※リョナ要素アリ
※胸糞要素アリ
※男子生徒アリ
※説教要素アリ
※pixivにも投稿しています
これを夢だと認識できたのは、瞼を開いた途端に入ってくる光景を情報としてかみ砕いた瞬間だった。こんなのは、ありえないんだなぁって。
「……ママ? どうしたの? お腹痛いの?」
「ん~? どうしてそう思ったのかな?」
穏やかな風が頬を撫でる平原。今日は家族みんなでピクニック。シートを敷いてお弁当を広げて、近くには大好きな夫が元気な子供たちと目一杯遊んでくれている。
それを見つめている自分は、いつの間にやら寝ていたのだろうか。うららかな風を運ぶ場所で、枝のパラソルを広げてくれる木に寄りかかっていたようだった。
隣にいる末っ子が心配そうに見つめていた。自分の不安げな顔を見せてしまったのだろう。
指を伸ばしてくる。ちっちゃなおててが、ほっぺを拭った。自分が、涙を流していることにすら気づいてなかった。
「……ほっぺ、ほっぺかぁ」
触れてくれる娘の手が、あったかく感じられる。こんな温かい気持ち、いつぶりだろうか。
ポケットに入れてあった手鏡で自分の顔を見てみる。そこには、『久しぶり』に見る自分の顔があった。
腰まで流れていく桃色の頭髪を髪留めで一本にまとめて、青と黄色のオッドアイがきらきらと輝いている。年齢はもう30は過ぎたのに、子供のころから外見がほとんど変わっていない。幼くありながらも、それでも芯の部分には成熟した女性。それが、鏡が映し出した姿だった。
「泣いてたよ。だいじょうぶ……?」
「……うへぇ。自分の子供に心配をかけちゃうなんて、お母さん失格だなぁ」
えへへ、と頭をぽりぽりと掻きながら困っている風にしてみせる。こういった能天気なキャラクターも、演じてみれば十数年。それが、結婚して子供がいても続いているのだから、もうしっかりと根付いてしまったのだろう。変えることは難しそうだ。
寄り添ってくれる子供が、心配そうな目で見つめながら離れようとしない。寂しがり屋で甘えん坊だけど、母親想いのとっても良い子。
こんなにいい子が自分の子供となってやってきてくれた。
自分のお腹に宿ってくれた。
そんな美しくも『ありえない』事実に、胸の中が満たされてしまう。喜びと充足感で、だけど、それ以上に罪悪感で。
「……お母さん?」
「なんでもないよ。ありがとうね、楽しい夢を見せてくれて」
柔らかくも暖かな娘の頭。マシュマロのようにぷよぷよしたほっぺをすりすりと撫でながら、指に伝わる温かさを実感していた。
もっとここにいたい、ずっとこの場所にいたい。この光景を、夢のままで終わらせたくない。
でも、それじゃあダメだ。自分は罪を犯した。ちゃんと、現実を向き合わなければいけないんだ。
「……お母さん? お母さん! どこ、どこいくの! どうして置いてっちゃうの!!」
切なげに呼びかける声がずっと後ろの方で求めてくる。ここにいてほしいという気持ちの声は、それはまるで自分にも言い聞かせているようにも思えた。
前へと向かう足は止まらない。止めてはいけない。この先にあるのは、現実から、向き合わなければいけない物から目を逸らした自分への罰なのだ。
帰るべき世界に、帰らなければいけないのだ。
(……あぁ、消えていく。景色も、見たかった光景も、子供も、夫も――)
脳裏に過る、あるはずのない想いで。出会い、結ばれ、結婚、出産、暖かな家庭……それらが全部、単なる幻となって消えていく――
※
シャーレの先生が逃げ出した。誰もが目と耳を疑うような情報が、真実であると誰もが噛みしめた瞬間、キヴォトスの法は脆くも崩れ去ってしまった。
これまで多くの自治区で事件を解決してきた消え去り、これまでキヴォトス各地で燻っていた犯罪者たちが一気に火が付いたように各々の悪事を行い始めた。
