殆どの選手や観客は知る由もないだろう。
この若獅子タッグマッチトーナメントは、ただのクローン達のデモンストレーションなどではないことを。
スポンサーとなっている九鬼財閥の数々の思惑が絡んだ、一つの興行であることを。
武士道プランにおける若者の躍進と、それによる人材の確保。そして何より、エキシビジョンによるメインイベント。
その一端に、私は関わっていた。
“川神百代の討伐”。
これが松永燕に課された依頼。
依頼者である九鬼財閥はバックアップを惜しまない。ありとあらゆる資金とサポートを私達に提供してくれた。
全ては、あの武神に敗北を味わわせてくれ、という依頼主の要望のため。
一度も負けたことがないという、理不尽極まりないその強さに、不服と感じる者が九鬼家にいた。
その者によってこの依頼は為され、策略がこのエキシビションの全貌といえよう。
九鬼の刺客たる私もまた、勝利した先にあるものを望んでいる。それは莫大な報酬でも、絶大な栄光でもない。
ほんの小さな幸せ。また家族と一緒に……
(ってな感じで、情に訴えたら君は勝ちを譲ってくれるかな?……無理だよね)
絶対やだと、真顔で容赦ない即答を返す姿が容易に想像できる。
私がどうして川神にやってきたか、何故モモちゃんを倒すのか。その先にある目的、ありとあらゆること説明されたところで一ミリも戦意が落ちることはないのは明白。
だからこそ、全力を持ってしてぶつかる。
出会い方は素敵でもなんでもない、最悪な部類だったけれど。少しでも対等でありたいと言う、女のわがままだ。
尾を引くものなんて何もない、全てを曝け出した姿で君と拳を交える。それが、最強に挑戦してきた男の子と触れ合って出した、松永燕の答えだった。
言ったところで君は「興味ねぇ」って突っぱねるんだろうね。
戦う理由なんて、人それぞれだ。九鬼の計画なんてのもどうでもいい。そんなもん全部ぶった斬って、俺が百代と戦う。それだけだ……。とか、そんなふうに。
(ちょっと妬けちゃうなぁ。君ってばホント、モモちゃん大好きだよねん)
前にそう言ったら、
『鳥肌が立つこというな。別にそういう関係じゃねーよ俺達。ただのライバルだよ』
って……。言ってたけど、気づいてる?君がモモちゃんの事になると、とってもいい笑顔をしているって。
目標、尊敬、憧憬。吊り上がる口角と見据える瞳には、そんな多色の感情が入り混じっている。その顔を私に向けてくれれば、どれだけ幸せなことか。
だから私も君に挑む。
全力の私を、君にぶつける。
いつか私にその笑顔を向けてくれるかもしれない、そう夢想して。
だから今は、これが私の精一杯の勇気と笑顔だ。
「負けないよ、ユウくん‼︎」
決意を胸に、拳を突き出す。
何千何万と振ってきたはずのそれは、これまでのものよりもまるで違う実感を感じさせるものだった。
今から始まるこの大一番。家族のため、名を上げるためと振るってきた拳に、一つ新たな意味が加わる。
己のために拳を振るう。
それは至極当たり前のことの筈なのに、今までと意味合いがまるで違う。そう思える燕の拳は、この上なく強く握られていた。
多分この瞬間、私は武士娘になれたよ。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
『これまで多くのドラマが生まれました。泣く者、笑う者、止まる者、進む者。時には多少のハプニングもありましたが、皆さんお待たせいたしました。泣いても笑ってもこれが最後!遂に若き獅子たちの頂点が決まります!双剣、知性チーム……。果たして戦いを制し、栄冠を手にするのはどちらのチームなのか!間もなく決勝戦です‼︎』
闘技場の中心で、両チームが向かい合う。
双剣の石田三郎は、相手方の直江大和にその鋭い眼光を向けていた。
