「言い訳があるってんなら、聞いてやるぜ」
その言葉には、純度百パーセントの怒りが込められていた。
何故こんなことをした?
バレることは分かっていたはずだ。
自分達がどんな目に遭うかも。
言いたいことは山のようにある。だがそれら全てを飲み込んで、たった一つの質問に絞り込んだ。
納得できるものがあるなら、上に掛け合って減罰を考えてやってもいい。質問を投げた二人もその意図は分かっているはずだ、伊達に何年も同僚をやっていない。
そして返答は……無い。
プイッと、明後日の方へそっぽを向く従者二人。
言い訳など何一つ存在しない。
一切の反省の見られないその返答に、忍足あずみはこの場に敬愛する主人がいないことを心底ありがたいと思った。
「テメェら、ふざけんのも大概にしろよ……。もう割れてんだよ、なにをやらかしたか‼︎惚れた男のために人生棒に振るつもりか⁉︎」
「既に再就職先は決めてますので」
「あ、ずりーぞ李。あたしにも一枚噛ませろ」
「てッッッ、ん゛めぇらぁあ〜〜〜〜……!!!」
反省の色無し。にしたって、形だけでもいいから申し訳なさそうにしろや……‼︎
血が滲む勢いで小太刀を握りしめる。あとほんの少し、理性がなかったら振り回していたところだ。
それができないのは、悔しいことにあずみ自身も二人の気持ちを理解しているからだった。
何故、こんなことをしたのか。
それは惚れた男のため。
例え彼が、自分ではない他の女を見ているとしても、彼の為に何かをしてあげたい。そう思える人が、彼女にもいるからだ。
理解はできる、理解だけはできる。
だが、それとこれとは別だ。
あずみは横目で、ある一軒家を一瞥する。
そこに立てかけられている『松永』という看板。この家で今、重要な会議が執り行われていた。
会議……と言う名の“制裁”だ。その事を水城ユウに知られたら、確実に介入してくるに違いない。
それだけは避けなければならない、絶対に。
邪魔が入らないように、家周辺には自分を含めた九鬼家従者部隊が取り囲んでいる。全員が武道派を集めた完璧な布陣だが、正直なところ心許ないのが本音だ。
せめて、あの男が来る前に早く終わってくれればいいのだが……。そんな希望は一陣の風によって吹き飛ばされた。
「お前らここで何やってんだ?」
うわ来たよ……。
あずみは声にならない嘆きを吐き出した。
夜の闇の向こう側から聞こえてくる声。一瞬遅れて感じる熱と突風に、ヤケクソで小太刀を構える。
振り向くと、そこにはこの場に一番来てほしくないと思っていた青年が、腰に刀を備えて立っていた。
歳は自分の方が上、だが通う学年では先輩。
武神さえも下した、今や最強となった剣士を前にして。あずみは、やるしかねぇ……!意を決して前に出る。
「今、松永燕は九鬼家と取り込み中だ。帰りな」
「彼女とお家デートなんだ。お前らこそ帰れ」
ピキッ……‼︎真顔で即答され、あずみの中でナニカがひび割れる。
「ガキが、こっちは仕事なんだよ!お家デートなんざこれからいつでもできんだろ!今日だけだから———」
「んじゃ、通るわ」
んだよこいつッ、聞く耳もたねぇ‼︎
それはまるで風のように、実態すら掴めぬ速さで横を通り過ぎて行く。反応すらもできず、部外者の侵入を許してしまった。
確実に面倒ごとになる。そして大目玉を喰らう。その原因が現れた元凶を、あずみは血走った目で睨みつけるのだった。
「マジか、ここ給料いいな」
「でしょう?」
「お前らそこ並べ‼︎」
「おじゃましまーす」
玄関前でこだまする怒号を無視して、ユウは松永家の敷居を跨ぐ。
入家した瞬間、家の奥から感じ取る四っつの気配。一人は燕と、おそらくその父親である久信のもの。
その他もう二人は……。触れた瞬間に理解した、壁どころか次元の枠を超えた強者の存在感を。
総代、川神鉄心に匹敵するバケモノがいる。
まるでそこに、聳え立つ山脈が二つ並んでいるかのよう。そのオーラは、あの川神百代に匹敵……。いや、それ以上か?
