揺籃の魔法少女 作:ほむほむぷでぃんぐ
「ゲホッ、ゲホッ……はぁ、はぁ……」
赤い絨毯の敷かれた中世ヨーロッパを思わせる屋敷の延々と続く廊下を走り続ける。喉が焼けるように痛み、酷使された私の身体がどんなに悲鳴を上げようと止まることは出来ない。
ここは魔女の結界、今も追手が私を主の贄にしようと追い掛けている。その姿は燕尾服にメイド服、しかし顔に代わって彼らの頭部を補うのは色とりどりの煌びやかな宝石。彼らは魔女の使い魔、捕まれば命は無いだろう。
「あみ!早く契約をして魔法少女になるんだ! このままだと死んでしまうよ!」
そんな私に並走するのは白い獣。アルビノを思わせる純白の身体に真っ赤な瞳、猫のような耳とその中から伸びる──両側に天使の輪のようなものがその途中で浮いている──兎の耳のような何か。その尾は狐のように長く太い。
この獣の名前はキュゥべえ、本当の名前は
しかし、彼らの正体は地球外生命体であり、彼らには感情などといったものは無い。宇宙の寿命を伸ばす為に二次性徴期の少女を騙し、魔法少女となる契約を持ちかける悪魔のような存在なのだ。
そして、私がこのような状況になっているのもその殆どはこいつの仕業であると言っても過言ではない。そのことを知っている私にとって、焦ったようにこちらに契約を急かす姿は酷く空虚なもののように思われた。
けれど、もはや私に猶予は無い。私の脚はもうとっくに限界を超えている。助けが来ないのならば、契約する以外に道は無い。どうして私がこんな目に遭っているのか、それは数週間程前に遡る。
☆♡☆
「ボクと契約して、魔法少女になってよ!」
ある日のこと、私の部屋で佇んでいたキュゥべえの言い放った誘い文句で、私は二度目の生で感じていた違和感の理由の全てを理解した。
私の名前は東雲あみ。見滝原市出身、見滝原在住のもうすぐ中学生だ。前世で男だったという記憶を持っていること以外は、至って普通の少女であると自認している。前世に関しても別に特別な存在だったとかでは無く、普通に働いて、普通に死んだ。
いや、自らの死因は覚えてないので、普通に死んだかは分からない。そもそも若くして死んだので多分事故か病気だろう。まぁ、そんなことはどうでも良い。それで、私にいつも付き纏っていた違和感についてだ。
そもそも、私が転生したのは現代の日本そのままだと思っていたのだが、見滝原市などという地名にどこかで聞き覚えはあったが、現実の地名として存在していた記憶が無かった。見滝原市は開発により、近未来型都市として目を見張るような発展を見せている。それなのに私にはその地名への僅かな聞き覚えしか無かったのだ。
次に、やけに人々の髪がカラフルという点である。最初は見滝原市の近未来的な機運が住人のファッションに影響を与えたのかと特に気にしていなかったが、幼馴染である鹿目まどかと美樹さやかとの出会いによって疑問に変わったのだ。彼女らは見滝原市の住人の中でも際立って鮮やかなピンクと青の髪をしているのだが、染めた痕跡など無く、抜けた毛の根元までもがその色なのだ。
かく言う私も白い髪に淡い緑色のメッシュの入った髪だったので、それを確認した時点で私が転生したこの世界は創作物の世界なのでは、という疑いが生まれた。
さらに、この世界では妙に失踪者や集団自殺などの件数が多く、この世界が創作物の世界ならば、それも不思議では無いと思っていた。私はそこまでの結論には達していたが、この世界がどの創作物のものなのかまでは思いつくことが出来ずにいた。
今までそんな状態が続いていたのだが、突然私の前に現れたキュウべえによって、この世界が『魔法少女まどか☆マギカ』の世界だということを理解した。
つまり、私の幼馴染である二人はこの世界の主役だったのだ。彼女達の姿はアニメや漫画の姿をリアルなものに落とし込んだ姿であり、多少分かりにくいとはいえ我ながら鈍すぎる。
