モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
結局、追加で頼んだ煮込みや焼きたてのパンにも、毒や呪詛といった異常は一切見つからなかった。
一行は表と裏口の見張りを交代しながら腹を満たし、頃合いを見計らってそれとなく女主人に町の成り立ちを尋ねてみた。
いつ頃からここで宿を営んでいるのか。
三年前、近隣で大きな魔獣の騒ぎはなかったか。
そして、町の外へはどの道を通れば抜けられるのか。
女主人は嫌な顔一つせず気さくに応じてくれたが、話はどうしても昔馴染みの常連客の思い出話や、近所の商店の商売話へとふわりと逸れてしまい、肝心の核心にはどうしても届かない。
宿を出て、聞き込みを始めてからも同じだった。
八百屋の店主は仕入れたばかりの野菜の自慢を延々と始め、買い物帰りの主婦は「夕飯の支度があるから」と朗らかに会釈して足早に去っていく。
広場の老人の果てしない昔話に付き合ってみても、三年前の異変を思わせる言葉は欠片も出てこない。
モーブルがかつて頻繁に通っていたという仕入れ先の店舗も、それらしき看板や面影すら見当たらないままだった。
住人に教えられた道を辿り、ネリオが目敏く目をつけた路地の奥まで隈なく調べ上げた。
だが、町を抜ける街道はおろか、外壁の切れ目すら見当たらない。
地下深くへ下りる階段を見つけて踏み込んでも、行き着く先は決まって埃っぽい酒蔵か、退屈な道具置き場だった。
一方で、探索した範囲には、警戒していた魔獣の気配も即死トラップも皆無だった。
第五層のように通路が意思を持って動くこともなければ、足を踏み入れた途端に床が底抜けすることもない。
住人たちは物々しい完全武装の一行に対しても穏やかに道を譲り、「店の奥を少し確かめさせてほしい」と頼めば、仕事の手を止めて快く付き合ってくれた。
そうして徒労のまま歩き回るうちに、頭上の偽りの空から降り注ぐ光が、ゆっくりと赤みを帯びてきた。
「……おいおい。この偽物の空、夕方にもなるんだな」
カイルが呆れたように顔を上げた。
昼間は白かった雲の縁が橙色に染まり、通り沿いの店先では商品が手際よく片づけられていく。
家々の窓にはポツポツと温かな橙色の灯火がともり、どこからともなく夕餉の支度の香ばしい匂いが通りへ流れ出していた。
「まったく……夕焼け空まで用意する無駄な魔力があるなら、下へ続く階段の一つでも作っておけばいいものを」
ニーシャは苛立たしげに杖を持ち替え、手帳をめくるネリオを振り返った。
「ネリオ。まだ調べていない区画は?」
「西側の住宅街が丸々残っていますよぉ。ただ、これ以上暗くなると、明かりを灯しても路地の捜索は骨が折れますねぇ」
差し出された手帳には、通りと建物が几帳面な筆致で細かく書き込まれていた。
いくつか記された地下室の印には、ことごとく行き止まりを示す無情な線が引かれている。
「結局、今日一日歩き回って、階段は収穫なしかよ……」
カイルが首の後ろをポリポリと掻き、深いため息を吐いた。
「ですが、ひとまず足を休める安全地帯だとは十分に分かりましたぞ」
モーブルが太い腹を揺らして言った。
「これだけ歩いて、魔獣の影も罠の気配もなし。何より、住人がこちらに危害を加える様子も微塵もありませんからな。あの悪夢のような第五層に比べれば、荷を下ろす場所すら選り取り見取りですぞ」
「……まあ、それはそうだね」
ニーシャも手帳から顔を上げ、静かに息を吐いた。
「調べ終えた通りとあの宿の周辺なら、少しは落ち着いて休めそうだ。最低限の見張りは置くとしても、ずっと杖を構えて神経をすり減らす必要はない」
「それに、このまま危険がないようなら、明日にでもここで食料を補給してもよいかもしれませんな」
モーブルは、手際よく店じまいを始めた食料品店へ品定めするように目をやった。
「宿の料理はあれだけ調べても異常がなく、口にしたカイルやルチオにも今のところ変わりはありません。干し肉や豆なら持ち運べますし、あの第五層で失った塩や香辛料も買い足せますぞ」
「ほら見ろ! 俺も最初にここで買えばいいって言っただろ!」
カイルが待ってましたとばかりに胸を張って口を挟んだ。