東西交流戦の時に相手をしたことはあるが、彼は戦えるタイプではない。多少は武道の心得はあるものの、基本は逃げを専門とするタイプだ。
モニターでこれまでの試合を見て分かる通り、大和が相手に攻撃を仕掛けたことは一度もない。
多少は意識を引くための挑発も行っていたが、その程度で集中を切らすユウではない。
交流戦で煮湯を飲まされた相手であるものの、自分の取るべき選択は一つ。何もしない。
両チームがぶつかっている間に、自分は非戦闘員をリタイアさせる、というやり方もあるが、それではパートナーが納得しないだろう。
控え室で見たあの横顔。
あんなにも松永燕との試合を望んでいたのだから、余計な事をするのは野暮というもの。
大和が何かを仕掛けようとする時にのみ動き、それ以外はこの二人の戦闘を見守っていよう。
全てを、彼らの決着に委ねる。
それが石田の選択であった。
「来たぜ、燕」
「私も来たよん、ユウくん」
睨み合う両者。その口角は吊り上がっているが、合わさる目は真剣そのもの。互いの闘志は、この場の熱気の中でさえ劣ることはない。
誰もが、この一戦で全てが終わると思っている。
だが間違いだ。当事者達にとって、決勝はただの通過点でしかない。この戦いの先にあるエキシビジョンこそが本命なのだから。
今、目の前に立っているのは最後の関門。
「どっちが勝っても恨みっこは無しだぜ」
「それはお互い様!」
……ユウくん。君は私にとって、一番相性の悪い武道家。やりづらい相手というなら、モモちゃん以上の強敵だと思う。
だって君、隙なさすぎるもん……。
使う得物は刀一本。
小細工はなく、繰り出すのは鍛えた剣技のみ。
気は肉体強化だけに施す。
勿論、そんな彼にも向き不向きはある。瞬間回復や人間爆弾など反則級な技は使えず、剣技のみによる手数の少なさが欠点といえる。
だが、要するにそれだけで武神と長年渡り合ってきたということに他ならない。
相手に油断も慢心もしない。開始と同時に、即座に実力の百パーセントを発揮することができる。
最強故に割と弱点だらけの百代と違って、最強を下す為に無駄を削ぎ落とした挑戦者。
水城ユウは松永燕にとって天敵と言える。
だからこそ、この一戦における燕の戦法は一つ。
全てを出し切るしかない。
『若獅子タッグマッチトーナメント決勝戦‼︎ダブルシャドウVS知性チーム……試合開始ィ———‼︎』
戦いの火蓋が切って落とされる。
試合開始と同時に燕は、自分の持てる全ての力を解放した。
これまでの熱き試合の数々に当てられたことで、観客の興奮は最高潮に達していた。
その熱に煽られるように選手達、武士達も全力を尽くす中で唯一人、松永燕だけがその真価を発揮していなかった。
相手を徹底的にマークし、極力実力を引き出すことなく、本番まで体力を温存するという戦略。
彼女は未だ、己の全てを見せていなかった。……そう、この瞬間までは。実力を隠しまま、勝てる相手ではないからだ。
「出し惜しみなしだよん、変身‼︎」
ごめんね、おとん。これしかなかった……。この秘密兵器の製作者、カメラの向こう側にいる父に心の中で詫びる。
燕は独特な構えを取ると、その決意を体現するかのように秘密兵器を惜しげもなく披露した。
川神学園の制服姿が変化する。黒いウエットスーツに変わり、腰には妙に既視感のあるデザインのベルト。
極め付けは、その右腕であろう。取り付けられた巨大な籠手は、装着者の腕の倍はある。明らかにメイン武装と言わんばかりの物々しさは、驚異的な威圧感を放っていた。
これまでの松永燕の試合とは全く異なる姿は、視界を含めた会場にいる全ての人間が驚きを露わにするには、十分だった。
そんな中で、間近で相対する剣士もまた例外ではなかった。変身……。そのワードと共に目の前で行われた燕の変貌に、当時の記憶が蘇る。
