揺籃の魔法少女 作:ほむほむぷでぃんぐ
魔法少女になって翌日、あの後のことはキュゥべえの発言が衝撃的過ぎて、あの後自分がどのようにして過ごしていたか覚えていない程だった。
「はぁ……」
それにしても、追い詰められ、疲労困憊で頭が何処かおかしくなっていたとは言え、キュゥべえへの願い『魔女の力が欲しい』は失敗だったかもしれない。
そもそも、魔女は呪いから生まれたという、祈りによって生まれた魔法少女とは対を成す存在なのだ。そんなものの力を取り込むなど、どのような作用が起こるか分からない。最悪、運が悪ければ、グリーフシードを取り込んだ時点でソウルジェムが急速に濁り始める、なんて事態にもなりかねなかったのだ。
私は右中指に嵌められた指輪に目を落とした。それは指輪に変化したソウルジェムで、私の命そのもの。銀色の輪に埋め込まれ、黒く刻まれた模様に囲まれた緑色の宝石は、昨日の戦いから依然変わりなくその美しい輝きを保ち続けている。
「最近何かあったの、あみちゃん?」
「そうだぞ〜! 今日ずっとぼーっとしてんだからさ、困り事ならこのさやかちゃんに話してみなされー!」
そんなことを考えていると、心配そうに私に話しかけるピンクの瞳にピンクの髪のピッグテールをした少女、鹿目まどか。そして、青い瞳に青い髪をしたミディアムショートの活発な印象を感じさせる少女、美樹さやか。
どうやら私は彼女達を心配させる程、思い悩む様子が表に出ていたらしい。今日は二人と遊びに見滝原市の繁華街に来ているのだ。早く切り替えなければいけないと思いつつ、私は彼女達について考える。
まどかは人一倍友達思いで、芯が強く、誰かが困っていたら放っては置けない。そんな心優しい彼女だが、自分に自信が無く卑下しがちな子だ。
さやかは、今のように私に寄りかかりおちゃらけた風にそう言うが、これは彼女の優しさの表れであり、彼女がムードメーカーたる所以なのだろう。やや思い込みが激しく、喧嘩っ早いところもあるが、中学生らしいと言った感じの可愛い程度のものだ。
それが私が今まで『まどマギ』というフィルターを通すこと無く見てきた二人である。そんな彼女達は原作の主役たる存在なのだが、その原作知識はかなり曖昧だ。
まず、美樹さやかは、上条恭介の腕の治療を願って魔法少女になる。そして、上条恭介は自らの人生を使ってまで、自らをさやかが救ったことなど知る由も無く、特に感謝なども無い。
そして、志筑仁美に上条恭介を
鹿目まどかは、彼女を救う為に暁美ほむらがループを繰り返したことで因果が絡まって、この世界は何周目か不明だが、やがて宇宙の法則を書き換えるレベルの因果を持つようになる。
そうなった彼女は、魔法少女になれば無敵、魔女になれば世界が滅ぶような存在で、最終的には『全ての魔法少女を救う』? みたいなことを願い、円環の理という概念的な存在になって忘れ去られる運命を迎えることになる。
それで、重要なのは彼女達に事情を話すべきかということだ。大前提として、二人には命を擲ってまで叶えたい願いが無いのならば、魔法少女という聞こえだけは良い存在になって欲しくはないのだ。
この世界では魔法少女にはソウルジェムのグリーフシードによる浄化だけでなく…………自慰や性行為による浄化が可能だと話していたことから、最悪魔女を討伐出来なくても、そういった最終手段はある。
けれど、それは思春期の少女には酷な話だろうし、キュゥべえにはまだ確認は取っていないが、この世界でも魔女は存在しているということから、ソウルジェムが穢れ切れば魔女になるということは変わりないだろう。それに戦闘による命の危険も変わりなく存在する。数奇な結末を迎えるアニメのキャラクターだからだとかは関係無く、私の親友である二人をそんな世界に巻き込みたくはないのだ。
しかしながら、私が事情を話してしまえば、二人が魔法少女になる可能性は高いだろう。そもそも二人は心優しく、私が孤独に戦うのを見過ごす筈が無く、まどかに至っては気弱そうに見えて、一度そうと決めればなかなか曲がらない。
それに、どんな願いも叶うという謳い文句は実に逃れ難いものだ。二人が欲深いとかではなく、例えば、目の前で誰かが事故にあっただとか、そういったタイミングで彼女達の脳裏にそれがチラつくだろう。今、自分が願えば人を救うことが出来る、と。あるいは願わなかった場合でも罪悪感に苛まれるに違いない。そこに前に挙げた理由が重なれば間違いなく契約するだろう。
