こんなに心臓が動悸するのは、今まで生きてきて初めてかもしれない。
あずまで命を落としかけた時も、霊山での厳しい訓練でくじけそうになった時も、トコヨノオウと戦った時も、イヅチカナタをやっと倒した時も、どんな時よりも、息が止まりそうなくらい、胸が苦しい。
はぁ、と溢れた息が、二つ。
今までずっと、夜眠る時はひとりだったから、今自分の部屋にもう一人、人がいるのはとても奇妙で、居心地が悪い気がしてならない。
いや、居心地が悪いのはただ人がいるから、ではない。
「そ、そう、ま」
乱れる息の下で名を呼ぶと、こちらを見下ろすイツクサの英雄が目を細めて笑い、再び顔を寄せてくる。
こんな風に接近されるのは慣れていない、それも唇を塞がれて、頭がくらくらするほど深くかき乱されるのは。
「んっ……ふ……」
やめて、と言いたい。こんな事はしてはいけない。
だって彼は強引な告白をした後さっさと里を離れたと思ったら、何年も経ってから急に戻ってきて、こっちの気持ちなどお構いなしに押し倒してきたのだから。
自分には彼を押しのけ、激怒していい権利があるはずだ。けれど、
(相馬。相馬……相馬)
何年も、何年も呼びかけられなかった名前がこだまする。
重ねられる唇が、まるで息をすべて奪おうとするかのように歯の間に割り込んできて口の中をかき乱す舌が、熱くて頭の芯がしびれてしまう。
口づけの合間に咲、と呼ばれるたびに泣きたくなるほど嬉しくて、相馬の服を掴んできつく握りしめてしまう。
(こんなの、ずるい)
突然里へ来た驚きの余韻も冷めないうちに、こんな情熱的に求められたら、日ごろ冷静だと評される自分でも理性を失うしかない。
(相馬は私が思っていたよりずっと、大人なのかもしれない)
世界は自分を中心に回っていると謳う子供のような振る舞いをする相馬に、何て大人げないのかとあきれた事もあったけれど、これはもしかしたら自分より遥かに年上の男の、ずるい計算なのかもしれない、なんて思う。
本気かどうか分からないが、彼を意識してから会う事の無かった年月を、じらした甲斐があったなどと言うくらいなのだから。
「咲」
「あっ……」
舌を離して、相馬は枕に預けた私の頭の脇に顔を沈めた。濡れた唇が耳たぶに触れて、思わずびくっと震えてしまう。
人に触れられる事のない柔らかい耳は、相馬の唇がゆっくりと輪郭をなぞるのも、熱を帯びた吐息が吹き込まれるのも、軽く歯を立てるのも、過剰なほど敏感に伝えてくる。
「や……や、やだ相馬、やめて」
くすぐったい、その上、とてつもなく恥ずかしい。
暗闇でどれだけ見えているか分からないけれど、今きっと耳は真っ赤になっているだろう。
居たたまれなくなって懇願すると、含み笑いが耳朶をくすぐって離れた。一瞬ほっとするも、そのまま唇が首筋をなぞって、鎖骨まで相馬の頭が移動したので、ますます心臓が跳ねた。
「そ、相馬、あの」
慌てて声を発したけれど、相馬はこちらに顔を向ける事なく、まるで形を確認するような丹念さで、ゆっくりと鎖骨を唇でなぞっていく。
それに加えて、両脇を撫でて滑り落ちた手のうち、右手が腰骨に触れて、円を描くように撫で始めたので、ぞくっと得体のしれない震えが走った。
「ちょ、ちょっ、ま、待って、待って相馬」
居たたまれない、恥ずかしい、更に怖くなって、私は相馬の肩を押した。無理に離された相馬はむっと眉根を寄せて動きを止める。
「どうした。今更やめろと言われても、もうとまらんぞ」
言いながら、その言葉を裏付けるように自分の服の襟を引っ張って、いつもはその下に隠れている喉元をあらわにしたので、カッと熱くなった顔を背けてしまった。でも、ともごもご口の中でつぶやく。
「あ、あの、その、わ、私はこういう事は、……経験が、なくて」
「ほう?」
「その、そ、そもそも桜花やホロウみたいに綺麗でもないし、那木みたいに女らしくもないし、凛音さんみたいに……いや実際どうか知らないけど、多分経験豊富な人だと勝手に思ってるんだけど、私は全くそうじゃないし」
「それで?」