各校の生徒たちは各々の区の対応に迫られた。相次ぐ犯罪者たちの行動、悪化していく治安、さらには自暴自棄となって犯罪に便乗する一般市民さえ出始めて、もはやヴァルキューレどころか各区の自治を行っている者たちの手に余る災禍の芽は、年若い生徒たちが刈り取るには遅すぎるくらいに広まり切っていた。
連邦生徒会ですら、もう各区について起きている事件すらも『各々の自治区で起きている問題は自分たちで守ってくれ』とばかりに見放してしまった。
……それは、ゲヘナやトリニティといった人が多い場所ならともかく、守れる者たちが実質五人ほどしかいないアビドスにとっては死活問題といえた。
「へぇ~、じゃあここらへんなんスか先輩? 例のあいつがいるって」
「あぁ、まあな。アイツ、結構聞き分けがいいんだよ。暇つぶしになったときにはよく遊びに行くんだ」
制服を纏った二人の男子生徒が、灼熱の砂漠を横断していた。そこらのキヴォトスの住民や頑丈な生徒たちですらへばってしまう地獄のようなアビドス自治区の砂漠地帯は、バスや電車を使うことを推奨されている地域だ。そうでなければ、絶対に迷うし遭難してしまう。
二人はアビドスの外からやってきた上級生と下級生の男子二人組。他所の区からやってきた二人がアビドスにやってきたのは、
しかし、この二人の青年は頑丈だった。水の入った水筒と携帯している塩タブレットさえあれば、この砂漠地帯を『この程度』と言えるほどに楽々に進むことが出来る。キヴォトスの生徒であるならばなおさらだった。
そんな砂に埋もれた道を歩きながら、その途中までに見かけていた建物や駅を視界の端で捉えていく。
しかし、そんなものに興味はなく、一度視界に入ったものが外れていったら、途端に記憶から一つずつ消していった。
その間も、先輩と呼び親しんでいる青年は先ほどから話を続けている。始めてきた場所だからこそ、もっともっとと話を続けたいのだろう。
「うっわマジすか! 先輩、あかつき?のホルスって女ぼっこぼこにしたンすか」
キラキラとした瞳を向けてくる後輩に、思わず「まぁな」と言いながら先輩と呼ばれている青年ははにかみながら答えた。
キヴォトスが荒れ放題になってからアビドスに足を運んだ際、その時に出会ったのがホシノと呼ばれる少女とその後輩たちだった。
青年がここに来たのは、特に理由はない。人がいなくて寂れた場所だったから、後輩たちとバカ騒ぎして遊べる場所がないか探していたときに、ちょうどいい感じの土地だったからやってきた。それだけだったのだ。
もちろん、ここで暮らしている女たちは青年のことを拒絶した。私たちが暮らしている場所で好き勝手なことをするなと、絶対に先生はここに戻ってきてくれるんだと。今はキヴォトスから離れてしまったけれど、絶対に私たちの所に戻ってきて、また前みたいに一緒に居られるんだと
騒ぎ立てる少女たちの姿を見て、青年は呆れた様に大きなため息を漏らした。
――あぁ、こいつらは現実が見えてねぇんだな……
先生はとっくに逃げ出した。もう、キヴォトスを守るために頑張ってくれる大人なんて、どこにもいないのだと。これからは、自分たちのことは自分たちでやり、責任という二文字は生徒である自分たちが背負わなければならないのだと。
だから、青年はここに足を運んだわけだ。
誰にも縛られない自由。
何にも遮られることのない事由。
その自由の中で、大手を振るって好きなことをするためにアビドスにやってきた。ボロボロの廃校は遊び場所として好きなだけ使えるし、砂まみれの家だって使い道は沢山ある。退屈することは、絶対なかった。
だからこそ、青年は徹底的にホシノ達に立ち向かった――あらゆる手段を使って、勝って見せたのだ。