……そう考えるとやはり二人には悪いが、話すべきではない。話さないのも詮索を招くだろう。私はそれらしい話題で誤魔化すことにした。
「いや、昨日ショッピングモールに食材を買いに行ったんだけど、帰りに買い物袋丸ごと無くしちゃって、何処に忘れたのかなって」
私はそう言ったが、実際のところ、買い物袋は魔女の結界内に置いてきてしまったので、結界と共に消えたのだろう。
「え〜、あみちゃんったらドジっ子だな〜。気にしてるのかー? あたしが慰めてしんぜよう!」
さやかは私に寄りかかっていた状態から、さらに私の頭を抱き寄せるとぽふぽふと撫で始めた。私は体勢を崩さないように気をつけながらも、それを受け入れる。
「ん、ありがと」
さやかの方を見ると、彼女の頭が上にあり、ちょうど上目遣いの形になっていた。そのせいか、さやかがわなわなと震えていた。
「なんという破壊力、これが萌か……! これはあたしの嫁にするしかない!」
「ちょ……」
そう言ってさらにテンションを高めるさやかは相変わらず元気だ。しかし、もう少し抱き締める力は弱めて欲しい。力もそうではあるが、彼女の身長が高いことによって、外見に反して豊かな双丘が私の呼吸を阻害し始めている。
「さやかちゃん、ちょっと苦しそうだよ」
「おっと、ごめんね、あみ!」
「いいよ」
まどかの助けによってさやかの抱擁から解放された私は、息を吸ってからまどかの方を見た。まどかは気遣わしげにこちらを見つめており、誤魔化す為に特に気にしていないことを悩みとして伝えたのが申し訳ないような気がしてきた。
「えっと、今度一緒に探しに行こっか?」
「いいよ、多分もう腐ってるだろうし。心配掛けちゃってごめんね、ありがと」
「ううん、わたしは何もしてないから」
私は自分を卑下するまどかの手を取った。まどかは突然のことに戸惑っているようだ。
「そんなことないよ。気遣ってくれて嬉しかった」
「……そっか、えへへ」
まどかははにかんで頬を掻く。そんな私達の会話にさやかは揶揄うように目を細めた。
「おアツいですな〜。まぁ、あみが大丈夫そうなら良かった。それじゃ気を取り直して遊ぶぞー!」
☆♡☆
『♪〜』
「趣味が渋いよね〜、まどか」
「しっかり上手いのがなんとも……」
カラオケでは、まどかが演歌を熱唱したり、さやかはロックを、私はボカロを歌うというなんともカオスな状態になっていた。
「うーん、うまい! ここにして正解だったね」
「そうだね、チーズが美味しい」
「そこなんだね、あみちゃん……」
昼食はたまたま見つけたイタリアンレストランでピッツァをシェアして済ます。
「えっと……どうかな?」
「かっわいい〜! こんなものを見たら男子共からモテモテになってしまうぞ!」
「いいと思うよ、まどかの可愛らしさが際立って」
「えへへ……」
ショッピングでは幾つかの服を試着して、最終的にまどかはフリフリのワンピースを購入していた。
「あみ、これとかどう?」
「あ、いいかも」
CDショップでは、クラシックに疎い私にさやかが何枚かおすすめしてくれたので、それを購入した。
「ぐぬぬ……取れん! 二人とも、手伝って!」
「でも、わたしそんな器用じゃ……」
「いいけど、そんな期待しないでね」
ゲームセンターではさやかがクレーンゲームに挑戦し、苦戦した挙句、私達三人でローテーションしながらやっとのことで人形を取った。金銭面を考えるとかなり損であったが、それはそれとして楽しめたのだから良いとしよう。
☆♡☆
楽しいひとときは一瞬にして過ぎ去り、今や夕方。見滝原市のビル群が鏡のように黄昏に染まる空を映す。
「いやー、楽しかった!」
「うん、また行こうね」
「そうだね」
私は二人に同意して、そろそろ帰ろうと動き始めた時──ソウルジェムが反応した。
私は思わず舌打ちしたくなった。しかし、どうしたものだろうか、ソウルジェムの反応を見るに魔女の位置は近い。魔女の結界は移動するらしいので、それによって二人が巻き込まれる可能性はできるだけ排除しておきたい。
私は指輪をちらりと見た。実際のソウルジェムの仕様がよく分からないが、ソウルジェムは変わらず濁りの無い姿を維持している。それでも、念の為にグリーフシードのストックは回収しておくべきだ。
そう考えるのなら、倒しに行くしか無いだろう。問題はどう抜け出すかだ。