……思えば、最初のきっかけはコレだったな。
きっかけはありふれたものだった。
ヒーロー番組で悪者をばったばったと叩きのめす戦士が映るテレビを齧り付くように見ていた。強くてかっこいい、そんな姿に憧れた、そんな普通の少年らしい動機が原因だった。
川神院の門を叩き、武道にのめり込み、ライバルを見つけ、挑む日々。そんな人生の中で埋もれていったかつての“憧れ”が、水城ユウの胸に再燃していた。
「くそッ、羨ましいじゃねぇか……‼︎」
「ふふん、ユウくんってばこういうのお好き?」
松永久信の技術と、九鬼の財力により完成された傑作———人機一体・平蜘蛛。
そのフォルムを目にしたユウの精神は闘志半分、男心半分。ほんの少しだけ揺れ動く。
だがそこは剣豪。即座に精神を安定させて、納刀した刀に手を添える。
「そいつが、打倒武神の秘密兵器ってわけか。……でもいいのかよ、それ」
「言ったでしょ?全部ぶつけるって」
ユウの挑発的な言葉を、燕は斬り捨てる。
当然、何度も何度もシュミレーションをした。持てる知力の全てを駆使して、如何に勝率の高い戦法を模索し続けた。
そして、これが出した結論。
水城ユウは、川神百代を倒すぐらいの意気込みで挑まなければならない———。
決意ある言葉。その潔さに、口元が緩む。
剣豪が笑む。燕も笑う。
互いに構えは鏡写し、両者は正対する。
さっきまでの熱気はどこへやら。会場は水を打ったように静まり返り、集中が空気を揺らしてた。
客席から、カメラの向こう側から、何千何万人が見守る中、決戦の火蓋を切って落としたのは———剣士の居合切りだった。
人間が風となって駆ける。
初撃から全力全開の一撃。この一太刀で、いったい幾人もの武人を瞬殺してきたか。
その速度は分かっていたとしても、回避するのは容易ではない。一足飛びに間合いを詰め、松永燕の喉元へ刃を突き出す。
同時に突き出されるのは平蜘蛛の籠手。
「初激はまず居合、だよね!」
映像で見て、組み手で触れ、動きを研究し尽くしたからこそ把握した動き。
そのタイミングはドンピシャ。全くの同タイミングで、二つの鋼が衝突した。
平蜘蛛と刀身が打ち合う金属音———と、同時に籠手から放たれた電子音が混じった。
-STAN-
「ッ⁉︎」
装甲に稲光が奔る。
ぶつかった瞬間、真っ二つにせんと刀を振り抜くはずの肉体的動作は、予期せぬ電流によって硬直した。
籠手の隙間から放射された雷撃は刀を伝い、剣を握る腕を伝い、筋肉を麻痺させる。
一瞬のみ、剣の動きが静止した。それは達人同士の戦いに置いて、命取りとなり得る決定的な隙を生み出す。
まして、松永燕の技量は生粋の達人である。その隙を見逃す道理はない。動きが止まったユウの身体に、平蜘蛛を奔らせた。
攻撃を躱す為の跳躍動作は、しかし硬直で間に合わない。電気を纏った鉄塊が、ユウの鳩尾へ食い込んだ。
この大会始めてのまともなクリーンヒットだった。
巨木の根のように踏み込んだ足が、闘技場の床と離れる。ふわりと肉体が浮かび、振り抜かれた平蜘蛛の一撃によってその身は闘技場の端ギリギリにまで吹き飛ばされた。
「ガハッ⁉︎」
防御さえ許さない雷撃に、苦悶の声を漏らす。
……まだ筋肉が痺れている。嫌な攻撃だ、本来のポテンシャル二割減といったところか。
本来ならば百代相手に使う筈だった機能が、肉体を蝕んでいく。筋繊維を巡る電流が、握力を妨害する。上手く刀を握れないようにしてしまうデバフを、ユウは強引に抑え込んだ。
だが電撃なんて、百代だってよく使っている。
意表をつかれたのは自分のミスだが、本調子が出せないというのなら、その状態のまま勝利をもぎ取ればいい。
一瞬で精神と思考を切り替えて、刀を構える。
その素早い一連の動作の間に、燕は既に次なる一手を繰り出していた。
平蜘蛛の電子音が再び響く。
-NET-
