モブおじ精液でレベルアップ!? ~でも好みのショタっ子しか手助けしません!!~ 作:とけそうだら
「カイル! 何をしている!」
屋根の縁から呼びかけたが、返事はなかった。
代わりに宿の奥で、何かが割れる音がした。
続いて、重いものが床へ倒れ込む。
ニーシャは眉を寄せた。
上がってきた屋根窓へ戻ろうと、踵を返す。
その横を、黒い影が掠めた。
背後で煙突が砕け散った。
ニーシャは身を屈め、頭上へ障壁を広げる。
煉瓦の破片が青白い光に弾かれ、瓦を叩いて転がり落ちた。
「……っ!」
杖を構え直し、崩れた煙突を見る。
粉塵の中から、長い管が抜け出した。
先端は槍のように尖り、灰黒色の表面を紫の光が脈打っている。
管は砕けた煉瓦を払い落としながら縮み、屋根の向こうへ引き戻されていった。
その先に、黒衣の人影があった。
通りを挟む建物の間に、宙吊りになっている。
深く被った頭巾。風に揺れる外套。その裾から、足は覗いていない。
背中から伸びた幾本もの管が、向かいの壁や宿の屋根へ突き刺さり、体を支えていた。
頭巾の奥には、白い仮面がある。
目も鼻も口もなく、中央を縦に割る細い亀裂だけが紫色に光っていた。
「……お前も、この町の住人、なのか?」
問いかけながら、ニーシャは横目で屋根窓を確かめた。
三歩ほど。そこまで戻れば、廊下へ下りられる。
黒衣が首を傾けた。
『損耗……許容』
乾いた声が、仮面の奥で二重に響く。
『生存状態で、確保』
背中の管が跳ね上がった。
ニーシャは窓へ踏み出しかけた足で瓦を蹴り、横へ跳んだ。
三本の触手が、つい先ほどまで立っていた場所を貫く。うち一本が屋根窓の枠を砕き、退路を塞いだ。
先端が開く。
鉤のように反り返った棘が屋根板を掴み、管が張り詰めた。
生け捕り。
そのためなら、手足を傷つけても構わないということか。
「ずいぶん勝手な注文だね!」
ニーシャの杖先に炎が集まった。
風に押し固められた火球が、黒衣へ向かって飛ぶ。
「《爆裂球(ブラスト・ボム)》!」
触手の付け根で、炎が炸裂した。
二本が千切れ、黒衣の肩が大きく傾く。
だが、残る管がぴんと張り、その体を支えた。
焼けた断面に紫の光が走った。
細い繊維がほぐれるように伸び、互いに絡み合っていく。落ちた触手が瓦を滑り切る前に、切り口からは新たな先端が生え始めていた。
「……それで終わりじゃないわけか」
ニーシャが杖を握り直したとき、足元の隙間が紫に光った。
すぐに足を引く。
靴先のあった場所を、細い触手が突き破った。
左から、もう一本。
障壁を斜めに差し入れ、尖った先端を上へ逸らす。
ところが触手は頭上で折れ曲がり、今度は背後から足首へ巻きつこうとした。
「しつこい!」
ニーシャは低く杖を振った。
屋根に沿って吹き抜けた爆風が、触手を瓦ごと押し流す。
外れた瓦が軒先から落ち、路上で砕けた。
屋根窓の向こうで、誰かの声がした。
「全員起きろ! 窓から離れて、一階へ下りろ!」
◆
ルチオは寝台から跳ね起きた。
頭上で重い音が響き、天井の継ぎ目から埃が落ちてくる。
頬を拭う間もなく、外からニーシャの声が届いた。
「シルヴィ!」
「剣と盾を。私は杖を取ります」
シルヴィオは靴の留め具を締め、寝台脇へ手を伸ばしていた。
ルチオも床へ足を下ろし、急いで支度を整える。
鎧戸の隙間が赤く染まった。
続く爆音に、窓枠が震える。
洗面鉢の水が揺れ、縁から床へこぼれた。
「ニーシャくん、すぐ上で戦ってる……!」
「廊下へ出ましょう。窓から離れて」
扉を開けると、ネリオが奥の部屋から出てくるところだった。
