椎名京という少女の世界は、完結していた。
自分を取り巻く風間ファミリーと、その他。それ以外はどうでもいいという、極めて狭い世界の中で生きている。
実にシンプルな形として構築された人生。コミュニティという輪の中と、その外界とで絶対的な乖離を己と周囲に敷いていた。
クラスメイトの女子生徒に対しても、話をかけられたら二、三言返事を返すのみ。言い寄ってくる男なんてほぼシカト。
他者と交流するスキルは持ち合わせているものの、それはほんの僅かでしかない。部活動もほぼ幽霊部員となっている始末だ。
ファミリーがいて、秘密基地があって、私がいる。大和がいる。私にはそれしかないし、“みんな”さえいれば私は何もいらない。
そんな彼女が、一悶着あったものの新メンバーを受け入れたり、ファミリー以外の人物とタッグを組むというのは、大きな成長と言えるだろう。
それでも、内と外とで明確な線引きは今もなお存在していた。
過去の事件と、想い人への深い愛によって形成されたこの人格は、極めて身勝手で一方的で短絡的に、ある人物へ嫌悪の感情を向けていた。
椎名京は風間ファミリーを、狭くとも幸せな世界を脅かす存在を嫌悪する。
その人物の名は———水城ユウ。
京が加入する前から、風間ファミリーとはなにかと縁の深い関係に位置する人物であった。
かと言って、正式なメンバーという訳ではない。
リーダーの風間翔一からは、その強さとあり方から憧れを抱かれ、幾度も勧誘に誘ってはいるものの、いつも空振りに終わる。
ぬらりくらりとかわし続けるクセに、腐れ縁故かどこかでばったり会ったり、時には百代が引きずって連れて来たりと、いつの間にか輪の中に入っていることが多かった。
……ああ、気に入らない。
正式なメンバーでないクセに、なんだかんだファミリーの輪の中に片足を突っ込んでいる中途半端な異物感。その曖昧な立ち位置は、京の神経をイラつかせた。
他人なら他人、身内なら身内。ハッキリと線引きしている彼女にとって、水城ユウと言う男の存在は気持ち悪さすら感じさせる。
何より、愛する直江大和の悩みの種でもある。
それが最も気に食わない。
故に、排除する。
線引きの向こう側の存在には、一切容赦も妥協もしない。自身の完成された世界を脅かす者に向けて、弓兵は弓矢を構えるのだった。
(矢の強度、弓の状態良好。風向き、OK)
微調整を整え、弓を引く。
極限まで引き絞り、狙いを定める一定の所作は、天下五弓の名に恥じぬ美しさを感じさせた。
「大和の敵は、私の敵だ……!」
狙いを定めるその瞳は、敵意にギラついていた。
心底気に入らないが、あの男は強い。
何せ、あの川神百代と互角に戦える数少ない武士なのだから。不服だが、そこは認めざるを得ない。
壁超えと、そうでない者との差は明確なまでにはっきりと隔たされている。正面からやりあえば、確実に負けるのは自分の方だと。
だが、今は違う。
あの男は今、京のペアとの斬り合いによって他に意識を割けない状態にある。どんな強者であろうと完璧はない。意識を此方に向けられない以上、隙は絶対に生じる。
「ふぅ〜〜……」
肺に若干残し、小さく息を吐く。
距離は約五十メートルほど。この距離なら、必中は間違いない。
(風向きが変わっても、修正可能)
矢を放てば当たる。
その自信があった。
風間ファミリーとは異なる、椎名京のもう一つのアイデンティティ。仲間の敵を、そして愛する人を射抜く一流の弓術を、憎き的に向けて放った。
一筋の銀光が、文字通り風を裂いて飛ぶ。一切のブレもなく宙を奔り、風切り音すら置き去りにして目標へと……届かなかった。
これまでの不満を込めた一射は、吸い込まれるように目標の頭部へ直撃する筈だったのに。しかしそれは、対象に当たるどころか、射った矢は彼の眼前で弾かれたのだ。
『止めたぁ〜‼︎石田選手、またしても椎名選手からの水城選手に向けられた矢を弾き飛ばしたぁ‼︎』
「ッ、こいつまた……!」
苛立ちを孕んだ舌打ちを鳴らす京。矢とユウの間に割って入った剣士に、射抜くような鋭い眼光が突き刺さる。
同時に、その剣士……。水城ユウのペアである“石田三郎”は、パートナーに矢を向けた弓兵へ得意げな顔を見せつけた。
「ふんっ、以前の東西交流戦のようにはいかん。工場地帯であるならばまだしも、こうして開けた場所ならば光龍覚醒を使わずとも対処など容易いわ!」
高笑いを上げながら刀を構える天神館の大将。高慢さが目立つ男だがその実、力量そのものは確かであることが窺える。
大敗北を喫した東西交流戦の後、自らを叩き直したのだろう。見違える程のパワーアップを遂げていた。
次々と矢を弾き続ける銀の刃。左右から挟撃する形で攻めるも、その起動は尽く防がれる。まるで狙いを見透かしているかの如く、堂々たる振る舞いで天下五弓の矢を完封していた。
その様に、観客達は大盛り上がりだ。
(こいつ、以前よりも強くなってる……!)