「だ、だから、あの、相馬、あなたがどうして、わ、私とこう……したいのか、ちょっと、分からないと、いうか」
ウタカタには魅力的な女性がたくさんいる。
仲間たちは皆、女の自分でも見とれるほど端正な顔立ちをしているし、那木のように、どう考えても男性の目を引くだろう丸みの帯びた女性的な体つきをしている人もいる。
もし自分が男なら、きっと彼女たちに恋をしたに違いない。もちろん見かけだけでなく、皆性格もいい、素晴らしい女性たちばかりなのだから。
それに比べれば、自分はごく平凡な容貌で、背は高くもなく低くもなく、体つきだって目立ったところはない――胸だってそう大きくもない。小さくもないだろうとは思っているが、とにかく他の女性と並んで立てば、埋もれてしまうような凡庸さだ。
だからこれまで男性から、異性として好意を寄せられた事は無いし、それはあずまでも霊山でもウタカタでも同じことだった。
(なのに、どうして)
相馬はよりによって自分を選んだのだろう。その疑問は彼が里を去った後、この胸の中にずっと根を下ろしている疑問だった。
相馬自身は明るくて豪快で頼りがいがあって、英雄であっても偉ぶることなく、誰に対しても気さくな人柄だから、男女問わず好かれているし、女性だって選び放題だろうに。
(どうして、私なのか)
それが分からないから、今こうしているのが、不自然に感じられてならない。
相馬に限ってそんなわけが、と思いながら、以前凛音が『男は好きでもない女に手を出せるくらい、ろくでもない生き物よ。あんまり振り回されない事ね』と助言してきた事まで頭をよぎって、思わず身を縮めてしまう。
「相馬、私は……」
こちらがぐるぐる考えている間、沈黙が続いている。そっと視線を戻すと、相馬がまっすぐにこちらを見つめていた。
常に自信ありげな笑みを刻んでいる唇を真一文字に結んだ相馬の表情は、目が光っていて、まるで刃のように鋭く恐ろしい。続く言葉を見失い、喉を鳴らして顔を伏せようとした時、
「惚れた女を抱きたいと思うのは、当たり前だろう」
相馬が顎を掴んで、目線をそらすのを阻んだ。体が竦むほど真剣な表情で、相馬は静かに、噛んで含ませるように言う。
「さっきも言ったが、俺は好きでもない女に手を出す気はない。お前を弄ぶつもりもない。そんな半端な覚悟で、百鬼隊をやめてウタカタに戻ってくる訳がないだろう」
顔を近づけてきて、額をこつんと当ててきた。また口づけをされるのかと思ったが、互いの吐息が絡み合うほど接近して、相馬は言葉を紡ぎ続ける。
「他の誰でもない、お前がお前だから、俺は咲が欲しい。俺以外の事などみじんも考えさせず、お前の全てを俺のものにしたい」
「相馬……」
これほど近く、額を合わせていると、相馬の声が体の中に響いているように聞こえる。
どきん、どきんとうるさいほどに高鳴る鼓動と合わせてそれは幾重にも重なりあって、深奥までしみこんでいくようだ。それが心地よくて、頬が火照るの感じていると、ふ、と小さな笑い声が聞こえた。
「……今世のムスヒの君を怖がらせられるのは、英雄たるこの俺くらいなものだな」
「え」
ふと目線を上げると、相馬はニッと口の端をあげて、こちらの唇の端に口づけた。
同時に、腰に触れていた手が突然服の下に潜り込んできたので、
「ひゃっ!?」
つい変な声をあげてしまった。咄嗟に腰をひねって逃げようとしたけれど、相馬の足が膝を押さえこんで動けなくなってしまう。
「経験が無いのなら好都合だ。この俺がみっちり、一から十まで余すことなく教えてやる」
「な、え、ま、待っ」
「この期に及んで待つわけないだろうが、阿呆」
「っ!」
固くすり切れた掌が素肌を撫で上げ、胸の膨らみを掴んだので、悲鳴が出かかる。けれど相馬はこちらの口を塞いで、
「んっ……ん、ふ……」
先刻までのやさしさなど嘘のような性急さで舌をねじ込んできて、奥へ逃げようとするこちらの舌に絡み合わせてきた。
息つく間もなく口中を蹂躙するせいで互いの唾液が溢れて、わざとかと思うほど派手に水音を立てる。それに羞恥する間、というよりも、考える間は無かった。