背には弓と矢筒。短剣を握る手を低く保ち、まず廊下の両端を確かめる。
「支度はできていますねぇ。階段へどうぞ。あたしはアックスさんを待って、後ろにつきます」
「カイルくんはどこ?」
「一階の見張りです。下りたら確かめましょう」
階段側の部屋から、モーブルの声がした。
「ラース、ポーションをすぐ出せるようにしておけ。ライくんは周囲の警戒を手伝いをお願いします」
「はい、旦那さま!」
「わかった」
ラースは薬瓶をまとめた袋を肩へ掛け、走っても落ちないよう紐を締めた。
ライオットはその隣へ進み、廊下の両端に目を配る。
モーブルは背負子の留め具を締め、肩紐へ腕を通した。
重い荷を担ぎ上げて廊下へ出ると、腰の鞭を抜き、軋む天井を睨む。
「夜中に宿の屋根を剝がしおって。ようやく寝台で足を伸ばせたところだというのに」
「苦情は、後で相手にお願いしますよぉ」
「話が通じるなら、迷惑料まで請求してやるわい」
奥の部屋から、アックスが背負子を担いで出てきた。
片手に鍬を持ち、ネリオへ頷く。
「こっちも支度できただ!」
「では、下りましょう。荷が引っかからないよう、前を少し空けてくださいねぇ」
ルチオが盾を構え、先頭に立って階段を下りる。
シルヴィオが続き、荷を背負った者たちを通してから、ネリオが最後尾についた。
半ばまで下りたところで、外から悲鳴が上がった。
ラースは手すりを握り締めた。
男の怒鳴り声に、何かを繰り返し殴りつける音が重なる。別の場所からも叫び声が聞こえ、すぐには途切れなかった。
「旦那さま……町の人たちも、襲われているのでしょうか」
「まだ分からん。下りて確かめるぞ。足元に気をつけろ」
モーブルがラースの背へ手を添えた。
ラースは小さく頷き、段を踏み外さないよう、足元へ目を戻した。
一階へ着くと、食堂の窓越しに黒い影が持ち上がった。
ネリオが声を張る。
「伏せてください!」
ネリオの叫びとともに、窓ガラスが砕けた。
灰黒色の触手が破片を撒き散らし、食堂へ突き込まれる。
ルチオが前へ出て盾を上げた。
その目前に、青白い障壁が広がる。
触手が激突し、光の表面が大きくたわんだ。
尖った先端が捻れ、障壁を抉ろうとする。だが、突き破ることはできず、窓枠を削りながら外へ引き戻されていった。
「そのまま階段の陰にいろ!」
割れた窓の向こうから、ニーシャの声が届いた。
「表へ出るのは、ボクが合図してからだ!」
「分かりました! あたしはカイル少年を捜しますよぉ!」
ネリオは厨房へ続く通路を確かめ、モーブルへ向き直った。
「山ゴリさん。合図があったら、ニーシャ様の援護をお願いしますよぉ」
「任せろ。女将の無事も確かめてくれ。カイルの奴め、これだけ騒いでも返事をせんとはな……」
モーブルは鞭を握り直し、暗い通路の奥を見た。
「何かあれば、すぐ呼べよ」
「ええ。そちらも、お気をつけて」
ネリオは弓を低く持ち、通路へ駆け込んだ。
その背を見送ったモーブルが窓へ向き直ると、外で炎が弾け、食堂の壁に大きな影が躍った。
◆
ニーシャは身を屈め、頭上を薙ぐ触手を躱した。
すかさず杖を振り、宿から離れた位置にいる黒衣へ火球を放つ。
相手が管を束ね、仮面を庇った。
その隙に屋根の縁を蹴る。
落下に合わせて風を起こし、大通りへ降り立った。
靴底が石畳を擦り、膝へ衝撃が伝わる。
屋根で戦い続ければ、下の仲間まで巻き込む。
ここなら相手の動きを追いやすく、攻撃を避ける場所も選べる。
だが、通りは無人ではなかった。
男が空の荷車を壁へ押しつけている。