感じ取るだけで頭がおかしくなりそうだ。
気配が密集しているリビングへと足を運ぶと、ユウが目にしたのは久信と燕の親子。
それと相対する、二人の老執事の姿があった。
年齢を刻んだ証である深いシワ、一見しただけでかなりの高齢だとわかる風貌。しかし、その身から溢れ出す気は尋常じゃない。
突然の来訪者に燕と久信は目を丸くし、老執事の二人は鋭い眼光をユウへと向ける。
突き刺すような殺気。ただのイメージであるはずが、実在の凶器となって肌を切り裂く。
並の武人ならば口から泡を吹いて倒れる迫力を前にして、しかし一切臆することなく居間に踏み入れる。
「夜中に大の大人がぞろぞろと。警察呼ぶ?」
「その必要はございません、水城ユウ様」
「……あいつら、番犬の仕事すらできんようだな」
ユウの軽口を一蹴する執事達。
現れた侵入者を前に、銀髪の老執事は会釈して出迎え、金髪の老執事は心底呆れた様子で眉間に皺を寄せる。
全く異なる姿勢を見せる両者。だがその佇まいは、気配に見合った圧倒的強者のそれだ。
自然界における捕食者の立ち位置にいる双眸は常にユウを捉え、まるで値踏みしているかのよう。
火花が散り、電流が走り、風が鳴り、ガラスがひび割れる……。普通に睨み合っているだけで、この居間の空間は異質なものへと変容していく。
ただの人間には決して放つことができない、それはまさに強者の証とも言うべき濃密な気配。
だが、しかし……。その気迫を真正面から受けても、若き剣士は顔色一つ変えない。それどころか、迎え撃つように睨み返している。
その態度が気に食わないのか、金髪の老執事の眉間のシワがさらに深まった、その時だ。
ドタドタと廊下から足音が響き、居間の扉が勢いよく開け放たれた。
遅れて、忍足あずみが家に入ってきた。
「申し訳ありません!直ぐに連れ出します!」
「無理だな。お前ら程度では相手にならん」
必死に頭を下げ、謝罪と同時に邪魔者を連れ出そうとするあずみだが、即座に却下の一言に切り捨てられる。
そこで突っ立ってろ。そう吐き捨てる序列零位、ヒューム・ヘルシングは、あずみなど眼中にない。
さてこの赤子をどうしたものかと思考していると、正座していた燕が立ち上がり、ユウの元へ駆け寄った。
「ユウくん、何で来ちゃったの⁉︎」
「お家デートって約束だろ」
「ラインで今日はやめって送ったよね⁉︎」
「わり、それ気づかなかったわ」
「既読になってたよ‼︎」
全く悪びれる様子のないユウ。この場に来るはずのない、来てほしくはなかった恋人に、燕は涙目で声を荒らげる。
そんな嘆きを軽く流すユウの目は、常に警戒を怠らず老執事二人を見据えていた。
銀髪の老執事が笑みをこぼす。
「素晴らしい集中力ですね。この歳で一切の隙もない」
「侵入者を褒めるな、クラウディオ。マシな赤子、ただそれだけだ……。何故ここへ来た?」
「だから、お家デートですよ。あんたらこそ何ですか?明らかにお茶してるって雰囲気じゃないですよね」
威嚇を孕んだヒュームの質問に、淡々と答える。
しかし、その答えはヒュームをさらに不機嫌にさせたようだ。あからさまな負のオーラが滲み出て、従者部隊の面々の呼吸が荒くなる。
ユウの視点から見た松永家と九鬼家の立ち位置は、異様だった。
居間のテーブルを隔てて、燕と久信が正座で座らされている。それを老執事二人が見下ろしている構図となっていた。
あずみが言うには取り込み中とのことだが、見るからに穏やかなものでは決してない。
その問いに答えたのは銀髪の老執事。序列第三位、クラウディオ・ネェロだ。
「契約のお話でございます。此度、松永燕様は我々九鬼に“ある依頼”を受けておりました。しかし、その内容の契約違反を犯したがために……」
「制裁というわけだ。この赤子は、ルールを破った。つまりこれは大人のビジネスの話、貴様は帰って寝ろ」
「それって川神百代討伐のこと?」
刹那、戦慄が走る。ユウの口から放たれた一言は、この時初めてヒュームとクラウディオの身を緊張させた。
表情こそ変わらないものの、心境の変化はリビングの空気が一変させる。
この赤子は何故知っている?九鬼家の中でも関わっている者は少ない、トップシークレットの計画。誰にも悟られることなく進めていたはずの案件であるのに。