「あっ、やっ……!」
最初は右手だけだったのに、もう片方の手が着物の袷をぐいと開いて、むきだしになった膨らみに触れた。
はじめは下からぎゅっと押し上げ、ついで全体を覆って丸く揉みしだかれる。かと思えば、固く尖った先をきゅっとこすってつまんできて、いつの間にか顔を下げた相馬の口の中に含まれて舌先で転がされて、
「あ……は、ぁん、やぁ、相馬ぁ……」
自分でも聞いたことのないような甘い声が漏れてしまい、じんじんと熱く火照る体にどうしたらいいのか分からなくなって、きつく目を閉じる。
暗闇に引きこもってしまえば、この居心地の悪さから逃れられるのでは、と頭の片隅で考えていたけれど、全くの逆だった。
むしろ目を閉じた事で、より一層相馬の吐息が胸を撫でていくのに反応してしまうし、武骨な指が胸から腹をなぞって行って、足の付け根まで降りていくのを鮮明に感じてしまう。
「そ、相馬、だめ……」
目を開けて、とっさに制止した。
それが何を意味するのか、正直なところよくわかっていない。
男女の営みについての知識は、人ののろけ話で少し聞かされたくらいで、しかも自分から逃げ出してしまったから、理解に乏しい。
けれど、自分でさえ触れたことのない場所に相馬が浸食しようとしている事が怖くてたまらない。
「や、やめて」
胸が大きく上下するほど切れる息の合間から懇願したけれど、相馬は駄目だ、と言下に却下した。
不意に膝立ちになって、勢いよくばっさばっさと服を脱ぎ捨てた。一見優男にも見える顔立ちに反して、闇の中に浮かび上がるその体はどこもかしこも鍛え上げられていて、一瞬見とれてしまうほど綺麗だと思った。けれどすぐ、相馬がこちらの服まで勢いよくはぎとったので、
「きゃ、きゃあああっ!?」
今度こそ悲鳴を上げてしまった。
身動きできないまま、上着も下着も何もかも奪い去られて、ますます体が熱くなった。頭が沸騰してきてめまいすらする。
「可愛い声を出すじゃないか、咲。お前も女だったんだな」
くくく、といかにも人の悪い顔で相馬が笑っているので、
「ふ、ふざけないで、馬鹿!」
腕で胸を隠して逃げようとしたけれど、その腕を掴まれて、頭の上で交差して手首を押さえこまれる。
「や、やだ、相馬やめてっ」
「お前はさっきからそればっかりだな。本当に嫌ならやめるが、今止めたところで、お互い辛いだけだぞ」
ぐっと身を乗り出して、上からこちらを見下ろす相馬は、笑いを含んだまま、もう片方の手をさっきの場所へと移動した。やめて、ともう一度口にするより先に、くち、と小さな水音が聞こえて体がこわばる。
「――お前ももう、準備し始めてるんだしな」
「っ、あっ、ぃやっ……」
また逃げようとしたのに、相馬の指がそこに触れて愛撫し始めると、足を押さえこまれているわけでもないのに、がくんと力が抜けた。
かわりに腕の動きに従って、むき出しになった体の内側を直接こねくり回されているような衝撃が何度も襲ってきて、体が勝手に震えてしまう。
「あっ、あっあっ、は、ぁっ……や、ぁぁんっ……!」
逃げ出したいのに、腰から上がってくる痺れが背中をかけ上って訳が分からなくなる。
相馬が腕の拘束を外して、膝の裏をぐいと押して足を広げさせたので、きっと彼の視界にはこちらのあられもない姿がよりよく見えるようになってしまったに違いない。
けれど自分は間断なく与えられる衝撃――きっとこれが快感、なのだろう――に翻弄されて、そんな事に構っていられない。
「ああっ、そ、そう、まっ……ひあっ!」
名を呼んだ時、ずぷりと音がして、本当に体の中に何かが入ってきた。びくっとして思わず顔を上げると、相馬の中指が根本までしか見えない。
(そ、相馬の指が、中に……)
深々と突き刺されたそれが体内でうごめき、より一層の激しさでかき乱してくる。先ほどまでしつこいほどこすられていた場所を掌で、さらに中を指でかき回されて、悲鳴じみた声が喉からほとばしった。