車輪が横を向いても、何度つかえても、歯を食いしばって押し続けていた。
路地の角では、女が奥を覗いては怯えて引き返し、また同じ場所へ戻ってくる。
戸口にうずくまった住人は、膝を抱えて震えながら、誰かの名を繰り返していた。
爆音にも、降ってくる瓦にも顔を上げない。
彼らには、別の何かが見えているようだった。
ニーシャは住人から距離を取り、杖先を黒衣へ向けた。
「こっちだ。ボクを捕まえるんじゃなかったのか?」
白い仮面が下を向く。
背中の管が伸び、隣家の軒へ突き刺さった。
それが張ると同時に、宿の屋根を掴んでいた一本が抜ける。黒衣の体は新たな支えに引かれ、通りの上を渡ってきた。
ニーシャは管の動きを追った。
足場を確保してから、次を離す。体の向きを変えるときも、必ずどこかへ繋がっている。
(……飛んでいるわけじゃないんだね)
背後で宿の扉が細く開いた。
「坊っちゃん!」
ニーシャは迫る触手を障壁で横へ弾いた。
「今だ! 入口の右へ寄れ!」
モーブルが扉を押し開け、ルチオが盾を構えて続く。その後ろを、杖を手にしたシルヴィオが通った。
アックスは壁際へ背負子を下ろし、ラースとライオットを荷の陰へ入れる。
ラースがポーションの袋を開く。
ライオットは出入口を塞がない位置へ荷を寄せ、通りに目を配った。
モーブルも背負子を下ろし、鞭を持ち直す。
黒衣の仮面が、宿の前へ向いた。
『適性……複数』
背中の管が広がる。
尖った先端が、それぞれ別の仲間へ狙いを定めた。
『確保』
「聞きましたか、坊っちゃん。わしらもお目当てのようですぞ」
「断っておけ。得意の商談でね!」
「交渉に応じる気があればよいのですがな!」
触手が一斉に降ってきた。
ニーシャは頭上へ障壁を広げた。
先端が次々と突き当たり、青白い光の上を滑る。
その端を回り込んだ一本へ、ルチオが踏み込んだ。
「させないよっ!」
盾で受け、膝を沈める。
衝撃に逆らわず体を捻ると、触手の先端が斜めに流れ、石畳へ叩きつけられた。
跳ね上がる前に、モーブルの鞭が絡んだ。
鋭い音とともに管へ巻きつき、締まる。
モーブルは両足を踏ん張り、腰を落として横へ引いた。
宙吊りの黒衣が傾いた。
体を支える管が張り、仮面を庇っていた束が開く。
「坊っちゃん、今です!」
「消し飛べ!」
その隙間へ、ニーシャの火球が飛び込んだ。
胸元で炎が爆ぜた。
外套が裂け、焼けた欠片が通りへ散る。
ニーシャは杖を構えたまま、眉を寄せた。
抉れた胸から、血が流れない。
穴の内側では、灰黒色の繊維がほつれて揺れていた。骨も臓腑もなく、細い筋が幾重にも絡み合って、胴体の形を作っている。
「……中身まで、あの筋か」
黒衣の腕が下がった。
手に見えた部分がほどけ、細長い棘となって鞭へ伸びる。
モーブルはすぐに手首を返した。
絡めた輪を解き、棘が届く寸前で鞭を引き抜く。
「それまでくれてやる気はないぞ!」
モーブルが下がるのに合わせ、ニーシャは再び杖を突き出した。
胸の穴は、まだ開いている。
だが、狙いを定めたところで、黒衣の体が横へ跳ねた。
壁に刺さった管が縮み、本体を軒の高さまで引き上げていた。
管の表面を、紫の光が走る。
抉れた胸で繊維が蠢き始めた。
焼け残った筋が穴を跨ぎ、互いに絡みつく。隙間は見る間に埋まり、胴体が元の厚みを取り戻していく。
「……またか」
ニーシャは杖先の炎を抑えた。
傷口から、壁へ続く管へと視線を移す。
紫の光が管を伝い、黒衣へ流れ込んでいた。そのたびに、胸を塞ぐ繊維の動きが速くなる。
ニーシャは相手との間合いを保ちながら、光の流れを目で追った。