「お前は、危険を何も調べていないうちから無邪気に食べる気満々だっただろうが」
「結果的には同じじゃねぇかよ」
「結果が安全だと分かる前に、得体の知れないものを胃袋へ入れるなと言ってるんだ」
ニーシャは氷のような視線でカイルをひと睨みしてから、モーブルへ向き直った。
「……補給は選択肢に入れておこう。持ち出す品を改めて検分して、それで問題がなければね」
「ええ。残り二日分の食料を気にしながら進むより、多少なりとも荷に余裕を持たせておきたいところですからな」
「おい旦那、パンも買おうぜ! あの宿屋で食った、外がサクサクで中がもっちもちの丸いやつ!」
「日持ちする保存食が最優先だ。貴様の明日の朝飯の好みを吟味しておるわけではないぞ」
「固焼きパンだけじゃ味気ねぇだろ……」
モーブルはカイルの不満をあっさりと聞き流し、背負子をくいっと揺すり上げた。
「では、今日は銀鹿亭へ戻りましょう。部屋が空いているうちにきっちり押さえて、さっさと荷を下ろしませんとな」
一行の後方では、疲労困憊のアックスが食い込む肩紐の下へ指を差し込み、呻くように肩を回していた。
ラースも立ち止まった隙に靴紐を緩め、痛む足首を片足ずつ回して息を整えている。
ニーシャはネリオへ手帳を押し戻すように返した。
「……分かった。銀鹿亭へ戻る。残りの探索は明日だ」
◆
「あら、お帰りなさいませ」
カラン、とドアベルを鳴らして宿の扉を開けると、女主人がカウンターの奥から顔を上げた。
歩み寄ってくるその胸元が、歩調に合わせてたわわにプルンと揺れる。
「お部屋のほうは、いかがなさいますか?」
ニーシャは背後の仲間たちを振り返った。
全員の顔に濃い疲労の色が滲んでいるのを確かめ、女主人へ向き直る。
「九人分、用意してほしい。今夜はここに泊まるよ」
「ありがとうございます。では改めまして……この宿を切り盛りしております、ルイーズと申します。何かございましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「わしはモーブル。カヴェナで商会を営んでおります。世話になりますぞ、ルイーズさん」
モーブルは柔和な商人の笑みで頭を下げると、カウンターの奥へちらりと目を走らせた。
「昼からずっとお一人で切り盛りしておられるようですが、ご亭主は仕入れにでも?」
「いえ……主人は一年ほど前に亡くなりまして。今は私一人で宿を守っているんですよ」
《ぶほぉぉぉッ!? おい小僧、聞いたか!? 未亡人! 極上の未亡人キタァァァッ!!》
ルイーズのたおやかな告白が耳に入るや否や、腰の鞘の中で魔剣エクセリオンが刀身を狂ったようにガタガタと震わせ、下品極まる歓声を脳内に直接響かせてきた。
《一年前に旦那を亡くして一人身だとよ! ってこたぁ何だ? あんなハチ切れんばかりの極上エロボディを引っさげて、丸一年も男日照りのご無沙汰ってことじゃねぇか! 間違いなく夜な夜な悶々と欲求不満を募らせて、飢えに飢えてるに決まってやがるぜぇぇぇッ!!》
「ま、マジかよ……ッ!?」
カイルの目は爛々と見開かれ、だらしなく半開きになった口元からツツッと涎が垂れそうになる。
未亡人という甘美すぎる響きと、目の前でたわわに揺れる凶悪な双丘を脳内で重ね合わせ、内心で下卑た笑みを抑えきれなくなる。
「フリーの未亡人……! だ、だったらワンチャン、俺にもチャンスあんじゃねぇのか……? 夜中に部屋を抜け出して、お慰めと称してあの大渓谷に飛び込んだりしちゃったりなんかして……ぐへ、ぐへへへへ♡」
「……おい、駄犬。鼻の下が床まで伸びてヨダレ垂れ流してるぞ。そのウジの湧いた脳みそをボクの爆炎で消毒してやろうか」
隣から突き刺さるニーシャの絶対零度のジト目に、カイルは「ひっ!?」と飛び上がって慌てて袖で口元を拭った。
「……おお、それは立ち入ったことを伺いました。失礼いたしましたな」
「いいえ、お気になさらないでくださいね。主人の両親から受け継いだ大切な宿ですから、できるかぎり続けていこうと思っておりますの」
ルイーズはふわりと微笑み、開いた宿帳の横から羽根ペンを取った。