仕込んだワイヤーを射出し、麻痺によってただでさえ動きの鈍ったユウの身体に巻き付かせる。
……小細工だ。こんなもの、デバフを受けた今の状態であろうと、秒もかからないうちに振り払える。
それは燕も分かっている筈だ。故に、これはただの布石。次の攻撃の為の前準備に過ぎない。
何を企んでいる?思考する剣士の視界に、合金製の籠手が猛スピードで飛び込んできた。
-JET-
暴風とでもいうべき風の加速に、ドリルのように回転する平蜘蛛の矛先。その鋼鉄の杭が、鳩尾を穿つ。
これで終わらない。
-POISON-
攻撃のインパクトと同時に、接触部位から毒を流し込む。
痛覚を刺激するただそれだけのものだが、麻痺した状態に重ね掛けすることにより、身動きはほぼ完全に奪える。
そこへ本命のフィニッシュを———
「ッ⁉︎」
仕掛ける、その直前。接触の瞬間から、得体の知れない緊張感が燕の首筋を撫でた。
殴りつけたと同時に合った、互いの目。
これほどの攻撃を喰らわせたにも関わらず、毛ほども戦意を失っていない全開の双眼が、松永燕を捉えていた。
(ぁ、ヤバい……)
クリーンヒットの感触も、平蜘蛛の機能も何もかもが虚構のように思えるようなその感覚の正体は……当然、目の前の剣士によるものに他ならない。
鈍い筈の一刀が、全快同然の動作で振るわれる。
狙いは彼女の首。その頸動脈へ、刃を届かせるために。これまでのダメージをものともせず、鳩尾を打ち抜かれたユウは強引に刀を振るったのだ。
(……っ!流石!)
思わず舌を巻く燕。
強引に身体を捻ることで、その一刀はギリギリのところで回避され、空を切る。
あと僅かでも反応が遅れていれば、勝負はここで終わっていただろう。
攻撃から無理矢理に回避を肉体に切り替えて、大きく後ろへ飛んで相手と距離を取る。
ゴロゴロと闘技場の床を不恰好に転がっていく。見栄えも、格好もあったもんじゃない。
(最初の必勝プランが破られた……。なら、次のプランに切り替えるまで!)
この平蜘蛛の多彩な機能を駆使して、最終的にフィニッシュに繋げる為に。
思考を切り替えて身を起き上がらせた瞬間———目の前に、銀の刃が煌めいた。
後退する燕の動きを予測し、先んじて構えていた剣閃。一刀両断の勢いと共に振るわれる上段斬りが迫る。
-SHIELD-
咄嗟に平蜘蛛からシールドを展開し、迎え撃つ。
川神百代の攻撃を防ぐための防御機能を持ってして、振り下ろされる刃を受けて立つ。
だが、真っ向からでは破られる。彼の一撃はそれ程の威力があると、燕は知っていた。
故に、敢えて傾かせることによって攻撃を逸らした。受け流され、狙った対象の横を素通りした刃はあらぬ方向へと、闘技場の床へと突き刺さる。
次の瞬間、巨大な揺れが巻き起こった。
広大なトーナメントドームが地割れの如く、二人を中心とした場所から大きく陥没し亀裂が走っていく。
爆音と共に、闘技場は真っ二つに割れていた。
ヒェッ……と、客席から息を呑む声。
ダメージも疲労も知らぬ威力。その闘志に、この光景を目にした武人達は感服すら覚える。
「効くわけないかぁ。そりゃそうだよね。モモちゃんの猛攻耐えるんだから」
平蜘蛛に備わっている機能は全て、理不尽な武の極地を攻略せんがために備わっている。
しかし今、燕が目にしている光景は、そんな兵器などとは一線を画すものだったのだ。
川神百代が理不尽な万能と例えるなら、水城ユウは言うなれば究極の一。
多彩さはいらない。たった一芸を極限まで高めた、研ぎ澄まされた一本の刀だ。
下手に手数が多いよりも、シンプルな一点突破が故に崩しにくい。
しかも、一撃一撃が必殺級ときた。
「シールドはあと一発……多くて二発が限度……」
しかも、ここで平蜘蛛を使った以上、百代に見られている。エキシビションでの勝率は半分以下となるのは間違いない。
