揺籃の魔法少女 作:ほむほむぷでぃんぐ
あたし、佐倉杏子は風見野市で活動する新人魔法少女だ。ある日突然現れたキュゥべえと名乗る白い生き物の勧誘を受けて、願いを対価に魔法少女となった。
あたしが願ったのは、みんなが父さんの話を聞いてくれること。父さんは教会の神父をやっていて、優しくて真面目でいつも世の中を良くする為にはどうすれば良いかを考えているような人だった。そしてある日のこと、新しい時代を救うには新しい信仰が必要だという考えに辿り着き、教義に無いことまで信者に説くようになった。
その中で父さんは当たり前の事を説いただけで、何一つ間違った事なんて言っていなかった。けれど現実は非情で、信者の足は途絶え、本部からも破門、父さんは胡散臭い新興宗教家として世間から白い目を向けられるようになった。そうなれば誰も父さんの話なんて真剣に取り合ってくれなかった。その上、生活は苦しくなる一方で、あたしたちは毎日の食べ物にも困る始末だった。
あたしは悔しくてしょうがなかった。父さんの話がろくに聞いてもらえないことに、その現状を変えることも出来ず、とうとう盗みにも手を出してしまった不甲斐ないあたしが。
そんな中でキュゥべえが現れた。そいつは願いを叶える対価として魔法少女になることを持ち掛けてきた。日々現状を変えたいと願い続けていたあたしはその話に一も二もなく飛びついた。
そして、次の日には怖いぐらいの信者が集まり父さんの話に真剣に耳を傾けてくれた。みんな父さんの話を聞いて救われたような顔をしていたのが印象に残っていた。その時から、父さんが説法で、あたしが魔女を倒して表と裏から世界を救ってやるんだと決心したのだった。
と、そんな経緯で魔法少女として戦い始めたあたしだったが、現状あたしはとある魔女に苦戦を強いられていた。そいつは一つ目の巨大な牛のような頭を持った、黒い影のようにも見える魔女。
その手には巨大な戦斧を持っていて、すばしっこくて力も強く、そして何よりも面倒なのは、そいつがやけにしぶといという点だった。かなりのダメージを与えたと思ってもたちどころにその傷を癒してしまい、倒し切るためには一撃で仕留めることを要求される相手なのだ。
そのせいであたしは魔法少女として初めて戦った時から、この魔女を何回か取り逃していて、とうとう私の縄張りからは外れた見滝原の方まで逃がしてしまう始末だった。けれど、このまま野放しにしておくのもどうかと思うし、何よりもこのままだと負けた気がするので、魔女を追って見滝原の工場にやって来たのだった。
魔女の結界内に入ると、そこにはローマのコロッセオを思わせる円形闘技場が広がりその中心には例の魔女があたしを待ち構えていた。
「今度こそ決着を付けてやる!」
あたしは魔女に向かって駆け出した。魔女もまた自らの結界への侵入者を排除しようとその体躯よりも大きな戦斧を振り下ろす。
「くっ!」
あたしはそれを自らの得物である槍で受け止めるが、その力は相変わらず槍を構える両腕が痺れる程のものだった。でも、今回のあたしは今までとは一味違う。
「相変わらずバカ力なヤツだな! でも、これならどうだ?」
そして、あたしは自らの魔法を発動する。現れたのはもう一人のあたし。以前はこの魔法を上手く使いこなせていなかったが、ようやく扱いに慣れてきた。これはあたしの持つ幻惑の魔法で作り出した分身だが、幻惑でありながら実体を持ち撹乱と同時に手数を増やすことが出来るあたしの切り札だ。
二人となったあたしは再び魔女へと躍りかかる。魔女はどちらが本物が判別出来ず、あたし達への対応が遅れてその身体を槍で斬りつけられていく。けれど、魔女の身体は傷ついた傍から何事も無かったかのように元の状態に戻ってしまう。
このままでは以前の二の舞になってしまうが、魔女もまたこの状況に痺れを切らしたのか、攻撃が大振りになって隙が増えてきた。そこであたしは敢えて魔女に分身への攻撃を当てさせる。そして、分身を倒した魔女は一瞬気を緩めた。
「──残念! そっちはニセモノさ!」
その瞬間、背後に回り込んでいたあたしは槍を振り下ろして魔女の身体を両断した。魔女の持っていた戦斧が地面に転がる。
「……よし!」
あたしは魔女を倒したのを確認してから、どこからかグリーフシードを回収しに来ていたキュゥべえの姿を見つけた。
「やっとリベンジ果たせたね、キュゥべえ」
「──杏子! まだだ!」
あたしが遂に魔女との決着をつけたことへの満足感を覚えていると、キュゥべえが突如として叫んだ。咄嗟に振り向くと、倒した筈の魔女はその身体が解けたかのように、細い身体を持った使い魔達となってあたしに迫っていた。
「うわっ!?」