「はぇ~、人質使ってぶっ倒したんすか! さっすが先輩、クレバーっスね!」
「ははっ、まぁな」
アビドス自治区に残っている一部の生徒たちやアヤネと呼ばれる赤い眼鏡をかけた少女。そういった力を持たない者たちを何名か誘拐し、見せしめに何人かを殺して見せた後、アヤネと呼ばれる少女を強姦して心を破壊しておく。こうしておけば、相手の方は顔を青ざめさせて何もできなくなってしまうわけだ。
それからは面白い位に相手の方が崩れていった。人質と友達に手をかけられたことによるショックで瓦解したホシノ達はあっさりと青年の手によって突き崩され、ホシノを除く生徒たち四人は見事にその尊厳を踏みにじられてから死亡。それ以外のアビドスの住民たちの何人かが、彼女たちの後を追うこととなった。
「うっわ、なっさけな~……後輩を守るっつってたくせにあっさり殺されたんスね」
「結構繊細なやつだったみたいでな。レイプしてマンコから精液垂れ流している……アヤネ?を見せた瞬間に一瞬だけフリーズしたみたいに体止めやがったの。あとはもう、交渉の余地もなく好き放題してからやってやったわけよ」
雄弁と物語る青年の姿を見ながら、後輩のほうは感心したように話をおとなしく聞いていた。
話のメインはあくまで青年のほう。自分を含めた後輩たちの遊び場所の確保のために頑張ってくれた先輩が、道中で出くわした『障害物』に対してどのように立ち向かったのか。ホシノと呼ばれる少女は、ただのおまけに過ぎない。
市民を守り、後輩たちも守る。寂れた学園に残るトップの少女とは聞いてはいたが、仲間が汚されただけですぐに冷静な判断を取れなくなって何もかもを守れない。そんな無様なやられ様を見せつけるような相手は、話のメインに置かれることすらおこがましい。
尊敬する先輩の話を、瞳を輝かせながら話を聞き続ける。暇つぶしのつもりがだいぶ長くなっていき、離している側としても「こっちも疲れてんだけどなぁ……」と頭を掻きながらもやめることが出来ない。楽し気に聞いてくれる後輩の顔を見てしまったら、どれだけ面倒でも「しょうがねぇなぁ」と、そう思ってしまうのだ。
「……あ、もしかしてアレっすか。アビドスの校舎って」
目的の場所を指さした後輩に「おう、あれだよあれ」と青年が答える。
砂に埋もれたアビドスの校舎。かつて、この地に多くの生徒たちによって満たされて、自治区内も多いに賑わっていたとは思えないほどに寂れてしまっている。
指をさした光景には、まったく人の気配を感じさせない。空虚な箱と言っていいほどに、風と砂が混じる空気が吹きすさぶばかりであり、からっぽの空間は、確かに大勢で押しかけても暇つぶしの場所として楽しめそうだった。
「いいっすねぇ、ここ! ここで武器やら『クスリ』を大量に集めてぇ……あっ、それとそれと! 他所の区で拾った『性処理便器』連れてきて乱パしましょうよ乱パ! あ、それとそれと! 使い古したメスガキ共を処理したりとかさぁ!」
「ははっ、お前好きだもんなぁ! 使いつぶした雌共の射的遊び! ……あ、でもちゃんと血が飛び散らないようにゴミ袋に詰めておけよ~? ハエとかウジとか湧き出すだろうからさ。ゴミはちゃんとゴミ袋に、な?」
「へへっ、もっちろんですって!」
はしゃぎたてる後輩を見て、「ほんとかぁ~?」と笑いながら頭を小突く。
こんなことを言っているが、後輩は通りがかったミレニアムの生徒を拉致って強姦し、飽きて射殺した際に返り血で知り合いの制服を汚してしまったことがあるのだ。
その時は知り合いの方も「いいっていいって! 今度から気を付けような!」と、相手の方も強姦殺害の初心者はこういうミスやりがちだよなぁと笑いながら許してくれたし、レイプした後の後始末を後輩に教えてくれたりと……なんだかんだミスをしながらも人に気に入られたり、こういう人懐っこい所がコイツのいい所なんだと、まだ予定も決まってないアビドス校舎の使い道を考えながら――