けれどそれが悲鳴などではない事を、もう自覚している――これは喘ぎ声、だ。自分は相馬の愛撫に恥ずかしいほど、気持ちよさを感じ始めている。
「んっんっ、あぁんっ、そ、相馬ぁっ……」
「――いいぞ。何度でも、俺の名前を呼べ、咲」
ぐちゅぐちゅと信じられないほどの水音を立ててかき回しながら、相馬が荒い息の下で囁いた。うっすら涙でにじむ視界の中、こちらを見据える相馬は肩で息をしながら、獰猛な獣のような荒々しい目をしていた。
ずるっと抜いた指を口元にもってきて、それを舐める――まるでこちらに見せつけるように、濡れて輝くその指を、根本から指先まで、ねっとりと。
「や、やだ……や、めて……」
それが自分のものだとわかってしまったから、耐えられなくて顔を手で覆ってしまう。けれど手にも力が入らなくなっているのか、視界を完全にふさげない。
指の隙間から覗く相馬は、丹念にそれを舐りとった後、
「いいから、お前は俺の名前だけ呼んでおけ。俺はお前に呼ばれるのが、好きなんだ……っ」
寝台に手をついて身を乗り出すと、火がついたように熱いものを、ぐっと押し付けてきた――違う、先ほどまで指が入っていた場所に、相馬自身を入れ始めている。
「っ!!」
声もなく背中がのけぞる。さっきの指でさえ違和感を覚えたというのに、これはけた違いすぎる。大きさも熱も、まるで真っ赤に熱した鉄のようだ。
とっさに足にぎゅうと力がこもり、及び腰になって引いてしまうと、
「は……さ、き……逃げて、くれるな……」
今まで余裕の笑みを崩さなかった相馬が初めて、目を閉じて眉根を寄せた。相馬のはぁはぁと乱れた呼吸が頬を撫でて、腕の震えが寝台から伝わってくる。
(相馬も、つら、い?)
ふとその事に気づく。相馬自身、言っていた。
今やめれば、二人とも辛いだけで終わってしまうと。自分にしてみれば、相馬自身を受け入れる事が怖くて仕方ないが、一方でもしここで相馬と体を離してしまえば、悲しくてどうしていいか分からなくなってしまいそうだ、とも思う。
体にともされた熱はもはや指先にいたるまで轟々と炎のようにいきわたり、相馬の口づけを、愛撫を、熱をもっと、もっとと叫んでいる。
自分がこれほど切実に相馬を求めてしまっているのなら、きっと相馬も同じだ。
そうでなければ、あの相馬がこれほど辛そうな顔で歯を食いしばったりはしない。
「……そう、ま」
そ、と手を伸ばして相馬の頬に触れると、顔をしかめたまま相馬が目を開けた。
獣じみた熱はいまだ瞳に宿ったまま、けれどこちらを映し出して迷いに揺れているようにも見える。
「相馬。相馬……相馬」
何年も、何年も呼びかけられなかった名前を、何度も口にする。呼ぶたびに相馬の眉間のしわが減り、笑みが戻ってくる。
(ああ、その顔)
その自信に満ちた笑顔が、忘れられなかった。八年も願いを背負い、宿願のため走り続けた男の生きざまに感動し、この人に背中を預けられると信じていた。
里を去る日、突然の告白に驚いて、悩んで、気持ちを自覚してしまってから、気ままに送られる手紙を何度も読み返して、嬉しさと困惑で何日も眠れなかった。
そしてまた突然の来訪に驚いて、怒って、久しぶりの口づけにときめいて――
(その顔が、好き)
結局自分は、不遜で子供っぽいこの男が、この笑顔が、好きでたまらないのだ。
「相馬……、……来て」
それを自覚してしまえば、体を、思いを重ねる事に恐怖など感じない。相馬の顔を両手で包み込んで囁きかけると、相手は一瞬目を瞠った後、
「……その言葉を、待っていた。いくぞ、咲」
こちらの掌に唇を寄せた後、ぐっと身を乗り出して腰に力を込めた。同時に灼熱が体の内側に押し入ってきて、
「っく……ぅ、あっ……!!」
圧迫感と痛みに、眦から涙が零れ落ちた。相馬はそれを聞いて躊躇うように止まりかけたが、その腕を掴んで、懸命にかぶりを振る。
「だ……じょぶ、だからっ……相馬、そ、のままっ……」
「はっ、あぁ、もう、こらえきれんっ……!」
熱に浮かされたように、相馬がはじめはゆっくりと、やがてどう猛さを増して動き出す。
