TS男子大学生の受難 〜メス堕ちしても、君が好き〜 作:キツネリス
俺と先輩が通っている大学には噴水が名物のちょっとした広場がある。そこではしばしば何かしらの催し物があったり、キッチンカーが食べ物を売っていたり、そして…カップルの誕生する名所ともなっていたりするのだが…。
その噴水広場のど真ん中に今、俺と先輩は見つめ合って立っていた。おまけに先輩はなんだか瞳を潤ませると共に頬を高調させながら俺の様子をじっとうかがっている。
カップルの誕生する名所に先輩と2人きり。これは紛れもなく告白のチャンスだ…!俺はそう思い、すぐにでも思いの丈を吐露しようと口を開く。
「……………………っ!」
声が出ない。どういうわけか、喉の奥から声を張り上げようとしてもまったく音が出ない。それどころか、上唇と下唇がくっついて口を開くことすらできない。
先輩、好きです…!それだけ言えればもう充分なのに…!
「…………!!……………!!!」
俺は必死に力を振り絞って声を出そうと尽力した。少しずつ固着していた唇同士が取れて口が開いていくような感じがする。そして、数度声を発しようと粘った結果ようやく……
「先輩、好きです…っ!」
やっと言えたと思った矢先、ふっと目の前が真っ暗になった。……いや、違う。すぐさま俺は気がついた。次の瞬間俺はぱちりとまぶたを開き、するとそこにはバスの車内の光景が広がっていた。
どうやら千載一遇のチャンスだと思っていたものは単なる夢だったらしい。本当ならここで心底がっかりしているところなのだが……オレは今、自分がそれどころではない失態をしでかしていることに気がつき、そのせいで全身に緊張が走った。
状況を一つずつ整理してみる…俺の頭は今誰かの肩に乗っているようだ。上体が傾き、頭は完璧に斜めを向いて、そして側頭部をその誰かの肩に乗せて俺は思いきりもたれかかってしまっている。二の腕同士が押し当たり、相手の体温がとても強く感じられた。
この誰かとは何者か?そんなものは考えるまでもない。俺は申し訳なさのあまり青ざめながら跳ね起きた。
「ごっ、ごご、ごめんなさい先輩…っ」
「う、ううんっ………い、いいの…ほ、本当に、気にしないで………っ」
先輩の様子が明らかにおかしい。バスに乗って眠り込んでしまう前と違って見るからに取り乱しているし、顔も相当赤くなっているように見える。思わずうたた寝なんかして彼女に寄りかかるような真似をしてしまっていたことをひどく後悔したのだが…間の悪いことに俺のしでかした失態はそれだけではなかった。
「あ、あの……な、夏樹くん…その、手……」
「え、あ、はわっ!?」
先輩の様子がおかしくなったのに気を取られていると
、彼女から指摘を受けて初めて俺は彼女の手を握りしめていたことに気がついた。どうも眠っている最中に気づかず握ってしまっていたみたいだ。俺は慌てて握っていた手を開いて引っ込めた。
しばらくニ人の間に沈黙が流れた。隣り合って座っているせいで彼女の様子をうかがうこともなかなかできない。無意識にしたこととは言え、いきなりの過剰なスキンシップで嫌悪感を抱かれたりはしていないだろうかと俺は気が気でなかった。
バスの走行音だけが響き続ける、なんとも気まずい時間。その居心地の悪さに耐えきれなくなってきて、首をわずかに前に傾けながらほんの少し横を向き、ちらりと横目に彼女の様子をうかがおうとした…そのとき。
ぽふん…っ
なんとその彼女の方から不意に頭を肩に乗せてもたれかかってきたのだ。俺は突然のことに思わずビシッと石化したかのように背筋が瞬時に真っ直ぐに矯正され、顔も正面を向くとそのまま固まってしまう。
「ん…」
俺にもたれかかった先輩が何やら悩ましげな声を漏らしたかと思うと、今度はおずおずと俺が引っ込めた手の甲に手のひらをゆったりと撫でるようにしながら添えてくる。俺はわけが分からないままその動きに誘われるようにゆっくりとその手をひっくり返していく。すると彼女も返された手のひらに自らのそれをひた、と押し当てながら指先を絡めてきて……気がつけば俺たちはどちらからともなく、それでいて先ほどよりもぎゅっと強く…手と手を繋いでしまっていた。