「――……ぁ゛、あぁ、ぁぅ……は、な、んひぇ゛……っ」
掠れたような声が、校舎の奥から聞こえてきた。
明るい昼下がりの時間帯だというのに、校舎の中は光がついてないから薄暗い。光源となる物がないからこそ、暗いことはわかることだ。
だが、校舎内から感じられる『暗さ』という物が、単なる物理的な光がないゆえの暗さではないのを感じ取った。
何かが、歩いてくる。小さくてちっぽけな、自分たちよりもずっと背の低い何かが杖をつきながらひょこひょこと歩いてくる。
「……よぉ、小鳥遊。遊びに来てやったぜ」
「……えっ!? えっ!? これが!?」
校舎内の暗闇から這い出してきたみたいに顔を見せた者を見て、青年の方はリアクションを変えることなく顔を見たが、後輩の方は驚きであふれていた。
無理もないだろう。暗闇の中から出てきた低身長の異形、怪物、化け物――そう形容するしかない『何か』が、自分たちの目の前にやってきたのだから。
それは、あまりにも人の形状を残した化け物だった。ラフなタンクトップとオムツを着用しているガニ股歩きの怪人。全身が焼けただれたぶよぶよの肌をしていて、顔の方は金槌で何度も叩き潰された肉塊のように醜く歪み切っていて、片方の瞼が開いてすらいないため、失明しているのがよくわかる。
頭髪に至っては一纏めにされた髪の毛以外は、所々に髪の毛が少し残っている程度のまだら禿げ状態。よく見れば頭の地肌も火傷の跡みたいなのが見て取れるため、毛根そのものを焼きつぶされてしまったらしい。髪の毛の色を見るに、色鮮やかな桃色の頭髪をしていたのだろうが、これではもう二度と生えることはないだろう。
異形な怪物と化した存在。これが、かの有名な小鳥遊ホシノの成れの果てだった。
「うぇ~……なんちゅうか、これでも『女』ってのがビックリしますよね……」
「まぁな。後輩たちぶっ殺してから徹底的にボコボコにしてやったからよ。それでもまだ首を縦に振らずにここを守り通してるんだからサイコーだよコイツ」
ぷるぷると自分たちの目の前に立っている汚らしい存在を目にして、後輩の視線が軽蔑と哀れみが混じる視線を孕ませてホシノを見つめ続ける。人間、こんな風になったら終わりだな、と。
そんな視線を向けられて、ホシノも理解しているのだろう。屈辱と羞恥心、そんな気持ちが湧き上がってくるが、体中はボロボロ、足の方も二度とまともに走れないほどに傷を残されたから睨む以外に何もできない。
「……なんでオムツしてるんすか? コイツ」
「俺が思いっきりケツ穴キックとマン的食らわしてやったからさ。しょんべんやらうんこする穴がズタズタになっちまったんだろ? だからそうやってオムツしてなきゃ垂れ流しになっちまうんだよなぁ?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、ぷるぷると下を向いて俯きながら黙りこくるホシノ。
実際、何も言い返せなかった。青年の苛烈な暴力を受け続けたホシノの下半身は、すでに膣穴も尻穴もズタズタになるまで傷つけられて、まともに排泄行為が出来ない。出す物を出そうとするたびに、耐えがたい激痛が走る上に、どこかが傷ついたのか緩んだ下半身はそんな排泄物をそのまま垂れ流しにしてしまうくらいに、ホシノの下半身は人としての機能を失ってしまった。
もう、これだけの暴力にさらされたのに、ホシノには何もできない。
ここを遊び場にしようと宣言して、あらゆる手段を使って後輩であるアヤネたちを傷つけ、犯し続け、挙句の果てには命まで奪われてしまった。かつての力も失われて、もう抵抗なんて睨むことしかできない。
