スイーツスキル~不遇な俺をこのスキルが変えた~ 作:赤い髪の勇者
お待たせしました。投稿です。
朝の空気は冷たい。
春のはずなのに、夜が明けきらない時間帯の風は冬の名残を残していた。薄いジャンパーの襟を立てても、冷気は容赦なく肌に染み込んでくる。だが、それよりも問題なのは──
──腹が減った。
それが、今の俺にとって最大の問題だった。
俺は高校に通っていない。いや、正確には通えなかった。
中学を卒業してから、俺には行く場所がなかった。
高校へ進学する金はなく、祖母も数ヶ月前に他界した。頼れる親戚もいない。住む場所もなくなった俺は、空き家になった祖母の家を追い出され、駅前や公園を転々としながら生き延びるしかなかった。
「学校なんて行ったって仕方ないよ。どうせ、どこもお前を雇ってくれないんだから」
そんな言葉を、どれほど聞かされたかわからない。
だから俺は、働くこともできず、ただ生きるためだけに、こうして夜を彷徨っている。
──腹が減った。
食べ物は、ほとんどない。家には炊いた米すらなく、日によっては水だけで空腹を誤魔化すしかなかった。まともな食事にありつけるのは、運が良かった時だけだ。
だから、俺はコンビニの廃棄をあてにする。
深夜になれば、店は売れ残った弁当やおにぎりを廃棄する。もちろん、それを客に渡すことは店のルールとして禁止されている。だが、時々、優しい店員がこっそりと渡してくれることがある。
俺は、それに頼るしかなかった。
──行くしかない。
俺はポケットに手を突っ込みながら、街灯がまばらに灯る道を歩いた。目的のコンビニは、自宅から徒歩十分ほどの場所にある小さな店だ。
ガラス越しに中を覗くと、ちょうど店員が廃棄の袋をまとめているところだった。俺は一度深呼吸し、ゆっくりと店のドアを押した。
入ると、店内の暖房が冷えた体を包み込んだ。少しホッとしながら、俺はレジに近づく。
レジの奥には、いつもの店員がいた。
川田。
このコンビニのオーナーの息子で、数年前から店を手伝っている。年齢は俺より三つ上、元々地元の高校に通っていたが、今はフリーターらしい。
「……あの」
できるだけ静かに声をかける。
「廃棄、余ってたら……分けてもらえませんか」
このコンビニは、毎晩決まった時間に廃棄処分の弁当やパンをまとめる。賞味期限が切れたものを店のゴミ箱に捨てるのだが、裏で店員とその知り合いが持ち帰ることもあると聞いた。
俺は何度かここに来て、廃棄の食べ物を譲ってもらったことがある。特に決まりはないらしいが、店の判断次第では、もらえることもある。
川田は、面倒くさそうに俺を一瞥した。
「ああ? またお前かよ」
「……すみません」
俺は深く頭を下げた。自分がみじめで情けなくても、今はそれどころじゃない。ただ、食べ物がほしかった。
だが、川田は鼻で笑った。
「は? お前みたいなやつにやるもんなんかねーよ」
「……どうして」
「どうしてもクソもねーだろ」
川田はレジのカウンターに肘をつき、俺を見下ろした。
「お前の親、犯罪者だろ? そんなやつのガキに食いもんなんかやれるわけねーじゃん。店が汚れる」
心臓をつかまれたような感覚だった。
「お前さ、マジで恥ずかしくねーの?」
「……」
「高校にも行けねえ、まともな仕事もしてねえ、挙句に廃棄漁りかよ? 終わってんな」
笑いながらそう言う川田の横で、別の店員がクスクスと笑っていた。
「お前さ、ゴミ漁るのもいいけど、そろそろ世間様に迷惑かけんなよ?」
「……別に、誰にも迷惑かけてない」
絞り出すように言った言葉に、川田は大げさに眉をひそめた。
「いやいや、かけてんだろ。犯罪者の息子がこの町にいるだけで、こっちは迷惑なんだよ」
ズキリ、と胸が痛む。だが、こんな言葉は聞き慣れていた。
「もう来んなよ」
川田は俺を手で追い払うようにしながら、奥のスタッフルームへと消えていった。
俺は、黙って店を出た。
──空気が冷たい。
さっきまで店内にいたからか、寒さが一層身に染みる。
空腹は消えない。むしろ、さらに胃が痛くなった気がする。
「……はは」
笑えてきた。こんな扱いは今に始まったことじゃない。子供のころからずっと、俺は「犯罪者の息子」として見られてきた。何をしても許されず、何もしていなくても責められた。
──何のために、生きているんだろう。
──結局、何も食べられなかった。
夜の冷たい風が、容赦なく俺の体を包む。
コンビニでのやり取りを思い出すたびに、胃の奥がぐうっと締め付けられるような感覚がする。空腹のせいだけじゃない。胸の奥に染みついた悔しさと惨めさが、じわじわと全身を蝕んでいた。
