お待たせ致しました
この作品で、マジ肉欲シリーズ最終章とさせていただきます
毎度恒例、序盤はエロ無しです
燕とのイチャラブだけでなく、前作で未回収だった要素も回収していきたいと思います
私と彼が知り合ったのは、運命的な出会い……。とは、口が裂けても言えない。
偶然を装い、計画的に基づいた上で彼に近づいた。
全ては、ある計画のため。長年の宿願を叶えるべく、その遂行確率をより高いものとするための情報収集。
罪悪感は勿論あった。
それでも、あの時の私が最優先すべきは……
———打倒武神、それを胸に秘めて。
私は、彼に近づいた。
「百代の弱点?……そうだな、幽霊が苦手だ。なんでも、物理的に殴れないものは無理なんだとさ」
これまで集めた情報と照らし合わせて、親族以外で最も川神百代と近しい人物。
それも、ライバルと称される同い年の男の子。
「違う?そうじゃない?……ああ、戦いでのことか。弱点っつーか、悪癖だけどな。スロースターターってところと、瞬間回復に頼り過ぎて防御が疎かな面かな。……ま、だからなんだって話だよ。それでも最強無敗の武神なんだからさ」
最強の武神と肩を並べる剣豪……。いったいどんな奇人変人なのかと思いきや、それほど濃い性格とは言い難い人物だった。
強者というものは、どこか頭のネジが外れていたり、凡人とは違う世界にいる存在感を醸し出しているのが私のプロファイル。
しかし、彼にはそういったものを全く感じられなかった。しかも、ライバルの情報をつらつらと何の迷いもなく答えている始末だ。
彼も打倒武神を掲げている武人だというのに、自分以外の誰かが川神百代を倒す可能性を与えていることに気づかないのだろうか。
聞いてみると、んな弱点の一つや二つ露見したってあいつは負けねーよ。……らしい。
やはり、長年戦い続けてきただけあって、彼女の強さに対してなによりも信頼をおいているらしい。
……よし、この関係を利用してどんどん川神百代の情報を掠め取ろう。
「そんな武神と渡り合える秘訣?ねーよ。フツーに鍛えて、挑んでるだけだ。強いて言うなら、慣れかな……。長年あいつと戦り合ってるから、大体動きが読めるんだよ」
……と、最初は思っていた。
あの何でもありの最強無敵と互角の強さを持っているのだから、彼も何かしらチートじみたモノが備わっているのかと踏んでいたのに……。
例えば……。
「特異体質?特殊能力?……お前ってさぁ、もしかして俺のこと化け物か何かだと思ってる?……あ、一瞬目ェ逸らしたろ。もう百代対策の情報やらねーぞ」
正直、あの時は肝を冷やした。
心理戦は私の十八番だったのに……。自分なりに上手く情報を掠め取っていたと思っていたのに、彼は全てを見透かしていたのだ。
「おお、焦ってる焦ってる。ククク、よーやく尻尾を見せやがったなこのキツネめ。んなもん分かるっての。俺が何年、打倒川神百代を掲げてきたと思ってんだよ。俺を通してあいつの情報を手に入れようとした奴なんていくらでもいたわ」
ヒュッと息を呑み、顔面が蒼白した。
失敗した。一番の情報源相手に侮った私の痛恨のミスだ。いったいいつから?……いや、この顔は確実に最初からだ。
手玉に取るつもりが、手玉に取られていたなんて。これまでの小悪魔な表情でからかっていた自分が、酷く滑稽なものに感じられた。
生まれて初めてだ、こんな屈辱。
バレてしまった以上、次の情報源を……。いや、無理だ。こんな汚い手を使って勝とうとしたのだから、ライバルの彼が許すはずがない。
デートに誘い、浮かれた状況の中で談笑に紛れて情報収集という計画だったために、武器の類は持っていない。
得物無しで、彼から逃げ切れる自信もない。
……ごめん、おとん。私やらかした。
詰み———。そのワードが脳内を占めた、そんな時だった。
「おーい、なにうつむいてんだよ。別に咎めやしねーよ、そんなの」
だが、彼のリアクションは私の想像の正反対のものだった。首を傾けた呆れ顔で、あっけらかんと言い切った。
「勝つ為に情報集めたり、対策取ったりなんて当たり前のことだろ?はぁ、どいつもこいつもさぁ……。金積んだり、ハニートラップしたり。そんなことしなくても、百代の情報なんていくらでも教えてやるっつーの……。ただし戦闘のだけな。プライベートまで喋ったら、殺されかねねーし」
国さえも喉から手が出る程の武神の戦闘データを、なんの対価もなく与えてやると、そう言ったのだ。
何故?どうして?