「……あ?」
「んん?」
体に力を込めていく、俯いていた顔を相手の方に向ける。
その姿はあまりにも惨めだった。まだら禿げのオムツを穿いたチビが、自分よりも背の高い男たちを睨みつけていく。それが、ホシノが今できる精一杯の反逆だった。
たとえ、相手を倒すことが出来なくても、相手を止めることはできなくても。それでも、思い出の場所を守ろうという意思は消えない。
「もっ゛……かぇっひぇっ……おねが、ひ、だかりゃ……かぇっひぇっ……っ゛」
言葉にならない言葉を履き続け、ぽろぽろと溢れる涙を止められない。
涙が出てくるのは片目だけだった。もう片方の目は、青年のキックでケリ潰されてからは何も見えない。たった片方の芽だけで、もうやめてくれという意思を伝え続ける。
口の方もまともに動かせない。歯の方は何度も殴られたからすきっ歯だらけで、顎の方もまともに閉じる力を失ってしまっている。
しくしくと泣きながら、もう来ないでほしいと願い続ける。抵抗する力もなく、その代償となる物を支払う能力もなく、ただただ無垢なる少女の祈りがささげられ――
「お、ほねがひ、だかりゃっ゛……おかね、なりゅもの、あるからっ……それ、もっでがぇ゛っ゛、ぐべぇ゛っ゛!!」
ぼろきれの様に吹き飛んで蹴り飛ばされた体が、まるで紙屑の様に校舎の中へと転がっていった。
「ぐべぇ゛っ゛!! ぐぇぇええっ゛っ゛!!」
「……うーっわ、うっぜっすよコイツ……」
ケリを入れたのは後輩の方だった。
話はまだ途中だったが、聞いているうちに見苦しさを感じる気持ちの方が上回ったのだろう。聞きたくもない話をパパっと中断させるために、砂漠地帯を歩ききったシューズをホシノの顔面に叩き込みたかったのだ。
床の上でヒクつかせながら、悶えるホシノの残った頭髪を掴みながら引っ張り上げる。青年が髪の毛をむしっていく際に、どうせならと残していた場所だ。おかげさまで、掴みやすかった。
「オイ、テメェ勝手こいてんじゃねーぞ。後輩やアビドスの市民やらを守れなかったのは誰のせいだよ、あ゛? テメェの至らなさを何他人のせいにしてんだよ? えぇ、オイ?」
「あっ、ふぁ゛っ……ん、ふぁ゛……っっ」
すきっ歯だらけの口が、抗議の声を上げようと頑張っていく。頭を持ち上げるために、髪の毛を取っ手のように使って見せているが、髪の毛によって顔面の筋肉が引っ張られていく激痛にあまり口を開くことが出来ていないようだ。
「そりゃあさ、誰だって自分のミスを認められねぇのはつらいよ。でもな、どんなに辛くたって現実と向き合わなきゃ誰だって辛くたって当たり前なんだ。それをよ、お前はよ、なんなんだ? 自分のミスを認めねぇでなんで先輩のせいにできるんだ? あぁ?」
「ぁ、ひ゛っ……だ、だっひぇ……だっひぇ……っ! ん、っびぃいぃっ゛!!」
声を上げかけていたホシノの頬に鋭い平手打ちがさく裂する。
乾いたビンタの音が、ぱぁんと校舎の中で響いていった。
「……お前に押しておいてやるよ。先輩はな、連邦生徒会やらヴァルキューレに悪質な犯罪者って濡れ衣を着せられてんだよ」
「お、オイ……それはいいだろ」
「気まぐれで通りがかった無関係のパンピーぶっ殺したりしてるよ。大人子供だって無差別に手をかけるさ。注意してきた正義実現委員会のクソメスを強姦して、認知してねぇガキを孕ませたりとか……たったこの程度のことで不良を通り越して犯罪者扱いされてるよっ……」
いら立ちを孕んでいた後輩の声がだんだん震えていく。怒りを纏っていた物が、悲しみの色に染まっていった。
「それでも、連中に不良のレッテルを貼られても先輩は胸を張って生きている。お前みたいに、後輩を守れもしない屑とは違ってな」
「……ちょっと待て、俺にいい考えがある。そいつを羽交い絞めにして立たせろ」