もう帰るしかない。
この町に、俺を受け入れてくれる場所なんて最初からなかった。
俯きながら、人気の少ない裏通りを歩く。ここを通れば、少しは人目を避けて帰れる。
だが、その期待は、すぐに打ち砕かれた。
「おい、なんかいるぜ?」
低く、嫌な笑い声が聞こえた。
立ち止まると、数メートル先の路地に、三人の人影が見えた。
真ん中に立っているのは、一番見たくない顔──藤田翔だった。
この町の権力者の息子。
翔の家は、代々続く地元の名士であり、実質的に町を牛耳っている。金と人脈があり、警察や役所にも顔が利く。そして、その権力を笠に着て、好き放題しているのが翔だった。
中学時代から俺をいじめてきた張本人。
その横に、杉本圭介と達也の姿がある。二人とも翔の取り巻きで、昔からこいつとつるんでいた。
「おいおい、誰かと思ったら──」
翔がわざとらしく眉を上げる。
「犯罪者の息子じゃねぇか」
取り巻きたちが笑う。俺は何も言わず、ただ歩き出そうとした。関わるだけ無駄だ。
だが、その意図を察したかのように、翔が俺の進行方向に立ちふさがった。
「無視かよ? つれねぇなぁ」
「……どいてくれ」
「お前、さっきコンビニ行ってただろ? 廃棄でももらいに?」
心臓が跳ねた。翔たちは、俺がコンビニに行ったことを知っていたのか。
「どうだった? もらえたのか?」
「……関係ないだろ」
俺がそう言うと、翔はわざとらしく肩をすくめた。
「いや、気になっただけだよ。なんせ、俺たちの町に"浮浪者"がいるのは困るからなぁ」
「ははっ、お前もうホームレスみたいなもんだよな!」
杉本が笑いながら言う。
俺は歯を食いしばり、無理やり足を動かした。しかし、翔はすかさず俺の肩を押し、壁際に追い詰める。
「なぁ、どうしてお前、まだこの町にいるの?」
翔が小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言う。
「こんな町、出てけばいいじゃん。どうせ、お前みたいなのを雇うところもないし、誰も助けてくれねぇよ?」
「そうそう、犯罪者のガキがウロウロしてるだけで迷惑なんだよな」
達也がニヤニヤしながら言う。
、、俺だってこんな街出ていきたかった。だけど、もしこの街を出て行ったって俺に行く当てなんてない。また人から冷たい目を向けられて野垂れ死ぬのがオチだ。、、、だったら俺は両親がいたこの街から離れたくなかった。
「でもさ、こう考えたらどう? お前の親、刑務所の中じゃまだマシだったんじゃねぇの?」
俺は拳を握った。
「……なんだと」
「だって、刑務所なら飯も出るし、屋根もあるし、働かなくてもいいしな!」
翔たちは爆笑した。
俺は拳を握ったまま、動けなかった。殴りたい。こいつらのふざけた笑顔を消してやりたい。
だが──
やれるわけがない。
翔に手を出せば、それこそ終わりだ。この町では、翔の言葉が"正義"になる。俺がどんなに正しくても、こいつに逆らえば、それだけで俺が"加害者"になる。
結局、俺は何もできない。
「……もう、いいだろ」
振り絞るように言った。
「どいてくれ」
翔はわざとらしく考えるふりをし、
「うーん……まあ、いいけどさ」
そう言って俺の肩をポンと叩いた。
「またな、犯罪者の息子」
それが合図だったかのように、取り巻きたちも笑いながら俺の肩を小突いたり、背中を押したりしながら去っていった。
俺はその場に立ち尽くした。
夜風が、痛いほど冷たかった。
──俺は、何のために生きているんだろう。
その答えは、どこにもなかった。
冷たい風が肌を刺すように吹きつける。
俺は無言のまま、人気のない裏通りを歩いていた。
翔たちと鉢合わせたせいで、心の中にドス黒い何かが渦巻いている。何を言い返すこともできず、ただ耐えるしかなかった自分に嫌気がさす。
──結局、俺は何も変わらない。
生まれた瞬間から人生は詰んでいた。俺は何をしても無駄なんだ。
胃の奥が鈍く痛む。空腹のせいだけじゃない。あのくだらない笑い声が耳にこびりついて離れなかった。
路地を抜け、大通りに出る。
深夜の街は静かだった。昼間はそこそこ人通りがある場所だが、この時間帯はほとんど誰もいない。唯一、数軒のコンビニとファミレスが灯りを点けているくらいだった。
──帰るか。
力なく歩き出し、人気の少ない路地裏へと向かう。どこへ行こうかなど、もう考えなくなっていた。ただ、足の向くままに歩く。
いつまでこんな生活を続けるんだろう。そんなことを考えながら歩いていると──
ふと、一人の老人が何かを落とすのを目撃した。
(あれは、、財布か?)