自分で言うのもなんだけど、こんな美人局みたいなことをした女なんて、青春を生きる年頃の男子なら怒る。そう思っていたはずなのに。
「お前が百代を倒したい理由なんて知らねーし、興味もねぇよ。……けどなぁ、昔は結構いたんだぜ?同年代で、いつか百代を倒そうぜー、って。でもみんな、あいつの強さに諦めてさ」
その顔はどこか、ちょっと悲しそうだった。
前に、彼と川神百代との公式試合映像を見たことがある。結果は当然、川神百代の勝ちだったけれど、その内容は言葉では表せない程の大激突だった。
まるで怪獣映画を見ているかのような、同じ人間とは思えない大迫力な攻防。
割り込む気力すら失せる実力者達の乱舞。
その片割れの剣士、人外めいた強さを持つ目の前の彼は、そんなイメージをまるで感じさせない、一人の同年代の男の子の顔をしていた。
「だから嬉しいんだよ、同志がいるっていうのは。一緒に同じ目標に向かって走ってくれる奴がいるってのはさ。……百代の情報ならくれてやるから、もうこんなことやめろ。他人にも自分にもよくねーから」
と、まるでイタズラを考えた悪ガキのような笑みで、彼は私に手を差し出してきた。
「その代わり、お前の持ってる百代対策の情報もくれよ。打倒武神を掲げる者同士、手を組もうぜ」
—————————同士。
その言葉を聞いた瞬間、胸中にジワァ……と言いようのない熱が染み込んできたような気がした。
彼が抱くのはモモちゃんへの対抗心、だけではない。そこには、同じ道を歩いてくれる人がいる。そんな実感を心から嬉しんでいるものだった。
おかんが家から去ってから数年間。
味方はおとん一人。また家族が一緒になるために、私はこれまで色々やって来た。
武人として鍛錬を積み、アイドルとして活動し、対戦相手の情報は徹底的にマークし、人を魅了する可愛らしい顔と仕草を取り付け続けたこの数年。
仲間なんて、いないと思っていたのに……。
あーあ。何だか馬鹿馬鹿しくなってきちゃった。
男を誘って、チマチマ情報を集める自分が。
そんなことをする必要なんてない、真正面からぶつかっていく彼の姿が、あまりにも眩しすぎて。
ふとそんなことを思った私は、自然と彼の手を取っていた。
「うん、ごめんね。これからよろしく、ユウくん」
こうして私と彼は、同志になったのだった。
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ーーー
予鈴が鳴る。
学園における一日全ての授業終了の知らせであり、学業に一区切りのついた学生達が各々異なった行動を取り始める。
放課後となり、我先にと帰宅する者。
教室に残って、自主的に勉学に励む者。
委員会や部活に所属し、活動を開始する者。
彼女の場合、後者だ。
学園の出入り口へと向かっていく生徒の流れとは逆に、校舎の奥へと通ずる廊下を軽い足取りで進んでいく。
顔立ちに幼さの残る、アイドル顔負けの可憐な美少女だ。
肩に触れる程度に伸びた黒髪のセミロングに、大きな目。モデルを職業としてやっていけるほどの恵まれた肢体は、しかし出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでおり、そのプロポーションの良さが制服の上からでもわかる。
可愛らしさもさることながら、女性的な色気も持ち合わせている。瞼を細めて誘うような視線を向ければ、男なんて一発KOだろう。
現に、その薄っすらと形成された笑みに魅了されて、すれ違う男子生徒の視線を否応なく引きつけていた。
注目を浴びるのは、なにも容姿だけではない。
彼女の魅力となっているのは、その強さだった。
一見華奢で可憐な美少女だが、その実、なんとあの武神と互角に渡り合える実力者でもある。