ホシノに対する説教を続けていく中、いきなりの青年の提案に後輩の方が「えっ?」と声を上げてしまった。
一体、何をする気なのか。この時だけ、ホシノと後輩の心が一つになっていた。
言葉の真意を読み取れず、呆気に取られてしまったが、そこは信頼できる先輩の言葉。彼の言う通り、ぼろ屑の少女だった成れの果てを青年に見せつけるように羽交い絞めにした。
「よーし、そのまま掴んでいろ。小鳥遊、これからお前の腹の部分を潰す。一撃でな」
鈍く光っていた片目が、ひくりと涙をにじませながら体を震わせる。言葉に含まれた敵意と殺意に、彼女の顔が恐怖で歪んだからだった。
「せ、先輩……」
「こいつがここまでアビドスに執着するのはな、過去にしがみつける余地がまだあるからだ。なら、コイツの母親になるための『機能』をぶっ壊す。もう、女としての役目なんて外見をぐずぐずにしてやったからどうしようもねぇが……」
瞳をジッとホシノに向けて、蹴りを叩き込むための構えを取り始める。
いつもやりなれている喧嘩殺法。力を入れられる体勢、タイミング、コツ。それらを独学で習得してきた青年だからこそのスタイル。己の全身全霊をもって、この身に溢れる力をホシノの腹部に向けて叩き込む。
一点に集中する。意識も、集中も、その力のすべてを。
「『可能性』を摘み取ることはできる。お前が過去に執着しているのは、お前がまだ逃げたクズに助けてもらえるという考えが残っているからだ。そして、そんなクズと結ばれるなどとマジで考えているからだ」
「うーわ、マジっすか……んなぐちゃぐちゃのまだら禿げのバケモンフェイスでよくまぁ『女』でいられると思ってるなお前……」
「だから、ほんのわずかにでもお前の体に残っている『可能性』を叩き潰し、そんな未来はないって教えてやるよ」
青年の言葉を聞き終わり、ホシノの顔が青ざめる。
彼は本気だ。本気の力を自分に叩き込む気なんだ。その全身全霊の蹴りで、自分のお腹をつぶす気なんだ。
途端、ホシノの脳裏に夢の光景が広がっていた。
草原で楽しそうに子供たちと遊んでくれる大好きな人。いつも笑顔で、悲しみや苦しみなんて無関係な平和な世の中で生きてくれる大切な子供たち。
そこには家族だけでなく、遊びに来てくれたアビドスの後輩たちもいた。子供たちは彼女たちにもなついていて、いつも仕事で忙しい時は見てくれてたりと、学生時代のころから頭が上がらないとっても良い子な生徒たち。
きっと、子供たちも自分たちの様に大きくなって『生徒』になっていろんな青春を送って、大好きな旦那様のような立派な『大人』になって夢をかなえていく。そんな、ありふれた素敵な未来が――
強靭な足によって生み出される瞬発力。それらから発せられる強烈な一撃が、ホシノの腹部に見事命中して見せた。
「んぁ゛ぁ゛ああ゛アアっ゛゛ぁぁぁあぁぁ゛ぁあぁ゛っ゛っっ゛!!! あ゛ーーーーーーーーーーっ゛っ゛っ゛!!!」
ずむんっ、と鈍く深い音が、ホシノの腹にしっかりと受け止められていく。
途端、か細い声しか出せないはずだったホシノの喉から大音量の雄たけびが校舎内に響き渡り、血が混じった泡がぶくぶくと口の端から漏れ始めた。
ぶつり、と。潰れてはいけない何かがつぶれた気がした。もう、取り返しのつかない大切なものが、真の意味で可能性ごと消え去った音が、自分の体の中から聞こえた気がした。
「あ゛、あ゛っ……あ゛っ、ォ゛、ぉぉおぉおおぉぉぉっ゛……っ゛」
「うっわ、豚の悲鳴みたいっすね……きっしょ……」
「……よし、もう離していいぞ」
力を込めて羽交い絞めにしていたホシノを解放する。どさりとその場に倒れこみ、ぼろ雑巾の様に床の上で突っ伏している少女は、己の不幸を噛みしめるみたいに「ふっ、ふっ、ふっ……」と激しく呼吸を繰り返していた。