とはいえ、私が転生した世界が『魔法少女まどか☆マギカ』だということが分かったものの、問題として私は深く原作を知らないのだ。その理由としては鬱アニメとされる原作を見る勇気が湧かず、ネットで漁った程度の知識しかないからだ。
まず、魔法少女については、キュゥべえに願いを叶えて貰ったとしても、何でも無条件で叶う訳ではなく、自分の因果が足りない場合は歪められた形で叶うことになるということ。確か、朝が来なければ良いと願った少女は朝になると強制的に意識を失うとかだったような気がする。
また、魔法少女になることで、ソウルジェムという卵型の宝石のようなものが生成されるが、これは単なる変身アイテムではなく、魔法少女の物質化した魂そのもの。壊されると問答無用で死ぬし、百メートル程肉体から離れれば肉体の機能は停止する。逆にソウルジェムさえ無事であるのならば、精神的負荷を無視すれば理論上不死身。
そして、魔法少女には魔女と戦う宿命を課されるが、魔女の正体は魔法少女であり、魔女の落とすグリーフシードで、ソウルジェムを浄化しなかった場合、ソウルジェムは濁り切ってグリーフシードと化し魔女へ転ずる。キュゥべえ達の目的は、この時に生じる希望と絶望の相転移エネルギーだった気がする。
キュゥべえ達はこう言った魔法少女の真実について、聞かれなければ話さないというスタンスを貫いており、大抵の魔法少女が知れば精神に大きな揺らぎを生じさせ、自らの運命への絶望のままに魔女になったり、自棄になることが多い。
とりあえず、そこまでは知っている私にとって、キュゥべえの持ちかける願いの成就などというものは、命懸けの戦いに身を投じて、これからの人生を棒に振ることになるというデメリットを上回ることは出来ないのだ。
そういう訳で、私はキュゥべえに疑いを持たれるのも面倒なので、戦うのが怖いし、大した願いも無いと伝えて断ったのだった。
しかし、私は孵卵器の悪辣さを表面上だけでしか理解していなかったのだ。
☆♡☆
数週間後、私は夕飯の食材を買うため、一人でショッピングモールからの帰路を辿っていた。最近の私は、この世界が「まどマギ」の世界だと知ってから、人が寄り付かないような陰気な場所などは避けるように意識していたのだが、今日はやけに人気が無く辺りが静まり返っていることに気がついた。
その時点で嫌な予感がしたのだったが、気がつけば私は魔女の住処である結界の中に取り込まれていたのだった。そして、例の使い魔達に追い掛けられ、私の横には白々しくも私を魔法少女に勧誘するキュゥべえの姿を確認して、私が嵌められたことに気づいた。
そして、現在に至る。
走る、走る、どんなに辛くてもとにかく走る。ふらつく身体に鞭を打って、他の魔法少女の助けが来るまで時間を稼ぐのだ。
やがて、延々と続くかと思われた廊下が終わり、私は煌びやかな宝石によって彩られたシャンデリアが煌々と照らす屋敷の大広間に出た。そこには豪華絢爛な黄金細工と漆黒に輝く宝石によって装飾された宝石箱の姿があった。
そこで私は、漁網に追い立てられた魚の如く、使い魔達の主たる魔女のところまで誘導されていたことに今更気づいた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ゲホッ」
「あみ! いいのかい!? ここままでは本当に死んでしまうよ!」
前門の魔女後門の使い魔と言ったところだろうか。もはや何処にも逃げ場は無い。酸欠の為に視界も朧で立っていることもままならない。
遂に追い付いた使い魔達が私の四肢を拘束する。宝石箱の姿をした魔女は箱を開き、中からは歪なヒトガタの宝石がこちらへ手を伸ばしている。
最悪だ、魔法少女の助けが来る見込みも無い。年貢の納め時か。
「あみ!!」
この結末は孵卵器に目を付けられた時点で決まり切ったものだったのだろう。
……けれども、この先がどうであれ、二人の親友を巻き込まなくて良かった。
