最終章なんでね
こいつとも長い付き合いなので
水城ユウ———。初めてその名を耳にしたのは、姉さん……川神百代が風間ファミリーに加入して次の日だった。
あいつも誘ったんだけど断られた〜。と、残念そうに駄々を捏ねていたっけか。
何度負けても、必ず立ち上がって向かってくる私のライバル。そんじょそこらの男とは根性が違う、そう嬉々として聞かされた。
それは毎日のように、耳にタコができるほど。
キャップとワン子は目を輝かせて聞き入っていたが、当時の俺は何がそんなに凄いのかまるで心に響かなかった。
それどころか、大勢のいじめっ子をたった一人で蹴散らした姉さんの勇姿を間近で拝謁し、あの人に勝つとか……。と、鼻で笑ったぐらいだ。
だが逆に興味も湧いた。そんな姉さんが自分のことのように語るなんて、いったいどんな奴なのだろうか。
水城ユウという男を初めてこの目で見たのは、それから半年くらい経った後だった。
……と言っても、直接会って実際に会話をしたわけじゃない。たまたま偶然、それらしき男子が目に入って、それが水城ユウだと分かっただけの話。
その時の俺は何をするわけでもなく、ただ風に吹かれて……。
『風が震えている……。世界が、宇宙が、俺に何かを伝えようとしているのか……』
なんて、黒歴史の真っ最中だった。
む、人の気配を感じる。と振り返った。
まぁ、本当は気配じゃなくて、遠くから聞こえた人の声と足音が耳に入ったってだけだ。
狙いを定める視線の先には、三人の影がランニングをしているのが見えた。姉さんと、あの人によく懐いているワン子、その二人の間で走る……俺より一つ上の男子。
『ゔぇ〜ん!ふたりともまってぇ〜!』
最後尾のワン子が、必死に両手足を振り回して、半泣きで何とか追いつこうとしている。
『はっはっは!どうしたお前ら!そんな調子じゃ私に追いつくなんて夢のまた夢だぞー!』
先頭を走る姉さんが、高笑いを上げて挑発する。
『うるせぇぇぇぇ‼︎今追い越してやっから待ってろよッ、こんのボゲがぁ‼︎』
ワン子とは対照的に、あの男は鬼の形相で先頭を睨みつけている。……が、姉さんは余裕綽々の笑みで、さらにスピードを上げていった。
負けじと追いかける。今にも吐きそうな顔持ちで、全身は汗だらけ。途中転んだのか、所々に擦り傷と泥が見受けられる。
見ただけで分かった。
間違いない、あいつだ。
黙っていればそこそこモテそうな雰囲気をしているのに、挑発を間に受けて大口を開けて叫ぶ、疲労と怒りで酷い顔だ。
一重に言って、凄くかっこ悪い。よくもあんな本気になれるもんだなと、ニヒルに笑った。
同じ男として見てられないぜ。壁に寄りかかり、遠くなっていく今にもバテそうな先輩の背中を見て、やれやれと肩をすくめた。
『ふっ、ムキになって子供だな。男なら、スマートに生きなきゃいけないZE?』
どこからともなく湧いてきた“勝った”という感情に酔って、また風を感じる。
そう、当時の俺は厨二病という病に侵されていた。泥臭かったり、むさ苦しかったり、何かを必死に取り組んでいる奴を一歩引いた立ち位置で、ふっまだまだ青いな……。なんてニヒルに呟いてばかりいた。
今思えば恥ずかしい。想起すれば顔を伏せて身悶えるぐらい、本当に汚点と言わざるをえない。
だがそんな短所も、京との一件から改善された。いじめから庇い、これまでの自分を悔い改めた俺は、真っ当に人を見れるようになった。
この一件が、直江大和の人生における分岐点の一つ。あれから京が加入し、ガクトとモロもファミリーの一員になった。
水城ユウと本格的に顔を見知るようになったのは、確かそれからだったと思う。
メンバーが増え、この流れでもう一人増やそうとキャップが言い出した。
姉さんもそれに賛同して、経由から前々から気に入り目をつけていたということで、水城ユウに声をかけることになったのがきっかけだった。
が、結果は惨敗。
何度声をかけても相手にされず、最後までファミリーに入ることはなかった。
それでも諦めないキャップと、ぬらりくらりと軽く流す水城。こうして、風間ファミリーと水城ユウとの関係は形成された。