以前の石田三郎からは考えられない立ち回りだ。前の交流戦とは比べ物にならない、矢を対処し隙あらば意気揚々と攻勢に転じてくる。
タッグマッチでありながらも、強引に1on1の形に落とし込むその戦法に、京達は窮地に追いやられていった。
「まずい、まゆっちが……!」
ユウに対する嫌悪よりも、敗北の予感とパートナーへの心配が勝り始めた。
スタジアム全体に、大きな衝撃が轟いた。
幾度となく重なる刃か風を断つ。
ついさっきまで矢を防ぐ李の美しさに色めき立っていた観客は、その激しい攻防に意識を其方側へ向けさせられていく。
意図的なものではない。ただそれ程までに、二人の戦いは凄まじかったのである。
誰しもの視線が注視されるその一点。闘技場の中心にて、二人の激突は繰り広げられていた。
この大会きっての注目の対戦カード……
———剣聖VS剣豪。
剣は、その人物の心を映す鏡である———。
初めて剣を握る時、父からの最初の教えだった。
振るわれる剣には、その人間の足跡、鍛錬、人生、想い……。全てが込められている、と。
精神が昂る戦いの時ほど、それは如実に現れる。
己の想いを剣に乗せ、相手にぶつける……。それを繰り返すことによって、戦いを通して相手と分かりあう。
これこそが、武道家の本分であると……。
父の言葉は、まっことその通りだと実感させられる。特に、この人との試合なら尚更。
疾く、力強く、真っ直ぐな……。
極限まで無駄を削ぎ落とした剣。
最強を下すべく、磨き上げた剣。
私が目指す剣士の理想系の一つ。
試合中だというのに、この身を襲う見事な太刀筋には、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
同じ刀を使う剣士として驚嘆に値する。そんなあなたに、いつしか私は心を奪われた。
同好の士としてだけでなく、異性としても。
振り下ろされる一刀は鋭く、疾い。並の鍛錬では繰り出すことは不可能な必殺の一撃が、まるでジャブの感覚で降り注ぐ。
この豪剣一閃こそ、彼が水城ユウである証。
受け止める剣の重みが、その証明であると分からせられる。
せめてその剣に、その心に、刃と共にこの気持ちを届かせることができたなら……。
未熟なり、黛由紀江。
そんな心の乱れが、斬り合いの均衡を崩した。
一瞬。瞬き程度にも満たない刹那の間に、太刀は掻い潜られ、胴体に刃の感触が添えられた。
奔る衝撃———余韻が消えてから、数秒後。
無音の中で闘技場に立っているのは三人。
チーム・双剣の水城ユウと、石田三郎。
源氏紅蓮隊の椎名京……ただ一人。
刀を握りしめたまま倒れ伏すパートナーを目にし、京が敗北を理解したと同時に、彼女が完全に起き上がれない事を確認した審判が勝者を告げる。
『勝負あり!勝者、双剣‼︎』
観客席からの大歓声が湧き上がる。
最高峰の剣士達による斬り合いは、これがタッグマッチであることを忘れさせる程のものだった。
拍手喝采が送られる中、勝利者は静かに闘技場を後にするのだった。
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「ありがとうな、石田。お前が椎名を抑えてくれてたおかげで、大分やりやすかった」
「ふん、この俺にかかればあの程度の弓兵造作もないわ」
得意げに鼻を鳴らす石田。それを見てケラケラと笑いながらも、タッグを組んでくれた彼への感謝は確かなものだった。
こうして決勝まで勝ち進んだいま、ユウはタッグ結成の日を思い返す。それは、トーナメント開催日まで半分を切ったある日の夕方のこと。
ユウは相手を決めきれず、本格的に焦り始めた頃。そこへ現れたのが、天神館の石田三郎だった。
態々たった一人で遠路はるばるやってきた西の剣士は、東最強の剣士のタッグにならないかと誘ってきたのだ。
出世街道を歩むこの男。東西交流戦での武勇伝は記憶に新しい。水城ユウという男の剣技を吸収せんと、野心を抱いて近づいたのだ。
そんな内面に気付くことなく、もう時間ないしこの人でいいや。というのが、タッグ結成の瞬間であった。
それは偶然の勢いによるものだったが、なんともまぁ、二人の相性はマッチしていた。
なんと言ってもその戦闘スタイル。