例えこの場で勝っても、最終目標は遂げられないだろう。九鬼からも、制約違反だとバッシングを受けるのは必至。
だが、
「そんなことわかってる!でも……勝ちたい。私は……君に、勝ちたい‼︎」
ーーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
当時は、天才百代を倒そうと意気込む武道家は、川神院の門下生にもそれなりにいた。
年上の兄弟子は、その鼻っ柱をへし折ってやろうと。同い年は若さ故の悔しさから。
そんな兄弟弟子と一緒に己を磨く日々は、思えば一番充実した頃だったと思う。
そんなある日、
『俺、武道やめるわ』
それは唐突だった。
いつも通り繰り返される、朝練の最中の出来事。
気まずそうに言い出したのは、同年代の門下生。
同期に入門し、同い年故に気が合い、いつか百代を倒してやろうと約束した。仲間であり、ライバルであり、同じ道を歩む同士。
中学一年生の初夏に入った頃の話だ。
最近修行に身が入っていないなと、心配に思っていたそいつは、前振りもなくそう言い出してきた。
俺は、耳を疑った。
あんなにも目を輝かせて、いつか達人になってやろう!と言っていたあいつが今では、何かを悟ったような目で俯いていたからだ。
何故?勿論納得がいかない俺はそう尋ねると、
『なんかさぁ、現実見えたっていうか……。無理だって、達人なんて。友達と遊んでる方が楽しいし』
『あ〜、実は俺も』
一人の諦めがきっかけとなったのか。
俺を除いた一人、また一人と……。
『今月いっぱいで止めるんだ。親から身体鍛えろ、って言われたから入門しただけだし……。もう十分だって』
『大人でさえ敵わないんだぜ?俺達じゃ無理だよ』
『天才ってやつだよな〜、あれ』
乾いた笑み、達観した顔、納得したような目。
全員が、これまでの努力を笑い話のように語る。
それを俺は、無性に腹が立った。
何だよそれ……。皆んなで百代を倒せるぐらい強くなろうって、約束はどうなったんだよ!
そう、声を荒げた俺に皆んなは……
『あ……水城って、それ本気にしてたんだ』
可哀想な奴を見る目を向けていた。
成長しきってない、幼稚な子供を見るような。
そうかそうかと、よそよそしく。
じゃな、
バイバイ、
ほどほどにな、
応援してるよ、
と、みんな離れていく。
気づけば一人、鍛錬所で立ち尽くしていた。
あの時の虚しさは、今でも時折胸を締め付ける。
あんなにも輝いていた筈の修行の日々が、薄っぺらい張りぼてとなってしまった今。
どうして諦めてしまうのか。忘れてしまうのか。
それを、川神院の師範代に聞いてみた。
『そりゃお前、そいつらは大人になったってことだな』
昼間っから缶ビールを飲みながら、片耳を傾けてほろ酔いで答えるそのおっさん。
川神院師範代、釈迦堂刑部は畳の上で寝転がり、飲み干したビール缶の群れがカラカラと音を鳴らす。
『諦めるのが大人になるってことですか?』
『現実を見れるようになったっつー話よォ。才能ってか?超えられねー壁ってか?住む世界が違うんだってな。そーいうのを妥協して飲み込んで、人は大人になっていくってわけだ。で?おめーはどうなんだ?止めるのか?』
『いや、続ける』
『何でだよ』
『負けっぱなしで、悔しいから』
『ぷっ、だはははははは!まぁいいんじゃねぇのぉ?おめーはあいつらよりか見込みがあるしな。向いてる奴が残って、向いてねー奴が消える。武道はそう言う世界なんだよ』
何が面白いのか。大口を開けて笑う師範代。
だがその目と口調は、これまで歩んだあの人の武の道の中で辿り着いた答えだった。
『だが、百代に勝とうなんて考えんじゃねーぞ。あいつは俺達よりも更に向こう側にいる奴だからな。てきとーに鍛えててきとーに生きろや。って訳で、釈迦堂教室終わり!酒切れちまったから、授業料で食堂からビールくすねて来い。あとつまみも』