驚愕と同時に、完璧と呼ばれるパーフェクト執事の頭脳が冴え渡る。あらゆる要素を加味することによって、答えは直ぐに導き出された。
ギロリッ……。二者の双眼が、燕と久信の親子へと向けられた。
「……口が軽いようだな」
「ひぃ⁉︎」
重厚なプレッシャーに、久信は悲鳴を上げ震え上がる。燕も、その迫力を前にしては焦燥を隠せない。
そんな二人を庇うように、ユウが前に出た。
「ちげぇよ。多分そうかなって勘で言ってみただけだ。あの平蜘蛛、明らかに金かかってそうだな〜……。って思ったから」
「その平蜘蛛を使用したのが問題なのだ」
ヒュームの言葉に、燕は言い訳のしようもないと小さく頷くのだった。
「ごめんね、おとん……」
平蜘蛛は川神百代との対決で使うカード。それを他の試合で使用してはならない契約だった。それを破ればどうなるか、わからない燕ではない。
普段の松永燕ならば、こんなポカはやらかさないはずだ。この依頼の先にある真の目的を考えれば、尚更のこと。
沈黙の中、コホン……。わざとらしいクラウディオの咳払いがこだました。
自身に注意を集中させ、序列第三位は彼女の心情を見透かしたように代弁する。
「相手の力量を測った上での状況判断……。そして、恋心というやつですな。愛する彼には全てをぶつけたいと、健気な若者の葛藤といったところでしょう」
「……随分と女心に理解があるな、お前」
「まぁ、部下がそうですので」
ヒュームが訝しげに呟くと、クラウディオは意味深な笑みで返す。その眼鏡の奥で光る瞳は、玄関側へと向けられていた。
ビクリと、あずみの背後側にいる二つの影が同時に揺れる。
それを見たヒュームの眉間の皺が、更に寄るだけにとどまらない。血管が浮き出て、ピリピリとした電気を帯びた気が周囲を帯電し始めた。
「それで契約を破られては、雇い主としてたまったものではない。この計画のために、どれだけの金と技術的援助をしたか、知らぬわけでもあるまい?」
もはや穏便に済ますつもりなど毛頭ない。
川神百代討伐の為に金銭的、技術的、舞台とあらゆる援助を行ってきた。その契約を破った罰として制裁を加える。
それがヒューム達がこの場にいる理由だ。
「串刺しだ。やらかした分の痛みは払ってもらうぞ」
「ざけんな。ンなもん、やらかしでもなんでもねぇ」
———空気が凍った。
明確な敵意を孕んだ、刺々しい声色を発したのは、侵入者である青年だった。
ヒュームの憤りが一瞬止まり、クラウディオの片眉がピクリとつり上がる。この場にいる全員が、その命知らずなたったの一言に呆気に取られ、声を失った。
ヒリつく空気に構わず、ユウは平然と続ける。
「つまり九鬼家は、百代との試合以外で燕が平蜘蛛を使用したことに怒ってるってことか。俺から言わせりゃ、あの程度で武神に勝てると思ってたあんたらの見通しの甘さに驚いてるよ」
つらつらと述べる言葉に含まれる感情は嘲笑ではない———呆れだ。
心底、信じられないと呆れ返っている。
武神・川神百代の理不尽な強さをこの身で体験し続けた水城ユウだからこそ分かるからだ。
確かに性能はいいが、あれを装備した松永燕単体で勝てるほど武の頂点は安い椅子ではない。
それとも他にもまだ策はあったのかは定かではないが、世界一の企業がそこまで期待していたのかと疑問に感じてならなかった。
「あんたらは百代を舐めすぎだ。それに俺は、あの試合自体に何の文句はないよ」
「これは契約の問題だ。貴様の感情など関係ない」
「あるよ。あの試合は、“俺の”試合だから」
戯言だと切り捨てるヒュームの言葉を、それこそ戯言だと即答で切り捨てる。
お互い一切を譲らない姿勢のまま睨み合う。
「一度闘技場に踏み入った時点で、あれは俺と燕の“二人だけ”の勝負だ。勝敗が全て、その為に試行錯誤するの当然のことでしょ?燕はあの場で勝つ為に最良の選択をした。観戦席で見てるだけのあんたらが口を挟んでいい権利ねぇよ」
「あるっつーの!松永燕の雇い主はあたいらだ!」
「我々は、勝敗そのものに文句はありません。ただ、定められた決定に背いたことを言及しているのです」
ユウの言い分は暴論であると、あずみとクラウディオが反論する。