「ですから、こうして大勢でお越しいただけると本当に嬉しいんです。お部屋は、ご覧になってからお決めになりますか?」
「ほう、まだ選べるのですかな?」
「ええ。ありがたいことに、今夜は他にお泊まりのお客様がいらっしゃいませんので。空いているお部屋でしたら、どちらでもお好きにお使いいただけますよ」
カイルが壁にズラリと並ぶ真鍮の鍵を見て、目を輝かせた。
「貸し切りじゃねぇか! だったら俺、一番広くて眺めのいい部屋!」
「九人でまとまって泊まる。勝手に散らばるな」
「部屋くらい自由に選ばせろよ!」
「何かあったときにすぐ集まれる方がいいに決まっているだろ。お前一人を捜すために、夜中に見知らぬ宿を走り回るのは御免だからね」
「誰が迷子になるか! 年上を子供扱いすんなっての!」
ルイーズはくすりと微笑み、壁から外した鍵を手に取った。
「ふふ。二階でしたら、三人部屋がちょうど三つ並んでおりますよ。皆様ご一緒でしたら、そちらがよろしいかと。寝台も、お一人に一つずつございますから」
「それを見せてほしい。実際に借りるかどうかは、部屋の中を確かめてから決めるよ」
「ええ、どうぞ。先ほどいただいたお茶代の銀貨二枚は、お部屋代から引かせていただきますね」
「おお! そこはわしも商人としてきっちり覚えておりますぞ、ルイーズさん!」
モーブルが守銭奴の笑みを浮かべ、即座に応じた。
ルイーズは柔らかく笑い、三本の鍵をカウンターへカランと並べる。
「それから……お風呂もお使いいただけますよ。夕食の仕度まで、まだ少しお時間がございますし」
「ふ、風呂ぉぉぉっ!?」
カイルとルチオの声が、見事なユニゾンとなって店内に響き渡った。
カウンターへガバッと身を乗り出したカイルに続き、ルチオも両手をパチリとつく。
「お湯のやつ!? 冷たい水浴びじゃなくて、ちゃんとした温かいお風呂!?」
「ふふ、もちろんですよ。裏手に浴室がございます。大きな湯船もありますから、手足を伸ばしてゆっくり温まってくださいね」
「やったぁぁぁ! シルヴィ、風呂だってさ! 本物のお風呂!」
「聞こえていますよ、ルチオ」
嗜めるように答えるシルヴィオだったが、その瞳も微かに安堵の色を帯び、煤けた旅装の袖口を見下ろしていた。
「本当に使わせていただけるのなら、これ以上の救いはありません。汗も埃も、綺麗に洗い流したかったですから……これも、ヴァルクリア神のお導きですね」
「僕も……角や尻尾まわりを綺麗に洗いたいです……!」
ラースも胸の前で両手を握り、尻尾をパタパタと揺らしながら嬉しそうに言った。
カイルは力強くガッツポーズを作り、勝ち誇った顔でニーシャを振り返る。
「へへっ、今度こそ俺も入れるぞ! 第三層じゃ、誰かさんが俺を締め出した挙句、風呂ごと跡形もなく消し炭にしちまったからな!」
「その誰かさんの入浴中に、お前たちがそのすぐ外で何をしていたか、この美しい女主人の前で一から十まで詳しく読み上げてほしいのかい?」
「……っ、ふ、風呂の話をしてんだろ、今は!」
「だからボクも、第三層で起きた『破廉恥極まる風呂場前の大惨事』の話をしてるんじゃないか」
痛いところを突かれたカイルは、熟れたトマトのように耳まで真っ赤にして口籠もった。
「はいはい、そこまでですよぉ。次のお風呂に入る前から、前のお風呂の痴話喧嘩を蒸し返さないでくださいねぇ」
呆れたように笑いながらネリオがひらりと二人の間に割って入り、カウンターの鍵を一本、器用に指先でつまみ上げた。
「まずはお部屋。それから浴室の安全確認が先でしょう?」
「……分かってるよ」
ニーシャが残りの鍵へ手を伸ばそうとすると、モーブルがぬっと巨体を割り込ませ、ルイーズへ擦り寄った。
「ルイーズさん。念のため、しがない商人として確認させていただきますが……その贅沢なお風呂の利用代金、後から特別料金として別請求されたりはしませんかな?」
「いいえ、すべて宿泊のお代に含まれておりますよ」
「おおっ! なんという慈悲深さ! 実に行き届いた、これ以上なく結構な優良宿ですな!」
「さっきまで疑い深そうに目を細めていたくせに、急に手のひらを返して大絶賛だね、この守銭奴」
「料金体系が明瞭なのは、商売において最も美しく尊いことですぞ、坊っちゃん!」