編入初日。全生徒が見守るグラウンドの中心で、あらゆる得物を駆使して川神百代と渡り合った決闘は、今でも語種だ。
納豆小町というアイドルでありながら武人、それも壁を越えた強者という特異な存在。
奇人変人魑魅魍魎が跋扈し、強者達の集う川神の聖地において、注目し、受け入れられるのも当然であろう。
西の地からやって来て未だ日も浅いながら、彼女は既にこの川神学園におけるヒエラルキーの上位に君臨していた。
そんな女子生徒、松永燕は浮かれていた。
周囲の男共の不躾な視線もどこ吹く風。まるで気にする素振りも見せずに、とある教室へと向かう。
「ふん、ふふん♪」
足取りが軽い。なんならここでスキップしてしまいたいぐらいに、彼女の心中ははしゃいでいた。
授業を終えて、HRも終わり、いつものように“彼”に会いに行く。それだけだというのに、こんなにも心が弾んでいる。
少し前までの自分では信じられない心境だ。
本来なら、目的の為の大事な作戦会議の場の筈なのに、今では彼に会う単なる口実に成り下がっているのだから。
我ながら、随分と単純になったものだと自嘲する。
……でも仕方ないよね。だって、“彼”と会えるのが嬉しいんだもん。そう自分に言い訳をしながら、際限なく高まっていく浮ついた感情に胸を踊らせる。
やがて、学園のあるフロアへと辿り着いた。
行く道のりまでのコンクリート造りの校舎とは打って変わった、和室の小部屋がズラリと並んでいる。
茶道部や将棋部、花道部が利用するフロア、その予備として設置されている茶道室。そこが燕の目的地であり、彼が待っている部屋だ。
いつも通りの時間に、いつも通りの場所。いつも通り、肉眼で確認せずとも気の感知で彼がそこにいることを確認して———
「ふぅ」
気を紛らわせるように、息を深く吐き出した。
(なんでだろうね、いつもこの瞬間はどうにも慣れないんだよねん)
毎日繰り返し行われる、日常と化した時間だというのに、この扉の前に立つと松永燕は酷いくらい緊張してしまう。
別に、普段通りに振舞えば良いだけだというのに。彼を前にすると、お得意の心理戦も腹芸も意味をなしてくれない。
入室する前に、カバンから手鏡を取り出して軽く服装をチェックする。顔にはニキビやらシミやら、寝癖もついてなければ、目ヤニもついているわけがない。
外面でいえば、何も問題となっている箇所はない。分かりきっている筈なのに、毎度のことこうして確認するのがルーティンになっていた。
まるで……。というか、完全にデート直前の身だしなみチェックの気分だ。だけど仕方ない。彼には、自分のカッコ悪い姿を見られたくないのだから。それが女の性というもの。
よし、と。手鏡を仕舞い、いつも通りの、人の内面を見透かした余裕そうな笑みを形成して扉を開く。
部屋の中には畳が敷き詰められていて……。その一番奥で正座をしている彼の後ろ姿を見つけた。
そして、彼もまた入室者の姿を認めると……。燕は姿勢を整えて、敬礼のポーズを取った。
「失礼します部長!打倒武神部副部長、松永燕!入室いたします!」
「今日はちょっと遅かったな。部員の勧誘でもしてたのか?」
「はい!いつもながらにゼロ人です!けどけど、松永納豆のファンは着々と増加中であります!」
「おめー勧誘利用して納豆配布してんじゃねぇよ」
飛んできた鋭いツッコミに、ベーッと意地悪く舌を出す。
此方を振り返った男子生徒、この部活の部長を務める水城ユウが怪訝な顔で副部長を見やる。
松永燕の同士、同じ目標を目指す人。
そしてなにより……目が離せない男の子。
「歴史ある我が部活も、俺とお前の三年二人だけか……悲しいな。これも歴史の流れってやつか」
「一月前に立ち上げたばっかりだけどね。しかも無申請で非公式の」
