あれから五年———川神。
空は快晴。
まるであの歴史的一勝の日を思い起こさせる、雲一つない青空の下で、熱風が吹き荒れる。
世界に激震を与えた、若獅子タッグマッチトーナメント。激動の時代を生み出した、今から五年前に起きた分岐点であるその大会は、今も続いていた。
夏の川神武道大会、今年もその日がやってきた。
若い世代の獅子、王者を決める祭典。
その熱気に湧きたつ武道館。
観客達で埋め尽くされた客席には、川神学園の制服を着た生徒達だけでなく、川神の住民、外国からの来客がひしめき合っており、モニター越しからでも伝わってくる声援を送り続けている。
夏の気温すらも霞む熱気。
それを一身に浴びる侍達。
出場する動機は数多あれ、皆目指すものは優勝ただ一つ。一度土俵に上がれば、第三者の介入も思惑も割り込むことは許されない。
この日、多くのドラマが生まれた。
苦戦があった、圧倒があった、激闘があった、達成があった、悔しさがあった、感動があった、友情があった、リベンジがあった。
そこには必ず、勝者と敗者がいた。
己が武を魂に込めて流した血と汗が、この闘技場に染み込んでいる。その地を踏み締め、栄えある優勝者はここに立つ。
だが、彼女は満足していなかった。
求めているのは、優勝の先にあるもの。
エキシビジョンである、武神との試合権。
苦痛を伴いながらも極限まで鍛えてきた日々は、この瞬間のために。己に課した宿命を果たすべく、硬く握り締めた拳を突き出した。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
「お゛おおおおおおおおおおお!!!」
激闘が天を揺るがす。
両者の咆哮が混ざり合い、突風が翔る、火花が迸る、拳撃が交わる、轟音を呼ぶ。壁を超えた者同士の攻防は、太陽の熱さえも忘れさせた。
磨き上げられた技の応酬が一撃ごとに変わり行く中、至高の領域に二人の存在は近づきつつある。
一撃は重く、一撃は速い。
一歩も譲らぬ乱舞に、客席から大歓声が上がる。
ぶつかり合う双方の実力は互角。……いや、微妙に挑戦者が圧されている。
それも仕方ない。何せ、相手は武神なのだから。
最強の称号に偽りなく、底知れぬ実力はこうして直接武を交えれば、嫌でも理解させられる。
———そうか、あの男はこのような理不尽な強さに……何年も挑み続けてきたのだな。
見ているだけと、実際に触れてみるのではまるで認識が違う。
こうして拳を交わらせてみれば、確かに挑むことなどバカバカしく思える。勝敗は火を見るよりも明らかだと、周囲の認識も頷ける。
そんな相手に何年も挑み、勝利をもぎ取った男の偉業たるや、ただの一勝と片付けていい“重み”では無い。
この女の力は圧倒的だ。
全力を込めた必殺の拳は、いとも容易く受け止められる。そこから攻撃に移るよりも早く、武神の蹴りが挑戦者を叩き潰した。
しかし、彼女は諦めない。この程度で終わるようなら、ここまで鍛えた意味がない。
地に伏した身体を跳ね起こし、武神の顎に膝蹴りをかます。
「ッゥ……。ククク、いいじゃないかいいじゃないかぁ!この戦い、お姉さんを思い出すぞ‼︎」
武神もまた、負けてなるものかと受けて立つ。
五年前に味わった敗北、無敗伝説の終わり。
あの日から腐ることなく研鑽を積んできた最強チート女は、その実力も美貌も磨き上げ、見事にかつての栄光を取り戻した。
そんな蘇った最強に立ち向かうのは、銀の長髪を揺らす川神学園の女子生徒。OBに胸を借りる、なんて気持ちはさらさらない。
勝つ、ただ一つの目的を目指し前に出る。
そして、
『勝負あり!勝者、川神百代ッ‼︎』
勝敗は決する。
武神の一撃が腹に直撃し、挑戦者は倒れ込んだ。
審判を務める川神院の師範代である赤髪の女性が、この試合の勝利者の名を告げた。
客席から割れんばかりの大歓声。
挑戦者に惜しみない拍手を贈り、倒れた相手に敬意を表す。
そして何よりも、武神の勝利を称えた。
勝利者である武神、川神百代は倒れ伏した挑戦者へ手を伸ばした。
「ふっ、強くなったな紋白ちゃん。もう揚羽さんを超えたんじゃないか?」
「まだまだだ。我の目標は川神百代、お前をこの手で倒す事にあるのだからな!」
「あっはっは!いいなその目!いつだって受けて立つぞ、ライバルよ!」
最強は笑い、ライバルと呼んだ少女を起こし上げた。
九鬼紋白……。あの可愛らしい幼子が、今ではなんと凛々しい美少女に成長したことか。