水城ユウは、連携を苦手としていた。
過去に行われた川神大戦が分かりやすい例だろう。たとえ事前に作戦を指示されていても、己の拘りを優先して一人突出してしまう悪癖がある。
その点で言えば、同様に勝手に戦ってくれる石田とすこぶる相性がいい。下手に作戦を立てず、互いが互いの獲物を狙うという形は調和していた。
ノリと勢いと適当感で決まったタッグだが、こうして決勝まで勝ち上がっているのだから、案外バカにできないものである。
「お、準決勝が始まったぜ」
控え室に設置されたモニターに映し出された、もう一つの準決勝の映像にユウが反応を示す。
知性チームVSヘル・ミッショネルズの対決。
どちらも危なげなく、このトーナメントを勝ち進んできた強豪だ。この一戦で、最後に戦うチームが決まる。
注目すべき試合に釘付けになるユウだったが、その相方はモニターよりも彼の横顔をじっと見つめていた。
(水城ユウ……興味深い男だ)
その瞳には、関心の色が映っていた。
武神のライバル……その名に偽り無し。
彼を一言で表すのなら、強い。映像や話で聞くよりも、パートナーとして間近で見るとよりその強さが伝わってくる。
極め付けは、その速攻であろう。天神館の館長である鍋島の言葉を石田は想起していた。
『あいつぁ即座に本気を出すことができる、いわば川神百代のスロースターターと対極の武人だ。同じ剣士だから、学ぶことが多いだろうよ』
戦闘におけるテンションや調子というのは、そう簡単に引き出せるものではない。
人それぞれ差異はあれど、エンジンのように少しずつ燃焼させていくもの。その道のプロであっても、本調子を即座に発揮するのは難しい。
だが、彼にはそれがない。開始と同時に本来のスペック100パーセントを用いて、相手を斬り捨てることができる。
このトーナメントにおいても、予選はほぼ瞬殺で勝ち進んだ。本戦に至っては、先程の源氏紅蓮隊意外に鍔迫り合いを演じられるチームはいなかった程だ。
本来持ち合わせた才能なのか、それとも川神百代と長年戦ってきた故の後天的な技術なのか。
どちらにせよ、石田三郎は肌で実感していた。
壁を超えた存在の人外的な実力。それを間近で目にし、高慢を保てるほど節穴ではない。
最初は水城ユウの剣技を見て参考にしようと考えていたものの、あまりにも乖離しすぎた実力差に直ぐにお手上げとなった。
見て盗めるようなものではない。あれは長い年月をかけて、血反吐を吐きながら身に染み込ませてきた狂気的な強さだ。
だからこそ、一つの疑問が生まれる。
「決勝の相手、決まったようだぜ」
気付くと、もう準決勝は決まっていた。
源氏紅蓮隊と同じく、英雄のクローンである武蔵坊弁慶がいる優勝候補に、松永燕が見事な勝利を収める。
その光景を目に焼き付けたユウの口角が、上へ上へと吊り上がっていく。その瞬間を待ち焦がれる獰猛な笑みへと。
「やっぱ、お前が上がってくるよな……」
興奮が入り混じり、嬉しそうに上擦った声。
自分と同じく、百代を倒すことを目標としている仲間の勝利に、ユウはこれが当然であるかのように呟いた。
その様を見て、石田は改めて疑問を口にした。
「一つ質問がある。何故貴様は松永燕とタッグを組まなかった?」
打倒武神部……。奇妙な部活の存在を、石田は風の噂で耳にした。
川神百代を倒すという目標を掲げる者達が案を出し合う語り場。その人数はたったの二人、だが一線級の実力を持った二人だ。
どうして、水城ユウと松永燕はタッグを組まなかったのだろうか。
正直、二人共今回のトーナメントでも十分過ぎるほど納得のいく成果を出しているのに、無理に別々のチームとして勝ち進む必要性はなかったのではないか?とも思ってしまう。
そんな石田の考えにユウは、難しそうに腕を組んで頭を傾けた。
「何故って言われても、な……。どうしても、燕とは組む気が起きなかったんだよな」
それは、彼女の実力云々の話ではなく……。彼には彼なりの理由があるのかと思い、石田はその内容に耳を澄ませる。
「それは何故だ?」
「まぁ、理由は三つある。一つは、戦闘スタイルの相性が悪い事」
水城ユウと松永燕、同じ目標を掲げる二人の戦うスタイルは真反対と言っても過言ではない。