ぎしぎしと寝台がきしむ音に合わせて、業火のように押し寄せてくる激痛に声が喉からほとばしり、けれどやがて全身が快楽に飲み込まれていき、我を失っていく。
「ああっ、あぁ相馬、相馬、相馬ぁっ……!!」
「咲、はぁっ、咲、咲……!!」
狂ったように互いの名を呼びながら、共にかけ上っていく。
このまま壊れてしまうのではと恐れながら、相馬とならそれもいいと朦朧とする頭で思い、汗に濡れた逞しい背中に手を回してしっかりと抱き付く。
相馬もまた抱きしめ返してきて、より一層深く、自分自身も知らなかったような体の一番奥深くまでぴったりと寄り添って――やがて、全てを解放した。
瞼に日の光がさして、眩しくて目が覚めた。
「……相馬……?」
体が重い。頭も持ち上げられない。ぼんやりしたまま目を動かしたけれど、朝まで一緒にいたはずの相馬が、寝台の中にいない。
こんなに疲労感を覚えたのは初めてかもしれない。
麻痺した頭を何とか持ち上げてゆっくりと身を起こすと、敷布が滑り落ちて、素肌が外気に触れたので、びくっとしてしまった。途端、昨夜の事が思い出されて、カッと顔に血の気が上る。
(……相馬、どこ?)
あまりの恥ずかしさに顔を合わせたくない気もしたが、やはり朝一番には彼の顔が見たかった。
重たい体を何とか動かして、昨夜床に投げ捨てられた服を拾い上げ、袖を通そうと四苦八苦していたら、
ドォォンッ!!!
不意に家を揺るがすような衝撃音が外から聞こえてきたので、飛び上ってしまった。
「な、何だ!?」
まさか鬼の襲撃だろうか、最近はほとんどなくなっていたというのに。もしそうならのんびりしている暇はない、だるさは変わらなかったが、頭を振って正気を取り戻し、身支度を整えて得物を手に外へ飛び出す――も、
「……相馬、それに桜花?」
里の広場のど真ん中に空いた大穴を挟んで睨み合う相馬と桜花の姿を目にして、ぽかんとしてしまった。
二人とも刀と金砕棒を油断なく構え、一瞬たりとも相手から視線を外そうとしない。
「あー……隊長、おはようさん」
ぴりぴりと緊迫する二人をよそに、端に避難していたらしい息吹がひょいっとこっちへやってきた。
「おはよう、息吹……あの、これは一体どうしたの? 何で桜花と相馬が戦ってるの」
全く意味が分からなかったので聞いてみると、息吹は何故か顔を赤らめ、視線をそらす。
「あーいやその、つまり、相馬がちょっとした失言をしたというか、な」
「……失言?」
何だろう、何かとても嫌な予感がする。質問を重ねるか否か迷ったその時、
「貴様……何年も彼女を放置しておいて、何をいまさら抜かすか! 貴様のようないい加減な男に、咲を渡すわけにはいかない!!」
桜花が吠えて地を蹴った。
その長刀がひらめき、まっすぐに相馬の頭へと振り下ろされる。
刃が触れるかと見えた瞬間、がきんと固い音を立てて、金砕棒がそれを受け止めた。
質量の違いからしてそのまま振り払う事も出来るはずだが、相馬はふっと笑って桜花を見据える。
「周りが何を言おうと知った事か。咲は頭の天辺からつま先まで全部俺のものだ、他の誰にも渡さん。
もしあいつが俺を好いていないというのなら大人しく身を引きもするが、あいつ自身が俺を受け入れたんだ。外野がいちいち口を突っ込むな」
な、と声がのどに詰まった。ちょっと待て、あの男は一体何を口走って、
「大体、無理やり押し倒されたところで、あいつが大人しくやられるたまか。その気がなければ易々と乗ってくるはずが、」
「そ……そ、相馬、馬鹿--------!!!!?」
それが何を意味しているのか気づいた時、体が勝手に動いた。瞬く間に相馬の背後を取って、その頭を思いっきり殴り倒していた。
後から桜花に「あれは見事な一撃だった。さすがの相馬も反応さえできなかったのは当然だな」などと褒められるような動きだったらしいが、相馬を黙らせた後、家に逃げ帰って、二・三日閉じこもっていたので、そんな事はとにかく本当にどうでもいい。とにかく誰かあの男を永遠に黙らせてくれ!!!