その勇姿、特等席から見守っていた兄は涙を流して感動に咽び褒め称える。
太陽の下で仁王立つ様は、まさにあの九鬼揚羽の全盛の姿と瓜二つ。武神とぶつかり合えるスタミナ、風神鉄壁の防御力、岩をも砕く拳。あの偉大な女王の妹たる素質を余すことなく受け継いだ少女は、いずれ九鬼を背負って立つ事になるだろう。
その第一歩が、この最強を下した時だ。
ヒュームのもとで身体を鍛えた。
クラウディオのもとで技術を学んだ。
マープルのもとで知識を育んだ。
従者達からは献身的なサポートを。
家族からは応援と激励を。
苦痛さえ生やさしい鍛錬の日々、何度心が折れそうになったか。
それでも壁を超えられたのは、大好きな姉の無念を晴らさんがため。
いや、今ではその念も薄れたように感じる。
五年もかけて培った全力が破られたのだ。
だからこそ、超えたいという悔しさが強く灯る。
あの男も、こんな気持ちだったのか……。
「待っていろ川神百代。次だ、次こそ我が勝つ‼︎」
地に伏しようと、その威厳は消えず。
打倒武神を掲げる九鬼紋白の挑戦は、続く。
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「あちゃー、負けちゃったか〜」
「いいところまで行ったんだけどな。流石は百代、また強くなってやがる」
エキシビションマッチが終わり、百代との挨拶もほどほどに紋白はリングから降りていく。
見事な試合でありながらも、本気で勝ち取ろうとした勝利をもぎ取れなかった少女の背に、とある夫婦は残念そうに労った。
健闘は讃える。
しかし、敗北は敗北。
気丈に振舞ってはいるが、悔しさは拭えない。
そんな結果に不満を感じているのか、夫婦の足元にいる少女は頬を大きく膨らせていた。
「どうした“翼”?そんなむくれて」
「おとんの嘘つき。言ってたもん……。紋姉ちゃんが勝つって言ったもん」
「負けるつもりで闘技場に上がってない、って言ったんだよ。元気出せって、今日はパフェに納豆かけて食っていいから」
「食べ物でかいじゅーされはしない!」
「はい落ち着いてー、悔しいよね翼〜」
うがー!と暴れる娘を、どうどうと母が落ち着かせにかかった。
あれから五年。かつて納豆小町と呼ばれた少女は結婚し、こうして子を授かった。産経婦でありながら、美貌は全く変わらない。むしろ歳を重ねれば重ねるほど、美しさには磨きがかかるばかりだ。
愛しい娘を抱きしめて、母は夫を見やる。
次はあなたの番だよねん?と期待を込めて。
「ああ、前は引き分けになっちまったからな。次は完全勝利でいくぜ」
「勝ってねおとん!ゴー!しょうりー!」
「応援ありがとうな、翼」
「それじゃあママは、パパにおまじないね」
勝利の想いを込めて、唇を重ねる。
エネルギーは十分。
胸にあるのは勝利、それ以外の感情はない。
愛する妻と愛娘に見守られながら、夫はリングへと降り立つ。まだまだかと待ち構えるライバルと、百を超えた対峙を果たす。
剣士が姿を現した瞬間、爆発のような大歓声が打ち上がった。本大会でも、エキシビジョンでもここまでの熱気は体感できない。
二人は今、世界の中心に立っていた。
もう、どーせ武神が勝つなどという声はない。
負け犬剣士と罵る者はいない。
まぐれだ!偶然だ!と文句は入らない。
次はどっちが勝つんだ⁉︎
武神だろ!いいや、剣神だ!
この一戦の結末を、誰もが目を離さない。
「えーっと、これで通算何回目だったか?」
「さぁ?千回超えてからはもう数えてないなぁ……。ま、前回のようにはいかないけどな。今回は私が勝つ」
「抜かせ、前々回は俺が勝った。今回もそうだ」
ニヤリと、武神と剣神は笑う。
「今日、俺が勝つぜ」
「ああ、全力で戦り合おう……ユウ!!!」
妻と子供に見守られ、松永ユウはその剣を取るのだった。
邁進は続く、どこまでも。
ご愛読ありがとうございました
これにより、マジ肉欲シリーズ完結です
きっかけは、百代に逆レイプされたら逃げられねーだろ、とネタで短編として投稿したのですが、まさかここまで続くとは思いもよりませんでした
めっちゃ批判されたり、徹夜で寝不足だったりと色々ありましたが、こうして完走することができました
皆様から頂いた感想と応援のおかげです
誠に感謝いっぱいであります
マジ体力の限界なので、暫く休んでアニメや漫画、エロゲーとか読み漁ってインスピレーションが湧いたら新作を投稿する……かもしれません
あと一話、IFルートに投稿します
これで本当に最後です