使い魔はあっという間にあたしを取り囲み、あたしの身体を拘束してしまった。そして、倒した筈の魔女もまたその肉体を取り戻し、再び自らの得物を構えていた。
「このっ、離せっ!」
何とか拘束から逃れようと抵抗するものの、その力は強くビクともしない。最早詰みとしか言いようが無かった。
こんなところで、という悔しさ、足音を立てて迫り来る死の気配への恐怖が湧き上がってくる。あたしは振りかざされた刃に自らの末路を想像してぎゅっと目を瞑り──鎖が擦れ合うような音が鳴り響いた。
「わっ!?」
それから間も無くあたしを縛り付けていた感覚が消え去り、急速に身体が引っ張られる。思わず目を見開くと、目の前には自らの武器を黄色いリボンで封じられた魔女の姿と、あたしを守るかのようにして周囲に浮き上がる緑色に光を放つ鎖があった。
「……幻惑の魔法、面白い力ね。でも、魔女も同じ能力なのはちょっとツイてなかったわね」
その光景に唖然としていると後ろから声を掛けられた。振り返ってみると、そこにはベレー帽を被った金髪の魔法少女とドレスを纏った白い髪に緑色のメッシュの入った魔法少女が立っていた。あたしに話しかけたのは前者の方のようだ。
「怪我は無いですか?」
「う、うん、大丈夫、助かったよ」
もう一人の方はあたしの状態を心配しているようで、無事を伝えるとほっと息をついて見せた。それは所詮他人の間柄であり、グリーフシードを得なければならないという面では、寧ろ競争相手とも言える他の魔法少女への反応としては珍しいもののように思えた。
「あんた達、名前は?」
あたしが二人に問いかけると二人はそれに答えることなく、魔女の方へと向き直った。
「自己紹介は魔女を倒してからよ。……本体は恐らく斧の方ね。だから何度倒しても復活するみたい」
ベレー帽の魔法少女は冷静にそう言ってから、あたしの方へと視線を向けた。
「あなた、まだ戦えるかしら?」
「ああ!」
「なら、私は使い魔を片付けるわ。二人は魔女本体を頼むわよ」
「わかった、マミ先輩」
マミ先輩というらしい彼女の指示に、もう片方の魔法少女は返事をしてから、魔女の方を見つめたままあたしに話しかけてきた。
「じゃあ、私は魔女の動きを止めるので、その隙にトドメをお願いできますか?」
「いいけど、どうするんだ?」
そうあたしが問うと、彼女は刃物が連なったかのような鋭い鎖を大量に生み出して一本の巨大な腕を空中に形成した。やがて、腕を構成する鎖はまるでチェンソーのように個々に回転を始める。
「これで、バラバラに散らす!」
そして、鎖の腕が魔女に掴みかかった。辛うじて魔女の動きを封じていたリボンを魔女諸共引き裂き、魔女の本体の斧との接触で激しく火花を散らす。魔女の身体は再形成を試みる度に暴力的な回転によって阻止されている。
「今!」
「わかった!」
その合図にあたしは魔女目掛けて矢のように駆け出した。何処を狙うべきかはもう分かっている。あれだけ攻撃を受けても魔女の斧が壊れないのだと言うのならば、斧の中心に妖しく輝く球体、それしかないだろう。
「はあぁぁぁぁッ!」
あたしの槍が球体を貫く。瞬間、巨大な戦斧は今までの頑丈さが嘘だったかのように砕け散った。本体を破壊された魔女の身体も霧散していく。
その様子を二人の魔法少女は結界が消えるまでじっと見つめていた。それを見届けると、二人はこちらの方へと体を向けた。
「お見事ね!」
☆♡☆
魔女との戦闘後、軽く自己紹介をした私たちはマミ先輩からの提案でお茶会をする事になった。彼女がピーチパイを焼き上げるのを待つ間、私たちが偶然助けた──黒リボンでポニーテールを結んだ赤髪の魔法少女──佐倉さんと二人で話していた。
「ねぇ、あみさんはマミさんの事を先輩って呼んでるけど、魔法少女になってどれぐらいなんだ?」
「私も佐倉さんと同じで最近なったばっかりですよ。多分ギリギリ一ヶ月も経ってないと思います」
そう答えると彼女は目をぱちくりさせた。
「えっ、それであんなに強いの?」
「そうですか? まぁ、だとしたらマミ先輩のお陰ですね」
「そっか、やっぱりマミさんってすごいね」
けれど、今のところ、彼女がそう思っている程自分が強い部類の魔法少女であるという感覚は無かった。何でもありならばある程度は戦える自信はあるものの、魔女を使役して戦うというのは目撃されれば他の魔法少女からの心象が悪くなりかねないし、第一私の戦い方は穢れの浄化能力に頼った力技な所がある。
私がそんなことを考えていると彼女はあっ、と声を上げた。
「そういえば、あたしの事は杏子って呼んでいいよ。それに丁寧口調も必要無いし」
「そうするね、杏子。私のこともあみでいいよ」
「うん!」