相手の情報を調べ上げて戦闘を思い通りに進めるタイプと、どんな状況であろうとも自分の拘りを優先するタイプ。
噛み合うはずがない。
壁を超えた実力者同士であったとしても、そのような二人が組んだところで互いの長所を打ち消しあってしまうのだ。
「もう一つは、百代と戦う権利を譲れないから」
もし優勝できたとしても、本来の目的であるエキシビションに挑めるのは一人だけ。
ユウも燕も、その権利を譲るつもりはない。
ならば互いに敵同士となり、トーナメントで決着をつければ後腐れはない。……というのが、打倒武神部の二人で話し合って出した結論である。
そして、最後は……
「単純に、あいつと戦いたいからだ。同じ男なら分かるだろ?最終目標は百代だけど、色んな強い奴と力比べしたいんだよ」
己の強さを図るため、力を磨くため、高みへ登るためには、より強い相手と戦うというのは至極当然のこと。
流石に百代程ではないものの、強者との戦いを求める武士の熱き血は、水城ユウの身にもしっかりと流れていた。
何より彼女は、自分と同じ武神を打倒しようとする者なのだから。仲間でありライバルとして、闘志に火が灯るというもの。
そう。ただ単純に、シンプルな理由。
「初めてだ。百代以外に、こんなにもぶつかりたい、って思う相手と出会ったのは……」
水城ユウの中で、松永燕という少女はそれ程にまでに大きな存在ということだ。
こうして口に出して言うのは恥ずかしい。そう、気まずそうに頬をかくパートナーの答えに、石田は納得したように頷いた。
成る程……。ウチの館長が気に入り、川神百代が惚れ、松永燕が想いを寄せる理由がわかった気がする。
強いだけでなく、己を邁進させ、目標に正面からぶつかっていく男。多くの武士娘達からしてみれば、とても魅力的に見えることだろう。
同じ剣士としても、そのあり方は賞賛に値する。こうも彼の意思を見せつけられては、己の浅はかさを実感させられた。
水城ユウ、この男の行く末を特等席で見られるというのだから、ペアを組んだ甲斐があったというものだ。
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ーーー
武道大会に出場なんて、俺には縁遠いものだと思っていた。
いや、祭りは好きだし。川神大戦のような全員参加型なら、培った知力と人脈を駆使して挑む気概はある。
だが、こういった何もないフィールドの中で正面から殴り合うルールとなると、俺の本領は十分に発揮されることはない。
できることがあるとすれば、戦闘をペアに任せて逃げ回ることだけなんだが……。
「まあそれで決勝まで行けるんだから、わからないもんだな」
「おりょ?どしたの大和くん。そんな黄昏て」
「いえ、燕先輩はお強いですねって思ってました」
「あらやだもー、大和くんってばお上手なんだから。誉めたって納豆しか出ないよん?」
ニッコーと、眩しさすら感じさせる笑みを浮かべる燕先輩。相変わらずどこから取り出しているのか、いつの間にか掌に出現した納豆のカップを、ほいっと差し出してくる。
受け取ると、松永納豆は適温に保たれていた。
この灼熱の季節と会場の熱気の中、痛むことなく食べ頃の状態にできるなんて、凄いテクノロジーだ。
いや、凄いのはそこだけじゃない。
さっきも言ったが、あれはお世辞でもなんでもない。松永燕という先輩は、本当に強い。
一歩及ばないとはいえと、流石は姉さんと互角の勝負を繰り広げただけある。何せこの大会、殆どこの人一人で勝ち進んだようなものなのだから。
タッグマッチというルールである以上、自分がどれだけ強かろうと、パートナーがやられたらそのチームは敗退となる。
よって、この大会は相手を倒す強さ、チームワークによる絆、そして生存能力が必要となる。
燕先輩は、生存能力を取った。そこで目をつけたのが、俺のこの逃げ足というわけだ。
俺の役目は、相手から逃げて逃げて逃げまくること。ただそれだけ。
時に挑発などをして相手チームを撹乱させ、その間に先輩が仕留める。これが知性チームの必勝方だ。
一見格好の悪い戦い方だろうが、これも戦略だ。なにより、こうして決勝にまで勝ち上がって来たのだから、文句なんて付けられないだろう。