「今ノスタルジーに浸ってるから、マジなツッコミやめて」
「ああ、マズい。ユウくんがまた鬱になってる」
いつの間にかこの打倒武神部の恒例となった、かつての栄光に縋る、今では形骸化した部活と錆びれた現在ごっこが始まってしまった。
現実は歴史なんてないし、栄光どころか負け戦ばっかりなのであるが……。すると、ユウは深くため息を吐いて、背筋を伸ばした。
気を取り直したのだろう。
元よりこの部活は、こんなしょうもない学芸会をやる所なんかじゃない。誰も成し遂げたことのない、頂を目指すための活動なのだから。
本来の部活内容に戻り、二人は互いに顔を見合わせる。
「それでは、第八十三回。打倒武神会議を執り行う。副部長、何かいい案は思いついたか?」
「ふっふっふ、実はかつてない妙案を思いついたんだよね。その名も、幽体離脱戦法!」
「ゆう……たい……。なんて?」
「気で幽霊を作って、モモちゃんをベロベロバ〜!って驚かすんだよん。幽霊だから殴られてもノーダメ!どうよこの完璧な作戦!」
「因みに、本体はどうなるんだ?」
「倒れちゃうね。意識を幽霊に映しちゃうから、完全に死体だよ」
「その幽霊は百代を殴れるのか?」
「残念ながら。幽霊だからダメージ受けないけど、同じくこっちからの攻撃も透けちゃうの」
「ボツ。あいつ驚いたら気弾ぶっぱ癖あるから、無防備な本体吹っ飛ばされて終わりだわ」
「納豆の栄養を絞り出して考えた名案なのにぃ!」
「そうかぁ。納豆の栄養って、しょぼいんだな」
あ、そういうこと言ちゃう?
カチーン……。と、頭の中で音が鳴る。その言葉は、全世界にいる納豆をこよなく愛する者達を敵に回すものだった。
「それなら部長は、どんな勝利の方程式を持ってきたんですか!」
「こいつはすげぇぞ、驚くなよ?まず大量のピーチジュースを用意してだな……」
「そっかー、ユウくんの脳みそって納豆以下の栄養しか詰まってないんだね!はい」
「うっせ!もう真っ当なネタやりつくしたんだよ」
やれやれと納豆カップを取り出す副部長と、それを受け取りガツガツと喰らい出す部長。
……とまぁ、これが基本的な打倒武神部の流れ。
武神、川神百代を倒すことを目的とした同士二人が集い、どうすればあの最強チート女を倒せるかを情報共有したり、議論に花を咲かせる。
最初は真っ当に対応策を出し合い、充実した時間を送っていた……筈だった。
相手が相手。生まれてこの方、負けたことのない世界最強だ。考えれば考える程に、案を出せば出す度にユウは……
「あ〜、それ無理。あいつ瞬間回復あるから」
「あ〜、それ無理。人間爆弾で吹っ飛ばすから」
「あ〜、それ無理。炎も氷も同時に扱えるから」
「あ〜、それ無理。あいつ飛べるから」
「あ〜、それ無理。瞬間移動で追いつかれるから」
「あ〜、それ無理。あいつブラックホール作れるから」
「あ〜、それ無理。だってあいつ……」
「あ〜、それ無理」
「あ〜、それ」
「あ〜」
「あ」
etc……。
父親と一緒に発案した考えうる限りのプランを、これは?これはどう⁉︎っと自信満々に提示したが……。結果は、彼女の力を知り尽くしているライバルからのダメ出しの嵐。
悉く、全ては無に帰した。
あまりにも即答な却下に、ムキになったのも記憶に新しい。やがてお互い真っ当な方法は出し尽くし、いつしかこのようはアホみたいな作戦を言い合ってダベるようになってしまったのが現状。
虚しい……あまりにも。
そんな折、コンコンと隣の壁からノック音がこだました。
『おーいお二人さん。ちょっと音量下げてくれ。今逆転の目星が立ったんだよ』
隣の部屋から、気怠げな声が聞こえて来た。くたびれた大人の声、だけど妙に真剣な気が混じっている。
二人の視線が、声とノック音が聞こえて来た壁に引き寄せられる。