老人はどうやら気づいていないらしく、そのまま立ち去ってしまった。俺はその財布から、目が話せなかった。
(、、、、、。)
気がつくと、俺は素早くその財布を手に取っていた。心臓が激しく鼓動する。
(、、中身を確認するだけだ。もしかしたら中身を取られているかもしれないから、、。)
落ちてから俺のほかには誰も手に取っていないのにそう自分に言い訳して、中身を確認した。
「うわ、、、。」
財布の中には、ぎっしりと万札が詰め込まれていた。今まで見たことがない金額に、足がガクガクする。
(、、、これだけあれば、、好きなだけ贅沢できるぞ、。)
このお金があれば、コンビニの弁当も、お菓子も好きなだけ食べられる。ホテルにだって泊まれるかもしれない。いや、この金額なら服だって買えるだろう。
俺はごくりと生唾を飲む。足が自然と、さっきのコンビニへと向かおうとする。
その時、、俺はさっきの達也たちの顔を思い出した。
(、、、、、何やっているんだ俺!!こんな事駄目だろうが!!)
俺は振り返ると、、、さっきの老人が歩いていった方へと駆けだした。
喉が痛い。走っているので風も冷たいし、足にも疲労が溜まっている。だが、、、俺は走るのを止めなかった。ここで走るのを止めたら、俺は本物の負け犬になってしまう。
「、、、見つけた!」
あの白髪にくたびれたコート、間違いなくあの老人だ。俺はもうひと踏ん張りとばかりに足を動かした。
「、、まって、、待ってください!」
「うん?」
俺が声を掛けると、老人は不思議そうに振り返った。
「、、よ、よかったっ、追いついた、、。」
「おお、大丈夫かい?そんなに慌てて、、どうしたんだね?」
慌てている老人に向けて、俺は財布を差し出した。
「この財布は、、私の?」
「は、はい、、落としたのを見つけて、、届けなければと思って、、。」
老人は目をパチクリとさせると、笑顔で財布を受け取った。そして、、優しく俺の頭を撫でた。
「ーーありがとう。君は本当に優しい子だね。」
ーーーその言葉に俺の目から熱い涙がこぼれた。
今まで誰も、、誰一人としてそんなことを言ってくれる人はいなかった。祖母は俺の事を邪魔者扱いして、達也たちは悪意を思う存分ぶつけてきて、、、大人は俺の事を守ってくれなかった。
だけど、、この老人は、俺に優しくしてくれる、、そのことが本当に嬉しかった。
「大丈夫かい?」
「っぐ、、はいっ、、!」
老人に撫でてもらいながら、俺は涙を流し続けた。
「もう大丈夫かな?」
「は、はい。すみませんでした!」
「気にしないでいいよ。何か事情があるんだろう?」
老人はにこやかに微笑む。いつまでもこの人と話していたいが、、もし街の奴らに見られたらこの人に危険が及ぶかもしれない。
「ではこの辺で、、そろそろ行かないと。」
「もう行ってしまうのかい?出来れば食事なんか、、。」
「、、、、、いえ、大丈夫です。必要ありません。」
「そうか、、じゃあ、これだけでも持っていってくれ。」
そう言うと老人は一つのものを俺に差し出して来た。
「お菓子、、、?」
それは赤い丸っこいキャラクターが書かれたパッケージのお菓子だった。初めて見るお菓子に目を奪われる。
「知り合いに貰ったんだけど、甘いものが苦手でね。もし良かったら食べてほしいんだ。」
「、、いいんですか?」
「もちろん。このお菓子も君に食べられたがっているよ。」
俺がお菓子を食べる、、こんな贅沢許されていいのだろうか。
「ありがとうございます、、!」
「こちらこそありがとう。君に幸福があらんことを。」
俺は手を振って老人と別れた。
ーーーこの世界もまだ捨てたものじゃない。お菓子の袋を握りしめながら俺は歩き出した。