しかもこの人、俺の見立てが正しければまだまだ余力を残している。
自分の全ては見せず、相手を丸裸にして仕留める。優勝候補と呼ばれたヘル・ミッショネルズとの試合も、危うげな場面はあったがこうして勝利した。同じ知略家として、シンパシーを感じずにはいられない。
このまま一気に優勝へ!……とは、いけないだろうな。
決勝の相手は、それこそこれまで相手にしてきた選手達とは次元が違うのだから。
「また黄昏てるねぇ。しかも、今度は別の理由で。当ててあげようか?ユウくんでしょ?」
ドキッ、心臓が跳ね上がる。
いつの間にか顔を覗き込む先輩の挑発的な笑みに、猫のような目が俺を見据えていた。
「大和くんってば分かりやすいよねん。特にモモちゃんに向ける熱い視線と、ユウくんに向ける視線が。上手く隠してるようだけど、バレバレだよん?この松永燕の眼力からは逃れられないのだ〜!」
「そ、それを言うなら燕先輩だって。水城先輩に向けるあの目、分かりやすいですよ。確実に惚れてるでしょ?」
「あちゃ〜、バレてた?」
反撃したものの、望んだリアクションは帰ってこなかった。
恋心をバラされて、少しは狼狽えると思ったんだが……。言うやいなや顔を真っ赤に染めて、まいったなーと言わんばかりに照れ臭そうな様子で頬に手を当ててニヤニヤし始める。
「放課後ずっと一緒にいますもんね。学園中噂ですよ?もう二人は付き合ってるんじゃないか、って」
個人的にできることなら、そうであってほしい。
認めたくないが、川神百代は……姉さんは水城ユウに惚れている。それはもうゾッコンと言えるぐらいに。
最強と言われる女と、それに挑むことをやめない男。それもほぼ互角の実力を持った異性なんて、姉さんが気に入るのは、至極当然のことなのだろう。
俺なんかでは決して作り出すことのできない笑顔と瞳。それをあいつは、自覚がないまま向けられている。
それがどれだけ難しいことなのかも知らずに。
だから俺は期待してしまったのだろう。仲睦まじく、並んで歩いている水城ユウと松永燕の姿を見て。
もし、このまま二人がくっついてくれれば……
「俺、先輩の恋を応援しますよ?」
「……大和くんてさぁ、私とユウくんが付き合えば、自分はモモちゃんと付き合えるって思ってる?」
「え?いや、それは……」
「君にしては見積もりが甘いんじゃないかな。なんて言うかアレだね。キミって、あの二人の話題には短慮になっちゃう悪癖があるよね」
「ゔッ……‼︎」
胸を、丁度心臓のある位置を抑える。
痛いところを突かれた。チクッ、なんてものじゃない。ドスッ!と、太槍で胸を貫通された気分だ。
薄々勘づいていた自分の悪癖を、他者によって暴かれてしまった。自分で気づくのはまだいい。しかし、こうして面と向かって言及されるのは、かなり胸にくる。
「私の恋が成就したからって、同時にキミの恋まで実るとは限らないよん?」
まったくもう、と。まるで弟を叱る姉のように、腰に手を置いて燕先輩は言う。
「しかも、あのモモちゃんだよ?ユウくんが私と付き合ったからって、そう簡単に自分の恋を諦めるとは思えないなぁ」
……分かってる。そんなこと、痛いほど。
何年も一緒にいたのだから、分かっている。
『ユウは燕とくっついたか……。仕方ない、大和の想いに答えてやるか』
と、あの人はそうなるだろうか?
答えは、否。絶対にない。
川神百代は、妥協とは一番縁遠い女だ。大人しく祝福し、直江大和を見るようになるなんてあり得ない。
寧ろ、略奪愛とか考えていそうだ。
その彼女の瞳に、俺が映ることはないだろう。
「あー、ごめんね。このあと決勝なのにメンタル下がること言っちゃって。なんていうかね、モモちゃんやユウくんみたいな人ってのは、一々絡め手使うより正面からぶつかったほうが効果あるってこと」
そう言って、燕先輩は座席から立ち上がる。
俺達、知性チーム専用に設けられた控え室。そこに設置された時計が、試合開始の五分前を指す。
時間だ。
先輩に促されて、俺も彼女の後に続く、
「恋の先輩としてのアドバイスだよん、大和くん。松永燕先輩の背中をよく見ていなさい」
恋に必要なのは知略でも策略でもない。ぶつかっていくことなのだと、燕先輩の背はそう俺に告げていた。