『分かりました。ためになりました。ありがとうございました。ルー師範代、また釈迦堂師範代が飲んだくれてまーす!』
『テメッ、このガキャァ‼︎』
かなり適当な勉強だったが、よく分かった。
諦めることが大人になることなら、俺は一生子供でもいい。みんながやめたのはショックだったけど、だから俺も……と、剣を手放すことはしなかった。
鼻っ柱をへし折られた人生初の敗北。その悔しさを妥協して生きていくなんて、そんな器用な生き方は水城ユウには難しかったからだ。
だから剣を振った、何度も何度も。
あの鍛錬場で、一日も休むことなく。
鍛えては、百代に挑み敗れる毎日。
そんな俺をバカにしてくる奴もいたし、応援してくれる人だっていた。
……いろんな奴がいたっけ。
『実力に差はあれど同年代の競い合う相手がいるのは、とても喜ばしいことじゃ。感謝するぞい』
時には壁にぶち当たったこともあった。
『う〜ん、ワタシまだその次元に立ててないからわからないわ。でもユウ先輩ならきっとできるって信じてる!』
『そんなの僕にわかるわけないじゃん』
『そりゃあ筋トレっすよ!筋肉は裏切らない!』
『しょーもない』
『わり、よくわかんねーわ』
『諦めれば?まず姉さんに勝とうとすること自体、無理なんですから』
でも、結局俺の根底にあるものは悔しさだ。
バカにされようが、かっこ悪かろうが、あいつに勝利するまで走り続ける。
…………でも、それでも。
やっぱり、俺だって人間だ。
一人で素振りをするのは、
誰も隣にいないのは……
ふと、そのことに気づくのは……
やっぱり………
「 さびしい 」
だからさ、燕。お前は自分のこと卑下してるようだけど、そんなことねぇよ。
どんな理由があろうと、どんな手段を使おうと、自分のやり方で挑戦するのは胸を張っていい。
寧ろ、異常なのは俺の方なのかもなしれない。
正面からあいつに挑もうとか……。後から分かったことだが、諦めた奴らの気持ちも今ならよくわかる。
それでも、一緒に目的のために戦う同士に出会えたのは本当に嬉しかったんだ。
だから俺も、全力でお前に勝ちたい。
-RECOVERY-
「回復機能まであんのかよ」
圧倒し、これまで燕の身体に刻みつけた傷が瞬時に回復していく。
瞬間回復と似たような効果か。川神流の奥義の内の一つを、テクノロジーで再現してしまうとは。
(思ったより性能いいなコレッ、百代戦のための余力残しておく余裕はねぇか……)
だが、これだけで武神を倒せるような性能とは言えない。
確かに多彩で性能もいいが、その分燃費もバカにできない。現に先程の回復も、全快とは言えず三十〜五十パーセント程度といったところだ。
あの腹黒策略家、松永燕のことだ。まだあと一つ、最大の奥の手を隠しているに違いない。
-FINISH-
予想に応えるかのように、ソレは起動された。
平蜘蛛奥の手にして最強技。これまでの機能とは一線を画す異様なプレッシャーに、武者震いを感じずにはいられない。
倒すべき相手ではなく、乗り越える壁と相対するこの感じ。脳裏に、百代との戦いの日々が思い起こされる。
この目に映るシルエットは———蜘蛛。
———決戦兵器・平蜘蛛。
それが、この最終兵器の本来の名。
天から舞い降りた物体と融合した燕の姿は、その名が指し示す通りの正に巨大蜘蛛。
鉄の八本の機械足が闘技場の床に突き刺さり、籠手と完全に一体化している。
異形から放たれる圧は、本能にこれが人の手によって作られたものなのかと、疑うほどにのしかかってくる。
未だかつてない高揚感に身を包まれていた。
「すげえじゃねぇか」
「どの口が言うんだか。迎え撃つ気満々のクセに」
「いや、そう意味じゃねぇんだ」
きっとこれは、対百代用の切り札なのだろう。