そんな感じでメンバーで集まり、遊び、時に水城を誘ったりと……。そんな毎日を過ごしながら時が経っていくにつれて、人の見方も感じ方も変わっていく。
良くも悪くも、これが成長というやつなのだろう。それを強く実感したのは、強く美しく成長していく川神百代を異性として意識し始めた頃だった。
舎弟という立ち位置は、昨日今日で終わる関係ではなかった。いつもストレス解消に絡まれ、後悔したこともあったがその実、あの人の背中を間近で見ていた俺は、いつのまにか彼女に心惹かれていた。
いつしか重荷と思っていたものは、誇りへと。姉さんの隣は、誰にも譲れないものなのだと。
そう、これが人生の初恋。
直江大和は川神百代に恋をした。
執着という、初めて自覚した強い感情。だがそれは同時に、強大な恋敵の存在をも認識することとなる。直ぐに理解させられた。
姉さん……川神百代の隣には、いつもあいつがいる。風間ファミリーとは違う、もう一つの特別が。
何度打ちのめされても果敢に挑み、決して諦めない。俺の頭脳を持ってしても手に入れることはできない、彼女を満足させる力。
舎弟という特別を持つ俺とは異なる、ライバルという姉さんにとっての特別である男。
水城ユウ……唯一無二の立ち位置にいる、恋敵。何年経ってもやはり、見ていると何故か無性に胸中が曇りを帯びる。
ムキになって挑むあの男を見る姉さんの目が、あまりにも楽しそうだった。頬を綻ばせている素敵な笑顔は、自分には向けられていないのだと分かり、自然と奥歯を噛み締めてしまう。
……そんな姉さんの笑顔を俺は引き出せない。それが何より悔しくて、苛立たしくて、憎らしかった。
だって、風間ファミリーと遊んでいる時よりも、何倍も楽しそうに目を輝かせているのだから。
京程ではないが、直江大和の中でも風間ファミリーという輪は特別な場所だ。
だから、その他でもっと楽しそうにしているのが理解しつつも受け入れられなかった。
分かっている、子供らしい短慮な嫉妬だ。それでも、俺はあいつの事が苦手だという感情に……嘘はつけなかった。
直江大和はいつだって、最善の選択をしてきた。
万人が認める行動。
一切の不点のない道を歩んできた。
上級生に居場所を奪われた時は、より強い味方を引き入れた。
最初は京の虐めを見て見ぬふりをしていたが、彼女を助けたことは間違いじゃないって胸を張れる。
時にはイカサマだって使う、泥だって被る。
全ては仲間のため、風間ファミリーを護るため。
この頭脳を駆使し、効率的かつ最速で正解を導き出す。それが軍師としての俺の役割であり、ポリシー。
そう。俺は、いつだって最善の選択をしてきた。
だからか、俺は水城ユウのことが苦手だ。
あいつはいうなれば、常に不正解を選択する男だ。
川神百代に勝つ———そんな夢物語を何年も目指し続けて、その度に辛酸を舐めてきた。
地に這いつくばり、人々に嘲笑されようとも諦めない。愚直なまでに挑戦を続ける様はワン子に通ずるものがあるが、あいつの場合狂気さえ感じさせる。
もっと上手く立ち回れないもんかね?遠目で見ては、何度そう毒を吐いたことか。
どうしてそこまで苦行を繰り返せるのか。尋ねて見ると、その理由は「悔しいから」とか……。
呆れてものも言えなかった。たった一度の敗北と、たった一つの感情で、貴重な時間も青春も消費してしまうなんて。
狂気の沙汰だ。
時が経てば自然消滅してしまうようなものに囚われて、人生を無駄にしている。なんて非効率的な生き方なんだろう。
「先輩、その生き方絶対後悔しますよ?」
ある時耐えかねて、はっきりと言ってやった事がある。
しかし、返ってきた返事は……。
「ンなもん、俺の勝手だろ」
と、軽く流されてしまった。
何をわかり切ったことを。そう薄笑いを浮かべる先輩の顔が……とにかく鼻につく。本人にはそんな気はないのだろうが、見ている側としては気に入らないことこの上ない。
こっちは真剣に言及してやったのに、考え直すどころか、言われずとも分かっているとばかりのあの態度。