松永燕は川神百代を倒すことを九鬼に依頼されるも、達成できなかった。だが、何も失敗を咎めているわけではない。
結果ではなく、内容に問題がある。そう説明するクラウディオだが、しかしユウは一歩も引かず噛み付いて見せる。
「そいつはあんたらの見積もりが甘いからでしょ?まさか、平蜘蛛無しで俺に勝てると思ってたのか?」
随分と舐められたもんだな……。吐き捨てるその瞼は半分閉じ、獲物へ狙いを定める眼光に切り替わる。
水城ユウはいつだって、それこそ川神百代との戦い以外の試合でも、負ける前提で戦ったことなど一度もない。
そんなユウが最も嫌うこと。それは……
「要するに、何?あんたらの視点だと、燕が優勝して百代と戦うのが決定事項だったって訳か?」
戦う前から、決着する前から、結果を分かりきったふうに言う奴の発言だった。
それは自分達の試合だけの話ではない。タッグマッチトーナメンに出場した全ての選手達への侮辱だ。
みんな、勝つ為に戦場へ上がった。
それこそ、普通に優勝を狙った者。
邪な理由を持った者。
陰謀を企んでいた者。
考え方は人それぞれだが、本気で優勝を目指していたのは共通していた。
「出場者全員が、九鬼家が企てた百代討伐のダシに使われたっていうのか?」
……怒りでどうにかなりそうだった。
大会の全てが九鬼の掌の上だったなんて。
だがそんな陰謀も、あの試合で水泡に消した。
「でも燕は負けた。彼女を勝たせる為にバックアップをしていたんなら、あの程度で百代に勝てると確信した九鬼の考えが浅かったってことになるよな。つまり連帯責任だろ」
「ものはいいようだな。で?満足か?」
「ああ、あんたらが帰ってくれたらな」
「ユウくん、もういいって。私が決めたことなんだから……」
怒りを積もらせる恋人に、燕が割って入る。
こうなることはわかった上で平蜘蛛を使用したのだ。そして敗北し、百代と戦う機会を失った。
全ては己の選択が招いたこと。
自分が犯したミスは自分で責任を取ると、そう覚悟してここに居るのだから。
だが、
「ミスなもんかよ。全力出して戦ったのに、制裁なんてされる理由がどこにあるってんだ!お前はよくても、俺は嫌なんだッ‼︎」
ユウはそれを認めない。燕を庇うよう前に立ちながら、九鬼家の面々を睨みつける。
「さっきから聞いてりゃ、契約だの何だのと……。無関係な奴らが言いたい放題ほざきやがって……!」
「だから無関係じゃねぇっつーの!」
「無関係だろ。雇い主だろーが何だろーが、安全圏で見てるだけの奴らが、試合の内容にケチつけんじゃねぇ」
文句を言うだけならいい。
ヒソヒソと陰口を叩くだけならいい。
そんなの無視すればいいだけの話。
だが、
「松永燕は、決勝で俺が戦った対戦相手で、挑戦の切符を巡ったライバルで、同じ目標を一緒に目指した同志だ。俺は死に物狂いで血反吐吐いて、こいつに勝利した。生涯記憶に残る試合だった。その相手を制裁する、お前らそう言ったんだな?」
それだけは、絶対に看過できない。
脳裏に浮かぶのは、松永燕との決勝戦。
今でこそ恋人だが、あの時の自分らは確かに同じ目標に向かって競い合う仲間でありライバルの関係たった。
水城ユウが武の世界に入って初めて出来た、百代以外の
武神に挑むための、最強にして最後の関門に相応しい最高の舞台であると言えよう。
燕もそれに応えて自分の持てる全て———即ち、平蜘蛛の使用を決意したのだ。
九鬼財閥にとっては金と技術をこれでもかと提供し、川神百代を討ち破るための計画だったのだろ。
その契約が破られ、ヒューム達が怒る理由は十分にある。理解したうえで、譲るつもりはない。
俺達の勝負に物申すことは許さない。
松永燕との勝負は、俺のものだ。
誰にも文句なんて言わせない。例えそれが世界一の財閥、武神以上の実力を持つ化け物であろうとも。
燕はユウにとって、かけがえのない存在だ。
しかし、今だけにおいては恋人だから……。などという贔屓はない。
燕を守る為の口八丁でもない。
水城ユウという武人の単なるわがまま。
何故、死力を尽くして競い合った相手が制裁されなければいけないのか?
それを納得し、許容しなければならないのか?