「私の……願い……は……」
本当に望むものなどない。私は二人の親友とともに、ただ平穏に暮らしていければそれで満足だったのだ。けれど、私は二人に訪れる絶望を、悲劇を知ってしまっている。
それならば、私が望むべくはただ一つ、力だ。平穏を守り、悲劇を覆す程の比類なき力だ。
そうだ、魔女だ。魔女が、孵卵器が悲劇を齎すというのなら、魔女の力を持って打ち払えばいい。
「魔女の……力が欲しい」
「契約は成立だ。君の願いはエントロピーを凌駕した。さぁ、解き放ってごらん。君の新しい力を!」
瞬間、私の身体は光に包まれ、魔法少女としての新しい姿へと変化する。服装は姫君を思わせる白と緑を基調として、金糸によって蜘蛛の巣のような意匠を施されたものに、頭には王冠を戴き、ソウルジェムは脚を広げた黄金の蜘蛛の装飾品として首元に固定される。
変身を終えると、私は全身から緑色に淡く発光する鎖を射出した。先端に鋭く尖る釘の付いたそれは私を取り囲む使い魔達の全身を難なく貫き、屋敷中に突き刺さる。使い魔たちは身体が黒ずんでいき、崩れ去る。
私を喰らわんとしていた魔女も例外ではなく、箱は傷一つ付かなかったが、本体と思しき宝石のヒトガタは何本かの釘が深く突き刺さったことで身体にヒビが走っていた。
そんな魔女は釘が刺さったまま宝石箱を閉じる。どうやら防御に専念する気のようだ。
私は魔女に突き刺さったままの鎖を左手に移し、屋敷中に突き刺さった鎖を抜き取り右手へ、回収したそれらを巻き付けて巨大な右腕を形成する。
「ハアッ!!」
そして、箱の部分を全力で殴った。その勢いで屋敷の地面は轟音を立てて抉れる。しかし、箱本体は傷一つ付かない。
次に、左手から伸びる鎖を腹部へと移し、左手にもまた鎖を纏う。魔女に突き刺さった鎖を挟んだまま箱を閉めたことによって生まれた隙間に指を差し込み、こじ開けることを試みる。
「ぐぐぐ……!」
数十秒の拮抗の後、魔女の箱を閉める力は段々と弱くなり、遂に箱が開いた。その瞬間を逃さず、私は魔女目掛けて身体中から鎖を放ち、魔女の身体を打ち砕いた。
魔女は断末魔の叫びを上げて崩れ去る。残されたのは球体とそれを貫く針のような形状をしたグリーフシード。結界も消え去り、私は元の帰り道に立っていた。
「おめでとう、あみ。君も今日から魔法少女だ」
戦いの後、そんなことのたまうキュゥべえ。私にとっては全くめでたくないことを分かってて言っているのだろうか。私はキュゥべえを一瞥するだけで、何も応える気にはなれなかった。
変身を解除し、転がっていたグリーフシードを手に取る。
「それをソウルジェムに当てて穢れを取るんだ」
私は言われた通りにグリーフシードをソウルジェムに当てた。少しだけ黒ずんでいた私のソウルジェムはより美しい緑色の輝きを取り戻した。
「あっ」
しかし、グリーフシードはソウルジェムを浄化するのに留まらず、私のソウルジェムに吸収されていった。キュゥべえはその様子を無機質な瞳でじっと見つめていた。
私はやることを終えたので、さっさと帰ろうとしたのだが、その時、最後にキュゥべえが爆弾発言をした。
「ああ、そうだ、魔法少女になったからには教えておかないとだね。魔法少女はソウルジェムの穢れをグリーフシードだけでなく、性交などによっても浄化することが出来るよ」
「……は?」
思考が停止する。
せい……こう? 成功? サクセス?
キュゥべえの口から飛び出した言葉を聞いて、私はさっきまで命の危機であった為に精神に不調が生じているのだろうと確信した。キュゥべえがそんな馬鹿げた話をする筈が無い。今日は早く帰って寝るべきだ。そして、明日から今後について考えることにしよう。
そんなことを考えて、私はくだらない聞き間違えで動転した気を鎮めようとしたのだが、悲しいかな、現実は
「こう言った方がわかりやすいかな。つまりセックスやオナニーだよ」
「は???」
シリアスの崩壊。
気が乗ったら続く。