「……さて、そろそろ言ってみろよ。お前が言うべき言葉はなんなのか」
青年が、ジッと自分を見下ろしている。彼は、ホシノが言うべき答えを求めているようだった。
何を言うべきか? そんな深い考えはもう、必要なかった。
守るべきものはなにも守れなかった。アビドスも、街に人たちも、後輩たちも、そして逃げていった先生だって。
誰も、誰も守れなかった。この生きてきた人生の中で、何も得られるものもなく、何も残せるものもなく、なにも守れることもなく。ただただ、アビドスの不毛な砂漠の地と同じくらいに不毛な人生。それが、ホシノの人生だった。
それでも、それでも。すがりかけていた残りカスのような希望が、潰えた。潰えてくれた。
もう、何も期待する必要はない。可能性の低い未来が、可能性その物すら残らない未来に変わってくれた。もう、何もないのだから。
「……あり、がと……ございまひたっ……」
やっと、その言葉を言えた。
「あたま、からっぽの、すかすかの、バカの……みらひを、つぶひて、くりぇて……ありがと、ござひまひた……」
「背が、ひくくて……あたまがわるくて……ごみくずのような、ぶしゅが……ゆめを、みひぇ……しゅみまひぇん、でひた……」
「劣等な、いでんしを……みりょくのない、ゴミのこどもを……かのうせいを、つぶひてくりぇて……ありがと、ござひまひた……」
「こ……ご、ぉ、はいも、ぉ゛……ぅ゛っ! ま、まぼ、れゃ、じないっ゛……っ! ば、ばかを、いまじめ、でっ、ぐ、ぐれでぇ゛……っ! あ、ありがと、ござひまひ、だぁぁあっ゛……!!!」
「な、なんっっっっ゛んにもぉぉぉっ゛!!!! なんっっっっ、ンにも゛っ!! まぼれないばかにっ゛!! ぢゃんどっ゛!! ぢゃんど゛っ!!こどもを、うめないからだに、じでぐれでっ゛……!! あり、ありがどっ゛……! ございまひだぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁああ゛っ!!!」
並びたてられる謝罪は、どこまでもホシノ自身が犯してきた罪の意識その物だろう。心の中で拠り所にしていた夢すらも、見てはいけないのに見てしまった己への罪の一つに加算されたに違いない。
ケダモノの咆哮のような声が、ずっとずっと校舎の中で木霊していく。傷つけられた体は、ずっと床に突っ伏したまま……自然と五体投地の姿勢のままで、誰に向けているかもわからない声を響かせ続けた。
「……じゃあな。次来るときは知り合い連れてくるからよ」
「ま、そん時は別の所に移動しとけよ。見苦しいやつの顔なんて見たくねぇからよ」
※
「あいつ、どーすんすかね。これから」
アビドスの校舎を後にして、自分たちが住んでいる自治区へと戻っていく。
今回は状況が状況だけに様子見で終わらせることにした。本当だったら校舎内に居座って、いろいろと予定を組み立てるつもりだったのだが、浮浪者も同然のやつに絡まれてしまい、中断せざるを得なかったのだ。
帰路についていく中、後輩が振り返る。寂し気なアビドスの校舎をジッと見つめて、あの間抜けがどうなるのかを気にかけながら。
「……さぁな。あのまま終わるならそこまで。だけど、自分の悪いところを見つめなおして、前に進めるかはアイツ次第、だな……」
「……っスね。さーてと、はやくあいつ等にも教えてやりましょうよ。良いアジトが出来そうだって!」
「ははっ、だな」
砂漠の地を踏みしめながら、自分たちの帰りを待つ者たちの所へと向かっていく。
彼らの足取りは軽かった。金もなければ地位も名誉もない、ただの不良男子生徒二人。空を飛べる術もなく、ただただ地を踏みしめながら歩くことしかできないけれど、その足取りはしっかりと未来へと向かっていた。