

 

「女将さんには直接聞かねぇのか?」

 

 カイルの問いに、ニーシャは鋭く首を振った。

 

「聞くにしても順序がある。いきなり『お前の町は三年前に地上から消滅したはずだ』などと突きつけてみろ。もしここが何者かの術中なら、その瞬間に敵対行動と見なされる。こちらの手札を明かさず、まずは相手の口から自然に出てくる情報を集めるんだ」

 

 厨房の奥から、ことりと軽い足音が近づいてきた。

 ニーシャは即座に口を閉ざし、背筋を伸ばして卓から静かに身を引く。

 

「皆様、冷たいお水はいかがですか?」

 

 女主人がガラスの水差しを抱え、ゆっくりと戻ってきた。

 モーブルは何事もなかったかのように顔を上げ、柔和な商人の笑みを浮かべて自らの木杯を差し出す。

 

「おお、これはありがたい。長く歩き疲れた身体には、何よりのご馳走ですな」

 

「どうぞ、遠慮なさらずゆっくりなさってくださいね」

 

 澄んだ水が、ことことと心地よい音を立てて杯を満たしていく。

 得体の知れない緊張感から、カイルやルチオすらパンへ手を伸ばせなくなった卓の上で――ライオットだけは、先ほどから握っていた最後の一切れを、静かに口元へ運んで咀嚼していた。

 

「ん……美味しい」

 

 ごくりと飲み込んでから、ライオットは分厚い眼鏡の奥から女主人を見上げ、ぽつりと呟いた。

 

「まあ。ふふ、ありがとうございます」

 

 女主人は相好を崩して嬉しそうに微笑むと、ライオットの杯にも、澄み切った冷たい水をたっぷりと注ぎ入れた。

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