「勝手なこと言ってんじゃねぇぞ。ライバルとして、こんなの見過ごせるわけねぇだろうが‼︎」
帰れ、それ以外は認めない。絶対に譲らない。
そう、九鬼家の面々に断言した。
相対するのは壁を超えた猛者、その中には確実に自身よりも格上がいる。
力量の差を理解していないバカではない。分かった上でのこの姿勢、一切の文句を受け付けないと語る瞳。
こいつは、脅しや金などでは揺らぐことはない。それを理解した九鬼家の面々は、どうしたものかと困り果てる。
これまで多くの九鬼の敵対者と対面してきたが、水城ユウはそんな中で最も厄介なタイプだ。
何を言ったところで納得するはずがない。しかも武神を下した強者となると、下手に排除するのも一苦労……。というか、こちらが全滅させられかねない。
ただの制裁のはずが、とんだ虎の尾を踏んでしまった。貧乏くじなんてもんじゃない。
そんな中で、一人だけが他とは違うリアクションを取っていた。頭に手を添えて、彼女は心底呆れて大きなため息を吐く。
(あ〜、そうだった。ユウくん、こういう人だ)
改めて、自身の恋人がどう言った人物であるかを再認識した燕。彼と交際し、身も心も繋がった彼女だからこそ理解し得た。
水城ユウは、他人の評価も言葉も気にしない。
それはつまり、聞く耳を持たないという事だ。
長年、川神百代に挑んできたのも、負けて悔しいから……。ただの自己満足というやつだ。
武人としての享受、どんな結果であれ行った試合と対戦相手に敬意を払う。
例え契約であろうと、満足した試合の内容にケチをつける九鬼家の対応は、彼の中で侮辱と捉える他ない。
究極の自分勝手、それが水城ユウだ。
そんな彼の本質を、理解した男がいた。
「OKOK、つまり何言っても平行線だなこれは」
嘆息の混じった声が広がった。張り上げてもいないその重厚な平音が、やけに大きく家の外にまで染み渡る。
沈黙を貫いていた金髪の老執事が、ハッ……と笑った。
嘲笑うような笑みではなく、呆れ笑いだ。まるで悪戯をした悪ガキでも相手にしているかのように、顎を上下している。
軽い口調に仕草の筈なのに、耳にするだけで肩に重圧が重なっていく。彼を中心として広がる圧力は、ユウとクラウディオを除いたこの場にいる全員に死のイメージを強制的に植え付けていく。
気付けば、足は震えていた。呼吸も乱れ、全員が“最強”を注視する。
「俺も一人の武人。お前の言いたいことは大体理解できた。要するに、俺達の勝負に口を挟むな———そう言いたいんだな?」
「ああ、だから帰ってくれ」
「そう言うわけにもいかん。これも仕事なんでな」
水城ユウの気概は九鬼家にしっかりと伝わっていた。しかし伝わろうと届くまいと、関係のないことだ。
彼らの……。否、彼のやるべきことは変わらないのだから。
「これだけ大口を叩いたんだ。……覚悟はしてきたんだろうな?」
刹那、横薙ぎに雷が奔った。
コンマ数秒を超える速さで落ちた、落雷に等しい轟音が松永家の壁を粉微塵と化す。
ありとあらゆる何もかもを破壊して、一つの肉塊を排除することのみを目的として振るわれた一撃が、この場の環境を一変させた。
それを目の当たりにした、クラウディオ・ネェロを除いた従者達の背筋が痙攣を起こす。
鍛錬の時———。
折檻の時———。
仕事でミスをした時———。
そんな時に振るわれた一撃……と、まるで違う。
あれはそんな生優しいものではない。
主人に危機が迫った際、その襲撃者を排除する時のみに見せる———死んだ方がマシの鉄槌ッ‼︎
直弟子の揚羽でさえも喰らったことのない即死の
さっきまでそこにあったはずの青年の姿が、綺麗さっぱり消えている。
ヒュウ〜、と。開いたどデカい穴から虚しい風が吹き荒ぶ。緊張で高まった部屋の温度が、一気に冷えていった。
武神を倒したとされる、今話題の剣士。
彼でさえ、最強の執事の前では赤子同然。
誰もがそう思ったことだろう……三人を除いて。
「楽しそうですね、ヒューム」
「そうか?くく、平常運転のつもりだが」
「ユウくん……‼︎」
今にも泣きそうな叫びの向こう側、地面が抉れ、瓦礫の山と化したクレーターの道から足音が聞こえてくる。
幻聴でも、聞き間違いでもない。
従者部隊から信じられないと言った声が溢れた。
「今あいつが負けたと思った奴、後で串刺しだからな?修行不足の節穴共め」
その声は、笑っていた。
吊り上がった口元に、鋭い眼。
完全な戦闘体勢で、ヒューム・ヘルシングは前へ出る。その足元には、鋼の肉体から流れ出た赤い雫による跡ができていた。
二度目の驚愕。
まさか、カウンターを喰らわせたと言うのか⁉︎
「レプリカではなく、真剣を持ってきたお前の判断は正しい。褒めてやろう」
「あんたに褒められても嬉しくねぇよ」
「口が減らんなぁ———
クソ餓鬼」