モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
――ゴーン。
重苦しい三つ目の鐘の音が、夜気を震わせた。
ニーシャは身を隠していた煙突の陰から腰を上げ、宿の前の大通りを鋭い眼差しで見下ろした。
向かいの家の窓に、パッと不自然な灯りがともる。
先ほどまで、死んだように暗かった窓だ。
薄暗い部屋を人影が横切り、バタンと乱暴な音を立てて鎧戸が内側から押し開けられた。
夜風に当たりたいのか――最初はそう思った。
だが、隣の家でも勢いよく扉が開いた。
その向こうの家でも、路地を挟んだ薬屋の二階でも。
「……ずいぶん行儀よく、一斉に揃って起きるね」
ニーシャは警戒心を強め、杖の柄を固く握り直した。
寝間着姿の男が、裸足のまま通りへふらふらと出てきた。
道の中央で立ち止まり、まるで何かを探すように首を左右に振っている。
やがて向かいの家へ歩み寄ると、閉ざされた扉をバンバンと叩き始めた。
「おい。いるんだろ」
返事はない。
「帰ってるんだろ。開けてくれ」
もう一度、叩く。
今度は平手ではなく、固く握りしめた拳で。
ドゴッ、と。
およそ人間の腕力とは思えない鈍い音が、屋根の上にいるニーシャの耳まで真っ直ぐに届いた。
ニーシャの青い瞳が、すっと細くなる。
男は扉に顔を擦りつけ、隙間へ向かって狂ったように何かを呼びかけていた。
言葉の全容は聞き取れなかったが、うわ言のように何度も同じ名を繰り返しているようだった。
――ゴーン。
四つ目の鐘が鳴り響いた瞬間、別の家から若い女が悲鳴を上げて飛び出してきた。
「どこにいるのっ!」
女は路地を覗き込み、そのまま一心不乱に走り出す。
異常な音を立てて扉を殴り続ける男には、一切見向きもしなかった。
走る途中で足元から履物が脱げ飛ぶ。
だが、女はそれにすら気づかず、裸足で石畳を蹴りつけながら角を曲がって消えていった。
ニーシャは広場へと広く目を向けた。
噴水の周りにも、わらわらと異常な数の人が出始めていた。
両手で頭を抱えてうずくまり叫ぶ者。
誰もいない虚空の店先に向かって激しく怒鳴り散らす者。
戸口を必死に椅子で塞ごうと暴れる者もいる。
暴力だけではなかった。
隣家の戸口から、まだ寝間着のままの男が女を引きずり出した。
女は石畳に爪を立てて抵抗したが、男は構わず胸元を裂き、路上へ押し倒す。
別の路地では、年配の男が若い男の髪を掴み、壁に膝をつかせたままズボンを引き下ろしていた。
咥えさせようとする動きに、相手は喉の奥で噎せながらも、拒むというより夢遊病者のように従っていた。
噴水の縁では、女が別の女の腿を開かせ、顔を埋めている。
濡れた音が夜気に混じり、獣じみた低い喘ぎが広場を這った。
老いた男も、若い女も、店主らしい体格の男も、隣り合った者同士で絡み合う。
性別も年齢も構わず、路上で衣服を引き剥がし、互いの体へ貪りついていた。
悲鳴と嬌声と殴打の音が、同じ空気の中で区別なく重なる。
皆が同じ幻覚を見ているわけでも、同じ場所へ向かっているわけでもない。
だが、静まり返っていた町が『鐘の音』を境目にして、一斉に狂気へと変貌したことだけは疑いようがなかった。
――メキッ、ばきぃッ!!
ひときわ甲高い、木の裂ける音が響いた。
向かいの男の拳が、ついに分厚い扉の板を突き破っていた。
「……おいおい、なんだよこれは」
ニーシャは思わず信じられないものを見るように声を漏らした。
男は穴から腕を引き抜き、割れた箇所へ無理やり指をねじ込んだ。
手の甲からドクドクと血が流れている。
鋭い木片も深く刺さっているはずだ。それでも男は痛覚を失ったように手を庇う素振りすら見せず、力任せに扉の板を引き剝がそうとしていた。
その時、足元に『紫色の光』が毒々しく走った。
「……あれは!?」
ニーシャは屋根の縁へ身を乗り出した。
石畳の隙間に入り込んだ血管のような『灰黒色の筋』が、不気味な紫色に明滅している。
昼間、ライオットが見つけたものだ。
宿の基礎から通りへ伸び、向かいの家にも、広場へ続く路地にも無数に枝分かれしていたあの筋。
男が、狂ったような力で扉を引く。
その腕がギリギリと震えた瞬間、足元の筋が呼応するように一段と強く発光した。
バァンッ! と、ついに分厚い扉の板が真っ二つに裂け飛んだ。
割れた闇の奥から、女の腕がのぞく。
男はそれを掴み、家の中から路上へ引き摺り出した。
女は喉の奥で何か訴えようとしたが、男は構わず彼女の頭を自分の股間へ押しつけ、寝間着の裾を掴んで裂く。
血のついた拳のまま腰を押しつけ、獣のような低い唸りを漏らした。
すぐ傍でも、別の男女が石畳に膝をつき、互いの体を舐め合い、突き合っていた。
乱れた髪、剥き出しの肌、夜風に乗る生臭い音。広場の乱交は、扉が破られた今、大通りまで溢れ出していた。
「鐘だけじゃない……こいつが住人たちを動かしているのか」
ニーシャは杖先を下げ、魔力を練り上げた。
あの筋を一本でも炎で焼き切れば、この狂気に何が起きるか確かめられる。
だが、その直前で、闇に消えた少年の声が耳の奥に蘇った。
――『壊す前に、確かめて』
ニーシャは寸前で炎を打ち消し、杖先を戻した。
あの筋は、町のあらゆる建物へもつながっている。
今ここでむやみに焼き切れば、狂気に囚われた住人たちの命まで奪うことになるのか。
それすら分かっていない。
罠だらけのこの迷宮で、軽挙妄動は死に直結する。
「カイル!」
ニーシャは屋根から身を引き、宿の一階へ向かって鋭い声を投げ落とした。
「異変だ。皆を起こせ!」
吹き抜けの階段へ向かって、再度鋭く呼びかける。
だが――いつもなら真っ先に返ってくるはずのカイルの返事が、ない。
「……カイル?」
しんと静まり返った暗い宿の中から聞こえてきたのは。
――ガシャン、ドサッ!
椅子か何かがひっくり返り、重いものが床へ倒れ込むような、不穏な物音だけだった。