じゃあその非効率的な生き方をやめろよ。
見ていて痛々しくて仕方ないんだよ。
登ったところで、頂上には行けないんだから。
「ああ、そうですか……」
そこで———やっと理解した。
水城ユウは直江大和と相反する人間なのだと。
知力を駆使している直江大和と。
武力を駆使している水城ユウ。
常に仲間のことを考えている直江大和と。
どこまで行っても利己的な意思が原動力の水城ユウ。
常に正解の道を歩む直江大和と。
分かっていながら間違った道を歩む水城ユウ。
仲間に囲まれてある直江大和と。
たった一人、孤独な水城ユウ。
どうりで気に入らないはずだ。
生き方や考え方に至るまで、全く異なる人生だ。そんな違う道を歩んできた男が、姉さんの隣に……俺と同じ場所に立っていることが、酷く遺憾を抱かずにはいられない。
心から欲してやまない、川神百代からの熱い視線、言葉、心……。こいつは全てを向けられている。
それがどれだけ貴重なものなのかも知らずに、自覚すらない。それがより一層、イラつかせる。
加入賛成派の皆んなには悪いけど、正直こいつが風間ファミリーに入らなくて良かったと思う。
水城は姉さんがいるからという理由で誘いを断ったが、それだけじゃない。
これは俺の見解だが、水城ユウ個人と風間ファミリーとじゃ相性が悪すぎるんだ。
結束と、居場所を重視する風間ファミリー。
進むことを重視する水城ユウ。
ファミリー全員で方針を決めたとしても、こいつは自分の意思を通して勝手に行動してしまう。
川神大戦がいい例だ。チームや団体行動に、圧倒的に向かないのだこの男は。その性根が、風間ファミリーという枠組みに受け入れられるとは到底思えない。
加入したとしても、こいつの利己心はいずれ輪を破壊する。それも自分本位な理由で、まさしく異分子だ。
(全く、いつまでこんなこと続けるんだか……)
前にワン子から聞いたことがある。昔は、姉さん打倒を掲げる門下生も少なからずいたとのこと。
そいつらが今では影も形もないのは、至極当然の理由。
武神と讃えられる最強の武士娘。あんな人間の規格外の武を、誰も太刀打ちできるはずがない。
一人、また一人と現実を見て諦めて匙を投げた。例えるならそう、天変地異に抗っているようなものなのだから。
残ったのは、この男だけ。同じ志を翳した仲間達から裏切られ、孤独となった。
今もこの先もずっと同じだと思っていたものが、突如として分解されていくなんて……。想像しただけでゾッとした。身の毛がよだつなんてもんじゃない。
だが逆に考える。
———裏切られたのではなく、この男が置いていったんじゃないか?
それは、最後の一人になっても挑み続ける姿から導いた一つの推測。
愛想を尽かされたわけではなく、こいつ自身仲間というカテゴリーから一人で外れてしまったと見るべきだ。
ちゃんと現実を見て、折り合いをつけた仲間達の方が正しい。
精神的な成長を遂げられない、水城ユウのほうに問題がある……。と、考えれば納得がいく。
武神に勝つだなんてあり得ない夢を何年も持ち続けている奴の隣を歩く人間なんて、いるはずない。
そう、だから水城ユウは孤独になったんだ。
身の丈に合わない理想を掲げた結果、非効率な道へと堕ちていった。
結果がこの様だとしたら、笑い話にもならない。
仲間に離れられ、無意味な努力と挑戦を続ける水城ユウ。
強い結束力に繋がれた仲間達と、充実した日々を暮らしている風間ファミリー。
ほら、この二つの現状が全てを物語っている。
やっぱりだ、俺は間違ってない。……っていうか、ここまできたらもう可哀想だな。
きっと、こいつの中ではまだ姉さんに負けたあの日から時間が止まったままなのだろう。だからこんな無謀な事を続ける。
これが、大人になれない子供ってやつか……。恋敵で好きではないが、ここまで来ると同情を禁じ得ない。
一時の熱病に侵されているだけなんだ。いずれは悔しさなんか忘れて、大人になるはずさ……。
心の片隅にではあるが、さっさと現実を見れるようになって、この負の道から抜け出せることを祈ろう。
そして、エキシビジョンが始まる。