それを今ここで、俺相手に使うなんて……全力で向かってくれるなんて……武人としてこれほど嬉しいことはない。
「お前に会えてよかった……。ありがとな」
だからこそ、全力を持って応える。
刀を構え直し、平蜘蛛が動く瞬間を待つ。
———上段斬り。
両手でしっかりと握り締め、上から下へと刀を振り下ろす基礎中の基礎。
剣を扱うのなら、誰しもが経験する動作。
何千何万と繰り返した、
周りに仲間がいなくなっても繰り返した、
バカにされても繰り返し続けた、
この技で迎え撃つ。
相手は対軍……いや、対武神兵器といっても過言じゃない。その巨体から繰り出される攻撃は、まともに食らえばどんな生物だって肉塊と化すだろう。
そんな相手にどう戦うか……答えは簡単だ。
ただ、己の剣技を研ぎ澄ますだけ。
決着の時———。武道家だけでなく、武に触れていない一般人までもがその予感を確信した。
一陣の風が吹く。それが合図だと言わんばかりに、平蜘蛛の起動音が会場を包み込んだ。
八本足から供給されるエネルギーを、籠手の一点へと集中して放つ必殺の一撃。
見ただけで分かる。まるで隕石のように、この闘技場ごと破壊しかねない威力。
俺はそれを恐れない。いつも通り、あの日の誓いに背くことなく前へ進む。そして、ただ己の剣を信じるのみ。
迫る終焉の一撃から目を背けることなく、全神経を集中させる。
平蜘蛛が刀の間合いに入った瞬間———俺はそれを一閃した。
空気が裂ける。
暴発が轟く。
突風が高まく。
たった一度の衝突によって生み出された巨大な竜巻は、やがて無音という名の静寂へと姿を変えたのだった。
誰も声を発さない、会場に広がる静寂。
皆がただ黙って闘技場を見つめている沈黙の中、パラパラと金属片が亀裂だらけの床へと降り落ちていく音がよく耳に通る。
「これだけやって、刀一本だなんてね……。おとん、今絶対泣いてるよん」
「百代に続いて二人目だぜ?俺が試合で刀を破損させちまうなんて」
「へぇ、そっ……かぁ……」
朧げな燕の視界には、真っ二つに割れた籠手と、無惨なスクラップと化した八本足。
川神百代を穿つ為の最終兵器は、刀一本を代償としてその機能を完全に停止させられていた。
全てを出し尽くした少女には戦うどころか、立つ力すらも残っていない。目前で、両の足でしっかりと立ち尽くす彼の胸にその身を預けた。
「届いたってことで……いいのか……なぁ……」
「ああ、お前の
『勝負ありッ‼︎若獅子タッグマッチトーナメント優勝は、ダブルシャドウだぁぁぁぁぁあ‼︎‼︎』
———あとは任せろ、同士。
以前、規律式足さんからいただいた『こんだけ凄いのに自己肯定が低すぎね?』という感想のアンサーです
いつか掘り下げたいと返信して、やっと書けました
かつて打倒百代を掲げた仲間がいたのですが、みんないなくなってしまったのが彼の自己肯定の低さの原因となっています
Q.どうして麻痺と毒状態で動けたんですか?
A. 気を体の一点に凝縮させて、戦闘以外の感覚を全てシャットアウトする術です。
詳しくは、マジ肉欲Part2の3話「猟犬の挑戦」をご覧ください。
オナニーの快感もシャットアウトできるんだから、毒も麻痺も感じなくなるよね(暴論)
Q.川神院を辞めた門下生は今どうしてますか?
A.普通に川神に暮らしてます。一部は引っ越しとかで別の場所に。
互いに当時のことを根に持って険悪というわけではありません。
ユウもあれから百代の理不尽な強さや、壁を超える過酷さを知って、「諦めても仕方ないか…」って納得しています。
Q.釈迦堂刑部から見たユウの印象は?
A.よくサボりや飲んだくれをルーや鉄心にチクっていたので、このクソガキァッ‼︎って感じ
でも才能は認めています
今では梅屋の常連です
前々から釈迦堂さんとの絡み書きたかった
最終章にしてやっと書けました