流れていた気まずい空気が、甘酸っぱさに侵食されていく。バスに乗車してからそれほど経っていないこのわずかな時間の間に何が起きたのかまったく想像もつかないが…今確かに先輩は俺に身を擦り寄せ甘える様子を見せている。これまでの長い付き合いの中でも経験したことのない彼女との触れ合い方にわずかながら呼吸が乱れてしまう。
俺は今ひどく混乱していた。この状況は果たして喜ぶべきなのか?もちろん彼女がこんな風に接してきたら普段の自分ならそれこそ舞い上がって喜んでいたことだろう。だが、今の彼女の様子はなんだか病的にも見える。
まさか俺の病気が彼女にも何かしらの悪影響を及ぼしたとか…?俺が知らないだけでもし伝染性の合併症のようなものがあったとしたら…?そうだとすればとても申し訳ないなんて言葉で済ませられるものじゃない。俺の心はますます乱れて今にもおかしくなってしまいそうだった。
さらにたちの悪いことに今スマホは彼女と接している側のズボンのポケットに入っていて、取り出そうにもそちら側の手が塞がれてしまっている。かといって反対の手を使おうにも、彼女の太もももほとんど密着してしまっているため、下手にポケットをまさぐればそれだけ彼女の身体に意図的に触れてしまう恐れがある。今の彼女をやたらとベタベタ触るのははばかられたため、現状について何か調べたくてもどうすることもできなかった。
身動きが取れないながらもそわそわと落ち着きを失いかけていた俺の背中を押すかのようにようやくバスが目的の停留所へもうすぐ到着予定であることを知らせてくる。
「せ、先輩、そろそろ降りるところ着きますから、行きますよ」
「ん…うん……」
先輩は俺の呼びかけに対しても生返事を返すばかりで心ここにあらずといった様子だ。偶発的ながら車内で短い睡眠を取ったことで少し体力が戻りつつあったのは、先輩を伴いバスを一緒に降りなければならないこの状況においては幸運だったと言える。
念の為俺が先に降り、万が一に備えて後から降りてくる先輩を見ながらとっさに動けるよう構える。
一段一段、ゆっくりとタラップを降りていく先輩、しかし最後の一段を降りたそのとき。
「きゃっ」
「あ、危ないっ!」
先輩の体がぐらりとバランスを崩した瞬間俺はすぐさま前に進み出て、そのまま倒れそうになる彼女を正面からがっちりと受け止める。女と化した細腕で彼女の身体を支えるのは少し厳しいものがあったが、それでも全身に力を込めて無事転倒を阻止することができた。
「大丈夫ですか、先輩…?」
「はぁ…はぁ…」
俺はそっと囁くような声で呼びかけてみたが、先輩は俺の身体にしがみついてうつむいたまましばらく動かない。なおも注意深く観察していると、先輩の息づかいがなんだか乱れていることに気がついた。心なしか手のひらを通して感じられる体温も妙に高い気がする。
「……先輩、一回オレの家行って休みましょう。身体落ち着いたら家まで送りますから」
「な、夏樹、くん…」
俺の言葉に先輩がしなだれかかり肩口に顔を寄せてくる。それほどまでに辛くなってしまっているのかと感じて俺はますます焦燥感に駆られた。
一刻も早く先輩を休める場所まで連れて行かないといけない。その一心で俺は先輩と腕を組み並び立った。
「ひゃ…な、夏樹くんっ…?」
「しっかり捕まっててください、オレが支えてますから」
小さく驚くような声をあげた先輩に横から語りかける。すると先輩は少しの間を置いた後ぎゅっと俺の腕にしがみついてきた。その様子を受けて俺は内心頷くと彼女と歩調を合わせて、そこからさほど遠くない自分の住む家へと歩き出す。
お互いの二の腕がお互いの胸に強く押し当たるのも構わずに、俺はあくまで先輩を助けたい一心で必死になって彼女を支え続けた。そこに下心なんて抱く余地など存在せず、あくまで純粋に彼女を想う気持ちからそうしていたのだが……彼女にとってはむしろこの一連の行動が彼女自身を苛む『病魔』をさらに悪化させ互いにとってある意味最悪の結末を迎える要因となってしまっていたことに、俺はこのときまだ気づくことができずにいた。
いよいよ濡れ場です。濡れ場回は前書きも後書きも黙りますのでどっぷりと没入していただければ幸いです。