私はスマホを取り出し、メッセージアプリを操作する振りをして、二人に告げる。
「あっ、ごめんね二人とも、繁華街に行くついでに買おうとしてたものを買い忘れてたのを思い出したんだけど、すぐ買って戻って来るからちょっと待ってもらってもいいかな?」
「んー? 大丈夫だけど」
「そうなんだ、わたしたちも付いて行った方がいいかな?」
「大丈夫、ちょっと離れてるし走って買ってくるから」
そう言って歩いてきた道を遡って走り出した私を、二人はどこか不思議そうに見つめていた。
「そんな急がなくてもいいぞー。あたしはまどかとイチャイチャして待ってるからね」
「ええっ!?」
そう言ってまどかに抱きつくさやか。
「うん、ありがと」
私はそのまま走り、回り道をしてから魔女の反応の元へと走る。やがて結界を見つけた私はすぐさま入口を開け、中へと入った。
魔女の結界内に広がっていたのは、油絵で描かれたようなぼやけた空。奇妙なことにこの結界内は上も下も無く、自由自在に結界内を移動できるようだ。魔女の使い魔らしい黒い風船で吊るされた玩具のようなアホウドリが群れを成して飛んでおり、その風船の浮く角度はぐちゃぐちゃで、奇妙な光景を成している。
群れは空の真ん中に存在する綿で作られ渦巻く、巨大な雲の周りをグルグルと回っている。どうやら、魔女はあの中心に居るようだ。私はそこへ向かって真っ直ぐに進み始めた。
「早く終わらせよう」
やがてこちらに気づいた使い魔達の群れは、私目掛けて突っ込んで来るが、それらに鎖を射出し、薙ぎ払う。
「はぁっ!」
使い魔達は鎖によって風船を破壊されると、同じように身体を破裂させ崩れ去って行く。私はそのまま群れを蹴散らしながら突き進んで行き、雲の渦まで到着すると腕に巻いた鎖でそれを突き破って中へと入った。
雲の中には、今度は油絵の曇り空が広がりその中で魔女はぷかぷかと浮かんでいた。その姿は、数多の──瞼が縫い付けられた単眼を持った──風船が入れ歯のような物を縛り、まるで気球のようなシルエットを成していた。
魔女は侵入者の姿を捉えると、その口を開き、大量のロケット風船を放つ。放たれた風船は甲高い音を立て、変則的だが、確実にこちらへ向かって飛来する。
私は腕に纏っていた鎖を解くと、それらを触手のように操って風船を撃ち落として行く。ロケット風船は接触することで爆風を発生させるようで、その度に反動で鎖が弾かれる。しかし、それを次の鎖が補い、全ての風船を捌きながらじりじりと距離を詰めて行く。
魔女に近づくにつれ、風船の勢いはより激しくなり、魔女はこちらを威嚇するかのように歯と歯を激しく打ち付ける。無闇に近づけばこちらが噛み砕かれそうだ。
けれど、鎖を射出して倒そうにも大量に放たれるロケット風船がその威力を減衰させることになりそうだ。このままでは埒が明かない。ここは私の固有魔法を試してみることにした。
何となく理解している私の固有魔法は、グリーフシードを取り込むことによる魔女の使役。グリーフシードを取り込むという点に不穏なものがあるが、それに関しては最早どうしようもない。そこまで酷いことにはならないことを祈るしかない。
私は風船を防ぎながら魔女に向かって右腕から複数の鎖を放つ。それらは減衰して魔女には大した威力を発揮しなかったのを確認してから、こちらへ鎖を引き戻し、固有魔法を発動する。
「財宝の魔女」
そうして、現れたのはグリーフシードと同様の模様をした球体。それは黒煙を発しながら膨張し、ひび割れ、魔女を生み出す。その姿は豪華絢爛な黄金細工と漆黒に輝く宝石によって装飾された宝石箱、財宝の魔女。
「ぐっ……」
魔女を顕現させたことにより、ソウルジェムに穢れが
私は財宝の魔女を鎖で縛り付け、全身を使って振り回し始める。だんだんと風船を蹴散らしながら、回転速度を高め、魔女に接近して行く。
「ハァ!!」
そして、財宝の魔女をありったけの力を込めて魔女にぶつける。直撃した財宝の魔女は、自らの歯で噛み砕こうとした魔女の顎を打ち砕く。魔女の風船は血煙を上げて破裂し、風船が勢い良く萎むような断末魔の悲鳴と共に崩れ去った。
結界が消え去り、辺りが元の景色に戻る。財宝の魔女を戻して、私がグリーフシードを拾おうと屈んだとき──背後から鋭い声で呼び止められた。
「動かないで」
一体巴誰なんだ……。
気が乗ったら続く。