『先生、もう無理だって。はい王手』
『んがぁ⁉︎』
パチンッ、駒の鳴る小気味良い音と呆れ声。そして、さっきの気怠げな大人の声が悲鳴と化すのだった。
空き教室を使っているのは打倒武神部だけではない。壁を隔てた真隣の教室には、ユウ達と同じように無申請で非公式の部活が活動を行っていた。
部員人数も此方と同じ二人……。いや、三人いる。最近新入部員が入ったらしい。
“だらけ部”と呼ばれる教師と生徒を含めた三人は、今日も充実した怠惰を送っているようだ。
「お隣さんの方が有意義な時間過ごしているように感じるのは、俺の気のせいか?」
「う〜ん、気のせいじゃないと思うよん」
「そうか。そうだよな……」
頬をひきつらせた乾いた笑みを浮かべて、ユウは崩れ去る。
打倒武神部なんて大それた名前を掲げていると言っても、それが実を結んだことは一度もない。その現実を改めて突き付けられ、武神の猛攻をも耐えうる強靭な肉体は、弱々しく畳の上に倒れ込むのだった。
流れに乗り、続くように燕もその隣に寝転んだ。
「はふぅ〜」
ひんやりとして気持ちがいい。夏という季節なのもあって、清涼な茶道室の床は肌を優しく冷やしてくれる。
心地よさに思わず瞼が落ちていく。だらけ部がここを部室にしている理由が分かった気がした。
気を抜くと眠気に誘われそうになる。
一日の学園生活を終えて、若干疲労が溜まっている今。意識を手放せば、直ぐにでもぐっすり眠れてしまうだろう。
何より、水城ユウの隣で横になっているというのが、自然と頬と一緒に気が緩んでしまう。
ホント、こんな美少女と部屋で二人っきり、しかも隣で寝転んでるのに、何も反応がないなんて……罪作りな男だね君って。
ゆっくりと、ほんのちょっぴりだけ彼の側に寄りながら燕は呟いた。
「あと四日ってところだね。パートナーは決まった?」
「ある程度候補はしぼりこめたんだが……。どーにもこれだ、って決めきれないんだよな」
瞼を半分だけ開き、覗く瞳は壁に貼り付けられたカレンダーを注視する。
今日を含めたこれまでの日にちには赤ペンによってバツが刻まれ、いずれ来る日に付けられた大きな花丸が、準備を整えろと挑戦者に訴えているようだった。
——————若獅子タッグマッチトーナメント。
毎年八月には、川神院主催で川神武闘会が開催される。今年もその時がやってきたが、今回の規模はこれまでより毛色が異なっていた。
その原因は、九鬼財閥が生み出した英雄達のクローンの存在に他ならない。
今年に入り、九鬼が技術の粋を結集させて作り出した、過去の偉人のクローンが世間に公表された。それは多くのメディアや評論家、武道家達の注目を浴びることとなった。
クローン達の実力は並外れており、まさに英雄達が現代に蘇ったような壁を超えた実力者達であったからだ。
当然、武道の聖地川神に住まう強者達は色めき立つ。戦いたい、強さを証明したい、乗り越えたい、騒ぐ血の気を抑えることなどできる筈がない。
それにより白羽の矢が立ったのが、川神武道会。
クローンを幅広い層へお披露目するためのデモンストレーションとしてこの上ない祭典であるため、スポンサーも九鬼財閥が担当して規模はこれまでの数倍に拡大した。
特に注目すべきは、タッグマッチという内容。
一対一ではなく、二人一組によるタッグ戦の宣言には、今までとは全く異なる驚きの声が上がった。
ただ競い合うのではない。今の時代だからこそ『絆』をテーマに、と言う川神鉄心の提案から、ペアという縛りを設けたのだ。
自分が心から信じ、認めたペアと勝ち進んでほしい。全校生徒の前でそう告げた。
話それだけでは終わらない。
学長の話を引き継ぐ形で現れたのは、九鬼財閥の誇る最強執事の二人、ヒューム・ヘルシングとクラウディオ・ネェロ。