私と杏子が話していると、一枚の大きめのパイを載せた皿を持ったマミ先輩がやって来た。
「焼き上がるまでお待たせしちゃったわね」
「おぉ!」
「マミ先輩、ティーセット運んでくるね」
「ええ、お願いするわ」
私は立ち上がると、彼女と入れ替わりでキッチンへと向かった。そして、私がティーセットを運んでくると早速お茶会が始まる。
「どうかしら?」
「美味しいよ、マミ先輩」
今回彼女が作ったのはピーチパイだった。焼きたてのピーチパイは香り高く、生地はサクサクでとても美味しい。杏子の方を見ると、彼女は口にフォークを入れたままふるふると震えていた。
「ちょーおいしー!」
「それなら良かったわ。まだまだあるから遠慮しないで食べてね」
そう言われて一部が切り分けられたパイを見ると、三人でおやつとして食べるのには多過ぎるように思われた。マミ先輩は目に見えて舞い上がっており、その事に気づいている様子はなくニコニコしている。
「あ……えっと、マミさん、これ持って帰ってもいいかな? 家族にも分けてやりたいんだ」
「えぇ、もちろんよ」
そんな時に出された杏子の提案は都合が良かったので私もまた頷いた。
「ありがとう、きっとモモ···妹も喜んでくれるだろうから」
「あら、妹さんがいるのね」
「うん、人懐っこくて可愛い妹だよ」
「杏子って家族思いなんだね」
「そうかな? まぁ、家族の事は好きだし」
はにかみながらもそう話す杏子に、私は彼女に訪れるのであろう未来について思いを馳せた。
佐倉杏子、こんな所で出会うとは思わなかったが、彼女もまた『まどマギ』の登場人物だ。宗教家の父を持っていて、『みんなが父の話を聞いて欲しい』と願い魔法少女となった。しかし、それが父にバレてしまい、父は精神を病んだ結果、最終的に彼女を残して一家心中してしまうことになる。
彼女はマミ先輩のような正義の魔法少女に憧れていて、マミ先輩に師事していたのだが、それをきっかけに彼女とは決別することになったという経緯があった気がする。
杏子は急に黙り込んでしまった私たち二人へと呼びかける。そこで私は我に返り、私と同様に黙っていたマミ先輩へと目を向けた。彼女は何処か遠い目をしているように見えた。けれど、自身を見つめる私に気づいた彼女は一転して微笑む。
「私なら大丈夫よ、ちょっと昔の事を思い出しちゃっただけ、それに今はあみさんがいるもの」
「そっか、なら良かった」
「……あー、事情については聞かないでおくよ」
私たちの様子に杏子は目を逸らして頭を搔く。どうやら彼女に気を遣わせてしまったようだ。
「ありがとう、佐倉さん。別にあなたに話しても問題ないけど、暗い話になっちゃうから、ね?」
「わかったよ。……それにしても、助けてもらった上にケーキまでいただいちゃって、なんだか図々しいよね、あたしって」
杏子が話題を変え、私達もそれに乗る事にした。
「招待したのはこっちなんだし気にしないで、私はとっても楽しいもの」
「うん、別にそんな遠慮しなくて大丈夫だよ」
「それならいいんだけどさ……。でもあたしの方こそ二人と会えて良かった」
「あたしはまだ魔法少女としては未熟で、ただ闇雲に戦うことしか出来なかったけど、魔女との戦い後に毎回する自己分析に、自分の魔法の研究とか、そういう話を聞けて勉強になったし、戦いの時の心構えを持ってて実戦でも頼りになる。こんな凄い魔法少女が隣町にいると思わなかったんだ」
「だから、その…………こんなに良くしてもらって更に図々しいかもしれないけど、お願いっていうか……」
杏子は遠慮がちで段々と消え入るように言葉を続けていたが、そこで一度息を吸ってから真剣な眼差しをこちらへと向けた。
「あたしを二人の弟子にしてもらえないかな?」
その言葉にマミ先輩は驚いていたが、私もまた杏子が師事を頼む対象に私が含まれていることに気づいて呆気に取られていた。
「……ん?私も?」
「うん、そうだよ」
「私もどちらかと言うとマミ先輩にアドバイス貰ってる側だけど……」
「でも、あみも魔法少女になったばかりだって言うのにあんなに強くて冷静に戦えてる。それに二人はあたしの理想なんだよ。だから、迷惑じゃなければだけど……」
彼女がそこまで言うと、マミ先輩が笑みを浮かべて応える。
「いいわよ、佐倉さんが望むなら、弟子というのはちょっと違うかもしれないけれど、魔法少女の先輩としてアドバイスさせてもらうわ」
「まぁ、私も出来る限り手伝うぐらいはするね」
「ありがとう二人とも!」
私たちの返事に杏子は破顔した。しかし、私まで頼まれることになるとは思わなかったが、私たちを慕ってくれている彼女にこれから起こるであろう事も含めて出来る限り助けになろうと思った。
気が乗ったら続く。