二人の話をまとめると、
・参加資格を持つのは、二十五歳以下の男女
・国籍は問わない
・刀剣類は、峰打ちかレプリカのみ許可
・銃火器は、指定の弾のみ許可
・二対二の戦いで、どちらか一方がKOされるか、リングアウトの十カウントで負けとなる
絆がテーマであるが故、どちらか一方が強くても意味がない。大物食いが起きやすいルールでもある。
そんな熱き激戦を勝ち抜いた者に与えられる権利は、絶大な名声。
スポンサーの九鬼から様々な贈り物。若者に大金は毒であるので、現物支給となるらしい。
支給される品はWEBに公開しているとのこと。
更に、九鬼財閥での重役待遇確定書も付く。
豪華商品の数々は武人のみならず、多少腕に自信を持つ一般人さえも興奮の渦に巻き込んだ。
様々な思惑、悲願、目標、欲望、熱意を生み出しながら、朝礼は無事に終わった。
学園に来ていたテレビ局のカメラは全世界へ放送し、世界各地の猛者達が名乗りを上げることになる。
その中には勿論のこと、この二人も含まれる。
名声や賞品なんて、眼中にない。いや、燕的にはそう言ったものも魅力的に見ているが、二人が目指しているものは優勝などではない。
頂きの、その先にある。
それは———
———大会を優勝した者達には、武神・川神百代と決闘する権利が与えられる。
その発言を耳にした瞬間、水城ユウの瞳は途端に剣士の色へと豹変した。語られる商品の数々よりも彼の心を魅了し、武人の本能を刺激したのだ。
武道を始めて今まで、彼が欲しているのは勝利。
それも、ある存在への勝利だけなのだから。
大舞台での、ライバルとの公式試合。水城ユウの心中に闘志が灯る理由には、それだけで十分すぎだ。
「総代も地味に難題な内容にしてくれたもんだなぁ……」
ポツリと、悪態を吐く。
タッグマッチ、ペア、組む相手。一見シンプルに見えるが、これがかなり複雑な要素だ。
普通のトーナメントなら勝ち上がってそれで終わりだが、ペアとなれば話はかなり違ってくる。自分が生き残っても、相方がやられればそれで終わり。強く、生存能力の長けた者でなければならないのだから。
しかも、ただ決めただけではダメだ。
大会当日までに、ある程度にはパートナーとの連携も形になるよう仕上げておかなければならない。
そう言う点において、ユウは数あるハードルの最初の部分で立ち往生してしまっていた。
このままでは、優勝どころか出場すらも危うい。
頭を悩ませる部長と異なり、副部長はというと。
「私はもう決まってるけどねん♪」
「まじか……」
まさかの同士に先を越されてしまうとは。
う〜んう〜んと、眉間に皺を寄せて頭を悩ませるユウの横顔を、燕は目を細めて見つめるのだった。
そこには、いつもの相手を揶揄う小悪魔な笑みはない。ただ、意中の男の子の姿を目に焼き付けている乙女の顔だけがあった。
彼と……ユウくんと、二人っきりの時間。
たったそれしきのことだというのに、意識した瞬間に乙女の心臓は跳ね上がった。
本当はこんなことにうつつを抜かさず、真面目に考えるべきことは沢山あるというのに。男の子と一緒にいることを優先している自分がいる。
やはり、松永燕という人物はどこまでいっても女というものらしい。納豆小町である前に、武人である前に、刺客である前に、恋する少女なのだと。
利用する為に近づいた男子にこんなにも心を捕らわれている。だれかが言った、これが惚れた弱みというやつか。
手玉にするどころか、なんたる醜態だろう。
ほら今もこの通り、自然とニヤつきそうになる表情筋を制御するのに必死だ。
女の子をこんな気持ちにさせて、想いを寄せられているのに、当の本人は物思いに耽っている。
「ホント、罪な男の子だね……ユウくんって」